弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2025年2月 6日

決断

社会

(霧山昴)
著者 寺岡 泰博 、 出版 講談社

 池袋にあるそごろ・西武百貨店でストライキがあり、従業員からなる労働組合員300人が堂々とデモ行進をしました。2023年8月31日のことです。百貨店(デパート)のストライキとしては61年ぶりのことでした。
 今の日本ではストライキというのは残念ながら完全に死語と化していますが、50年以上も前の日本では、ヨーロッパやアメリカと同じようにストライキは日本でも身近なものでした。労働組合はなにかといえばストライキをし、デモ行進をしていました。会社が「倒産」して経営者がどこかに雲隠れすると、労組が職場を占拠し、事件屋や労務屋の雇った暴力団と肉弾戦を演じることだって珍しくはありませんでした。
 もちろん、そんなときは労働弁護士が出動します。私自身は経験がありませんが、同期の弁護士たちが何人も職場に一緒に泊まり込んだという話を聞いていました。
 さて、この本に戻ります。
 百貨店の経営が苦しいというのは全国的な現象です。百貨店のそごう・西武を支配下に置いたのは「セブンイレブン」です。ところが、うまくいかないとみるや、ヨドバシカメラに身売りしようとしたのでした。外資ファンドと話しをつけたうえでのことです。
 しかし、労働組合側には、いつも事後報告するだけ。従業員の身分がどうなるのか、まったく誠実な情報提供もないまま、事態が進行していくのです。
 そこで、労組として、従来の顧問弁護士とは別に、依頼したのが、かの有名な河合弘之弁護士。原発裁判でも活躍中です。河合弁護士の現在の仕事は「反原発」で、残り3~4割がビジネス関連。
 セブン&アイの弁護士は五大事務所の一つ、西村あさひ(松浪信也弁護士)。
 さて、引き受けてくれるのか、いったい弁護士費用はどうなるのか...。当然、心配しますよね。このとき、河合弁護士はこう言った。
 「ボクは若いころさんざんカネ儲けして、お金に困っていないんだよ。今は、世のため、人のために動いているんだ。ボクは正義の味方になりたいんだよ。お金の問題じゃない。弁護費用は心配しなくていい」
 いやあ、私なんかにはとても言えないセリフです。しびれてしまいます。
 そして、河合弁護士たちはそごう・西武百貨店の売却を差し止める仮処分命令を申し立てたのです。2月21日に初めて面談してから1週間もたたない2月27日に東京地裁に申立書を提出したというのですから、神業(かみわざ)のスピードというほかありません。さすがです。記者会見場には大勢の記者が集まり、ビッグニュースとなりました。
そして、ストライキについては、旬報法律の棗(なつめ)一郎弁護士に相談した。労働弁護士として第一人者である棗弁護士は、ストライキの当日も現場にいました。
 労組のスト権投票は組合員の93.9%の賛成で承認されました。そして、感動的なのは、ストライキ当日、デモ行進に同じ百貨店労組の委員長が5人も参加してくれたということです。高島屋、クレディセゾン、三越伊勢丹、大丸松坂屋そして阪急阪神です。
 それにつけても、連合の芳野直子会長はこのストライキをまったく無視して、動きませんでした。本当に腹立たしい限りです。自民党にすり寄るばかりの連合の会長って、本当に労組の存在意義を感じさせませんよね。まさしく、昔風に言えば「ダラ幹」そのものです。
 労働組合が存在意義を示すには、ときにストライキをし、デモ行進もするという行動が日本でも必要なんだと、この本を読んで改めて私は痛感しました。
 「103万円の壁」を破ったら「手取り額が増える」なんて安易な発想で他人(ひと)頼りにしているのではダメなんですよね。自ら行動するしかないのです。
当時も今も労組委員長をしている著者がかなり赤裸々に状況・経過を刻明に報告した本ですので、弁護士の私にも大いに勉強になりました。
(2024年7月刊。1980円)

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2025年2月 5日

獄中日記

司法


(霧山昴)
著者 河井 克行 、 出版 飛鳥新社

 日本史上初めて、法務大臣が刑務所に入って3年あまりを刑務所の中で過ごしました。
 その体験記というので、早速、読んでみました。この本のもとになったのは右翼の月刊誌に連載されていたものです。なので、今なお手放しの安倍礼賛が満載で、嫌になってしまいます。日本社会の底辺の現実に目を向けようとしない姿勢は刑務所に入っても変わらないようです。残念です。刑務所に入っている人々からじっくり話を聞く機会があったら少しは変わったと思いますが、刑務所のなかでは収容所同士の「交談」(雑談)は一切禁止されているのです。
 たとえば、昼、工場内で作業中にトイレに行きたくなったとき、どうしたらよいか...。右手を耳にくっつけてまっすぐに上げ、「担当前、願います」と言って移動の許可を得てから刑務官の前に行き、脱帽、礼をして自分の番号と氏名(苗字)を言ったあと「用便に行っていいですか?」と訊く。全身を触って検査を受けたあと、「移動願います」と言って、「よし」と言われてから歩き出す。途中を省略し、「用便終わりました」と言うと身体検査を受け、「移動願います」と発して「よし」と言われて自席に戻る。トイレに行って帰るまで、17回も挙手し、大声で許可を求めなければいけない。
 同じ工場内の収容者と仕事上に必要な会話をするにしても手を上げて刑務官から「河井、用件は?」と声がかかるまで待ち、「○○さんと交談願います」と言う。相手も同じく、「よし」と言われないと会話は始められない。そこまでの必要があるんでしょうかね...。
 著者が従事していたのは図書計算工場での図書係と報奨金の計算係。
平成20年に出所した受刑者のうち、5年以内に再び塀の中に入った人(再犯率)は4割近い。平成29年も37.2%と、ほとんど減っていない。10年以内の再犯率だと平成20年には40%なので、半数近い。なぜか...。懲らしめただけで反省する人はいない。人間らしく、尊厳をもって扱われたときに初めて人は更生しようという意欲を抱く。
 著者は、刑務官の処遇改善も訴えていますが、まったく同感です。受刑者いじめという、あってはならないことが横行したのは、やはり刑務官の待遇が劣悪なことも大いに影響していると思います。
著者は2021年10月21日から、2023年11月29日まで、3年2ヶ月間、「塀の中」で生活しました。判決では未決勾留日数408日間が、1日も刑期に算入させていません。懲役3年の実刑で、控訴したものの取り下げ、服役したのです。
 入ったのは喜連川(きつれがわ)社会復帰促進センターという名前の刑務所。ここは民間委託もしていたようですが、今は国営直轄に戻っています。私の知人(大学同期)の元弁護士(故人)も、ここにしばらく入っていました。
著者は1億5000万円の使途について、あくまで広報・宣伝費だと強弁し、選挙運動の買収費ではないと主張しつつ、被買収側が処罰されていないのは不公平だ、だから検察の起訴は公訴権の乱用だと主張しています。
 福岡で諌山博弁護士(故人)と一緒に私も公訴権乱用だと裁判で主張したことがあります。演説会告知ビラを柳川市内の商店街に配布したのが戸別訪問にあたるとして起訴されたのでした(松石事件)。一審の柳川支部(平湯真人裁判官、故人)は公選法こそ憲法違反だとして無罪判決を出してくれました。
 国会議員しかも法務大臣の経験者が刑務所に入って、その問題点を具体的に指摘することによって、少しでも刑務所内の処遇が人道的見地から改善されることを私も願っています。
(2024年10月刊。1727円+税)

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2025年2月 4日

セブン元オーナーはなぜ闘ったのか

社会


(霧山昴)
著者 村上 恭介 、 出版 旬報社

 コンビニは24時間営業があたりまえ。この「常識」に果敢に抵抗し、裁判で闘ったセブンの元オーナーの取り組みを紹介した本です。元オーナーの挑戦がきっかけとなり、今や「常識」は崩れつつあります。いいことです。
 主要6社のコンビニ・チェーンで、24時間営業をしていない時短店舗が6400店ある。全体の1割超を占める。ローソンに100店、セブンにも200店ある。
私は以前から、全店舗が24時間営業である必要はないと考えてきました。三交代で働いている工場の近くなど、それが必要なところでの24時間営業を禁止するまでのことはないとは思いますが、それでも一般にはセブン・イレブン、つまり午前7時から夜11時までの営業を基本(原則)としたらいいと考えています。同じことは、元日営業の廃止です。一部のデパートが元日営業を廃止しましたが、コンビニだって元日営業をやめて当然です。
 実は、私の実家は小売酒屋でしたので、正月も雨戸を少し開けて酒類を販売していました。自宅のお酒が切れたと言って買いに来る人がいたのです。その日暮らしをしている家庭が少なくなかったので、酒を買い置きする余裕がなかったのでしょう。でも、子どもながら正月くらいは完全に店を閉めてほしいと思っていました。やはり気が休まらないからです。
 コンビニは気が休まらない仕事のようです。というのは、客のなかにとんでもないことを言い出したり、自宅のゴミを持ち込んだり、トイレを汚したり...、そんな客の対応・扱いで神経をすり減らすようです。そして、店員の確保が大変で、確保できないときにはオーナーが責任をとってレジに立つしかありません。
 オーナーの身内に不幸があったとしても閉店してはいけないというのもひどい仕打ちです。
 この事件で裁判を闘った元オーナー(松本実敏さん)は妻が病死したあと、なんとかセブン本部に時短を認めさせようとしましたが、セブン側は他への波及を恐れ、頑として応じませんでした。応じないどころか、1700万円という高額の違約金を請求するというのです。
 そこで、松本さんは裁判に踏み切りました。すると、セブン側は時短の是非が争点となり、世間の注目を集めるのを恐れて、争点そらしに狂奔しました。コンビニの客への松本さんの対応がひどい、こんなにたくさんの苦情が寄せられているというのをずらり並べ立てたのです。
 たしかに、悪質なコンビニ客とのいささかはいくつかあったのですが、それはどこでもあるものだし、松本さんが時短要求する前はセブン側は問題にもしていなかったのに、急にこんなに苦情が来ていると言い出したのです。裁判では、松本さん側の弁護士たちはセブン側のこの主張を一つひとつ反論してつぶしていきました。
 ところが、裁判所は「不意打ち判決」を出したのです。セブン側が主張していない、別の「顧客トラブル」を27件も選び出して、顧客対応が異常だったと認定したのです。
 いやあ、これはひどいです。横田冒紀裁判長と、岡野哲郎・織川逸平裁判官です。
 そして、大阪高裁に控訴しても証人調べもせずに1回結審して控訴棄却の判決でした。証人調べもされていないセブン側の提出した陳述書をそのまま証拠として採用して「顧客対応に問題があったことを裏付けるもの」としたのです。これまた、ひどいです。
 結局、松本さんは、1日あたり11万円の損害賠償金の支払いを命じられました。その総額はなんと1億6000万円になるというのですから、驚きます。
裁判所というところは超大企業にはとても弱いところだというのは弁護士生活50年になる私の実感ですが、やっぱり司法は頼りにならないのか...。そう思わせる裁判官たちでした。
 裁判には負けたけれど、世論を動かし、コンビニの時短営業に道を拓いた松本さんの社会に対する功績・貢献度はきわめて大きいものがあります。
 弁護団長をつとめた大川真郎弁護士より贈呈を受けました。いつもありがとうございます。
(2024年12月刊。1870円)

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2025年2月 3日

腸と脳の科学

人間


(霧山昴)
著者 坪井 貴司 、 出版 講談社ブルーバックス新書

 現代日本人は、世界でも屈指の平均寿命の長さを誇っている。しかし、健康寿命(健康上の問題がなく日常生活を送れる期間)は、平均寿命よりも10年短い。その原因は、がん、糖尿病、肥満そしてアルツハイマー型認知症などにある。
怒りや不安、そして安心といった情動がかき立てられるような出来事が起こると、腸の活動が変化する。
脳にあるニューロンとグリア細胞と同じものが腸管神経系にも存在し、腸の蠕動(ぜんどう)運動などを自ら考えて調節するために機能している。腸の蠕動運動自体は、腸管神経系によって独立に調節されていて、ヒトの意思で自由に止めたり、あるいは動かしたりすることは出来ない。
 脳は交感神経や迷走神経を介して腸管神経系に指令を与え、機能を調節することができる。
 日本人の10~15%が過敏性腸症候群にかかっている。この過敏性腸症候群の患者では、副腎(ふくじん)は質刺激ホルモン放出ホルモンの影響で腸管の求心性迷走神経が過敏になっているため、ほんのわずかなストレスや情動によって便通異常が起こる。
 腸は、腸内分泌細胞から分泌する消化管ホルモンや腸から脳へのつながっている求心性迷走神経を介して脳へ情報を伝えている。
 脳腸相関とは腸と脳が相互に情報をやりとりしながら、お互いに影響を及ぼしあっているという概念。
腸内常在微生物叢(そう)を腸内フローラともいい、本書では腸内マイクロバイオ―タと呼ぶ。腸内マイクロバイオ―タは、ヒト自身が消化・吸収できない、さまざまな物質を分解している。腸内マイクロバイオ―タにはビタミンB類やビタミンKなどを産生するものがいる。腸内マイクロバイオ―タが産生した短鎖脂肪酸を体内のエネルギー源として利用し、ビタミンKには血液を凝問させるために利用している。
セロトニンやGABAといった神経伝達物質は、腸管神経系の活動を調節するために用いられている。住む国や地域、さらには人種によって腸内マイクロバイオ―タは大きく変化する。
 腸内マイクロバイオ―タのうち、20%が善玉菌で、10%が悪玉菌、残りの70%が日和見菌。
腸は、体内で最大のホルモンを分泌する内分泌腺。
 腸を整えるには、毎日、バランスの良い内容の食事をとり、ストレスと上手につきあい、運動をして、しっかり睡眠をとることが大事。安易に健康食品やサプリメントに頼らないこと。
 腸って本当に大切なんですね、脳と直結してるっていうのは、私の実感にもあいます。
(2024年12月刊。1210円)

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2025年2月 2日

転売ヤー、闇の経済学

社会


(霧山昴)
著者 奥窪 優木 、 出版 新潮新書

 インターネット万能の世界では、いろんなものがお金になり、転々と売買されていくのですね。
 先日、離婚事件でポケモンカードが財産分与の対象となるという主張に接し、驚きました。このときは数十万円のレベルでしたが、この本では数百万円、数千万円で取引されているのもあり、5億円した取引もあるそうです。まるで私には信じられない世界です。
 数百円で買える紙切れが数千倍、いや数万倍にもなるというのです。そうすると、転売を業とする人々が出現します。そして、金属探知機を使って、アルミを使ったコーティングがされているのか調べるそうです。そして、このポケモンカードがマネーロンダリングにも利用されているというのに驚かされました。振り込め詐欺でもうけた「裏金」を表に出して現金化する方法になっているそうです。
羽生結弦グッズは中国では柚子グッズというそうですが、これを転売ヤーが買って、高値で売る。同じように、東京のディズニーグッズを転売する転売ヤー集団が存在する。「同一商品はひとり3点まで」という購入制限がかかってくるのを、うまくくぐり抜ける方法があるようです。
 実際に入園する人は1人でも、ゲートで「使用済み」にしたチケットが4枚あれば、同じ商品でも1人で12点まで買える仕掛けです。そして、転売ヤーが大量に買い付けてくれることは、ディズニーランド側にも利益をもたらします。なにしろ年間20億円以上の売上が転売ヤーによってもたらされるというのですから、持ちつ持たれつの関係なのですね...。
 2600円のぬいぐるみが中国では4000円(送料別)で売られるので、販売額の20~30%が転売ヤーの利益になっている。
デパートの外商を利用した転売ヤーも存在する。
 デパートの外商顧客は250万世帯、デパートの売上の2割ほどを占めている。そして、客は希少酒を仕入れて、買取店で売却する。すると、年間900万円をもうけている人がいる(納税せず)。
 また、株主優待券やプレミアム商品券を利用する転売ヤーもいる。
いろんなところで、転売ヤーが活躍していることを知ることができました。
(2024年11月刊。860円+税)

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