弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2004年12月28日

源氏物語の性と生誕

著者:小嶋菜温子、出版社:立教大学出版会
 600頁近い、源氏物語を本格的に論じた本です。もちろん(残念ながら)私は源氏物語を古文のまま全部読んだことはありません。
 思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを  (古今集)
 うたた寝に恋いしきひとを見てしより 夢てふものはたのみそめてき (古今集)
 こんな歌を読むと、ああ、私にもそんなことがあったなあ・・・、と思いしのばれます。いつのまにか、平安時代に身をおくことができる心境です。
 とても理解することはできませんでしたが、平安朝の誕生儀式の重要さをふくめ、しばし、源氏物語の世界に浸ってみたのです・・・。なんとなくいい気分でした。

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読書国民の誕生

著者:永嶺重敏、出版社:日本エディタースクール出版部
 私が電車のなかで本を読むようになってから、もう35年以上たちます。揺れるところで本を読んだら目が悪くなると言われますが、私は今も近視のまま、ちっとも度はすすみません。好きこそモノの上手なれ、と言いますが、好きなことをしていると身体に毒にはならないようです。
 日本に列車(汽車)が走るようになって、駅の売店で新聞や本を売るようになり、列車内に図書室をつくり、貸本システムをつくったということが紹介されています。今は車内販売では週刊誌を売るだけです。キオスクでは新書や文庫本を売っていますし、新幹線の駅構内には新刊本も売っています。
 新聞の普及率は日本はすごく高いと思いますが、ニュースはテレビそしてパソコンで見るだけという人も最近では多いようです。
 明治30年代に鉄道網が整備されてくると、全国の読書人が本を早く購読したいという要求をぶつけてきたことが紹介されています。日本人は昔から世界に冠たる読書好きの民族なのだということがよく分かる本です。

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臨場

著者:横山秀夫、出版社:光文社
 検死官シリーズ。著者は睡眠時間3時間で小説を書いているそうです。一度、倒れたこともあります。まさに命を削って小説を書いているのではないかと心配してしまいます。
 この本でも、新聞記者としての取材体験を生かして、警察署のなかの人間関係の描き方が真に迫っています。いかにもありそうな設定です。そして、殺人事件が起き、ベテラン検死官の鋭い指摘に、ウーン・・・と唸ってしまいます。
 推理小説なので、これ以上アラスジは紹介できません。小気味のよい謎解きが続く短編を寄せ集めた小説です。

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田原坂

著者:橋本昌樹、出版社:中公文庫
 西南役の実相を少し理解しました。これまで田原坂の激戦というのが、なぜあったか分かっていませんでしたが、この本を読んで初めてなるほどと理解できました。
 要するに、官軍側は新式の大砲でもって攻めのぼってくる薩摩の兵を撃退したかったのです。この大砲を運ぶには、道路勾配からいって、当時の田原坂を通過するしかなかったというのです。
 官軍側には、乃木少佐(29歳)をはじめ、後の日露戦争で日本軍の首脳部を占める山県、大山、児玉、野津、奥、黒木などの将軍が登場しています。薩摩軍の斬りこみ戦法が次第に効果をなさなくなり、代わりに新式の大砲が威力を発揮したようです。
 久しぶりに田原坂の古戦場跡地を見てみたいと思いました。

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2004年12月27日

樋口一葉・いやだと云ふ

著者:田中優子、出版社:集英社新書
 明治の初め、19歳で小説を書きはじめ、24歳で亡くなった偉大な女性がいた。
 有名な『たけくらべ』は、1895年(明治28年)、樋口一葉が23歳のとき連載をはじめ、翌年4月に一括発表されて絶賛をあびた。そして、その年の11月23日、一葉は24歳で亡くなった。
 著者は、樋口一葉は小説家になりたかったのではなく、相場をはってお金もうけしたかったけれど、それがかなわず、あきらめて小説を書いた。一葉は、挫折と無念のなかで死んだ。このように解説している。一葉は現実を直視し、逃げなかった。しかし、我慢もしなかった。「いやだ!」を全面的に拒否した。
 一葉は、いつもお金に困っていた。そして、たくさんの人、主として男性に、お金を無心していた。借りたお金は、ほとんど返していない。一葉は、貸してくれたお金に感謝したり、恐縮するのではなく、思ったより少ないと腹をたてた。そして、貸すと約束していながら貸してくれなかったときには怒りが爆発した。
 紙幣にまで登場する樋口一葉を、もう一度、読み返してみたくなった。

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2004年12月24日

芥火

著者:乙川優三郎、出版社:講談社
 隅田川の川縁にひっそりと暮らす江戸の庶民の暮らしが描かれています。きっと江戸時代の人々は、そんな生活をしていただろうな。そう思わせる確かな手応えがあります。
 世の中のことは、そう思い通りにはいかないもの。何度か試して手に入ることもあれば、月日をかけた甲斐もなく終わることもある。それが身過ぎ世過ぎというものだ。
 うーん、そういうものかなあ・・・。人生は一度きりしかないもの。思ったことをやり通した方がいい。そんな気に、ついさせる、しっとりした短編掌説集です。

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義経の悲劇

著者:奥富敬之、出版社:角川選書
 悲劇の将、義経の実像を完膚なきまでに暴いた本です。きわめて明快です。うんうん、そうだったのか、なるほどねー、と唸りながら読みすすめました。
 義経は戦術には長けていたかもしれないけれど、時代の流れを見抜く力がなかった。後白河法皇に操られ、勃興する武士に背を向け、衰退していく公家の側に身をおいたために滅亡していったという著者の論証はきわめて説得的です。
 義経は平清盛に助命され、母の常磐御前は清盛の側室とされた。そして、清盛に傾倒し、父とまで敬愛するようになった。しかし、成人して、実は自分の父親(義朝)が清盛に平治の乱で殺されたことを知ると、一転して清盛を、ひいては平氏を憎み嫌うようになった。
 ところが、頼朝は後白河法皇の言いなりにならず、武士の頭梁として天下を握ろうとした。したがって、義経が頼朝のご家人でありながら頼朝の許可を受けずに朝廷から官位を受けたりすることは絶対に容認できないことだった。
 義経は時代状況を客観的に見ることができず、武士団の統率力もなかった。多くの武士からすると、義経は公家の手先でしかなく、信頼できる存在ではなかった。
 となると、義経の悲劇は、歴史の移り変わりを見抜けなかったことによる必然のものだったということになります。つまり、「判官びいき」とは、あとから頼朝を悪者に仕立て上げ、執権として実権を握った北条一門を善者にすべくつくりあげられた「神話」にすぎないということなのです。うーん、そうだったのか・・・。

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英仏百年戦争

著者:佐藤賢一、出版社:集英社新書
 佐藤賢一は『王妃の離婚』や『カルチェ・ラタン』、『双頭の鷲』など、どれも中世ヨーロッパを舞台にした小説を書いていますが、その博識とストーリーの面白さに、どれも感嘆して読みました。今度は、この本でヨーロッパ史の裏側を知ることができた思いです。
 イギリスといい、フランスといい、実は英仏百年戦争までは、大陸フランスの貴族の争いであったというのです。ああ、そうだったのか・・・、と初めて知りました。イングランド王国はフランスのノルマンディ公の属国でしかなかったのです。
 そして、ヘンリー4世まではイングランド王は実はノルマンディ公であり、アンジュー伯であり、大陸の領土を奪われても、相変わらずフランス人だった。王侯貴族は母語としてフランス語を話し、英語はイングランド庶民の言葉でしかなかった。ところが、ヘンリー5世はフランス語が話せず、イングランド人として即位した初めてのイングランド王だった。
 英仏百年戦争が終わったとき、それぞれ初めて中央集権国家が誕生し、フランス人、イングランド人が生まれた。イングランド王はフランス人であることをやめ、外国である大陸の領地に固執しなくなった。
 うーん、そうだったのか・・・。シェイクスピアの『ヘンリー5世』のアジャン・クールの戦いのことも触れられています。まとまりのないフランス貴族連中の軍を統率のとれたイギリス軍が圧倒した戦いです。なるほど、なるほど、とまたもや思いました。
 私はフランス語の日常会話はなんとか話せます。11月に受験した仏検1級は不合格でしたが、71点とることができました(合格点101点、150点満点)。30年も続けていてこの程度ですから、まるでたいしたことはないのですが、それでもフランス語を聞いてかなり分かるのがうれしくて毎日、仏和大辞典を愛読しながら続けています。

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2004年12月22日

階級社会

著者:ジェレミー・シーブルック、出版社:青土社
 日本は一億総中産階級になった。こんなことが言われたのは、今から30年前のことでしょうか。まだ労働者階級という言葉が少なくない学生に魅力ある言葉だった時代に、アンチテーゼのように登場してきたフレーズでした。階級なんてない。そんなのは古くさいマルクス主義思想の残りカスだ。本当かなー・・・。私は大いに疑問でした。
 いま東京では、1億円のマンションが売れ残っても、10億円のマンションは即日完売するそうです。六本木ヒルズのマンションは賃料月額300万円、共益費100万円だといいます。誰がそんな賃料を支払えるのかと問いかけたくなります。でも、余計なお世話と言われてしまいそうです。
 多くの人々が、よりよい生活を実現する唯一の可能性が世界の富の公正な分配にあるのではなく、もっと多くのカネを稼ぐことにあり、それが彼らの地位を向上させてくれるかもしれないと考えるようになった。
 支配階級にとって残念なことは、富の生産に対する普遍的な献身からいささかの利益も受けないインド、バングラデシュ、ブラジル、メキシコの人々が、このイデオロギー構造の英知を必ずしもよく理解してくれないことだ。
 世界のすべてが変わった。それにもかかわらず、気味が悪いことに、すべてが同じままだ。豊かな国々に住む我々がテレビのスイッチをひねるたびに、貧困を映し出す映像が目に飛び込んでくる。だが、我々としては、軽蔑しながらそれを見るのが関の山である。
 さまざまな言い訳が考案された。奴らは外国語を話す。奴らは別の神を信じている。世界との距離が近くなったことに感謝しつつも、実際に起こっていることからは目を背けることが可能である。
 稀少種の動植物を手つかずの森に生かしておくのはいい。だが、貧相だ。不衛生だの病気だのを無理に押しつけられるのは嫌だ。
 第三世界が与えてくれる利益だけは慎重に選びとり、それが抱えている問題は無視する。これで公正と言えるだろうか?
 ほとんどの人が自分をミドルクラスと考えているような社会では、アンダークラスは、ある有益な機能を担っている。彼らは、残りの我々に対して、自己を抑制するよう警告を発している。つまり、彼らのような運命に陥らないためには、慣習を守って暮らすようにと、強く教え諭す存在である。彼らは体制順応と正当性遵守の意義を教え、反体制の愚かさと、別の生き方などを試みたあげくの結果とを教える。
 どれだけ凶悪な社会現象がアメリカで起きても、それは間違いなく世界各地で起きるようになる。
 貧富は富者のイメージにあわせて、その姿を変えつつある。彼らは、何を買うか、何を持つか、どのようにお金をつかうかについて、どこにいても、同じ執拗な広告、同じ勧誘にさらされている。彼らの欲求はあおられる。彼らは自己抑制の破綻、市場主導の帰属意識に身をさらしてきた。それでいて、貧者にとっては、市場に参加するためのお金は手の届かないところにある。
 排除された若者が多国籍企業の広告を身につけるとき、貧者は富者の敵であることを止めたばかりでなく、嬉々として富者の利益の拡大をもはかっている。貧者は新たな形の従属にからめとられている。
 かつてないほど豊かに富んだ社会で犯罪率が急増しているという現象は、20世紀最大の謎のひとつである。それは社会の富が莫大なものとなり、特定の個人が著しく大きな報酬を受けとるという状況のなかで依然として、社会的不公正が続いていることの反映である。こうした利益を受けられない人は、なぜ自分がそんな目にあわなければならないのかを理解することができない。
 犯罪は、そうした不公正に対する彼らの個人的な回答なのである。本能的な反抗心を育むのは、ちっぽけな名声ではなく、人々がかかえる劣等感である。社会的な改善の可能性を断たれた人々は、故意にでも法を侵そうとする。つまり、犯罪は高度にイデオロギー的な現象である。犯罪率の上昇は不平等の拡大と関係している。犯罪は、金持ちが分配敵正義を西欧の主要政党の綱領から削除させた代わりに支払わなければならない代償である。

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絵で見る幕末日本

著者: エメェ・アンベール、出版社:講談社学術文庫
 江戸時代の末期にやってきたスイス人による絵入りのレポートです。スイス時計業組合の会長であり、自由主義的な参議院議員でもあったということです。
 写真のかわりに、いかにも細密な絵を描いていますので、写真と同じほどのインパクトがあります。
 中産階級の欠如は、日本の農村に貧相な風景を与えている。
 親切で、愛想のよいことは、日本の下層階級全体の特性である。
 日本には、香気のある植物、また、歌う小鳥がきわめて少ない。
 日本人に認められる表情の活発さと相貌の多様性は、自主的で独創的で、自由な知的発育の結果である。
 日本人は、シャツとズボン下を着ないが、毎日、入浴している。
 江戸の町人は、武器を取り上げられて、武士の主権の下に屈従させられているものの、見たところ自由に、あらゆる便宜さを享有しながら生活している。
 なんだか、今も通じる指摘ですよね・・・。

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2004年12月21日

広い宇宙に地球人しか見あたらない50の理由

著者:スティーヴン・ウェッブ、出版社:青土社
 宇宙人はいるのか。映画『ET』の世界は現実にはありうるのか・・・。
 UFOは地球におりてきていないのか。ナスカの地上絵は宇宙人が描いたものではないのか・・・。フェルミのパラドックスをテーマとして取りあげ、ひとつひとつ解明していった本です。
 私は、なぜ夜の空は暗いのか、前から疑問に思ってきました。だって、空には無数に星があるのですよ。無数とは無限のことですから、光が途中で消滅しない以上、夜空は大小さまざまの星からの光線によって埋め尽くされている。つまり、どちらを向いても全面的に光に満ちあふれ、無数の光によって明るくなっているはずなのです。ところが、雲ひとつない夜空なのに、空は暗くて星明かりは少ししかありません。これは、宇宙が固定したものでなく、膨張していることの反映だということです。でも、それにしても・・・、不思議です。
 地球の人口は、1650年に5億人、1800年に10億人、1930年に20億人、1975年に40億人、1999年に60億人。すごい増え方だ。
 われわれが銀河に植民することになるのなら、なぜ彼らは既にそうしていないのか。植民地を樹立する手段として動機と機会があるのに、そうしているようには見えない。なぜか。これをフェルミ・パラドックスという。
 フェルミ・パラドックスが教えてくれるのは、この銀河系の中で知性のあるもの、もののわかる種族は人類だけだということ。銀河では、単純な生物はずっと少なくなるが、それでもないに等しいほどではない。例外的に興味深い生命系は、銀河の中には何万とあるだろう。ただ、知的生命体を備えた惑星は地球だけだということ。
 ええーっ、そうなのかな・・・と思いつつ、やっぱりそうかもしれないなと思いました。

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2004年12月20日

プーチンの帝国

著者:江頭寛、出版社:草思社 
 プーチン大統領が権力を握るまでのいきさつ、そして大統領になってからのロシアの政財界の権力闘争が生々しく描かれています。
 ロシア政府や財界内部の権力をめぐる暗闘は、日本人の想像を絶するすさまじさ。
 オビのうたい文句は決して誇張ではありません。読んでいるうちに気分が悪くなるほどのえげつなさがエリツィン前大統領からプーチン大統領まで、連綿と展開していきます。日本と違って暗殺もしばしばですから、吐き気をもよおすほどのひどさです。でも、日本人にとっても対岸のことと腕を組んで傍観しているわけにはいきません。経済のレベルで、日本の財界もロシアの石油利権などに深く関わっています。
 残酷なテロの頻発するチェチェン紛争も、結局のところ、プーチン大統領が単に強いロシアをめざして国民受けを狙っているというだけではありません。世界最大の産油国のひとつであるロシアの石油利権の争奪戦でもあるのです。それにしても、つい目をそむけたくなるほどの醜悪さです。果たして、ロシアの人々は救われるのでしょうか・・・。

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2004年12月17日

リプレイ

著者:ケン・グリムウッド、出版社:新潮文庫
 人生を何度でもやり直すことができたらどうなるか・・・。
 43歳のときに死亡した(はず)。ところが、気が付くと、18歳の学生になっている。頭のなかの記憶と知識はもとのまま。ということは将来が「予見」できる。株式の上下、競馬のあたり馬券、みんな「予想」は適中し、大金持ちになる。ええーっ、そんなウマイ話があるものか・・・。ところが、またもや死亡する。そして、そのあと、どうなるか? まったくありそうもないことを、ありそうに思わせるのは、作家の筆力です。その筆力のなさを嘆いている私は、いまも悶々としています・・・。

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大王陵発掘!巨大はにわと継体天皇の謎

著者:NHK大阪、出版社:NHK出版
 大阪の高槻市にある今城塚古墳は、継体天皇の墓とみられています。日本が万世一系の天皇でなかったことは、6世紀初めのこの継体天皇の出現によっても明らかです。八女の筑紫君磐井(ちくしのきみいわい)が天下を揺るがす大反乱を起こしたのも、継体天皇のときです。まだ日本の政権が安定していなかったのでしょう。
 発掘された埴輪には両手を高くあげる巫女もいました。それをコンピューターグラフィック(CG)で再現しているので、視覚的にも理解できます。
 NHKスペシャルをもとにした本なので当然なのですが、こうやってビジュアルな形で古墳の埴輪が再現されると、古墳のもっている意義もよく分かります。

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博士の愛した数式

著者:小川洋子、出版社:新潮社
 不思議な本です。第一回本屋大賞を受章したというのですが、私にはピンと来ないところがありました。いえ、別に、この本にケチをつけようというのではありません。面白くないというのでもありません。しかし、次は何か事件でも起きるのかなと、つい期待して読んでいく、その期待は裏切られてしまいます。
 世間離れした、不思議なムードの漂う本なのです・・・。

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2004年12月13日

国際人権法と韓国の未来

著者:朴燦運、出版社:現代人文社
 著者の朴弁護士の話は福岡で聞いたことがある。韓国の大学を卒業してアメリカのロースクールに学び、オランダの国際刑事法廷にもつとめた経歴を有している。韓国の弁護士は世界的に活躍しているんだな、日本の弁護士は負けている。そう思ったことだった。
 この本を読んで、著者も南北分断の辛い体験の持ち主だということを初めて知った。母方の祖父は朝鮮戦争当時、「北」側の人民委員長となり、「北」が敗北したときに惨殺され遺体も見つからなかった。著者の父は韓国軍将校として「北」と戦い、輝かしい戦功をあげた。著者の妻の実家は「北」から逃れてきた右翼反共闘志の家柄。そして、著者は国際的にも活躍している人権の闘士である。
 その著者が司法研修院で国際人権法について30時間の講義をした(2001年)。日本の司法研修所でも同じようなことをやっているのだろうか・・・。ところが、受講生のなかにソウル大学法学の卒業生が1人しかいなかったという。ビジネス万能主義のあらわれではないかと著者は心配している。
 韓国の司法改革の現状と問題点がよく分かる本だ。韓国でも日本と同じように司法改革がすすんでいる。司法試験の合格者が長く300人だったのが、今は1000人となった。かつて弁護士はヤメ検、ヤメ判ばかりだった。しかし、今では合格者1000人のうち、700人は弁護士になる。ソウル弁護士会3300人のうち、判検事の経験のない弁護士が2000人いる。といっても、役員はヤメ検・ヤメ判がまだ多い。 韓国の悪しき慣例として前官礼遇というものがある。かつても先輩であるヤメ検・ヤメ判に特別待遇するというものだ。とはいっても、これもなくなりつつある。
 2002年の司法試験の合格者の3割が女性。2003年1月の司法研修院の卒業式で、成績の1、2、3位は全員女性だった。判事(予備判事)に任命された110人のうち女性が半分の55人だった。いずれ7割になると予想されている。
 イラク戦争は侵略戦争であり、韓国のイラク派兵は憲法違反だと断言する著者の論理はきわめて明快で、胸のすく思いだ。

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2004年12月10日

リーガル・ネゴシエーション

著者:加藤新太郎、出版社:弘文堂
 私は交渉はあまり得意ではありません。とくに初対面の相手と強気で交渉するなんて、とてもとても自信がありません。だから、交渉事件は嫌いです。
 世の中にはタフ・ネゴシエーターと呼ばれる人がいます。粘り強く紳士的にがんばる人かと思っていましたら、案に相違して、頑固な自信家のようです。
 優れた調整者とは非常に柔軟な人かと思うとさにあらず、自説は一切曲げないという人が多い。タフというのは頑迷固陋と紙一重で、柔軟だというのは日和見と紙一重だ。
 この本には、私も属している自由法曹団という「左翼」弁護士団体の大衆的裁判闘争が紹介されています。
 重要なことは、現在の裁判を公益の代表格として位置づけ、裁判闘争の勝利のために公益に属する人々の協力を裁判に結集させるという狙いをもつことである。裁判の勝利が運動の公益性を高め、その逆に、支持者の公益のための活動が裁判の勝利を呼ぶという相関関係に着目することである。
 もうひとつ、沖縄で戦後アメリカに対して土地返還のたたかいを粘り強くすすめ、一人の脱落者も出さなかった阿波根昌鴻氏の運動のすすめ方が紹介されています。実に感動的な原則です。
 陳情行進をするについて決めた11の決まりがある。反米的にならない。耳より上に手を上げない。大きな声を出さずに静かに話す。軍を恐れない。次の項目が心をうちます。 人間性においては生産者であるわれわれ農民の方が軍人に勝っている自覚を堅持し、破壊者である軍人を教え導く心構えが大切だ、というのです。これは次のようにも言いかえられています。
 軍が横暴非道な態度で来ても、わたしたちは人間として、また一等国民の態度をもって、軍が礼を受けないでも正しい挨拶を忘れない。
 うーん、まいりました。このような道徳観念を実践すれば、相手はタジタジとなるはずです。すごいのはカンパ活動にとりくむ4つの指針です。
1.募金は同情を訴えるだけでは目的は果たせない。
2.募金に応じる人が奮起せざるをえないように働きかける。すすんでやる気を起こさせる。
3.自分だけでなく、他人にもすすめてやらせたくなるように仕向ける。
4.後日になって、もっと多くの募金に応じておけばよかったと思わせるようにする。
 うーん、なるほど、そこまで考えるものなのか・・・。さすが、すごいものです。
 弁護士の仕事については、次のように書かれています。
 紛争をなくすことが目的なのだから、そのために弁護士としてやれることをやる。ただ、その結果が全体の利益を害さないで、かつ当事者の満足を得る。そして平和な形で終息するような、何か新しい、クリエイティブな形を創り出すということが弁護士の仕事だ。
 うーん、そうなんですよね・・・。

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ヘッセの読書術

著者:ヘルマン・ヘッセ、出版社:草思社
 ヘルマン・ヘッセといえば、はるか昔、高校生のころに読んで刺激を受けた『車輪の下』をすぐ思い出します。しかし、内容までは今となっては、ちっとも思い出せません。もはや大学受験の勉強で叩きこんだ連想ゲームの残りカスみたいなものです。そのヘルマン・ヘッセが読んだという数万冊のなかの世界の文学リストが、なんと延々37頁にわたって紹介されています。日頃読んだ本の多さを自慢している私も真っ青になるほど膨大な本のリストです。その1割なんてとてもとても、1%も読んだかなと思うほど、すごいボリュームです。
 多くの書物は、声を出して朗読すると、その効果も増大する。
 書物は、ぜひ自分のものとして持っていなければならない。
 美しい絨毯が床を、高価な壁掛けと絵が壁を飾っていようとも、本のない家は貧しい。
 人間が自然から贈られて得たものではなく、自分自身の精神からつくり出したたくさんの世界の中で、書物の世界は、もっとも広汎で高い価値をもつものである。
 うーん、さすが昔の人は偉いものです・・・。

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フジモリ時代のペルー

著者:村上勇介、出版社:平凡社
 500頁をこす大作ですが、大変興味深く読みました。日系2世がなぜ南米ペルーで大統領になったのか、日本大使公邸の人質事件はなぜ起きたのか、よく分かりました。
 1996年12月17日、日本大使公邸のレセプションにMRTAが乱入し、参加していた1200人の招待客のうち600人を人質にとった。127日間、日本人を含めた72人が人質にとられ、最後は翌年(1997年)4月22日にペルー軍の特殊部隊が突入して、人質は1人が死亡したものの残る71人は救出された。MRTAは14人全員が死亡した(射殺された)。
 1200人の招待客は多すぎなかったということが、フランスの招待客は1900人でしたし、同じようにアメリカ1798人、イタリア1297人、イギリス1000人という比較で明らかにされています。
 また、強行突入も2面からやむをえなかったとされています。一つは、人質内部にいたペルー人の軍人や警察官が反乱を起こす寸前であったこと、二つには、MRTAの内部で、キューバへ出国する意思がなく、徹底抗戦の幹部がいたことにあります。
 そして、多くのペルー人には、無縁の日本大使公邸で発生した事件ということであまり関心もなく、結局、人質のほとんどが救出されたことで、フジモリ大統領の支持率は一時的に高まったものの、やがて沈静化していった。
 そもそもペルーでは、1821年のスペイン植民地から独立して以来、一定の制度に従い安定的な状態が12年以上にわたって維持されるという経験をしたことがない。
 ペルーにはPC(主人=パトロンと従者=クライアント)関係があり、主人は独占した権力や権益・財を私権ととらえ、政治を私物化する傾向が強く、従者は利害を共通するはずの者たちとの水平的なつながりや連帯を緊密にしない傾向がある。ペルー全体を統合するシンボルもなければ、独立の英雄もいない。ペルーでは結果が重視され、その過程の手段や手段には拘泥しない態度や行動様式が普遍的である。クリオジョ(ペルー生まれの白人支配層)文化では、抜け目なさ、攻撃的態度、慎重さ、へつらいやおべっかなど、ありとあらゆる対処手段を状況に応じて組み合わせ巧みに駆使し、局面ごとに自分にとって最大限に有利となるよう身を処していくことが尊重される。
 政党も、創設者が無謬性と全能性をもって君臨する。
 フジモリは、手続や過程における方法・手段にはこだわらず、まったく民主的な方法をとらず、自らに権力と決定権限を集中させ、ごく少数の側近との間で迅速に意思決定を行い、これを実効に移すという権威主義的な政治スタイルを貫いた。状況にあわせた短期的な対応をするものの、中長期的な方針やビジョンをもつこともなかった。
 この本を読むと、ペルーに私たちの理解するような民主主義が根づくのは、まだ相当の時間を要するとしか思えません。フジモリは、そのような状況のなかで、うまくマスコミに乗って大統領に当選したようです。いわば、一種の仇花みたいな、あぶく(うたかた)ではなかったかという気がしてきました。

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わが20世紀、面白い時代

著者:エリック・ボブズホーム、出版社:三省堂
 イギリスの歴史学者であり、ケンブリッジ大学の学生時代以来、今日なお共産党員である著者が、その一生をふり返った本です。ユダヤ人でもありますが、ユダヤ教の信者ではないようです。
 1932年のドイツでは、現状を急進的に拒否していったのは多数派だった。大学生のなかにはヒットラー支持が強かった。
 1933年の国会放火事件は、オランダ人左翼青年が人々をあっと言わせるような行動に出て労働者を決起させようとしたもので、ナチ党員が仕組んだものではないというのが今日の通説だ。
 スペインでファシズムと戦った国際旅団のうち7000人は、社会党や共産党のユダヤ人だった。ユダヤ人がいつも受け身の犠牲者だったわけではない。
 フランスのジョスパン首相は、かつてはトロツキストだったし、ドイツのフィッシャー外相も街頭の戦士だった。1968年世代は、政治の舞台で今も活躍している。この点は、日本とはまったく違っていると同じ団塊の世代の私は思います。
 フランス共産党は自分からスターリン化し、レジスタンス運動によって大量に引き寄せた知識人に威張りちらし、やがて敵にまわしてしまった。
 2段組みで400頁もある本ですが、なかなか読みごたえがある本でした。

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思索紀行

著者:立花隆、出版社:書籍情報社
 かの立花隆も、今や64歳。その本名が橘隆志であることを初めて知りました。戦前の五・一五事件のとき、民間指導者として逮捕され無期懲役刑を宣告された橘孝三郎は身内だそうです。
 この世界を本当に認識しようと思ったら、必ず生身の旅が必要になる。やはり、この世の中には、行ってみないと分からないもの、自分の肉眼で見ないと分からないもの、自分がその空間に身を置いてみないと分からないものが沢山ある。
 この点は、私もまったく同感です。私とちがって、語学のできる立花隆は、大学生のころから、ずっと外国をまわっています。イスラエルに何ヶ月もいたり、ギリシアを訪れたりと、世界のあちこちに出かけています。外国語のできる人はうらやましい限りです。
 私も、42歳のとき、南フランスに40日間、1人でウロウロしていたことがありました。妻子を日本において無責任にも「独身」気分に浸っていたわけです。今でも、あなたの身勝手さには呆れてしまうと非難されています。でも、でも、やっぱり行ってよかったと本当に思っています。4週間目には、頭の中のフランス語が不思議にスラスラと口から出てくるようになりました。一大変身をとげたのです。残念なことに、それが帰国する前の週のことでした。もっと長く滞在できたら、フランス美人を口説けたのかもしれません。
 やはり、旅は人間の成長にとって大切なものだと、つくづく思います。

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アメリカ人のみた日本の検察制度

著者:デイビッド・T・ジョンソン、出版社:シュプリンガーフェアラーク東京
 どうせアメリカ人が日本の検察制度をまた賞賛している本だろう・・・、なんて、ちっとも期待せずに読みはじめたのですが、意外に面白くて、あちこちに赤エンピツでアンダーラインを引きまくってしまいました。日本で検察「修習」もしたうえで、アメリカの検察庁に出かけて日米を比較していますので、なかなか興味深いものがあります。
 取調べ過程をビデオテープに全部収録すべきだと提案しています。それは全員にとってプラスになり、時間とお金が節約できるというのです。まったく同感です。アメリカでもビデオ録画をはじめていて、後悔している警察はただの1ヶ所もないとのことです。
 日本の若手検察官が被疑者に取調べのときひどい暴行を加えたことも紹介されています。自白を引き出して自分の手柄にしてエリートコースに乗ろうとしての暴行のようです。マスコミでは実名報道されましたが、この本では仮名になっています。やはり将来ある身だから、単行本にするときには仮名にしてほしいという「圧力」がかかったそうです。それにしても、この事件を報道したマスコミの臆病ぶりが痛烈に批判されています。
 日本の中心的マスコミは番犬だというよりは、いいなりの子犬のような行動をした。日本では批判的な調査記事を書くことは報道関係者の習慣にはない。もし、そこにふみこんだら、情報をもらえなくなり、飯が食えなくるなから、思い切った批判などはしない。我々はお互いにある種の取引をしている。皆この取引を了解している。検察官は立場が上で、我々は彼らにいろいろお願いする立場だ。我々は低姿勢でもって、彼らのルールに従って動かなければならない。
 この点は、検察官がパソコンで作成されている調書を部分的に差し換えることが現になされていることについても同じで、マスコミではほとんど問題にならないのです。
 この本には、刑事法廷において、アメリカでは直ちに「弁護人の支援無効」として「審理無効」となるような、みっともない国選弁護人の行状がいくつも紹介されています。読んでいる方が顔から火が吹き出すような恥ずかしさを感じます。恐らく真実の姿だと思います。日本では、国選弁護人は多くの弁護活動をするものの、その大半は刑事弁護とはいえない。ここまで言われています。元検事の70歳以上の弁護士に多いように書かれていますが、実際には、生粋の弁護士の若手にもありうるのではないでしょうか・・・(私にとっても、決して他人事ではありません)。
 検察には「敵」のリストがあって、1番に弁護士会、2番に社会主義者と共産主義者、3番と4番がなくて、5番が新聞だ。弁護士会の主要委員会は「左派リベラル」に偏っていて、弁護士会全体としての決定は、「平均的な」弁護士の感覚より革新的になっている。
 これもそう言われるとそうかもしれないと思います。
 日本の検察官は、一般に言われるほど多忙ではない。詳細な調書をつくりあげられるのは、制度的に能力の余裕があるからだ。
 原稿は英語ですから横書き本となっていて、400頁もありますが、私はいつものように2時間もかけず、ざあっと読みとばしました。今後の刑事司法のあり方を考えている人には、一読をおすすめします。

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2004年12月 7日

運命

著者:蒲島郁夫、出版社:三笠書房
 東大法学部で政治学を学生に教えている教授が、意外なことに高校生のころは見事な落ちこぼれだった。なんとか農協にもぐりこむようにして就職したものの、まともに仕事もできなかったという・・・。著者は私と同じ団塊の世代。この本を読んで、人間、やればできるものなんだね、改めてそう思った。アメリカに渡り、農業実習そして牧場での農奴のような厳しい生活。それに著者は耐え抜いた。
 不平や不満をいっているうちは、まだ気持ちに余裕がある。まだまだ目一杯働いていない証拠だ。
 いったん日本に戻って、再びアメリカへ。ネブラスカ大学を受験して不合格になったものの、知りあいの教授がかけあい、ようやく仮入学できた。そのチャンスを生かして授業をテープ録音しながら猛勉強する。試験で90点をとるには、120%の準備が必要だ。それを著者はやり切った。その結果、オールAの成績。そして特待生となって、奨学金がもらえるようになった。やがて日本から彼女を呼んで結婚し、子どもも生まれる。そして、ついにハーバード大学の政治学に合格。
 人生には、やるべきときに、やらなければならないことがある。
 著者の必死の努力を読んだあと、この言葉に接すると、すごい重みを感じる。著者は、無事にアメリカの大学を卒業して日本に戻り、「奇妙な」学歴のまま筑波大学に入ることができた。そして17年間つとめたあと、東大法学部に招かれて現在に至っている。熊本の片田舎で農協職員だった人が、今や天下の東大法学部教授とは・・・!
 それぞれの舞台で、人々の期待を裏切らない。運のいい人と出会った人は、その人にも運が向いてくるものだ。読んで、まだ自分にもやらねばならないことがある。まだ大丈夫だ。そんな気にさせる元気の出る本。

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戦国鉄砲・傭兵隊

著者:鈴木眞哉、出版社;平凡社新書
 織田信長と戦った紀州(和歌山)の雑賀(「さいか」と濁らずに読むそうです)衆の話です。早くから大量の鉄砲を使いこなす集団として有名ですが、雑賀衆も内部は決して一枚岩ではなかったということが明らかにされています。
 鉄砲は、一般には攻撃向きの武器と考えられているが、実際には防御に適した武器であった。鉄砲うちの熟達者は蛍、子雀、下針、鶴頭、発中、但中、無二というあだ名をもっていた。雑賀衆が本願寺側に参戦したため、織田信長は石山合戦で容易に勝てず、11年も足をとられてしまった。天下取りのプランがすっかり狂わされた。雑賀衆がいなかったら、信長は、とっくに「日本全国の王」になれただろう。
 著者は雑賀衆の子孫のようです。なにかと常識の誤りを指摘する著者ですが、根拠が十分なので、なるほどそうなのかー・・・、といつも感心させられます。

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歌舞伎町シノギの人々

著者:家田荘子、出版社:主婦と生活社
 東京・新宿・歌舞伎町。3656軒の飲食店と3950店の風俗店があり、100組以上の暴力団が200以上の事務所を構えている。
 一晩に職務質問されるのは200〜300人、新宿署に留置される人が80〜100人。歌舞伎町関係で逮捕された暴力団員は400人。1年間に新宿で検挙した家出人は270人。一晩に歌舞伎町関係で受ける110番は20件以上。
 暴力団に支払われるみかじめ料(ケツ持ち料)は、カジノ50〜200万円、ゲーム屋20〜30万円、ぼったくりバー10〜20万円、ヘルス10万円、キャバクラ10〜20万円、エステ5〜10万円、クラブ1〜3万円、路上の店は3〜5万円。
 歌舞伎町には「会員制のヤクザ専門喫茶店」まであるという。
 暴力団組長や覚せい剤の密売人をいわば肯定的な存在と思わせるような描き方にはひっかかりますが、新宿歌舞伎町の一断面をレポートする本ではあるように思います。

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アフリカの瞳

著者:帚木逢生、出版社:講談社
 アフリカの国民10人に1人がHIVに感染している。毎年200人の赤ん坊がHIVに感染して生まれてくる。そんなアフリカで、日本人医師ががんばっている。
 欧米の製薬会社は、エイズ治療薬の開発に必死だ。あたれば、大変なもうけが確実だからだ。だから、人体実験をひそかにすすめている。そのカラクリを暴こうとする者には死の脅しが迫る。モデルがいるのか知らないが、最後まで読ませた。
 ウガンダとセネガルでは、セックスするときにはコンドームの使用を当然とするセーフ・セックスの文化を育てあげ、HIV感染率を大幅に下げた。ウガンダは15%を9%に、セネガルでは感染率はわずか2%にすぎない。
 欧米の製薬会社の売るエイズ治療薬は開発費の8倍ももうけるほどのもの。だから、今の薬価を1000分の1に値下げしてもいいはずだ・・・。
 うーん、そうだったのか・・・。もう騙されないぞ!。

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小説・島津啓次郎

著者:榎本朗喬、出版社:鉱脈社
 明治3年9月、佐土原藩主(改め知藩事)島津忠寛の三男・島津啓次郎はアメリカ留学に出かけた。アナポリスの海軍兵学校に学び、中退して明治9年4月に帰国した。
 帰国後は武より文を重視する方針で、故郷に私学校を設立した(明治10年2月)が、西南戦争が勃発したため、鹿児島に兵を率いて参戦した。田原坂の戦いで、敗退するや、いったん故郷に戻るも、西郷軍が宮崎へ退路をとったため、またもや参戦し、ついに、鹿児島で西郷とともに敗死した。明治10年9月24日、享年21歳。
 私がこの本を読んだのは、今秋、宮崎へ行き、帰路に西都原古墳を見物したことによる。佐土原町は宮崎から西都市に行く途中にある。いま西南戦争のことを少し調べているので、西郷軍に宮崎から加わり戦死した島津一族の青年がいるということを知り、読んでみようと思った。アメリカに5年ほどいて、それなりの成績もとって開明的な青年になったはずなのに、西郷軍に身を投じるというのは、いかにも日本的な心情の持ち主だったように思われる。
 西都原古墳の方は、一面のコスモス畑を期待していったところ、コスモスはまだ苗の状態でしかなく、期待はずれ。新装の博物館はそれなりの迫力だったが、古墳を自分の足で歩けなかったのが大いに心残りだった。西都原(さいとばると読む)の高台には300もの古墳がある(まだ発掘されていないものが多いという)から、ここが日本の古代文明発祥の地であることは間違いないところだ。

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香三才

著者:畑正高、出版社:東京書籍
 匂いは格別なものがあります。夏休みに田舎の叔父さんの家にいったとき、稲ワラの山の乾いた匂いに、なんとも言えない安らぎを感じたことを思い出します。
 匂いは、記憶と強烈に結びついています。うーん、どこからか、いい匂いがしてきた。美味しそうな匂いだ。あっ、今日はカレーライスだ・・・。
 線香は江戸時代のはじめに中国から入ってきたそうです。夏の庭作業には釣り蚊取り線香が欠かせません。
 織田信長が、1574年(天正2年)に正倉院の御物「蘭奢待」(らんじゃたい)を切り取らせた事件は有名です。でも、信長だって、ほんの少ししか切り取ったわけではありません。明治天皇も切り取らせているそうです。
 沈水香木(沈香)は、天然の木質香料。今でも人工的な合成はできません。南国の熱帯雨林に自生するジンチョウゲ科アキラクア属と呼ぶ木の樹脂が自然に沈着したものです。
 匂いあわせと称して、同じものかどうかをあてっこした遊びがありました。いかにも優雅な遊びです。現代人は、そんな遊びの心を喪ってしまったようです。

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チェチェン、やめられない戦争

著者:アンナ・ポリトコフスカヤ、出版社:NHK出版
 世界中でジャーナリストが殺されています。イラクでも多くの記者がアメリカ軍に狙われて殺害されました。日本の大手新聞や民放の記者はいつもアメリカべったりだから、心配はないかもしれません(もちろん、テロリストに狙われる危険はあります)。
 モスクワ劇場占拠事件のあと、航空機2機同時墜落があったかと思うと、北オセアニアで学校が占拠され、何百人もの罪なき人々が大人も子どもも殺されてしまいました。悲惨です。いったい、どうしてこんなテロ事件が頻発するのか?
 誇り高いチェチェン人たちは、ロシアの圧力をはねのけて独立しようとしてきました。トルストイも、かつて、チェチェン人の独立を抑圧するロシア軍の将校として従軍したことがあったそうです。現在のチェチェン人の3分の1が、スターリンによる強制移住の悲劇的体験をしています。このチェチェンで戦争が続いているのは、この戦争によってもうかっている者が多くいることによる。著者のこの指摘は重大です。
 契約志願兵は検問所で贈賄をもらい、モスクワの本部にいる将軍たちは戦争予算の一部を個人運用する。中間の将校は人質や遺体の引き渡しで身代金を稼ぎ、下っ端の将校は、掃討作戦と称して略奪する。そして、全員で、石油や武器の取引にかかわっている・・・。やっぱり、戦争でもうかる連中がたくさんいるのですね・・・。
 銀行も税務署も、チェチェンでは機能していない。しかし、その方が石油取引を自分の思うようにできて好都合だと考えている集団がいる。
 読みすすめると、心に寒風が吹きすさび、首筋がゾクゾクしてきます。暗たんたる気分になって、早く家に帰って、布団をかぶって寝よう。そんな暗い気分にさせる本です。でも、この現実から私たちは目を逸らすわけにはいきません。だって、いつのまにか飛行機に安心して乗れない世の中になってしまったのですから・・・。力ずくでチェチェン人を抑えつけられないとしたら、ここは日本国憲法の前文と9条の精神を生かすべきときなのではないでしょうか・・・。

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2004年12月28日

越境する作家チェーホフ

著者:牧原純、出版社:東洋書店
 チェーホフが死んで100年がたちました。『桜の園』とか『三人姉妹』『かもめ』など、題名だけは知っていますが、読んだことも劇を見たこともないような気がします。でも、この本を読むとチェーホフを読んで見ようかなと思わせます。
 チェーホフは、シベリア・サハリンの流刑地へ出かけて、面接カード一万枚をつくりあげます。囚人の実態を自ら探ったのです。たいしたものです。そこで、日本の領事館員とピクニックもしたそうです。
 44歳で若死にするまでのチェーホフの人生が、そのときどきの写真つきで解説されていて、人柄をしのぶことができます。

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虎の城

著者:火坂雅志、出版社:祥伝社
 藤堂虎高というと、一般にはあまり評判は良くない。戦国時代末期、徳川時代まで、激流のなかをうまく泳ぎ切ったことから、その変わり身のはやさに、風見鶏とか裏切り者と呼ばれた。同時に、江戸城をはじめとする多くの名城を手がけた築城家でもあった。乱世をくぐり抜けた武士というより、算術(経済)を兵站にたけた武士だったのだろう。
 人を信じることが、ほかの何にもまして肝容。上に立つ者が下を疑うなら、下も上を疑う。すると、上下の心は離反し、その隙に姦人が讒言する。結果として、有能な人材は失われ、やがて乱れてしまう。なかなかするどい指摘だ。
 フィクションというけれど、事実をふまえてストーリーが展開していくので、歴史書としても十分に読める。

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D・DAY、史上最大の作戦の記録

著者:ウィル・ファウラー、出版社:原書房
 今から60年前、1944年6月5日夜10時に200万の連合軍がフランスをめざしてイギリスを出発、6月6日になったとたんDデーは始まった。
 映画『史上最大の作戦』を見たのは、高校生のときだったと思う。この本は、Dデーの動きを図解しながら解説してくれるので、連合軍の行動の全体像をつかむことができる。連合軍のアイゼンハワー司令官は54歳。ヒトラーは55歳だった。今の私とほとんど同じ年齢だ。そんな年頃の男が片や大虐殺の張本人、片や200万人の軍隊の総司令官。
 ドイツ軍の沿岸防御施設の建設状況について、連合軍は駐ベルリンの日本大使館の日本本国への報告無線によって知っていた。日本の暗号は解読ずみだった。その意味で、日本はドイツ軍の敗戦を促進したわけだ。
 映画に、海面を艦船が埋め尽くすシーンがあった。ドイツ兵が砲台からその光景を見て息を呑む情景だ。実際、この日、軍艦1213隻、揚陸艦と上陸用船艇4126隻、補助艦艇736隻、商船864隻が参加した。7000隻もの船で海上はあふれていたことになる。そして空には1万機以上の飛行機と3500機のグライダーが出動した。空もまた、連合軍によって覆われた。
 最近のアメリカ映画『プライベート・ライアン』は、このノルマンディー上陸作戦の悲惨な実情をよく描いて評判だった。従軍司祭の次のような言葉が紹介されている。
 瀕死の兵士のところに行って、あなたはもうすぐ死ぬのですと告げる。すると相手は軽くうなずく。相手がローマ・カトリック教徒なら、塗油を施す。以上全部を機械的に1人2秒のペースでやった・・・。うーん、戦争とは、こんなにむごいものなんだ・・・。

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荊の城

著者:サラ・ウォーターズ、出版社:創元推理文庫
 19世紀、ヴィクトリア朝時代のロンドン。公開絞首刑に見物人が3万人も集まっていた。借金を返せないときには債務者監獄に入れられた。ただ、犯罪者のはいる監獄とは異なり、家族ぐるみで住める規則の厳しい公営住宅のような施設ではある。
 ロンドンの下町、そして郊外の城館が舞台だ。下町風俗そして城館のなかの情景がよく描かれている。
 ミステリー小説なので、ストーリーの紹介は控える。あっというようなドンデン返しが何度もあり、次の展開を知りたくて、次々に頁をめくり、時のたつのを忘れた。

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ポルポト革命史

著者:山田寛、出版社:講談社選書メチエ
 人口800万人の小国において、数年間のうちに150万人もの国民を死なせたカンボジア。その支配者(ナンバーワン)であったポルポトは病死(実は、暗殺された?)したが、ナンバーツーのヌオン・チェアは今も生存し、自由の身である。ヌオン・チェアは投降したあと、家族に面会したとき土下座して謝罪した。しかし、同時に自分たち最高指導者は虐殺を知らなかったなどとヌケヌケと嘘をついた。
 悪名高いツールスレン監獄の所長ドッチは20年間行方不明だったが、実は洗礼を受けてクリスチャンになっていて、国連の難民救援活動に従事していたという。
 ポルポトは裕福な農家に生まれ、フランスに留学し、カンボジアで教員をしていた。しかし、ポルポト派はその出自でもある知識人を根こそぎ虐殺してしまった。そして、そのポルポト派をタイと中国が武器を送るなどして直接支援し、アメリカも間接的に支援していた。アメリカの「人道支援」は、いつも自国に都合よく解釈される。

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作家養成塾

著者:若桜木虔、出版社:ベストセラーズ
 プロの小説家になりたい。私の20年来の願望です。この本を読んで勇気が湧いてきました。
 小説家になるのに、才能は必要ではない。必要なのは、自分は必ず小説家になれると堅く信じて疑わず、いかなる困難・障害・挫折が前途に立ち塞がろうとも、生涯を賭けて、ひたすら書いて書いて書き続ける精神力である。うん、それなら私も持っています。
 強靱な精神力を得るには、読者を楽しませたいという書き手の熱い思いと、たゆまぬ努力があれば、いつかは陽の目を見る作品を書きあげることができるはずだ。そうかー・・・、うん、やってみます。
 この本は、うーん、そうなのかと、うなるような、プロの作家をめざしている人に役立つ具体的なノーハウが盛りこまれています。
 描写しようとする対象の特徴を直截に述べる単語はなるべくつかわず、一見すると関係ないような言葉をつかって、できるだけ遠まわしに読者に伝えるよう心がけなければいけない。ストレートな形容詞のオンパレードはまずい。
 一文中につかう動詞は4つまで。一文中の動詞の数に比例して、かえって動きが鈍くなる。読者が文章内容を把握するのに要する時間が長くなるからだ。一度で読んで、スーッと頭に入るようでなければいけない。伏線の張り逃げは許されない。かかったら必ず対応する結びをもってこないといけない。
 作家への道は遠く険しいものなんですよね・・・。

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恋愛結婚は何をもたらしたか

著者:加藤秀一、出版社:ちくま新書
 日本の離婚率は現在が最高だと誤解している人は多い。しかし、江戸時代に離婚は現代日本と比べものにならないほどあたりまえのことで、それを受けついだ明治時代前期が統計的にみて史上最高だった。今、ようやく、それに近づきつつあるというだけのことだ。明治前期の日本は離婚が容易で、数もとび抜けて多い国として海外にも知られていた。
 恋愛という言葉は明治20年代になって生まれ、一般化したもので、それ以前はなかった。明治の作家である泉鏡花は、結婚とは個人が社会的な圧力に負けてするものであり、無我としての完全なる愛は結婚していない場合にのみ成立するから、結婚とはみなが言うほどめでたいものではないとしている。うーん、そうも言えるかなー・・・。
 明治維新後に、むしろ妾の地位は飛躍的に高められた。それは、「家」の継続を保障し、国家の基盤を強化することが狙いだった。一夫一婦制は望ましいことだが、妾を廃してしまったら、皇族の血統が絶えてしまう恐れがある。だから、妾をもつのは認めるべきだという声が政府内には強かった。ことは皇室の存続に関わっていた。
 現に、いま天皇の後継者(男性)が確保できるのか真剣に議論されている。

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高崎山のオスザルたち

著者:松井猛、出版社:西日本新聞社
 中学生のとき、修学旅行で高崎山に行ったときのことです。エサをやりました。まず近くの猿にやったので、次ぎに遠くにいる猿にエサをやろうとしたら、目の前の猿が怒り、私の手をとって手首にガブリと噛みつきました。猿の心理が全然分かっていないことを身をもって体験させられたわけです。
 最近の研究では、ボスザルはいないことが判明しています。この本でも、そのことをふまえています。ただし、日本人に長くボスザルがいると思わせてきたことから、言葉としては使っています。
 争いや体格の大小は関係なく、群れの中で一番長く暮らすオスが一位である。ボスザル(アルファオス)は、仲間を支配したり、命令したり、統率することはなく、お互いが頼る、頼られる関係である。ニホンザルの群れにリーダー的な役割をするオスはいない。
 ニホンザルの寿命はおよそ25年。メスの最高齢は37歳。これは人間の115歳に相当する。やはり、サルの世界もメスがオスより長生きするみたいですね。
 オスは生殖可能となる4歳ころに出生した群れを離れる。近親交配を避けるため別の群れのメスを求めて、新参者としてスタートする。ところが、群れが大きくなると、近親交配の危険性が薄れてきたのか、群れを出ていかない若オスが出てきた。
 アルファオスになるのは最年少で9歳。20歳すぎた老年のサルがなることも珍しくはない。のんびり過ごしているように見えるサル社会にも人間のようなストレスはある。とくに群れの周辺部にいた若オスが順位を上げて群れの中心部に移った時期は、口うるさいメスや威張りちらす上位オスへの気苦労で、結構、大変のようだ。
 アルファオスが、ある日突然に群れを抜け出し、別の敵対していた群れに入りこむことがあるそうです。まったく新参者として下位からスタートすることになります。どうして、そんなことをするのか不思議でなりません。

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9歳の人生

著者:ウィ・ギチョル、出版社:河出書房新社
 ソウルの山の手(実は急勾配の傾斜面)にある貧民街に育つ9歳の少年が過ごす日常生活が描かれています。韓国で130万部売れたベストセラーで、映画にもなっています。来年には日本でも公開される予定です。
 韓国映画『おばあちゃんの家』を見ましたが、ちょっと似た感じの映画になるという気がします。ほのぼのとなるというより、むしろ9歳にしても早くも人生の悲哀を感じさせられ、かといって元気を喪うというわけでもない。そんなストーリーです。
 貧民街に勉強を教えに行く大学生のサークル活動が存在していたことが、訳者あとがきに紹介されています。私が大学生のころに所属していたセツルメント子ども会と同じです。なつかしく思い出しました。
 子どもは多感です。決して純真無垢という存在ではありません。しかし、愛情に飢えている子どももたくさんいるのが現実です。忘れかけていた子どものときの心を、しばし思い出させてくれる、いい雰囲気の本でした。

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