弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

社会・司法

2022年7月27日

プリズン・サークル


(霧山昴)
著者 坂上 香 、 出版 岩波書店

私は残念ながら映画をみていませんが、映画づくりの苦労、そのなかのエピソードが紹介されています。
映画「プリズン・サークル」の撮影期間は5年あまり。完成までに10年を要した。撮影許可がおりるまで6年かかった。前例がないというのが最大の障害だった。映画は受刑者の顔を隠すことが条件で撮影が許可された。これに対して、アメリカの刑務所を舞台とする映画「ライファーズ」は、全員が顔を出している。
舞台は、私も一度だけ、そのなかに入ったことのある「島根あさひ社会復帰促進センター」。私は、施設内で、入所者の証人尋問をしたのです。ここは、最大収容者数2千人の刑務所。犯罪傾向のすすんでいない、初犯で刑期8年までの男性が対象。
PFI刑務所でもある、官民混合運営型の刑務所。民間の資金や経験を活用して運営される。全国に4つのPFI刑務所がある。私が行ったときには、ここでは盲導犬パピーの育成をしていますが、その引き継ぎがあっていました。
ソフトな外観ではありますが、目に見えない監視網が張りめぐらされていて、ITを使った24時間監視体制がとられている。
日本の刑務所のもっとも顕著な特徴は、沈黙。現在、日本の受刑者は4万人。一般の刑務所では、6~8人で1室の雑居。「島根あさひ」はホールをはさんで両側1、2階に居室が並び、大半は単独室と呼ばれる個室。窓は鉄格子ではなく、強化ガラス。個室内には、ベッド、勉強机、テレビが備えつけられ、さながら学生寮。
一般刑務所内では受刑者の単独行動は許されないが、「島根あさひ」では、付き添いなしの行動が許されている。余暇時間には、自由に居室とホールを行き来できる。面会や医務室への移動も付き添いなし。
食事は、食堂で、全員がそろって、「いただきます」のかけ声とともに始める。そして、みな、猛スピードで食事を口の中にかきこみ、7~8分で食事は終了する。食べるペースは、人それぞれのはずだが、ここでは、ペースは均一化されている。まるで、さざ波のように音が流れていく。
刑務所における過剰な秩序は学校教育現場と結びついていると指摘されている。
本当に、そうですよね、画一化すぎます。
「感盲」という用語があるそうです。感識が乏しかったり、自分の気持ちや考えに鈍感だったり、特定の感情に目を向けられない、逆にとらわれてしまうという状態をさす。
当事者が授業をリードするのが特徴の一つ。
一般の刑務所では、受刑者は笑ってはならないことになっていて、懲罰の対象になることさえある。ええっ、これは、いかにも人間性に反しますよね。刑務所での映画鑑賞のとき、寅さん映画シリーズは見せていないのでしょうか...。
受刑者の多くは、女性への加害改憲をもっている。ところが、そのDV加害体験を何年かかっても思い出せない人がいる。
加害者の加害体験を入所者が聴いているときの身体反応が興味深かった。身体をぎゅっと固める人、キョロキョロする人、拳を握りしめる人、お腹をおさえる人...、みんな心が動いていることが身体にあらわれていた。
受刑者の多くが、過去にいじめの体験をもつ。いじめの被害・加害は、彼らの現在に影を落としている。暴力をふるった子どもたちも、暴力の被害者だった。子どもたちが施設で暴力を受け、無力感を強め、その無力感を子どもに暴力をふるう。暴力の「世代内連鎖」が起きている。
いろいろ深く考えさせられる本でした。ぜひ映画をみてみたいものです。
(2022年6月刊。税込2200円)

2022年6月 7日

普通のおばちゃんが冤罪で逮捕?


(霧山昴)
著者 禰屋 町子 、 出版 倉敷民商弾圧事件の勝利をめざす全国連絡会

信じられますか。起訴した検察官が立証計画を出せないため、4年以上も公判が開かれていないなんて...。岡山地裁で有罪判決が出たのを高裁が破棄して、差し戻しを命じたのに、検察官は4年たっても有罪立証の計画をまとめることができないというのです。こんな起訴は、公訴権の乱用として裁判所はさっさと棄却すべきではないでしょうか。信じられない検察官の怠慢です。
しかも、被疑者・被告人とされた禰屋さんを逮捕したあと、裁判官はなんとなんと、428日間(1年2ヶ月)も保釈を認めませんでした。ひどい、ひどすぎます。涙が出てきます。
禰屋さんの容疑は民商事務局員として、建設会社の脱税を幇(ほう)助したというものです。しかし、その「主犯」の社長夫妻は有罪にこそなっていますが、逮捕されていませんし、さっさと執行猶予判決で終了しているのです。
そして、脱税幇助といっても、肝心の建設会社の社長夫妻には、「隠し財産」(「たまり」と呼ばれています)は発見されていません。私も「脱税」事件の弁護人をつとめたことがありますが、脱税事件で肝心なことは、この「たまり」があるかないか、なのです。私の担当した事件でも、「たまり」は発見されておらず、苦しい自転車操業をしていたのを国税局が資金繰りに余裕があると勘違いして摘発したのでした。帳簿の記帳に問題があり、早く裁判を終わらせたいとの社長の意向から、容疑を認めて、無事に執行猶予判決で終わりました。
禰屋さんが逮捕されたのは、今から8年以上も前の2014年1月のこと。起訴されたあと、2017年3月に、岡山地裁(江見健一裁判長)は有罪判決(懲役2年、執行猶予4年)を言い渡した。控訴審の広島高裁岡山支部(長井秀典裁判長)は、2018年1月12日、一審判決を破棄して、岡山地裁に差し戻しました。
3年間で「6000万円の脱税」を手助けしたというのですから、当然、そのお金はどこかにあるはずです。しかし、税務当局も警察・検察も、「たまり」を発見することができませんでした。つまり、「たまり」はなかったのです。要するに、売上金の計上時期を先送りしたこと、棚卸高もきちんとしていなかったという手続上の問題があっただけなのでした。
そのうえ、本件の調査を担当した国税調査官の報告書を一審の裁判官は、あたかも客観的な鑑定書であるかのように扱って、有罪の根拠としたのです。もちろん、そんなことは許されません。
わずか30頁あまりの小冊子ですが、読んでいて、国税当局そして、それに追随した警察・検察のでたらめさ、それを放任しているかのような裁判所に腹が立って仕方ありませんでした。ぜひ、あなたも手にとってお読みください(パンフの入手先は03-5842-5842)。
(2022年5月刊。税込100円)

2022年4月14日

かぼちゃの馬車事件


(霧山昴)
著者 冨谷 皐介 、 出版 みらい

スルガ銀行シェアハウス詐欺の交渉過程とその舞台裏を当事者が描き出しています。苦闘の末、ついに奇跡の勝利を手にしたのですから、たいしたものです。
その過程では、本当にさまざまな苦難がありました。まず、本人は自死を考えたほど悩みました。そして家庭は離婚の危機を迎えます。被害者がまとまり、被害者同盟をなんとかつくりあげたあとも、内部分裂の危機を何度も迎えます。銀行前でのデモ、そして株主総会での異議申立...。その苦難の歩みが、生々しく語られ、臨場感があります。
すでに都内には数百棟のシェアハウスが建っていて、どこも9割以上の入居率。地方から上京してきた若い女性が敷金も礼金も0円、バッグ一つで、家賃さえ払えば東京に住める。
オーナーとして土地とシェアハウスを購入して所有し、実際の管理はサブリース(SL)が行なう。SLはオーナーから一括で借りあげ、SLが入居者へまた貸しする。オーナーには30年間、全室が埋まっている状態で日々の家賃が入ってくる。
なんと、うまい話でしょうか...。でも、うまい話には、必ずトゲがあるものです。
「これまで、物件を建てては売ってを繰り返す自転車操業だったわけ?」
「そうなりますよね」
「......」
「悪く言ってしまえば、踏み倒しをやろうとしている...、申し訳ないと思っています」
いやはや、なんという開き直りでしょう。著者が相談した業界の人は断言した。
「この(住宅リース)業界は、9割が悪人ですよ...」
これまた、ええっ、と驚くしかありません。
著者たちが、この詐欺商法とたたかおうとしたとき、敵はスルガ銀行になる。それについて、周囲から言われたことは...。
「スルガ銀行を相手としてたたかっても絶対に勝てない。スルガ銀行は訴訟慣れしているので、絶対に勝つのは無理」
だから、自己破産申立しかない。でも、何か策はないか...。そこで登場するのが、原発裁判でも高名な河合弘之弁護士。著者は河合弁護士を絶対的に信頼して、ともにたたかっていくのです。
実は、河合弁護士の娘婿さんも、2億数千万円も被害にあっていたのでした。いやはや、それだけ騙しのセールストークは巧妙だということです。
まず、ローン返済を止める。そして、スルガ銀行東京支店前の歩道でデモをする。
「いやだよ、そんな、左翼みたいなこと」
「ニュースになったら顔も出るし...」
それでも歩道上でスタンディングを決行した。
さらに、株主代表訴訟。最後に、債務免除益への課税をさせないように国税庁と交渉。
著者たちは、ついに巨額の債務から完全に解放され、シェアハウスを購入する前の状態に時間が巻き戻ることができた。なんとすばらしいこと...。人々が団結してたたかえば、不可能が可能になることがあるというわけです。
だまされた人が悪い、自己責任だという論理を許してはいけないのです。だました人が一番悪いのですから、そこにこそ責任をとらせるのは当然のことです。
読んで元気の出てくる本としても、おすすめします。
(2021年10月刊。税込1980円)

2021年11月25日

やさしい猫


(霧山昴)
著者 中島 京子 、 出版 中央公論社

日本にやって来たスリランカ人がビザの期限が切れているのが品川駅で警察官から不審尋問を受けて発覚。不法滞在者として身柄は東京入国管理局に拘束された。しかし、彼には日本人女性とのあいだで結婚の話があり、紆余曲折しながらも入籍していた。入管当局は、この結婚を偽装結婚として、国外退去を命じた。これに異議申立して、ついに東京地裁で裁判が始まる。
オビに「圧巻の法廷ドラマ」とありますが、まったくそのとおりです。入管行政の問題に詳しい指宿昭一弁護士に丹念に取材してこの本が出来あがったことがよく分かります。女性の訴務検事が、偽装結婚を認めさせようと、根堀り葉掘り、嫌らしく問い詰める様子は、まったくそのとおりで、この人(女性検事)は何が楽しくて、こんな尋問をしているのか、自問自答することはないのかと、小説ではありますが、とても気になります。
そして、法廷で証言することの大変さが、高校生の娘の心理描写で、ひしひしと伝わってきます。
入管行政の問題点が、この本を読むと、すんなり頭に入ってきます。要するに、日本政府は「優良外人」(モノを言わず、ただひたすら働くだけの人々)だけがほしいのです。少しでも当局に歯向こうものなら、たちまち本国に身ひとつ帰国するよう指示します。
そして、収容所での処遇は劣悪と言うほかありません。
茨城県牛久市にある入管の収容所(東日本入国管理センター)だと、東京から往復で4時間もかかってしまう。とても辺鄙な土地にある。
「小さな家族を見舞った大事件」とオビに書かれていますが、まったくそのとおりのストーリー展開です。本当に話の運びが自然ですし、読ませます。最後は、あえなく敗訴してしまうのかと心配していたら、なんとハッピーエンドでした。
来日した外国人の毎日の生活の実情について、詳しく紹介されてて勉強になります。
タイトルだけでは何をテーマとした小説なのか、さっぱり分かりませんが、読み出したら止まりません。いつもながら、さすがの著者の筆力に驚嘆し、圧倒されました。
(2021年10月刊。税込2090円)

2021年6月16日

自由法曹団物語

(霧山昴)
著者 自由法曹団 、 出版 日本評論社

家屋明渡執行の現場で、荷物の運搬・梱包のためにやってきた補助業者の男性は、居間で母親(43歳)がテレビで中学2年生の娘の運動会の様子を見ているのを目撃した。その横に当の娘がうつ伏せになっている。
母親は男性に、「これ、うちの子なの」と画面に映る娘の姿を指さした。そして、運動会で娘が頭に巻いていた「鉢巻きで、首を絞めちゃった」と言い、「生活が苦しい」、「お金がない...」とつぶやいた。娘は死んでいた。母親に首を絞められたのだ。母親は自分も死ぬつもりだった。まさしく母子無理心中になりかけた場面である。
8月末に、退去・明渡の強制執行の書類が留守中に貼られていた。母親は、この強制執行の日、ぎりぎりまで娘と一緒にいたかった。自分だけ死んで残った娘は国に保護してもらうつもりだった。娘を学校に送ってから死ぬつもりでいると、娘が母親の体調を心配して学校を休むと言ったので、計画が狂った。裁判で母親は、なんで娘を殺すことになったのか...、分からないと言った。
こんなことが現代日本におきているのですよね...。思わず涙があふれてきました。
夫と離婚して母親は中学生の娘と二人で県営住宅に住み、給食センターのパートをして暮らしていた。元夫が養育費を入れてくれないと生活できない。生活保護を申請しようとしても、「働いているんだから、お金はもらえないよ」と言われ、ついにヤミ金に手を出した。家賃を滞納しはじめたので、千葉県は明渡を求める裁判を起こし、母親は欠席して明渡を命じる判決が出た。その執行日当日、母親の所持金は2717円、預金口座の残高は1963円しかなかった。
母親は家賃減免制度を知らなかった。また、判決と強制執行手続のなかで、県の職員は母親と一度も面談したことがなかった。この母親には懲役7年の実刑判決が宣告された。
私も、サラ金(ヤミ金ふくむ)がらみの借金をかかえた人が自殺してしまったという事件を何件、いえ十何件も担当しました。本当に残念でした。来週来ると言っていた女性が、そのあいだに自殺したと知ったときには、「あちゃあ、もっと他に言うべきことがなかったのか...」と反省もしました。生命保険で負債整理をするといケースを何回も担当しました。本当にむなしい思いがしました。
この千葉県銚子市で起きた県営住宅追い出し母子心中事件について、自由法曹団は現地調査団を派遣しました。その成果を報告書にまとめ、それをもとにして、千葉県、銚子市そして国に対して厳しく責任を追及したのでした。同時に、日本の貧困者にたいするセーフティネットの大切さも強調しています。
創立100周年を迎えた自由法曹団の多種多様な活動が生々しく語られている本です。現代日本がどんな社会なのかを知るうえで絶好の本です。私は、一人でも多くの大学生そして高校生に読んでほしいと思いました。
(2021年5月刊。税込2530円)

2021年3月12日

私が原発を止めた理由


(霧山昴)
著者 樋口 英明 、 出版 旬報社

原発の運転が許されない理由が明快に説明されている本です。
その理由(根拠)は、とてもシンプルで、すっきりしています。原発事故のもたらす被害はきわめて甚大。なので、原発には高度の安全性が求められる。つまり地震大国日本にある原発には高度の耐震性が求められる。ところが、日本の原発の耐震性はきわめて低い。だから、原発の運転は許されない。このように三段論法そのもので、説明されています。そして図解もされています。
著者は福井地裁の裁判長として原発の運転を差止を命じた判決を書いたわけですが、退官後に判決文を論評するのは異例のことだと本人も認めています。それでも、原発の危険性があまりにも明らかなので、これだけはぜひ知ってほしいという切実な思いから、広く市民に訴えてきましたが、今回はそれを本にまとめたというわけです。私も福岡県弁護士会館での著者の講演を聞きましたが、この本と同じく口頭の話も明快でした。
福島原発事故によって、15万人をこえる人々が避難を余儀なくされ、震災関連死は2千人をこえている。しかし、実は、4千万人の人々が東日本に住めなくなり、日本壊滅寸前の状態になった。2号機は不幸中の幸いで欠陥機だったので大爆発しなかったし、4号機も仕切りがなぜかずれて水が入ってきたのでメルトダウンに至らなかった。偶然が重なって壊滅的事態にならなかっただけだった。
日本は、いつでもどこでも1000ガル以上の地震に襲われる可能性がある。M6クラスのありふれた地震によって、原発は危うくなる。
ところが、関西電力は、700ガルをこえる地震は大阪飯原発のところにはまず来ないので安心していいと言う。本当か...。この関西電力の主張は、地震予知ができると言っていることにほかならない。しかし、地震予知ができないことは科学的常識。つまり、理性と良識のレベルで関西電力の主張が成り立たないことは明らか。
原発訴訟を「複雑困難訴訟」とか「専門技術訴訟」と言う人がいるが、著者は法廷で、「この訴訟が専門技術訴訟と思ったことは一度もない」と宣言したとのこと。
多くの法律家は科学ではなく、科学者を信奉している。しかし、著者は、あくまで科学を信奉していると断言します。そのうえで良心的な弁護士でも、権威主義への誘惑は断ちがたいようだと批判しています。私も胸に手をあてて反省してみる必要があります。
学術論争や先例主義にとらわれると、当たり前の質問をする力がなくなり、正しい判断ができなくなる。
リアリティをもって考える必要があり、それは被災者の身になって考えるということ。
地震については、思わぬ震源から、思わぬ強い揺れがあるかもしれない。このような未知の自然現象については、確率論は使えない。
この指摘には、思わずハッとさせられました。なるほど、そうなんですよね...。
10年たらずのあいだに、全国20ヶ所ある原発のうち4ヶ所について、基準地震動をこえる地震が襲っている。ということは、基準地震動にまったく実績も信頼性もないことを意味している。
国と東電は、廃炉までに40年かかるとしているが、実はまったく根拠がない。こうやって、楽観的な見通しを述べることで、国民が原発事故の深刻さに目を向けないようにしている。
160頁ほどの本ですから、手軽に読めます。ぜひ、あなたも手にとって、ご一読ください。
地震列島ニッポンに原子力発電所なんてつくってはいけなかったのです。一刻も早く全部の原発を廃炉にしてしまいましょう。ドイツにできないことが、日本にできないはずはありません。
(2021年3月刊。1300円+税)

2020年8月 7日

過労事故死――隠された労災


(霧山昴)
著者 川岸 卓哉・渡辺 淳子 、 出版 旬報社

久しぶりにすばらしい本に出会いました。200頁ほどの本ですが、その圧倒的な迫力に心が震えます。その一は、司法の良心を覚醒させた母親の心底からの叫びです。その二は、母親の訴えを正面から受けとめ、それを文章にあらわし、実に格調高い和解勧告文をつくりあげた裁判官です。その三は、悲惨な労災・事故死の事案であるにもかかわらず、抜けるような青空の下で光輝くヒマワリの花を表紙とした本にまとめあげたことです。
著者の一人である川岸卓哉弁護士は、私もかつて在籍していた川崎合同法律事務所の所属です。こんな素晴らしい成果をあげた後輩を心から讃えたいと思います。
事故は2014年4月24日午前9時ころ、24歳の青年が徹夜勤務から原付バイクで帰宅途中、川崎市内の路上で電柱に衝突して亡くなったというものです。青年は、大手デパートなどの店向けに植物をディスプレイする仕事に従事していました。
残業時間の長さには思わず目を疑ってしまいます。事故前1ヶ月は127時間、2ヶ月は82時間、3ヶ月は43時間、4か月は33時間、5か月は87時間そして、6ヵ月は152時間。ウソでしょ、そう叫びたくなります。発症前1ヶ月に100時間を超える残業労働は過労死認定の関連性が認められているのです。
しかも、単に長時間労働というだけでなく、深夜・不規則労働をしていたのです。というのも、店舗内の観葉植物などの設置・撤去ですから、どうしても営業時間外の深夜・早朝の作業になってしまうのです。仮眠すら、仮眠室ではなく、ソファーや段ボールの上でしかとれなかったのでした。
そして、通勤時間は原付バイクで片道1時間、往復2時間をかけていました。これでは、いくら24歳といっても体力の限界ですよね。脳挫傷で即死という悲惨な事故でした。これは、残念無念ですね...。
そして、母親は裁判に踏み切り、意見陳述しました。驚くべきことに、裁判官が、その意見陳述を聞いて、こう述べたというのです。信じられません。
「失われた命の重みを受けとめ、真摯に審理をします」
弁護士生活も46年になりますが、いまだかつて、こんなあまりにもまともな言葉を裁判官の口から聞いたことがありません。いつだってポーカーフェイス、無表情で、「余計なこと」は一言だって言わないぞ、そんな裁判官がほとんどです。
そして、この橋本英史裁判官(35期)は、和解勧告のときにこう言ったのです。
「同じ年齢(とし)の息子がいます。我がことと考えて、書きました」
いやあ、法廷でこんな言葉を聞いたことなんか一度もありません。こんなセリフを吐かせる母親の迫力には私の心まで震え、おののきます。
そして、和解勧告文の格調高さは圧巻です。ええっ、裁判官ってここまで書いていいの...と、思わず内心どよめきました。
この裁判には、実名を出して立ちあがった母親を国民救援会の川崎南部支部が力強く支え、また川岸弁護士を私と同世代で過労死問題のエキスパートである松丸正弁護士が力強く応援しています。メディアの応援も力強かったようです。地元の神奈川新聞、そして朝日新聞としんぶん赤旗です。
裁判傍聴者についても「もの言わぬ弁護団」として高く評価されています。いやあ、すごい本です。川岸弁護士のすばらしさは、この点を強調しているところにもあります。
裁判が公正にすすめられているか監視すること、傍聴者が事件を知り、当事者(時ではありません)と弁護士を励まし、裁判官に公正な判断を迫るという役割があるのです。
和解勧告文を、公開の法廷で橋本英史裁判長が30分以上もかけて読み上げたというのを読んで、思わず腰を抜かしてしまいました。そんなこと、聞いたこともありません。いえ、裁判長が法廷で和解勧告することは、よくあることなんです。ところが、この本に格調高い和解勧告文の一部が紹介されていますが、こんな長文のものなんて、少なくとも私は聞いたことがありませんし、知りません。
「当裁判所は、本件事故にかかる本件訴訟の解決のありようについて、真摯に、深甚に熟慮すべきであると考えるところである。裁判所とは......、和解による解決として、真の紛争の解決と当事者双方にとってより良い解決をすることをも希求する職責を国民から負託されていると考える。本件における裁判所の判断が公表されることは、今後の同種の交通事故死をふくむ『過労事故死』を防止するための社会的契機となり、また、同種の訴訟における先例となり、これらの価値を効果は、決して低くはないものとみられ、むしろ高いものとみることができる」
和解決定文は15頁もあり、30分かけて橋本英史裁判長が読みあげたのでした。裁判官が、官僚ではなく、一個の人間として、人の心の琴線にふれる文章をつむいだのです。
事件に取り組む姿勢、そして解決した事件を世の中に広く知ってもらうための工夫、いずれもまだ35歳という若き川岸弁護士の力量の素晴らしさに圧倒されました。一人でも多くの弁護士に読まれるべき本として心から強く推薦します。
ちなみに判例時報2369号に9頁あまりの長大な評釈と、13頁にわたる和解勧告決定の全文が載っています。私は知りませんでしたので、あわてて書庫から判例時報をひっぱり出してきました。これもぜひご一読ください。
(2020年5月刊。1500円+税)

2020年5月22日

国策・不捜査―森友事件の全貌


(霧山昴)
著者 籠池 寿典、赤澤 竜也 、 出版 文芸春秋

森友事件で籠池夫妻のみが強制捜査の対象となり、刑事裁判になっているのは、どう考えても納得できません。巨悪を逃れしてはいけないのです。
森友事件の本質は、9億円の土地が1億円に大幅値引きされたこと、この8億円の値引きは地下3メートルより深い地点に「新たなゴミ」が発見されたからという理由から。しかし、実は、そんな「新たなゴミ」なんてなかったし、8億円もの値引きにつながるものではなかったのです。
では、何があったのか。それこそ、ズバリ安倍首相案件だったからです。昭恵夫人が前面に出てきますが、その裏には首相本人がいたのです。そのことを当事者として関与した近畿財閥局の担当官A氏(赤木氏)は、苦悩したあげく、ついに自死されました。
いったい、誰がそこまで追い込んだのか...。ところが、財務省の上司たちは、その後、実は、順調に昇進していき、現在に至っています。信じられません。昭恵夫人の秘書役だった谷氏もイタリアの駐日大使館へご栄転の身です。
私は、つくづくこんなキャリア官僚のみちに足を踏み入れなくて良かったと思いました(いえ、大蔵省なんて望んでも入れない成績でしたけど...)。
稲田朋美氏は弁護士として古くから籠池氏と関わりがあるのに、国会では、「ここ10年ほど会っていない。かすかに覚えてほどで、はっきりした記憶はない」、「籠池氏の事件を受任したこともなければ裁判をしたことも法律相談を受けたこともない」などと答えていた。
ところが、籠池氏は、この本のなかで稲田朋美・龍示夫妻(いずれも弁護士)に森友学園の顧問弁護士になってもらい、担保権抹消の裁判を依頼したりして、深く関わっていたことを明らかにしています。
ということは、稲田朋美弁護士(議員)は、とんでもないウソをついていたことになります。そんな人物が自民党を代表してテレビ討論会に堂々と登場してくるのです...。
「安倍晋三記念小学校」という名称は、実は、安倍首相の自民党が野党のときのことで、首相になったあと、昭恵夫人が、現役の首相になったので、この名前を辞退したいと申し入れたとのこと。
なーるほど、と思いました。それほど、籠池夫妻は安倍晋三という議員に思い入れがあったわけです。
ところが、安倍首相は、そんな籠池氏を国会という公の場でバッサリ切り捨てたのでした。
「非常にしつこい人物」
「名誉校長になることを頼まれて、妻は、そこで断ったそうです」
「この籠池さん、これは真っ赤なウソ、ウソハ百...」
すべては、安倍首相が「私や妻が関係していたということになれば、間違いなく総理大臣も国会議員もやめるということをはっきり申し上げておきたい」と、2018年2月17日の国会で答弁したことに端を発している。
これだけ「関係していた」ことが明らかになっているのだから、今なお安倍晋三が首相どころか、国会議員であることが不思議でなりません。世の中、ウソが通れば、マコトがひっこむというのを地で行っています。
しかも、このような人が「道徳教育」に熱心なのだから、世の中はますます狂ってきますよね...。プンプンプン。
堂々480頁もある本です。籠池氏の怒りがびんびんと伝わってきます。保守主義者、天皇主義者そして生長の家信者というところは何ら変わっていないとのこと。それでも安倍首相を支持する側から、反対する側にまわったことは明確です。いわば、日本人として良識を取り戻したということなのでしょう...。
(2020年2月刊。1700円+税)

2020年4月28日

平成重大事件の深層


(霧山昴)
著者 熊﨑 勝彦 (鎌田 靖) 、 出版 中公新書ラクレ

東京地検特捜部長として高名な著者をNHK記者だったジャーナリストがインタビューした本です。8日間、のべ25時間に及ぶロングインタビューが読みやすくまとめられています。
「これは墓場までもっていく」といった場面がいくつかあり、いささか物足りなさも感じました。要するに自民党政治家の汚職事件です。
ゼネコンなどが大型公共工事で談合していることは天下周知の事実なわけですが、途中に「仲介人」が入っていたら刑事事件として立件できない、著者はこのように弁解しています。一見もっとものようにみえますが、本当に「仲介者」を攻め落とせないのか、そこに例の忖度(そんたく)が入っていないのか、もどかしい思いがしました。
登場するのは、リクルート事件、共和汚職、金丸巨額脱税事件、大手ゼネコン汚職事件、証券・銀行の総会屋への利益供与事件、大蔵省汚職事件です。
スジの良い情報をとれば、捜査は半分成功。
厳正な捜査を貫くことが捜査の基本だが、そのなかで国民目線でものを見ていくことも重要。国民の視点をつねに留意する。捜査というのは、途中で後戻りする勇気も合わせもたないとダメ。
事件捜査は、離陸がうまくいっても、肝心なことはうまく着陸できるか...。
金丸信副総裁への5億円ヤミ献金事件では、金丸信を実情聴取もせず、上申書のみで、罰金20万円で終わらせた。これに国民は怒った。怒った市民が検察庁の看板をペンキで汚すと、同じ罰金20万円だった。
著者は、この金丸副総裁の件を罰金20万円でよかったと今も考えていると弁明しています。とんでもない感覚です。金丸信は、現金10億円を隠していたのです。いったい何という政治家でしょうか...。これが自民党の本質ですよね。
ゼネコン汚職事件について、談合が過去形であるかのように語られているのも納得できません。
高度成長期に建設業界が長いあいだ公共事業で潤っていたことが明らかになった。その旨味(うまみ)を、談合をとおして特定業者に分配する構造が浸透していた。
さらに、談合は受注側だけじゃなくて、発注者側も加担している。つまり官製談合もはびこっていた。このような隠れた社会システムのなかで、建設族とか運輸族とかの族議員や地方自治体の長らが幅を利かせていた。
これって、今もそのまま生きているように私には思えるのですが...。
レストランの奥の部屋にゼネコン4社の談合担当者が集まり、全部で現金1億円をトランクに入れ、それをまるごと仲介者に手渡した。そして仲介者が仙台市長に渡した。
今も、同じことがされているのじゃないのでしょうか...。
物足りなさもたくさんありましたが、特捜検事の苦労話としては面白く読みました。
(2020年1月刊。980円+税)

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