弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

フランス

2021年10月 8日

ドレフュス事件


(霧山昴)
著者 アラン・パジェス 、 出版 法制大学出版局

1894年10月、ドレフュス大尉が逮捕された。これがドレフュス事件の始まり。ドレフュスは、ユダヤ人の軍人。ドイツにフランスの軍事機密を売り渡していたという容疑。ドレフュスは3回、軍事裁判で有罪を宣告された。ドレフュスを弁護して、「私は告発する」を新聞紙上で大々的に書いたエミール・ゾラも有罪となった。ところが、真犯人の士官エステラジーのほうは、あとで逮捕されたが、軍法会議で無罪となり、イギリスへ逃げた。
ドレフュスは有罪となり、陸軍士官学校の校庭で公に軍籍を剥奪され、仏領ギアナの悪魔島に送られた。
真犯人を突きとめたピカール少佐(やがて中佐)は、解任されてチュニジアへ左遷された。その後任のアンリ少佐(これまた中佐に昇任)は、ドレフュス有罪の証拠をねつ造。それがバレて、独房で自殺した。
このころ、パリ市内には、「気送速達」というシステムがあったそうです。市内の地下にある下水道を利用して、気送管の中に薄い便せんか葉書を瞬時に送ることができました。こんなことがあったなんて、知りませんでした。
ドレフュスを有罪とした「証拠」である書面について、筆跡鑑定がなされました。私は今でも筆跡鑑定は科学的な根拠に乏しいと考えていますが、この当時は、まかり通っていたようです。
ある鑑定士はドレフュスの筆跡ではないが、それはドレフュスが故意に自分が書いているのに、自分が書いたものではないと思わせるようにしたからだ、なんて、とんでもない鑑定書を書いて、それが採用されたというのです。これでは、まるで神がかりのようなマンガです。
ドレフュスは悪魔島で快適に過ごしている、食事も専用の献立が準備されているという、見てきたかのようなキャンペーンがはられた。真実は、地面にアリやクモがはいまわるような小屋に閉じ込められ、散歩なし、足には鉄の輪をはめてベッドにしばりつけられていた。
真犯人のエステラジー少佐は、その日暮らし、たくさんの借金をかかえて追い詰められ、ドイツ大使館にいくらかの軍事情報を売って苦境を脱しようと考えた。亡命先のイギリスでは「伯爵」と名乗っていたが、貧窮の末に亡くなった。
ドレフュス有罪を叫び続けた側は、「ユダヤ組合」説を考え出した。お金持ちのユダヤ人たちは、彼らと同じユダヤ人裏切り者ドレフュスの無罪放免を得るため、莫大な資金をつかって国際的な組合をつくっているというもの。
昔も今も、ユダヤ人の陰謀、国際的謀議が展開されるのですね。
反ユダヤ主義は、今でも根深いものがありますが、これって、やはり日頃の生活のうっぷん晴らし、またユダヤ人の財産をとりあげて毎日の苦しい生活を少しでも楽にしようという発想から、間違った(事実誤認の)考えに毒されて、自己の行為を正当化するものです。
ドレフュス事件は、10年以上もフランスの世論を二分して激しく議論が展開されたのでした。この本は昔の本の復刻版ではありません。
(2021年6月刊。税込3740円)

2021年8月19日

テンプル騎士団全史


(霧山昴)
著者 ダン・ジョーンズ 、 出版 河出書房新社

神の教えと剣(つるぎ)に生きた男たち。巡礼者でありながら戦士。貧者でありながら銀行家。それがテンプル騎士。
テンプル騎士団は、11世紀から14世紀にかけて、中世ヨーロッパと聖地に存在していた多くの修道会の一つ。知名度の高さは群を抜いていて、どの修道会よりも物議をかもした。
テンプル騎士団の設立は1119年。当初こそ貧しかったものの、やがて国王や教皇らと親しい関係を築いた。戦費調達を助け、国王の身柄解放のためのお金を貸し付け、王国政府の財務管理を請け負い、徴税し、城塞を建設し、町を治め、軍隊を訓練し、貿易摩擦に介入し、ほかの騎士修道会と暗闘をくり広げ、政治的な抹殺もいとわず、特定の者を王位につける手助けもした。当初こそ貧しかったものの、テンプル騎士団は、ついに強大な組織となり、中世後期まで存続した。
14世紀はじめ、突如、テンプル騎士団の総長以下が逮捕された。男色と異端の温床として迫害され、拷問を受け、見せしめの裁判にかけられ、自白させられ、集団で総長以下は火あぶりの刑に処せられた。そして、テンプル騎士団の全財産が没収された。
1307年10月から11月にかけて、フランス王フィリップ4世の命令によってジャックド・モレー総長以下、数百名のテンプル騎士団のメンバーが逮捕され、容赦ない拷問にかけられた。テンプル騎士団に入団するとき、背中やへそに口づけし、三度キリストを否認し、十字架に唾棄する。これを自白させられた。テンプル騎士団のメンバーは拷問に耐えられず、とりあえず自白し、教皇の赦しを得ようと考えた。
ところが、当初はフランス王の強引さを嫌っていた教皇も、自白による証拠をたっぷり見せつけられ、ついにテンプル騎士団を有罪と信じるようになり、フランス王の要求を受け入れても仕方ないと考えるようになった。こうやって、テンプル騎士団の逮捕されたメンバーは、1307年から3分の1が耐えられずに5年内に死亡した。
テンプル騎士団は無罪だという陳情が始まると、フィリップ4世は、急いで54人を火あぶりの刑に処した。すると、それを見て、恐怖のあまり、たちまち陳情団のメンバーは腰くだけになった。
人間は拷問に弱いものです。フィリップ4世はテンプル騎士団を亡きものにし、その全財産の没収を図った、つまり明らかな冤罪事件だったのです。
テンプル騎士団の残った全財産は聖ヨハネ騎士団に譲渡されたというのですが、フィリップ4世が損したはずはありません。テンプル騎士団を抹殺したフィリップ4世は同じ1314年、わずか46歳で亡くなり、フィリップ4世のに逆らえなかった教皇のクレメンス5世も病気で亡くなった。
テンプル騎士団は聖地回復を目ざす十字軍の戦闘のなかで目ざましい役割を果たした。テンプル騎士たちは、「人を殺すなかれ」ではなく、キリスト教の敵を殺すこと(殺人)が認められていた。
博愛主義をモットーとしているはずの宗教が異なる宗教の信徒を殺してもいいとしていること、さらには、同じキリスト教であってもカトリックとプロテスタント同士で平気で殺しあってきたことを知るにつけ、どうしても私はキリスト教を信じることができません。
テンプル騎士団の総長は選挙で選出されていた。これはローマ教皇と同じですね。
イスラム教徒の戦術は長い年月をかけて磨かれ、電光石火の奇襲を得意としていた。丸兜をかぶり、腰に矢羽の入った矢筒をぶら下げた騎兵が突然あらわれ、突進してくる。ぎりぎりまで近づいたかと思うと、馬の手綱を引き、ぐるりと回って、退却しながら矢を一斉に放つ。相手は不意打ちを受け、血を流し、混乱に陥る。こうした攻撃が波のように押し寄せ、騎兵たちは矢羽を雨あられのように降らせたかと思うと姿を消し、馬を代えて、新たな攻撃をしかけに戻ってくる。
400キログラムほどの軍馬を、片手が手をつかわず見事に操り、疾走する馬の上から重たい弓を引き、非常なまでの正確さで、敵の馬の首や頭、わき腹など、あちこちに狙いをつけて放つ。機動性の高い小グループで行動し、次々と押し寄せて敵に一息つく間も与えない。至近距離での戦闘では、矢を背中に吊り下げて剣を振るい、槍を突き刺す。
これに対して重要なことは、奇襲に遭遇しても、規律を乱さず反撃に出ること。当初の十字軍は、これが出来なかったようです。
テンプル騎士団は軍事能力と諜報能力を駆使し、イスラム教徒の軍団、そしてモンゴル軍団と互角に戦ったようです。しかし、その戦闘は無慈悲なもの。負けたら殺されるか、捕虜は奴隷として売られるか...。
本文のみで440頁という部厚い本ですが、この有名な騎士団の顛末(てんまつ)を知りたくて夏休みに一気読みしました。最後まで当初の期待が裏切られることはありませんでした。
(2021年4月刊。税込5390円)

 梅雨のようなお盆でした。雨がやんだとき庭に出て少し雑草を抜きました。カボチャのツルが伸びているのをひっぱったら、雑草の中から大きなカボチャがころがり出てきました。これは植えたのではありません。生ゴミを庭に埋めたところタネから自生したのです。放っておいたら、ぐんぐんツルを伸ばしていきました。実は、四方にツルが伸びていたので、カボチャがゴロゴロとれるかなとは思っていました。
 さて、問題は味のほうです。前に、自生したスイカを食べたら、形も色もスイカなのに、ちっとも甘くないということがありました。今度のカボチャは、まあまあの味で、ほっとしました。でも、最近のカボチャって、すごく甘いですよね。それに比べると甘さが足りませんが、文句は言えません。
 今、サツマイモの葉が茂っています。秋が楽しみです。

2021年4月 3日

フランス人の私が日本のアニメで育ったらこうなった


(霧山昴)
著者 エルザ・ブランツ 、 出版 Du Books

久しくフランに行っていませんが、10年前までは、毎年夏になるとフランスに1~2週間は行っていました。最大40日間(40代初め)、そして還暦前祝いで2週間、南仏めぐりをしました。そのとき驚いたのは、パリではなく地方の都市にマンガ本専門の店があることです。マンガ本というのは、まさしく日本のマンガ本です。もちろんセリフはフランス語です。ワインのうんちくを傾けた有名なマンガ本(名前をド忘れしてしまいました)は、私にとってフランス語の勉強になりますので、すぐに購入しました。
最近、NHKラジオのフランス語教室(応用編)でドロテという女性が日本のマンガ、アニメを紹介していると放送していましたが、この本にもドロテが登場するのです。
この本の著者はフランス人女性のマンガ家です。なるほど絵はまったく日本のマンガそのもので、何の違和感もありません。著者の夫もマンガ家だそうです。とてもカッコ良く描かれています(もちろん、本人も...)。
好きなマンガ家は高橋留美子だとのことです。フランスで人気ナンバーワンといいますが、私は読んだ覚えがありません。
著者は、まったく日本のマンガに毒されてしまった、夢見る乙女だったようです。13歳のとき、すでに将来はマンガ家になると親に宣言したというのです。それを実現したのですから、すごいです。
フランスのコミック市場は、2018年に600億円。日本は4414億円。フランスの年間総売上部数4400万部のうち1700万部は日本マンガ。フランスで売られるコミックの4割近くは日本のマンガ。
いまフランスで人気があるのは、「ワンピース」や「進撃の巨人」など。少年向けのコミックが人気。そして著者のように、フランスで日本流のマンガを描く人も数多く出ている。
著者は池田理代子の「ベルサイユのバラ」にもはまったようです。そして、この「ベルバラ」は、なんと実写映画化されているんですね...。知りませんでした。
著者の娘12歳も息子9歳も、マンガやゲームに夢中のようです。
「こねこのチー」(こなみかなた)がフランスの子どもに大人気なんだそうです。これまた、知りませんでした。どんなストーリー展開なのでしょうか...。フランスって、日本に次いでアニメ・マンガ大好きな国なんですね。たしかに日本のマンガの質が高いことは認めます。
「家裁の人」や「ナニワ金融道」などは弁護士にとっても必読文献だと、私は本気で真面目に考え、若い人にすすめています。
フランスを知ることにもなる面白いマンガ本でもあります。
(2019年12月刊。税込1320円)

2021年3月22日

フランスの小さな村を旅してみよう


(霧山昴)
著者 木蓮 、 出版 東海教育研究所

フランスに久しく行っていません。本当は、この夏にドイツからフランスをめぐる予定でした。娘がドイツに住んでいるので、娘に会うついでにフランスまで足をのばすつもりでした。コロナ禍のおかげで、早々に断念してしまいました。
毎日フランス語を勉強していますので、その割にはちっとも上達しませんが、旅行するのはなんとかなります。よそに行って困るのは、今どきスマホをもたないことくらいです。
この本はフランスに住む、日本人女性がフランス中を旅してまわっているなかで、55の小さな村を写真つきで紹介しています。
フランスでは「美しい村」として159村が認定されています。私もそのうちのいくつかを訪問したことがあります。不思議なことに、住民はいるものの、日本だったらどこにでもある野外広告の看板などを見かけませんでした。もちろん自動販売機があちこちにあるなんてことはまったくありません。
なので、昔ながらの村の風景がそのまま残っている感じなのです。とてもいい感じです。もっとも、旅行者にはいいのですが、住んでいる村人にとってはどうなのでしょうか...。
この本のなかに、たった一つだけ行ったことのある村が紹介されています。私が行ったのは、映画『ショコラ』の撮影地にもなったフラヴィニー・シュル・オズランです。ここは、アニス・キャンディーが名物です。交通の便はとても悪くて、列車でどこかの駅でおりてからタクシーに乗っていったと思います。
そうなんです。小さな村とか美しい村というのは、たいていとんでもなく不便な土地にあるのです。まあ、それだけの苦労して行くだけの甲斐はあるわけですが...。
日本と違って、フランスでは、昔の建物はなるべく外観はそのまま残すのが当然だという国民感情があるようです。日本だと、辺ぴな山奥に行ってもツーバイフォーで建てた近代的な家があっても驚くことではありませんよね...。
コロナ禍が早くおさまって、フランスにまた行ってみたいと思っていますが、今のところは、こうやって写真集を眺めるだけでガマンガマンです。
(2020年10月刊。2300円+税)

2021年2月18日

命を危険にさらして


(霧山昴)
著者 マリーヌ・ジャックマンほか 、 出版 創元社

5人のフランス人女性戦場ジャーナリストの証言です。
彼女らはフランス最大のテレビ局TF1で働いています。戦場での現場での映像取材ですから、まさに生命がけの危険な仕事です。実際に、爆撃されて生命を落とした仲間もいます。
なので、一番大切なのは、取材を終えて、無事に戻ってくること。恐怖をコントロールし、情に流されずに冷静さを保ち、一瞬で判断をくだし、ジャーナリストとして自分がやるべきことに集中する。
戦場に行く前にフランス軍の主催する数日間の研修、特殊部隊の訓練を受ける。銃撃戦に巻き込まれたときに車から脱出する方法。パニックになって弾丸が飛んでくる方向のドアを開けてしまう可能性がある。また、銃で狙われているとき、部屋の隅には避難しない。弾がはねかえってくる危険がある。銃撃を受けたとき、身を守るためには車のエンジンブロックのうしろに隠れる。木のうしろはダメ。
人質にとられたときの模擬訓練では、目隠しをされた状態で、自分のいる空間を把握し、時間の感覚を失わない方法を学ぶ。体力を温存し、肉体的にも精神的にもできるだけ長いあいだもちこたえられるようにする方法も教わる。
子どもの写真を財布に入れておかない。これは感情的な弱みを握られないため。
恐怖を感じない人はいない。出発前に恐怖を感じるには耳を傾ける。恐怖は誠実な友人のようなもので、実際の危険や想像上の危険を知らせてくれる。一度認めたら、その恐怖と距離を置いて、忘れるようにする。
戦場ジャーナリストは、戦争によるアドレナリンが麻薬のようになってしまうことが多い。兵士も戦場の経験が病みつきになる人がいるのと同じですね...。
戦場ジャーナリストの仕事は、学校や教科書で学ぶことはできない。現場で習得する。経験だけが、これほど特殊な仕事について教えてくれる。それは、もっとも基礎的なものから、もっとも複雑なものまで、さまざまな状況から救い出してくれる。
フランス特有の専門職である映像ジャーナリストは、カメラで撮影するのが仕事だが、ジャーナリストとしての教育も受けている。
実際、彼女らはフランスの超エリート校である政治学院(シアンスポ)を卒業したりしています。彼女らは、シリアに行き、リビアに行き、ルワンダに行って、死体の山々を現地でみて、カメラで映像としてとらえているのです。
日本のNHKにも、そんなカメラマンがほしいところですよね...。「アベさま(今はスガさま)のNHK」ではなく、国民のためのNHKであってほしいものですが...。
それにしても、フランスの女性もすごいです。戦場に行ってもドライヤーは必携だし、化粧道具も欠かせません。自らの顔を出した映像を送るからには、きちんと化粧しておくのは視聴者への敬意のあらわれだというのです。そのプロ根性には頭が下がります。
(2020年1月刊。1600円+税)

2020年12月30日

アーニャは、きっと来る


(霧山昴)
著者 マイケル・モーパーゴ 、 出版 評論社

ナチス支配下のフランス。スペインとの国境に接するピレネー山脈のふもとの山村が舞台です。主人公はヒツジ飼いの13歳の少年ジョーです。
ジョーの父親はフランス軍に招集され、今ではドイツで捕虜生活をしています。一緒に住むのは母親とおじいちゃん、そして小さな妹という一家4人の暮らしです。
12月初めに天神の映画館でみていましたので、スト―リー展開は無理なく理解できます。
ヒツジたちを山へ追いまた帰ってこさせる風景がすばらしい。空にはワシやタカが飛び、ヒツジの番犬とともにヒツジの世話をしますが、どうしても眠たくなります。そんななか、ヒツジたちがクマに襲われます。あわててジョーは逃げだし、不思議な男性と山中で出会うのです。ユダヤ人でした。ピレネー山脈をこえてスペインに逃げ込もうというのです。しかも、子どもたちを連れて...。ところが、村にやってきたナチスの兵士たちは山中を見まわり、容易なことではありません。子どもたちは次第に増え、10人をこします。食料の確保が大変です。
ナチス兵の伍長が怪しみます。でもベルリン空襲で娘を亡くした伍長は自分たちは、ここで何をしているのか、何を目的としているのか、自問自答し、ジョーたちの行動を見て見ぬふりをしてくれたのです。
ついに子どもたちを全員ピレネー山脈からスペインへ逃がす行動が始まります。でも、いったい、どうやって...。
ここで謎ときはしません。
娘のアーニャがきっと来ると確信していた父親は逃亡に成功した...、かと思うと...。
戦後、ついにアーニャが村にやってきます。実話をもとに組み立てられた小説です。
同じ著者の『戦火の馬』はスピルバーグで映画化され、私も映画館でみました。本作と同じファンタジックなストーリーでした。
コロナ禍で息が詰まりそうな毎日です。たまには、こんな息抜きもしないとやっていけません。といっても主題は重たいのですが、村人が力をあわせてユダヤの少年少女たちをスペインへ送り出すのに成功するというストーリーは、心を癒してくれます。フランスが舞台ですからフランス語の勉強になるつもりで行ったら、英語だったので、残念でした。
(2020年3月刊。1400円+税)

2020年11月15日

ナポレオン戦争


(霧山昴)
著者 マイク・ラポート 、 出版 白水社

皇帝ナポレオンの偉大さを究明するというより、ナポレオンの戦争遂行の実際を科学的に実証しようとした本です。なるほど、そういうことだったのかと、何度もうなってしまいました。著者はイギリスの歴史家(グラスゴー大学の准教授)です。
ナポレオンは横暴な両親による粗野な教育や兄弟たちとの激しい競争の下で育った。
ナポレオンは、怨恨と不満の塊でもあり、それがサディズムのような暴力への衝動につながった。
ナポレオンは、コルシカに育ち、氏族主義を抱き、生涯を通じて自分の家族の利益を増進させた。ただし、ナポレオンは王朝を望んだのではなく、むしろ権力の充足を目ざした。だから、家族であっても逆らったり、期待にそえなかったら、その人物は排除された。
フランス革命のナショナリズムは、正統な政府はフランス国民からのみ生じるという考えにもとづいている。だからこそ、ナポレオンは、「フランスの皇帝」ではなく、「フランス人の皇帝」として自分を戴冠した。
ナポレオンは、すべての兵士が将校へ昇給できるようにし、実際にも、在任中、それを実施した。すなわち、老練な兵士が下士官から将校できるようにした。たとえば、フランス軍の将軍2248人のうち、67%が貴族以外の出身だった。1804年のナポレオンの元帥18人のうち貴族出身と自称できたのは5人だけだった。ナポレオンは、フランスの軍隊に対して、垂範、プロパガンダ、顕彰、懲罰を用いて兵士に意欲を起こさせた。
ナポレオンの他国の領土支配の目的は、兵卒、資金、物的資源を戦争戦術に供出させることにあった。
ナポレオンのもとに、フランスの全人口の7%(これは適格者の36%)が徴兵された。この当時のフランスの人口は3000万人、ロシア4000万人、そしてイギリスは1500万人だった。
ナポレオン軍はロシア(モスクワ)までに全軍兵士の3分の1を脱走で、また、性病、チフスという病気によって失った。
(2020年7月刊。2300円+税)

2020年10月11日

ドイツ人の村、シラー兄弟の日記


(霧山昴)
著者 ブアレム・サンサール 、 出版 水声社

ドイツ人の村というから、ドイツの話かと思うと、フランス人作家によるフランス、アルジェリア、ドイツなどを舞台にした小説です。
アルジェリアの半砂漠地帯には、元ナチス将校たちが生活する「ドイツ人の村」が現実に存在しているとのこと。
この本では、父親がアルジェリアの小さな村で生活しているところを、イスラム過激派が襲いかかって、残虐な皆殺しを遂げたという展開から始まります。
ですから、両親を殺されたシラー兄弟は被害者なのですが、実は父はナチス親衛隊の将校として、アウシュヴィッツなどの絶滅収容所と関わりをもっていたのです。そのことを証明するような資料を入れたカバンを兄が発見したことから話は展開します。
兄は、その内容に衝撃を受け、父の生前の挙動を探りにドイツなどを歴訪し、次第にナチス将校としての亡父の犯した行為を自らの責任であるかのようにとらえ、苦しみはじめた。そして、ついに兄は自死を選択し、決意して実行する。
父は人間一人を殺したのではない。二人殺し、それから百人、次に数千人、さらに数万人を殺した。父は憎しみと隷属に浸り切っていて、父の頭に穿たれた穴は底なしだった。そして、終局を迎えたとき、父は自分の犠牲者たちに背を向けて逃げることを選んだ。それは、犠牲者たちを、もう一度殺すことに等しかった。これから、父と父の犠牲者たちの分の支払いを、私が間違いなく履行することにする。しごく当然のことにすぎない。父の犠牲者たちが、どうか私たちを赦してくださいますようにと願う。これこそ、私にとって一番大事なことなのだ。とはいえ、私の死は、何かの取り返しをつけるものではない。ささやかな愛のしぐさだ。
兄は日記にこのように書き、自死を実行した。
兄は銃を撃ちこむとか、橋から飛び降りるとか、電車に飛び込むといったスピーディーな方法を選ばずに、じわじわと死んでいった。自殺自体が目的ではなかった。兄が望んでいたのは罪を償うことで、だから、父の犠牲者たちと同じようにガスで死にたいと願った。自分が死んでいく過程をじっくり見つめた。それが父に代わって支払いたいと望んだ代価だった。絶滅収容所で亡くなった犠牲者たちに償いをし、父の子どもとして背負っている負債の重荷から弟を解放するために...。だから、自殺という言葉は、ふさわしくない。
アルジェリアに生まれた、日本の団塊世代と同じ世代の著者は、フランスでは著名の作家だそうです。この本を読んでいる最中に、NHKの特集番組でアウシュヴィッツ収容所の地中から発見されたゾンダーコマンドたちの通信文が紹介されていました。3人の氏名が判明し、その顔写真が紹介されていたのですが、なんとその一人は戦後まで生きのび、54歳でギリシャで亡くなったとのこと。その娘さんに対しては何も語らなかったそうです。いやはや、大変な経験をした(させられた)ゾンダーコマンドの人が生きのびていたとは驚きました。
(2020年4月刊。3000円+税)

2020年10月 8日

彼女たちの部屋


(霧山昴)
著者 レティシア・コロンバニ 、 出版 早川書房

主人公は40歳の女性弁護士、ソレーヌ。富裕層の住むパリ郊外で生まれた。両親は、ともに法学者で、子どものころから頭が良くて感受性豊かで、真面目。学業では挫折を知らず、22歳で弁護士資格を取得し、パリの有名法律事務所に就職した。すべてが順調。
母になることを夢見ることもなく、山積みの仕事のため、週末もバカンスも放り出し、睡眠不足で、走り出したらとまらない特急列車のような日々を送っている。
ある日、依頼者(クライアント)が脱税の罪で裁判となり、判決の日、検察側の求刑どおり懲役(実刑)と数百万ユーロの賠償を命じられた。依頼者は、判決を聞いた直後、裁判所の建物の巨大な吹き抜けに身を投じて自殺してしまった。
ソレーヌのショックは大きく、路上でガス欠したように立ち往生した。入院先の病室で、カーテンを閉めきったまま何日も起きあがれない。光に耐えられない。そのうえ、交際していた彼との予期しない破局がやってきた。その墜落の衝撃はすさまじかった。もう元の法律事務所には戻れない。裁判所に入ることを考えただけで吐き気がする。
よい弁護士とは、心理カウンセラーであり、信頼できる相談相手である。ソレーヌは、身を引いて相手に意中を吐露させる術を身につけていた。ソレーヌはパリにある「女性会館」で代書の仕事をすることにした。ボランティアの仕事で、あくまでリハビリのつもりだ。
スーパーで買ったヨーグルトが2ユーロだけ高く払わされた。手紙を出して取り戻したいという依頼を受ける。冗談かと思うと真剣な顔つき。手紙を代書した。翌週、2ユーロが戻ってきたと、お礼を言われた。胸が熱くなった。法律事務所では莫大な金額の争いを担当し、もらった弁護料も途方もない金額だった。しかし、どれも心底からの喜びは感じていなかった。しかし、この2ユーロを取り戻したことを聞いて、ソレーヌはなすべきことをした実感、いるべきときに、いるべき場所にいるという実感をおぼえた。これまで飲んだ高価なシャンパンにまさるとも劣らない、おいしいお茶を味わった。
ソレーヌは、パソコンを使うのをやめて、紙とエンピツで書くようにした。そして、手紙を代書する。そのなかで言葉を取り戻した。人の役に立っているという実感は何ものにも代えがたいものがある。
ヴァージニア・ウルフは、書くためには、すこしの空間とお金がいる。それと時間だという。ソレーヌには、三つともある。では、なぜ、書かないのか...。
「女性会館」に来て、代書のボランティアをするうちに、言葉たちが戻ってきてくれた。もしかして、これがセラピーの意義なのかもしれない。人生の流れに、抜け出した地点から入りなおす。勇気がいる。だが、いまのセレーヌには勇気がある。
「女性会館」に入る前、その女性は15年間も路上生活を送った。外では何もかも盗られる。金も身分証も電話も下着も。歯のかぶせ者すら盗まれた。レイプもされた。54回。その女性は数えていた。襲われないため、髪を切って女に見えないようにした。女と分かれば、路上では生き残れにない。
言葉だけでは足りないときもある。言葉が無力なときは、行動に出なければ...。
パリに実在する「女性会館」が創立するまでの苦労話をはさんで、現代に悩みながら生きる女性弁護士ソレーヌの自分らしさを取り戻す話が進行していくのですが、ともかく読ませます。すばらしいです。
フランスの小説は、えてして抽象的で難解なストーリーが多いように思いますが、これはもちろん深みはありますが、言わんとすることはきわめて明快です。ぐいぐいと1920年代のパリと現代のパリの両方の話に思わずひきずり込まれてしまいました。
(2020年6月刊。1600円+税)

2020年9月21日

教養としてのフランス史の読み方


(霧山昴)
著者 福井 憲彦 、 出版 PHP

フランスのルーツは複雑。フランス人のルーツはケルト系ガリア人であると同時に、ラテン系ローマ人であり、ゲルマン系フランス人であるとも言える。
フランスは、その国土の形からエグザゴン(六角形)とも称される。アメリカのペンタゴンは五角形でしたか...。
フランスは、フランク王国が出発点となっていて、ラテン語のフランクスは、非常に勇敢な、大胆な人々という意味。
フランスでは、中世までは属人原理で人は動いていた。属人原理では、もし君主がだらしないと思ったら、見限って別の君主につくということが可能だ。
カペー王朝は1328年まで、15代341年間もの長きにわたって続いたが、その大きな要因は歴代の王が直系の跡継ぎ(男子)に恵まれたことにある。これをカペー王朝の軌跡ともいう。ちなみに、カペーとは、一種のあだ名であり、修道院長として羽織っていたコートを意味する。
フランスでは長子相続が原則となったことから、相続にあぶれた人たちの受け皿となったのが一つは教会と修道院であり、もう一つが国王や領邦君主のもとで騎士として仕えることだった。
1906年、最初の十字軍が行われた。このころ、ヨーロッパよりもアラブ・イスラム圏の方は経済的にも文化的にも優位にあった。当時のヨーロッパには輸出する産物はほとんどなかった。ヨーロッパにとって、地中海の東は富の豊かな地域だった。なので、所領のない騎士たちは、領地の獲得と一攫千金を夢み、富を求める商人たちも同行していた。
キリスト教会が庶民への布教に力を入れるのは10世紀以降のこと。それまでは支配者である貴族層の宗教だった。
フランスの王家とイングランドの王家は、王家そのものの血統だけでなく、そこにさらにフランス人の王女が嫁ぐという形で、複雑につながっている。
百年戦争は、フランスにとっては、イングランドとの戦争というだけでなく、内戦でもあった。すなわち、相続争いにからんだ王位継承と勢力範囲の拡大争いだった。
フランスの王権強化は必ずしもスムーズに進行したわけではない。
1643年、ルイ13世が40歳で亡くなったとき、ルイ14世はまだ5歳に満たない幼児だった。母が摂政となり、イタリア出身のマザランが宰相となった。そしてフロンドの乱が起きて、マザランは国王一家とともにパリを脱出して、郊外に逃れた。この嫌な記憶から、長じたルイ14世はヴェルサイユ宮殿を築いて住むようになった。
ルイ14世は、1661年に宰相マザランが亡くなり、22歳にして実権を握った。そして、貴族改めを実施した。ルイ14世の統治期間は54年間に及び、そのうち31年間は戦争をしていた。ルイ14世は、戦場に自ら足を運び、兵士を鼓舞した最後の国王だった。
ルイ14世は戦争に莫大な経費をつぎ込んだが、同じくヴェルサイユ宮殿の建設と宮廷社会にも莫大な資金をつぎ込んだ。実は、これは、ありあまる富をつぎ込んで壮麗な宮殿をつくったのではない。苦しい財政のなかで、莫大な借金をしてつくりあげたものだ。それは、王権の強さを象徴的に示すものが必要だったから。人の心をつかむには、文化的かつ象徴的なもので王権を示すことが必要であるとルイ14世は考えたことによる。
ルイ14世の治世において、実際の経済状態は決して良好ではなく、借金によって支えられていた。それは国内の金融家たちからの借金だった。たとえば徴税業務を請け負う人々だった。ところが、ルイ14世はナントの王令(勅令)を廃止して、ユグノーを弾圧したため、20万人もの大量のプロテスタントが国外に亡命した。これによってフランス経済は大きな打撃を受けた。ユグノーには非常に優れた技術者や職人・承認が数多く存在していたからだ。
ルイ14世は絶対王制といっても、限界があった。戦争のための特別税にしても、諸侯の合意を得ながら徴収されていた。したがって、ルイ14世が亡くなったとき、フランスの財政は危機的な状況に陥っていた。ルイ16世は、ルイ15世の孫にあたるが、兄が2人いたので、王位に就くとは思われていなかった。そのため、王になるための教育をまったく受けていなかった。フランスの国庫は、すでにひどい赤字状態にあった。
ルイ16世は無能な王だと言われるが、帝王教育を受けておらず、国政に強い関心をもっていなかったのは事実。
ルイ16世は、自分の考えにもとづいて行動するのではなく、周囲の圧力に負けて決断していた。優柔不断の態度をとり続けたため、ついに国民から「裏切り者」と断罪されてしまった。
フランス革命における民衆の暴力性は、王制下の暴力的なやり方を見てきた民衆が、それにならっただけのことで、民衆だけが野蛮で暴力的だったわけではない。
大学生のとき以来ずっとフランス語を勉強していながら、ちっともうまく話せませんが、フランスに関心を持つ身として、とても面白くフランス史を勉強することができました。
とりわけ、「太陽王」と呼ばれたルイ14世と民衆によってギロチンにかけられたルイ16世についての記述は知らないことばかりで、目が洗われる思いがしました。
(2019年12月刊。2000円+税)

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