弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

フランス

2020年8月 9日

未来のアラブ人(2)


(霧山昴)
著者 リアド・サトゥフ 、 出版 花伝社

フランス人の母、シリア人の父をもつ6歳の子どもの目を通した1984年から1985年ころの中東の子どもたちの生活がよく描かれています。
シリアで6歳になったので、学校に行きはじめます。ところが、学校は男の子ばっかり、女の先生は容赦なく生徒の手を手にした棒で叩きます。体罰なんて平気なのです。
フランス人の母親をもつ6歳の男の子(著者)は、ユダヤ人とみなされ、ことあるごとにいじめの対象になります(何人かは著者を守ってくれるのですが...)。
アラブ人のなかで、著者はいつまでたっても浮き上がった存在です。
父親はフランスで博士号をとった学者なのですが、よりよい仕事を求めて、有力者に売り込むのに必死。
父親の夢は、自分の土地に宮殿のような豪華な建物をたてること。ところが、父親から土地を取り戻されてしまった身内の人間からは、早くフランスに帰れと言わんばかりの扱いを受けるのです。
たまに母親の実家のあるフランスに戻ると、まるで別世界。スーパーには、いろんなものが、それこそ、よりどりみどり...。何もないシリアの生活とは落差が大きすぎます。
6歳当時の子ども時代をこんなに思い出せるとは、とてもとても信じられません。でも、話の展開にはリアリティがありすぎて、すごいんです。
いやはや、シリアの小学生って、本当に大変なんだな...、つい、そう思ってしまったことでした。中東・アラブの生活に少しでも関心があったら必読(必見)の本です。
(2020年4月刊。1800円+税)

2020年7月30日

裏切りの大統領マクロンへ


(霧山昴)
著者 フランソワ・リュファン 、 出版 新潮社

毎日毎朝、フランス語をこりもせず書き取りしながら学んでいる身として、フランスはとても気になる国です。
2017年5月、フランス史上最年少の39歳の若さでエマニュエル・マクロンは大統領に就任した。2018年11月、黄色いベスト(ジレ・ジョンズ)運動が始まった。政党や労働組合などの組織が起こしたのではなく、中産の下から低所得層がネットを通じて声を上げ黄色いベストを着て街頭に出たのだ。彼らはマクロン大統領がすすめている新自由主義による社会保障の切り捨てなどに抗議した。
著者のフランソワ・リュファンはジャーナリストであり、今では国会議員でもある。マクロンの出身地であるアミアンの出身で、同じ中学・高校に通った。
マクロンは生まれてから今日まで、ブルジョワの内輪社会がはぐくんだ果実そのものだ。上層と下層とが交わらない社会的アパルトヘイトの産物であり、民衆から離れて、マクロンははるか遠くで生きてきた。目に見えない仕切りがマクロンたちエリートを囲んでいるが、暗黙の仕切りが存在することを自覚していない。無自覚で暗黙であるからこそ、仕切りは仕切りとしての力を発揮する。
黄色いベスト運動が始まるまで、貧乏な人々は、隠れて、こっそり苦しんできた。貧乏から抜け出せない屈辱、家族を守れない屈辱、家族にしかるべき幸福をもたらせない恥をかかえて...。フランス中が、まるで黄疸(おうだん)にでもかかったかのように黄色まみれになったとき、マクロンはいったいどこにいたのか。モロッコに、ベルリンに、アルゼンチンに、アブダビに、そしてルーマニアの大統領を迎えて一緒に美術館を見学していた。
マクロンは、自分が知らない国の大統領だ。知らないどころか、軽蔑している国の・・・。これが、この本(原著)のタイトルになっています。
著者は、マクロンが左翼を装ったことを厳しく糾弾しています。
マクロンのようなグランゼコル(エリート養成機関)出身者は、高級官僚になり、そのあと民間大企業に天下りし、そのあと再び官邸や省庁の高いポストに返り咲き、国家に仕える立場にありながら、内部から国家を解体する人たちだ。
マクロンは、ロチルド(ロスチャイルド)銀行に勤めた。マクロンの顔は自信と確信に満ちあふれている。そこには、挫折の痕跡とか苦悩、つまり何か人間らしいものが、まったく認められない。
フランスの製薬大企業サノフィに対してマクロンは経済大臣として1億2500万ユーロの助成金を交付した。このサノフィがつくったクスリの副作用として自閉症の子どもが生まれた。何十年にもわたって、サノフィは何万人もの子どもたちに自閉症を引き起こした薬を売っていた。なのに、サノフィは賠償せず、それどころかマクロン大統領はサノフィの社長を大統領宮殿の晩餐会に招待した。
マクロンは、20年来、超大金持ちの信愛の情に浸かって生きてきた。夕食をともにし、冗談を言いあい、信頼しあってきた。
マクロンは富裕税は効果がなかったと断言した。そして富裕税を廃止すると同時に、年金生活者の課税率を上げ、賃借人への援助金を切り下げ、政府援助の雇用契約を20万も削除した。
マクロンは民衆の誇り、名誉を傷つけている。民衆は馬鹿にされている。マクロンは、絶え間なく、貧乏人に教訓を垂れる。マクロン大統領は、どんなスピーチをするときでも、前もって原稿をチェックする人がいて、照明と撮影技師、舞台装置係、メイクを享受している。
わが日本のアベ首相は、いつだってテレビにはうつらないプロンプターの文字盤の原稿を棒読みしています。なので、いつも心に響かないのですが・・・。
マクロンは、テレビで微笑(ほほえ)む。いつでも微笑んでいる。そして、その微笑は凍りついた。それは死の微笑だ。サルコジやオランドには、まだ人間的な面があった。しかし、マクロンはプログラミングされたロボットのような技術的官僚なので、民衆は統計上の数字、収益を上げる変数の一つにすぎないから、暮らしが立ちゆかない庶民の苦しみや羞恥心、尊厳を傷つけられた痛みなんて、想像すらできない。
マクロンの若くて、のっぺらぼーな顔立ちを見るたびに、この本に書かれていることを思い出すことにします。
(2020年2月刊。2000円+税)

2020年6月 7日

マリー・アントワネットの衣裳部屋


(霧山昴)
著者 内村 理奈 、 出版 平凡社

1769年、オーストリアのパプスブルグ家のマリー・アントワネットとフランスのブルボン家の皇太子ルイの婚約が成立した。いわゆる政略結婚であり、このときアントワネットは、まだ13歳の少女だった。
この当時、結婚前に会うことはなく、相手の肖像画が手渡され、それだけを頼りに、結婚のその日を迎えるのが通例だった。すなわち、肖像画を贈りあうことは、結婚を進めていくための大切な第一歩だった。
結婚式の費用は200万リーヴル。およそ200億円。衣裳のために10万リーヴル、10億円が充てられた。
このころ、女性は人生で2度、白い布類を大量に用意しなければならなかった。結婚と出産のとき。当時、真っ白な布は大変高価で貴重なものだった。そして、レースも驚くほど高価なものだった。
アントワネットは、フランス国境に入ったとたん、オーストリアから着てきたすべての衣裳を脱がされて、フランス流の宮廷衣裳、ローブ・ア・ラ・フランセーズに着替えさせられ、髪型もフランス王室髪結い師によってフランス流に整えられ、靴もフランスの華奢な靴に履き替えさせられた。うひゃあ、す、すごいことですね...。
1770年5月30日、結婚祝賀の最終日、婚礼祝賀花火のあと、広場は大混乱状態になり、大勢の死傷者を出す大惨事が出来(しゅったい)した。死者は男性45人、女性87人の計132人にのぼった。広場でパニック状態となり、将棋倒しが起きたのでしょうね...。
朝、1日の始まりは、恭しいシュミーズの儀式から始まった。アントワネットにシュミーズを手渡すのは、その場に居合わせた最も高位の貴婦人がつとめる名誉ある行為だった。他人を寝室に招じ入れながら、着替えを披露することは、特権階級の、まさしく特権だった。
18世紀も大貴族の女性にとって、自分より格下の者たちは、羞恥心を引きおこす必要などまったく感じることのない相手だった。つまり、大貴族の女性からすれば、身分が下の人物は畑のかぼちゃやキャベツと同じようなものだった。
化粧着でゆったりと過ごしながら、衣裳係から差し出された衣裳見本帳を見て、その日の衣裳を決める。これが午前の儀式のクライマックスだった。公式の衣裳、非公式の衣服、儀式用の衣服の3種類があった。
衣裳係と女官は、アントワネットの衣裳をすべて管理していた。そして、彼らは、アントワネットの衣裳を売買して利益を得ていた。
マリー・アントワネットの実像の一端をちらっとだけ垣間みた気のする本でした。
(2019年10月刊。3200円+税)

2020年4月29日

南仏プロヴァンスの25年


(霧山昴)
著者 ピーター・メイル 、 出版 河出書房新社

コロナ・ウィルスによる深刻な被害で世界中が大変なことになっている今、旅行どころではありませんが、旅行に出かけるとしたら、南仏プロヴァンスは絶対におすすめです。
だって、年間300日は麗らかに晴れて、夏だと夜10時ころまで明るいのですから、観光にはもってこいです。そのうえ、食べるものが美味しく、ワインも高価でなくても最高の味わいなんです。
夕食をとろうと、夜6時にレストランに入ろうとしても早すぎます。早くても夜7時から。夜といっても、午後の7時や8時はまだ真昼間なんです。店内ではなくて、道路に面したテラスにテーブルがセットされていて、道を行きかう人々を眺め、眺められながら、2時間かけて、ゆっくり美味しい料理とワインを楽しむことができます。そんな夢のような生活を過ごした著者が描き出した『南仏プロヴァンスの12か月』は世界的な大ヒットとなり、空前のプロヴァンス・ブームを生んだのでした。
私が初めてそんなプロヴァンスの一つ、エクサン・プロヴァンスに4週間ほど滞在したのはまだ30歳代のことでした。外国人向けのフランス語夏期集中講座に参加したのです。学生寮に泊まってフランスでの独身生活を謳歌しました。
プロヴァンスの人々は、地球上のどこよりも特典に恵まれた環境に生きていると信じきっていて、他所へ移る意思はない。
プロヴァンスの人々は、時間にせかされる今様のせせこましい風潮を嫌い、当然のことながら政府を信用することなく、「パリの出来そこない」と言って見下している。
フランス人が会話を彩る仕種(しぐさ)は、ほれぼれするほどだ。指、掌、腕、眉毛の自在な動きと声の抑揚によって論点を強調し、発言の内容を敷衍(ふえん)する話術が絶妙だ。
プロヴァンスではロゼが圧倒的な人気だ。見た目がいいし、料理は相手を選ばない。
プロヴァンスでは昼の食事がことさら重んじられている。商店はどこも、正午から午後2時まで休みをとる。週末の昼食は常にもまして大切とされ、とりわけ日曜は平日なら2時間の昼休みが3時間をこすのもざら。
ワイン・フェスティバルのとき市場(マルシェ)の屋台を冷かして食べ歩く。火を通さないソーセージ、ピザを一かけら、山羊のチーズを一口、さらにリンゴのタルトの甘い香りが鼻をくすぐる。そして、パスティス(食前酒)。フランス人は、1日にグラス2千万杯、年間に1億3千万リットルのパスティスを飲む。パスティスの滑らかな喉越しは、憂いを払ってくれる。
ああ、またまた南仏プロヴァンスの陽光を浴びながら、歩道のテラスでパスティスそしてキール・ロワイヤルを飲みながら、美味しいフランス郷土料理を味わいたくなりました。困った本です。でも手放せません...。
(2019年11月刊。1700円+税)

2020年4月26日

「フランスかぶれ」ニッポン


(霧山昴)
著者 橘木 俊詔 、 出版 藤原書店

フランスをこよなく愛する日本人は少なくないと思いますが、私もその一人です。
毎日毎朝、フランス語を勉強しています。恥ずかしながら、もう50年になります。それだけの裁月をかけている割には、ちっともうまく話せないのが残念です。
著者はエクサンプロヴァンスに3ヶ月も滞在したことがあるそうです。私も40代の初めに1ヶ月近く大学寮で寝泊まりしました。ポール・セザンヌの描いたサンヴィクトワール山がよく見えました。今から10年前にもう一度行ってみました。落ち着いたいい町です。
フランスの小説が日本に与えた影響は大きいが、かなりの割合で不倫を扱っているので、日本ではおおっぴらに語ることのできるテーマではなかった。
マルクスやエンゲルスもバルザックの愛読者だったし、最近のピケティは、『ペール・ゴリオ』のなかから得られた統計情報を、庶民の生活水準にてらしあわせて、人々がいかに苦しい経済生活をしていたか数字で証明しようとしている。
文芸誌『スバル』(漢字は昴です)の主幹は森鴎外であり、編集者は石川啄木など。寄稿者は啄木24歳、北原白秋24歳、木下杢太郎23歳、高村光太郎26歳という若さだった。みんな若いですね...。
フランス映画もいいものがたくさんありますよね。戦前の映画『天井桟敷の人々』は傑作だと思いますが、間接的に戦争中のナチスへの抵抗の姿を示した映画でもあるんですね...。アラン・ドロンよりもフランスではジャン・ポール・ベルモンドのほうが演技も人気も上だということです。
フランスでは哲学がリセ(高校)の必須科目になっていて、バカロレア(高卒資格試験)の必修科目です。初日の午前中に3時間の自由記述の難問です。
関東大震災のときに憲兵隊(甘粕事件)から虐殺された大杉栄は、アナーキストとして活動していましたが、父親は軍人で、本人も陸軍幼年学校に入っていました。フランス語を勉強していて、フランス語はペラペラでした。ベルリンで開かれる国際アナキスト大会に参加要請されてパリに行き、メーデーの会場で話をしたら逮捕されて、有名なラ・サンテ監獄に収監されたのでした。そして、日本へ強制送還されて2ヶ月後に虐殺されてしまったのです。
ファッションそしてフランス料理の世界でも日本人が数多く活躍していることも紹介されています。この本を読んで、私の下手なフランス語も引き続き続けて、なんとかモノにしたいと改めて強く思ったことでした。
(2019年11月刊。2600円+税)

2020年2月23日

ジャンヌ・ダルク


(霧山昴)
著者 竹下 節子 、 出版  講談社学術文庫

神の声を聞いてオルレアンの少女として立ち上がり、フランスを救ったジャンヌ・ダルクの話です。聖女になったのも当然だと考えていましたが、実は火あぶりの刑になったということは、キリスト教の信者にとって火葬されて灰になるということは、魂も閉じ込められたまま燃やされてしまうから魂までなくしてしまうということ。つまり、地獄よりもおそろしい虚無になる。火葬は、魂を悪魔に売り渡してしまったことが確かな異端にのみ許される見せしめでなければならない。
このように火刑になったジャンヌ・ダルクは、天国へ行く魂がない。聖造物となる肉体もないから、本来なら聖女になるチャンスはないはず。では、なぜ聖女になれたのか・・・。
キリスト教以前のヨーロッパには火葬があったし、民衆のなかには火葬の禁忌が必ずしも絶対ではなかったことが背景にある。
そのうえ、ジャンヌは、火刑にされる前に最後の聖体拝領が許され、フランシスコ会の聴罪僧がジャンヌの告解を聞いて罪の赦免を施している。司教がジャンヌにキリスト者として死ぬために必要な手続きを認めた。これがジャンヌの復権裁判、聖女とされる審議のときに有利に働いた。
では、なぜジャンヌは火刑に処せられたのか・・・。
ジャンヌは、いったん許された。ところが、再び男装した。問題とされた男装は、もともと馬に乗るために貸与されたものだった。また、戦場生活や牢獄生活では必需品だった。ジャンヌにとって、女の服を着て、一生、男の看守に乱暴に扱われたりするくらいなら、死んだほうがましだった。
ジャンヌは、牢獄に詰問にやって来た司教に、もう男装を手放すつもりはないと断言した。司教は「戻り異端」のジャンヌに、ためらうことなく死刑判決を下した。
オルレアンの勝利は、戦術よりも心理的要因に負うところが大きかった。神の言葉を掲げた軍を率いたジャンヌの存在は、それだけでひとつの奇跡のように受けとめられた。ジャンヌが擁している神よりも強い味方はいない。勝利と正義の二つを同時に保証してくれるからだ。
ジャンヌが魔女として火刑にされてからも、オルレアン市民のジャンヌへの評価は変わらなかった。一緒に戦ったジャンヌの男兄弟二人は、貴族になって大きな発言力をもち続けた。母親は、オルレアンから終身年金を受けた。トゥーレルが解放された5月8日は今も毎年、町の最大の祭りが続いている。
ジャンヌ・ダルクの活躍したオルレアンの町には、まだ言ったことがありません。ぜひ行ってみたいと思いました。
(2019年6月刊。960円+税)

2020年1月31日

テロリストの誕生


(霧山昴)
著者 国末 憲人 、 出版  草思社

フランスでイスラム過激派による大量殺人・テロ事件が起きたことは記憶にも新しいところです。朝日新聞ヨーロッパ総局長をつとめる著者がテロリストの詳細な実情を伝えてくれる貴重な本です。本文500頁の大部な本ですが、詳細かつ圧倒的迫力がありました。
テロリストたちはヨーロッパに生まれ育っていて、大部分が二世である。テロリストになるまで、ごくフツーのヨーロッパ市民だった。
クアシ兄弟が育ったところは暴力に覆われた場所だった。貧乏な人々を政府が放置した結果、彼らの怒りや恨みを増幅させた。兄が12歳、弟が10歳のとき、娼婦だった母親は大量の睡眠薬で自殺し、兄弟は孤児となった。
人は、もともとテロリストとして生まれるわけではなく、なにか唯一の衝撃的な啓示をもとに突然にテロリストに変貌するわけでもない。多くの人は、宗教とは無縁の世俗的な環境からイスラム主義者、ジハード主義者へと段階を踏みつつ、長い時間をかけて最終的にテロリストに行き着いている。
フランスの人口6000万人のうち、イスラム教徒は6~7%の300~500万人とみられている。ところが、フランスの刑務所のなかでは半分がイスラム教徒である。
著者が訪問したフルリ・メロジス刑務所は、3000人もの収容能力を有するヨーロッパ最大規模で、ここに働く1200人の看守の65%をインターン生が担っている。刑務所の内部にはケータイやビデオ、大麻が出回っていて、受刑者と訪問者が面会室で性交することもある。
刑務所の内部同士で、また外部との連絡をとるのは決して難しくはない。
フランスの刑務所では管理が杜撰なため、脱獄は意外に頻繁に起きている。
犯罪からテロへの移行の場所として大きな役割を果たしているのが刑務所だ。過激思想やジハード主義は、孤独と不安にさいなまれている受刑者に手っとり早い指針を与えてくれる。
テロリスト79人のうち57%は刑務所に入っていたことがあり、このうち31%は収監中に過激化した。
サラフィー主義者とジハード主義者は、しばしばカミーズ(ゆったりと身体を覆い尽くす白衣)をまとい、ひげをはやしている。
サラフィー主義は、一般的に暴力を認めない。これに対して、ジハード主義は、暴力行使も辞さない態度をとる。
いま、ヨーロッパのイスラム過激派は、犯罪集団か定職をもたない人々が支えている。アラブ系とユダヤ系とが共存してきた地区で育ちながら、「敵はユダヤ人」と思うようになっていった。
テロリストたちは、なぜユダヤ人にそれほどこだわるのか・・・。
イスラエルがいつも圧倒的な力を見せつけているパレスチナ紛争の影響から、フランスに暮らすイスラム教徒の相当数がユダヤ人に対して反感を抱いているのはたしかだ。
テロリストをとり巻く環境は、アルカイダ時代から大きく変化した。今ではユーチューブやツイッター、フェイスブック、ワッツアップなどという新技術を駆使して情報を交換しあっている。
ジハード主義の男たちが外で仕事をしたり、人と会ったりしているあいだに、女たちは家で本を読む。その結果、女たちのほうが宗教や理論に詳しくなり、しっかりとしたイデオロギーをi抱く。そして、妻が夫を「殉教」に送り出すと、「イスラム国」は素晴らしい住居も保障してくれる。「殉教者の妻」は、ジハード主義者のブルジョア的地位が約束され、天国にも行ける。つまり精神的利益だけでなく、物質的な利益も受けるのだ。ジハード主義の女性にとって、家族の命が奪われることは、悲しむべきことではなく、むしろ喜びである。
ええっ、本当にそう思っている女性がいるのでしょうか・・・、私には、とても信じられません。
パリで起きた大量殺人のテロ事件(2015年11月14日)では、テロリストは10人。そして、自爆、レストランやバーでの銃撃、劇場への立てこもりという複数の手法を組み合わせている。大勢が実行にかかわっていて、きわめて周到で組織てきな犯行だった。
テロリストになった若者の6割以上が移民2世。移民1世や3世は、ほとんどいない。また、キリスト教家庭からの改宗者が全体の25%というように多い。
「イスラム国」がふりまく英雄のイメージにひかれ、イスラム教社会の代表者であるかのように戦うことで英雄として殉教できる。生きることに関心をもたなくなり、死ぬことばかり考える。
大変考えさせられることの多い本でした。
(2019年10月刊。2900円+税)

2019年11月23日

太陽を灼いた青年


(霧山昴)
著者 井本 元義 、 出版  書肆侃侃社

フランスの若き天才詩人アルチュール・ランボー。日本の詩人がフランスに出かけて、ランボーの足跡をたどった本です。たくさんの写真があって、楽しく読めます。
ランボー狂いの著者はランボーに関する本を数十冊も読み、あらゆる評を読んでいます。
そして、ランボーが生まれたシャルルの地に立ち、その空気を腹一杯、吸い込みます。ランボーが酔いしれて彷徨したパリのカルチェラタンをランボーのように歩いてみます。パリにむかってランボーが旅立ったヴォンク駅は今は廃駅となって線路もありませんが、そこに立ち往時をしのびます。手に傷を負ったランボーが悲痛な時を過ごしたロッシュ村を訪れ、そこにあるランボーの墓石を何度も撫でます。
本書はランボーを狂おしいほどにしたう著者が、フランス国内を歩きに歩いてランボーの面影をたどった記録です。著者は仕事をリタイヤして70歳のころ、3年間、毎年3ヶ月間、パリに下宿してパリ近辺を歩きまわったという行動派でもあります。
ランボーが死んだのは、1891年11月10日、37歳だった。マルセイユの病院で亡くなった。葬儀は盛大だったが、参列者は母と妹の二人だけ。このころ、ランボーの詩がかつて賞賛されていたことを身内は知らないし、世間は天才詩人ランボーの死を知らなかった。
ランボーの最高傑作詩の一つ、「酔いどれ船」は、ランボーが16歳のときの作品。その詩に感激したヴェルレーヌから、「来たれパリへ、偉大なる魂よ」と招かれ、ランボーはパリへ旅立った。それからの4年間が、若きランボーの情熱がもっとも輝くときだった。
ランボーは1871年のパリ・コミューンに出会い、コミューン兵士の一員になる。しかし、兵舎のなかは驚くほど無秩序で、1ヶ月もたたないうちにランボーは兵舎を出た。このころ、まだ16歳の天才少年だ。
詩の意味は、色や匂いや言葉や音の組み合わせだ。
ランボーは詩作をやめた。しかし、著者は、そこからが本当の詩人ランボーの誕生だと強調しています。すべてを見てしまった書かざる詩人が誕生したというのです。
ランボーはアフリカに渡り、武器商人になったのですが、結局、取引相手にうまくあしらわれて赤字を出したようです。そして、病気をかかえてフランスに戻るのです。リューマチが悪化、腫瘍ができたのでした。
ポール・クローデルは、アフリカでのランボーの生活や手紙には何の意味もない、ランボーの文学の価値は前半で終わっているとしました。著者は、これに激しく抵抗しています。
私は正直言って、書かざる詩人という存在なるものが理解できません。心象風景を文字にしてこそ詩なのではないか・・・、と思うからです。
この本は私のフランス語勉強仲間である著者から教室で贈呈されたものです。早速読んでみました。私も言ったことのあるパリのパンテオンやサン・ジャック通りなど、なつかしい光景が見事な写真とともに紹介されています。
ありがとうございました。ランボーの一生がチョッピリ分かりました。
(2019年10月刊。1600円+税)

2019年10月 5日

パリ警視庁迷宮捜査班


(霧山昴)
著者 ソフィー・エナフ 、 出版  早川書房

いかにもフランスらしいエスプリのきいた警察小説です。フランスで15万部も売れた人気ミステリというのですが、なるほど、と思いました。
もう50年以上もフランス語を勉強している割には、ちっともうまく話せませんが、ともかく毎日、フランス語の勉強だけは続けています。毎朝のNHKラジオ講座と週1回の日仏学館通い、そして年に2回の仏検受験です。このところフランスに行っていませんが、フランスに行っていませんが、フランスには何回も行きました。駅やホテルそしてレストランで通用するくらいのフランス語は心配ありません。先日、東京でフランスの弁護士会との交流会があったようですが、そこで会話できる自信はまったくないのが残念です。
カぺスタン警視正は過剰発砲で停職6ヶ月となり、復職したばかりの女性。その下にとんでもない札付きの警察官が集められた。大酒飲み、ギャンブル狂、スピード狂、そして脚本家など・・・。その任務は長く迷宮入りとなっていた事件の再捜査。
部下たちは警察官といっても警部や警部補が多い。癖あるベテラン刑事たち。一見すると、無能であり、やる気のなさそうな、そして人づきあいの悪そうな警察官たちが、なんと、すこしずつ重要な手がかりを得て、一歩一歩、疑惑を解明して、真相へ迫っていきます。
フランスの警察署の雰囲気って、こんなものなのかな、きっと日本とは違うんだろうな・・・、そう思いながら、フランス式捜査の歩みを堪能できる警察小説でした。
(2019年5月刊。1800円+税)

2019年4月13日

わたしが「軽さ」を取り戻すまで

(霧山昴)
著者 カトリーヌ・ムリス 、 出版  花伝社

2015年1月7日、パリで起きたテロ事件。雑誌「シャルリ・エブド」の編集部が襲撃され、12人の同僚を失った女性の話です。マンガになっています。
この日、著者は幸運にも遅刻したのでした。もっとも、犯人たちは女性は殺さないと叫んでいたようですので、遅刻しなかったとしても助かったのかもしれません・・・。
しかし、同僚12人を一挙に亡くした生存者にとって、当然のことながら、その心の痛手はいかにも深いものがあります。
しかも、1週間後の1月13日には、さらにパリ同時多発テロ事件が起きました。このときの死者はなんと130人です。劇場が襲撃されたのでした。
トラウマから解離が起きる。巨大なストレスに襲われると、多大なアドレナリンとコルチゾールを発生させ、そのために死に至らせることがある。それで脳は反射的に自分を解離させる。
あなたの脳が解離して、感情、感覚、記憶の麻痺を引き起こした。自分の中が壊れていることの傍観者になっている気がする。まさに、それが解離なのだ。
「シャルリ・エブド」は、フランスの有名な風刺新聞社だ。犯人2人は兄弟で、別のところも襲撃して、警察の特殊部隊によって射殺された。
著者も報道マンガ家でしたが、事件のあと退社して、現在なお、完全に仕事復帰ができていないとのことです。
マンガによって、視覚的に著者の苦しみが切々と伝わってきます。
(2019年2月刊。1800円+税)

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー