弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

韓国

2021年6月17日

満州国軍朝鮮人の植民地解放前後史


(霧山昴)
著者 飯倉 江里衣 、 出版 有志舎

大変貴重な労作です。韓国軍トップの過去の黒い背景、そしてそれは日本帝国主義の負の遺産そのものだということを痛感させられました。
大韓民国政府が解放直後から朝鮮戦争期間までに韓国の人々に加えた暴力は、日帝強占期の暴力以上のものだった。それは日帝警察と同じ、あるいはそれ以上に残酷なものだった。
何が彼らにそれほど残忍な行動をとらせたのか...。果たして、同胞、同じ民族という事実は、人々の残酷な行動を抑制することができなかったのか。同じ民族であるにもかかわらず、否、同じ民族であるからこそより残忍であった。いかなる状況で、これほど残酷になれるものなのか...。
その答えは...。日本軍による虐殺イデオロギーのもと、中国の河北省で抵抗する民間人を「共匪(きょうひ)」とみなして虐殺した朝鮮人たちは、解放後の南朝鮮においても「共匪」は殺さなければならないというイデオロギーを持ち続けた。つまり、解放後の満州国軍出身朝鮮人たちにとって、同胞であるかどうかは重要でなく、「共匪」であるかどうか(「共匪」とみなせるかどうか)が決定的な意味をもっていた。
満州国軍出身の朝鮮人にとっては、麗順抗争時の鎮圧作戦を経て初めて、共産主義者が殺さなければならない存在に変わったのではなく、「共匪」は殺さなければならないという日本軍による虐殺イデオロギーが、その思想として解放後まで引き継がれていたのだ。
済州島事件に連動する麗順抗争のとき、満州国軍出身の金白一は、鎮圧作戦下の虐殺にもっとも積極的に加担した人物の一人だった。そして、このとき、「戒厳令」下の「即決処分」(処刑)は、何ら法令の根拠をもたなかったが、「緊急措置」として正当化されてしまった。
アメリカ軍は、このようにして進行する虐殺の一部始終を見ていたが、一貫して傍観者であり続け、民間人への多大な暴力を「秩序の回復」過程としてとらえていた。また、この虐殺は、韓国軍にとっての良い経験になると認識していた。
韓国軍の根幹は、日本軍そして満州国軍出身の朝鮮人によって構成されていて、日本軍の虐殺イデオロギーが引き継がれていた。これは歴史的事実である。
ところで、関東軍(日本軍)は、根本的に朝鮮人を信用していなかった。最後まで、朝鮮人に対する不信感を払拭できなかった。朝鮮半島を軍事的に支配していたとしても、日本軍は心の底で日本からの独立を願っている朝鮮人を恐れていて、いつかは裏切られるかもしれないとビクビクしていたということなのでしょうね...。
そこで、関東軍が満州国軍内に抗日武装闘争を展開中の東北抗日聯軍と対峙する間島特設隊を創設したとき、指揮官には多くの朝鮮人を登用したが、最高指揮官である隊長と、その下の連長の大半は日本人をあてた。朝鮮人兵士たちと、彼らを管理・指揮する朝鮮人を常に日本人が監視できる体制をつくった。日本の軍事教育を受けた人々が、いつ団結して日本人に銃口を向けるか分からないという恐怖心が朝鮮人指揮官は最小限に留めるという方針になった。
間島特設隊は、1938年9月に創設され、中国の河北省において、部落の民間人と八路軍を区別するどころか、いかに中国人部落の民間人の抵抗を抹殺して自分たちに服従させ、人々から八路軍についての情報を得るかに奮戦していた。そして、そのためには民間人の虐殺もいとわなかった。そこには、「共匪」は民間人かどうかを問わず殺さなければならないという日本軍の虐殺マニュアルがあり、それを実践し、身につけていた。
大変に実証的な研究の成果だということがよく分かり、とても勉強になりました。引き続きのご健闘・健筆を心より期待します。少し高価な本ですので、図書館に注文して、ご一読してみてください。
(2021年2月刊。税込7480円)

2021年5月 1日

囚人Ⅱ


(霧山昴)
著者 黄 皙暎、 出版 明石書店

現代韓国を代表する作家として、ノーベル文学賞候補と言われる作家の自叙伝の後半(続き)です。
高校在学中に新人文学賞をとったというほどの早熟の作家なのですが、ともかく、その社会生活の多様さに圧倒されます。国内の無賃乗車の旅は韓国の若者特有の冒険旅行のようです(日本でも、かつて若い人がリュックひとつを背負って旅行してましたね。バックパッカーとして...。今は、聞きませんね)が、きつい肉体労働を若いときから何回もしていますし、出家しようと決意して、お寺での僧坊生活も体験しています。
さらには、徴兵に応じて海兵隊員としてベトナムへ行って1年半ものあいだの実戦経験があります。帰国してからも肉体労働しながら著述をすすめ、ついに専業作家となるのですが、民衆文化運動に加わるなかで民衆による光州事件を支援し、北朝鮮訪問も敢行しています。書斎にとじこもった作家というのではなく、歩きながらペンもとるという行動派の作家として歩んできました。
ベルリンとニューヨークで亡命生活を送ったあと韓国に帰国し、5年にも及ぶ刑務所生活を余儀なくされたのでした。1998年に金大中政権が誕生して、ようやく赦免されたのです。
まさしく波乱万丈の人生です。そのことが著作に深味というか重味をもたらしているのでしょう。大河歴史小説『張吉山』は完結するまで10年かけているとのことですが、その間、作家業に専念していたのではなく、韓国民主化運動のなかで発出された宣言の起草もしていたというのです。まさしく民衆のなか足で行動する作家と言えます。
ひょうきん者として知られていたが、実際は内気で内向的な性格なのを、他人は知らない。おどけたふりをするのは、自分を傷つけないための一種の防衛策なのだ。先手を打つとでも言おうか。先にこちらは騒ぐと、たいてい相手は私がどう考えているかを知ってしまう。そうならないために身についた「策略」なのだ。
小説家は天職と考えるようになった。それでも、小説家は、「学識者」ではなく、もともと市場(いちば)の物売りのような市井(しせい)の「商売人」であるべきだとの思いに変わりはない。
生きていくとは、それ自体は手応えのある喜びで、苦しい人生もすべてが自分の人生の一部なのだ。
刑務所の独房には話し相手がいない。なので、言葉を忘れがちになる。真っ先に消えるのは固有名詞。朝起きると、自分に話しかける。一日中、ぶつぶつ、つぶやく。国語辞典を借り出して、収録されている用語を大声で順番に読み上げることもある。だけど、監房での読書は正しい読書ではないと悟った。書籍も、他人と意思を伝えあいながら読むことで、きちんと消化される。独房での孤独な身での読書では、読んだ本の内容は観念の柱のように、壁の前に耐えて立っているだけ。
コロナ禍の下でのズームによる会議も、終わったあと頭に残りません。そのときは分かったつもりでいても、ズームが終了すると、それこそたちまち雲散霧消してしまって、ほとんど何も頭の中に残っていません。
著者は刑務所を出たあと妻とのあいだで数年にわたって離婚訴訟をたたかったようです。離婚訴訟というものは、長引けば長引くほど、お互いを傷つけるもので、まるで一生を賭けているように譲歩の余地もなくもつれ、汚物や泥沼の上を転げまわり、最終的に残ったのは、呵責(かしゃく)の念、申し訳なさ、相手に対する憐憫の情などをまったく持っていない(としか思えない)、すっかり消し去るほどの威力をもつものだった。
監獄では、外部世界のように春夏秋冬という四季はなく、寒い冬と寒くない季節の二つに分かれる。誰かが面会に来ると、しょぼくれた姿を見せまいと、わざとジョークを飛ばしていた。活気あふれる声で話すようにしていた。なので、周囲からは、あまり同情してもらえなかった。
ベトナムの戦場では、生死の境は常に身近にあった。「両足で歩いているすべてのベトナム民間人は敵と思え」。これがアメリカ兵のなかに流行していた警句。ということは、アメリカはこの戦争には勝てないということ。
ベトナムの戦場でゲリラの死体を見ても、人間としての憐みの感情をもてなかった。それは、ただ異様な物体でしかなかった。そして、何より、彼らにも同じように未来に対する夢があったことだろうが、そのことに気がつかなかった。
ベトナム人の蔑称「グック」は韓国語の「ハングック」から来ているのだそうです。初めて知りました。ともかく、すごい行動派作家がいたことに圧倒され、頭がクラクラします。
(2020年12月刊。税込3960円)

2021年4月 6日

囚人(黄晳暎自伝)


(霧山昴)
著者 黄 晳暎 、 出版 明石書店

現代韓国を代表する作家です。ノーベル文学賞候補と言われているとのこと。
私は韓国軍がベトナム戦争に参戦した状況を描いた『武器の影』(上・下)を1989年に読んで圧倒されたことを記憶しています。アメリカの要請を受けて韓国軍はアメリカ軍によるベトナム侵略戦争に加担したのでした。そのおかげで韓国経済は立ち直ったと言われていますが、ベトナムの罪なき人々を残虐に殺したことで韓国軍の悪名が高かったのも事実ですし、韓国人兵士もかなり戦死しています。心身に故障を抱いた元兵士が今も存在するようです。
このように著者は韓国内で名前の売れた作家なのですが、なんと北朝鮮に何回も行っていて、金日成とも会食をともにしたり親しかったとのことです。もちろん、フツーの韓国人がそんなことをしたら反共法違反で逮捕され、有罪なるのは間違いありません。
この本では韓国に帰国して南企部で肉体的な拷問こそ受けなかったものの、眠れないようにされたうえで、延々と尋問が続くという、一種の拷問は受けています。
そして有罪(実刑)となり、教導所と呼ばれる刑務所生活を余儀なくされました。その囚人としての生活が具体的に紹介されているところも興味深いものがあります。
著者は共産主義者ではなく、北朝鮮に何回も行ったからといって北朝鮮を美化することもない。北朝鮮のような社会体制を思想的に支持することはできないと明言しています。平和主義者として、統一を願って行動してきました。韓国が真に民主化されたら、その力で北朝鮮を変えられると信じています。
眠らせずに尋問する程度のことは、拷問のうちには入らない。
ソウル市長として実績をあげていた人権派弁護士の朴元淳も著者の弁護人(3人)の1人でした。セクハラ事件が明るみに出たあと自殺したのはショックでしたし、残念でした。
刑務所(矯導所)には当時、驚くべき肩書の人がたくさんいました。国会議員、高検の検事長、前国防長官、前・現の参謀総長、海兵隊司令官、銀行頭取など...。
食パンを水に着けて、カビを生やさせて、マッコリ(焼酎)をつくっていたというのも初耳でした。そして、隠れてタバコも房内で吸っていたそうですので、こちらも少しばかり驚きました。
著者は、国家保安法上の罪で逮捕され有罪となって下獄したわけですが、この国家保安法は本当にひどい法律です。戦前の日本の治安維持法をそっくりまねて導入した悪法です。広く知られている事実であっても、北朝鮮を利するなら「機密」にあたるという判決が出たのでした。
金日成からプレゼントとしてもらった白頭山産の朝鮮人参を3本も一度に食べたというエピソードが紹介されています。要するに、当局から没収されてしまうくらいなら、食べてしまえと思ったとのことでした。大変読みごたえのある自伝です。
(2020年10月刊。税込3960円)

2021年2月21日

「パチンコ」(上)


(霧山昴)
著者 ミン・ジン・リー 、 出版 文芸春秋

アメリカで100万部突破した本だということです。オバマ元大統領も読んで推薦したという話題の本です。
いやあ、なるほどなるほど、前評判どおりの重厚なストーリー展開です。四世代にわたる在日コリアン一家の苦闘を描いていますが、上巻ですから、まだその半ばです。
舞台は、韓国の港町・釜山(プサン)のすぐ近くの影島(ヨンド)の漁村に始まります。
ときは、日本が大韓帝国を併合して植民地として支配していたころのこと。
主人公のソンジャは、働き者の父を早くに亡くし、母とともに下宿屋を営んでいる。そこに独身の若い牧師がやってきた。日本の大阪へ旅する途中に病弱の身を休ませようというのだ。やがてソンジャは年上の男性に気に入られ、妊娠する。ところが、そのときになって初めて男性は日本に妻子がいると告白した。韓国社会では、父なし子を産むことへの偏見、制裁は強い。ソンジャは男性に裏切られたと絶望する。それを承知で牧師が結婚を申し出る。そして、二人は無事に日本へたどり着き、大阪に腰を落ち着ける。
戦前の日本と朝鮮の社会状況が活写されていて、その置かれた状況に抵抗なく入っていける展開です。
戦前の日本はついに無謀な戦争に失敗し、敗戦を迎える。ソンジャは2人の子をかかえて、さあどうする...。下巻が待ち遠しくてなりません。
(2020年12月刊。2400円+税)

2020年12月 3日

韓国の若者


(霧山昴)
著者 安 宿緑 、 出版 中公新書ラクレ

日本の若者も大変な状況だと思いますが、韓国の若者はどうやらもっと大変そうです。
韓国は、高学歴貧困者の数が世界トップレベルにある。一流大学卒業でなければ、希望の職に就くのは、まず無理。
韓国では日本と違って、新卒採用者にも即戦力を求める。そのため、インターン経験の有無が重要となる。これって、フランスでも同じようです。日本だったら、入社して早々に社内で缶詰め研修を受けたりするわけですが...。
韓国では、どんな会社でも、学歴のほかに、実務とは関係ない資格を要求する。たとえが、英語のTOEIC700点とか、コンピューターのライセンス、また韓国史検定とか...。
文在寅政権が最低賃金を上げたため、アルバイトが激しい競争にさらされている。最低賃金を上げたのはいいことだと思うのですが、そのため、競争率が激化して、アルバイトにすらありつけない若者があふれるようになった。これも、たしかに困りますね...。
韓国では、財閥はもちろん、高い地位にいる人が貴族のように横暴な振るまいをすることが多い。熾列な競争を潜り抜けてきたから、そのあげくに支配層の一員にすべりこんだら、その自意識が肥大化し、ときに暴走してしまう。
ナッツ・リターン・ナッツ姫のとんでもない横暴さは、なんと氷山の一角だというのです。
大企業40代定年説という見方もあるそうです。実際、大企業を退職する平均年齢は49.1歳だといいますからね...。
韓国の大学進学率は日本よりも高い。国内の7割の若者が大学に進学している。
階層が親の経済力によって固定されやすいのが韓国社会の特徴だ。
韓国の婚姻件数は、1996年の43万5千件をピークとし、2019年に史上最低の24万件となった。出生率も0.94人。
過保護に育てられ、生活能力が身につかなかった若者が少なくない。
現在の韓国社会では、階層がほぼ固定化し、経済的に同じレベルでしか結婚しにくい状況にある。
韓国の20代の男性は、女性のほうが自分たちよりも優遇されていると感じている。
彼らは、徴兵に対して被害者意識をもち、軍隊は時間の浪費で、損失と考えている。
これは真理ではないでしょうか。徴兵制度のない日本に生まれて、私は本当に良かったと思います。
韓国の軍隊のなかでは、女性兵に対する性的暴行よりも、男性同士の性行為のほうが厳罰化している。うひゃあ、本当ですか...、信じられません。
韓国には「地雑大」というコトバがあるそうです。日本の「駅弁大学」と同じニュアンスのようです。「地方の雑多な大学」のことを指摘します。
韓国の若者に新興宗教に走る人が少なくない。韓国内には、自らをイエスの生まれ変わりと主張する人が40人近くいる。そして、その信者が200万人もいることになっている。死んだ文鮮明の統一協会のような宗教団体が韓国内にはびこっているようです。
いやはや大変なんですね。日本に働きにくる韓国人を応援したいと本気で思いました。
(2020年9月刊。820円+税)

2020年9月 1日

元徴用工和解への道


(霧山昴)
著者 内田 雅敏 、 出版 ちくま新書

2018年10月30日、韓国大法院(日本の最高裁判所にあたる)は、戦時中、日本製鉄で強制労働させられた韓国人元徴用工が損害賠償を求めた裁判で、会社に賠償を命じる判決を言い渡した。その後、三菱重工についても、同じような判決がなされた。
徴用工は、戦前に日本の植民地下にあった朝鮮半島から多くの人々が日本に連れてこられ、鉱山、炭鉱そして工場で過酷な労働に従事させられた人々のこと。初めは募集、官斡旋(あっせん)、そして国民徴用令による徴用となったが、形式の違いはあっても実態として強制労働だった。
私の父も三池染料の徴用係として朝鮮半島から徴用工を連れてきたと生前に語り、驚きました。
日本社会では、この大法院判決を安倍内閣を先頭として「ちゃぶ台返し」として非難する人々がいる。それは、1965年6月の日韓基本条約・請求権協定で決着ずみだという。しかしながら、実は日韓請求権協定で放棄されたのは、国家の外交保護権であって、個人の請求権まで放棄されたわけではない。
ところが、日本のマスコミの多くは、そこを区別せず、避難の大合唱に加わっています。
たしかに、1961年12月に韓国政府が8項目12億2千万ドルを日本政府に要求したなかには、徴用工についての賠償として3億6400万ドルがふくまれていた。これに対して日本政府は、元徴用工に対する賠償を否定しながら、12億ドルの要求を3億ドルに値切って政治決着させた。なので、韓国政府としては、請求権協定のあとは日本政府に元徴用工についての賠償は求めていない。
なるほど、そういうことだったんですね...。
そして、日本の国会では、個人の請求権が消滅していないことは繰り返し、政府答弁で名言した。
「これは、日韓両国が国家として持っている外交保護権を相互に放棄したということ。したがって、個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではない」(1991年8月27日、柳井俊二・外務省条約局長)
河野太郎外務大臣も、最近の国会で、個人請求権が消滅していないこと自体は認めた(2018年11月14日)。
ところで、同じように強制連行された中国人元徴用工について日本の裁判所は時効だ、除斥期間を過ぎているとして請求棄却して大きく批判された(1997年12月10日、東京地裁判決)。この判決を原告側が控訴したところ、東京高裁(新村正人裁判長)は和解を勧告し、2000年11月29日、和解が成立した。そして、その後も、2009年10月23日、西松建設広島安野の和解、2016年6月1日の三菱マテリアル和解と続いた。ただし、鹿島建設が和解において法的責任を認めたわけではないとしたことから、日中間で、いくらかゴタゴタが起きた。
責任といっても法的責任と道義的責任がある、また三菱マテリアル和解のときには「歴史的責任」と表現された。そして、原告側が被告の主張を「了解した」というのも、承認・了承ではないということなのだが、その差(違い)は微妙なところだ。
この本によると、朝鮮人元徴用工との裁判で新日鉄や日本鋼管、そして不二越が和解に応じて、解決金200万円、410万円、3000万円を支払ったことも紹介されています。
判決だけでなく、和解による解決金支払いという決着もありうるわけです、
そのとき、最高裁判所に「付言」があったことの意義も著者はきちんと評価しています。
最後に、裁判官の苦悩を少し紹介します。
2006年3月10日の長野地裁・T裁判長(この人だけ、なぜか実名ではありません)
「和解が成立できなかったことを残念に思い、お詫びします。自分は団塊の世代で全共闘世代に属するが、率直に言って私たちの上の世代は随分ひどいことをしたという感想を持ちます。裁判官をしていると、訴状を見ただけで、この事案が救済したいと思う事案があります。この事件も、そういう事件です。一人の人間としては、この事件は救済しなければならない事件だと思います。心情的には勝たせたいと思っています。しかし、どうしても結論として勝たせることができない場合があります。このことには個人的葛藤があり、釈然としないときがあるのです。最高裁の判決がある場合には、従わざるをえません。判決を覆すには、きちんとした理論が立てられないとやむをえません。この事案だけに特別の理論をつくることは、法的安定性の見地から出来ません...」
2007年3月26日、宮崎地裁・徳岡由美子裁判長
「当裁判所の認定した本件で強制連行・強制労働事実にかんがみると、道義的責任あるいは人道的責任という観点から、この歴史的事実を真摯に受けとめ、犠牲になった中国人労働者についての問題を解するよう努力していくべきもの...」
2005年3月7日、福岡高裁宮崎支部・横山秀憲裁判長
「被告弁償によって解決すべきであると判断した。当裁判所も和解に向けた努力をしてきたが、現在に至るも解決できず、判決することになった。今後とも、関係者の和解に向けた努力を祈念する」
2009年11月20日、仙台高裁・小野定夫裁判長
「強制労働により、きわめて大きな精神的・肉体的苦痛を被ったことが明らかになった。その被害者らに対して任意の被害救済が図られることが望ましく、これに向けた関係者の真摯な努力が強く期待される」
大変、時宜にかなった、すばらしい内容の新書です。広く読まれることを心から祈念します。あわせて、著者の今後ひき続きの健筆を期待します。
(2020年7月刊。880円+税)

2020年1月29日

知りたくなる韓国


(霧山昴)
著者 春木 育美、金 香男ほか 、 出版  有斐閣

隣国について、私たちは意外なほどよく知っていません。知らずに「嫌韓」に乗せられてしまうなんて、愚かなことです。
日本と韓国の違いと言えば、なんといっても徴兵制です。男子は19歳になると、兵隊にとられます。兵隊の訓練というのは、要するに効率よく人殺しできるマシーンになるように人間を改造することです。私には、とても耐えられません。良心の呵責なく大量殺人を遂行することが兵隊(軍人)の資質として求められます。大量の「敵」を殺したらナポレオンのような英雄なのです。ところが、「敵」といっても、実は家族もいる人間なのです。
韓国の人口は5100万人。人口の20%の1000万人がソウルに住んでいる。そして、韓国人口の90%が都市部に住んでいる。
韓国の持家率は50%台。賃借するとき、月々の家賃は免除させるかわりに「チョンセ」という保証金を預ける。ソウル郊外でも1000万円が相場。2年契約で、契約満了すると、保証金は全額戻ってくる。家主は、預かった1000万円を金融機関に預けて利子を得る仕組み。
財閥は韓国の誇りであると同時に、社会的批判の対象もある。サムスンなどの財閥は、羨望の対象であっても愛されてはいない。社会への利益の還元が十分でないとみられているからだ。
韓国のインターネット普及率は90%台。全国民の3分の2をこえる人々が「ネチズン」と自称している。
家族の小規模化がすすんでいる。3世代家族は1969年に27%だったのが2015年には5%へと大幅減少。1人暮らしの単独世帯や夫婦2人だけの家族の増加が著しい。
韓国では結婚後の新居を用意するのは男性側が、家財道具は女性側がそろえるのが慣例。このほか、男性側の親と親族に物品(婚需)を贈る習慣もある。
韓国では、結婚しても夫婦別姓。日本では近親婚の禁止のため3親等以内は結婚できないが、韓国はそれより広い8親等まで結婚できない。また、「同姓同本不婚」の原則がある。姓と本貫を同じくする血族内での結婚を禁止する制度。
韓国の高齢者10人のうち8人は年金をもらっていないか、月の受給額が2万円ほど。貧困は深刻で、自殺者も多い。
韓国の学校は2学期制で、小学校から高校まで学校給食がある。中学・高校では部活動はなく、勉強が優先される。大学に入るための「修能」は一発勝負。大学進学率は70%をこえる。
こうやってみてくると、日本との違いはかなり大きい気がします。似たような顔をしていても、お互い生活習慣は大きく異なります。これは、いいとか悪いとかの問題ではありません。みんな違って、みんないい。この金子みすずの精神をもっと大切にしたいものです。
(2019年8月刊。1800円+税)

2019年4月 4日

82年生まれ、キム・ジヨン

(霧山昴)
著者 チョ・ナムジュ 、 出版  筑摩書房

読んでいて切なくなるストーリー展開です。これは、隣国の話というより、私は日本の話だなと思いながら読みすすめていきました。
たしかに、チョンセとかチュソクとか、日本と風習・習慣が違うところがあります。でも、「ママ虫」というあたり、また、東京医科大学入試での男子ゲタはかせ慣行のように女性があからさまに差別されているところは本質的に同じです。家庭内でも男性優先で、女性はあとまわしというのも、日本全国で最近まで(今もかな)ありましたよね・・・。
親の給料は、兄や弟の学費に使われ、女の子はあとまわし。一家を盛り立てるのは男の子であり、それが一家全員の成功であり、幸せだと考えられていた。娘たちは、喜んで男の兄弟を支えた。
日本も同じです。私自身も男3人は大学に行き、姉の一人は高卒で就職しました。
海苔巻きの具には、たくあんが必須で、これが抜けると大失策というのも日本人には分からない習慣です。
2014年、韓国の既婚女性5人のうち1人が、結婚・妊娠・出産・幼い子どもの育児と教育のために職場を離れた。
秋夕(チュソク)は、1年でもっとも重要な祭礼の日で、里帰りして先祖の墓参りするのが恒例。
3番目以降の子どもの性は男児が女児の2倍以上だった。要するに、女児だと判明すると妊娠中絶する親が多かったということ。
韓国では、基本的に高校受験がなく、地域の高校に割り当てられる。これは、知りませんでした・・・。
女性は、能力が劣っていたらダメ、優れているのもダメ、その中間だと中途半端だからダメだと言われる。
「味噌女」とは、家族や恋人に経済的に依存しながら、ブランド物を買ったり、高いスタバのコーヒーを飲んだりする。見栄っ張りの女性をおとしめて言う、2005年ころの流行語。
韓国は、もっとも女性が働きづらい国。男女の賃金格差がOECD加盟諸国のなかでもっとも大きい国だ。日本もあまり変わらないのではありませんか・・・。
韓国の戸主制度は2008年に廃止された。もはや韓国に戸籍はなく、人々は自分ひとりの登録簿だけで問題なく暮らしている。ふむふむ、なるほど、ですね。ただ、結婚のとき、同氏(姓)の人と結婚しないという点は、今はどうなっているのでしょうか。
韓国で100万部という驚異的なベストセラー小説となったものが日本でも出版されたのです。女性の不屈なたたかいはまだまだ当分続くことでしょう。私たち男性も、そのたたかいをしっかり支える必要があることを切々と痛感させてくれる本でした。ベストセラーの名に恥じません。
(2019年2月刊。1500円+税)

2019年2月14日

目の眩んだ者たちの国家

(霧山昴)
著者 キム・エラン、キム・ヘンスク その他 、 出版  新泉社

あまりのむごさに、この事件を思い出すたびに胸が詰まります。
今から5年前、2014年4月16日、修学旅行中の高校生を中心に304人もの犠牲者を出したセウォル号の惨事について、韓国の文学者たちが語っています。読みすすめるにつれ、本当に切なくて、胸がつぶれる思いです。
368人と言ったかと思うと164人だと言う。何日か後には174人と言い、またすぐに今度は172人だと言う。船が傾いてから、7回以上も訂正が繰り返された。
事故当日、外国のマスコミが遭難者の水温別の生存可能時間について報じているときに、韓国では死亡保険金の計算をしていた。
船会社も政府もセウォル号に乗船していた人数さえも正確に把握できず、数字にすらあらわれない彼らは、いまも海の底で冷たく、固くなっている。
沈没するセウォル号の巻き添えを食って船が転覆しないように、遠くへ離れていたという海洋警察123艇が、ただ一度だけ船に近づいて直接救助したのは、その船の運航に責任のある船長をはじめとした乗務員たちだった。
自分の判断で船から脱出した人たちを除いて、じっとしていなさいという船内放送にしたがって客室で待っていた乗客はただの一人も救助されなかった。
修学旅行の壇園高校の生徒たちをはじめ乗客の大部分は、船内放送の指示どおり「じっと」していた。冷静で落ち着いて協力的な人は無惨に死ぬしかない、というこの真実は、経済成長という化粧の下に隠された韓国社会の素顔なのかもしれない。
日本で18年も運航していた古い船で、無分別な規制緩和のおかげで輸入された船だった。修理はいつでも応急措置だったし、無理な改造と増築で船の重心は高くなっていた。より多くの貨物を積むために、船体の安定に絶対的な影響を及ぼすバラスト水は大量に抜かれていた。
船長は契約社員で、一等航海士と操機長は出航前日に採用された職員だった。
出航直前、船員たちは出航を拒否したが、船会社が平身低頭で頼み込んで出航したという。
霧が深く立ち込める夜だった。他の旅客船はすべて出港を中止したので、その夜、仁川港を出港した船はセウォル号だけだった。翌日、船は沈没した。
政府は全力をあげて救助活動を行っているとの速報がゴールデンタイムの時間に流れた。全部嘘だった。救助隊員726人と艦艇261隻、航空機35機を集中投入した史上最大規模の捜索作戦を繰り広げるという記事もあった。史上最大規模の嘘だった。
国家が国民を救助しなかった「事件」なのだ。国家が国民を守るという義務を怠ったとき、国家はどんな処罰を受けるべきなのか?
何か間違っているとは思っていたけれど、まさかこれほどまでとんでもなく壊れていたとは・・・。この国の民主主義は、すでに遠くに流され、いまはもう、民主主義とは似て非なる体制に移行しつつあるとは思っていたが、国家の基本的な機能さえ果たせないほど無能になっているとは、ついぞ知らなかった。
どうですか、これは隣の韓国の話ではなく、私たち日本の国についての指摘ではありませんか。国の行政の基礎をなす統計がインチキしてごまかされ、それをまったく不問に付してしまう。
韓国に対しては「間違っている」と根拠なく声高に決めつけておきながら、ロシアのプーチン大統領に対しては「日本固有の領土」とも言えない。アメリカのトランプ大統領にたいしては、もみ手ですり寄って、必要もない有害でしかない欠陥ステルス型戦闘機を147機も購入(爆買い)する。そして、奨学金は有利子にし、年金は減らし、介護保険料は値上げする。とんでもない間違った政策が続いていて、ストップがかからない。
国民を守るための(はずの)政府が、国民を戦場に追い込み、殺し、殺されるように追いやっていながら、それに反対の声が上がらぬようマスコミ統制を強化する。
背筋に詰めたいものが流れていきます。今後はぐっすり眠れそうもありません。日本の現実にも思い至らせる、すばらしい、目のさめるような本です。
(2018年5月刊。1900円+税)

2018年11月27日

運命


(霧山昴)
著者 文在寅 、 出版  岩波書店

韓国の文在寅大統領の自伝です。その迫力にただただ圧倒されました。
日本にも、これだけの信念と行動力のある人権派弁護士であり革新的政治家であるという人物があらわれることを心から切望します。
北朝鮮の金正恩委員長との会談も素晴らしい成果をあげました。ああ、これで朝鮮半島に本当の平和が定着する、戦争の危機は遠のいた、そう思って胸をなでおろし、熱くなるものを感じました。
文大統領が数万人の平壌市民に語りかけた演説を読んだとき、心を打たれました。北朝鮮の人々のプライドを傷つけることのないように十分に配慮した格調の高い内容でした。本当にすごい人です。
この本は、まだ文在寅が韓国大統領になる前に(2011年6月)出版されました。虚武鉉(ノムヒョン)大統領の不幸な自死事件(2009年5月)からそれほどたっていませんでした。
文在寅は弁護士です。司法研修院の成績は「次席」だったというのです。トップではなくて、2番目だったということなのでしょう。ですから、1982年8月に研修を終わったとき、破格の報酬、車を買い与える、3年たったらアメリカのロースクール留学という好条件で大きな法律事務所から誘われたのです。しかし、それを蹴って、釜山で、ごく普通の弁護士として開業することにしました。
当時の韓国の弁護士は、個人営業が一般的で、複数の弁護士が同じ事務所で協業するのはよくないという固定観念があった。それほどではありませんが、日本も似たようなところがかつてはありました。
盧武鉉弁護士は6年も先輩にあたります。そして、盧武鉉弁護士は「クリーンな弁護士」を目ざしたものの、いざやってみると思っていたほど簡単ではないと告白した。
業界の慣行があったのです。紹介者へ20%ほどのコミッション(紹介料)を支払うというもの。裁判所、検察庁、刑務所の職員、警察官が弁護士に依頼者を紹介すると、20%ほどの紹介料をもらっていた。銀行や企業の法務部も同じように、弁護士に外注してコミッションを懐(ふところ)に入れていた。これは、今では弁護士法で禁止されている。
そして、判事や検事の接待も慣行でやられていた。最後の裁判を担当した弁護士たちが、その日の法廷に出てきた判事たち全員をまとめて接待する慣行もあった。裁判所の周辺には、そのときに利用する高級料亭(「座布団屋」と呼ばれていた)が何軒かあった。
私も30年以上も前に、韓国の弁護士って、裁判官を接待するのが当たり前なんだよと聞いて、びっくりたまげました。
当時の釜山の弁護士は全部で100人、しかも法廷に立つ弁護士は50人以下だった。
文在寅は、はじめから人権弁護士になろうと決めていたのではない。ただ、大学生たちの学生運動が息を吹き返し、労働者が勤労基準法の尊守を要求したり、集団解雇されて飛び込んできたとき、目を背けることなく、彼らの言葉に共感して熱心に弁護した。
すると、他に引き受け手となる弁護士がいないので、いちど依頼を引き受けると、洪水のように押し寄せてきた。
時局事件や民主化運動に関わるなかで、文在寅たちは二つのことに神経をつかった。
一つは、自分たち自身がクリーンであり続けること。紹介料をやめ、財務状況にも徹底的に確認して税務申告した。私生活も、できるだけ謹厳実直であろうと努力した。
盧弁護士は、食事も酒も高級なものを避け、好きなヨットもやめた。文在寅はゴルフをしない。洋酒やワインではなく、焼酎やマッコリを飲む。二次会には行かず、爆弾酒の一気飲みもしない。
二番目に、法廷の内外で刑事訴訟法の規定を捜査機関に対して徹底的に守らせるように努力した。被告人を立たせたまま審理する。被告人に手錠をかけたまま裁判をすすめる。被告人席の両側に刑務官たちが座る。傍聴席には私服の警察官たちが大勢いる。こんな慣行をやめさせた。
1980年に光州民主化抗争があった。さらに、1987年6月の六月抗争は市民の力で軍事独裁政権を倒した偉大な市民民主抗争だった。
盧弁護士が逮捕・起訴されたとき、その弁護団には釜山弁護士会のほとんどの弁護士が駆けつけた。この状況は韓国映画『弁護人』に活写されています。見ていないという人は、DVDを買って(借りて)見て(読んで)ください。
文在寅は、徴兵制のために入隊し、陸軍特殊戦司令部の第1空挺特戦旅団第三大隊に配属された。パラシュート降下、野営訓練などを経験し、上等兵となり、陸軍兵長になった。
そして、司法試験に合格するのです。そして、二次試験の合格発表をデモに参加してつかまった留置場で知らされました。合格者141人のなかにすべりこんだのです。たいしたものです。
司法研修院のときは判事を目ざしていました。ところが、デモ参加の前歴のため、道を閉ざされたのです。
盧武鉉大統領の失敗を文在寅は生かしていると思いますが、アメリカ軍との対応など、なかなか難しい課題があり、進歩勢力があまりに性急な要求をつきつけたことを反省すべきではないかと指摘しています。
たしかに権力を握ったとき、それを維持するため、一定の妥協は必要なのだと思いますが、それが「裏切り」ではないということとの境界線は実際にはとても難しいところだろうと推測します。
いま、読んで最高に元気の出る本の一つとして強く一読をおすすめします。
(2018年10月刊。2700円+税)

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