弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

司法

2022年4月12日

「生涯弁護人」(2)


(霧山昴)
著者 弘中 惇一郎 、 出版 講談社

事件ファイル(1)に引き続く第2弾です。こちらのほうが弁護士にとってより適切な教訓がまとめられていると私は思いました。
薬害エイズ事件について、著者は、被害者と捜査権力(警察・検察)とマスメディアという三者が一本の線で結ばれるようになったとき、人権にとってきわめて危険な状態になると主張しています。この本を読むと、なるほど、そうなのかと実感させられます。
捜査当局、それも特捜部がターゲットにするのは、権力を有する政治家や高級官僚、財界人、権威ある学者など、大衆が憧れとともに嫉妬(しっと)を覚える人々だ。そんな人たちをやり玉にあげるストーリーを大衆は喜ぶ。そして、捜査当局は、標的にした人物についての悪いイメージをマスメディアが連続的に報じるよう、手持ちの材料を少しずつリークする(検察リーク)。報道によって「極悪人」のイメージが出来あがってしまうと、それを払拭(ふっしょく)するのは、並大抵のことではない。捜査当局は、こうやって世論を味方について、世論全体が厳罰を望んでいるかのような空気をつくり、それを追い風にして、強引に捜査を進めていく。
事実よりも世間の空気を優先し、「受け」を狙うのがマスコミの悪弊だ。
ウルトラ右翼として名高い桜井よし子は、その最たるものでした。
著者は、刑事事件だけでなく、みずから交通事故も扱ったことがあるようです。小さな一般民事事件は受任しないのかと思っていましたので、意外でした。
交通事故による損害賠償請求事件で、一律に「相場」で判断すべきではないとの著者の主張は、まったく同感です。ただ、悩ましいのは、「一律」、「相場」で考えるべきではないというとき、「特別な事情」とは、どんな事情を指すのか、一般論として、かなりの難しさがあります。
遺族の気持ちに寄り添い、その意見なり要望なりを、弁護士として形にしていくことが、被害者サイドにとって多少なりとも救いになるはずだと考えた。この点については、まったく異論がありません。
これに対して、名誉棄損の損害賠償請求事件について、著者が扱ったミッチー・サッチー事件の関連で、一審で1000万円が認められ、二審で600万円に減額されたことを紹介したうえ、現在は「相場」が下がって、今や300万円でも難しいとしています。
なお、表現の自由とのバランスがあるので、名誉棄損のときには、賠償額が高ければいいというものではないと釘を差してもいます。
裁判官は、控訴されることを意識して判決書を書いている。これは私の体験と実感からしても、そう言えます。裁判官は、民事でも刑事でも、判決を書くときには、「どうしたら高裁(控訴審)で破られないか、という発想をしている。つまり、双方から控訴されないよう、バランスをとるのだ。まったく同感です。
著者は痴漢冤罪事件も担当しています。その体験のもとづき、何も痴漢行為はしていないのに、「この人、痴漢です」と言われたら、「逃げるが勝ち」で、駅員におとなしくついていったらダメだとしています。まったくそのとおりです。「逃げるが勝ち」と言っても、「走って逃げる」のではなく、静かに立ち去るのです。早目に電車から降りる、駅の事務室にノコノコ尾いていかない。大事なことです。もちろん、線路におりたり、危険行為なんかしてはいけません。
著者は、弁護士とは、法律的な知識、考え方がいくらか身についている者として、依頼者がかかえている問題の解決のためにサポートする仕事だ。依頼者とは、一緒に問題解決のためにたたかう対等な関係にある。なので、著者は「リーガルサービス」という言葉が嫌いだと言います。なーるほど、そういう考えもあるのですね。
「ヤメ検」は検察官の捜査に協力的な姿勢になりがち。といっても、すべての「ヤメ検」ではない。これも同感です。決してすべてはありませんが、そんな人が少なくないのは実感します。
2巻のほうは、462頁と、やや薄いのですが、今なお決着していない、日産・カルロス・ゴーン事件も扱っていて、私にとっては2巻のほうが、ぐぐっとひきつけられる内容でした。それはともかく、司法界に興味と関心のある若者に呼んでもらいたい本です。
(2021年11月刊。税込2750円)

2022年4月 7日

地域弁護士を生きる


(霧山昴)
著者 稲村 晴夫 、 出版 ちくし法律事務所

二日市で長く活動してきた稲村晴夫弁護士は、この4月から小郡市で、妻の鈴代弁護士、娘の蓉子弁護士と一家3人で法律事務所を構えています。この本はそれを記念して晴夫弁護士の二日市での38年間の活動を振り返っています。
なにより表紙の晴夫弁護士の慈愛あふれる笑顔がいいんです。法廷では「敵」の大企業を厳しく追及する晴夫弁護士は、カラオケをこよなく愛する、心優しい多趣味の人です。
著者は、弁護士になったことを後悔したことは一度もない、弁護士の仕事が嫌になったことも一度もないと語っています。私も同じです。弁護士こそ天職です。
自由で、自分の信念に従って生きることができて、それなりの収入も得ている。人権・正義・公平を武器にしてたたかえる職業は、他にはそんなにないのではないか。弁護士になって本当に良かった。じん肺の患者や中国人労工たちのため、長く汗水流し、涙を流した。それは少しも苦労ではなかったし、むしろ生きがい、やりがい、そして喜びでもあった。このように真情を吐露しています。
私は、このことを若い人たちにぜひぜひ伝えたいと思います。企業法務だけが弁護士の仕事ではありません。地域弁護士を生きることは、大きな生き甲斐、そして大きな喜びとともにあるのです。そのことを本書は実感させてくれます。
著者は馬奈木昭雄弁護士の下で5年間イソ弁をつとめたあと、二日市駅前に独立・開業しました。二日市というところは、裁判所があるわけでもない。弁護士が、みな裁判所の周辺に法律事務所を構えているというのに、福岡市のベットタウンにすぎない二日市駅前に事務所を構えて、果たして喰っていけるのかと心配する人がいました(私自身は心配無用と思っていましたが...)。ところが、たちまち稲村事務所は繁盛し、弁護士を次々に迎え入れて大きくなっていったのです。
稲村弁護士の地域での活動の多彩さには、目を見張ります。
ちくし法律事務所は、ロータリークラブ、ライオンズクラブ、中小企業家同友会、青年会議所、商工会、社会福祉協議会、後見サポートセンターといった団体とつながっています。
稲村弁護士は、筑紫平和懇、九条の会、アンダンテの会(いい映画をみる会)、民主商工会(税金裁判をともにたたかった)、「士業学習会」(二次会のあとカラオケへ)。
そして、著者の弁護士としての活動として特筆すべきことは、じん肺訴訟などの集団訴訟で大いに学び、またおおいに活躍したことにあります。
2002(平成14)年12月の『週刊朝日』は、「勝てる弁護士180人」を特集したが、そのなかに著者が選ばれている。選抜基準は「画期的な判決」を勝ちとったかどうか。著者については、「2001年7月の福岡高裁において、じん肺にかかった炭鉱労働者に対する国の責任が問われた筑豊じん肺訴訟で国と三井鉱山ら三社に勝訴。総額19億円の賠償金を獲得した」と紹介された。
著者は、自分にとっての集団訴訟は、正義・人権のために志を同じくする原告団・弁護団・支援者とともにたたかうことのやり甲斐と喜びを感じることのできる場だった。そこは筋書きのないたたかいのなかで、怒り・悲しみ・失望・不安・喜び・達成感など、さまざまなドラマを体験させてくれた場でもあった、としています。
この本を読んで驚いたエピソードを二つ、紹介します。
その一は、久留米の暴力団・道仁会の事務所に一人で乗り込んだこと。私はこれはまずいと思いました。結果としては、「よく出てきた」と言われて、うまく解決したようですが、危険な賭けですから、後輩がマネしたらケガすると思います。複数で行くべきです。私も馬奈木弁護士に誘われて、暴力団組長宅に行ったことがあります。玄関から入ると、正面に虎のはく製がドーンとあり、さすがにびっくりしました。
「電話の先で偉そうに色々言いやがって、出てこい」
「今から行くから待っていろ」
こんなやりとりのすえに事務所に出かけていったとのこと。どうやら平日、昼間の話ではあるようですが、「良い子は決してマネしてはいけません」。
もう一つ。スナックで著者たちが楽しく飲んでいると、客の男が店の包丁を手にして仁王立ち。包丁を持っていない男も刺すなら刺せよと居直って、一触即発の状況。そこへ著者が「やめなさいよ」と言いながら近づいていって、包丁をさっと取りあげた。そして、もう一人の男を店から追い出した。いやあ、これは危ないシーンです。こうなると正義の味方も命がけです。
38年間つとめた「ちくし法律事務所」が、感謝の気持ちこめて一冊の立派な本に仕立てました。海鳥社の制作による本づくりは、体裁も内容もすばらしい出来上がりになっています。ぜひ、みなさん、ご一読ください。
(2022年3月刊。税込2200円)

2022年4月 5日

マルクス主義とキリスト教を生きる


(霧山昴)
著者  下澤 悦夫 、出版 ロゴス

 いやあ、すごいですね、こんな裁判官もいたのですね・・・。まさに反骨そのものの生き方を貫いた裁判官です。
 なにしろ裁判官40年間、ずっとずっと現場の裁判官を続けました。しかも、同期(18期)が次々に地裁所長となり、高裁長官になっていくなかで、それらとは全く無縁、それどころか裁判長(部総括)に指名されることもなく、いつまでもヒラの裁判官。そして、任地たるや、いつだって地方と支部ばかり。
岐阜地裁多治見支部に3年、水戸地家裁に4年、山形地家裁に6年、津地家裁に5年、名古屋家裁に5年、名古屋地裁一部支部に4年・・・。何ということでしょう、信じられない移動先と在勤期間の長さです。実は、私の活動する支部にも、引き取り手がなく5年もいた裁判官がいました。これは、まさしく身から出た錆で本人の責任だと私は考えていました。気の毒なのは本人ではなく、そんな裁判官を支える職員と裁判にかかわった市民でした。私はひたすら5年間、耐え忍びました。
なんで、そんなことになったのか・・・。著者は東大法学部を卒業し、民間大企業に就職内定、司法試験にも国家公務員上級職試験にも一度で合格しています。こんな三つの選択肢で悩んだというのですから、成績が悪いはずはありません。裁判官になったのは24歳ですから、まさしく最短エリートコースに乗ることもできました。
 しかし、大学時代では、マルクス主義の文献を読み漁り、無教会キリスト教にはまった著者は青法協(青年法律家協会)の裁判官として、また、青法協が消滅すると、裁判官ネットワークの熱心な会員として最後まで活動したのです。もちろん、著者は最高裁による差別を苦にすることなく、意気軒高です。それでも、40年間の裁判官を退任したときの退職金が9千万円もらっている同期生より3千万円も少なかったというのには、これまた驚かされました。
 給与は、同期生が判事1号になっているのに、判事3号のまま16年間ずっとそのまま昇給してなかったというのです。これほど露骨極まりない差別を受けたというのには言葉もありません。
 青法協の会員裁判官は1969年当時300人。著者が裁判官になったときは判事補の3分の1が会員だった。1971年には250人の会員裁判官がいた。それが1984年には150人となり、会員が青法協から脱退し、任意団体をつくったが、やがて消滅した。裁判官ネットワークは20人の会員から増えることはなかった。つい先日、そのうちの有力メンバーだった裁判官が滋賀県の長崎市長に当選するという、華麗な転身をみせて注目を集めています。住民本位の市政を実現してほしいものです。
著者は裁判官ネットワークが広がらなかったのは、裁判官組合の方向を目指さなかったからだとしていますがそうなのでしょうか・・・。
 今や、反共を売り物にする連合会長のように労働組合とは労働者の利益を守って戦う存在だという認知に乏しい日本で、裁判官組合が若手の裁判官に受け入れられるものなのか。申し訳ありませんが、私にはまったくピンときません。
 40年間現場の裁判官として頑張ってこられた著者に心より敬意を表したいと思います。と同時に、それに続く心ある裁判官が出てくることを私は本心から待ち望んでいます。
(2022年2月刊。税込1980円)
 いま、庭のチューリップは満々開です。いくつか雑草に埋もれてしまったのもありましたが、だいたいの花を咲かしてくれました。これから咲くのもありますので、だいたい1ヶ月近くは楽しむことができます。
 日曜日の午後、雑草取りに精を出していると、ウグイスが遠くで鳴いていました。もう、ずいぶんうまく鳴いています。
 アスパラガスを今年はじめて収穫しました。店頭にあるのよりは細いのですが、水洗いして電子レンジに1分かけて食べます。シャキシャキした春の味を楽しめました。
 自宅から事務所に行く途中にカササギの巣が3つあります。電柱の高いところによくもうまく巣をつくるものです。九電は、いつも子育てが終わったら巣を撤去しますから、毎年、巣づくりします。誰からも教えられなくて、本当にうまくつくるものです。
春爛漫の候です。ロシアの戦争を一刻も早くやめさせたいです。

2022年3月29日

生涯弁護人(1)


(霧山昴)
著者 弘中 惇一郎 、 出版 講談社

「無罪請負人」として名高い著者が、自ら手がけた刑事・民事事件についての教訓に富んだ苦労話を語った本です。
著者が手がけた刑事事件は著名人のオンパレードです。本の表紙にも、三浦和義、村木厚子、小澤一郎、鈴木宗男の顔写真が並んでいて圧倒されます。
まずは三浦和義事件。このとき、一審の東京地裁は「氏名不詳の第三者と共謀して妻の一美さんを殺害した」として無期懲役を言い渡した。この判決について、著者は「証拠は何もないが、とにかくお前が悪い」と言ったのに等しいと批判しています。まったく同感です。第三者を特定することもなく「共謀」を認定するなんて、とんでもない判決です。
また、三浦氏が妻の死亡保険金1億5千万円に手をつけていないことについて、一審判決は「お金に困っていたわけでもないのに保険金殺人をしたのだから、非常に悪質で許せない」としたというのです。これについて著者は、「まことに珍妙な理屈」と非難していますが、これまた同感です。「お金に困っていた」から保険金を得る目的で第三者に妻を殺させたというのなら常識的ですが、その逆なのですから...。
「日本中が有罪と信じているこの事件で、どうして裁判所だけが無罪を言い渡せるか」と担当した裁判長は言っていたそうです。裁判所は世論の動向に弱いことを、はしなくても自白したということです。
三浦和義事件は『週刊文春』が1984年1月から7週連続で大々的に、実名で報道したのがきっかけでした。それをテレビのワイドショーや雑誌、スポーツ紙が、連日連夜、「ロス疑惑」として報道したのです。スプリング砲も間違うことは、やはりあるのです。
著者によると、三浦氏は、酒をのまず、ギャンブルしないし、美食家でもない。ただ、女性関係は派手だった。それでも妻の一美さんとそれで揉めていたわけでもない。なので、女性関係のもつれから妻を殺さなければならないという動機もなかった。
東京高裁は三浦氏について逆転無罪の判決を出した。このとき、次のような付言がある。
「報道に接した者が最初に抱いた印象は簡単に消えるものではない。それどころか、最初に抱いた印象を基準にして判断し、逆に公判廷で明らかにされたほうが間違っているのではないかとの不信感を持つものがいないとも限らない...」と。
これは、裁判と無関係な市民の一人として私もあてはまります。三浦氏について、なんとなく犯人だろうという思い込み(すりこみ)が私にもしっかりありましたので、逆転無罪判決が出たとき、「意外」に感じたのは事実です。
無罪判決を書いた東京高裁の3人の裁判官は、秋山規雄・門野博・福崎伸一郎です。裁判官に恵まれたのですね。
三浦氏は、テレビ局や週刊誌などを被告とする名誉棄損の民事訴訟を、なんと530件を起こし、その8割で三浦氏は勝訴あるいは勝訴的和解をした。
三浦氏の逮捕から無罪の確定まで14年半もかかったとのことですから、本当に異例の裁判です。
それにしても、日本で無罪が確定しながら三浦氏がサイパンで逮捕され、ロサンゼルスの警察署内で「自殺」したというのも不可解な結末でした。
次は、村木厚子事件。供述調書というのは、検察官の「作文」。被疑者がしゃべったことをまとめるのではなく、そのなかから検察のつくったストーリーに都合のいい部分だけを取りあげ、いらない部分は全部捨ててしまう。そして、検察官自身の想像や妄想もふくめて文章化したもの。
でたらめな調書が取られている要因の一つは、調書の信用性に対する裁判官の判断が甘いから。そうなんです。そのとおりです。
長期の勾留中、村木さんは不利益な調書を取られることなく、一貫して否認を通した。村木さんは、聡明であると同時に精神的に非常にタフだった。
「検察の土俵では、自分は勝てない。でも、勝たなくても負けなければいい。でたらめな供述調書にはサインしなければいいんだ」
いやあ、これは本当に大切なことです。
そして、この事件では前田恒彦検事がフロッピーを改ざんしていたことが発覚し、特捜部長、副部長とあわせて3人の検事が最高検察庁から逮捕されるという前代未聞の不祥事となり、検察官の威信は丸つぶれでした。
著者は医療被害、薬害訴訟にも心血を注いでいます。その一つであるクロロキン訴訟について、弁護団会議を最高裁判決が出るまでの20年間、毎週、開いていたとのこと。これには驚きました。しかも、訴状を提出する直前は、朝9時半から翌日の朝6時ころまで延々と、討議したとのこと。恐るべきロングラン会議です。
著者が扱った100件もの医療過誤裁判のなかには敗訴判決もあるようです。ある事件で、問題の医師について、足かけ3年、合計9回の公判で尋問したというのには驚きのあまり、声も出ません。私も刑事裁判で恐喝「被害者」について、毎回3時間、4回も尋問したことがあります。その結果、この「被害者」は信用ならないとして無罪となり、検察官は控訴せず一審で確定しました。
著者は、やり場のない気持ちを抱えて苦しんでいる人たちの話に耳を傾け、アドバイスできることはアドバイスし、調べられることは調べる。そうすると、最終的に裁判に負けたとしても、依頼者の気持ちが落ちつくことはかなり多いとしています。裁判の勝ち負けよりも、被害者の気持ちに寄り添い納得してもらうことが大事だと考えている。この点についても私は、まったく同感です。
500頁をこえる部厚さですが、執筆のサポートをした構成ライターのおかげもあるのでしょうか、とても読みやすくて、休日の朝早くから読みはじめて、午後までには読了しました。
著者は私より4年だけ先輩になりますが、さすが「無罪請負人」の体験にもとづく話は、どれも大変含蓄に富んでいて、今さらながら勉強になりました。休日に丸々つぶして読みあげるに足る本として、強く一読をおすすめします。
(2021年11月刊。税込2750円)

2022年3月 8日

嘘はつかない、約束は守る(第2集)


(霧山昴)
著者 萬年 浩雄 、 出版 LABO

弁護士は、日々の仕事で信用第一の仕事をしていないと、目的を達することができない。信用第一とは、嘘はつかない、約束は守る、この2点につきる。第2集で、やっと本のタイトルの意味が判明しました。
企業のかかえる債務について、任意整理をすすめるとき、不動産売却の方法が問われる。弁護士の公平・中立を保持するため、コンペ形式がよくとられる、しかし、それは弁護士の保身でしかないと著者は言います。では、どうするのか...。知り合いの不動産業者に情報を流し、そのときに一番高い買値をつけた企業に買取価額を明記した買付証明書を出してもらう。この買取証明書を関係者に広く情報提供し、買値をつりあげていく。そして、不動産業者と癒着していると思われないよう、手数料は3%ではなく、一律に2%としている。接待やバックリベートは絶対受けない。なーるほど、ですね。
著者は、銀行の顧問もしていますが、銀行には、企業を育成し、成長させるという公共的使命があることを忘れないよう再三強調しています。経営者、そして銀行には、従業員の雇用を確保し、その生活を守っていく公共的使命がある。これを何度も強調しています。まったく同感です。
著者は、銀行との交渉は、かけひきなしに誠実にやっていれば、うまくいくと考えているとのこと。本当に、それでうまくいくものでしょうか...。私の数少ない経験では、そうとも言えませんでした。
都銀と信用金庫のいずれか債権回収率が高いかというと、信用金庫のほう。というのは、都銀のほうが債権回収の方法を熟考しているあいだに、信用金庫のほうは走りながら回収策を講じるからだ。うむむ、なーるほど、そうかもですね。
事業承継には、適任の経営者をどうやってみつけるかという難問がある。なので、事業承継は本当に難しい。プロパー社員を社長にしてみたとき、果たして、その人が社長の器であるか、否かは、実際にやらせてみないと分からない。人間の器をみて、後継社長の器であるかどうかを決断するのは、ある意味、冒険である。うむむ、これは本当にむずかしいでしょうね。
会社の成長のカギは、従業員に愛社精神があるか否かにかかっている。
最近の判決について、著者は、バランス感覚からみて、結論がなんとなく納得感に乏しい判決が増えているように思えるとしています。これまた、まったく同感です。本人たちは自覚のないまま、訴訟が増えている。
裁判官が原告勝訴の判決を書くのは、心証が圧倒的であるとき。そうでないときには、原告勝訴の判決は書かない。51%といった、50%より少し上回る程度では書けないし、書かない。
福岡の名物弁護士として自他とも認める著者による、読んで元気の出てくる事件がらみのエッセー集です。帝国データバンクによる「帝国ニュース・九州版」に2021年9月まで30年間連載していたものが本になったのです。私もよく知る著者の息づかいが身近に感じられる本になっています。第1集にひき続いて、出版社より贈呈を受けました。いつも、ありがとうございます。
(2022年2月刊。税込2530円)

2022年3月 4日

太平洋法律事務所30年の歩み


(霧山昴)
著者 太平洋法律事務所 、 出版 太平洋法律事務所

1990年に設立された太平洋法律事務所は消費者問題で日本最先端を走ってきたし、今も走っているとして高く評価されています。この記念誌のなかで、30年間の取り組みを50頁にわたる座談会で詳しく明らかにしていて、大変勉強になりました。
その座談会を紹介する前に、太平洋法律事務所には、伝統芸能部なるものがあり、文楽公演を楽しんでいるというのです。これには驚かされました。「仮名手本忠臣蔵」は私も知っていますが、「傾城(けいせい)反魂香」土佐将監閑居の段の意義をめぐって激論がたたかわされたらしいのには、思わずほっこりしてしまいました。
太平洋法律事務所で2年ほどイソ弁した笹谷弁護士は、朝から夜中まで事務所で仕事をしていたので、自宅の電気代が、なんと毎月1000円以下だったというのです。ホンマかいな、こりゃブラック事務所じゃなかろうか、ついそう思ってしまいました。
さて、本題の座談会です。太平洋法律事務所創立の前年に「消費者法ニュース」がスタートしています。三木俊博弁護士は、訪問販売法の改正問題そして商品先物取引被害に取組んだ。私も九州一円の先物取引被害に取り組みました。さらに、豊田商事国賠請求事件の弁護団事務局長を三木弁護士はつとめました。
PL法の関係でアメリカに視察に行き、悪名高い猫の電子レンジ事件が、実はPL法の事件ではなく、動物愛護法違反の事件で、被告人側から、そんな抗弁が出たにすぎないことが分かったということが紹介されています。なーんだ、そうだったのか...、と思いました。通産省は、PL法を制定してほしくないために、嘘と誇張の調査報告書までつくって逃げ切ろうとしていたのでした。ところが、日本の製品を海外に輸出するとき、PL法がないと日本に信用がないとメーカーが考えて、通産省も次第に押されて考えを改めたとのこと。
茶のしずく石鹸事件では、解決まで8年8ヶ月もかかった。福岡と大阪では原告勝訴となったが、東京と京都の裁判所では科学論争にひきずりこまれて裁判所が惑わされてしまった。そのとき元裁判官で政府の担当者だった升田純弁護士が裁判所を惑わす議論を仕掛けた...。升田弁護士は当会の研修会の講師をずっとつとめていますよね。
信楽高原鉄道事故(1991年5月14日。43人死亡、600人の負傷者)についてJR西日本との裁判では、裁判を通じて、原告弁護団は、ついに政府に事故調査委員会をつくらせた。いやあ、これはすごい成果ですよね。
たとえば欠陥住宅を扱う弁護士がネットワークをつくり、お互いに切磋琢磨して実務のレベルを上げ、良い判決をとって法令等の改正にもつなげていく。三木弁護士は、先物取引被害・証券取引被害の分野で、その中心となってやってきたのが自分の誇りだと述懐していますが、まさしくそのとおりです。
国府泰道弁護士は国会で何度も参考人として発言し、質疑に応答したようです。それが、いろんな立法につながっていったのですから、本当にたいしたものです。たとえば、訪問販売法の改正、PL法の制定、公益通報者保護法...。いやはや、大変な成果をあげた法律事務所ですね。
三木弁護士を中心として紹介してしまいましたが、私は三木弁護士とは大学以来のつきあいで、三木弁護士が最高裁判事になってくれたらいいなと思っていました。
「消費者事件の太平洋法律事務所」という看板にまったく偽りがないことを明々白々にしている貴重な冊子です。
(2021年12月刊。非売品)

2022年3月 1日

嘘はつかない、約束は守る


(霧山昴)
著者 萬年 浩雄 、 出版 LABO

銀行員と弁護士は経営能力はない。これが著者の考え。どちらも、ちょっぴりだけ頭が良い。なので、にわか勉強をすれば、いっぱしの経営理論をぶつことができる。しかし、それが本当に実際の企業経営に役立つものなのか、疑問がある。私も大いに同感です。といっても、経営能力のある弁護士もいれば、銀行員もいるとは思うのです。一般論として、多くの弁護士は経営者に向かないのではないかと私も自分をかえりみて、そう思っているということです。たとえば、私は、岡目八目(おかめはちもく)というコトバのとおり、はたから見て経営状況に論評することはできます。でも、自分で実際に企業を経営してみろと言われたら、まったく自信がありません。無理だろうと思いますし、する気もありません。
同じことが、経営コンサルタントにも言える気がします。コンサルタントは自分でリスクを取らず、コンサルタント料さえもらえたらいいので、それなりのことを言えるし、言うでしょう。
でも、そのとおりやったら必ずうまくいかといったら、まったくその保障はないのです。それにしてもコンサルタント料のバカ高いことには、目をむいてしまいます。コンサルタントって、弁護士以上に「口八丁、手八丁」どころか、「噓八反」がまかり通っている気がしてなりません(すみません、間違った思い込みかもしれませんが、これが私のホンネなんです...)。
著者は福岡でも有数の法律事務所を率いていますから、私なんかと扱う案件とケタが2つも3つも違います。パチンコ店の企業再建で出てくる金額は、年商500億円に再び回復したというものです。口をポカンと空けてしまいます。
著者は、弁護士に経営能力がないと考えるのは、弁護士は「守りには強いが、攻めには弱い」からだとします。これには、いくらか違和感があります。私をふくめて、攻めには強いが、守りには弱い弁護士も少なくない気がするからです。
著者は、弁護士プロデューサー論を提唱していますが、これには異論ありません。
弁護士が何でも知っていると思うのはまちがい。まったく同感です。弁護士生活48年になる私ですが、世の中、いかに知らないことだらけなのか、いつも実感させられています。そこで、大切なのは、弁護士がいろんな分野の専門家を知っていて、それを依頼者に紹介して、ネットワークを広げてもらうことです。これなら、たいていの弁護士が私もふくめて出来ます。人脈があれば、いいのですから。
依頼者がなぜ法律事務所に足を運び、お金を出してまで弁護士に依頼するのか...。
それは、インターネットでは得ることのできない安心感と納得感を求めているからだ。
これにも同感です。インターネットによる相談に欠けているのは、これですよね。
実は、私はいつまでたってもガラケー人間なのですが、著者はケータイも使っていないようです。それには、ガラケー派の私でさえ、いくらなんでも...、と思いました。
著者は、弁護士になって10年までは、弁護士を天職と思っていたが、10年を過ぎると、しょせん弁護士は人間の欲望を処理しているだけではないかと、暗澹たる気分に陥ったといいます。いやいや、私は今でも弁護士は天職だと考えていますし、苦労してこの職業に就けて良かったと思います。
人間の欲望といっても、いろいろあるわけです。欲望を全否定することはできませんし、できるはずもありません。この欲望を適当に折りあいをつけていくことで人間社会はなんとか成り立っているわけです。そのとき、むき出しの暴力は論外ですし、口ゲンカで終始していても終わりが見えません。紛争解決のルールをつくって、それに従ってトラブルをおさめていくこと、そして、それによって事後(将来)のトラブルもそれなりにおさまっていくという見通しが得られるというのは、毎日を安心・安全に暮らすうえで不可欠です。このときに、弁護士は裁判所と同じく欠かせない存在だと思うのです。
福岡の名物弁護士と他称される著者の面目躍如のエッセイ集の第1巻です。いくつかの点で著者とは意見が異なりますが、企業法務を担う福岡最大手の法律事務所のボス弁としての活躍には大いに敬意を表しています。
LABOから贈呈していただきました。いつもありがとうございます。
(2022年2月刊。税込1980円)
 
 日曜日は、春うららかな陽差しをあびながら、庭仕事に精出しました。チューリップの芽がぐんぐん伸びています。覆っていた雑草を取ってやりました(まだ、全部ではありません)。
 紅梅に続いて、ようやく白梅が咲きそろいました。例年以上の時間差があります。
 まだ、明るいうちに(といっても夕方6時)、庭からあがって風呂に入り、いい気持になりました。ところが、風呂から出ると、猛烈なくしゃみの連発です。今年は花粉症がすごく軽いなと思っていたのですが、たちまちティッシュペーパーを払底させてしまいました。目もかゆくなっています。
 それにしても、ロシアの戦争は許せませんよね。軍事力ですべてを押し切ろうとする発想は許せません。ロシア軍は直ちにウクライナから撤退すべきです。ウクライナの人々の気持ち思い、また、連鎖反応を恐れて、暗い気持ちになりました。

2022年2月15日

北の大地に自由法曹団の旗を掲げて


(霧山昴)
著者 北海道合同法律事務所 、 出版 北海道合同法律事務所

1970(昭和45)年9月、廣谷・三津橋法律事務所が発足。その後1972(昭和47)年に北海道合同法律事務所と改称し、今では弁護士18人、事務局15人を擁する北海道でも有数の法律事務所です。このほか、ここの出身の弁護士も18人います。
発足したころ、札幌地裁では自衛隊をめぐる長沼訴訟が進行中で、福島重雄裁判官が札幌高裁長官から注意処分を受けて辞任を表明したが、そのことについて札幌弁護士会は総会を夜中まで開いて、裁判干渉をした平賀健太・札幌地裁所長について訴追請求をすると同時に、福島判事については辞職を撤回せよと決議し、弁護士会の役員が福島判事宅に乗り込んで説得し、福島判事の辞職を撤回させた。長沼訴訟では、自衛隊は憲法違反だという画期的判決(1973年9月7日)が出た。弁護士会が臨時総会を開き、夜中まで審議して決議したなんて、今ではとても信じられない熱気を感じますね。
1970年ころは、乾式コピー機がなく、カーボン紙をはさんで手書きする、せいぜい和文タイプする、コピーは青焼きという時代。この青焼きは湿式で、回転ローラーに原稿がはさまってしまったり、大変苦労したこともありました。
当時の工藤祐三事務局長は、「緩やかに日々が流れていて、今のようにテンポが速くなく、追いまくられずに、ゆったりとできた」と語っています。とはいっても、その仕事ぶりは、どんなものかというと...。事務所の近くの中華料理店(「北京楼」)でジンギスカンをコーリャン酒も飲みながら食べ、そのあと向かいの銭湯に入り、酔いをさまして仕事に戻るというもの。今瞭美弁護士は、「午後3時ころになると裏手にあった中華料理店から料理をとって小宴会をした」と書いている。
村松弘康弁護士は、もっとマナマナしく1980年前後の状況を明らかにしてます。
「当時は、土日なく働くのは普通だった。土曜日は、顧問先で法律相談を受けて、夕方は事務所で仕事した。ある日、夜遅く帰宅すると、大事にしていた本が玄関にバラバラになって散乱していた。家にひとり放置されていた家人の無言の抗議だった。ゆっくり仕事ができるのは日曜日くらい。日曜日は事務所のビルが閉まるため、土曜日の夜に2階の窓のカギを外し、ハシゴを準備して帰宅し、日曜日、管理人のいないころにハシゴをかけて2階の窓から『出社』していた。管理人に発見され、注意され、謝罪した。そのうち、管理人からは、『ケガするなよ』と注意されるだけになった」
管理人から「ビルの門限を守らない、夜中の出入りは困る。一度や二度ならともかく、常態化している」というクレームが何度も来ていたことを工藤事務局長も書いています。
田中貴文弁護士(40期)は、「24時間、戦えますか」という時代風潮のとおり、地下鉄の終電ギリギリまで事務所にいるのは当たり前で、時には仕事終わりが深夜に及ぶこともあった。たまに朝早く事務所に出ると、机の下のカーペットの床に石田明義弁護士(33期)が転がっていることが二度や三度ではなかったと回顧しています。2008年に入った山田佳以弁護士(新61期)も、深夜0時すぎまで仕事するのがフツーの生活で、第一子の出産予定日も仕事をしていたとのこと。
では、いったい、なんで、こんなに忙しかったのか...。
北海道合同には新人が3人一緒に入所したことが2度もあり、そのときに「経営危機」に陥ったようです。1回目は、1974(昭和49)年のことで、このとき私の同期(26期)でもある今重一・今瞭美、そして猪狩久一弁護士の3人が入り、「事務所にあった現金がまたたく間に底をついたが、新人3人は何とも動じなかった」というのです。同期ですから当然、私もよく知っていますが、まさしく当時も今も豪傑の3人です。そして、もう1回は40期の3人(笹森学、佐藤博文、田中貴文弁護士)が入所した1988(昭和63)年のこと。本人たちは、「給料以上に働いた」と言っていますが、新人が稼げるようになるまでは事務所としては大変だったろうと思います。
いったいぜんたい、何で、そんなに忙しかったのか、それも、この本を読むとよく分かります。目次をみると、扱った主要な事件として、薬害スモン訴訟、北炭夕張新鉱ガス突出災害事故訴訟、石炭じん肺訴訟、国鉄分割・民営化・全動労をめぐる訴訟、統一協会・青春を返せ訴訟、B型肝炎訴訟、自衛官人権弁護団、建設アスベスト訴訟、新・人間裁判、陸上自衛隊南スーダンPKO派遣差止訴訟、などなどです。いやあ、これだけの世間の耳目を集める訴訟を本気で勝つために追行するには、たしかに休日返上、深夜まで書類作成等で必要だったことでしょう。でも、ワークバランスが強調されている今日、そんな過重労働を今やっていいのかというと、必ずしも無条件で肯定できないことですよね...。
クロム患者の代理人として活動していた村松弁護士は、原告団事務局長が入院したとき、定期的に病室に行って、次第に衰弱していく様子をビデオに撮ったこと、また、亡くなった直後の遺体解剖にも立ち会い、解剖中の主治医が村松弁護士の右手をつかんで腹の中に差し入れ、「まだ暖かいだろう」と声をかけられ、いのちの名残りの温かさを感じて涙がこみあげてきたとのこと。想像するだけでも胸が詰まります。
北海道合同で特筆すべきことは、何人もの弁護士が候補者となり、議員となったということです。そのトップバッターは、創設者の廣谷陸男弁護士で、北海道知事選挙に立候補しました。以下、順不同でいくと、高崎裕子弁護士が1期6年間、参議院議員(日本共産党)をつとめました。猪狩久一弁護士は道議会議員に立候補することになって札幌市西区に猪狩康代弁護士とともに法律事務所をつくりました。惜しくも当選できませんでした。そして、つい最近(2019年)、札幌市長選挙に立候補した渡辺達生弁護士(46期)です。短期間で得票率30%、26万票以上をとったのですから、たいしたものです。首長選挙に出たのは廣谷弁護士以来36年ぶりとのこと。渡辺弁護士は下戸なので、スイーツ好きで、FBにはいつもでっかいパフェが登場します。
内田信也弁護士(38期)は、NPO法人子どもシェルターレラピリカの理事長をライフワークとしています。「レラピリカ」って、どんな意味なんでしょうか...、それにしてもすごいことです。
こんな雰囲気の事務所にしたのは創設者の廣谷弁護士の個性が大きいようです。いつも笑顔を絶やさず、違いよりも共通点を見つけて行動する、真の自由人だった。自らが自由であるだけでなく、相手の人の自由も尊重した。
まさしく「個性豊かな弁護士の集まり」を実感させる貴重な50年史になっています。
(2022年1月刊。非売品)

2021年12月10日

弁護士CASE FILE Ⅰ


(霧山昴)
著者 早稲田リーガルコモンズ法律事務所 、 出版 朝陽会(グリームブックス)

私は若いころ『弁護始末記』を夢中になって読みました。もちろん全巻よんで、今も持っています。若い弁護士に読むようにすすめているのですが、なにしろ30巻もあって大変です。もともとは大蔵省印刷局が発行していた『時の法令』に22年間にわたって連載されていたものが順次、本になっていたのです。大変面白くまた勉強になりました。
そして、この本は、この『時の法令』で始まったものを1冊にまとめたもので、14の論稿(ケース紹介)からなっています。かつての『弁護始末記』を思い出しながら読みすすめました。
ちなみに、私が『弁護士のしごと』シリーズ(6冊)最近、刊行したのは、この『弁護始末記』にならったものです。
私がまったくやっていないし、これからもやれないだろうけれど、弁護士の仕事の一つとして大切だと考えているのは、「子どもをサポートする仕事」(西野優香弁護士が執筆)です。
東京は「コタン」(子ども担当弁護士)という制度があるとのこと。児童養護施設、自立援助ホーム施設に入った子どもについて、コタンは親や学校との調整をしたり、子どもから日々の相談を受けたり、子どもたちが安心して生活し、社会に巣立っていけるようにサポートする。とくに親の虐待事案では、親のほうはあらゆる手段を使って子どもの居場所を突きとめようとするし、子どもを返してくれないのなら、学費は出さないと親が言ったりするので、慎重な対応が必要。いやあ大変な仕事ですね。でも、児童相談所とは別にコタンがいるっているのは、子どもにとって、きっと心強い味方になりますよね...。コタンは、月に1回のペースで様子を見に行ったり、一緒に食事に出かけたりするとのことです。これも弁護士としての立派な仕事です。本当に頭が下がります。
そして、未成年後見というのもあります。私はまだ担当していませんが、こちらは福岡でも聞きます。この本では5歳の女の子のケースが紹介されています。父親不明のままシングルマザーが亡くなり、その母の良心まで相次いで亡くなってしまったため、児童養護施設に入っている子の後見人に就任したのでした。
面会に行くと、自分にお客が来てくれたことを喜んでくれているようで、いろいろ明るく話してくれた。何か困ったことがないかと尋ねると、「みんながいなくなっちゃうと、さみしい」との答えが返ってきた。不覚にも涙が出そうになった...。読んだ私も6歳と3歳の孫をもつ身として、思わず涙ぐんでしまいました。母親が亡くなり、祖父母も死んでしまったら、誰かが愛情をもって支えてやる必要があります。それは施設だけにまかせていいということではないでしょう。本当に大切な仕事をしていると実感しました。とてもお金にはなりそうもなく、金もうけの世界とは無縁でしょうが、お互い人間らしく生きていくうえで必要不可欠な仕事です。これから弁護士になろうとする人にはぜひ読んでほしい一文です。
もう一つだけ紹介します。「ホームレスは社長だった事件」(川崎建一郎弁護士の執筆)です。ホームレス支援をボランティアでやっている弁護士は、福岡でもときどき聞きますが、東京では継続的な取り組みになっているようです。2008年12月の「年越し派遣村」に協力したことがきっかけで、生活保護申請の同行・支援をするようになった。そのなかで出会ったホームレスの話。生活保護の申請をすすめると、絶対に家族に自分の状況を知られたくないから嫌だという。
そして、ついに身の上話を聞き出すと、なんと50人もいる工場を有する社長だったのに、なにもかも嫌になって、ある日突然、家を出てホームレスになったという。もともと親の稼業を継ぎたくなかったようで、ともかく事業をやめたいという相談になった。まあ、本人が、それほど意思が固いのなら、弁護士としては、会社を清算するしかありませんよね。すべてが終わったあと、その元社長は、今はコンビニでレジ打ちの仕事をしている。時給1000円ほど。億単位の売上のある社長をしていた人がコンビニの店員になって、しかも、本人は、それでいい、今が幸せだ、これは自分で選んだ仕事なんだから...。いやあ、一回限りでしかない人生っているのは不思議ですよね。やっぱり自分の選択って大切なんですね...。
弁護士の仕事を社会と人生との関わりで深く考える材料を提供するシリーズの始まりです。次巻を楽しみにしています。
(2021年11月刊。税込1100円)

2021年12月 8日

人生、挑戦


(霧山昴)
著者 伊佐山 芳郎 、 出版 花伝社

サブタイトルの嫌煙権弁護士というのを見て、ああ、かの有名な著者の本だと分かります。
タバコをそばで吸われて嫌な思いをしたことが私もあります。昔、飛行機には喫煙席がありました。禁煙席が満席のため仕方なく喫煙席にすわると、離陸後まもなくから隣のサラリーマン男性がタバコを吸いはじめました。私は、その煙が嫌で、しきりに扇子を小刻みに動かして、煙を追い返していました。すると、隣の男性が無言で私をにらみつけるのです。ここは喫煙席なんだ、文句あるのか...というにらみです。私は言い返すこともなく、黙って1時間半を耐え忍びました。
実は、私の両親は酒の小売業とともにタバコも売っていました。なので、小学1年生のときからタバコは身近にありましたが、私はタバコの吸い殻がどうにも汚くて、それこそ1回も、1本もタバコを口にしたことがありません。今でもタバコを吸う習慣がなくて本当に良かったと考えています。
ところで、嫌煙権という言葉を初めて聞いたときは、タバコを吸わない私も、なんて大ゲサな...と、軽い反発すら覚えました。しかし、実はタバコの害は深刻なのです。
夫の喫煙本数が多いほど、タバコを吸わない妻の肺ガンのリスクは高まることが疫学調査で明らかになっている。夫が1日20本以上タバコを吸うとき、妻がタバコを吸わないのに肺ガンにかかって死亡する危険性は、夫がタバコを吸わないときに比べて2倍近く(1.91倍)も高い。したがって、受動喫煙(パッシブ・スモーキング)の被害は、非喫煙者の健康と生命に関わる人権問題なのだ。
著者たちが画期的なのは、単に「嫌煙」ではなく、「嫌煙権」という権利主張を展開した点にある。嫌煙権運動は、個人的な局面ではなく、公共の場所などの喫煙規制の制度化を目指した。すごいことですね。今では、公共の場所での喫煙禁止は当然のこととされています。
家庭内でタバコを吸うことは、児童虐待や家庭内暴力と同じ不法行為なのだ。
ベランダに出てタバコを吸う(ホタル族)は、必要最低限のことなのです。
今から20年以上も前、1998(平成10)年5月、著者たちは、反喫煙運動の第2弾として、タバコ病訴訟を提起した。肺ガン、喉頭ガンなどのタバコ病被害者7人が原告となって、日本タバコ産業(JT)と歴代社長3人、そして国を被告とする損害賠償請求、タバコ自動販売機での販売禁止等を求めて本訴を提起した。ところが、裁判所はタバコのニコチンの依存性を否定した。さらに、タバコの有害性についても、現在のところ、十分に解明されているとは言い難いとした。しかし、タバコを吸うことと肺ガンとの因果関係について「証明されていない」としているのは、世界広しといえども日本タバコ産業と日本の司法くらいなものだ...。驚いてしまう。
著者は中学1年生のときからピアノをひくようになり、70歳になって再開したあげく、ピアノコンクールに出場することにしたのです。そして、結果は、なんと、奨励賞を受賞。すっばらしい...。大変勉強になりました。ますますのご活躍を祈念します。
(2021年9月刊。税込1650円)

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