弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2019年5月 6日

顔真卿伝

中国

(霧山昴)
著者 吉川 忠夫 、 出版  法蔵館

唐の顔真卿(がんしんけい)は、中国の書家として、東晋の王羲之(おうぎし)と並んで、あまりにも有名です。
先日も東京・上野で顔真卿の書画展があっていました。
顔真卿が生まれたのは、唐の中宋のとき(709年)。詩人の杜甫(とほ)も、ほぼ同じころの人です。
顔真卿には「世捨て人の趣味人」というイメージがありましたが、本当は唐の王朝で高い地位についていた高級官吏でもあったのです。
その最期は、唐王朝に叛旗をひるがえした人物に派遣されたあげくの壮絶な死でした。
唐代において顔氏は、名家だったが、政治上で華々しい活躍をしたというのではなく、あくまでも学問を家業とする一家であった。
顔真卿は、26歳のとき、高等文官資格試験である科挙試験に合格した。
安禄山が突如として挙兵し、唐政府と戦うようになった。そして、安禄山は、寝ているところを息子に殺された。ときに55歳だった。
顔真卿なる人物を知ることが出来ました。
(2019年2月刊。2300円+税)

  • URL

2019年5月 5日

オスマン帝国

トルコ

(霧山昴)
著者 小笠原 弘幸 、 出版  中公新書

オスマン帝国は600年続いた。それは、日本でいうと鎌倉時代から大正時代までに相当する。
どひゃあ、す、すごーい。なんという長い帝国でしょうか。日本では鎌倉のあと室町そして戦国時代から江戸時代、明治、大正へ続くのです。
ひとつの王朝が実権を保ったままこれほど長く存続したのには、もうひとつハプスブルク帝国がある。広大さを誇るモンゴル帝国は、わずか150年ほどで消え去った。
そして、このオスマン帝国は現代トルコで「偉大なる我々トルコ人の過去」として再評価されている。
この本は、なぜ、これほど長命の帝国だったのか、その謎を解明しています。なるほど、そうだったのか・・・、知らないことだらけでした。
オスマン朝では、君主(カリフ)の生母のほとんどは奴隷だった。オスマン朝では、生母の貴賤が問われることはなかった。イスラム法では、母親の身分にかかわらず、認知さえされていれば、子がもつ権利は同等である。母が奴隷であることは、カリフたちの権威をなんら貶(おとし)めるものではなかった。奴隷だった母親は、非トルコ系の元キリスト教徒だった。
ムラト1世の時代に、常備歩兵であるイェニチェリ軍団が創設された。イェニチェリとは、新しい軍のこと。イェニチェリ軍団は、ムスリム自由人ではなく、元キリスト教徒の奴隷によって構成されていた。
イスラム法のもとでは、奴隷にも一定の権利が保障されていて、かつ、奴隷の解放は宗教的な善行として推奨されていた。
奴隷部隊は、精強であるのみならず、君主以外には地縁・血縁による後ろ盾をもたないことから、諜返の可能性は低かった。
奴隷を王子の母とするには、王朝にとって2つの大きな利点があった。そのひとつは、外戚の排除。というのも奴隷は基本的に親族から切り離された存在であり、その外戚が国政につけ入るスキがない。このように、オスマン帝国が、長命を保った理由の一つには奴隷が王の母として選ばれていたことによる。
もう一つは、男児の確保。奴隷をもちいることで、世継ぎを得る可能性が高まる。
チンギス・ハンの権威を利用しているティムール朝に対して、オスマン朝は、理念的には、より広いオグズ・ハンの後継者として主張することでチンギス・ハンとは異なる出生というのを主張した。
メフメト1世、ムラト2世はキリスト教徒臣民の少年を徴用する人材制度を始めた。デヴシルメと呼ぶ。キリスト教徒の農村から頭が良くて身体壮健な少年たちが選ばれた。とくに優秀な者は宮廷に入り、それに次ぐものは常備騎兵軍団に入り、残りはイェニチェリ軍団に入り、さらに残ったら、イェニチェリ軍団に組み込まれた。
イスラム法では、支配領内にいるキリスト教徒臣民を奴隷にするのは本来なら認められない。そこを、なんとかしようとして、取り込んでいる。
オスマン朝の王位継承をめぐっては血塗られた歴史がある。兄弟殺し。スルタン即位時にその兄弟を処刑する慣習があった。これがオスマン帝国が長く命脈を保つことのできた大きな理由だ。君主と同年代の王位継承候補を制限したのだ。王子が子をもうけると、現君主は、もはや子を生さず、若すぎる王位継承者をつくらないという慣習があった。
世界の秩序のためには、兄弟を処刑することは許されるというのが、法令集に堂々と記載された。そして、メフメト3世が即位したときには19人の王子が処刑され、人々の悲嘆をまねいた。そのため、それ以降は、王子たちはオートマチックに処刑されることはなくなった。
そして、殺されなかったスルタンの兄弟は、宮殿の奥深くに隔離され、そこで外界との接触を断って育てられた。これを鳥籠(とりかご)制度と呼ぶ。君主の「控え」が存在するようになったのだ。
戦国そして江戸時代との比較を考えながら、世の中は本当にさまざまなのだと実感されられました。
(2019年1月刊。900円+税)

  • URL

2019年5月 4日

東大卒筋肉弁護士の超効率勉強法

司法

(霧山昴)
著者 小林 航太 、 出版  主婦と生活社

私はテレビを見ませんので、実際には知りませんが、NHKの筋トレ番組『みんなで筋肉体操』に出ていて、紅白歌合戦(私は高校生のとき、「総白痴化番組」だというコメントを読んで以来、みるのをやめています)にも出演したという有名な筋肉ムキムキ弁護士が、その勉強法を語っています。
神奈川の名門・栄光学園から現役で東大に入学したものの、入学後は燃え尽き症候群に陥って、引きこもりに近い生活を4年間すごし、大学生活6年間。そして、法科大学院では、未修コース3年間を経て、一発で司法試験に合格したのでした。
その東大受験と司法試験受験で実践した勉強法のエキスが紹介されています。いずれも、私もまったく異論のない、きわめて合理的な勉強法です。そして、筋トレです。
間違ったトレーニングをいくら一生けん命に続けても、ほしい筋肉はつかない。司法試験では、文章力、作文力がなければ合格できない。
勉強も筋トレも、カギは習慣とすること。
勉強は、言うまでもなく、自分との勝負だ。勉強とは、すなわち効率を追求するゲームでもある。
東大文系の合格ラインは全科目総得点の5割強。つまり6割とれたら合格できる。司法試験も同じだ。
何時間、勉強するかより、まず1日の生活リズムをつくるほうが大切だ。そして、意識をできる限り勉強に向けない。
夜は12時に寝る。毎日、6時間は眠る。
何を訊かれているのかを察知する知識量が必要だ。
ほれぼれする筋肉のかたまりの肉体美をもつ弁護士です。といっても、私にはマネできそうもありません。
(2019年2月刊。1300円+税)

  • URL

2019年5月 3日

中国の若者が見つけた日本の新しい魅力

中国・日本

(霧山昴)
著者 段 躍中 、 出版  日本僑報社

博多駅は、いつ行っても外国人旅行客であふれています。安心・快適な旅を楽しんでほしいと心から願いつつ、横を通り過ぎます。団体客というより、家族・個人旅行者が大半です。団体行動しているのは、むしろ日本人ツアーの人々です。外国人には、韓国・中国の人々が断然多いと思います。たまに遠いアジアの人たち、さらにたまにヨーロッパ系の旅行客です。
この本は、日本にやって来た中国人青年たちによる日本語作文コンクールの受賞作品を紹介しています。幸いなことに、中国では日本語を学ぶ若者たちが増えているようです。日本でも大学で中国語を学ぶ学生が増えたと聞きましたが、最近はどうなのでしょうか・・・。
嫌韓・嫌中、日本ファースト、ヘイトスピーチだとか、差別的なコトバをまき散らす大人が目立つ社会風潮ですが、そんなものに負けてはおれませんよね・・・。
ヘイトスピーチを繰り返すネトウヨは、実は若者ではなく、いい年齢(とし)をした中年に多いと言われています。先日発覚したネトウヨ、ヘイトスピーチ発信者は東京の年金事務所長でした。とんでもない男です。
この日本語作文コンクールには、中国全土から4288本もの応募があったそうです。受賞作品は、やはり読みごたえがあります。
福岡県弁護士会でも、新会館落成記念行事の一つとして「法について」をテーマとして高校生作文コンクールを呼びかけたところ、県下の高校生から500通以上の作文が寄せられました。それには授業の一環とした高校もあったからのようですが、私も審査員の一人として、その多くに目を通しました。今どきの日本の高校生も、やはり考えている人は考えているということを知り、なんだかうれしくなりました。若者をバカにしてはいけないのです。
最優秀賞は、「車椅子で東京オリンピックに行く」というタイトルの作文です。60歳の祖母は交通事故にあってから車椅子で生活している。京都に短期交流にきた孫娘はバスに車椅子の人が乗り込む様子をみて、ぜひ祖母を日本に連れてきて、東京オリンピックを一緒に見たいと書いています。
車椅子の人たちが、日本できちんとした処遇を受けているとは思えませんが、なるほどそんな人たちを大切にしようという取り組みもたしかにあります。この動きを大切に育てなくてはいけないと思わせる作文です。
日本人の多くは『三国志』を読んでいる。それは本であり、マンガであり、最近ではゲームだ。私は高校生時代に吉川英治の『三国志』をハラハラドキドキしながら読んだ。
多くの中国人青年が日本発の『三国志』ゲームをしたことから『三国志』の本を読みたいと思うようになった。今、中国の若者たちはスマホとコンピューターに溺れるばかりで、中国の伝統文化にまったく興味がない。
まあ、これは日本の若者にも共通しているように思えますが・・・。
中国の若者たちの目を通して日本を改めて知ることのできる本です。
中国が攻めてきたとき、日本の領土をどうやって守るのかと真面目に心配している弁護士がいます。アベ政権は、沖縄周辺の諸島に自衛隊を数百人ずつ配置することを先日発表しました。戦争になったとき、数百人の自衛隊員で島を守れるなんて幻想というか夢のようなものです。それでも、軍需産業だけは確実にもうかります。こうやって戦争へ駆り立てられていくのかと思うと恐ろしい気がします。
やはり、人々同士の交流をもっと広め、深めることこそが戦争にならない最大の効果的対処法です。政治はそのためにこそあるべきだと思います。
(2018年12月刊。2000円+税)

  • URL

2019年5月 2日

プラハの子ども像

チェコ

(霧山昴)
著者 早乙女 勝元 、 出版  新日本出版社

先日、「ナチス第三の男」という映画をみました。ヒトラーの片腕とも言われたハイドリヒがチェコで暗殺される話です。題名は忘れましたが、同じテーマで別の映画もかなり前にみたことがあります。
ハイドリヒ暗殺のあと、ナチスは報復としてリディッツエ村に襲いかかり、罪なき村人を、男性と老女192人は全員射殺し、女性と子どもは追放して村を根こそぎ破壊し尽くしたのでした。1942年6月10日のことです。
203人の女性が強制収容所へ送られ、村の跡地に生還できたのは143人。連れ去られた15歳以下の105人の子どもは17人(男子7人、女子10人)しか戻らなかった。その亡くなった子どもたちの群像がリディツエ村跡地に建てられています。
よく出来た子ども像です。
「忘れないでよ、ぼくたちを!」
口ぐちにそう叫んで、追いすがってくる・・・。
そして、ハイドリヒを暗殺したグループ7人がこもっていた教会堂が密告者の手引きで6月18日に襲われます。360人のSS精鋭大隊とゲシュタポを含む1000人の武装部隊に包囲され、午前4時に始まり午前11時までの激しい銃撃戦のなか、7人全員が戦死ないし自決死したのでした。今も、この教会堂は水攻めされた地下室をふくめて保存されているそうです。
ハイドリヒを暗殺したとき、その仕返しを考えたら計画は中止すべきだと現地レジスタンス側は意見をあげたのですが、ロンドン側がハイドリヒ暗殺を強行させたといいます。ハイドリヒ暗殺の報復で5000人もの人々が殺害されたそうです。
それにしても、プラハの子ども像はよく出来ています。表情豊かで、個性が伸びのびとあらわされています。こんな子どもたちの将来を奪ってしまった戦争の野蛮さに改めて怒りが湧いてきました。
1995年のチェコ取材が本になっているのですが、この本自体はごく最近出版されています。リニューアル本のようです。
(2018年12月刊。1800円+税)

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー