弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2025年7月 4日

憲法事件を歩く

司法


(霧山昴)
著者 渡辺 秀樹 、 出版 岩波書店

 今の最高裁はひどいものです。安保法制が違憲であると全国で訴えた裁判は全部、上告棄却してしまいました。しかも、問答無用式で、何ら実体的真実を究明しようともしませんでした。そして、弁護士出身の裁判官など、さっぱり存在感がありません。彼らのほとんどはいわゆる五大法律事務所出身です。大企業と日頃つきあっていると、人権感覚がまるで摩耗してしまったのでしょう。残念でなりません。むしろ、検事(三浦守)と学者(宇賀克也)がなんとかがんばっているという感じです。
 有名な砂川事件が起きたのは1956年7月のこと。1959年3月、東京地裁の伊達秋雄裁判長は、日本政府が米軍の駐留を許容しているのは「戦力の保持」に該当するので憲法違反だから、被告人は無罪としたのです。まさしく画期的な判決。これに慌てたアメリカは、日本政府に圧力をかけて飛躍上告させた。そして最高裁判官の田中耕太郎(あまりにおぞましい人物なので、当然のことながら呼び捨てします)は、駐日アメリカ大使と密談を重ねていて、合議の秘密をもらし、アメリカ政府の指示するとおりに動いたのでした。アメリカの国立公文書館に文書が残っていたのを日本人ジャーナリストが発掘したのです。そのことが明らかになってからも、裁判官たちは田中耕太郎をかばい続けていますので、結局、今の裁判官の多くも田中耕太郎と同類だということになります。
 同種の恵庭事件のときは、最高裁が憲法判断せずに無罪判決で終わらせように指示したようです。遺族が証言しています。
 長沼ナイキ訴訟のときは、当時の札幌地裁の所長である平賀健太が担当裁判官(福島重雄判事)に圧力をかけ、それが明るみに出て、大問題になりました。ところが、問題を起こした平賀所長ではなく、福島裁判官のほうが「偏向」だとして攻撃されたのでした。福島裁判官は、その後、冷遇されたけれど屈することなく、定年退官のあと弁護士になり2025年2月に94歳で亡くなった。
 自衛隊をイラクに派遣するのは違憲だとする裁判で、名古屋高裁(青山那夫裁判長)は、理由中で明確に憲法違反と断じた。そして、平和的生存権を訴訟上の具体的な権利として認めた。
 人間裁判として有名な朝日訴訟(原告は朝日茂)で東京地裁(浅沼武裁判長)は、憲法25条は人間に値する生活を可能にする程度のものでなければならないという、当然といえば当然の、画期的判決を出した。
 この浅沼武裁判長は退官後弁護士となり、私も関わった灯油裁判の被告企業側の代理人として出廷してきていました。裁判のひきのばしを図った(と思った)ので、私は、「もっと勉強して裁判を早くやるように」と野次を飛ばしたことを思い出します。あとで先輩から、「あんたも勇気があるね」とほめられた(皮肉られた)ことを覚えています。
 私が大学生のころ、そして司法修習生のころ、三菱樹脂事件がありました。東北大学法学部を卒業して入社したころ、試用期間満了前に「依願退職」するように告げられたのです。要は、大学生のとき生協で活動していたので、思想的に難があると思われたのです。
 東京地裁も東京高裁も高野さんが勝訴したところ、宮沢俊義が会社側の見解にそった意見書を書いたため、最高裁は東京高裁に差し戻すとの判決を出した。これにくじけず運動したところ、和解が成立。高野さんは13年たって会社に戻り、その後は順調に昇進し、子会社の社長にまでなっています。よほど人柄が良かったのでしょう。私も何度か話を聞いたことがありましたが、誠実そのものの人だと実感しました。
 私は刑事裁判のなかで憲法違反を主張したことがあります。戸別訪問罪です。欧米の選挙運動は戸別訪問を主体としています。庶民がお金をかけずにやれるのが戸別訪問ですから、買収・供応の温床になるという口実で禁止しているのはまったく間違いだと考えています。しかも、私の担当した事件は、市会議員が商店街に一軒一軒、手渡しで「講演会に来んかんも(来てください)」と言って歩いたというだけなのです。オープンな店でビラを配るのが「買収・供応の温床になる」なんて、夢にも考えられませんが、戸別訪問みなし罪として起訴されたのです。一審の福岡地裁柳川支部(平湯真人裁判官)は憲法違反と断じて無罪としました。残念なことに、その後、福岡高裁も最高裁も有罪(公民権停止なしの罰金刑)にしてしまいました。そのうえ、平湯裁判官は、その後も「支部まわり」を続けさせられました。途中退官して弁護士になってからは少年事件を専門分野の一つとして活躍されましたが、少し前に病死されました。
 憲法をめぐる裁判をふり返った、意義ある本です。
(2025年4月刊。2500円+税)

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