弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

イギリス

2020年8月12日

舌を抜かれる女たち


(霧山昴)
著者 メアリー・ビアード 、 出版 晶文社

出だしがホメロスの『オデュッセイア』です。
ペネロペイアはオデュッセウスの妻であり、テレマコスの母。
ペネロペイアが吟唱詩人にもっと楽しい別の歌をうたってくれないかと頼んだとき、息子のテレマコスが次のように言って待ったをかけるのです。
「母上、今は部屋に戻って、糸巻きと機織り(はたおり)というご自分の仕事をなさってください。人前で話をするのは、男たちの仕事。とりわけ私の仕事です。私が、この王宮の主なのですから...」
3千年前のギリシアで、女性の公的発言が封じられる様子が語られていますが、これは今に通用するのではないか...。これが、この本の一貫した主張です。なるほど、かなりあたっていますよね。
古代ローマの『変身物語』では、若き王女ピロメラがレイプされる話があり、レイプ犯はルクレティアが強姦者を糾弾したことを知っていたので、その二の舞になることを恐れて、ピロメラの舌を切ってしまう。シェイクスピアの『タイタス・アンドロニカス』でも、同じようにレイプされたラヴィニアが舌を切断される話が登場する。
古典文学では、女性の声に比べて低い男性の声の権威がくり返し強調されている。低い声は男らしい勇敢さを。女性の甲高い声は臆病さを表した。
おおやけの場で声をあげる女性は、古代ローマのマエシアのように、両性具有の変人と扱われるが、みずからそうふるまっている。たとえば、エリザベス1世がそうだ。
イギリスでは、女性が財務大臣になったことは、これまで一度もない。
あまり受けのよくない議論を呼ぶような意見、人と異なる意見を言うだけでも、それを女性が口にすると、お馬鹿な証拠だととられる。
マーガレット・サッチャーは、声を低くするボイストレーニングを受け、甲高い声に「足りない」威厳を加えようとした。
イギリスの国会議員のうちの女性は、1970年代には4%にすぎなかったが、今は30%。いったい日本はどうでしょうか...。それでも、女性の大臣でもぱっとしない人が目立つのが残念です。今の森まさ子法務大臣、稲田朋美、片山さつきなどなど、そのレベルのあまりのひどさに嫌になってしまいます。
イギリスでは、ロンドン警視庁の総監もロンドン大主教も女性。あとなっていないのはBBCの会長だけ...。日本とは、まるで大違いですね。
わずか100頁あまりの本ですが、ずしりと重たい本でした。
(2020年1月刊。1600円+税)

2020年4月 6日

英国貴族、領地を野生に戻す


(霧山昴)
著者 イザベラ・トゥリー 、 出版  築地書館

1558年、自分が王位を継承したことをエリザベス一世が知ったのは、大きなオークの木の下に座っていたときだった。このオークの古樹が枯れたとき、現在のエリザベス女王は、そこにオークの若木を植えた。
庶民にとって、オークは生計の手段であり暮らしを支えるものだった。ドングリはブタの餌になり、パンをつくるのにも使われた。樹皮は皮をなめすのに使えたし、刈った枝は、冬は家畜の飼料になり、薪にもなった。おが屑は肉や魚をくん製にするのに使い、没食子からはインキをつくった。そして、木材で炭をつくり、それを使って鉄を精錬した。
オークは、イギリスのどんな郷土樹種よりも多様の生物を支えており、その中には亜種をふくめて300種をこえる地衣類や膨大な種類の無脊椎生物が含まれている。また、キバシリ、ゴジュウカラなど、シジュウカラ科の野鳥に巣と食べ物を提供する。
成熟したオークは毎年70万種の葉をつけるが、秋には簡単に分解されて、地面に栄養たっぷりの小山をつくる。その地面には、色とりどりのさまざまなキノコが生える。
オークが生態系としての本領を発揮するのは、樹齢が高くなり、盛りをすぎて幹に空洞ができはじめてからだ。心材が腐るにつれて栄養分がゆっくりと放出され、幹に新しい生命を吹き込む。木の空洞に巣をつくるコウモリや鳥の糞も養分となる。そして、落ちた枝がさらに根に養分を提供する。この循環プロセスに重要なのはキノコ類だ。
樹齢900年以上のオークがイギリスには118本あり、その大半は貴族の所有する庭園にある。オークという木が、こんなに大切な役割を果たしていることを初めて知りました。
著者は農業経営に見切りをつけ、農場を農業から解放した。すると、農地が生き物であふれかえるようになった。
14世紀の初め、イギリスにはダマジカのいる鹿狩り庭園が1300ヶ所以上あった。現在、イギリスには野生のダマジカが12万8000頭いる。賢いメスのシカはオークの木の下で冬に備えてカロリーをため込む。オスのシカは、冬が来るころには、疲れ果てて、餓死しかけていて、一番弱いものから死んでいく。自然は、こうやって不必要な個体を排除する。餓死というのは、自然界の重要な要素で、基本的な自然のプロセスなのである。
南ヨーロッパの乾燥した地方にある乾いたマツの森とは違って、イギリスには唯一の例外であるヨーロッパアカマツを除いては、火のつきやすい樹種はないし、稲妻が発生しても消防車が発動することはない。
乳牛の生涯は過酷である。3~4回も出産し、1日平均22リットルの牛乳を1日365日分泌し続けたあと、5歳から6歳のころ廃牛処理加工場行きとなり、その肉はドッグフードかミートパイにするくらいの価値しかない。
ところが、農場で放任して育てたウシは、最長なんと21歳という高齢まで生きた。母ウシは次の子ウシが生まれたあとでさえ、家族の絆は強い。
ウマにぜいたくな餌を与えすぎると病気になってしまう。ウマは胃が一つしかないので、感染しやすい。
フンコロガシが糞の中に含まれる寄生虫を食べ、糞そのものを速やかに処理することで寄生虫による伝染を防ぎ、その結果、化学合成された駆虫剤を家畜に与える必要も減る。フンコロガシが健康的な牧草の成長を促進することによって、家畜産業は年に3億6700万ポンドの節約になっている。
世界で生産される食料は、すでに100億人に食べさせるに十分なのだ。ところが、13億トンに及ぶ食べ物が毎年廃棄されている。先進工業国は、年に6億7000万トンもの食べ物をムダにしている。
ヨーロッパの倍の面積をもつアメリカにいるグリズリーが1800頭しかいないのに対して、ヨーロッパには1万7000頭のヒグマがいる。
オオカミは1万2000頭で、アメリカの2倍近い。ヨーロッパ23ヶ国にはあわせて9000頭のオオカミヤマネコがすんでいる。
一匹のチョウの羽ばたきは聞こえない。だが、チョウも何万匹も集まると、まるで滝しぶきか、迫りくる気象前線のようなざわめきが生まれる。アフリカの乾いた大地から1万5000キロにも及ぶ距離をチョウが渡ってやってくる。触角の先端にある太陽コンパスを使っているらしい。
ナイチンゲールが鳴き、ビーバーが川をせき止める。環境復元によってさまざまな大自然の営みがすすんでいく。見事なものです。
自然環境をできる限り保存するというのは、いま大切な取り組みだと思いました。アマゾンの大森林も、ぜひ残したいものです。
(2020年1月刊。2700円+税)

2020年3月 8日

キッチンの悪魔


(霧山昴)
著者 マルコ・ピエール・ホワイト 、 出版  みすず書房

33歳のイギリス人シェフがミシュランの3つ星レストランを誕生させる苦労話が語られています。
祖父も父も、兄弟もみんなシェフ。イギリス労働者階級の出身からはいあがったのでした。
気にいらない客がいたら追い出してしまいます。お金はいらないから、とっとと出ていけというのです。それも無言でテーブルセッティングを片付け、しまいにはテーブルクロスまではがします。
三ツ星を獲得したあと、著者は目標を見失い、しばらく茫然自失としたあと、別の料理店で再起していくのでした。
三ツ星レストランにミスは許されない。一貫性がなければ、一つ星から二つ星、二つ星から三つ星には消してなれない。毎日毎日、毎食毎食、とても高い基準を保つというのは、極限中の極限の状況だ。
昔はシェフに想像力は求められなかった。シェフがレシピを逸脱して冒険するなんてことはめったになかった。
一流のシェフは自然に敬意を払う。
350人規模のパーティーが開かれることがあった。それでしばやくてきぱきと料理をつくる要領を学んだ。手に働きをインプットし、超高速でナイフを扱えるようになった。
料理人の世界でいじめられたが、子ども時代に厳しく育てられていたおかげで、ある男性中心のいじめ社会から別の男性中心のいじめ社会に飛び移ったにすぎないと思えば、なんとかなる。叱責されるのは、痛くも痒くもなかった。
一流のレストランをつくるためには、皿に乗せるものだけでなく、壁にかけるものにもこだわらなければならない。
何をするにしても、目の前の作業に集中し、完璧にこなさなければならない。
料理は自己表現の手段だ。味覚は、人それぞれだ。なので、テーブルには塩もコショウも置いておく。
さすがに、食べる前からウースターソースをどぼどぼかける人、マヨネーズを何にでも書ける人がいますが、それはやめてほしいとシェフでない私は思います・・・。
不安を振り払い、ほかのシェフたちを押しつけて、ストーブを自分のものにするには自信がいる。料理をするためには、みんなを押しつけて進むくらいのずうずうしさが必要だ。
著者の厨房では私語厳禁。生きた厨房が奏でる音は、どことなく美しい。食材を切る音、金属どうしの当たる音、肉の焼ける音、そのことに気づかせてくれる。
この本には、優秀なシェフとして日本人が登場し、また経営の相談にも乗ってくれる著者に忠実な日本人(イシイ)も登場し、なんとなくうれしくなります。
私は一つ星レストランで食事をしたことはありますが、まだ三つ星はありません。いつかはきっとと思っているのですが・・・。
(2019年11月刊。3000円+税)

2020年2月 2日

スコットランド王国史話


(霧山昴)
著者 森 護 、 出版  大修館書店

私はイギリスに行ったことがありません。ヒースロー空港に立ち寄ったことはありますが、空港の外に出る機会はありませんでした。大英国書館に入って、マルクスが座って勉強していたという場所にも行きたいとは思うのですが・・・。
そして、スコットランドというとスコッチ・ウィスキーというイメージしかありません。
いえ、メアリー女王がイングランドのエリザベス女王に反逆したとして処刑(断頭)されたことは映画にもなって知っていました。それくらいの知識です。
この本でスコットランド王国の歴史を、概略ですが知ることができました。スコットランド王国では、王という存在は徳川幕府の将軍ほどには安泰でなかったようなのです。驚きました。
スコットランドには、ケルト系のピクト人が大陸から移住してきていた。ピクト族は、中央ヨーロッパをルーツとすると言われている。そして、ローマ軍が紀元43年から5世紀初めまでブリタニア島に駐留して支配していた。しかし、ピクト族の居住するブリテン島北部まで支配することはできなかった。
スコットランドの支配層は、タニストリーという王位継承方式をとった。つまり、王家一族のなかから、力量があり、国王にふさわしい人物を、国王の在位中に次王として選んでおいて、王位継承の日に備えておくというもの。優れた国王を実現するのが狙いだ。
ところが、野心満々の人物が選ばれなかったら、その不満が爆発する心配があり、現にそうなっていった。長子継承の制度に変えようとする試みも途中であったが、それもまた、簡単にはいかなかった。この制度では、叔父、従兄弟、甥というように、直系による継承でないため、自然に在位期間が短くなる。そのうえ、継承に不満をもつ者による国王殺害が加わって、さらに在位期間が短くなった。
14世紀初め、スコットランド王国はイングランド軍に占領されていた。スコットランド内部の抵抗するリーダーたちは、それぞれの利害と思惑がからんで、協調も統一もない状況だった。
そして、14世紀半ば、イングランドがフランスとの百年戦争にのめり込んでいるときも、スコットランドは完全な独立を勝ちとることが出来なかった。
百年戦争のとき、フランスでは戦闘によって田畑を荒らすのはお構いなしだった。ところが、イギリスでは、イングランドでもスコットランドでも、農民や市民を困らせるような戦闘はしないという美風が固く守られていた。ばら戦争は30年ものあいだ続いたが、イングランドの民生には、ほとんど実害を与えなかった。イングランドにおける内戦は、互いに相手の町や建物などを破壊せず、一般民衆を殺戮することもなかった。
これって、信じられないことですよね・・・。
スコットランドのメアリー女王は、フランス王妃であり、イングランド女王でもあるという可能性があった。そして、本人は、終生、イングランド女王になる道を確信していた。
メアリー女王は、スコットランド王国から追放され、イングランドに逃げ込み、エリザベス女王の保護を求めた。ところが、メアリーは、自分にイングランド王位の正当な継承権のあることを主張しただけでなく、エリザベスを廃位に追い込む陰謀に何回も関係し、ついに反逆罪で処刑された。44歳だった。
波乱に満ちたスコットランド王国の歴史を駆け足でたどることのできる本でした。これも、正月の人間ドッグのとき滞貸一掃として読んだ本の一つです。
(1998年12月刊。2400円+税)

2019年11月 9日

よい移民


(霧山昴)
著者 ニケシュ・シュクラ 、 出版  創元社

移民、外国人、在日コリアン、台湾生まれ、元植民地出身者、ハーフ、ダブル、ミックス、2世、3世、4世・・・。日本にもたくさんの人々が「移民」として入ってきています。
そして、日本でもヘイトスピーチのような排外主義的風潮が強まっていて、本当に残念です。日本では安倍首相本人が「美しい国ニッポン」とか愛国心とか言って、その排外主義をあおりたてているのですから、最悪です。そのうえマスコミの多くがその尻馬に乗って嫌韓・嫌中で金もうけしようなんて考えているのには涙があふれてしまいます。
では、イギリスではどうなのか・・・。
この本は、ロンドン生まれのインド系イギリス人作家が編者となり、黒人、アジア系、エスニック・マイノリティの人々が自分の生い立ちや家族の歴史、日常生活や仕事のうえで直面する不安や不満、そして未来への希望を語りながら、21世紀のイギリス社会で「有色の人間」(パーソン・オブ・カラー)であるとはどういうことなのかを探究しています。
マイノリティの一員であると、貼り付けられたレッテルを磨きあげ、大事にするすべを習得するやいなや、それは没収され、別のものと取り替えられる。闘争で勝ちとったはずの宝石は、永遠に貸し出されたまま。折に触れて、自分で選んだわけでも、つくったわけでもないレッテルがぶら下がったネックレスを首にかけるようにと手渡される。それは束縛でもあり、装飾でもある。
多種・多様の民族が共生しているようにみえるイギリスでも、その内実は本当に大変のようです。それでも人々はそこに生きて格闘しています。日本も近い将来、直面すること間違いない状況です。いろいろ考えさせられる本でした。
(2019年8月刊。2400円+税)

2019年10月20日

たのしい川べ


(霧山昴)
著者 ケネス・グレーアム 、 出版  岩波少年文庫

イギリス人の著者が息子のために書いた童話です。
著者の父親は弁護士でしたが、意思も性格も弱く、一つの職業にとどまっていることができない人だったので、家族の生活はかなり不安定だった。
感受性の強い子どもだった著者は、母たちと一緒に暮らして笑いあえる生活を過ごしていたが、5歳のとき、母は病死してしまった。祖母の家に引きとられて、豊かな自然のなかで、川や小動物たちとたのしく語りあって育っていた。
しばらく別れていた父親が著者の前に戻ってきたとき、なつかしい、美しい人として心にえがいていた父親は、実は、不幸に負け、酒におぼれた人としてあらわれた。
そんななか、4歳から7歳まで、全感覚をあげて外の世界の美しさを吸収したと著者は語っている。この本にそれは十分に反映されているように思います。
中学で抜群の成績をあげても、周囲は誰も評価しない。仕方なく、17歳から銀行で働くようになった。そして、文章を書きはじめた。孤独な生活を過ごした少年は、かえって、そのころの因襲にとらわれず、批判的に大人をながめ、本来の子どものもっている感覚で、しっかり周囲の出来事を見ていた。そして、それを文章にあらわした。
著者は、4歳の一人息子が夜に泣いて泣いて困ったので、何かお話をしてやろうと言った。息子は、モグラとキリンとネズミの出てくる話を注文した。そこで、著者は、ヒキガエルが自動車を盗むところから始まる話を始めた。これが3年間も続いた。
キリンは、いつのまにかいなくなり、アナグマが出てきて、ヒキガエルが出てきた。
ヒキガエルは息子の性格に似ていたので、父子のあいだでは、ヒキガエルが出てくると、大笑いしていた。
知人の女性のすすめで、息子に語った話が、この本につながったのです。
それでも、出版社は、こんな本が売れるのか心配で断るところばかりだった。ようやく出版社がみつかり、1908年に世の中に出ると、10月に初版が出て、12月には第二版。翌年もずっと増刷されていった。
この本は、アメリカに渡り、シオドア・ローズベルト大統領に贈られ、本人が放っているあいだに、夫人と子どもたちが読んでた。
この話の主人公は、モグラとネズミ。それにアナグマとヒキガエルなどが組みあわされ、自然のなかに生きるささやかなものへの愛情を子どもに伝えたいという気持ちにあふれている。
心のほっこりするひとときが得られる楽しい童話でした。
(2018年2月刊。760円+税)

2019年9月24日

ぼくはイエローで、ホワイトで、ちょっとブルー


(霧山昴)
著者 ブレディみかこ 、 出版  新潮社

面白い本です。イギリスに住む日本人女性の息子(11歳、中学生)をめぐる話です。
イギリスでは階級差が固定しているし、はっきり目に見えるようです。さすがに日本でも、「一億、総中流」なんてという幻想は聞こえなくなりましたが、階級差は見えにくいままです。
イギリスの中学校にはフリー・ミール制度があって、生活保護や失業保険など政府からの補助を受けているような低所得家庭は給食費が無料になる。小学校は給食制なので、同じ食事を食べるが、中学校は学食制なので、生徒が好きな食事やスナック、飲みものを選ぶ。現金は使わず、プリペイド方式で、フリー・ミール制度対象の子どもには使用限度額がある。
中学校の正門には校長が立っていて、登校している生徒一人ひとりと毎朝、握手する。
労働党政権は、イギリスから子どもの貧困をなくすと宣言し、実際、1998年度に340万人だった貧困層の子どもが2010年には230万人と、順調に減少していった。ところが、2010年に保守党政権になって緊縮財政を進めると、平均収入の60%以下の所得の家庭で暮らす子どもが410万人に増えた。これはイギリスの子どもの総人口の3分の1にあたる。
制服が買えない子どもがいる。生理用品を大量に買って女生徒に配る女性教員がいる。私服を持っていないので、私服参加の学校行事のときには必ず休む生徒がいる。
イギリスでは、子どもが学校を欠席すると、親が地方自治体に罰金を払わされる制度がある。父母それぞれに60ポンドずつ請求される。21日以内に払わないと120ポンドに上がり、それでも払わないと最高2500ポンドの罰金、そして最長3ヶ月の禁固刑に処せられることがある。ひえーっ、これには驚きました。
イギリスの公立中学校には、さまざまな国から来た子どもたちがいて、子どもたちは、お互いに差別や貧困と格闘しなければいけないようです。日本より人種や貧困がはっきり見えるのです。
アイルランド人男性と日本人女性のあいだに生まれた著者の一人息子は、いかにもたくましく育っているようです。ヘイトスピーチを受けても母親がまったく動じないのが、思春期に差しかかった11歳の息子に何よりの精神安定剤になっているという印象を受けました。
イギリスの現実、そして厳しい社会環境のなかでのたくましい子育てを学ぶことができました。あなたにも一読をおすすめします。
(2019年8月刊。1350円+税)

2019年6月20日

候補者ジェレミー・コービン

(霧山昴)
著者 アレックス・ナンズ 、 出版  岩波書店

アメリカでサンダース上院議員が民主的社会主義者としてアメリカの若者たちに大きく支えられて躍進しているのと同じ現象がイギリスでも起きていることを知り、大変うれしく思いました。労働党の党首となったコービンの実像に迫った本です。
コービンを党首に押しあげたのは、一つの政治運動の流れであり、それがコービンの周囲に結集し、奔流となったのだ。三つの流れがコービンを支えたが、もっとも強い流れは緊縮財政に反対する運動だった。
コービンを2つの巨大組合ユナイトとユニゾンが支援した。これがコービン指示に正統性をもたらした。労働党では、2015年に1人の議員の票も一般党員の票と同じ価値をもつように変更された。そして、3ポンド払えば労働党の党首選に参加できるように変わった。
人々はコービンが勝つ可能性があるように見えたから加わった。そして、集まった人々が生みだした弾(はず)みがコービンの勝利を確実にした。
国の政治を実際に変えられる貴重なチャンスがあるという高揚感には伝染性があった。
いつもの顔ぶれの枠をこえて、ウィルスのように爆発的に広がり、初めて政治にかかわる若者、学生、アーティスト、反体制の運動家、オンライン署名者へと広がった。
新しい政治運動が誕生した。コービン運動だ。そこで際立っていたのは、自ら歴史をつくろうとする願いだった。運動は行動を望んだ。ボランティアに名乗り出る。メッセージを発信して説得する。電話で聞きとり調査する。友だちを勧誘する。イベントに参加する。政策を提案する。投票する。変化を求める勢力を築く。観察政治に嫌気がさしていた人々の集まりだった。これが、コービンとその選挙キャンペーンのもつ参加の精神と実践に共鳴した。
この運動には、前の世代にはなかった強力なツールがあった。ソーシャルメディアだ。
コービンは、キリスト教社会主義者、ただし、キリスト教抜き倫理的社会主義者。
コービンにはトニー・ベンのような人を鼓舞する演説の深さがあるわけではなく、トニー・ブレアの目端(めはし)が利いて人をそらさない表現力もない。しかし、心に深く抱いている共通の価値観を明確に表明して聴衆との結びつきを生む希有の能力がある。誠実さ、原則を守る姿勢、倫理的な力、コービンは一つの模範だ。そして、縁の下で助力を惜しまない。
ジェレミー・コービンは、何年もかかってつくられた大きな歴史的潮流によって労働党の党首へと押し上げられた。だが、必然は一つもなかった。労働党に投票した人の3分の2は国民投票でEU残留を支持し、3分の1はEU離脱に投票した。
コービンは宣言した。私たちは億万長者のための党ではない。企業エリートの党でもない。人びとのための党である。
若者の投票率が飛躍的に伸びた。18~24歳は52%が65%へ飛躍した。25~34歳は52%から63%へ上昇した。若者たちが労働党へ投票したのだ。
日本でも同じように若者に希望を与えること、世の中は変えられることを目に見える形で示すことが大切です。私は、最近つくづくそう思います。
私が20歳のころ、「未来は青年のもの」というスローガンに心がおどりました。東京・神奈川・京都・大阪と革新首長が次々に誕生していき、日本は変わる、変えられるという成功体験が今の私を根底で支えています。「アベ一強」の嘘つき放題のデタラメ政治が野放しにされていて、あきらめきっている若者に、そんなことはないよと呼びかけたいものです。
もりもり元気の湧いてくる本です。ぜひ、あなたもご一読ください。
(2019年4月刊。3700円+税)

2019年6月 6日

アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した

(霧山昴)
著者 ジェームズ・ブラッドワース 、 出版  光文社

イギリスでは、階級差が日本と違って、はっきりと目に見えるようです。
そして、サッチャーが炭鉱労働者の戦闘的な組合を壊滅させたことにより、労働者は頼るべき拠りどころをなくしてしまったようです。それは、日本でスト権ストの敗北後に労働組合の力が衰退していったのと同じだと思えます。
著者は実際にアマゾンの倉庫で働き、ウーバーのタクシー運転手、そしてコールセンターでも働いていて、その体験レポートでもあります。
イギリスで労働者になるということは、軽蔑されるか、あるいは生きることがぎりぎり許されるレベルの人間になるということ。現代のイギリスで貧困に陥るのは、いとも簡単であり、どんな選択をしたとしも誰にでも起こりえることだ。
アマゾンの倉庫は4つのフロアに分れ、従業員も4つのグループに分かれている。運ばれてきた商品を受けとって確認し、開封するグループ、商品を棚に補充するグループ、注文された商品をピックアップするグループ、商品を箱に詰めて発送するグループ。
アマゾンは、イギリス国内だけで8000人を雇用する巨大企業だ。一人の従業員は、国際物流のための大きな機械の小さな歯車でしかない。従業員の7割は1日に16キロ以上歩いている。
アマゾンの倉庫での仕事は、肉体的にきついだけでなく、精神的にもうんざりするものだ。この仕事には、感情のための緩和剤が必要だ。そのため脂っこいポテトチップスを買う。
労働者は、ジャンクフードと油と砂糖をたらふく食べる。単純労働による身体感情的な消耗を何かで補う必要に迫られる。それが、タバコ、酒、ジャンクフードなのだ。これが残された数少ない喜びになっている。そのため、肥満率が圧倒的に高い。
現在、イギリス全土で100万人以上がコールセンターで働いている。ウェールズには、200ヶ所以上のコールセンターがあり、3万人の雇用そして6億5千万ポンドの経済効果を生み出ている。
しかし、コールセンターの仕事は、退屈だ。そして雇用は常に不安定だ。コールセンターでは、従業員の監視システムがすすんでいて、従業員のすべての行動が監視・追跡・記録されている。
ロンドンの民間タクシーの運転手は過去7年間で倍増し、11万7千人となった。ウーバーを利用する乗客は2012年に5千人だったのが、今や170万人に増えた。ウーバーの運転手は、ピーという通知音が鳴ったら、15秒以内に仕事を受けるか、ほかのドライバーに任せるかを判断しなければならない。運転手が3回連続で乗車リクエストを拒否すると、外されてしまう。
運転手は、受けた仕事の件数、種類、キャンセルの有無が厳重に監視されている。
利用する料金が安いことから、乗客は運転手に対して敬意を払わない。
サッチャーが炭鉱夫の労働組合を攻撃したとき、多くの人は自分に関係ないことと、屁とも思わなかった。けれども、結局、この国で働くすべての人にその影響が及んだ。そして、その影響は今日までずっと続いている。
先日、イギリス労働党のコービン党首への圧倒的支持の高まりを分析した本を読みましたが、この本と通底するところがありました。要するに、希望を失ってはいけないということです。
(2019年4月刊。1800円+税)

2018年10月12日

塗りつぶされた町

(霧山昴)
著者  サラ・ワイズ 、 出版  紀伊國屋書店

 19世紀末のイギリスの首都ロンドンに6000人が暮らすスラムがありました。そのスラムの苛酷な生活条件を紹介しつつ、貧乏人から割高の家賃をもらって食いものにする金持ちが存在していたことを厳しく指摘しています。同時に、慈善事業に挺身する女性や牧師がいたことも紹介しています。
私からすると、大学生たちが、このスラムのなかでセツルメント活動をしていたことに注目しました。私も参加した学生セツルメント活動は、まさしくイギリスが発祥の地でした。その大学生のなかからアトリー首相も誕生したのです。
このスラム街に入って住民の部屋を訪ねるとき、ノックは無用。そもそもドアなどないことが多い。お金がなくて石炭が買えないとすれば、ドアのほかに燃やすものがない。ドアが残っていても、たいてい開けっ放しだ。盗られるものなどありはしないし、それを怖がる人もいない。
人口密度は高い。間口2.2メートル、奥行き4.2メートルの1部屋に12人が住んでいる。10部屋ある家に90人が押し込まれている。
このスラム街(ニコル)には5700人が住んでいて、その80%が子ども。年間の死亡率は人口1000人あたり40人で、他の地域の2倍。乳児死亡率は一般に年間1000人出産あたり150人に対して、この地区では252人。伝染病など、いったん病気になると、回復するのが難しかった。その原因は劣悪な住環境にある。過密や貧弱な衛生設備(まったくなかったりする)、ひどい湿気、日照不足、大気汚染にあった。
上水道や下水道は、どうだったのでしょうか・・・。
このスラム街の家賃はとても割高になっていた。だから、金持ちが貸家に投資したら、50~60%の利益が得られる。3倍もの利益をあげることも珍しくはない。極貧の人たちは、こんなぼろぼろの家屋しか借りることが出来なかった。家主に文句を言うと、初め勝っても結局、嫌がらせを受けて退去しなければならなくなります。いったん家を出たら、行くところがないという現実があります。ですから文句を言いたくても、じっとガマンするだけです。
1880年半ば、イースト・ロンドンで大学生のセツルメント活動が始まった。セツルメント運動は、オックスフォード大学の学生たちによって始められた。
1884年にトインビー・ホールが始まった。トインビー・ホールやオックスフォードハウスで働いた学生たちの多くは牧師になった。社会学の道に進んだ人もいれば、そのままスラム街に残って、講座を開いて住み込んだ人もいた。のちの労働党内閣で首相をつとめたクレメント・アトリーも、その一人である。
ホランド牧師は、不幸な若者たちに健全な影響を与える。労働者との接触を通して、若者は人の役に立つことを経験し、希望と活動を得る。しかし、労働者階級を自らの闘いに出向かせて勝利に向けて奮い立たせる点では何も貢献しない。このように決めつけた。まあ、日本でも客観的にはそうだったかもしれませんね。
1970年代の前半まで、日本には学生セツルメント活動がありましたが、一瞬にして消え去ってしまいました。イギリスでも同じなのでしょうか・・・。
このロンドンのスラム街を一掃するまで、大変だったと思いますが、追い出された家族は果たしてどこへ向かったのでしょうか・・・。
(2018年7月刊。2700円+税)

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