弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年3月 1日

絶望の自衛隊

社会


(霧山昴)
著者 三宅 勝久 、 出版 花伝社

 自衛隊に入る動機のなかで、経済的な理由は多い。母子家庭で、貧しい。働いて自立しないといけないと思った。そして、次に、自分も災害救助活動に参加したい...。どちらも、もっともな理由です。自衛隊に対して、国民の9割が好感を持っていると言う世論調査もあります(政府広報)。
ところが、自衛隊の内実は深刻に腐敗し、病んでいるのです。その寒々とした実態が次々に紹介されている本です。こんな状況を知ったら、自衛隊になんか入るのはやめとけ、そう言いたくなります。また、防衛大学校に入るのも、やめとけということです。
 自衛隊に入る毎年の新規採用は1万5千人。そのうち3分の1の5千人が中途で退職している。この10年間で4割も増えた。2010年度の中途退職者は33000人、17年度は4200人、19年度は4700人と、年々増えている。
自衛隊の定数25万人弱で横ばい、増えてはいない。そこで、自衛隊は、採用上限の年齢を26歳から32歳に引き上げた。定年退職の年齢も引き上げられていると思います。
パワハラ...、「仕事もできない、愛想もない。人間のくずだ」、「馬鹿野郎、お前は何もできない」
シメ...制裁。大声で叫びながら延々と走らせる「レンジャー呼称」、吐くまで食べさせる「食いジメ」、架空の椅子に座った姿勢を長時間とらせる「空気椅子」、膝の上にコンクリートブロックを乗せて数時間も放置する「正座」...。いやぁ、これはひどいですね。まったく、昔の陸軍の新兵いじめの再現です。
「裏宣誓文」...「さからいません。さからった場合は、どんな処分を受けても文句を言いません」
そんな自衛隊の状況を告発した勇気ある隊員が防大中退者がいます。自死も多く、その遺族が訴えた裁判もあります。
「国」を守るはずの自衛隊が、いったいどんな兵器をもち、それを運用する部隊はどうなっているのか、もっと私たちはその実際の状況を知る必要があると思います。自衛隊が災害救助以外でどんなことをしていて、これからするのか、引き続き実態を明らかにして、大いに議論する必要があると思います。
(2022年12月刊。1700円+税)

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2023年3月 2日

人類学者がのぞいた北朝鮮

朝鮮


(霧山昴)
著者 鄭 炳浩 、 出版 青木社

 とても興味深い、刺激的な本でした。韓国の人類学者が北朝鮮に何度も出向いて、現地の人々との対話をふくめて、北朝鮮の人々をじっくり観察した成果がまとめられていて、よく理解できました。そして、北朝鮮の「金王朝」が簡単には崩壊しない理由もよく分かりました。
 北朝鮮の社会では、個人は体制と首領から自由になることができない。現在のような生半可な外からの圧力は、危機意識を土台とする信念体系に適度な現実味を与え、裏付けるだけ。下手な物理的攻撃は、部分的に社会体系を破壊して狂乱を呼び起こすことはあっても、外部侵略に対する抵抗を基盤にした象徴的な信念体系の正当性を強化させるだけになるだろう。
北朝鮮が本気で破滅を覚悟すれば、長射程砲と短距離ミサイルだけで韓国の情報通信網は破壊できるだろうし、各地の原子力発電所も狙われたら、原発事故以上の大惨事を招いてしまうことは容易に想像できるだろう。
 韓国社会は細かく有機的に繋がっているので、部分的に破壊されただけでも深刻な打撃を受けるが、北朝鮮のような比較的独立した単位で動く社会は、外部からの攻撃だけでは崩壊しづらい。
 大飢饉の時代に全国的に出現した「ヤミ市場」は、以前からあった「農民市場」が危機によって飛躍的に広まったもの。ヤミ市場と市場は女性の空間。そこの80%以上が女性から成る。
週1回ある「生活総和(総括)」は、みなが絶えず自己検閲し、お互いの日常を相互監視する効率的な統制方式。生活総和は、北朝鮮の人々の心と行動パターンに強い影響を及ぼしている。カトリック教の「懺悔」にも似た一種の「告白の文化」と言える。
 北朝鮮では、中国文化大革命もなく、カンボジアのクメール・ルージュの無理な社会実験もなかった。金日成と金正日は、文化伝統と歴史的伝統を強調した。過去の儒教的な特性を改めて強化している。
 北朝鮮の権力世襲は、儒教国家の「道徳的模範」を示し、王位継承に似た徳目を強調することによって成し遂げられた。北朝鮮の建国初期には、金日成というカリスマ指導者を父とみなす個人崇拝から始まった。しかし、長男である金正日に権力が世襲される過程で朝鮮の儒教的家族概念が融合し、嫡子相続の論理が強調されることになった。金正日の三男である金正恩に権力を承継する段階では、「白頭血統」という「革命の宗家」を強調することで、家内(一族)への忠誠を主張した。朝鮮王朝時代の両班(ヤンバン)の家の門中(家門)概念を国家体制のなかで制度化したもの。首領は、革命の最高「脳首」とも表現される。国家と人民に「政治的生命」を与える存在だから。首領なしの革命はありえず、国家も人民もない。
現地の実情をふまえた、大変深い分析がなされていて、とても勉強になりました。
(2022年10月刊。3200円+税)

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2023年3月 3日

満州、少国民の戦記

日本史(戦前)


(霧山昴)
著者 藤原 作弥 、 出版 新潮社

 著者の父親は満州国陸軍興安軍官学校で国語(日本語)の教授をつとめていた。
 興安街は前に王爺廟といい、今はウランホトという。コルチン高原をふくむホロンバイル大草原に位置するモンゴル人の多い街。
 この軍官学校は蒙古人の陸軍幹部候補生の養成を目的とする士官学校。
 オンドルの燃料は牛糞(アラガル)とアンズ(杏)の根。
 遊牧の蒙古人は魚をとらないし、食べもしない。なので蒙古の魚は人間の怖さを知らないので、よく釣れる。もちろん中国人(漢人)は魚を釣って食べる。
 蒙古人は、骨相も容貌も、皮膚や髪の色も日本人によく似ているので、人種上の親近感がある。
 満州の1月1日は、日本人はおせち料理を食べるが、中国人は旧暦で正月を祝うので、街がにぎあうのは、2月になってから。
 蒙古人は羊を守るために犬を飼っている。夜の間、パオの周囲で寝る羊を守るため、3匹の犬が起きて周囲を徘徊する。それで、昼間は犬たちはパオの中で寝ることが許されている。
 著者の通った興安街在満国民学校の270人の生徒のうち200人の生徒が避難するため白城子へ徒歩行軍している途上の葛根廟(かっこんびょう)付近でソ連軍戦車隊に虐殺された。8月14日のこと。生きのびて日本に帰国できた生徒はわずか十数人。このほか、蒙古人に育てられた残留孤児が数人いる。
 8月9日にソ連軍が侵攻してきたとき、関東軍は一足先に南方へ撤退していた。
 新京に到着すると、関東軍司令部庁舎はもぬけの殻だった。軍関係の役所もすべて退避していて、ガラ空き。
 避難民150人を引率する渡辺中佐は、こう言った。
 「関東軍があてにならないことが分かったからには、独自の判断で行動するしかありません。一致団結すれば、この難民は切り抜けられます」
 見事な呼びかけですね。150人の家族集団をまとめ、満鉄と交渉して2輌連結の列車に乗り込むことができたのでした。
 「日本人の子ども買います」という貼り紙が電柱にあった。相場は300円から500円だった。日本人の子どもは、頭が良くて、大きくなってからも良く働き、親孝行するので、一族の家運が栄えるという迷信が現地の中国人にあった。
 そして、なんとか8月13日、日本に近い安車にたどり着いたのです。3泊4日の避難行、1人のケガ人も落伍者もなく、150人が全員無事だった。奇跡的なことです。よほど引率していたリーダーが良かったのですね...。
 安東は、今の丹東。8月9日のソ連軍の進攻も、まだここには来ていませんでした。
 ところが、もちろん、8月15日を過ぎると、安東市内の建物には青天白の旗がへんぽんとひるがえっているのです。
 著者たち一家も街頭でタバコ売りをしたりして、食いつないでいく生活を始めます。
 マッチは生活必需品のなかでは一番効果で、小箱1個が5円した。米1斤、味噌1斤に相当する。
 中国人の窃盗団には少年が多く、ショートル(小盗児)と呼ばれていた。
 安東の関東軍第79旅団の部隊は9月に入っても、まだ武装解除されていなかった。
 安東市内には、地元民3万人、難民4万人、計7万人の日本人が生活していた。しかし、治安維持委員会がよく機能したおかげで、他の大都市に起きた大暴動は発生しなかった。
 それでも9月10日、ついにソ連軍が安東市内に進駐してきた。日本人会は、ソ連兵接待用のキャバレーをつくって、兵士たちの欲望を吸収した。おかげで、婦女暴行事件は著しく少なかった。このキャバレーを差配していた日本人女性(お町さん)は、あとで、国民党スパイとして八路軍によって処刑された。
 著者は、八路軍による国民党軍の兵士を銃殺する光景を目撃したとのこと。ここでは、日本人も八路軍から何十人も銃殺されたようです。
 それは、日本人元兵士たちが暴動を企画し、実行しようとしていたからでもあります。
 敗戦当時8歳の少年の目から見た満洲の状況が活写されている本です。
(1984年8月刊。税込1200円)

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2023年3月 4日

もうひとつの平泉

日本史(中世)


(霧山昴)
著者 羽柴 直人 、 出版 吉川弘文館

 平泉の中尊寺、そして金色堂には行ったことがあります。それはそれは見事なものでした。東北のこんなところに、京の都に優るとも劣らない堂があること、そして戦火で焼失することもなく、今に残っているのは、奇跡的としか言いようがありません。
 平泉の文化を築いた奥州藤原氏は中央の藤原氏に連なると同時に、土着の安倍や清原にもつながっている。
 この本は、平泉から北へ60キロメートル離れている「比爪(ひづめ)」にも、平泉とは別の奥州藤原氏がいて、この両者は、お互いが独立性を有する対等で並列な関係にあるとしています。まったく知らない話でした。そして、源頼朝が弟の義経とともに打倒した平泉の藤原一族が滅亡しても、比爪のほうは独自の動きをしていたというのです。
 12世紀の日本では、陸奥国が日本国の東端と考えられていた。平泉が陸奥国府よりも奥に位置し、比爪はさらに奥に位置する。
 奥州藤原氏の仏教信仰は阿弥陀如来信仰ではなく、薬師如来だった。
 12世紀当時、長子相続は確立しておらず、本家・分家といった概念も強い束縛はなかった。兄弟であっても、本家と分家であっても、器量や実力のある者が主導権をもち、勢力を伸張していく時代だった。これは陸奥国だけでなく、当時の日本国の一般的な状況だった。
 比爪にとって最大の重要事は、閉伊と北奥の経営だった。比爪の志向は東と北に向いていた。そして、平泉にとっての重要事は、奥六郡よりも南の地域での勢力拡張と維持だった。平泉の志向は西と南に向いていた。そして、平泉と比爪の双方にとっての重要事は、北奥の産物をめぐっての利益配分の調整だった。両者の利害関係の均衡の維持が奥州藤原氏の繁栄の大きな要因だった。
 源頼朝が平泉征伐するとき、源義経を打倒することから平泉政権自体を打倒することに目的がすり替わった。このとき、比爪の藤原氏は自ら戦いに加わらず、自らの拠点比爪からもいったん退いて、状況をうかがった。
 比爪方は、平泉の泰衡を比内で謀殺することを決めていて、頼朝も承知していた。これが、著者の推測です。そして、比爪の名分を守るため、泰衡を謀殺したのは泰衡の郎従(河田次郎)によるものと公表した。河田次郎は斬罪に処せられ、そのあと比爪の藤原一族は頼朝のもとに投降し、許される。とはいうものの、比爪の藤原一族は、結局、消滅したようです。そこが歴史の複雑怪奇なところなのでしょう。
 ともかく、平泉の北60キロメートルの地点に、別の藤原一族がいて、並立し、共存していたという話を初めて知りました。
(2022年8月刊。税込1870円)

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2023年3月 5日

マヤ文明の戦争

アメリカ


(霧山昴)
著者 青山 和夫 、 出版 京都大学学術出版会

 マヤ文明は、中央アメリカのユカタン半島あたりで、前1000年ころから、スペイン人が侵略する16世紀前半まで、2500年ほど続き、盛衰があった。マヤ文明は、日本でいうと縄文時代晩期から室町時代に相当する。
マヤ文明は「戦争のない、平和な文明」だったとか、「都市なき文明」と誤解されてきたが、実際は、戦争はしばしば起こり、「石器を使う都市文明」だった。マヤ文明の大都市には数万人の人々が住み、国家的な宗教儀礼のほか、政治活動や経済活動もかなり集中し、彩色土器や石器を生産していた。マヤ支配層は、文字、暦、算術、天文学を発達させ、ゼロの文字も発明している。
マヤ文明は、大河がなく、大型家畜もいないので、小規模な灌漑(かんがい)、段々畑、家庭菜園などの集約農業と焼畑農業を組み合わせていた。家畜は七面鳥と犬だけ。文字の読み書きは、王族・貴族の男女の秘儀だった。専業の戦士はおらず、王・王族、支配層書記を兼ねる工芸家は、戦時には戦士となった。マヤ文明は、統一王朝のないネットワーク型の文明で、中央集権的な統一王国は形成されなかった。戦争の痕跡が次々に発見され、戦争を記録した数多くの碑文が解読された。戦争は頻繁にあり、戦争が激化して多くの土地の中心部は破壊された。
戦闘では初めに弓で大量の矢を放ったあと、石槍を手にもって接近戦を展開し、あくまで高位の捕虜を捕獲しようとした。地位の高い捕虜自身が政治・経済的に重要な価値を有し、捕虜を受け戻すための高価な品々、貢納や政治的な主従関係を勝ちとることにつながった。遺跡にはたくさんの壁画が残っていて、捕虜を足で踏みつけるようにして勝者の王が立っている絵が多い。
この本で驚嘆するのは詳細な出来事が年表としてまとめられているということです。もちろん、これはマヤ文字を解読しなければできません。でも、マヤ文字って、要するに絵文字です。人物の顔などが入っています。
たとえば、ヤシュチラン遺跡では130以上の石像記念碑が発見されていて、少なくとも359年から808年まで20人の王が君臨した。こんなことが碑文を解読して判明しているのです、すごいです。
いろんな王朝がいて、初代の王も9代目の王も名前が分かっています。コパン遺跡の祭壇化には、初代王、2代目王、15代目王、16代目王が彫られています。王には、女王もいます。彫像の捕虜にも名前がついていて、捕虜には、その目印として紙の耳飾りがついていた。パレンケ王朝11代目のパカル王は、683年8月に亡くなるまで、なんと68年もの長さの治世を誇った。
マヤ人は、20進法を使った。これは、手足両方の指で数を数えるもの。コパン王朝の人々の人骨を分析すると、8世紀になると農民だけでなく、貴族の多くも栄養不良に陥っていた。環境破壊が進行していた。人口過剰と農耕による環境破壊が要因となって、その結果として戦争が激化し、王朝が衰退した。人骨の分析でこんなことまで判明するのですね...。すごいものです。
数百人のスペイン人が侵略戦争でマヤ人の大群に勝利できたのは、第一に、優秀な通訳による情報戦に長(た)けていたこと。第二に、マヤ人内部の群雄割拠の状況をうまく利用したこと。第三に、マヤ人の戦争は、接近戦で高位の敵を捕虜にするもので、スペイン人のように戦場で大量の敵兵を虐殺するのが戦争とは考えていなかったこと。なので、スペイン総督を捕虜にしようとしていた。第四に、マヤ人はウイルス感染で次々に病死していったこと。マヤ人の人口は100年間のうちに5~10%に減少した。90~95%のマヤ人が死滅した。
ただし、今もマヤ人は生きていて、今ではむしろ増加している。そして、キリスト教を信仰するようになっても、自己流に解釈し、マヤ諸語とともにマヤ文明は生き続けている。マヤ人の心まではスペイン人は支配できなかった。
500頁もの大著ですが、大変興味深い内容なので、3日3晩で読了しました。学者って本当に偉いですね。心から敬意を表します。
(2022年11月刊。6500円+税)

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2023年3月 6日

80歳の壁

人間


(霧山昴)
著者 和田 秀樹 、 出版 幻冬舎新書

 この本を読むと、いくつも安心できます。
 その一、認知症は、基本的に老化現象である。認知症を遅らせるには、薬よりも、頭を使うほうが有効。なーるほど、そうなんですね...。
 その二。死というのは、寝てしまって、起きてこない状態なので、過剰に恐れる必要はない。ガンで死ぬのは、割と楽な死に方。
 その三。やや肥満な人のほうが長生きする。糖尿病の人のほうがアルツハイマーになりにくい。糖尿病の治療が、アルツハイマーを生んでいる。
 いま、私の体重は70キログラム寸前のところです。本当は65キログラムにすべきなのですが、どうにも減りません。私の同級生で、ダイエットのため昼食を抜かしている人がいますので、それを真似しようと思いましたが、やはり昼食はとりたいので、お米のごはんだけは少量にしています。
 その四。幸(高)齢になったらガンの治療の必要はない。80歳を過ぎたら、ガンの進行は遅くなり、転移もしにくくなるので、何もせず、放っておいたらいい。なーんだ、そうなのか...。
 薬は無理にのまない。私は、今も何の薬ものんでいません。幸いなことに、目薬と、皮膚科の軟膏以外の薬は、弁護士になって以来(つまり、この50年近く)、のんでいません。
 食事は無理にガマンせず、食べたいものは食べる。まったく同感です。美味しいものを少量、よく味わって食べたいです。一人で食べるときは、好きな本を読みながら、少しずつ味わいます。食べたいものは食べるようにしていますが、ラーメン類はもう久しく食べていません。うどんは食べますが...。
 自分の身体の内なる声を素直に聞くこと。これは私も実践しています。目で見て食欲が湧かないのに、無理して食べることはありません。
 子どもにお金は残さない。当人が使うのは当たり前のこと。いやあ、本当にそうなんですよね。弁護士として相続争いをたくさん経験して、つくづくそう思います。
 運転免許の返納はやめたほうがいい。返納すると、6年後の要介護リスクは2、2倍にもなる。
 好きなことはするけれど、嫌なことはしない。私も同じ考えでやっています(やっているつもりです)。
 おかしなことがまかり通っている日本です。幸(高)齢者はもっと怒っていいのです。もっと自分の意見を主張していいのです。何も無理に自己規制なんかしなくてよいのですよ。
 残りの人生を豊かに生きるうえで、大切なヒントが盛り沢山の新書です。あなたも、ぜひ読んでみてください。
(2022年9月刊。税込990円)

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2023年3月 7日

ルポ・特殊詐欺

社会


(霧山昴)
著者 田崎 基 、 出版 ちくま新書

 見知らぬ人のかけてきた電話をころっと信じて大金を欺しとられる人が後を絶ちません。電話の主(ぬし)は、息子であったり、市役所の人であったり、警察官だったりしますが、声だけで会ったこともない人の話すストーリーをそのまま受け入れ、慌てて大金を引き出しに走るのです。よほど、そのストーリーがうまく出来ているのでしょうね。
 昔から詐欺商法はたくさんありました。相場(先物取引)もそうですし、豊田商事(純金のペーパー取引)も、ネズミ講もそうです。これらについて、私も相談に乗り、ときには相手の会社に乗り込んで、また、裁判をしてかなり被害を回復しました。もちろん、それなりの成功報酬をいただきました。
 ところが、本書で扱っている詐欺商法では、ほとんど弁護士の出番がありません。だって、「加害者」がどこの誰だか分からないのですから、乗り込みようがありませんし、ましてや裁判なんか起こせません。大金を振り込んだ口座の凍結もしましたが、ほとんどカラッポでした。
 警察に摘発してもらうしかないのですが、その警察は「世界一優秀」だと自慢している割には、ほとんどのケースで犯人を捕まえられず、泣き寝入りで終わっています。本当に残念無念です。警察にもう少し本気で取り組んでもらうしかありません...。
 警察庁の定義によると、特殊詐欺とは、被害者に電話をかけるなどして、対面することなく信用させ、指定した預貯金口座へ振込みその他の方法により、不特定多数の者から現金をだまし取る犯罪(現金等を脅し撮る恐喝も含む)の総称とされる。オレオレ詐欺や還付金詐欺など、9つのタイプがある。
 2003年から2021年までの累計被害総額は5743億円。2022年の上半期(1~6月)だけでも148億円の被害。これは被害届出のあった分だけの合計でしょうから、実際には、その何倍かが被害額になるのでしょう...。
 欺し(脅し)の手口のなかには、警察官とつるんでいるというのがある。実際にも、悪徳警察官が詐欺グループの仲間になっていることもある。いやあ、本当なんですか...。
 かけ子が電話をかけ、口車に乗せる。受け子は被害者と接触して、現金を受けとり、また、出し子は、被害者の預金口座からATMを操作して現金を出して受け取る。
 問題は騙されやすい人のリストに、なぜ被害者が載っている(いた)のか、ということ。高収入の人に向けた雑誌の購読者リスト、通販商品の購入者リストが売られている。
 「闇バイト」を入り口として詐欺の仕事を軽い気持ちで始めさせ、やがて莫大な被害を生み出す。関わる人間を互いに分断し、手順を複雑化させている。これには、個々の犯人たちの犯罪意識を希薄化させる効果もある。
 この特殊詐欺に対しては、各地の弁護士が早くから裁判に持ち込んでいます。そして、暴力団に責任をとらせることに成功しているのです。稲川会、住吉会、神戸山口組などが被告とされ、責任をとらされるようになった。裁判所も少しだけ実態をふまえて、責任をとらせるようになったのでしょう。
 現在は、「悪」が野放図に、止めようもなく、あばれまわっています。警察の責任はまことに重大です。みんなで、巨「悪」を根絶しましょう。
(2022年11月刊。946円)

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2023年3月 8日

国商、最期のフィクサー・葛西敬之

社会


(霧山昴)
著者 森 功 、 出版 講談社

 この本を読むと、葛西敬之という人物は日本という国をダメにした張本人の一人だと実感します。
 東大法学部を卒業して国鉄に入り、国鉄の分割・民営化を推進した「国鉄改革三人組」の一人です。私は、国鉄の分割・民営化はまったく百害あって一利なしの、間違った政策だと考えています。おかげで、地方ローカル線はどんどん切り捨てられていく一方で、無駄であり有害でしかないリニア中央新幹線づくりに狂奔するなんて、とんでもありません。
 そして、葛西は鉄道会社の経営者にすぎないのに、いつのまにか安倍晋三政権の最大の後見人として国政に裏から深く関与していたというのです。もちろん葛西ひとりの力では出来ません。警察官僚と密接に結びついて、権力機構にがっちり喰い込んだのです。警察官僚といえば杉田和博に中村格です。中村格は安倍銃撃事件の責任をとって警察庁長官を早々に辞めさせられた男ですが、伊藤詩織さん事件のモミ消しを図った汚い男です。警察庁長官になったこと自体が間違いでした。杉田和博のほうも、前川喜平氏のときに暗躍し、学術会議の任命拒否でも裏でコソコソ動いていたようです。
 NHK会長の人選も葛西たち薄汚れた手の連中の謀議で決められていたようで、おぞましい限りです。恐らく、日本という国は、自分たちのサジ加減ひとつで動いていくと自慢していたのでしょう。つくづく嫌になってしまいます。
 葛西はリニア中央新幹線を推進するだけでなく、原発再稼働の旗振り役の一人でもあった。「日本を守る」と言いながら原発を再稼働させるなんて、とんでもない矛盾です。いったい日本に数多くある原発に一発でもミサイルが撃ち込まれたら、どうなりますか...。そのとき、日本列島は、破滅します。海に囲まれているから、私たちは、逃げることはできないのです...。
 葛西は瀬島龍三と親しく、反共の一点で結びついていた。葛西は、反共組織である「日本会議」の中核を占める有力メンバー(中央委員)。
 国鉄の分割・民営化を実現することによって、日本の労働界にストライキもやれないようにした。それによって、日本の根底からの活力をすっかりダメにしてしまったのです。
 葛西は革マル(松崎明)と手を結んだ。葛西は松崎が革マルだと知ったうえで、共産党や社会党(協会派)とたたかわせて弱体化するために利用したことを公言していた。いやあ、実にひどい男です。許せません。そのため警備公安警察を総動員したようなのです。本当にひどい話です。
松崎を利用するだけ利用したあと、用済みになったとして切り捨ててしまうのです。さすがのマヌーバー好きの革マル(松崎明)も葛西にいいようにもてあそばれただけというのです。いやはや...、とんだ茶番劇ですよね。
 葛西は官僚とつきあうといっても、財務省そして外務省のほかは警察庁くらいという、本当にトップエリートだけだというのも嫌味な男です。怒りと嘆き、そしてため息の絶えない思いに駆り立てられる、腹の立つ本です。
(2023年1月刊。税込1980円)

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2023年3月 9日

負動産地獄

社会


(霧山昴)
著者 牧野 知弘 、 出版 文春新書

 親から不動産を相続したとき、大都会では価値ある資産がころがって入ってきたと喜ぶ。しかし、田舎では、厄介者が来たという感じで喜ばれない。ホント、そうなんです。
 田畑だったら、1反(300坪)300万円はしていたのに、今では30万円もしないどころか、引き取り手がない。たとえ評価額が1000万円あっても、実際にはその1割でも買い手がつかない。つまり、利用する人が見つからないということ。評価額が高いのは、市役所が固定資産税を高くとりたいからというだけで、実情を反映していない。
 相続人になったら、不動産はいらない、お金だけは欲しい。それが一番多いのです。
 かつてのニュータウンでも、子どもたちが戻って住み続けることがないため、ゴーストタウン化が進行中。
 私のすむ団地では、真っ先に子ども会がなくなりました。次に、老人会もなくなり、公民館も存続が危くなり、市内の連協役員会には出ない、独立した存在として、辛うじて今も続いています。
 老人会がなくなったのは、老人はいても、その取りまとめ役の人がいないということです。あまりに高齢化して、同じ町内でも歩くのがおっくうになってしまったのです。病院にだって、送迎つきで出かけます。
 タワマン(タワーマンション)が次々に建っています。もちろん、私のすむ町ではありません。東京、そして福岡市内です。首都圏(1都3県)には、925棟(2020年)ありました。日本全国でみると、2021年以降の計画で、280棟(うち首都圏が173棟)ある。だいだい、タワマンは1戸1億円以上する。いったい誰が購入するのか...。相続税対策として購入する。借金してタワマンを購入すると節税効果はとても高い。
 そして、貸家(アパート)が増えている。これも相続税対策。借金してアパートを建てる。不動産業者が20年間の賃料を保証してくれる。ところが、実は、この賃料保証には、条件がついている。業者側の指示で一定のリニューアルをオーナー側がすることが条件。ところが、リニューアルの費用は意外なほど高い。そこでオーナーがその条件を拒絶すると、賃料保証のタガがはずれて、アパート間競争の渦に投げ込まれてしまう。
 つまり、意外に商品寿命の短いアパートなんかに長期で多額のローンを組むのは考え直したほうが良いということ。
 「お隣さんに売れ」。これが地方にある実家の不動産を処分するときの必勝法。隣人とはケンカすることなかれ...、です。
 マンション内の老人の孤独死は珍しくなくなり、今までは「事故死」扱いをしていたのが、止まった。
 ここでとりあげられている状況は大変身近な話ばかりで、とても勉強になりました。ありがとうございます。
 日本の相続税は税率55%。著者は相続税の税率は「100%」にすることを主張しています。私は賛成ですが、実現は無理でしょう。
(2023年2月刊。税込1045円)

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2023年3月10日

性売買のブラックホール

韓国


(霧山昴)
著者 シンパク・ジニョン 、 出版 ころから

 コロナ禍のなか、韓国では性風俗店(遊興酒店)を訪れる客が3ヶ月で600万人以上いた。
 韓国の性売買は、日本とからみあった歴史的な脈絡のもとで形成された。日本と韓国は、いま、政治・経済両面で競争・対立関係にありながら、性売買と女性の人権問題では相互伝存的で共生関係にある。
 韓国の男性たちは、日本製のAV(アダルトビデオ)やアダルトコミックを見て育ち、日本のアダルトものに出てくる「アーン、キモチイイ」という表現は、韓国の小学校の教室でも流行語になっている。
 韓国の現状は、「売春をすすめる社会」だ。1980年代、1990年代には中年男性の突然死が多かった。それは、ビールをウィスキーで割った「バクダン酒」、そして買春が仕事と社会人生活と男性連帯のスタンスダードな価値観だったから。そこで踏んばれない者は死ぬか追い出されて、連帯から脱落した。この生き残り戦略から生まれたウップンは、男性連帯に向かうのではなく、性売買女性に向かった。
 1961年に制定された「淪落行為等防止法」は、主として売る側の女性に対して、道徳的な烙印を押す性差別的な用語が使われた。
 2004年の「性売買防止法」では、「販売」する女性の自立性が強調され、性売買を成り立たせている社会的構造を見えなくしている。
 遊興酒店は、「ルームサロン」、「テンパー」、「フルサロン」などと呼ばれ、韓国のいたるところにある。
 性売買産業の事業規模は、2002年に24兆ウォンだったのが、2007年には14兆ウォンへ縮小したとみられた。しかし、本当は、2015年に37兆ウォンあるとみられた。国内総生産(GDP)の4.1%水準(2002年)もある。
 2015年、韓国の性売買市場は12兆ウォンで、世界第6位。2019年の調査では、韓国男性の10人に4人が性を買った。2018年、ウェブサイトに登録された性売買業者は2393ヶ所もあり、これは全国の高校の数よりも多い。
 日本人のキーセン観光が盛んだったのは、1965年から1978年まで。日本人観光客は海外からの客の62%ほど、そのうち男性が9割を占めた。1988年のソウルオリンピックのときには、韓国のキーセン観光が大々的に宣伝された。
 韓国は、接待費に年間10兆ウォンを支出している(2018年)。この大半が遊興酒店とゴルフ場。
 性売買をともなう男性中心的な食事と接待の慣行は、女性にとって、もうひとつのガラスの天井として作用する。
 女性が性売買に「同意」するというのはフィクションにすぎない。客は安全な人間なのか、性病や各種の感染症はないか、サディスティックな傾向はないか、危険な薬物や道具を使おうとしないか...。女性の側は絶えず心配している。
性売買の女性は寝そべっているだけで、買春者が射精すれば終わりだろうと考えるのは、あまりにも性売買の実態を知らない、実情を無視している。
性売買女性の6割がPTSDに、4割強が複雑性PTSDと診断された。低年齢で性売買に入り、性売買の期間が長いほど、その深刻さは増していく。
日本でも、1年間に5千人の少女がJKビジネスを経験したとみられている。
性売買を抜け出し、自分自身に責任をもつということが、社会的リソースの不足している彼女たちにとって、どれほど大変なことか...。日本と韓国で共通するのは性売買への入り口にいる女性の社会的経済的地位の低さ。
性売買以外の暮らしが可能になったあとになって初めて、自分の性売買経験は人権侵害であった、性搾取であったと気がつく女性がほとんど...。
韓国に性売買性産の実情、そして、それが日本のそれと密接に結びついていることを改めて知らされ、本当に勉強になりました。広く読まれるべき本として、強く一読をおすすめします。
(2022年5月刊。税込2420円)

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2023年3月11日

木挽町のあだ討ち

江戸


(霧山昴)
著者 永井 紗耶子 、 出版 新潮社

 いやあ、読ませました。電車に乗る前にホームで読みはじめ、車中ではあっというまに終点に着き、少し時間がありましたので、コーヒーショップに入って読了しました。心地良い感触に浸りながら、梅の香りの漂う目次地へ、いつもよりゆっくり歩いていきました。もう春も間近だと実感しながら...。
 冒頭に仇討ち(かたきうち)が無事になし遂げられたことが知らされます。場所は芝居小屋の裏手、雪の降る中です。赤い振袖をかぶった若い女性が傘を差して立っているところに、おおがらな博徒が歩み寄り、声をかけた。すると、かぶっていた振袖をとると若い男性で、白装束になって仇討ちの名乗りをあげた。
 「我こそは伊能清左衛門が一子、菊之助。その方、作兵衛こそ我が父の仇、いざ尋常に勝負」
 そして真剣勝負の切り合いが始まり、若衆が博徒を切り倒し、首級(しるし)をもって立ち去っていく。見事に仇討ちは成功するのです。目出たし、目出たし...。
 さて、では、この話は次にどう展開するのでしょうか。若衆の仇討ちに成功するまでの苦労話が紹介されるのでしょうか...。
 オビに書かれているのは、「雪の夜の惨劇。目撃者たちの証言に隠された、驚愕(きょうがく)の真相とは」です。読んだあと、このオビのフレーズに私はまったく異議ありません。見事なドンデン返しというか、謎解きが少しずつ進んでいくので、最後まで目が離せません。
 そして、若衆を取り巻く人間模様がなんとも心地よいのです。少しばかり悪人も登場はしますが、全体として、人情味あふれる人たちが次から次に登場してきて、そうなんだよな、この社会もそんなに捨てたもんじゃないよね。自殺するなんて、そんなもったいないことしないで、もう少しだけがんばってみたら...と、お互い声をかけあいたくなります。
 よくできた時代小説として一読をおすすめします。
 この著者の『商う狼、江戸商人杉本茂十郎』(新潮社)も面白かったですよ。
(2023年1月刊。税込1870円)

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2023年3月12日

ヒッタイトに魅せられて

トルコ


(霧山昴)
著者 大村 幸弘 ・ 篠原 千絵 、 出版 山川出版社

 残念なことにトルコには行ったことがありません。先日の大地震による被害は壮絶でした。明らかに人為的な手抜き工事の結果としか思えない高層ビルの崩壊は痛ましすぎて、声も出ません。
この本は、トルコの遺跡を発掘している日本人学者にマンガ家が質問して展開していく本です。これまた残念なことに、このマンガ家によるマンガ(「天河」)も読んでいません。「天は赤い河のほとり」(小学館)は、まさしくこの遺跡あたりを舞台としている(ようです)。
 トルコでは昔も今も女性の力は強い。まあ、これは日本でも同じですよね...。
 マンガでは、ヒッタイト帝国の最盛期、紀元前14世紀ころを舞台として、ラムヤスⅠ世などが登場する。少女マンガなので、史実を忠実になぞっているわけではない。それにしても、たいした想像力ですよね。
 ヒッタイトが当時、最強の武器だったはずの鉄と軽戦車をもっていたのなら、簡単に滅ぼされるはずはない。ああ、それなのに...。この疑問からスタートした。それにしても、遺跡の発掘には、信頼できる仲間が必要。
 ドイツ人にとって、アナトリアのヒッタイト帝国には、民族的、語学的に自分のもの。なのに、なんで日本人ごときが、ここで発掘なんかするのか...。なので、ドイツ調査隊からは、完全に無視された。いやあ、こういうこともあるんですね...。
 発掘調査は、継続できて、初めて考古学という学問が成り立つ。なので、発掘場所が政治的に安定しているかどうかは、とても大きな問題となる。
 大事なことは、黙って、地味にやる。発掘調査には、年間に数千万円単位のお金がかかるのですよね。いったい、どうやってこれをまかなったのでしょうね...。
 発掘して出てきた遺物をきちんと整理、保存する。そして、次世代の若手研究者を育てる工夫もする。小学生を招いてレクチャーし、質問の時間もとっておく。大切なとですね。
 発掘調査は6月中旬から9月下旬までの3ヶ月ほど。発掘より整理のほうが時間を要する。
 発掘調査をする人は、現地の労働者とうまくやっていけることが、ものすごく大切。
 そして、毎週、子どもたちの前で授業をする。そして、研究室にも子どもたちが自由に出入りできるようにしている。盛大な拍手を送ります。
 発掘調査のなかで、毎年、数十万点ほどの遺物が出てくる。その収蔵庫が5棟ある。すべて開放して、誰でも自由に使えるようにしている。これはすごいですね。といっても、日本からだとあまりに遠い、遠すぎるのです...。
 ヒッタイトのヒエログリフ、そして楔形文字を読めるというのは、容易なことではない。残念なことに、ヒッタイトが使っていたという軽戦車は、まだ1台も発見されていない。ツタンカーメンの軽戦車は、ほとんどが木製で、儀礼用のヒッタイトのそれは、3人乗りで、エジプトのは2人乗り。見てみたいですよね、ぜひ。
エジプトとヒッタイトとは、まったく異なる世界。エジプトのファラオ(王)は、生きているときから、神として崇(あが)められる。絶対的な権力者。これに対して、ヒッタイトの王は、生前中は、神ではなく、限りなく人間。ヒッタイトの王は、あくまでも人間で、死んでから神様になる。
ヒッタイトの副葬品は、エジプトの金銀財宝のようなものは一切ない。本当に地味。
ヒッタイトでは、死者はおおむね火葬にされる。
ヒッタイトは分権的で、とても合理的。
ヒッタイトでは「鋼」がつくられていた。
ゾロアスター教は、日本にも影響を与えていた。
ヒッタイトの謎に迫りたくなってくる本です。読むと世界が広がります。
(2022年11月刊。税込1980円)

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2023年3月13日

樋口一葉赤貧日記

明治・人間


(霧山昴)
著者 伊藤 氏貴 、 出版 中央公論新社

 24歳という若さで亡くなった樋口一葉の一生が詳しく再現されています。なにしろ本人の日記がネタ元になっているのですから、まさしく迫真的です。
 一葉は、ずっと貧しい生を送ったのかと思っていましたが、それはまったくの誤解でした。幼いころから貧しかったら、文学的教養を身につけることができるはずもありません。むしろ、幼い頃は、中の上か上の下くらいの家庭で、一葉はなに不自由なく育ったのです。
 この本を読んで驚いたことがいくつもあります。その一が、一葉は、手紙の書き方の本を書いていることです。その『通俗書簡文』は、10年間に版を重ねて、5万部以上も売れた。いやあ、これは、すごいです。
 一葉は筆まめというだけでなく、手紙の達人だった。遊女の手紙まで代筆していた。この本は、女性を対象読者とした、女性の文体での手紙の書き方。
 「試験に落第せし人のもとに」送る手紙、「書物の借用たのみ文」など...。ところが、「借金を頼む手紙」とか、「借用金の返済猶予を願う文」というのは一切ない。これらは一葉にとって、とても身近だったテーマだったのに、ない。なぜか...。一葉が生前に出した唯一の本がこれで、借金から逃れるために書いて本にしたものだった。
 そして、二番目に驚いたのは、一葉が死んだあと2ヶ月したばかりで「一葉全集」が出版社の博文館から発刊されたこと。いやあ、これはすごいことですよね。わずか2ヶ月で、「全集」が出るなんて、誰にも想像できないことではないでしょうか。売れると見込んでいたのですね。
 その三は、もし一葉が若くして病死しなかったとしたら、売れた本の印税収入を元手として社会運動に身を投じていたかもしれないと著者は想像していることです。なるほど、そうかもしれないなと、私は思いました。
 一葉の作品が優れていたからこそ、女性として初めての日本銀行券の顔になった。そして、作品をそれほど優れたもの、他の追随を許さない、唯一無二のものにしたのは、なにより貧乏の体験だった。本当にそうだと私も思います。
 一葉の父の名前は、大吉、八代吉、甚蔵、八十吉、八十之進、為之助と何度も改名していて、最後に「則義」となった。
 一葉の家は、本郷にある東大赤門のちょうど道路をはさんだ真向かいにあった。
 一葉の父は、山梨で代々農民だった。そして、武士の地位はお金で買った。徳川幕府の直参の御家人になった。そして、その父(一葉の祖父)は、百姓惣代として水争いの調停のために江戸へ出て、老中阿部正弘に駕籠訴(かごそ)をして、投獄された。本人は死を覚悟していたが、結局、30日の伝馬町の牢内手鎮の刑ですんだ。一葉は、その生まれ変わりのように扱われた。
 一葉の父親は、苦労に苦労を重ねて、金を貯め、ここまで成り上がった。それに対して一葉は、生まれたときから裕福でお金の苦労というものを一切知らない。
 一葉は、12歳で小学校を中途退学した。母親の意見によるものだった。それで、一葉をかわいそうに思った父親が、一葉にどんどん本を買ってやり、そして一葉は和歌を独習した。『南総里見八犬伝』を3日で一葉は読了した。ホントでしょうか...。
 父親が58歳で病死すると、一葉は父親の指示どおりに戸主になった。そして、一葉の兄は23歳のとき、肺結核によって亡くなっている。
 漱石は一葉の5歳年上で、この二人は結婚の可能性があった。戸主になると、他家に嫁に行けなくなり、基本的に、長男とは結婚できなくなってしまう。
 一葉は19歳のとき、誰にも頼らず、自分の力だけで生きていこうと腹をくくった。
 一葉は、生きるために書くことを捨てた。そうではなく、書くために生きるのだ。
 私は書くために弁護士稼業をずっとずっと続けたいと考えています。
 一葉にとって「奇跡の14ヶ月」というのがあるのを初めて知りました。最後まで貧しさの底で生きることで、一葉の文学は、大きな実りを結んだ。貧困なくして、一葉の文学の輝きは生まれなかった。「大つごもり」、「にごりえ」、「十三夜」、「わかれ道」、「たけくらべ」の五作は、この14ヶ月に生まれている。
 私は、この五作を全部読んではいないと思いますので、ぜひ挑戦してみたいと思いました。
 いい本でした。面白かったです。
(2022年11月刊。税込2420円)

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2023年3月14日

子どもたちに民主主義を教えよう

社会


(霧山昴)
著者 工藤 勇一 ・ 苫野 一徳 、 出版 あさま社

 最初から最後まで、大変共感できる話のオンパレードでした。こんな校長先生がいるんだったら、まだ日本の民主主義もまんざら捨てたもんじゃないな、そう思えて、心がホッコリ温まりました。
 学校は民主主義の土台をつくる場。
 多様性の中で生きていく力、それが民主主義教育。
 学校改革のすべては、学校を民主主義を学ぶ場所に変えることにつながっている(そうすべきなのだ)。
 民主主義がゴールとするのは、誰ひとり置き去りにしない、持続可能な社会の実現。多数決は民主主義の本質ではない。
 これは、今の日本の国会を見ていても本当にそう思います。自民・公明の与党は野党の一部をうまく抱き込んで、国会で十分な審議をすることなく、多数決の横暴で、どんどん自分たちの都合の良い軍事優先・福祉切り捨ての政治をすすめています。そこには民主主義のカケラも認められません。
 現在の日本の学校は、自由を奪うピラミッド型社会。
 学校は平和のためにある。もし、学校がなかったら、絶対に世界に平和はやってこないだろう。本当に、そのとおりですよね。でも、子どもたちが大人になったとき、大人の多くは「生活するため」に子どものころの純真な気持ちを忘れてしまいます。でも、決してみんながみんな忘れたのではありません。
 アメリカだって、もはや民主主義国家と言えるのか...。超富裕層が支配する国になってしまっている。
 日本は国民の意識があまりにも伝存的になってしまっている。
 日本は当事者意識が低い。政治参加の点では、日本は下から数えたほうが早い。
 日本では「心の教育」を強調するが、「思いやり」では対立を解消することはできない。ちゃんと現実を直視して、感情を切り分け、理性的に物事を考える必要がある。
 学校では「道徳教育」をするべきではなく、やるべきは「市民教育」だ。
 幼稚園から小学校低学年にかけて、子ども同士のトラブルが絶えないのは当たり前のこと。社会性を学んでいる最中なのだから。
 トラブルをなくすのではなく、トラブルが起きたときに解決できる人材がたくさんいる社会づくりを目ざすのが民主主義教育。なーるほど、まったく同感です。
 いじめの件数を減らす努力をする必要はない。そうではなく、人間関係を自力で修復する機会を奪ってしまったら、この社会は大変なことになってしまう。
 自民党はなんでも「日教組が悪い」というが、現場の実際は、日教組に入っている教員はほとんどいない。日教組は現場では壊滅状態にある。
 合唱コンクールは、参加を強制し、競争させる。よほど廃止したほうが良い。
 民主主義の下地のないような学校で、校則づくりから入っていくのはすすめない。校則の変更ありきでスタートさせないようにしたい。
 著者(工藤)が校長だった麹町中学校では宿題を廃止した。「三者面談」も。やはり、行動で示す必要があるのですね。
 日本人が考えるべきことは目の前に山積していることを強く印象させられた...とのこと。
 実に面白く、ためになる、考えさせられる本でした。
(2022年10月刊。税込1980円)

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2023年3月15日

福島第一原発事故中通り訴訟

司法


(霧山昴)
著者 野村 吉太郎 、 出版 作品社

 「中通り訴訟」とは、2011年3月11日の福島第一原発事故のあと、避難せずに福島市等で暮らす市民52人が東電に対して合計1億円の慰謝料を請求した訴訟。代理人は東京の著者一人で、被告は東電のみで国は被告としていない。
 東電は裁判所の和解勧告を蹴り、一審で住民側が勝訴すると控訴し、さらに上告もした。もちろん上告棄却となって高裁判決が確定した。高裁判決は基本的に慰謝料30万円を認め、既払金8万円を差し引き、弁護士費用2万2000円を加算した。
 原告52人のうち、男性は5人のみで、女性が47人と圧倒的に多い。世代としては事故時に60代22人、50代15人と、この二つの世代が多い。
 3.11から3年後の2014年3月に弁護士と原告予定者の第1回目の話し合いがもたれた。その後、弁護士と原告予定者が個別面談を重ねて、陳述書づくりをすすめた。
 2年後の2016年4月に福島地裁に提訴し、8月に第1回口頭弁論。2年後の2018年2月から原告本人尋問がはじまり、7回の本人尋問で、ほぼ原告全員が法廷で陳述した。
 2020年2月に福島地裁で原告側一部勝訴判決。9月に仙台高裁は1回で結審し、2021年1月に判決。2022年3月、最高裁が上告受理申立を認めず確定。
 当初の原告予定者は100人ほどだったが、陳述書がまとまらずに断念した人も多く、結局、原告は52人となった。著者は、それぞれ3200字以上の陳述書を書いて、1人100万円の慰謝料を求めてたたかおうと原告団を励ました。陳述書を完成させるまでに、最低3回、多い人は10回以上も弁護士である著者の指導を受けて書き直した
 著者は原告に「ヌードになれ。せめてセミヌードに」と言い、「自分をさらけ出すこと」を迫った。そして、原告本人尋問の前には2回、そして前日もリハーサルをやった。つまり3回もリハーサルして、原告は本番の法廷にのぞんだ。
 本文470頁の大著である本の中には、52人の原告の陳述書が2段組で紹介されています。その全部に目を通しましたが、本当に大変な状況に追い込まれたことを改めて知りました。
放射線被爆の下で、家族を避難させるのかどうか、家族の分断が生まれ、気まずい状況も生まれます。
子どもたちは福島にいる限り、室内に閉じ込めておくしかありません。東京に出て、子どもたちが地面の上を駆けまわっているのを見て涙が出てきます。そして、甲状腺検査をすると、結果はA2。20ミリ以下ののう胞があることが判明。再検査の必要はないというけれど、本当にそうなのか。
自宅周辺を自ら除染する。行政はすぐには動かないし、業者に頼んだらいつになるか分からないというので、自分たちでやってみる、庭に穴を掘って、汚染土を埋め込む。身体のあちこちにガタが来る。
放射能のせいとは断言できないが、子どもたちが鼻血を出す。大人も病気になる。そうでなくてもストレスから体調不良になる。
小学生の子どもから、「自分の命は40万円なの?」と尋ねられ、何と返事してよいか分からない...。
庭の花、畑の野菜そして柿やシイタケなどの自然の恵みに触れて豊かな老後生活を楽しんでいたのが突然断ち切られ、孫たちとも離ればなれにさせられた。これで慰謝料4万円ですまそうという東電は絶対に許せない。
身につまされる陳述書ばかりでした。いま、岸田政権は12年前の大事故を忘れたかのように原発再稼働をすすめようとしています。信じられません。3.11の原発事故が日本社会にもたらした深刻な打撃の実情をまざまざと認識させられる本です。著者は日弁連で調査室の室長をしていましたので、私も面識があります。大分県竹田市の出身です。
(2022年12月刊。税込4290円)

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2023年3月16日

甘粕大尉

日本史(戦前)


(霧山昴)
著者 角田 房子 、 出版 ちくま文庫

 関東大震災のドサクサに無政府主義者(大杉栄)とその愛人、そして幼い子ども三人を虐殺した憲兵大尉が、有罪になったとはいうものの形ばかりの服役をして、パリに渡ったあと、まもなく帰国し、満州で我が物顔にのさぼった。それが甘粕正彦。その一生をたどった文庫本です。
 大震災がおきたのは、大正12(1923)年9月1日の昼前。朝鮮人が暴動を起こしたとのデマが治安当局も加担して広がっていった。
 9月4日、亀戸警察では南葛労組の川合義虎など9人が日本軍の将校に虐殺された。
 甘粕ら憲兵が大杉栄を虐殺したのは9月16日のこと。伊藤野枝、そしてその甥の宗一も殺された。
 甘粕は軍法会議にかけられた。軍隊の中だけでなく、一般大衆にも甘粕支持者は多く、減軽嘆願書は65万人の署名が集まった(法廷に提出されたのは5万)。
 判決はもちろん有罪で懲役10年。ところが、2年もしないうちに出所し、フランスに渡る。
 甘粕が本当に大杉栄たちを殺したのか、今なお真相は明らかにされていませんが、軍当局の全体の意向として大杉栄のような無政府主義者を「邪魔者は消せ」とばかりに虐殺したこと、甘粕がその一味であったことは間違いありません。そうでなければ、甘粕のフランス行き(滞在費用も)を軍部が負担するはずはありません。
 そして、1年5ヶ月ほどフランスにいたあと甘粕は日本に戻り、今度は満州に渡るのです。
 満州では、ハルビンにおいて関東軍による爆弾事件の中心人物に甘粕はなった。
 そして、すぐあとに満州国皇帝になった溥儀が満州に連れてこられたとき、派遣されて出迎えたのも甘粕だった。
 甘粕は満州国が建国されると民政部刑務司長となった。日本の内務省警得局長にあたる高官だ。その後、1937年、甘粕は協和会総務部長に就任した。
 甘粕は陸軍士官学校時代、教練班長の東條英機から教育された。そして、甘粕は東條の「一番のお気に入り」だった。満州時代の東條に対して甘粕は機密費など多額の政治資金を渡していた。
 1939年11月1日、甘粕(48歳)は満映理事長に就任した。酒席の甘粕は、しばしばハメをはずして荒れた。しかし、本業の映画製作には力を入れた。
 日本敗戦の1945年8月20日、甘粕はもっていた青酸カリを飲んで、予告どおり自殺した。3通の遺書のほか、「大ばくち、もとも子もなく、すってんてん」と理事長の黒板に書いていた。
 昭和史の黒い謎の一つですよね。
(2011年10月刊。税込1045円)

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2023年3月17日

ソ連核開発全史

ロシア


(霧山昴)
著者 市川 浩 、 出版 ちくま新書

 ロシアがウクライナに侵攻して1年以上たちました。プーチン大統領は核兵器を使うぞとたびたび脅していますが、その前にチェルノブイリとザポロージェ原発(原子力発電所)のほうは、すでに現実的な脅威となっています。
 ウクライナは豊かな穀草地帯ではあるものの、燃料資源には乏しいところから原発の大量導入が期待され、1970年代後半から1980年代にかけて、多くの原発がウクライナに立地した。ウクライナ電力産業の原発依存率は高く、電力の55%が原発によっている。
 チェルノブイリ原発は1986年4月26日、大惨事を引き起こしたが、すぐには閉鎖されなかった。ようやく閉鎖されたのは2000年のこと。ウクライナの電力事情が即時閉鎖を許さなかった。
 ザポロージェ原発はチェルノブイリ原発と同じくロシア軍の支配下にあり、外部電源を喪失したり、ウクライナとの戦火の下で危うい状況が続いている。第三の巨大原発災害、カタストローファにならないか、著者は大いに危惧しています。
 ソ連の核開発は、アメリカのそれとエコーした、時代の狂気なしでは理解できない現象だった。
 チェルノブイリ原発事故に先行して、ソ連市民の原発への疑問・不信は高まり、ソ連政治体制の危機のひとつの要因となった。それにもかかわらず、ソ連の後継国家ロシアの原子力産業は21世紀になって、したたかに息を吹き返し、国際的にビジネス展開するに至った。
 ソ連時代、市民の原発への疑問・不信は高まりを見せ、計39ヶ所で原発の建設・操業を阻止した。
 ソ連時代の核実験場であるセミパラチンスクやカプスチンヤール周辺では、大量の放射性物質が飛散した結果、住民のなかに白血病、種々のガンの罹病率、先天性障害のある子どもの出生率に明らかに有意な増加が認められている。
 ソ連時代、船用の原子炉からの放射性廃棄物は、未処理のまま長く海洋投棄されていた。地下深くに廃棄物を埋没しようとする試みもまったく一部でしかなかった。
 ロシア領内にある採掘可能なウランの埋蔵量は世界の5%にあたる17万トン超。ロシアは低品位ながら毎年3500トンのウランを供給し、カナダ、オーストラリア、カザフスタンに次ぐ、世界第4位のウラン産出国。そして、ロシアは、世界のウラン濃縮能力の40%以上、3.5%濃縮ウランを2万4000トン製造する能力を有している。核燃料の加工は2ヶ所で行われ、年間2600トン可能。ロシアの原子力工業「ロスアトム」は、世界有数の国際原子力企業集団としてよみがえっている。
 日本も原発大国です。日本で戦争なんてはじまったら、たちまち日本は終わりです。敵基地攻撃を反撃能力と言いかえてごまかしていますが、要は戦争しようというのです。でも、日本はウクライナと違って海に囲まれた日本は逃げることもできませんし。1週間も戦争したら、私たちは完全にアウトなんです。ともかく原発再稼働には反対です。戦争にならないよう、外交力を向上させるよう、私たち国民が声をあげるしかありません。
(2022年11月刊。税込964円)

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2023年3月18日

古典モノ語り

日本史(平安)


(霧山昴)
著者 山本 淳子 、 出版 笠間書院

 たまには平安時代の貴族社会の雰囲気を味わってみようと思って読んでみました。
 京都の平安京跡地の発掘調査において、盃(さかずき)の皿(さら)部分に墨(すみ)で文字を書きつけたものが大量に発見されているそうです。文字は和歌なのです。
 絵やマンガ(絵)もあって、大変読みやすい本です。
 牛車に乗るのは平安京だけの風景。牛車に乗ることのできる人間は限られていて、庶民は乗れなかった。天皇もまた牛車には乗れなかった。天皇の乗り物は輿(こし)と定められていたから。なので、天皇を退位すると、牛車に乗ることができた。
 貴族の乗った牛車が石つぶての攻撃を受けることはあった。
 文化勲章は、文化の発展に大きく寄与したものが資格がある。この勲章のデザインは橘(たちばな)。皇族の一員だった葛城王らが天皇に願い出て、「橘」なる姓をもらった。葛城王は橘諸兄(もろえ)と改名した。
 庶民は排泄するとき、高下駄をはいていた。この高下駄は恐らく共同使用していた。
 平安京に犬は多く生息していた。ペットや猟犬としてではなく、汚物処理係だった。猫のほうは舶来の貴重な動物であった。なので、高貴な邸宅の中で、文字どおり「猫可愛がり」されていた。猫は貴重なので、幼少時に、「犬」の名で呼ばれた人は決して少なくなかった。「犬宮」は男性にも姫君にもいた。「犬」のつく幼名は、「長い歳月を重ねての成長」を意味するようだ。
 泔(ゆ)するとは、米のとぎ汁のこと。中国では、米のとぎ汁は、料理に使うものだった。
 髪の長い貴族女性にとって、洗髪は大変だった。
 清少納言や紫式部も登場する貴族社会の内実は、とても大変な競争社会だったようです。平安貴族の十二単衣からくるイ華やかな、そして気楽なイメージに騙されてはいけませんね...。
(2021年1月刊。税込2090円)

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2023年3月19日

天路の旅人

中国


(霧山昴)
著者 沢木 耕太郎 、 出版 新潮社

 第二次大戦も終りかけていたころ、中国大陸の奥深く まで単独潜入した日本人「密偵」がいました。その行程をたどった本です。もっと古く、チベットへの潜入に成功し、無事に日本に帰還した日本人(川口慧海(えかい)を思い出しながら読みすすめました。
 なにしろ、日本人だとわかれば、密偵だということまでバレなくても生還は難しい状況でした。それを、日本人であることもバレないようにして隊商や僧侶たちにまぎれこんで旅行するのです。その勇敢さには驚嘆するばかりでした。
著者は 『秘境西域8年の潜行』(中公文庫)を本人への取材で裏付けながら、詳細に明らかにしています。
 密偵を志願した西川一三は修猷館中学を卒業したあと、進学せず、満鉄に入社。この満鉄も入社して内部を知ると、学歴・学閥がモノを言う世界だったので、入社して5年後に退社。そして、興亜義塾に入った。
 西川は、中国奥地へ旅立つとき、6千円のお金とアヘンをもらった。
 そして、まずはゴビ砂漠へ向かう。同行するのは、3人の蒙古人ラマ僧だけ。
 中国の奥地を長期にわたって移動するのは、遊牧民か、商人か、巡礼者の三種類しか存在しない。 そこで西川は、蒙古人のロブサン・サンポーという名の人間になった。
夕食は、まず羊肉を煮て食べ、その汁に小麦粉の団子状のものを入れてスイトンをつくる。味付けは薄い塩味だけ。食事が終わると、すぐ眠る。蒙古人の旅の寝具は、着ている毛皮の服。
 蒙古で死者は風葬。死体を谷間に捨てると、二日後には、すっかり白骨化している。犬とカラスとハゲタカによってきれいに食べられてしまう。
 蒙古人でも高貴な人については、火葬しても空気を汚すことはないとされ、火葬されている
 蒙古人のラマ僧は、経文に使われているチベット語は、いくらか読めるけれど、自分たちの言葉である蒙古語は、書かれた文字に接する機会がないため、読めない者が多い。
 ラマ廟における唯一の性である男色においては性器の挿入が行われない。なので、男色では性病が伝染しにくい。だから、ラマ僧で性病にかかっているとうことは女性との性交渉をしていることを告白しているようなもの。
 蒙古人は、どんなに多くのラクダがいても、自分のラクダは簡単に見つけることができる。
 ラマ僧の食事は、つつましい。朝は、茶とツァンパかボボを食べる。ツァンパとは、麦焦(こ)がしのようなもの。大麦の一種である青祼(せいか)を挽(ひ)き、粉状にして炒(い)ったもの。
 蒙古人は立ち小便をしない。しゃがんで小便する。
 西川が戦後の日本に帰り着いたのは1950(昭和25)年6月のこと。
 西川は日本に戻ってからも、寝るときは、敷物を敷いて毛皮の服をぬぎ、それを掛け布団がわりにして、猫のように丸まって寝ていた。
 すごい日本人がいたんだなあ、とても真似するなんてできません。冒険そのものの旅だったことを否応なしに確信させられる本です。
(2023年1月刊。税込2640円)

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2023年3月20日

孤高の狩人、熊鷹

生物(鳥)


(霧山昴)
著者 真木 広造 、 出版 メイツ出版

 圧倒的な迫力です。熊鷹(クマタカ)の目付きの鋭さには、見ているだけでタジタジとさせられます。
 山形県生まれの写真家が山形の朝日連峰に出かけて捉えたクマタカです。どの写真もピントが見事なほどあっていますので、その広げた翼の美しさに思わず息を呑みます。
 冬の時期に、年間50日から60日間も、山中、ブラインドにこもって、ひたすら待ち続けてクマタカを待ちます。深い積雪の中、厳寒との戦いです。それなりの覚悟と強い姿勢がなければ撮れない画像です。それでも、シャッターチャンスは10%以下。ひゃあ、すごいです。こんな寒さに耐えて6年間もがんばったんです。クマタカも写真を構えている人間には気がついていたようです。なにしろ、ときに目線があうのですから...。
 クマタカは、古くから鷹狩りのタカとして利用されてきた。
 オスとメスと目で見て識別するとのこと。メスは次列風切が長く、翼の幅が広く見える。オスは、次列風切と初列風切の長さの差が少ない。なので、メスのクマタカのほうが少しばかり大きい感じです。
 紅葉の秋をバックとしたクマタカの写真もありますけれど、やはり真っ白な雪景色のなかのクマタカのほうが断然、迫力があります。
 カメラを向けると、クマタカもそれに気がついて、じっとにらみつける。その眼光の鋭さ、その迫力に圧倒された。まさしく、そのとおりです。
 ブナの大木の上のほうで子育てしているクマタカ親子の様子もカメラで捉えています。いったい、どうやってこんな写真を撮ったのでしょうか...。
 大空を悠然と舞うクマタカは気品があります。この本では「貴賓」と書かれています。
 クマタカがヘビを捕まえて飛んでいる写真もあります。ヘビたって食べるのですね。ヘビから噛まれてしまいそうですが...。
 ところが、2羽のカラス(ハシブト)に追われて必死に逃げていくこっけいなクマタカの姿もとらえられています。2対1ではクマタカも、うるさくてかなわん、もう相手にせんどこ...という感じで、逃げまどっているのです。
 6年間の血と汗の結晶が見事な写真として結実しています。撮影データもぎっしり。こんなに詳しく記録していくものなんですね、驚きます。
 ぜひ、あなたも手にとって眺めてみてください。一見の価値は大いにあります。
(2022年10月刊。税込2200円)

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2023年3月21日

中国青銅器入門

中国


(霧山昴)
著者 山元 堯 、 出版 新潮社

 今から3千年ほど前の中国でつくられた殷周(いんしゅう)青銅器を写真とともに解説している本です。
 京都市(左京区鹿ヶ谷)にある泉屋(せんおく)博古館(私は残念ながら、まだ行ったことがありません)には、世界有数の殷周青銅器のコレクションがあるそうです。ぜひ、一度行って鑑賞したいものです。
 殷周青銅器には、ときに過剰なまでの装飾がほどこされている。ところが、実は、かなり細やかな用途が想定されていて、各用途に応じた高い機能性が備わっている。ええっ、でも、そんな「細やかな用途」なるものは後世の私たちの想像にすぎないのではないのか...、そんな疑問が持ちあがります。ところが、器種カタログを眺めると、いや、そうかもしれないという気になっていきます。
さまざまな漢字、日本には入ってこなかった漢字によって、その名と体が表現されています。ここで、紹介できるのは、せいぜい「かなえ」(鼎)くらいのものです。この「かなえ」は、肉入りスープを煮るもの。青銅器祭祀の中心的役割を果たす器として多くつくられた。
 殷周時代の儀式やもてなしで用いられた酒は、香草の煮汁で香りづけをした「においざけ」だった。香りをつけた酒は、次に温める器へ移され、燗(かん)をつけて香りをさらに引き立たせる。温められた酒は、最後に、飲酒器に移され、それを参列者が恭(うやうや)しく口をつけて飲む。
 酒は、甘酒のような粘性の高い酒をスプーンですくって飲んでいた。
 酒を飲むときには、音楽の演奏がともなっていた。
 殷周時代はもとより、青銅製の楽器は釣鐘(つりがね)の類だった。鐘(しょう)や鎛(はく)と呼ばれた。私も、中国への旅行団に参加したとき、この楽器のミニチュアを買い求めました。今も我が家にあります。
 さまざまな動物たちの姿・形に似せてつくった青銅器があります。ニワトリ、ミミズク、象、ラクダ、水牛などです。もちろん、神獣ではありません。
 庭にある池をのんきに泳いでいる蛙(カエル)の姿も彫られています。
 この本には、「金文」を読み尽くす取り組みも紹介されています。
 金文というのは、鋳(い)込まれた文字のこと。学者がちゃんと読めるなんて、すばらしいことです。
 そして、金文の復元にも挑んでいます。
 それにしても、今から3千年も前に、この世のものとは思えないような奇怪な獣をかたどった造形には、ただひたすら圧倒されてしまいます。
 古来、中国には、優れたものを「キメラ」として表現する伝統がある。
 殷周青銅器をつくった工人たちは、自然界のありとあらゆるものを注意深く観察し、ちょっと見ただけでは気がつかない特徴を正確にとらえ、器の上に表現している。たとえば、虎の瞳孔は、縦長ではなく、正しく丸く描かれている。
青銅器に描かれた文様のすばらしさは、3千年という年月を感じさせません。それにしても、青銅器入門というのですから、まずは現物を見てみなくては始まりませんよね...。
(2023年1月刊。税込2200円)

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2023年3月22日

台湾の少年(1~4)

台湾


(霧山昴)
著者 周 見信 ・ 游 珮芸 、 出版 岩波書店

 日本統治下の台湾で少年時代を過ごした蔡(さい)焜霖(こんりん)は、だから日本語ペラペラです。
日本敗戦後、蒋介石の国民党軍が中国本土から台湾に渡ってきます。毛沢東の中国共産党軍に敗北したためです。そして、台湾を反共の砦とすべく、厳しく民衆を弾圧しはじめました。
蔡少年は台北一中のとき自主的な読書会に誘われ、社会と文化に目を開いていきます。そこには何の思想的背景もありませんでした(少なくとも蔡少年には...)。ところが、それが国民党政府からスパイ罪に該当するとして逮捕され、懲役10年の実刑。台湾の南島部にある小さな緑の島に流され思想改造を迫られます。なんとも理不尽な弾圧を受けるのです。「蔡少年」の仲間が、何ら正当な理由もなく本土へ戻され何人も銃殺されてしまいます。
やがて蒋介石も息子の蒋経国も亡くなり、「蔡少年」は台湾に戻ります。ところが、戻ってから父親は「蔡少年」が緑の島へ送られまもなく自死しているのを知らされます。そして、台湾に戻ってからも、緑の島に何年もいた前科者として就職するのは容易なことではありませんでした。
やがて縁あってマンガ本を出す出版社に就職。このころの台湾では、日本のマンガを少し変えただけのマンガ本が流行していました。
「蔡少年」(大人になっています)は、マンガ本ではなく、子ども向けの教育雑誌「王子」を創刊します。目新しく、宣伝上手なこともあって、大いに売れます。ところが、二度の大洪水で被害にあい、うまくいっていた会社は倒産。破産して一からやり直しです。
しばらく浪人していると、拾う神ありで、広告会社をまかされ、やがて実力を発揮して副社長になります。
こんな台湾の少年ストーリーがマンガで描かれます。よく出来たマンガ(絵)なので素直に感情移入ができ、1巻から4巻まで一気に読み上げました。というか、実在の人物の話なので、いったい、このあとはどうなるのだろうと、外の仕事は手につかず、そっちのけで読みふけったのです。
「蔡少年」は仕事をやめたあとは、1950年代の白色のことをボランティアとして若い人たちに語りつぐ仕事に没頭するようになりました。虐殺された被害者の氏名が刻まれた碑の前に立った「蔡少年」は、「許しておくれ。生き残ったくせに、ぼくは努力が足りなかったよな」と謝罪します。いえいえ、決して「蔡少年」は何も悪くない、そして努力が足りなかったわけでもありません。
緑の島にいた10年間について、「蔡少年」は、子どもたちには「日本に10年間も留学していた」と嘘ついていました。でも、ある日、本当のことを告げて、子どもたちと一緒に緑の島へ渡るのです。この本を読んで救いを感じるのは、このところです。
今では台湾は国民党と民進党とが平和的な政権交代ができるようになっています。かつてのような反共主義で軍部独裁のテロが荒れ狂う島ではありません。そんな台湾の痛みを伴う歩みをマンガを通じて学ぶことのできる本です。
ぜひ図書館で借りるなりしてご一読ください。強くおすすめします。
(2023年1月刊。2640円)

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2023年3月23日

亡命トンネル29

ドイツ


(霧山昴)
著者 ヘレナ・メリマン 、 出版 河出書房新社

 かつて、ドイツは東西、2ヶ国に分かれていた。ベルリンにも東西があり、そびえ立つ壁で遮断されていた。この本は、そんな壁の下にトンネルを掘って、東から西へ脱出するのに成功した人々の苦難の取り組みを改めて掘り起こしています。
 ときは1962年夏のこと。1962年9月14日、トンネルを総勢29人の東ドイツ市民が西ベルリンへの脱出に成功した。
 すごいのは、このトンネルは4ヶ月間、学生を中心とするボランティアのグループが機械ではなく、手で掘りすすめていたこと、トンネルの長さは122メートル(400フィート)あったこと、そして、掘り進む途中からアメリカの報道機関NBCが撮影していて、脱出成功の瞬間も映像として残していること、これだけ大がかりの脱出なのに、東ドイツの秘密警察シュタージに発覚しなかった(別のトンネルは発見され、40人が逮捕)こと、です。
 380頁もある大作なのですが、シュタージへの情報提供者(つまりスパイ)がトンネルを掘るグループに潜入していて、シュタージへ情報を流していたので、そのスパイとの駆け引き、トンネルを掘りすすめる苦労話などがあって、手に汗握るほどの臨場感があり、車中と喫茶店で一気読みしてしまいました。
 東ドイツでは、シュタージへの情報提供者は17万3000人にのぼった。東ドイツの人口の6人に1人は「スパイ」だったというほどの密度だった。たとえば東ドイツの教会指導者の65%がシュタージの協力者だった。
 東西ベルリンを分断する壁がつくられたあと、1961年末までに8000人が西側への脱出に成功した。うち77人は国境警備兵だった。
 NBCはトンネルを撮影したが、トンネルがあまりに狭いため、持ち込めるのは、最小・最軽量のカメラだけで録音できなかった。そして、カメラは150秒分のフィルムしか使えなかった。
 シュタージの前に連れてこられた人間は、それまで誇りと自信にみちていたのが、たちまち自分はとるに足らない人間、人でなしの無価値な人間だと思うようになった。昔からの価値観がガラガラと音をたてて崩れ去っていった。そして、尋問官自体が、別の尋問官から「のぞき見」され、監視されていた。
 東ドイツの政権が倒れていくなかで、市民は自由に東西を往来できるようになり、ついで壁自体が破壊され、ついに撤去されたのです。映画『大脱走』(スティーブン・マックイーン)は捕虜収容所からトンネルを掘って救助されたというストーリーだったように思います。
 それにしても、市民監視の網の目のこまやかさには驚嘆するほかありません。最後まで面白く読み通しました。私もドイツのベルリンに一度だけ行ったことがあります。大きなブランデンブルグ門を見学し、ここらに壁があったと言われましたが、もちろん何もなく、想像できませんでした。
(2022年10月刊。税込3740円)

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2023年3月24日

スマホを捨てたい子どもたち

人間


(霧山昴)
著者 山極 寿一 、 出版 ポプラ新書

 ゴリラ研究の第一人者である著者が人間の子どもについて深く考察している本(新書)です。
 初めのところで私と共通するところがあり、驚き、かつ、うれしくなりました。つい、そうだ、そうだと叫んでしまいました。
 ガラパゴスと言われる古いケータイをいつもカバンの中に入れて持ち歩き、かかってきても音が聞こえない。自分勝手で申し訳ないけれど、ケータイをオープンにしたら、とても自分の時間をもてない。現代の情報化社会で、それが自分を守る方法。
 私の場合には、オープンにしたところで、それほど電話がかかってくるとは思いませんが、ともかく縛られたようになる気分が嫌なのです。スマホなんて、持ち歩きたくありません。
 スマホを使えば友だちと交信できるし、世界とも仲間ともつながっている感覚がもてる。でも、本当の意味で、人々は世界とつながっているのだろうか...。
 著者と同じ疑問を私も抱いています。
 世の中で何か事件が起きると、したり顔で素早く論評する人の何と多いことでしょう。でも、論評の対象となった事件の本質はまだ十分に知らされていないことが多いと思います。そんな段階の論評って、いったいどれだけの価値があるのか、私には疑問です。そして、避難・攻撃に走って快感を得ようとする人があまりに多いように思えます。ちょっと異常な社会になっていませんか...。
 人間と動物の出会い、人間同士の関係は、次に何が起きるか100%予測することができないからこそ、面白い。この面白さが生きる意味につながる。今、多くの人間が見失っているのは生きる意味ではないか...。
 人間は情報化することで、逆にバカになった。情報化するというということは、分からないことを無視するということ。だから...。
 人間がほかの動物と異なるのは文化をもっていること。
フィールドワークするときの4つの心得。その1、動物になりきる。人間であることを忘れる。その2、動物の感覚で自然をとらえる。その3、動物と会話して気持ちを通じ合わせる。その4、そこに降ってわいてくる新しい発見をつかむ。
 なるほどなるほど、でも、実際に実践するとなると、大変難しい心得ですよね。
 ゴリラと出会うと、「ウホウ」と呼びかけられる。それに対して、「グックフーム」と返す。これで、「ぼくだよ」と答えたことになり、ゴリラは安心する。「ダメ」と言いたいときは、「コホッコホッ」と咳のような音声を出す。変な返事をすると、ゴリラは「オッオッ」という声を出して怒る。
ゴリラは、何の挨拶もなしに2メートル以内に近づいたら、身体が「えっ、何かおかしいぞ」と反応する。
ゴリラは年齢(とし)の序列で優劣をつけない。
シルバーバック(ゴリラのオスの大人)は自分から子どもを育てにはいかず、子どもが来るのを待っている。白い背中はメスのためでなく、子どものため。白いと暗いジャングルでも目立ち、子どもたちは、白い背蟹を目印にしてついて歩いていける。休憩するときには、白い背中に惹きつけられるように寄っていって、この背中を枕にして寝る。シルバーバックの背中は子どもたちの憧れの場所。シルバーバックの白銀の毛は、背中からお尻、後ろ足のほうへと、年齢(とし)をとるごとに増えていく。こうして、ゴリラのオスは、年齢をとっても群れから追い出されることなく、子どもたちのアイドルであり続ける。
ゴリラは、近くで同じものを食べていて楽しい気分になると、ハミングして同調しあう。
ゴリラが何かしようとするときは目を見ればわかる。何かイタズラしようというときは、目がキラキラ光っている。これって、人間の子どもも同じですよね...。
人間の赤ちゃんは、体の成長を犠牲にして脳を発達させている。
家族をもっているのは人間だけ。ゴリラは単独の家族のようなものはもっていても、それが複数で集まることはない。チンパンジーは、複数のオスやメスが集まる地域共同体のようなものはあるが、家族はもたない。
人間の社会性は、食物を運び、仲間と一緒に安全な場所で食べる「共食」から始まった。ニホンザルは、基本的に食物を分配しない。チンパンジーやゴリラは食物を分配する。
食物の分配は、知性の高さではなく、子育ての負担の大きい社会で起こる現象。
学ぶのはどんな動物もしているが、教えるのが出来るのは人間だけ。 
人間は日本の足で立つことによって上半身と下半身が別々に動くようになり、支点が上がり、身体でいろいろな表現ができるようになった。言葉的な身体を手に入れた。
人間は、成長過程において、生物学的に弱い時期が2回ある。第一は乳離れの時期。もう一つは、思春期スパートと呼ばれる10代半ばから後半にかけて。
さすがに考えさせられる指摘が山ほどありました。
スマホに頼り過ぎてはいけないと、著者は最後に強調しています。まったくそのとおり、と、スマホをもたない私も声を大にして叫びます。そして、本を読むことをすすめています。これまた、同感です。いい本でした。
(2022年10月刊。税込946円)

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2023年3月25日

あつまる細胞

人間


(霧山昴)
著者 竹市 雅俊 、 出版 岩波科学ライブラリー

 私は1月半ばに「ゲタ骨折」しましたが、1ヶ月以上たっても骨がくっつかないままです。
 ところが、この本によると、動物の体の複雑な構造は、細胞自身が自律的につくり出すとしています。つまり、細胞は勝手に集まるというのです。
 そこにカドヘリンが登場します。著者が命名しました。今や、ヒトでは20種類以上のカドヘリンが発見されている。カドヘリンは、細胞と細胞をくっつける。体を構成する細胞は、三つのカドヘリンのどれかをもっている。
 カドヘリンの立体構造を眺めると、細胞外領域は五つの単位に分割されていて、ちょうど五つの団子を串刺ししたような形になっている。そして、この串が弓のようにしなっている。
 カドヘリンは、柔らかい細胞膜どうしを糊づけしているわけではなく、その裏側にあるアクチン骨格(細胞膜より固い構造)どうしを結びつけている。
 
 軸索が目標の神経細胞に到達したとき、そこでシナプスが形成される。このシナプスの形成にもカドヘリンが関与している。
 近年、カドヘリンの世界はもっと複雑であることが分かってきた。カドヘリン「のような」タンパク質が多数見つかっている。
 そして、結局、カドヘリンとは、たまたまカテニンに結合することにより、「接着分子」としての地位を確立した分子なのだ。
 E-カドヘリンは、発がんという、がんのもっとも本質的な過程にも関与する。
 一定の条件があれば、E-カドヘリンを失った細胞はがん化することから、このE-カドヘリンにはがん発症を抑制する機能があると推定できる。
 細胞が自然に集まっているのであれば、私の「ゲタ骨折」も、いずれゆっくり骨が癒合してくれることでしょう。それを期待して、ギプスなしの生活を続けます。
(2023年1月刊。税込1870円)

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2023年3月26日

テキヤの掟

社会


(霧山昴)
著者 廣木 登 、 出版 角川新書

 先日、私の住む街で、江戸時代から続いているという「初市」がありました。植木市とあわせて、たくさんの屋台が並びます。歩行者天国になりますので、子どもたちが梅ヶ枝餅やらリンゴアメなどを食べたり、なめたりしながらぶらついて楽しみます。
 この屋台を出しているのがテキヤと呼ばれる人たち。
 サンズン(三寸)は、組み立てた屋台、三尺三寸のサイズ、また「軒先三寸を借り受けて...」から来たもの。タコ焼きや焼き鳥屋台など。
 ゴランバイは、子ども向けのバイ(売)。ソースせんべい、あんずアメなど。親から子どもに「見てゴラン」ということから。
 コロビは、ゴザの上に商品をコロがし、タンカにメリハリをつけて商売する。映画「男はつらいよ」で、寅さんが神社の境内などで客を呼び込んで何かを売っていましたね。昔々は、私も実物を見た気がします...。
 テキヤの圧倒的多数は暴力団ではない。ただし、テキヤ系暴力団も存在する。たとえば、極東会。極東桜井一家関口一門を中核とする。
 暴力団とテキヤを同一視するのは誤り。ヤクザは人気商売であり、「裏のサービス業」でテキヤは売る商品をもっている。
 テキヤが自衛のために団結して組織したのが「神農会」。テキヤは自らを神農と名乗る。そして神農を崇(あが)める。テキヤの業界を神農会という。
 テキヤは個人事業主なので、労災や保険という問題がある。なので、まともに日本に来ている外国人は難しい。
 日本人の若者がテキヤに入門することはない。テキヤは若い人たちの憧(あこが)れの職業ではない。拘束されるのを嫌がる。
 テキヤの商売ができる場所が少なくなっている。
 テキヤは前科があって生き辛い人たちにとってのセーフティネットになりうる。そして、「この商売、いつまでもやってんじゃねえぞ。どんどん辞めてけ。カネ貯めたら、すぐに辞めろ」でいい。著者は、このように提言しています。同感です。
 昔、私の子どものころ、筑後平野の夏の夜の風物詩として「よど」があっていました。お寺や神社の境内に何日間か夜の露店が立ち並ぶのです。よくヒヨコが売られていました。カラーヒヨコで、大きくなっても卵を産まないオンドリになるだけ...。そんな夜の世界があって、子どもに夢を与えてくれるものがあったらいいですよね。
(2023年2月刊。税込1034円)

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2023年3月27日

マザーツリー

生物・

(霧山昴)
著者 スザンヌ・シマード 、 出版 ダイヤモンド社

 森林はインターネットであり、地下には菌類が縦横無尽につながっていて、「巨大脳」を形成している。
 ええっ、いったい何のこと...、と思いたくなりますよね。先日、NHKテレビでもこれを実証する映像を流していました。圧倒される思いでした。
 古い木と若い木は、ハブとフードで、菌根菌によって複雑なパターンで相互につながりあい、それが森全体を再生する力となっている。
 古木は森の母親だ。これらのハブはマザーツリーなのだ。いや、ダグラスファーは、それぞれが雄である花粉錐と雌である種子錐の両方をつくるのだから、マザーツリーであり、ファザーツリーでもある。このマザーツリーが森を一つにつないでいる。マザーツリーから伸びる太くて複雑な菌糸は、次の世代の実生に大量の養分を効率よく転生している(に違いない)。森林を皆伐すると、この複雑な菌根ネットワークがバラバラになってしまう。
 ダグラスファーは、自分が受けたストレスを24時間以内にポンデローサパインに伝えている。
 マザーツリーは、親族の苗木の菌根菌に、そうでない苗木よりもたくさんの炭素を送っている。マザーツリーは、自分の子どもが有利なスタートを切れるように図らうが、同時に、村全体が子どものために繁栄できるよう、その面倒もみている。
 私たち、現代社会に生きる人々は、木々に人間と同じ能力なんかあるはずがないと決めつけている。でも今や、私たちは、マザーツリーには、実際に子孫を養育する力があることを知っている。ダグラスファーが自分の子どもを認識し、ほかの家族や樹種と識別できることが分かっている。彼らは、互いにコミュニケーションを取りあい、生命を構成する要素である炭素である炭素を送っている。
 マザーツリー役の苗木は、その炭素エネルギーで菌根ネットワークを満たし、炭素はそこからさらに親族の苗木の葉へと移動して、マザーツリーの滋養は苗木の一部になっていた。
 ハサミで傷つけられたマザーツリーの苗木は、より多くの炭素を親族に送っていることも判明した。つまり、自分のこの先が分からなくなったマザーツリーは、その生命力を急いで子孫に送り、彼らを待ち受ける変化に備える手助けをした。死が生きることを手助けをした。死が生きることを可能にし、年老いたものが若い世代に力を与える。
 このように森は知性をもっている。森には、周囲の状況を知覚し、コミュニケーションを取りあう能力がある。
 著者はカナダの森林生態学者です。2人の娘の母親としてもがんばっていましたが、乳ガンと分かり両乳房を切除し、抗ガン剤で頭髪が抜けても、見事に研究生活を続けています。ガンになってから寛解に至るわけですが、それは、決して希望を捨てないことを実践したからでした。
 健康でいられるかどうかは、周囲とつながり、意思を伝達しあうことができるかどうかにかかっている。
 あれっ、これって森の中のマザーツリーが果たしているのと同じことじゃない...。著者は、その点でも共通点をつかんだのでした。550頁もの大部の本ですが、一気読みしようと決意し、電車の中の1時間で読了しました。典型的な速読です。
(2023年1月刊。2200円+税)

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2023年3月28日

金環日蝕

社会


(霧山昴)
著者 阿部 暁子 、 出版 東京創元社

 いやぁ、読ませました。読みはじめたら、ええっ、いったい次はどんな展開になるんだろう...と、目が離せなくなり、電車を降りてバスに乗ってからも読みふけってしまいました。それでも読了できず、少しだけ次の予定まで時間があったので喫茶店に入り、遅い昼食のサンドイッチをかじりながら、ようやく最後の大団円にたどり着いたのでした。
 ネタバレはしたくありませんので、要は「振り込め詐欺」(特殊詐欺)を舞台とした展開だということだけ申し上げます。
 名簿屋は、名簿を擦(こす)る。欺しのターゲットの細かい情報を調べるのを擦るという。これがあるとないのとでは、成功率がまるで違う。それはそうですよね...。
 擦るには、真心を込めて相槌を打ち、うなずき続ける。こちらも本心でないとダメ。こちらが真摯(しんし)だからこそ、相手も気を許し、心の深い場所を開いて見せてくれる。同情し、共感しながら、もっと情報を吐き出してとうながしつつ、頭の中に入手したデータを余さず書き込んでいく。
 受け子は、ターゲットからお金を受けとってくる役。出し子は、振りこまれたお金をATMで引き出す役。警察に捕まるのは、この受け子か出し子。この危険な役をやらせる人間を集めて、人材派遣会社みたいにお金の回収を請け負うグループが存在する。
プレイヤーが電話をかける場所は「アジト」というより、普通の会社のオフィスという感じ。それぞれのデスクがあって、電話がずらり並んでいて、出勤も退勤も時間が決まっている。
ターゲットから取るお金は、売上と呼び、目標額まであといくら、気合入れてがんばろうという反省会までやる。そして、1クール2ヶ月というように期間が決めてあって、その期間内にガンガン稼いで、それが終われば解散してしまう。あとには何も残らない。
 プレイヤーは、1人では無理。最低3人。それくらいいないと、ターゲットにこちらの話を信じさせられない。疑うヒマも与えず、こっちのシナリオに引きずり込めない。台詞(セリフ)を覚えてミスなく話せばいいっていう問題ではない。本当は存在していない人間、起こっていない出来事を、相手にここに存在していて、今まさに起きてるって信じさせなければいけない。
 追跡アプリなるものは、フツーに街の電器屋さんで買える。たとえGPS機能を遮断しているスマホ(スマートフォン)でも、一度本体にインストールさせてしまえば、現在地が特定できるうえ、通話履歴の取得、写真撮影、音声録音まで遠隔操作で可能だ。今では、こんなとんでもないアプリが存在し、有料とはいえ、誰でも手に入れて使うことができる。
 主要な舞台のひとつが昨秋、久しぶりに訪れた北大(北海道大学)でした。構内の喫茶コーナーでお茶したことを思い出しました。北大って、いつ行っても風情があっていいですよね。でも、この本のストーリーは、ちょっとばかり怖いです。それも現実にあった(だろう)話をベースにしている(だろう)から、ホント、思わず身震いするほどの怖さをひしひしと感じました。先日つかまった「ルフィ」が、「悪」から抜け出ようとした人間を徹底的に痛めつける(本当にやるようです)というのを聞いて、恐怖による支配は人を間違わせるものだと、つくづく思いました。一読をおすすめします。
(2022年10月刊。1800円+税)

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2023年3月29日

ヒエログリフを解け

アフリカ

(霧山昴)
著者 エドワード・ドルニック 、 出版 東京創元社

 エジプトでロゼッタストーンが発見されたのは1799年。ナポレオンのエジプト遠征のとき。
 そこには、3種類の文字が彫られていた。最下段にギリシャ文字、最上段はヒエログリフで、真ん中部は何か不明。学者はギリシャ文字は解読できたが、上の2種類の文字は、まったく分からなかった。
 この謎は、フランス人とイギリス人という2人の天才によって解明された。どちらも幼いときから神童として呼ばれていた。
 イギリス人のトマス・ヤングは世にまれな多芸多才の天才。フランス人のシャンポリオンは、エジプトを偏愛する一点集中型の天才。クールで洗練されたヤングと、熱血漢で激しやすいシャンポリオン。
 エジプトの文化は驚くほど「死」に執着している。ピラミッド、ミイラ、墓、神々、死者の書など、これらすべては、死を追い払い、ねじ伏せ、死後の世界で迷うことなく生きていくためのもの。祈祷文や呪文は、どれも死は終わりではないと訴えている。
 ファラオは、「あなたは、まだ若返って再び生きていく、また若返って永遠に生きていく」という呪文とともに死後の世界へ送られていった。だから、エジプトでは輪廻転生(りんねてんしょう)は信じられていなかった。もし信じていたら、魂が新しい肉体に宿るわけだから、わざわざ古い肉体をミイラ化して保存する必要はない。人間のミイラをはるかに上まわる数の動物のミイラがつくられた。ネコ、イヌ、ガゼル、ヘビ、サル、トキ、トガリネズミ、ハツカネズミ、はてはフンコロガシまで...。
 麻布でくるまれたネコのミイラが無数に出土している。
 ロゼッタストーンのギリシャ文字はやがて解読された。それによると、次のとおり。
 「この宣言は、神々の文字(ヒエログリフ)、記録用の文字(真ん中の段の文字)、ギリシャの文字をつかって堅牢な石版に刻み、永遠に生き続けるファラオの像とともに、最高位の神殿、二位の神殿、三位の神殿に置くものとする」
 楕円形のカルトゥーシュは、支持標識。この楕円形の中に入っているヒエログリフは、王の 名前をつづったもの。そして、クレオパトラが判明した。
 ガチョウと卵と思われていたのは、アヒルと太陽だった。この二つを合わせると「太陽の息子」。アヒルは息子を意味する。
 ヤングとシャンポリオンはライバル関係にあった。だが、天才の二人が競いあったことで、ヒエログリフは解明されたのだと、この本の著者はまとめています。そうなんでしょうね...。
(2023年1月刊。税込2970円)

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2023年3月30日

犯罪の証明なき有罪判決

司法


(霧山昴)
著者  吉弘 光男・宗岡 嗣郎 、 出版  九州大学出版舎

 この本のタイトルって変ですよね。有罪判決というのは、犯罪が証明されたから宣告されるもののはずです。なんで犯罪の証明がされないのに有罪判決が出せるんですか、おかしいでしょ。いったい、誰が書いたの、この本は・・・。どうせ、ネットで注目を集めたいというだけの人騒がせな連中でしょう。
 いやいや、ところがところが、予想に反して、実は九大の刑法学の先生たちが集まって問題ある判決を集め、研究して世に送り出した警世の書なんです。
 サブタイトルに「23件の暗黒裁判」とあります。犯罪の証明がないのに有罪判決が出た23件を徹底分析しています。読んでいると、背筋が氷ってきます。寒気がして気分まで悪くなります。
 日本の最高裁判所について、実は「最高」ではなく、「最低裁判所」というほかないと残念ながら私は確信し、断言します。その根拠は、本書でも紹介されている砂川事件判決です。このとき、最高裁は全員一致で、日米安保条約が違憲であると認めて被告人7人を無罪とした一審判決(伊達和雄裁判長)を棄却し、有罪の方向へ引っ張りました。問題は、その論理ではありません。長官の田中耕太郎(軽蔑するしかない男ですので、敬称なんかつけません)は、なんと最高裁の評議内容をアメリカ大使を通じて実質的な裁判の当事者であるアメリカ政府に伝え、しかも、その指示を受けて行動していたのです。私が勝手に言っているのではありません。アメリカ政府の正式文書に記載されていることなのです。最高裁長官が自ら司法権の独立を踏みにじっていたわけです。これが明らかになっているのに、今まで日本の最高裁はコメントすらしていません。同類だというわけです。
 この田中耕太郎は戦後最大のクレームアップ(冤罪事件)と言われる松川事件のとき、「木を見て森を見失しなわないこと」が必要だと言いました。被告人のアリバイを立証する諏訪メモが発見されたので、当然に無罪とすべきなのに、捜査官が作成した大量の「調書」に書かれた事実を「森」として、有罪にしていいと主張するのです。
 捜査官の調書なんて、実のところ作文でしかありません。客観的な裏付けがあって初めて意味があるのです。
 「ことばだけが、どんなに相互に補強しあったところで、それが事実を証明するものだとはいえない」つまり「ことばとことば」ではなく「ことばと事実」の一致だけが「事実の真相を明らかにする」(岡村辰雄弁護士)。まったくそのとおりです。
 事実を直視しないで、どうして事実の認識(事実認定)ができるものかと著者は強調しています。まったく同感です。
 田中耕太郎は、戦前に思想係検事(共産党弾圧の先兵)だった池田克が戦後、公職追放されたのに、最高裁判事に任命しました。これまた、ひどいものです。いえ、ひどすきます。
 戦前の特高警察は、容疑(証拠)があって逮捕するのではなく、逮捕してから容疑をつくった。池田克は典型的な冤罪事件である横浜事件について、自ら「でっち上げ」をしながら、検察官が犯罪を「でっち上げ」ることはないと厚顔にもインタビューを受けて答えたのでした。
裁判官は、検察官に対してあたかも同僚のような信頼感をもち、「判検一体」となった訴訟指揮をすることが多い。そして、被告人に対しては法廷では嘘をついて罪を免れようとしているという偏見をもち、「おれは騙されないぞ」と、捜査官のような予断をもっている。
「裁判官は証拠で認定するのが本来ですが、なかには証拠が薄くても本当に被告人が犯人だと確信してしまえば、多少判決の説明が苦しくても有罪判決する裁判官がいる」(木谷明元判事)。しかし、たとえ裁判官がどれほど強く有罪への確信をもって心証を形成しても、証拠の薄さに由来する「疑わしさ」が残るかぎり、「犯罪の証明があった」とは言えず、有罪判決は書けないはず。有罪の「心証」ではなく、有罪の「証明」が必要なのである。
 ところが、裁判官は有罪の証明ができないときに「事実を創作」してしまう。もちろん、こんなことはあってはならないことですが、ときどき起きているのが現実です。
「そこに・あった・事実」を直視(直観)することなく、内容が現実と一致しない自白であっても、「論理的な可能性」すなわち「思考上の可能性」の観点に立脚したり、事実を抽象化して自白内容と現実との矛盾を解消したり、事実の有無を記憶の問題にすりかえる。
 50年近く弁護士をしていると、ときどき、すばらしい裁判官に出会うことがあり、いやいやまだ日本の裁判官も捨てたもんじゃないなと思い直すことがあります。でも、そんなことはめったになく、ホント、たまに・・・です。残念ながら、それでもルーティンとして流れていくのは、ふだんは、それほどの対決点がない事件が多いからです。
 300頁の本ですが、大変勉強になりました。一生懸命、大事な指摘だと思ったところは赤えんぴつでアンダーラインを引きながら久しぶりに精読しました。一読を強くおすすめします。こんな硬派の本って、いったい、どれくらい売れているのでしょうか。心配にもなりました。

(2023年1月刊。3200円+税)

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2023年3月31日

ジェンダーレスの日本史

日本史(古代)


(霧山昴)
著者  大塚 ひかり 、 出版  中公新書ラクレ

 トロイア遺跡の発掘で有名なシュリーマンは明治の初めころに日本に来て、公衆浴場の前を通ると、30人から40人の全裸の男女が出てきて、驚きました。そうなんです。このころの風呂は男女混浴があたり前でした。
 それを見たシュリーマンは、「名前に男性形、女性形、中性形の区別をもたない日本語があたかも日常生活において実践されているかのようだ」と話したのでした。
 そのとおり、日本語には性がありません。私は長くフランス語を勉強していますが、この名刺は女性形なのか男性形なのか、今でも迷うことがしばしばです。これは直観に頼って覚えておくしかありません。
 日本の『古事記』や『日本書紀』という正史には、神々のセックスで国や国土が生まれたと堂々と書かれている。性は良いもの、大事なものという前提がある。子作り以外のセックスを罪悪視するキリスト教とは根本的に違っている。なーるほど、そうですよね。
 平安時代の美形は男女ともに、「きよら」とか「にほふ」というコトバで形容されている。
古墳時代前期における女性首長の割合は全国で5割以下、畿内では3割以下で、つまり3割から5割ほどの女性首長が古墳時代前期に存在した。
 いやあ、これってすごいことですよね。日本古来の現実は、女性が活躍する時代だったのです。そう言えば、天皇の先祖はアマテラスという女神でしたよね。そして、神功(じんぐう)皇后はもとより、推古から称徳まで、6人8代の女帝が立て続けに出ていました。なので、現代日本で女帝は認められない、それは日本古来の伝統なのだから・・・というのは、真っ赤な大嘘なのです。自民党の議員さんたちは少しは古代日本の歴史も勉強して下さい。
 平安時代になって、最高権力者の任命でもめたとき、決定権があるのは国母だった。国母、つまり天皇の母に決定権があったのです。国のトップは関白頼道(よりみち)でも天皇でもなく、80歳の彰子でした。
 鎌倉時代になっても、東は北条政子と義時の姉弟、西は後鳥羽院の乳母(めのと)の郷二位が牛耳っている。このように僧慈円は『愚管抄』に書いている。
 日本は明治後半まで、ずっと夫婦別姓だった。平安時代、藤原道長の妻は源倫子と源明子。鎌倉時代、源頼朝の妻は北条政子。室町時代、足利義政の妻は日野富子。
 夫婦同姓になったのは明治31(1898)年に明治民法が施行されてからのこと。わずか100年あまりのことにすぎないのです。
 古代社会、そして平安時代まで、新婚家庭の経済は妻方が負担し、家・土地は娘が受け継ぐことも多かったことから、子の父が誰かは大した問題ではなかった。
 いやあ、これは現代日本とはかなり異なる観念ですよね・・・。
お歯黒をつけるというのは江戸時代の女性とばかり思っていると、この本では、将軍も武士も上流階級の男はお歯黒していたというのです。そして、それが明治期まで続いていたというのには驚きました。
 知らないこと、思い込んでいることがいかに多いかと改めて思い知らされる本です。
 「日本古来の・・・」と自民党が言うのも、大半は「明治の人達は・・・」ということだということもよく分かる新書です。すらすらと読めますから、ご一読ください。

(2022年11月刊。990円)

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