弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

ロシア

2022年11月17日

追跡・間宮林蔵探検ルート


(霧山昴)
著者 相原 秀起 、 出版 北海道大学出版社

 北海道の北、かつては日本領だったサハリンが大陸とは別の島だというのを探検して確認した間宮林蔵の足跡を北海道新聞の記者がたどったのでした。サハリンと大陸との間は今も間宮海峡と呼ばれています(今のロシアでも呼んでいるのでしょうか...?)。
 間宮林蔵がサハリンを探検したのは1808(文化5)年から翌年にかけての2年間。そのとき間宮林蔵は30歳前後。そうなんですね、やはり若さが必要ですよね。
 伊能忠敬は50歳台から日本全国を歩いて測量しましたが、寒さの厳しさが格段に違うサハリンには、やはり若さが不可欠ですよね。
 伊能忠敬は、北海道の大部分を間宮林蔵の測量を基にしているそうです。
 北海道新聞の記者である著者は、北海道大学(北大)探検部出身とのこと。すごいですね。
 間宮林蔵が現地で実測して作成した地図は、現代の衛星データを利用してつくった地図と比べても遜色がないほどの正確さがある。
 いやあ、実に、これって、すごいことですよね。基本は人間の足ですからね...。
 間宮林蔵の描いた絵は、まるでドローンを飛ばして見たように、一定高度に視点を置いて、俯瞰(ふかん)するように描いた。間宮林蔵は、上空から見た風景を想像して絵を描いている。すごい、すごーい。
 当時、サハリンの村では女性の力がすごく強かった。女性上位の村で、女性からの誘惑を間宮林蔵はなんとか拒絶して、村の男たちとのトラブルを避けた。僻地(へきち)で女性問題を起こすのは、探検家や冒険家にとっては、今も昔もタブーなのだ。なるほど、そうなんでしょうね...。
 現在、サハリンでは犬ぞりはまったく姿を消して、スノーモービル全盛だ。日本のヤマハ製が人気だ。
 サハリンには、アイヌの子孫だという「ワイサリ」と名乗る人々が住んでいる。
間宮林蔵はアイヌの集落でアイヌの女性と結ばれて、女の子が生まれ、北海道に子孫がいるそうですが、その名前は「間見谷」です。そして、東京と茨城県にも間宮家が続いているそうです。
 この本は、北大構内の売店で購入しました。北大では、久しぶりにポプラ並木も見学しました。
(2022年4月刊。税込2750円)

2022年8月25日

亜鉛の少年たち


(霧山昴)
著者 スヴェートラーナ・アレクシエーヴィッチ 、 出版 岩波書店

 ソ連時代、アフガニスタンの戦場へ送られ幸いにも帰還できた将兵の証言集。
著者は『戦争は女の顔をしていない』の作家でもあります。苛酷すぎる戦争体験を聞きとり、活字にする作業をすすめていったわけですが、そのあまりの生々しさは反戦記録文学とみることもできます。なので、それへの反発から、誰かが黒幕となって、聞き取り対象となった兵士や遺族の母親から、自分はそんなことは言っていない、アフガンで戦った兵士の名誉を侵害したとして、ロシアで裁判になったのでした。
 著者が法廷で、あなたはあのとき私に本当にそう言ったのではありませんかと追及されると、彼らも全否定はできず、いや、そのつもりではなかったんだ、と話をそらそうとしたのです。裁判所は、結局、事実に反するとは認めなかったものの、一部は兵士の名誉を毀損しているとして、著者にいくらかの損害賠償を命じました。
 銃弾が人間の身体に撃ち込まれるときの音は、一度聞いたら忘れられないし、聞き違えようがない。叩きつけるような、湿った音だ。
 戦場にいる人間にとって、死の神秘なんかない。殺すってのは、ただ引き金を引くだけの行為だ。先に撃ったほうが生き残る。それが戦場の掟だ。
 オレたちは命令のとおりに撃った。命令のとおりに撃つよう教え込まれていた。ためらいは
なかった。子どもだって撃てた。男も女も年寄りも子どもも、みんな敵だった。オレたちは、たかだか18歳か20歳だった。他人が死ぬのには慣れたけど、自分が死ぬのは怖かった。
 アフガンでの友情なんて話だけは書かないでくれ。そんなものは存在しない。
 なぜ、相手(敵)を憎めたのか。それは簡単なこと。同じ釜の飯を食べた、身近にいた仲間が殺される。さっきまで、恋人や母親の話をしてくれていた仲間が全身、黒焦げになって倒れている。それで即座に、狂ったように撃ちまくることになる。
 罪の意識は感じていない。悪いのは自分たちを戦場に送り込んだ人間だ。
兵隊になって、オレはなにより味方に苦しめられた。古参兵たちのいじめだ。
「ブーツをなめろ」。全力でぶちのめされる。背骨が折れそうなくらいズタボロにされる。
ヘロインは文字とおり足元に転がっていた。でも、オレたちは大麻で満足していた。
 戦場で生き残るもうひとつの秘策は、なにも考えないこと。将校は自分では女や子どもを撃ちはしない。撃つのは自分たち兵士だ。しかし、命令するのは将校。なのに、兵士がみんな悪いって言うのはおかしいだろ・・・。兵士は命令に従っているだけなのに。
死体はさまざまだ。同じ死体はひとつとしてない。
兵士が死ぬのは、戦地に到着して最初の数ヶ月と、帰国する前の数ヶ月がいちばん多かった。最初のうちは好奇心が旺盛だからで、帰国前は警戒心が薄れてぼんやりしているからだ。
 著者を訴えた兵士や遺族は、「息子は殺されたというのに、それを金もうけのタネにしている」「裏切り者」「あなたは、私の息子を殺人犯に仕立てあげた」と強調した。
 死んだ兵士は亜鉛の棺に入って自宅に届けられる。一緒に届けられるのは、歯ブラシと水泳パンツの入った小さな黒いカバンひとつだけ。
 ソ連によるアフガン侵攻の戦争は1979年から1989年まで10年間も続いた。そして、ソ連は侵略者でしかなく、しかも勝利はしなかった。今のウクライナへのロシア(プーチン大統領)の侵略戦争と同じですよね。一刻も早く、ロシア軍が撤退して、ウクライナに平和が戻ることを願うばかりです。
(2022年6月刊。3520円)

2022年4月 8日

ロシアトヨタ戦記


(霧山昴)
著者 西谷 公明 、 出版 中央公論新社

ロシアがウクライナ侵略戦争を始めて1ヶ月あまりたって、こんなときにロシアに関する本を読んでどうするんだ...、と思いつつ読んだ本です。
まったく期待せず、さっと読み飛ばすつもりだったのですが、意外や意外、とても興味深い内容の本でした。なるほど、今のロシアって、そんな国だったのか、ウクライナへの侵略戦争を始めた理由、そして、ロシア国民の7割がプーチン大統領を支持しているという理由が、やっと理解できました。つまり、ロシアにトヨタが進出していったとき、どんな扱いを受けたのかを通じて、ロシアというのは、どんな国なのかがよく分かったということです。
ロシアという国に正義など存在しない。そのことはロシアでの苦い経験から、身をもって学んだ。裁判による企業側の勝訴率は20%以下と言われていた。下手な取引(ディール)に応じてしまえば、いずれもっと大がかりなたかりの標的にされ、将来に取り返しのつかない禍根を残してしまうことになりかねない。
当時のロシアは粗野で、不条理にみちていた。「当時」と、今では違うと言えるのでしょうか...。それが問題です。
ロシアで土地を取得し、そこに社屋を建設するとなれば、きれいごとだけですまない。これは分かっていた...。実際に社屋建設に向かって動きだしてみると、ロシア社会の実態が分かってきた。その社会の無法ぶりに泣かされた。資材や機材を輸入するとき、厄介な通関手続の代行をふくめて、巨大な輸入ビジネスのすそ野を形成していた。認証料や手数料などの名目で、あちこちへお金が落ちるしくみになっていた。どこでも「袖の下」が求められた。
ロシア人は請負師であって、自らは仕事せず、中央アジアからの出稼ぎ労働者に仕事をさせる。ロシアは、まぎれもなく階層社会だった。
ロシア経済は、原油への依存に大きく偏りすぎていた。貿易では輸出の65%以上、財政では歳入の50%以上を石油とガス、その関連製品が占めていた。
ロシアは経済危機におちいると、いっとき高級車が飛ぶようによく売れる。それは、ロシア人が自動車を換金性の高い資産と考えているから。
ロシアの人々は、家族と自分自身の日々の生活だけを重んじて、政治や社会、他人については無頓着で、無関心だった。他人を押しのけて生きるのはあたり前。
残念ながら、ロシアは、今もって成熟しておらず、欧米や日本の通念に照らして「ふつうの国」からほど遠い。
ロシアでは犯罪は容易につくりあげられ、正義はなきに等しい。
ロシアでは貧富の差が拡大し、社会のひずみが身近に感じられる。経済のそこここに利権がはびこり、行政の腐敗、汚職と賄賂が蔓延している。交通警察の陸送へのいやがらせもひどかった。
プーチン大統領は、国家に管理された資本主義の方向に向かった。それは中央集権的な政治を目ざすということ。ところが、ロシア国民にとって、プーチンは、祖国を分裂と崩壊の淵から救い出し、国家としての一体性を回復させて、ふたたび大国へと導くための道筋をつけた恩人だった。だから、支持率70%は当然だった。
ウクライナへの侵略戦争を始めた今日でも、なお70%もの支持率だといいます。マスコミがプーチンによって統制されて、ほとんど戦争の真実をロシアの人々に伝えていないからでもあるでしょうが...。
近代ロシアの歴史は、一貫して権威主義的な専制君主国家として、上からの垂直的な統治があり、下には上に従う多数の国民がいる。
トヨタは、ロシアでレクサスをふくめて多くの車の売り込みに成功したようですが、その内実がいかに、大変だったのか、この本を読むと、その大変さのイメージがつかめます。
ロシアのウクライナ侵攻の背景にある、ロシアという国の本質を垣間見ることができる本として、一読をおすすめします。
(2021年12月刊。税込2420円)

2022年3月20日

同志少女よ敵を撃て


(霧山昴)
著者 逢坂 冬馬 、 出版 早川書房

独ソ戦、ナチス・ドイツ軍とソ連・赤軍の死闘のなかで、スターリングラードなどでは激烈な市街戦も戦われ、そのとき狙撃兵が活躍しました。ソ連軍は、女性だけの狙撃兵部隊を組織し、彼女らは目を見張るほど活躍しました。この歴史的事実を踏まえたフィクション(小説)ですが、よく調べてあり、ストーリー展開も無理がなく、最後まで狙撃兵になった気分で読み通しました。
アガサ・クリスティー賞を受賞しましたが、惜しくも直木賞は逸してしまいました。
巻末に主要参考文献一覧が明記されているのは、小説と言いながらも歴史的事実に立脚していることを裏付けています。このリストにあがっているもので有名なのは最近の本では『戦争は女の顔をしていない』(岩波書店)です。これはマンガにもなりました。読みでがあります。
日本人の書いたものでは大木毅『独ソ戦』(岩波書店)が勉強になりました。
スターリングラードをめぐる攻防戦については映画もありますし、狙撃兵を主人公とする映画もありました。
ソ連の狙撃兵は、一般の歩兵師団の中に置かれる狙撃兵部隊と、第39独立小隊のように、ソ連軍最高司令部隊予備軍に所属し遊撃する狙撃兵集団に大別される。いずれにしても、狙撃兵は歩兵と相性が悪く、仲は良くない。これは職能の違いにもよる。
歩兵は前線で敵弾をかいくぐって敵に迫り、市街戦ともなれば数メートルの距離で敵を殺すのが仕事だ。そのために必要な精神性は、死の恐怖を忘れて高揚の中で自らも鼓舞し、熱狂的祝祭に命を捧げる剣闘士のものだ。
これに対して狙撃兵は、潜伏と偽装を徹底し、忍耐と集中によって己を研鑽し、物理の下に一撃必殺を信奉する、冷静さを重んじる職人であり、目立つことを嫌う狩人だ。
歩兵から見た狙撃兵とは、自分たちを全面に出して距離を置いて敵を撃つ陰気な殺し屋集団。これに対して、狙撃兵から見た歩兵とは、狙撃兵の損耗率が歩兵より高いという事実を無視して、自分たちを蔑視し、乱雑な戦闘技術で粗暴に振る舞う未開の野蛮人。
狙撃兵は、歩兵が求めるような戦友同士の同志的結合、固い絆といったものを好む精神性をあわせて重視せず、狙撃兵同士で集まり、寡黙に過ごす者が多い。
500メートル先の敵将校をスコープでとらえ、生きている人間と分かって銃撃して殺すというのが狙撃兵の任務。自分の指の引き金で目前の人を殺すことにためらうことがないというわけです。ふつうの神経の持ち主にできることではないでしょう。私は、もちろんできません。そこらをふくめて、いろいろ考えさせられる本でもありました。
(2021年12月刊。税込2090円)

2022年2月25日

チェチェン化するロシア


(霧山昴)
著者 真野 森作 、 出版 東洋書店新社

ポスト・プーチン論序説というサブタイトルのついた本です。
チェチェン共和国は、人口百数十万人、岩手県と同程度の面積。首長ラムザン・カディロフの独裁政治が長く続いている。
小さなチェチェンは、ロシアの命運を左右してきた歴史がある。プーチン、ロシア大統領が2000年に最高権力を握るときの鍵となったのがチェチェンだった。身近な場所でのテロに脅えていたロシア市民にとって、プーチンは「仲間のように気さく強い指導者」の登場だった。
チェチェンの首長カディロフはプーチンに個人的忠誠を誓い、見返りに首長の地位と地域統治のフリーハンド、連邦予算の投入を得ている。通算4度目のロシア大統領当選を果たしたプーチンにとって、大事なのは忠誠と安定であり、チェチェン内部がどうであろうと関係がない。
チェチェンでは、プーチンへの忠誠やロシアに対する愛国心が強調される反面、イスラム教とかカディロフへの個人崇拝が合わさった黒色の文化が形成されつつある。
チェチェン人は、コーカサス最古の民族の一つ。イスラム教を受容したのは17世紀以降で、比較的最近のこと。「スーフィー」と呼ばれるスンニー派のイスラム教新主義の進行が主流。歴史的にチェチェン社会は150ほどのテイブと呼ばれる民族、父系の血縁集団を基盤としている。
2002年10月のモスクワ劇場占拠事件(人質100人以上が死亡)、2004年2月のモスクワ地下鉄爆破テロ(40人以上死亡)、同年8月の旅客機2機の爆破テロ(90人死亡)、同年9月の北方オセアチア・ベスラン学校占拠事件(400人死亡)と、相次ぐテロ事件が起きた。また、現首長の父親のアフマト・カデイロフも2004年5月の爆弾テロで死亡している。
カデイロフ首長は、嘘や心にもないことを平気で語る。大言壮語や過激な脅し文句をよく口にする。存在感を誇示し、注目を集めることを好む。プーチンとの関係が生命線だと自覚しているため、忠誠心を露骨にアピールする。これって、関西で注目を集めている地域政党のリーダーたちによく似ていますよね...。
カデイロフは反対派を許容できない。狡猾(こうかつ)で、自分との競争相手は全部排除した。犯罪に対しては、犯人本人だけでなく、家族全員が罰せられる。
カデイロフは、自分の私的な親衛隊、カデイロフツィをもっている。武装した彼らは4万5千人もいて、治安当局とともに強権的な統治を支えている。
チェチェンには人権が存在していない。唯一の法律が首長カディロフの命令。
チェチェンは、全ロシアでもっとも失業者が多く、もっとも平均時給が低い地域だ。
チェチェン共和国の予算はロシア連邦中央の支援に依存している。共和国予算の8割がロシア連邦からの補助金で占められている。
チェチェンがらみでプーチン政権やカデイロフ体制を批判する政治家やジャーナリスト、活動家が暗殺されてきた。
チェチェンの民主化は、はるか彼方にあるようだというのが、本書を読んだ率直な感想です。
(2021年9月刊。税込2530円)

2021年9月16日

スターリン


(霧山昴)
著者 オレーク・V・フレヴニューク 、 出版 白水社

スターリン主義者をスターリニスト、トロツキーの信奉者をトロツキストと呼びます。私が大学生のころ、学生運動用語として多くの学生が使っていましたし、知っていました。でも、その内実は、私をふくめてほとんどの学生が知らなかったと思います。スターリニストを単なる官僚主義だとすると、現在の日本の官僚は、上に忖度(そんたく)するばかりですので、ぴったり合致します。今の日本の高級官僚は、上から嘘をつけ、証拠を隠せ、改ざんしろと指示されたら、ほとんどは唯々諾々と従い、例外的に自死した赤木さんのような人がいるだけです。でも、スターリン治政下のソ連では、もう一歩すすんで、あいつを消せと指示されます。肉体的抹殺です。今の日本はそこまではありませんが、果たして、そんな指示に今の日本の官僚たちはギリギリ踏みとどまって抵抗できるのでしょうか...。
1937年から38年にかけた1年間だけでも、ソ連では70万人以上が処刑された。スターリンによる大テロルです。誰も止めるとこができなかった大テロルは、やがてスターリン自身にはねかえってきました。1953年2月末から3月初め、スターリンが別荘で通常どおり起きてこなかったとき、誰もが近づけなかった。この530頁もある本は、その状況が繰り返し再現されます。
なぜか...。スターリンが目を覚ましたとき、なんで、お前がこんなところにいるのかと激しく叱責されたら、即、生命にかかわることになるからです。みんなスターリンの不意のカミナリにびくびくしながら生活していたのでした。
恐怖は、スターリンにとって、もっとも重要な力だった。スターリンはソ連国家保安制度を強固な監督下に置くことによって、いつでも誰でも逮捕でき、即時銃殺に処すことができた。その実例はいくらでもあった。スターリンの政治はテロルに依拠していた。
スターリンは、根本的に、重要な細部を部下に委ねず、自分自身で管理するのを好む小領主だった。
スターリンが死ぬ直前にすすめた医師団陰謀キャンペーンは、大衆のムードを巧みに操作し、戦争勃発のどんな気配すらもないのに戦争準備の心理を助長し、それによって人々の日々の困難から気をそらさせた。そして、スターリンの周囲の人間に不安な気分のまま生活し続けることを強いるという効果をあげた。
スターリンは、他のどの独裁者と同じく、最悪のことを常に想定していた。スターリンは、国内外の情勢が悪化したとき、裏切られることを予測していた。絶対的に献身的で、より若い熱烈な支援者と古参幹部とを取り替えることは、自身の立場をうち固めるうえで、決定的に重要なことだ。
征服者の心の平安は、被征服者の死を覆す。
これはチンギス・ハンの言葉だとされているが、スターリンも参考にしていた。
スターリンが死の発作をおこした「近くの別荘」には、総数408人もの人間がつとめていて、護衛官だけでも335人がいた。この護衛総局で仕事をすると、実入りが大きかった。
スターリンの大テロルが全土で進行した結果、1940年までにロシアの各州やソ連邦を構成する共和国の指導者(書記)の57%から35歳以下だった。大臣や将官、企業長、文化人の団体の指導者も30代から40代までだった。これらの成り上がり者にスターリンは途方もなく大きな権力を付与し、彼らは、特権化された世界を享受していた。
そうなんですね。若い人は、上の重しがとれて、自らが昇進して、特権に恵まれることを喜んでいたというわけです。これがスターリンのテロルを止めなかった有力な原因の一つのようです。
ソ連の党政治局は、スターリンの意思に全面的に従属した。今やスターリンは正真正銘の独裁者だった。
1037年から40年にかけて、ソ連の将校団が2.5倍に拡大した。その結果、多くの指揮官が必要な知識と経験を欠いていた。
スターリンは、ナチス・ヒトラーの軍事進攻を開戦当初まったく信用していなかったのでした。この本によると、スターリンは、ヒトラーの意に反して国防軍がやったことだろうから、そんな挑発に乗るな、発砲するなと命じたのでした。すっかりヒトラーに騙されていたわけです。ヒトラー・ナチス軍の本格的大侵攻であり、たちまち前線が大崩壊したことを知るとスターリンは茫然自失で、別荘にこもってクレムリンに出てこなくなりました。
残る幹部たちが恐る恐る別荘に行ってスターリンに会いに行ったとき、スターリンのほうは全員がそろって引退勧告に来たかと心配して待ちかまえていたというのです。独裁者は、そうではないことを知ると、たちまち元通りに独裁者となって悪の罪業の数々を繰り広げていくのでした。
あとになってソ連がドイツを負かしてしまう段階では、わざと諸戦で負けて、かつてナポレオン軍を負かしたような高等戦術をとったなどと強弁しはじめましたが、実際にはスターリンの大いなる間違いによってソ連軍は大崩壊してしまったのです。
レーニンは死ぬ直前に、スターリンは粗野な男なので書記長にはふさわしくないから解任すべきだという遺書を書いていました。そこでスターリンは、レーニンの死後、政敵をうまく片付けたあと、書記長の辞職願いを提出した。いやあ実に見事な計算ですね。スターリンの計算どおり、もちろん辞職願いは受理されるはずがありませんでした。
ナチス・ヒトラーに匹敵するほどの大虐殺を敢行したスターリンの罪業について、最新の資料をつかって深く究明した本です。
スターリニストって、単なる官僚主義者なんかではないことがよくよく分かります。でも、そんなレッテル貼りに、いったいどれだけの意味があるのか、それも、そもそも疑問ですよね...。
(2021年5月刊。税込5060円)

2020年3月28日

「戦争は女の顔をしていない」


(霧山昴)
著者 小梅 けいと 、 出版 KADOKAWA

独ソ戦を舞台とする原作(岩波書店)は、このコーナーで前に紹介したと思いますが、女性と戦争との関わりが深く掘りさげられていて刮目すべき衝撃作でした。そんな深みのある労作がマンガ本になって、視覚的イメージでつかめるなんてすごいことです。作画者に心より敬意を表します。
独ソ戦で、ナチス・ドイツと戦ったのは男性だけではなかったのです。大勢の女性兵士が参加していました。狙撃兵として名をあげた若い女性が何人もいますし、飛行機パイロットにも勇敢な女性飛行士たちがいました。ドイツ軍に捕まれば、もちろん男性兵士以上に性的虐待がひどいうえに殺されてしまいます。それでも、彼女らは最後まで戦ったのです。
もちろん、後方支援というか、傷病者を手当てする看護兵もいましたし、洗濯部隊までいたのです。洗濯機なんかありませんので、すべて手で洗います。石けんは真っ黒で、手が荒れてしまいました。
狙撃兵は2人1組で、朝も暗いうちから夕方暗くなるまで、木の上や納屋の上に登って気づかれないようカムフラージュしてじっと動かないで敵のドイツ軍を見張る。
食糧がなくなり、戦場にでた子馬を殺したときには可哀想ですぐには馬肉シチューが食べられなかった。
女性兵士には男物のパンツをはかされていた。生理用品もなかった。若い女性兵士にとって恥ずかしいという気持ちは、死ぬことより強かった。
戦後、かつての女性兵士が取材にこたえてこう言った。
戦争で一番恐ろしかったのは、死ではなく、男物のパンツをはいていることだった。
『独ソ戦』(岩波新書)も大変すぐれた本ですが、このマンガ本や原作を読むと、もっと独ソ大戦争の悲惨な実相がつかめると思います。一読を強くおすすめします。
(2020年2月刊。1000円+税)

2019年2月 7日

回想のドストエフスキー2

(霧山昴)
著者 アンナ・ドストエフスカヤ 、 出版  みすず書房

ドストエフスキーが亡くなって30年後に妻のアンナが日記などをもとに書いた回想記です。人間ドッグ(一泊)に持ち込んだ本の一つで、つまらなかったら早送りのように読み飛ばしてしまおうと思っていたのですが、意外や意外、とても面白い読みものでした。
妻のアンナがドストエフスキーと結婚したのは20歳。ドストエフスキーは44歳でした。妻に亡くなられたあと、速記者としてアンナを雇ってから急速に親しくなったのです。
このころのドストエフスキーは、トルストイのような金持ちの作家ではなく、いつも金欠病で借金取りに追われていました。その借金は、自分がつくったものではなく、身内の借金です。
ドストエフスキーが書いて支払われる「印税」が唯一の収入源でした。しかも、ときどきはてんかんの発作におそわれ、また、ギャンブル狂(ルーレット)でもあったようです。ところが、妻のアンナは実務的能力があり、ドストエフスキーの創作活動を速記者として支えただけでなく、莫大な借金を返済してしまったのでした。4人の子どもを生み、夫にあたたかい家庭をもたらしたのです。
ドストエフスキーは、貴族の家柄といっても、貧しい医師の子どもにすぎなかった。
そして、妻のアンナは小官吏の娘だったが、娘時代に速記を習っていた。
ドストエフスキーは、若いときに軍事裁判にかけられ、シベリア徒刑4年、セミパラチンスクでの兵役5年間をつとめている。
ドストエフスキーは、取り立てに来た債権者から、家具を差し押えて、それでも不足したときには債務監獄に入ってもらうと脅された。
債務監獄に入ると、借金は帳消しになった。1200ルーブルの借金のためには9ヶ月ないし14ヵ月は入っていなければならなかった。そして、債務監獄に入った債務者の食費は債権者が払わなければならなかった。
そこで、妻のアンナは、次のように債権者に言い返した。
「住居は妻名義で借りたもの。家具は月賦で支払い中なので差押えは出来ない。債務監獄に夫は期限まで入ってもらって、私は夫の仕事を手伝う。そうすると、あなたには一文だって入らないうえ、夫の食費を払わされる」
いやはや、こんな「反論」が有効だったのですね。驚きました。
ドストエフスキーは、作家としてだけでなく朗読者としても才能があったようです。
『カラマーゾフ兄弟』を、細い声、だが甲高い、はっきりした声で、なんとも言われないほど魅力的に朗読した。何千という聴衆の心が一人の人間の気持ちに完全にひきつけられた・・・。
ドストエフスキーを改めて読んでみようと思ったことでした。
(1999年12月刊。3200円+税)

2018年11月 5日

死に山

(霧山昴)
著者 ドニー・アイカー 、 出版  河出書房新社

今から50年以上も前、ロシアの冬山で大学生のグループが遭難し、9人全員が死亡しました。全員が長距離スキーや登山の経験がある大学生とOBたちですし、冬山の装備も当時としては十分でした。
ところが、9人の遺体はテントから1キロ半ほど離れた場所で見つかった。それぞれ別の場所で、氷点下の季節だというのに、ろくに服も着ておらず、全員が靴を履いていなかった。
9人のうち6人は低体温症が死因で、残る3人は頭蓋骨骨折などの重い外傷で亡くなった。女性の1人の遺体には、舌がなかった。さらに、一部の衣服から異常な濃度の放射能が検出された。
いったいなぜ、9人もの若者が、このような異常な状況で死ななければならなかったのか・・・。
アメリカのドキュメンタリー映画作家が50年も前の遭難事故の謎を解くため、現地に出かけるのです。スターリンが死んで、ソ連に少し雪どけが始まっていて、大学生たちは野外活動に熱をあげていた時代に起きた事件です。
大学生たちはカメラをもって、ずっと冬山登山の状況を記録していましたし、そのカメラは回収されていますので、大学生たちのはしゃいでいる様子も写真で紹介されています。
現地の人に襲われたとか、雪崩にあったとか、いろんな説があったようですが、ついに真相が明らかになります。
ネタバレをするのは本意ではありませんが、推理小説ではないので、お許しください。要するに、山の恐ろしさを知り、また、お伝えしたいということです。詳しくは、ぜひ、この本を手にとって、お読みください。結末を知っても、それに至る過程は読みごたえがあります。
要するに、山で発生したカルマン渦列と、それにともなう超低周波音が原因なのです。
強風が丸みを帯びた大きな障害物にぶつかったときに危険な竜巻が発生する。それがカルマン渦列で、そのなかの渦が超低周波音を生み出す。
みんなでテントに入っていると、風音が強くなってくるのに気がつく。そのうち、南のほうから地面の振動が伝わってくる。風の咆哮が西から東にテントを通り抜けていくように聞こえる。地面の振動が伝わり、テントも振動しはじめる。
今度は北から、貨物列車のような轟音が通り抜けていく。より強力な渦が近づいてくるにつれて、その轟音はどんどん恐ろしい音に変わり、と同時に超低周波音が発生するため、自分の胸腔も振動しはじめる。超低周波音の影響で、パニックや恐怖、呼吸困難を感じるようになる。生命体の共振周波数の波が生成されるからだ・・・。
9人は、これ以上ないほど最悪の場所にテントを張ってしまった。本当に耐えがたい恐ろしい状況に置かれた。超低周波音の影響により一時的に理性的な思考能力が奪われ、原始的な逃避反応という本能に支配された。いまはただ、この強烈な不快感を止めたい、逃げだしたい、それだけだった。テントから脱出せずにはいられなかった。どんな犠牲を払ってでも逃げろ、逃げろ、逃げろ、いまはそれしか考えられない。
ろくに服を着ておらず、足には靴下を履いているだけ。わが身に取りついた苦痛から逃れたい一心でテントから脱出したが、外の気温はマイナス30度。そこには別の苦痛が待っていた。
冬の竜巻は、時速60キロの速さで横を駆け抜けていく。周囲は漆黒の闇。テントに戻ることもかなわない。低体温症で身体が思うように動かなくなる・・・。
冬山の恐ろしさを明らかにした貴重な本でもあると思いました。
朝から読みはじめると、次の展開が知りたくて片時も目が離せず、午後、ようやく恐ろしい結末を知り、大自然の驚異を実感しました。9人の大学生たちの冥福を祈るばかりです。冬山に登る趣味がなくても、大自然の驚異を実感させる本として一読の価値があります。
(2018年11月刊。2350円+税)

2018年8月16日

ソウル・ハンターズ

(霧山昴)
著者 レーン・ウィラースレフ 、 出版 亜紀書房

シベリアに住む少数民族、ユカギールの社会を研究した学者の本です。
ユカギール人は、トナカイ牧畜によって生活している。イヌが唯一の家畜である。
ユカギール人は、エルクを狩猟によって得ると、狩猟者たちのあいだで、森の中でシェアされる。
分け前は、集団内の狩猟者の数に応じて山積みにされ、全員が年齢や技術に関係なく平等な分け前を得る。
村に戻ると、肉は再びシェアされる。狩猟者は全員と分け合う義務はなく、親戚にだけそうする義務がある。親族は「よこせ」と言う。そこには「お願いします」とか「ありがとう」という言葉はない。肉が調理されてしまうと、それは再び、その場にいる者、通常は、世帯の全員にシェアされる。肉が保存とか貯蔵されることは、ほとんどない。ユカギール人は、新鮮な肉を食べることを好む。
ユカギール人の狩猟者は、森に行くとき、わざと食料は2日か3日分しか持っていかない。古い世代のユカギール人は、野草を食べることをかたくなに拒絶する。赤くて脂肪の多い肉が何より重要視され、そんな肉のない食事は、まったく正しい食事ではないと、ほとんどの人は考えている。
ユカギールの子どもたちは、寄宿学校に入れられて学ぶよう義務づけられるが、ほとんど6年くらいで脱走して、両親の元へ戻った。
学校を必要としない社会、親と子のつながりで生きていける社会もあるのですね・・・。
(2018年4月刊。3200円+税)

1  2  3  4  5  6  7

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー