弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2015年7月 1日

どうして就職活動はつらいのか

社会

                             (霧山昴)
著者  双木 あかり 、 出版  大月書店

 この本を読んで、ようやくシューカツの問題点を少しばかり分かりました。私自身はシューカツを真面目にしたことがないので、ぴんと来なかったのです。
 私が大学を卒業したのは40年以上も前のことになりますが、そのころは、学生のほうが企業を選べていた時代でした。本気じゃない私も、一社だけは就職面接に友人に同行したことがあります。本気ではなかったというのは、私の本命は司法試験だったということです。
 この本は、2009年4月に一橋大学に入学した女性が、シューカツの苦しみを体験に基づいて語ったものです。本当に大変だったんだなと身につまされました。
 就職失敗で自殺した大学生は、2008年に22人、2012年には45人にのぼった。14%もの学生がシューカツでうつ状態に陥っているという調査もある。
 シューカツの不安の根源には、若者の日本社会への強い不信がある。
 その点は、弁護士でもある私にもよく理解できます。大企業本位、若者の使い捨てを賞賛するような企業論理ばかりが横行するなかで、きちんとした会社には行って正社員になりたいと考えるのは、誰だって当然です。でも、それが、至難の状況になっています。
シューカツが大変なのは、新卒採用という、ほぼ一度きりの機会に限定されていることになる。
 シューカツが深刻なのは、その過密なスケジュールによる具体的・精神的な疲労である。大学4年生になったら、4月以降の予定は、まったく立てられなくなる。
 シューカツでは、電話やメール・就活サイトのチェックが不可欠となる。ガラケーではダメで、スマホが必須だ。
大学では思考力をきたえろといわれるのに、シューカツでは考えることをしていない体育会系が有利だという・・・。
 私は、この点、大変な反発を覚えてしかたありません。私は体育会系と反対のセツルメントという泥臭い活動をしてきましたので、それがシューカツで否定されるのは、どうしても納得できません。
 シューカツの面接では、そんなにたいしたものではない自分を、さもたいしたものであるかのように話し続けなくてはならない。これは自分をだましているようなもの・・・。
 シューカツ生(就活生)は、身体も精神も思考も人間関係も、自信のすべてをシューカツに投じることを強いられ、その全人格を評価にさらす。そのため、その評価結果は、すべて自分ぜんたいに返ってくる。
 現在のシューカツは、自分の全てを注いで熱心に活動する学生ほど、失敗したときに深く傷つき自己否定に陥ってしまう。それを回避するためには、まず全人格をシューカツに投げ込むことを防ぐ必要がある。
 シューカツとは関係のないところで、ただ自分を受けとめてくれる人の存在が大切だ。
 シューカツの大変なつらさを一刻も早く解消しないと日本に未来はない、そう思いました。
(2015年4月刊。1600円+税)

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2015年7月 2日

ルポ・居所不明児童

社会

                              (霧山昴)
著者  石川 結貴 、 出版  ちくま新書

 居所不明児童、きょしょふめいじどう。
 居所不明の子ども、単に不就学というだけでなく、生活上に必要な行政支援にも結びつかない恐れがある。
 文科省のデータでは、1961年から2014年までの54年分の居所不明児童の累計は2万4000人に達している。2014年の居所不明の子どもは383人となっている。しかし、実際には、それをはるかに上回っているだろう。
 実の母親と一緒に生活しながら、居所を転々とし、学校にろくに通っていない亮太(仮名)が紹介されています。実母とその夫が、亮太にお金を騙しとってくるように命令し、そのお金で一家三人が生活するという悲惨な話です。
 亮太が祖父母を殺して事件になったという実話にもとづいています。私も弁護士として、ありうる話だなと思って読みすすめました。
 子どもが、自分は親に愛されて育っているという実感をもつことがなかったなんて、最悪の人生体験です・・・。
 学習性無力感があるそうです。いかにも悲しいコトバです。
長期間欠席している全国の小中学生のうち、「学校も他の機関の職員等も会えていない」子どもが1万人いる。そのうち4分の1、2500人は、「保護者の拒絶」「居所不明」「連絡がとれない」ということで、状況も所在も不明だ。
 2013年に行方不明届けが受理された不明者は日本全国に8万4000人。9歳以下が1000人、10歳代が2万人。不明者の4分の1を占めている。
 読みたくなかった本の典型です。こんな本なんて、読みたくない、もっと楽しく、心が浮き浮きしてくる本を読みたい。そう思います。でも、でも、現実から目をそらすわけにはいきません。涙が出てくることもないほど悲しい物語のオンパレードです。
(2015年4月刊。820円+税)

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2015年7月 3日

戦場

社会

                               (霧山昴)
著者  亀山 亮 、 出版  晶文社

 まだ30代の戦場カメラマンの撮った、危ない写真が盛りだくさんの写真集です。
 本当に勇気ある若者です(今や、でした・・・)。私の子どもが戦場カメラマンになりたいと言ったら、もちろん反対します。幸いにして、そんなことは言いませんでした。
 各地の戦争の実相を知りたいと思いますが、それを自分の子が死の危険を冒してまで戦場に出かけて撮ってくるなんて、ぞぞっとします。
 著者の行動力には脱帽です。とてもマネできません。著者は、なんと高校生のうちから三里塚の農家に泊まり込んで撮影していました。そして、専門学校に入り、そこからメキシコに渡るのです。
 中南米の紛争地帯に5年間もいました。まだ、20歳前後のことです。いやはや・・・。
 雑誌が写真を求めるのは、ネタとしての商品価値で、クオリティは二の次。
 要するに、自分が必死の思いで撮った写真が売れないし、それでは生活できないのです。
 そして、パレスチナに渡って取材中に、イスラエル国境警備隊のうったゴム弾によって左目を失明してしまうのでした。
 日本のメディアは、なんの保障もせずにフリーランスをイラクに行かせ、問題が起きると、即、切り捨てる。そうなんですよね。NHKが、その典型でしょう。
 アフリカの少年兵、そして精神病院に収容された人々の話と写真は、悲惨としか言いようがありません。それでも目をそむけてはいけないと思い、写真をじっと見つめていきました。
 本当に世界は戦争だらけなのです。そこへ、自民・公明の安倍政権は日本の自衛隊を送り込もうとしているのですから、大変なことです。戦争が隣り合わせになる社会にならないように、今、大きな声を一人ひとりが上げるべきではないでしょうか・・・。
 それにしても、もうあまり無茶はせず、元気でお過ごしくださいね。
(2015年2月刊。1800円+税)

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2015年7月 4日

孤児列車

アメリカ

                               (霧山昴)
著者  クリスティナ・ベイカー・クライン 、 出版  作品社

 実話にもとづくアメリカの小説です。舞台は戦前のアメリカです。
 1854年から1929年まで、身寄りのない子ども、家のない子どもたちが、アメリカ東海岸の都市から中西部の農村へ続々と送られた。引き取り先を見つけるためだったが、現実には労働力として期待された。
 20万人をこえる子どもたちが列車で運ばれた。多くの子どもたちは、働き手として、きびしい環境に置かれ、虐待され、逃げ出していった。
 このような現実は、やがて闇に埋もれていった。それを2013年に掘り起こしたのが、この本であり、全米で180万部も売れた。
 戦前、1930年代のアメリカでは、常に1万人以上の子どもたちがニューヨーク州の路上で暮らしていた・・・。
 新しい家庭と町に温かく歓迎される子もいたが、殴られたり、虐待されたり、ののしられたり、無視される子もいた。
 子どもたちは、自分の文化的アイデンティティや生い立ちを忘れ去った。兄弟姉妹が引き裂かれるケースも多く、連絡をとりあうことも認められなかった。
 心も体も成熟していない都会の子どもが、農場のきつい仕事をこなすよう求められた。多くは、イタリア、ポーランド、アイルランドからの移民の子で、なまりが変だとからかわれた。英語がろくに話せない子もいた。
 新しい家庭でのしっとや競争が不和を生み、多くの子どもが自分はどこにも属していないという気持ちを抱くようになった、自分を求めてくれる人を探して、家から家へ転々とする子もいた。逃げ出した子は多かった。
 たくさんの写真が紹介されています。
 小説で、その辛い日々が再現されています。それにしても、累計20万人とは、大変な人数です。それが忘れられていたというのです・・・。ここにはアメリカン・ドリームは影も形もありません。
(2015年3月刊。2400円+税)

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2015年7月 5日

無人島に生きる七六人

人間

                               (霧山昴)
著者  須川 邦彦 、 出版  新潮文庫

 明治32年4月から12月まで、太平洋の真只中で、日本人船員16人が遭難したあと無人島にたどり着いて全員が無事に日本に帰り着いたという実話です。
 明治の日本の男たちは、実にたくましいと驚嘆しました。
 私が何より感嘆したのは、16人の男たちが守り通した「四つのきまり」です。
 一つ、島で手にはいるもので、暮らしていく。
 二つ、出来ない相談を言わない。
 三つ、規律正しい生活をする。
 四つ、愉快な生活を心がける。
 無人島に生活するに当たっての誓いです。最後の四つがいいですね、笑いを忘れないようにしたのです。
 そして、勉強もしたというのですから、本当に偉い人たちです。
 船の運用術、航海術の授業。数学と作文の授業もある。習字は、砂の上に木を削った細い棒の筆で書く。石板の代わりにシャベルを使い、石筆にはウニの針を使う。漢字と英会話、英作文もある。
 一日の仕事がすんで、夕方になると総員の運動が始まる。相撲、綱引き、ぼう押し、水泳、島のまわりを駆け足でまわる。それから海のお風呂に入って、そのあと夕食。規則正しく、毎日これを繰り返す。月夜には、夜になってすもうをとる。そのために立派な土俵をつくった。
 夕食後には、唱歌。詩吟も流行した。
 雨の日は、みんなほがらかに、にこにこした。雨水は、飲用水になる。午後から茶話会をし、おやつを食べた。米のおかゆを雨水でつくって食べる。実に美味しい。
 余興の隠し芸を披露して、おなかの皮をよじって大笑いする。ウミガメ(正覚坊)の卵はうまい。そして、海藻を食べているから、肉も美味しい。
 無人島にいるとき、ぽかんと手をあけて、ぶらぶら遊んでいるのが、一番いけないこと。
 16人は、順番に、まわりもちに決めた。見張り、炊事、たきぎ集め、まき割り、魚とり、ウミガメ(正覚坊)の牧場当番、塩づくり、宿舎掃除せいとん、万年灯、雑業・・・。
これらの仕事は、どれも自分たちが生き延びるためには、ぜひやらなければいけない仕事だ。みんな熱心に自分の仕事に励んだ。
 涙の出てくるほど、美しく、たくましい和装「ロビンソン・クルーソー」集団の話です。
 実話なので、感慨深いものがあります。ちょっと疲れ気味だと感じているあなたにご一読をおすすめします。私の生まれる直前、昭和23年6月10日の本が復刊したものです。
(2010年6月刊。430円+税)

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2015年7月 6日

わが盲想

人間

                                (霧山昴)
著者  モハメド・オマル・アブティン 、 出版  ポプラ文庫

 アフリカはスーダンから19歳のときに日本へやって来た盲目の青年の哀しくも面白い奮闘記です。
 私の娘も、突然、弱視になって盲学校に在学中ですので、目が見えないことの不便さをしのびながら読みました。
 それにしても、底抜けの楽天性であるので、まるで漫談を読んでいるように気楽に読める本です。じめじめした暗さがのないのが救いです。
 著者は、今37歳。19歳の時に日本に来たので、もう20年近く日本にいるから、もちろん日本語はぺらぺらだ。それも、おやじギャグがうまい。
 本をつくるには、視覚障害者向けに、音声読み上げソフトがついたパソコンを使う。イヤホンをつけてキーボードを打つと、打った文字を機会が読み上げてくれる。漢字変換するにしても、「ごとう」と打って変換キーを押すと、「前後の後」、「藤の花のフジ」と機会が言うので、正しい漢字が読みあげられたときにエンターキーを押す。このように、すべて音声による作業である。
 著者が日本に来たのは1998年1月のこと。東京は雪景色だったから、寒さに震えてしまった。そして初めて食べた日本食はカレーライス。あっという間に三杯をたいらげた。
 スーダンでも、イスラムの世界ではどこでも、自分の裸を他人に見せてはいけない規則がある。だから、公衆浴場は困る。そうなんですか・・・。
 福井県で勉強を初め、こてこての福井弁になじんだようです。
 「スーダンって、どこにあるのですか?」
 「ヨルダンという国があるでしょ。その隣にヒルダンがあって、その真ん中にアサダンとスーダンがあるんです」
 これって生真面目な人が聞いたら、本気にしてしまいますよね。
 著者はスーダンの女性と結婚することが出来ました。その女性が示した条件は二つ。
 お酒を飲んでいませんか?
 お祈りをしていますか?
 スーダンでは、酒飲みは社会的信用は低い。実は、著者は日本に来て、お酒を飲んでいた時期があったのです。でも、お酒はやめていたので、飲んでいないと即答することができたのです。偉い!
 スーダンでは、結婚する前に、新郎と新婦の家族が、それぞれ相手の家族について調べる習慣がある。近所の評判とか、両親の職場での評判を聞いて、家族同士のつきあいができるかどうか判断するのだ。こうして、著者はたった1ヶ月前に電話で知りあった女性と結婚した。スーダンでは、あることだが、日本では口が裂けても話せない。
 スーダンの伝統的結婚儀礼では女性しか出席しない。それぞれ女性が50人ずつ集まった。新婦は新郎に向かって牛乳を口にふくむと、遠慮なく吹っかけた。
 『恋するソマリア』を書いた高野秀行氏が著者の友人とのことで、最後に二人の対談ものっています。
 お寿司が大好きな盲目のスーダン人です。こうやって人間の輪が広がっていくのって、いいですよね・・・。これこそ、まさに積極的な平和主義の実践だと思いました
(2015年2月刊。640円+税)

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2015年7月 7日

子どもは、みんな問題児

人間

                              (霧山昴)
著者  中川 季枝子 、 出版  新潮社

 絵本「ぐりとぐら」は、うちの子どもたちに大好評でしたし、私も大好きでしたので、何度も何度も読み聞かせました。子どもを膝の上に乗せて絵本を読んでいるときは、人生の至福のひとときだと思います。
 著者は、保育園で主任保母として働いていました。絵本も、その体験をふまえて生まれたのでした。それでも納得のいく絵本は、そんなにつくれなかったというのです。やっぱり、何事も簡単なことではないのですね・・・。
 子どもの時代というのは、大変なもの。実にきびしい。何をやるにも一生けん命なので、欲ばる子は、欲ばって欲ばって、欲ばる。本当に、いつも全力で生きている。そんな子どもたちをみていると、自分がもう一度、子どもになりたいと思わない。
 大人はウソをつけるし、いい加減なことも言えるし、ごまかすこともできる。なんて気楽なことか・・・。だから、子どもは偉いものだと、いつも感心している。
 実は、私も同感なのです。私は子ども時代には戻りたくありません。私が戻りたいと思う時代は、大学1年生と2年生の2年間だけです。不安でいっぱいでしたが、まだ将来を考えるゆとりが少しはあったからです・・・。3年生からは将来への不安が強くなり、戻りたくはありません。高校生よりも前にも戻りたくありません。
子どもは、お母さんが大好き。ナンバーワンは、お母さん。ナンバーツーはお父さん、スリーがおじいちゃんとおばあちゃん。保育者はナンバーフォー以下。
 男の子は、お母さん、べったり。保育園で子どもを注意するとき、「そんなことをしたら、お母さんが悲しむでしょう」というのが、一番効果がある。子どもにとって、自分の大好きな人を悲しませるわけにはいかない。
 遊びは、子どもの自治の世界なので、大人は無神経に踏み込んではいけない。しかし、子どもから決して目を離してはいけない。常に全神経を子どもに向ける。
保育園の魅力は、家庭では味わえない、もっと大がかりな遊び場があること、そして、知恵も体力も対等な同年齢の子どもがいること。
 子どもは人に関心をもつことが大切だ。子どもは、常に成長したがっている。まさに、全身これ成長願望のかたまりである。
 子育てはスリル満点で、だからこそ面白い。
 子どもをバカにしないこと、バカにされないこと。私は私、子どもは子ども。ひとりの個人として付き合うことも必要で、無理して子どもに合わせることはない。
 著者の「いやいやえん」も、私は大好きでした。子どもが大きくなって絵本を読む機会がなくなってしまったのが残念です。
(2015年4月刊。1000円+税)

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2015年7月 8日

三重スパイ

イギリス

                                (霧山昴)
著者  小倉 孝保 、 出版  講談社

 新幹線内でガソリンをかぶって焼身自殺した71歳の男性がいました。51歳の女性がそのあおりをくらって亡くなられました。本当に痛ましい話です。
 私は安倍内閣が強引に成立させようとする安保法制法案が成立したら、日本国内の至るところで、自爆テロの危険があるようになることを今から心配しています。
 イギリスでもフランスでも地下鉄や新聞社などで自爆テロが発生しました。
 アメリカと一緒になってイラクやアフガニスタンへ日本の自衛隊が出かけていったとき、その報復として日本が自爆テロ攻撃の対象とされないなんて考えるのは甘すぎるでしょう。身内が理不尽に殺されたら、仕返しをしたくなるのが人情というものです。
 政治は、そんなことを防ぐためにあるはずなのですが、自民・公明の安倍内閣は戦争してこそ平和が得られるというのです。まるで間違っています。
 この本は、アルジェリアでイスラム原理主義勢力がはびこるのを嫌って、イギリスへ渡った男性が無意味な殺し合いをやめさせるためにフランス、そしてイギリスの諜報機関のスパイになったという実話を紹介しています。このアルジェリア人の男性は何回も殺されかかっていますが、テレビで顔を出していますから、今も生きているのが不思議なほどです。
 モスクでは、ビデオを見せられる。激しい戦闘の様子や、イスラム戦闘員の遺体が写っている。
 「こうやって殉職者になって天国に行くんだ。きみたちも、欧米の不信心者と戦えば、天国が拘束されている」
 「きみたちの今ある生命は本当の命ではない。ジハードで死んだあとに、きみたちの本当の命が息を吹き返し、そこから人生が始まるのだ」
 「殺せ、不信心者を殺せ。アルジェリア兵を殺せ。アフリカ人を殺せ。殺せば、おまえたちは天国に行ける」
 メッセージは明確だ。生き方に迷っている若いイスラム教徒にとって、「おまえの進むべき道はこっちだ」とはっきり指示してくれる人間が必要だった。言い切ってくれることで、迷いが吹き飛ぶ。
 モスクは、ありあまるエネルギーに火をつけてくれる刺激的な場所だ。イスラム信仰心にあつい者は酒も麻薬にも手を出さない。恋人をつくったり、酒に酔って夜のパーティーに出かけることもしない。ひたすらコーランを読んで、それを実践しようと心がける。
酒に酔って、パーティーに明け暮れる西洋文明は、腐り切った汚れた社会だ。
 ビデオを見て、洗脳されて若者の心を「戦って天国に行け」という訴えが射貫いた。若者は、やがて自分も欧米人を相手に実践に参加して、殉職者になることを夢見るのだ。
 これは、戦前の日本の軍国少年育成と同じ話ですね・・・。
 宗教を盲信してしまうことによる恐ろしさ、殺し合いが日常化してしまったときの怖さが、じわじわと身に迫ってきました。そんな世の中にならないように、日本はもっと恒久平和主義を世界にアピールすべきなのです。
 安倍政権の積極的「戦争」主義は根本的に間違いです。この本を読んで、ますます私は確信しました。
(2015年5月刊。1800円+税)

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2015年7月 9日

亡国の集団的自衛権

社会

                                (霧山昴)
著者  柳澤 協二 、 出版  集英社新書

 著者は、内閣で危機管理・安全保障を負担する官房副長官補として、2004年4月から5年半にわたって、政府の中枢にいた人です。自衛隊のイラク派遣のときの実務を担った官僚トップの一人でもあります。そんな経歴の著者が、いまの安倍政権の安全保障法成案に対して真向から反対しています。
安全保障法成案は、あまりにも問題が多すぎる。軍事常識からも、戦略的考察からも整合性がない。
 安倍内閣には、自衛隊を出動させることの重みが感じられない。戦争は政治の延長であり、政治の失敗が、本来なら防げるはずの「ムダな戦争」を引きおこしかねないという自覚が、安倍政権にあるのか・・・。
 集団的自衛権というのは、友だちが殴られているから、出かけていって殴ってやろうというもの。そもそも殴られるような理由をもつ友達と付き合わないこと。アメリカは、いつだって殴られる理由を自らつくり出している「友だち」ではないか・・・。
 「日本人を助けるためには、集団的自衛権が必要」と誤解している人がいるけれど、戦前の日本も、中国大陸にいる日本人を「救出」するために日本軍を派遣した。これは、戦争するときに使う政府の常奪手段の一つでしかない。
 中国が軍事大国化している現実があるけれども、それに対して感情的に反発して、日本の軍事力を増強すればいいというのは、まったくの間違い。それでは際限のない軍拡競争の泥沼に陥る。集団的自衛権は、日本の防衛にとっては、むしろ有害無益なもの。
 今回の安保法制法案は、結局、世界中どこでもグローバルにアメリカ軍と協力できるようになり、自衛隊がアメリカ軍と一緒になって戦闘行為をすることが可能になる。その可能性が、地域的にも、機能的にも無限に拡大した。
 この法律が現実のものとして動き出したとき、日本はテロ攻撃のターゲットになる。このマイナス要素を安倍政権は、どれだけ認識しているのか。とりわけ、日本全国54カ所にある原子力発電所(原発)が、テロリストから一発でもミサイル攻撃を受けたら、日本という国は消滅してしまうことになります。
 日本は、いわば「人質」をとられた国なのです。
 安倍政権の暴走ストップのために、今こそ声を上げましょう。
(2015年2月刊。700円+税)

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2015年7月10日

ニュルンベルク裁判

ヨーロッパ

                               (霧山昴)
著者  芝 健介 、 出版  岩波書店
 
 日本の戦犯を裁いたのは極東国際軍事裁判(東京裁判)です。安倍首相は戦前の日本がした侵略戦争を間違った裁判と認めようとはしません。国際的にみて、とりわけアメリカが許すはずのない特異な歴史観です。「間違っていない」のだから、反省しないし、謝罪もしないのです。本当に狂っているとしかいいようのない日本の首相です。これでは真の平和友好外交など、できるわけがありません。
 この東京裁判と対比されるのがドイツの戦犯を裁いたニュルンベルグ裁判です。
 300頁もの大部な本書を読んで、初めて裁判の実際を私は知りました。
 終戦前の1944年9月の時点で、アメリカとイギリスのトップレベルでは、主要戦犯については、裁判なしで即決処刑という見解が有力だった。1943年11月のテヘラン会談で、スターリンは、ドイツ国防軍のランク上位の将校5万人を銃殺したらいいと発言した。
 1945年2月のヤルタ会談において、戦争犯罪の法的追及という大筋が決定された。
 ヒトラーたちが裁きの論理をひっくり返してしまうのではないかと連合国側は心配した。
 ソ連もフランスも、自国の国民がこうむった厖大な塗炭の苦しみの経験をふまえ、他の戦争犯罪のカテゴリーでは規定できない犯罪行為として、「人道に対する罪」をもって裁くことに異議を唱えなかった。
 ニュルンベルグ裁判は、1945年10月18日、起訴状が提出されて始まった。11月20日に被告人がほぼそろって開廷された。
 誰を被告とするかについて、アメリカ案は、軍・経済界の指導者も加えることにしており、これにソ連とフランスが賛同した。
 「人道に対する罪」としては、ユダヤ人絶滅対策と並んで、オーストリア首相ドルフス、社会民主党指導者ブライトシャイト、共産党指導者テールマンの虐殺もあげられている。
起訴状の読み上げだけで2日を要した。
 開廷して10日目の11月29日、強制収容所の解放時の状況をうつしたフィルムを法廷で上映した。この映画のとき、かのゲーリングは両肘をついたままあくびをした。
 1946年3月から、ゲーリングは満を持して被告人弁論にのぞんだ。弁護人の質問とゲーリングの長広舌は、3日間も続いた。したたかなゲーリングは、戦後ドイツで実施・展開されている、ナチに対する予防検束の途方もない規模は、ナチ時代のそれどころではないと、法廷をまぜ返した。
 1945年11月から始まり、9ヶ月間続いた審理は、1946年8月末にようやく終了した。
 裁判所は、ヒトラーはひとりでは侵略戦争を遂行できなかった。諸大臣、軍幹部、外交官、企業人の協力・協働を必要としたのであって、彼らが目的を知り協力を申し出た事実が存在する以上、ヒトラーの立てた計画に自らを関与させたものである。
 このように、しごくもっとも論理で裁判所は判断しています。
 1946年10月1日、判決文の朗読は終了した。ゲーングなど12人(1人は欠席)に絞首刑を宣告した。3人については無罪判決を下した。死刑執行は2週間後の10月15日深夜だった。ゲーリングは、執行直前に自殺した。
 その後、継続裁判が続いた。たとえば、法律家裁判がある。ナチ司法体系において高位を保護した裁判官・検事・法務官僚たちが被告とされた。
 ヒトラーの命令は、国際共同体の法に違反したのだから、総統みずからも、ヒトラーの部下たちも保護しえない。このように書かれている。
 行動部隊裁判は注目すべきものであった。ドイツ軍支配下のソ連地域で100万人が行動部隊の犠牲になった。この被告たちは、ありふれた意味での悪漢・無頼漢の類ではなかった。文明の恩返しに浴さない野蛮人ではなかった。むしろ、十分な教育を享受していた。オペラ歌手としてコンサートを開いていたり、聖職者だった者もいる。よき出自をもち、教養ある被告が多かった。そして、被告のほとんどは、「上からの命令」という弁明をくり返した。14人の被告に対して死刑が宣告された。
 これらの裁判で有罪とされた被告は5~6万人に上る。西側で有罪とされた被告5025人のうち806人に死刑が宣告され、486人が処刑された。
 ソ連占領区では、有罪宣告された4万5000人の3分の1がシベリアへ強制労働へ移送された。死刑宣告数は不明。
 ところで、歴代の西ドイツ政府は、ニュルンベルクの裁判の判決を公式には受け入れなかった。国連安保理によるボスニア法廷、ルワンダ法廷が開かれ、ニュルンベルク原則が再び脚光を浴びるようになって、ニュルンベルク裁判が戦勝国による裁きだったという議論が根拠を失った。
 1945年秋、敗戦の衝撃がまだ生々しかったときのドイツでは、ナチ犯罪を訴追することは政党とする人が8割近かった。しかし、1950年には、38%にまで下落した。やがて、過去の「忘却」ないし「駆逐」への願望が圧倒的になった。しかし、1950年代後半に、過去は清算されていないという批判も芽生えてきて、過去に向きあうドイツ人が増えていった。
 ドイツでも、ニュルンベルク裁判に対する見方がいろいろ揺れ動いていたことを今回、初めて知りました。それだけ重たい負の遺産であるわけです。それでも、しっかりそれを見つめることからしか、将来は開けません。これは「自虐史観」というものではありません。しっかり未来を見すえるために必要なことなのです。
(2015年3月刊。3200円+税)

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2015年7月11日

日本国憲法、大阪おばちゃん語訳

司法

                             (霧山昴)
著者  谷口 真由美 、 出版  文芸春秋

 関西弁には、いつも圧倒されてしまいます。私が48年前に大学に入って東京で寮生活をはじめたとき、東北弁も九州弁もなるべく口に出さずいじいじしていたのに、関西弁だけは、モロ出しで、何も悪いことあらへんやんかといった調子でした。自信たっぷりで話されると、それだけで圧倒されてしまいます。
 憲法前文は、大阪弁で言うと、次のようになります。
 人間っていうのは、お互い信頼しあえるって、理想かもしれませんけれど、ホンマにそう思ってますねん。せやさかい、他の国のお人たちも同じように平和が好きちゃうかって信じてますねん。そう信じることで、世界の中で私らの安全と生存を確保しようと決めましてん。せやからな、全世界の人たちがみんな、怖い思いすることとか、飢えたりすることからさいならして、平和に生きていく権利があるって本気で思ってますさかいに、そのことも確認させてな。
 うむむ、なんだかスゴイことですね、これって・・・!!?
 「集団的自衛権」っちゅうのは、ヤンキーのケンカみたいなモンで、仲良しのツレがやられて、ツレに「助けてや」といわれたら、ホンマはツレのほうが間違ったかもしれんケンカとかツレのほうが明らかにいじめてる側やのにとか関係なく、「俺、アイツのツレやから」という理由からケンカにいくようなもんですわ。ツレがめっちゃ悪いヤツやったら、どないすんねん、というのはおっ飛ばすんですね。
 こうやって大阪弁で読みとしてみると、今の憲法は本当にいいことが定められています。
 自民・公明は維新を取り込んで、7月半ばにも衆議院で強行採決しようとしています。断じて許せません。
著者には、東京の日弁連会館で話を聞きましたが、本当に歯切れのいい大阪のおばちゃんです。大学で教えていて専門は国際人権法ということです。ホンマに学者かいな、とそのとき思ったことでした・・・。
(2014年12月刊。1100円+税)

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2015年7月12日

北朝鮮とは何か

司法

                                (霧山昴)
著者  小倉 紀蔵 、 出版  藤原書店

 かなり難解な本です。でも、北朝鮮という国を知りたくて読みとおしました。
 歴史認識をめぐる安倍首相や橋下・大阪市長の言動は、正しくはアクションではなく、リアクションである。これを思考停止と言わずして、何と言えばいいのだろうか・・・。
 朝鮮は、植民地時代に近代化した。日本は収奪をしたが、近代化もした。
 慰安婦問題について、橋下市長の言うように日本だけでなく、西洋列強の多くが似たような女性蹂躙をしたのは事実だ。そのことを明確にするためにも、日本は世界に先駆けてこのことを謝罪し、解決すべきなのである。そのうえで、西洋諸国に対して同じことを促せばいい。 なーるほど、と私は思いました。
 アメリカには、確固たる対北朝鮮政策はない。対話と圧力と言っているが、実際には、論理的な一貫性のない、関与と無視のあいだを右往左往しているだけのこと。
 日本が北朝鮮との関係を事実上絶ってしまったのは、最悪の選択でしかない。
北朝鮮は崩壊するどころか、核開発をさらにすすめ、今や事実上の核保有国となった。
 「張成沢に幻想を抱く人々」が北朝鮮の労働党内そして広く国内に無視できないほどいた。張成沢氏以外の人々の官僚主義や事なかれ主義が張成沢氏の能動的な冒険主義を生んだ。
 張成沢氏の粛清・処刑を激怒している中国首脳部は、怒りと不信感をかきたてている。
 いま、北朝鮮が中国式の改革・解放を無秩序にしたら、その美意識は一気に崩壊してしまうだろう。
 とても難解な本なのですが、北朝鮮という国の思考方法が少しばかり分かった気がしました。
(2015年3月刊。2600円+税)

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2015年7月13日

植物の体の中では何が起こっているのか

生き物

                               (霧山昴)
著者  嶋田 幸久・萱原 正嗣 、 出版  ベレ出版

 植物にも、植物ホルモンと呼ばれる化学物質があるのだそうです。
 植物の体内でつくられ、ごくわずかの量で自身の成長や反応を調節する働きをする。植物ホルモンには、オーキシンとベレリン、エチレン、サイトカイニンなど9種がある。
 人間が地球上で生きられるのは、呼吸のための酸素があるから。そしてオゾン層で紫外線から守られているため。これは、いずれも植物のおかげだ。
 植物は光合成で酸素をつくり出し、酸素は紫外線にあたってオゾン層となり、それが上空に集まってオゾン層を形成する。
 植物は、二酸化炭素と水からエネルギー源である炭水化物とつくり出す。生きていくために必要なエネルギーを自分でつくることができる。
 花の誕生は、植物のみならず、その後の生物の進化における画期的な出来事だった。
植物は生まれた場所でじっと動かずに生きているが、その一生は変化に富んでいる。
 光合成によって炭水化物に固定される化学エネルギーの総量は、世界のエネルギー需要の10倍に相当する。光合成は、この地球上で行われている、もっとも巨大なエネルギー変換である。しかし、葉っぱが集めた光のエネルギーのうち、じっさい光合成に活用できるのは4分の1弱でしかない。
 地球上に降り注ぐ太陽光のうち0.1%のそのまた5%、地球に届くエネルギーのわずか0.005%を元手に、植物は地球上の生命活動のほぼ全てを支えている。光合成とは、光のエネルギーを元手に化学エネルギーを蓄えた炭水化物をつくり出す、エネルギーの変換作業といえる。
 植物は光のもたらす過剰なエネルギーから身を守るためのさまざまな仕組みを備えている。
 ヤナギから採取され、人の解熱剤として使われていたのが、植物ホルモンとして認定されたサリチル酸。医薬品としては「アスピリン」。
 ツタンカーメン王の墓から見つかったエンドウのタネは芽を出して花を咲かせた。3300年前のタネ。
 私たち人間の細胞のなかにあるミトコンドリアも、元をたどれば光合成の能力を蓄えていた。
 人間は、有機物や酸素の生産を植物に頼っているという以上に、もっと深い細胞の仕組みの次元で、植物と分かちがたくつながっている。人間が生きる仕組みの一部(呼吸)は、植物が生きる仕組み(光合成)から派生したものである。
 植物を知ることが人間を知ることにもなるという、想像以上に面白い本でした。
(2015年5月刊。1800円+税)
 なかなか梅雨が明けません。むし暑い日が続いています。
 土曜日に帰宅したら、先日の仏検の結果を知らせるハガキが届いていました。恐るおそる開封すると、「不合格」の文字とともに、74点だったというのでした。
 ヤッター!内心、叫んでしまいました。150点満点で5割りなんて、過去最高です。自己採点の70点より4点も上回っていました。もっとも、合格基準点は6割に近い88点ですから、まだまだ道は遠いのです。それでも、あと14点まできたのですから、もう「不可能」ではなくなりました。引き続き、毎朝のNHKフランス語と毎週の日仏学館通いをがんばります。

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2015年7月14日

日米開戦の正体

日本史(戦前)

(霧山昴)
著者  孫崎 享 、 出版  祥伝社

 著者は、集団的自衛権の行使容認に反対しています。私も同感です。そして、今の安倍政権のやっていることは、戦前の日本が犯した間違いをくり返そうとしていると鋭い口調で警告しています。
 「真珠湾攻撃の愚」と、今日の「原発、TPP、消費税、集団的自衛権の愚」とを比較すると、驚くべき共通性がある。
 ①本質論が議論されない。
 ②詭弁(きべん)、嘘で重要な政策がどんどん進められる。
 ③本質論を説いて邪魔な人間とみなされた人は次々に排除されていく。
 本当に、そのとおりです。安倍政権は怖いです。絶対に、そのうしろからついて行きたくはありません。そこに待っているのは「死」です。
 戦前、日本の軍部と結びついていながら、戦後になると一転してアメリカと結びついた一群の人々がいる。その一人が牛場信彦。外務次官そして駐米大使を歴任した。もう一人が吉田茂。田中義一首相のもとで、満州での軍の使用を主張していた。戦後は首相となって、アメリカにべったり。
 主義主張よりは、勢力の最強のものと一体になることを重視するという日本人の行動の悪い側面を体現している。
新聞で戦争報道が一番の「娯楽」となってしまうと、どうしても強硬な意見を吐く人たちがヒーローになっていく。戦争に批判的な人たちは、「腰抜け」とか「卑怯者」と叩かれる。
 今まさに、現代日本がそのようになりつつあるのが怖いです・・・。
 陸軍はロシア(ソ連)との戦争は考えていたが、アメリカと戦うなんてまったく考えていなかった。だから、対米戦略はない。ところが、その陸軍が「アメリカと戦うべし」と主張したのだから、状況は倒錯していた。
 昭和天皇と側近の木戸幸一がもっとも恐れたのは、内乱、そして昭和天皇排除に動くことだった。この指摘には、強くなるほど、そうだったのか・・・、と思いました。
 昭和天皇といえども、単なる掌中の玉でしかなく、絶対専制君主ではなかったのです。ですから、軍部は、もっと使い勝手のいい天皇をうみ出すのではないかと心配していたのです・・・。
 木戸幸一は内乱を恐れたが、戦争は恐れなかった。自己一身の生命に対する危険は恐れたが、国家の生命に対する危険は、いささかも恐れなかった。日露戦争のあと、日本の国家予算の30%が国債費で、さらに30%が軍事費である。このような状況では、社会不安が出てくるのは当然。
 日露戦争が真珠湾攻撃につながっていった大きい理由は、経済問題と、それに起因する社会不安だ。政府は、増税し、物価は高騰する、国民の不満が高まり、現状変革を望む。この不満から、左翼運動が活発化し、それを抑える弾圧が強まる。急進的な勢力が「革新」を求める。その代表が軍部の「革新」グループ。
 戦前の吉田茂は、中国への派兵を先頭切って論じていた。戦後には「反軍の代表」だったかのような顔をしているが、実は正反対のことを提唱し、軍部にとり入っていた。
 軍にとって、統帥権とは、軍に反対するものがいたときに遣う言葉であって、天皇の意向を最大限に尊重して動くのではないことを、熱河作戦が示している。天皇といえども、その一線をこえたときには、「大なる紛擾と政変」を覚悟せざるをえない。熱河作戦は、天皇でも軍の意向に逆らえないことを示した。
 いま、戦後70年の平和が、安倍政権によって「強制終了」させられようとしています。とんでもないことです。昨日と同じ平和な明日が保障されない日本になりそうです。戦争反対の声を、みんなが国会に向けて突き上げるときです。
(2015年5月刊。1750円+税)

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2015年7月15日

老人たちの裏社会

社会

                              (霧山昴)
著者  新郷 由起 、 出版  宝島社

 ここで老人とされているのは、まさしく団塊世代である私の世代以上のことです。とても複雑な気持ちに陥りながら、我慢して最後まで読み通しました。ため息ばかりの本です。
 万引き犯の3人に1人が65歳以上。未成年者1万6千人より高齢者2万8千人のほうが断然多い。かつて、青年犯罪の代表格だった万引きは、今や8割が成人の犯行となった。
 今や、万引きする年寄りをアルバイト店員の学生がたしなめる時代なのである。再三味わった刺激と染みついた衝動が、絶え間なく襲ってくる。
 男性は生活困窮者が多く、盗品はもっぱら総菜や酒類。女性には常習犯が大変多い。万引きは、非常に成功率の高いギャンブルなのである。クレプトマニア(窃盗癖)がいる。
 特殊詐欺の被害にあうのは実は、高齢の男性が多い。しかし、被害を届出しない。それが明るみに出たほうが、よほど屈辱で、バツが悪いから。
 ストーカーの加害者には60代以上が目立って多い。ストーカー加害者の9割は男性。性的に衰えるのを極端に恐れて焦る男性が増えている。「次はないかもしれない」という焦りから、目の前の異性にしがみつく習性による。
 激高すると手がつけられない高齢者は非常に多い。難癖をつけたり、力にまかせて面倒をおこすことでしか人にかまわれず、おのれのフラストレーションを晴らせない。恥やはしたなさという咎めを自ら打ち捨ててしまえば、恐れるものは何もない。ヤンキーのような老人が巷(ちまた)にあふれている。
 DVの加害者は、家庭でわがままに育てられた人が多い。
 一人暮らしより、家族と同居しているのに身内から疎外されている老人のほうが、ずっと孤独なのである。独居よりも、同居しているほうが、ずっと孤独である。独居よりも、同居世代のほうが自殺率は高い。
人間は一日に最低1回は必要なドーパミンが脳内で分泌されないと生きていく意欲が生まれず、むしろ生きることを苦痛に感じる生き物である。
 毎日、その人なりの悦びを見出し、満たされないと、生き続ける活力の減退につながる。
 毎日、やることがある幸せ、そして心はずませて生きる充実感を大切にしよう。
 いつのまにか66歳になってしまった団塊世代の私です。毎朝、毎晩、今日はこれをした、明日はこれをしようと思って生きています。やるべき仕事があるって、ホント、とても幸せです。
(2015年7月刊。1300円+税)

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2015年7月16日

キム・フィルビー

イギリス

                                (霧山昴)
著者  ベン・マッキンタイアー 、 出版  中央公論新社

 イギリスの市場もっとも有名なスパイの一生を明らかにした本です。
ケンブリッジ5人組として、良家の育ちなのに共産主義を信奉し、スパイ・マスターの世界に入り、ソ連へ情報を売り渡していたのです。
 ところが、あまりにも最良の情報だったため、逆にソ連の情報当局が疑ったのでした。
 ちょうど、日本からのゾルゲ情報をスターリンが疑ったのと同じです。
 スパイが送ってくる情報は「ニセモノ」かもしれない。味方を撹乱させるためのものかもしれないというのです。生命を賭けて送った最良の情報がたやすく信じてもらえないというのは、笑えないパラドックスです。
 キム・フィルビーは、崇拝者を勝ちとる類の人間だ。フィルビーは、相手の心に愛情を、いとも簡単に吹き込んだり、伝えたりでき、そのため相手は、自分が魅力のとりこになっているとは、ほとんど気がつかないほどだった。男性も女性も、老いも若きも、誰もがキムに取り込まれた。キム・フィルビーの父親は著名なアラブ学者で探検家で作家だった。
 キム・フィルビーは、上司として最高だった。ほかの誰よりも熱心に働きながら、苦労しているそぶりは一向に見せなかった。
 1930年代にイギリスのケンブリッジ大学を猛烈なイデオロギーの潮流が襲った。
 ナチズムの残虐性を目にした友人の多くは共産党に入ったが、フィルビーは入党はしなかった。
 ソ連の諜報組織は、異常なほどの不信感にみちており、フィルビーら5人の情報が大量で、質もよく、矛盾した点のないことを、かえって疑わしく思った。5人全員がイギリス側の二重スパイに違いないと考えたのだ。
 フィルビーがモスクワに真実を告げても、その真実がモスクワの期待に反しているため、フィルビーの報告は信用されないという、とんでもない状況が生まれた。フィルビーは、おとりであり、ペテン師であり、裏切り者であって、実に傲慢な態度で我々(ソ連側)に嘘をついていると見られていた。
 そして、ソ連側のスパイ・マスターたちが次々に黙々とスターリンによって粛清されていった。フィルビーは、これを黙って受け入れた。
 キム・フィルビーは、国民戦線派(フランコ派)のスペインから、共産主義国家ソ連から、イギリスから、三つの異なる勲章をもらった。
 キム・フィルビーは、イギリス情報機関からアメリカに派遣されています。アメリカでも、もちろん有能なスパイに徹したのです。
 フィルビーにとっては、欺瞞が楽しかった。他人に話のことをできない情報を保持し、そのことから得られるひそかな優越感に喜びを見出す。フィルビーは、もっとも近しい人々にさえ真実を知らせずにいることを楽しんでいた。
 キム・フィルビーの流した情報によって、どれだけの人々が殺されたかは不明だと何度も強調されています。
 ソ連側のもとスパイの告発によってキム・フィルビーは一度こけてしまいましたが、証拠不十分だったので、再起することができたのです。そして、二度目は、ついにソ連へ亡命してしまいます。1988年5月にキム・フィルビーはモスクワの病院で亡くなりました。
 イギリスの上流階級に育った子弟が、死ぬまで二重スパイであり続けたという驚異的な事実には、言葉が出ない思いがしました。
(2015年5月刊。2700円+税)

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2015年7月17日

スペイン無敵艦隊の悲劇

ヨーロッパ

                               (霧山昴)
著者  岩根 圀和 、 出版  彩流社

 エリザベス女王の統治するイギリス艦隊がスペインの無敵艦隊を完膚なきまでに撃滅した「史実」は世界史を学んだものの一人として、忘れることができません。
 ところが、この本によれば、スペイン「無敵」艦隊なるものは自称でも、他称でもなかったというのです。イギリス軍がスペインから来た艦隊に勝利したあとの本で、「無敵」のスペイン艦隊をやっつけたと書いたところ、それが、あたかも自称ないし他称として広まったというだけだというのです。知りませんでした・・・。
 スペイン艦隊は、実際には、イギリス軍の艦船に初戦から敗退しているから、その意味でも、ちっとも「無敵」ではなかった。
 1588年のこの戦争で、スペイン王国フェリペ2世は、イングランドのエリザベス女王に宣戦布告していない。当時、スペインのリスボン港に大艦隊を終結させながらも、それをひた隠しにして出撃した。艦隊に乗船する兵士たちに目的地は知らされなかった。イギリスへ戦争しに行くと布告したら兵士を確保できないので、新大陸へ向かうという嘘の布令が出された。
 この海上戦において、イギリスは自力で勝ってはいない。むしろ、戦闘らしき戦闘は、ほとんどなかった。スペイン艦隊は、イギリスから打撃を被ったのではなく、飢え渇きと病気、そして悪天候による強風と嵐による難破のせいで、大損害を被った。
 スペインには、どうしてもイングランドへ艦隊を派遣せざるを得ない国内事情があった。その一つが、ドレイクをはじめとするイギリス海賊による傍若無人な掠奪行為が横行していたこと。
 イギリス女王の許可を得てスペイン船を掠奪しているイギリス海賊船が200隻をこしていた。
 スペインは、ドレイクなどの海賊船の出現で大あわて・・・。掠奪金の分け前にあずかって大いに国庫をうるおしているエリザベスとすれば、ドレイクにいい顔をしたくなるのも無理ないところだ・・・。
イギリスとスペインの艦船の大砲の威力を発揮していない。5時間かかって、500発の砲弾を打ち出した。イギリス艦隊は、ほとんどがカルバリン砲だった。
 カルバリン砲は、カノン砲よりも射程距離が長い。それでも600メートル。カノン砲は、砲弾を1500メートルも飛ばすけれど、有効な射程距離は、せいぜい450メートルだった。
 当時の鉄砲や大砲は、すべて滑空砲なので、命中率は悪い。
 お互い波動に揺れる船同士なので、照準器もないから、砲撃の命中率は0%に近い。
 この本を読むと、スペイン国王フェリペ2世がスペイン艦隊を派遣しようと熱心だったこと、スペイン「無敵」艦隊は出発当初から、いいかげんすぎる部隊として悪名高いものがあったことが分かります。
 1588年の戦闘について、7月22日に出港したスペイン軍艦船は、130隻、2万6千人だったところ、同年9月から帰ってきたのは、そのうちの半分の65隻、1万3千人ほどだった。
 イングランド艦船による「火船」攻撃は、スペイン艦船に被害をもたらすことはなかった。
スペイン「無敵」艦隊の実際を知り、驚き、かつ呆れました。まるで、戦前の帝国陸軍のように、現実に立脚せず、スペイン国王の頭のなかにある空理空論のみに頼っていたのです。これって、まるで、現代日本・・・?
(2015年3月刊。3500円+税)

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2015年7月18日

楽しく生きる

人間

                              (霧山昴)
著者  藤野 高明 、 出版  かもがわ出版

 戦後まもなく、小学2年生の夏、弟と一緒に不発弾と知らず扱って遊んでいたとき、爆発して弟は即死、自分は両手と両眼を失ったのです。7歳でした。両手がなくては点字を読めないということで、盲学校にも入れなかったのです。20歳になるまでの13年間、何の教育も受けられませんでした。
 両手がなくても点字は読める。どうやって・・・?
 口、そう手の代わりに唇をつかって点字を読むのです。もちろん、すぐには読めませんでした。でも、慣れたら、唇で点字が読めるのです。といっても、手よりも遅いし疲れます。それでも藤野さんは読みました。ついに20歳で、大阪の盲学校に入学を認められました。
 福岡出身ですが、残念なことに福岡では拒否されました。大阪の盲学校では、福岡まで出張してきて面接し、入学が認められたのです。すごいことですね、よかったですね・・・。
 藤野さんは、20歳で盲学校の中学2年生に入り、それから猛勉強し、高等部を卒業して大学の通信教育部に入り、教員の資格をとって、今度は盲学校で教える側にまわりました。全国初めて、両手・両眼のない教師です。
 今、76歳になる藤野さんは生まれてきて良かった、生きてきて良かったと心から言えます。それは、この人生を楽しく感じられたからです。楽しさの源泉の第一は、人とのつながりにある。第二は、人生に目的ロマンをもつこと。第三に、好奇心とチャレンジ精神をもち続けること。
 藤野さんは、盲学校で30年間、社会科の教員をしてきました。主として世界史を担当しまいた。今でも、センター試験の世界史Bの問題を解いているそうです。
 そして、将棋を指すのも楽しみです。頭のなかに盤上の駒が鮮明に見えるのです。
 これまた、すごいことですよね。楽しみでやっているわけですが、やはり負けると、かなりくやしいそうです。
 大切なことは、見えることだけが人生じゃないということ。障害を受容する。あるがままの自分を受け入れて生きるのは、なかなか難しいけれど、とても大切なこと。
 人間らしく、しっかり生きる術を人間は持っている。一人でできなかったら、家族や友だちが助けてくれる。
 藤野さんは、障害者である前に、当然のことながら一人の市民であり、働き手であり、普通の人間なのです。
 藤野さんが18歳のころ、このころは盲学校にも行っていません。21歳になる看護実習生が、一冊の本をくれたのです。ハンセン病で苦しんだ人が唇で点字を読んだことも書かれている本(『命の初夜』)です。それから、藤野さんも唇で点字を読むようになったのでした。
点字を覚えることによって、新しい人生が開けてきたのを感じた。
 唇で点字を読むと疲れる。どんなにしっかり読んでも、1時間に30頁にもならない。
 唇で読むというのは、身体を倒して首を点字に沿わせるようにするから、肩がこり、首がこる。とても疲れてしまう。そして、唇で読むから、不特定多数の人の手を触れた図書館の本は、衛生上、読めない。
 両手先がなく、両目とも見えない藤野さんですが、将棋を指し、プロ野球を楽しみ、音楽に浸って、人生を大いに楽しんでいるのです。両目が見えているのに、社会の現実を見ようとしないなんて、実にもったいないことですよね・・・。
 本当に心あたたまる、いい本でした。ちょっと、このごろ疲れたなあ・・・、と思っているあなたに、おすすめの一冊です。いつのまにか元気が静かに湧いてきますよ。藤野さん、引き続き、お元気で、人生を楽しんでくださいね。
(2015年3月刊。1500円+税)

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2015年7月19日

葬送の仕事師たち

社会

                               (霧山昴)
著者  井上 理律子 、 出版  新潮社

 人間の死にかかわることを仕事としている人たちの現場に出かけて取材した本です。その捨て身の現場取材のたくましさに圧倒されました。葬儀屋、遺体復元師、エンバーマー、火葬場で働く人々、そして現代的なお葬式のあり方を考える・・・。
 葬儀社への就職を目ざす2年制の専修学校があるのを初めて知りました。2年間の授業料は182万円(教材費は別)というのですから、安くはありません。
 今の日本のお葬式は昭和のはじめからのものなので、わずか90年の歴史しかない。
 その前は葬列があったし、参列者は白い喪服を着ていた。
 葬祭ディレクター技能審査(1級・2級)をパスした人が、全国に2万5千人いる。
 「村八分」のとき、許された「二分」は、火事と葬儀だった。
 エンバーミングは、アメリカで南北戦争(1861年~1865年)のとき、亡くなった兵士を遺体を遺族のもとに長距離搬送する必要があったことから始まった。今では、アメリカ、カナダで7割以上、ヨーロッパでも6割以上の遺体に施術されている。
 エンバーミングの費用は、搬送費をふくめて12万円ほど。
 葬儀業界の市場規模は、返礼品や運送・飲食費をふくめて1兆6千億円。
 お寺へのお布施は、地方だと20~30万円。東京では戒名代をふくめて60~70万円。
 エンバーミングの薬液は、防腐・殺菌・修復の三つの効果を狙っている。体の中のたんぱく質を固定し、まだつながっているアミノ酸の鎖の力を強める。
 日本で亡くなった外国人を母国に帰すためには、エンバーミングが必要なことが多い。日本には、3時間ルールがある。3時間内にエンバーミングを終えて、遺族に遺体を返すべしというルール。
 全国の火葬場は公設が95%。東京だけでは例外的に民営がある。
 欧米には、骨上げという習慣はない。遺族は2~3日後に、「灰」を受けとる。
 よくぞ、ここまで葬送の現場に踏み込んで調べあげたものだと驚嘆しました。
(2015年6月刊。1400円+税)

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2015年7月21日

ハトはなぜ首を振って歩くのか

生き物

                               (霧山昴)
著者  藤田 祐樹 、 出版  岩波科学ライブラリー

 鳥の飛行ではなく、歩行を研究している学者がいるのです。驚きました。
 たしかに、ハトが地上を歩いているとき、異様なほど左右に首を振って歩いていますよね。でも、それがなぜなのかって、私ら一般人は考えに及びません。ところが、学者は、ほかの鳥類と比較しながら、その謎を解明していくのです。そこには、涙ぐましいウソのような努力と工夫があるのです。この本を読んで、そこあたりを理解しました。
ハトは歩行するが、スズメはホッピングする。スズメは歩行を基本的にしない。やればできるけれど、普通はやらない。
 ハトは歩きながら頭を静止している。ハトが歩くと、体はおおむね一定の速度で前進する。体が前進しているのに、頭を静止させるためには首を曲げて縮めなければならない。首をある程度まで縮めると、今度は首を一気に伸ばして頭を前進させる。この動作の繰り返しが、歩行時の首振りの実態なのである。
 景色が動くと、ハトは首を振る。ハトに対して景色が動くと、ハトは景色に対して頭を静止させようとして、首を動かす。これは、景色を目で追っているということ。
 ハトの視野は人間よりずっと広くて316度もある。真後ろ以外は、だいたい見える。その代わり、左右の視野の異なる部分が小さく、たった22度しかない。
鳥類の眼球は、頭の大きさに比べて非常に大きい。視覚情報をより正確に得るためには、眼球が大きいほうがよい。眼球が大きいとそれだけ網膜も大きくなり、視細胞を増やすことができる。眼球が動かないなら、首を動かせばいい。
 ハトの首振りは、視覚的な理由がある。鳥の目は横を向いているので、ハトが歩くと、景色は視軸に直交する向きに流れる。その景色を目で追う必要がある一方、鳥の眼球は大きく、形もやや扁平で、きょろきょろ動かしにくいから、頭を景色に対して静止させる。それが首振りである。
 首を振りながら歩く鳥たちは、みな歩きながら食物を探してついばむタイプの鳥たちだ。眼球運動が十分にできず、視軸が横を向いている鳥たちは、視覚のブレを軽減するために、よく動く首で頭の位置を調整している。それが首振りの一番大切だ。そして、首振りは、歩行の安定性を高めるタイミングで行われ、首を振る鳥たちは、歩幅が大きく回転数の少ない歩行をしている。歩きながら食べ物を探し、ついばむタイプの採食行動が首振り歩きと関係している。近距離の視覚情報をきちんと得る必要があるので、そのためには視覚のブレを少なくする必要がある。
 学者ってスゴイですね。仮説を立てて、それを観察データから実証していくのです。
(2015年6月刊。1200円+税)

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2015年7月22日

憲法を守り活かす力はどこに

司法

                               (霧山昴)
著者  宮下 和裕 、 出版  自治体研究社

 ながく自治体問題を研究してきた著者による、実践的な憲法論です。
 明治憲法よりも日本国憲法のほうが長生きしているという指摘には、ハッとさせられます。
 明治憲法(大日本帝国憲法)は、1890年(明治23年)11月29日から1947年(昭和22年)5月2日まで56年6ヶ月のあいだ、生きていた。ところが、日本国憲法は1947年5月3日から施行されて、もう68年も続いている。12年も長生きしていることになる。なぜ、現行憲法がこんなに長生きしているのか。それが問題です。
安倍首相のような改憲派は、古臭くなって、時代遅れになっていると罵倒しますが、本当でしょうか。
いったい、どこが古臭くなったというのか、安倍首相や桜井よし子は、具体的な批判はできません。なんとなく、古臭いというイメージをふりまいているだけです。
 日本国憲法が長生きしているのは、第一に、内容において人類の到達点を反映し、先取りしていたこと。第二に、日本国民の願いに合致していること。第三に、戦争で多大の被害をこうむったアジアの民衆の願いに合致していることが、理由としてあげられる。
 アメリカの法律学者も、日本の憲法が長生きしているのは、「65年も前に画期的な人権の先取りをした、とてもユニークな憲法」だからとしている。
 本当に、そうですよね。「押し付け憲法」というよりも、その内容が、当時も今も、時代の最先端を行く、画期的な先進的内容であることに日本人は誇りと自信をもっていいのです。
 著者は大牟田出身で、今は鳥栖市に住んでいます。大牟田には、99歳になる父親がヘルパーサポートのなかで一人住まいだというのです。これまた、すごいですよね。
 そして、小選挙区制の弊害をきびしく弾劾しています。
 投票率は、かつての70%台から53%へと急降下したなかで、自民党は小選挙区で8割近い議席を占めているものの、実は、その得票率は5割にもみたない。
 比例代表のほうでは、3割の得票率なのに、4割の議席を占めている。トップ一人だけ当選する小選挙区制は、単に大政党というより、第一党が極端に有利で、第一党を勝たせるための選挙と言ってよい。
 安倍政権は、「小選挙区制によってもたらされた虚構」の上に存在しているにすぎない。そのもろさを自覚しているからこそ、強行採決をくり返すのです。そんな安倍政権を許すわけにはいきません。著者の、今後のますますの健筆を心より期待します。
(2015年6月刊。1500円+税)

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2015年7月23日

国際法学者がよむ尖閣問題

社会

                              (霧山昴)
著者  松井 芳郎 、 出版  日本評論社

 尖閣諸島について、国際法学者が冷静に議論している本です。日本政府の間違いもきちんと指摘したうえで、中国側の主張に合理性のないことも明らかにされています。
 いずれにしても、「領土紛争」があることを認め、平和的に外交的措置で解決すべき問題です。武力による「紛争解決」だけは絶対に避けなければいけません。安倍首相の誤った姿勢は日本の平和を脅かし続けています。
 尖閣諸島は、中国では釣魚台群島などと呼ばれている。4つの無人島からなるが、そのいくつかには第二次大戦前、日本人が居住していた。
 尖閣諸島をめぐる紛争は1970年代初頭に発生したのであり、その前に中国政府が抗議の意思表明をしたことはない。
 尖閣諸島、釣魚台群島について、日本政府は中国とのあいだに「紛争」はないという見解をとっている。しかし、このような日本政府の主張を支持する国は皆無である。
 そりゃあ、そうでしょう。日本政府、とりわけ安倍首相の考えは出発点から間違っています。
 尖閣諸島についての日本の領土権は1895年にまでさかのぼるが、この日本の領土権をめぐる両国間の紛争が具体化したのは1970年前後の時点だった。すなわち、1895年ではなく、1971年が日中間の紛争が具体化した時点であり、したがって後者が本件紛争にとっての決定的期日である。領域紛争において、この決定的期日がいつであるかというのは、とりわけ重要である。
 1896年(明治29年)、沖縄県知事は尖閣諸島を八重山郡に編入し、国有地台帳に登載した。そして、うち4島を古賀辰四郎に30年のあいだ無料貸与した。そして、1932年に、その後継者である古賀善次に払い下げられた。
 アメリカ軍は、1955年から尖閣諸島のいくつかを射爆撃訓練のために使用しはじめたが、このとき、日本と合意書をかわしている。すなわち、これらの島について日本に主権があることを前提とした合意である。
 釣魚台群島は、石垣島と台湾の間にあるのではなく、石垣島と沖縄本島との間にある。
 井上清の主張は、中国の毛沢東に追従していた当時のものであり、客観的な根拠はない。日本側の主張は、1985年より前は尖閣諸島は無地主だったというものであり、それらが琉球に属していたと主張したことはない。
 中国は決定的期日である1971年まで、いかなる請求も提出していなかった。日本による実効的支配の行為は先占の要件を満たすのに十分なものだった。
 尖閣諸島に関する紛争において、日本は中国に対して権原の凝固の理論を主張できる。
 1895年の日本による領域編入以来、1971年の決定的期日に至るまで、日本は尖閣諸島に対して実効的支配を継続しており、それに対して中国側からは日本による領有に対していかなる抗議も対抗請求もなかった。したがって、日本による尖閣諸島についての「領域主権の継続的かつ平和的な表示」は否定できない。
 なるほど、なるほどと思いながら読みすすめました。あとはこのような領土的紛争を武力によらず、外交交渉や国際司法裁判所などを利用するなりして、平和的にじっくり腰を落ち着けて取り組むべきものです。拙速はいけません。
 安倍首相の間違った政策は危険きわまりなく、直ちにやめさせる必要があります。
(2014年12月刊。2200円+税)

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2015年7月24日

帰還兵はなぜ自殺するのか

アメリカ

                               (霧山昴)
著者  デイヴィッド・ファンケル 、 出版  亜紀書房

 アメリカからアフガン・イラクへ戦争に行った兵士たち、小隊30人、中隊120人、大隊800人は、元気な人ですら、程度の差はあれ、どこか壊れて帰ってきた。悪霊のようなものにとりつかれずに帰ってきたものはひとりもいない。その悪霊は動き出すチャンスを狙っている。
 アメリカに戻ってきた元兵士の一人は次のように語る。
 ひっきりなしに悪夢をみるし、怒りが爆発する。外に出るたびに、そこにいる全員が何をしているのか気になって仕方がない。
200万人のアメリカ人がイラクとアフガニスタンの戦争に派遣された。アメリカに帰還したとき、戦争体験などものともしない者もいる。しかし、200万人の帰還兵のうち20~30%にあたる50万人の元兵士がPTSDやTBIを負っている。
PTSD・・・・心的外傷後ストレス障害、ある種の恐怖を味わうことで誘発される精神的な障害。
TBI・・・・外傷性脳損傷、外部から強烈な衝撃を与えられた脳が脳蓋の内側とぶつかり、心理的な障害を引きおこす。
苛立ち、重度の不眠、怒り、絶望感、ひどい無気力。なげやりな態度・・・。
繰り返し外国の戦場に派遣された兵士は自殺しやすい。既婚兵士は自殺しにくい。
戦争のあいだ、毎日が同じように始まった。兵士たちは幸運のお守りをポケットに入れ、最後の言葉にまつわる冗談を言い合った。素早く円陣を組んで祈りあげ、最後の煙草を吸った。
防弾チョッキのベルトをきつく締め、耳栓をし、耐破損性サングラスを下ろし、耐熱性グローブをはめた。「出発」という号令とともに、ハンヴィー(アメリカ軍の装甲車)に乗り込んで進んでいった。道路の先で自分たちを待ち受けているのが何か、よく分かっていた。
兵士たちは、ハーレルソンのハーヴィーが宙に高く吹き上がり、火に包まれるのを見た。エモリーが頭を打たれて倒れ、自分の血にまみれていくのを見た。兵士たちが脚を失うのを、腕を失うのを、脚を失うのを、手を失うのを、指を失うのを、つま先を失うのを、目を失うのを見た。
次々に起こる爆発音を聞き、何十台ものハンヴィーが消えて、凄まじい炎の雲と化し、死骸へと変わるのを見た。そして、しまいには、兵士たちの大半がその雲に取り込まれてしまう。恐怖の瞬間に、雲に囲まれて何も見えないまま考えた。
自分は生きるのか、死ぬのか、無傷のままか、ばらばらになるのかと。やがて耳鳴りがし、心臓が激しく鼓動し、精神が暗黙に落ち、目には時折涙があふれてくる。
彼らは分かっていた。分かっていたのだ。それでも毎日、戦闘に出かけ、戦争がどのようなものが分かってくる。
 勝者はいない。敗者もいない。勇敢なものなどない。ひたすら家に帰るまでがんばり、戦争のあとの人生でも、同じようにがんばり続けなければならない。
アメリカからイラクへ侵攻した兵士たちの多くが貧困家庭出身の若い志願兵だった。ある大隊の平均年齢は20歳だった。そして、毎年240人以上の帰還兵が自殺を遂げている。自殺を企てた人は、その10倍いると推定されている。なぜなのか。
本書では、そのいくつかのケースを家庭訪問するなどして明らかにしています。
 経済徴兵制というのは、アメリカにならって、日本でも取り入れられる恐れがあります。
 自民・公明の安倍政権のすすめている戦争法案は必ず廃案にしなければいけません。
 日本の未来を担う若者から、その輝かしい未来を奪わないようにしましょう。あなたも、ぜひお読みください。
(2015年6月刊。2300円+税)

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2015年7月25日

「イタリアの最も美しい村」全踏破の旅

ヨーロッパ

                            (霧山昴)
著者  吉村 和敏 、 出版  講談社

 イタリアの「美しい村」234村を4年半もかけて全部まわり、紹介した写真集です。
 すごいです。立派です。楽しい写真集です。そして、いかにも美味しそうなスパゲッティがひそかに紹介されていて、ああっ、これ食べたいと思わせます。さすがプロの写真家による写真集です。そして、それぞれの村の故事来歴がよく調べてあるのにも驚嘆しました。
 私はフランス語なら、なんとか話せますので、フランスの「美しい村」めぐりはしたいと思いますが、イタリアは言葉の障害があるので、行く気にはなれません。この写真集で、しっかり行ったつもりになりました。
 「美しい村」というだけあって、すごい写真が満載です。チヴィタ・ディ・バンニョレジョという村は、まさしく「天空の城」です。一本の狭い橋が小高い山にある村を結んでいます。ただし、この村の住人は、今や8人という寂しさです。
モラーノ・カラブロという村は、小高い丘に至るまで、ぎっしりと家が建ち並んでいて壮観です。
 トスカーナ州にあるピティリアーノという村も、緑の樹海の上にそそり立つ岩全体が村になっています。フランスで私も行ったことのあるレ・ボーのような村です。ちなみに、レ・ボーは、松本清張の本の舞台にもなっています。
 このピティリアーノ村は、まったく観光地化されておらず(レ・ボーは完全な観光地です)、三毛猫がけだるそうに寝そべっています。
 2009年に出版された「フランスの美しい村」に続く、イタリア版の写真集です。
 この本には、強く心が惹かれるのですが、私は一人旅はしたくありません。安全面という理由もありますが、なんといっても一人で食事をしたくないというのが最大の理由です。
 おいしい料理を、これは美味しいねと言いながら、その日の感想を気楽に心を許して話せる人と旅行したいのです。
 それにしても、著者の敢闘精神には深く感謝します。まだ50歳にもならない、なかなかのイケ面の著者であることに気がつきました。いつも、ありがとうございます。
(2015年3月刊。3800円+税)

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2015年7月26日

汽車ぽっぽ判事の鉄道と戦争

社会

                               (霧山昴)
著者  ゆたか はじめ 、 出版  弦書房

 汽車や鉄道の好きな人を「鉄ちゃん」とか「鉄子」と呼びます。私の身近にも「鉄ちゃん」がいて、たまに見事な写真を披露してくれます。
 この本の著者は、福岡でも裁判官をしていました。引退したあと、東京のほか沖縄にも自宅を構えています。東京の自宅には、なんと払い下げてもらった汽車ポッポ客車コーナーまであります。4人掛けでボックスシートには網棚まであるのですから、本格的です。
 著者は祖父の代から裁判官をつとめてきました。そして、著者は幼いころからの筋金入りの鉄ちゃんなのです。小学生のころ、母ともども学校に呼び出され、「電車好きもいいが、ちょっと度が過ぎる。もう少しつつしむように」と訓戒されたというのです。これは、すごいことですよね・・・。
 父親は、裁判官だったのですが、広田弘毅首相の秘書官になり、著者は晴れて都内を電車通学するのです。
 戦前、終戦間近のころに、父親が東京から長崎地裁署長へ赴任するので、家族総出で汽車で移動したときの写真が紹介されています。
 1945年4月のときですから、アメリカ軍によって列車まで空襲されるのです。そして、父親は、官舎で被曝します。幸いにも、次は京都地裁署長へ栄転します。どうやら被曝による障害は軽かったようです。その経験から、平和を愛してがんばったものと思われます。
 そして、著者は、裁判官をしながら、全国の鉄道を踏破していき、ついに、昭和52年(1977年)に国鉄全線を乗り終わったのでした。最後は秋田県の角館(かくのだて)線の終点の松葉駅。角館の武家屋敷には行ったことがありますが、指宿や島原の武家屋敷よりスケールが大きいと思いました。
 エリート裁判官としてのコースを歩みながらも、趣味に生きている著者の楽しい思いの詰まった本です。福岡の岩本洋一弁護士からすすめられて読みました。今後ますますのご健勝を心より祈念します。
(2015年15月刊。1800円+税)

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2015年7月27日

現実を生きるサル、空想を語るヒト

人間

                              (霧山昴)
著者  トーマス・ズデンドルフ 、 出版  白揚社

 霊長類にとって、他者をじっと見るのは脅しのジェスチャーであることが多い。霊長類は、たいてい視線を合わせることを避ける。
チンパンジーの目には白目がない。人間の目は視線の方向を伝える。自分がどこを眺めるのかはっきりと表に出し、他者がどこを見ているのかを読む。霊長類は、視線の方向をカムフラージュしている。
 模倣は、正常な社会的発達と認知発達にとって欠かせない。
 人間は、しばしば知らないうちに、互いをまねる。相手の姿勢や動き、話し方を無意識のうちにまねる傾向がある。教育は模倣を裏返しにしたもの。
チンパンジーは、団結もし、争いがあれば、相互に助けあう。このような連帯が、チンパンジーの政治的闘争の基盤となっている。
人間と同じように、チンパンジーは、自分を助けてくれた者のほうをよく助ける。チンパンジーは、誰と協力するのが一番いいのかを知っている。
 チンパンジーは、表情で他者に合図したり、他者から何かをせびったり、服従や優越性を示したり、仲直りを求めたりする。
 心のなかでシナリオを構築する能力は、人間では2歳から急激に発達する。
 人間の子どもは、起きているあいだのかなりの時間を費やして空想して遊ぶ。子どもたちは、人形などをつかいながら、シナリオを思い描いて飽きもせずに、それをくり返す。
 思考とは、根本的に、行動や知覚を想像することである。
 子どもは、遊びのなかで仮説を試し、数々の可能性を検討し、因果推論をする。
 子どもは心のなかでシミュレーションすることを学ぶ。要するに、考えることを学ぶのである。
 他者を楽しませるヒトは、性選択で有利な傾向がある。芸術家や俳優・音楽家には、人を楽しませるのではないタイプの人に比べてパートナーが多くいることが多い。
 人間とは何者なのかを、サルやチンパンジーなどと対比させながら考えていった本です。
(2015年1月刊。2700円+税)

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2015年7月28日

シハーディストのベールをかぶった私

ヨーロッパ

                              (霧山昴)
著者  アンナ・エレル 、 出版  日経BP社

 「イスラム国」にヨーロッパの若い男女が吸い込まれているのはショッキングな出来事です。
 インターネットをつかった勧誘がすすみ、現実世界とはかけ離れた仮想社会の空理空論に青年男女が惑われているのです。日本でいうと、かつての(今も?)オウム真理教のようなものなのでしょう・・・。
 インターネットばかり見ていると、その仮想社会が現実のように見えてしまい、ひとたびシリアに入国したら、もう逃れる術はないのです。なにしろ、自爆テロが推奨される「社会」なのですから・・・。その要員に、おだてられて、なりかねません。
ノルマンディー出身の女の子は、たった一人でインターネットを見ているうちに、人生すべての答えを見つけたと思った。数週間後、キリスト教からイスラム教へ改宗し、イスラム過激派の部隊に参加するために旅立った。
「資本主義っていうのは、この世の堕落の源なんだ。キミがテレビを見ながらお菓子を食べ、CDを買い、店のショーウィンドーを眺めているとき、イスラム教徒だけの国を建てて幸せに暮らすというささやかな夢を抱いた仲間たちが、毎日たくさん死んでいる。オレたちが命をかけているというのに、キミたちは一日中、どうでもいいことばかりに時間を費やしている。キミは、美しい心の持ち主なのに、不信心者の世界で生きている。そのままだと、キミは地獄で焼かれてしまうんだ」
女性は誰にも1センチであっても肌を見られてはいけない。ベールは顔を見せてしまうから不十分だ。だから、ブルカを着て、その上にベールをかぶらなければならない。
 「自爆戦士は、もっとも有能な連中だ。信仰心があり、勇気がある。アッラーのために自爆できる人間は、栄誉とともに天国へ旅立つ。
 自爆戦士は、自分の命を犠牲にする覚悟のある戦闘員である。ISでは、もっとも弱いものは物資補給などの兵站業務を担当し、『その次に弱い者たち』が自分自身を吹き飛ばす。その仲間は、日に日に増えている」
 フランス人の若い女性ジャーナリストが、年齢を20歳と偽って、「イスラム国」の幹部(フランス人)とスカイプで会話して、侵入しようとした顚末が記されています。
 インターネットだけの接触なのですが、身元がバレないように気をつけながらスカイプで会話していく様子がリアルに伝わってきます。そして、その身に危険が迫ってくるのにハラハラドキドキさせられるのです。そこには、バーチャルではない、怖い現実があります。
(2015年5月刊。1800円+税)

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2015年7月29日

ヒトラーと哲学者

ドイツ

                            (霧山昴)
著者  イヴォンヌ・シェラット 、 出版  白水社

 ヒトラーは、1923年11月、ミュンヘン一揆に失敗し、逮捕・投獄される。国家反逆罪で有罪となり、1924年の春からバイエルン州にあるランツベルク刑務所で過ごす。
 ところが、ヒトラーの部屋は高級食料品店の様相を呈していた。ドイツ中の支持者が貢ぎ物を送りつけていた。そして、看守からも優遇されていた。
 ある女性からのプラムケーキの差入れに対するヒトラーのお礼状が紹介されています。
 ヒトラーは学校時代の後半には、際立って能力に欠けると見なされ落第していた。ヒトラーは、学業に何の興味も示さない怠惰な生徒と思われた。
 ヒトラーは、行動の人として刑務所に入ったが、出るときには「哲人指導者」だったと自分では考えていた。
 ヒトラーは遅くに起床し、いつも怠けたり、うつらうつらして過ごした。集中して本を読むことが嫌いで、本一冊を読み通すのはまれだった。たいていは、本の出だしの部分を読むだけだった。
 ヒトラーは貪欲で、意地汚いところがあった。むら気をおこさずに働くことができない。実際に、彼は仕事ができない。アイデアが浮かんだり、衝撃を受けたりはする。熱に浮かされたように、それを実地に移すことを命じるが、あっという間に取りやめにされた。ヒトラーには、持続的に辛抱強く仕事することが、何なのか分からなかった。
 ヒトラーのやること、なすことは「発作」だった。ヒトラーの言う、子ども好き、動物好きは、ポーズにすぎなかった。
 1933年に、ユダヤ系知識人を学問の世界から追放する布告が実行されたとき、ヒトラーたちはほとんど抵抗を受けなかった。抗議行動は、まったく起きなかった。なぜか?
 多くのユダヤ人が追放されると、そのポストが空く、そこへアーリア系の大学人たちが、ハゲワシよろしく割り込んできたのだ。
 ナチは、比較的少人数のはぐれ者集団から始まったが、ほどなく普通の学歴をもった人間がどんどんメンバーに加わるようになった。ときがたつと、大学人のほとんどがナチ化された人間になっていた。
 ハイデガーのナチスに対する協力は、ヨーロッパ中の崇拝者たちを戸惑わせた。そして、ドイツ国内では、大きな影響力を発揮した。
 カール・ヤスパースがハイデガーに「あんな無教養な人間にドイツを統治させていいものかどうか」と問いかけると、ハイデガーは、「教養など、どうでもいい。あの人物の素晴らしい手を一度見たまえ」と答えた。なんと非論理的な答えか・・・。
 このハイデガーに、ユダヤ人の若き女子学生、アンナ・ハーレントも強く心が惹かれ、秘密の愛人となったのでした。
ハイデガーは、ヒトラーを礼賛した。ナチズム支持大会にハイデガーは出席して演説もしているのです。信じられない哲学者の堕落です。
 ミュンヘン大学の哲学教授クルト・フーバーは1943年7月、ギロチンで処刑された。
 学生を感化させることにかけては、フーバーに及ぶ者はいなかった。その一人がトップクラスの才媛ゾフィー・ショルだった。白バラ兄妹を感化した教授もまた、ナチスによってギロチンで処刑されたのです。
 フーバーは、左翼でもなければ、ユダヤ人でもなかった。保守的なナショナリストだった。フーバーは、いかなる類の暴力も激しく嫌っていたし、ヒトラーをドイツ社会の価値観を破壊する者だととらえていた。
 ハイデガーとは異なり、フーバーは、ヒトラーの話しぶりに惑わされることなく、そして大学にいる多くの同僚とは逆に、声を出した。フーバーがカントの講義をするのは、ヒトラーに抵抗せよと言う本当のメッセージを学生に伝えたかったからだ。
 白バラは、哲学に強い関心をもった学生活動家が主体となった、結束の固い小グループである。白バラは勇敢であるとともに、非暴力を貫き、自分たちにできる唯一の手段は言葉でもって抵抗した。
 クルト・フーバーが処刑されたあと、家族は遺族年金の支払いを拒否された。学生や友人たちが遺族へのカンパを募ったところ、ナチスは没収し、現行犯で逮捕した。そして、ギロチン使用料として、給与2ヶ月分に相当するお金の支払いを命じた。
 ハイデガーは、戦後、サルトルの後援で返り咲いたが、戦前のナチス礼賛について、まったく反省を示さなかった。
 ユダヤ人である、アンナ・ハーレントの葬儀は無宗教で行われた。
 いろいろ、深く考えさせられる本でした。
(2015年4月刊。3800円+税)

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2015年7月30日

アメリカン・スナイパー

アメリカ

                               (霧山昴)
著者  クリス・カイル 、 出版  ハヤカワ文庫

 映画をみましたので、その原作を読みたいと思いました。
 映画も原作も、アメリカのやっていることは、まったくの間違いだと言わざるをえません。
 「敵」の有力者を一人ずつスナイパーを殺していったとしても、その国を全体として支配できるわけがないのです。一人の狙撃手が敵軍の戦闘員160人の殺害に成功した。これは、局所(ミクロ)に見たら、すごい人数です。しかし、大局的にみると、なんという数字でもありません。何万、何十、いえ何百万人もの大衆を一人のスナイパーが支配できるはずもありませんから・・・。
 そして、そんなにたくさんの「敵」を殺した兵士の多くは、精神的におかしくなってしまうのです。160人を殺した伝説の英雄は、なんと「狂った」味方の兵士からアメリカで射殺されてしまうのです。
 シール(SEAL)の兵士の離婚率は、異常に高い。
 スナイパーとして、照準器を除いているときには、両方の目を開けておく。右目は照準器腰にみていて、左目は全体を見ている。これで、状況把握がしやすくなる。
 スナイパーは、市街地では、180メートルから360メートル内を狙う。郊外だと730メートルから1100メートルを狙う。そして、頭ではなく、体の中心を狙って討つ。はずしにくい。どこにあたっても、相手は必ず倒れる。
 民主主義をイラクにもたらすために命を危険にさらしたわけではない。命を危険にさらしたのは、友人のためであり、友人や同じ国の仲間を助けるため。戦争に行ったのは祖国アメリカのためであり、イラクのためではない。祖国が自分をイラクに送り込んだのは、あのくそったれどもがアメリカに来ないようにするためだ。つまり、イラク人のために戦ったことなど、一度もない。
 3日間、戦闘に出かけ基地に帰って一日休む。まず眠り、それからテレビゲームをやったり、家に電話をかけたり。基地から発信される通話は、すべて録音されている。
 イラク(ラマディ)で殺されたいのなら、警察官になるのが手っとり早い。また、警察組織には汚職がはびこっている。
 バグダッドのなかにあるサドル・シティでは、市民は普通に仕事に出かけ、市場で買い物をしていた。その一方で、銃を手にして脇道から忍び寄り、壁をつくっているアメリカ人兵士を狙う連中もいる。
 ファルージャは、ひどかった。ラマディは、さらに辛かった。サドル・シティは最悪だった。
 今の自分は、初めて戦争に行ったときの自分ではない。誰もが変わってしまう。戦場に行くまでは純真な心を持っているが、とつぜん世の中の裏側を目にする。
 戦争は、まちがいなく人を変える。死を受け入れるようになる。
 2013年2月、カイルは、テキサスの射撃場で射殺された。
 カイルは、このとき、除隊したあとで民間軍事訓練会社を経営する一方で、心身に障害を負った元兵士を支援する活動に従事していた。カイルを撃ったのは、PTSDを患う元海兵隊員だった。
 武力・戦争に頼るだけでは何も解決しないことに、一刻も早くアメリカ国民は気がついてほしいと思います。そして、日本にはアメリカの過ちを繰り返してほしくはありません。
 安倍首相の強引にすすめる戦争法案の成立を阻止するため、引き続きがんばります。
(2014年10月刊。860円+税)

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2015年7月31日

さらば、ヘイト本

社会

                               (霧山昴)
著者  大泉 実成・加藤 直樹 ほか 、 出版  ここから

 嫌韓・反中本ブームの裏側を探った本です。
 福岡の本屋には、今でも嫌韓・反中の本が店頭に平積みしているところがあります。まさしく安倍首相の思うツボの状況があります。
なんとなく、韓国はいやだな、中国は怖いぞと思わせておいて、だから突然、自衛隊は海外へ武器をもって出かける必要があるのですと、論理を飛躍させるのです。
 そこにあるのは、思考の停止です。まともに自分の頭で、じっくり考えることなんて求められていませんし、許されません。まるで、オウム真理教の世界です。
 ヘイト本は、それをあおりたてた、タチの悪い本です。売れたらいい、あとがどうなろうと自分は知らない。お金ほしさになんでもやるという編集者たちの頭のなかは、いったいどうなっているのか・・・。
 ヘイト本のブームは2013年から2014年までの2年間。累計して200冊以上の嫌韓・反中の本が刊行された。
 月刊「宝島」は、ほぼ毎号「反日叩き」を特集してきた。しかし、2014年11月号を最後として、大特集はしなくなった。
 漫画誌の「ガロ」は、私も大学生のころ、まわし読みしていました。なにしろ、白土三平の「カムイ外伝」など、目を見開く思いでマンガを読んだものです。いわば、反権力の「ガロ」の出版社である青林堂が、いつのまにかヘイト本の出版社になっていただなんて・・・。信じられません。
 「在特会」だけでなく、他者を排撃していく運動というのは、その根底にあるのは、自分の存在に対する不安だ。個々が切れている。切れてしまっているから、不安になって、何かに結び付きたくなる。彼らが攻撃しているものは、実は、自分の内面にあるものなのだ。
歴史的事実を無視して、一方的に虚妄の主張をくり返すのは、かつてのルワンダの虐殺扇動を思い出させます。
言論人も責任があることを少しは自覚すべきですよね・・・。いい本でした。
(2015年5月刊。900円+税)

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