弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年10月 1日

ホームレス消滅

社会


(霧山昴)
著者 村田 らむ 、 出版 幻冬舎新書

定住型のホームレスが激減したことは実感します。駅の近くでダンボールを上下にうまく組み立てて寝ている人々を博多駅の内外に前はよく見かけましたが、今では皆無です。地下街のシャッターあたりにも見かけていましたが、今はいません。
この本によると、国の管理する河川の橋の下とか草むらの中に、ひっそりと定住型ホームレスは今もいるけれど、もうそこだけのようです。
移動型ホームレスは、公園や高架下に小屋やテントを建てられないため、毎日毎晩、まちをさまよい、寝られそうなところで眠っている。また、車上(中)生活、ネットカフェやサウナ、24時間ファーストフード店を主な寝床としている。
大都会にはあまりないのかもしれませんが、地方の中小都市ではまちの至るところに存在する空き家、空き倉庫に人知れず潜入し、夜だけそこで過ごすホームレスもいます(実際、その経験者から話を聞きました)。
日本以外、世界のホームレスは路上で物乞いをしている。しかし、日本では物乞いするホームレスは圧倒的に少ない。日本のホームレスはアルミ缶を収集したり(1日で3000円がやっと)して、働ける人は働いていることが多い。日本では物乞いすると、軽犯罪法違反となる。
ホームレスの人は靴を見たら分かる。靴はジャストサイズでないと履くことが難しいし、洋服ほど配られることがない。
ホームレスは歯を悪くしている人が多い。青木ヶ原の樹海の自殺した人の頭蓋骨をみると、歯がダメになっている人が大半。ホームレスには、精神疾患、精神障害をかかえている人が多い。
ホームレスが亡くなり、身元が判明しないときには、法律により「行旅死亡人」として扱われる。
奈良の山本病院は、ホームレスや生活保護受給者を受け入れていたが、看護士の大量退職で問題点が明るみになって外に出た。このようにホームレスを食い物にする貧困ビジネスが今の日本にはしぶとくはびこっている。
山谷(さんや)も釜ヶ埼も横浜の寿町からもドヤ街がなくなっている。横浜の寿地区には、5716人が住んでいるが、そのうち8割以上が生活保護を受給している。
今や高齢化もすすんだので、投石するほどの腕力、体力そして気力がない。そこで、かつてのような暴動を起こせるような状況にはない。
目に見えるホームレスが消えてなくなったのなら喜ばしいことです。しかし、本書を読むと、ホームレスは寝るところを変えつつも、いろんなところにしぶとく生きのびているそうです。
河川敷だと地方自治体の見まわりの対象外だということ。そこに中・高生がときどき乱入してきて生命の危険にさらされます。そして、今度の台風やら大洪水のときには、家ごと流されてしまう危険があるのです。
ホームレスを徹底的に排除しようとする国・社会は、あまり幸せでない気がする、とのこと。同感です。ホームレスの今を知ることのできる貴重な突撃取材がなされています。
(2020年5月刊。900円+税)

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2020年10月 2日

インドネシア大虐殺

インドネシア


(霧山昴)
著者 倉沢 愛子 、 出版 中公新書

私にとって、インドネシアという国は、なんだか不気味なイメージの国です。だって、私が高校生のころ(1965年から1967年ころまで)に、少なくとも50万人、ひょっとしたら200万人以上もの罪のない人々が裁判にもよらず虐殺され、今に至るまで何ら真相解明されていないというのです。
これに匹敵するルワンダの大虐殺は、今日では、かなり明らかにされていますし、虐殺した犯人たちは裁判にかけられ、社会復帰もすすんでいるようですよね。
カンボジアの大虐殺だって刑事裁判になって、それなりに真相が解明されたわけでしょ。ところが、インドネシアのこれほどの大虐殺が今日に至るまでまったく不問に付されているなんて、信じられません。
このインドネシアの大虐殺と大きく関わっている中国の文化大革命も大変な犠牲者を出していますが、少なくとも文化大革命の悲惨な実情は、今日ではかなり明らかになっています。しかし、インドネシアでは、今なお、この大量虐殺はタブーに等しいようです。
しかも、日本人の好む観光地のバリ島は、その大量虐殺の一大現場のようなのです。
インドネシアでは、このとき、100万人ほどの人々が裁判も終えないまま残酷な手口で命を落とした。その犠牲者の多くは、軍の巧みな宣伝や心理作戦に扇動された民間の反共主義者によって一方的に虐殺された。
この一方的な虐殺をした犯人たちの現在を撮ったルポタージュ映画を私もみましたが、彼らは、処罰されることもなく、フツーの市民生活を送っているのに身も凍る思いがしました。
罪なきユダヤ人を次々に殺していったナチスと同じです。
なぜ、インドネシアの大量虐殺が問題にならなかったし、今もならないのかというと、アメリカそしてイギリスがそれに積極的に加担していたこと、ソ連も中国も、それぞれの思惑から抗議の声をあげえなかったことがありました。いわば大国のエゴが人々の生命を奪ったようなものです。
インドネシア共産党は、この直前まで世界的にみても強大なものでした。アイディット議長は、若かったのですね。そして、毛沢東に軍事蜂起路線をけしかけられていたようです。毛沢東が文化大革命を起こす直前ですので、このころは落ち目で、なんとか挽回しようと秘策を練っていたようです。それにしても毛沢東は無責任ですし、それに乗せられてしまったインドネシア共産党は哀れでした。
スカルノ大統領は欧米諸国ときわめて険悪な関係にあり、また国内では経済が発展せず、人々は食うに困る状況だったようです。
スカルノ大統領の妻の一人であるデビ夫人(根本奈保子)が有名ですが、日本はインドネシアの経済には深く食い込んでいたようです(今も)。でも、自力更生を唱えるスカルノ大統領の下で、庶民は飢餓状態にあったというのです。やはり、衣・食・住がきちんと保障されていない社会では大虐殺の歯止めがきかないのでしょうか...、残念です。100万人もの人々がほとんど抵抗もせず、逮捕・連行されて殺されていったというのですが、それにはこのような社会が飢餓状態で麻痺していたということも大きかったのではないかと推察します。
インドネシア共産党(PKI)は1955年の国政選挙で、16.4%の得票率で39議席を獲得し第4党となった。そして、1963年末には250万人の党員を擁すると自称した。9.30事件の直前の1965年8月には、PKI関係者は1500万人から2000万人、つまり人口の6分の1だった。それほどの勢力をもっていたのに、たちまち圧殺され、その1割もの人々が虐殺されたなんて、まったく信じられない出来事です。
このときの大量虐殺について、ときの検事総長は、「殺害された者が共産党主義者であったという証拠が提示できれば十分で、それがあれば殺害行為の責任は追及しない」と明言したとのこと。信じがたい暴言です。
インドネシアでは、庶民の住む地域では宿泊した人は24時間以内に隣組長に届出が必要だというのです。いやはや・・・。それでも少なくない人々が、偽名をつかって生きのびたとのことで、ほんの少しだけ救われました。
私は、インドネシアが本当に民主主義の国になるためには、この大虐殺の事実と責任を明らかにすることが不可欠だと改めて思いました。なにしろ、起きたことがひどすぎます...。この本を読みながら、泣けてきました...。
(2020年6月刊。820円+税)

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2020年10月 3日

心友、素顔の井上ひさし

人間

(霧山昴)
著者 小川 荘六 、 出版 作品社

井上ひさしが亡くなったのは2010年4月9日。75歳だった。飾り花は一切ない祭壇。棺のなかには、花の代わりにたくさんの芝居のチラシが入れられた。骨壺には、愛用の丸いメガネと太い万年筆が入れられた。
著者は上智大学以来、54年間、ずっとずっと井上ひさしと親密に交際していたことがよくよく分かる本です。そして、著者の娘さんが井上ひさしの秘書をつとめていました。すごいです。
それにしても、井上ひさしは、まことに天才的人物ですよね。私にとっては、手塚治虫に匹敵する人物です。
著者が井上ひさしに出会ったのは1956年(昭和31年)4月、上智大学文学部のフランス語学科です。男子学生ばかり15人ほど。井上ひさしは、いちどドイツ語科に入って、そのあとフランス語科に入りなおしたのです。ところが、井上ひさしは、フランス人の神父さんから中学・高校のときフランス語の基礎を叩き込まれていましたので、それほど苦労せずフランス語はできたのでした。
しかも、入学当初から、浅草フランス座(ストリップ劇場です)の文芸部員であり、放送作家のアルバイトもしていたのです。そんな井上ひさしは、学生仲間のくだらない遊びに率先して参加していたというのです。なーるほど、さすがユーモアあふれる作家は実践の人だったのです。
そして、著者の実家のある横須賀まで、金欠病の井上ひさしたちは巧妙なキセルで通い、麻雀にいそしんだのでした。往復300円かかるところを90円ですませたのです。
私も東京での大学生のとき何回かキセルをしましたが、そのうちに、そのスリルのドキドキ感がバカらしくなってやめました。そんなことより安心して車中で本を読むのに集中したかったのです。
ところが、井上ひさし自身は麻雀をしないで、徹夜組につきあっていたというのです。これまた驚きます。実家の稼業であるもやし栽培の手伝いをしていたようです。そのほかは、世界文学全集を徹夜で読んでいたというのですから、さすが偉大な作家は違います。
井上ひさしには家庭の団らんの経験がなかったこともあり、貧乏学生にとって「天国のような所」だったと振り返っています。
井上ひさしは、大学について、こう語った。
「大学で必要なのは、学問の中味ではなく、そこで誰に会ったか、誰と友だちになったか、誰とつきあったか、そして自分の人生を生きていくための新たな基本的な姿勢といいますが、それをつちかっていくというのも大事なこと、大事な役目だと思います」
まったく依存ありません。私にとって、それはセツルメントというサークルでしたし、セツラー仲間でした。あれから50年だった今も大切にしています。
井上ひさしの人形劇「ひょっこりひょうたん島」が始まったのは1964年(昭和39年)4月。私の高校1年生のときでしたが、夕方、楽しみにみていました。視聴率25%というお化け番組で、ついには40%近い視聴率になった国民的な人気番組でした。
ところが、その内容が左翼思想で、拝金主義を揶揄したものになっているというのにNHK上層部が気がついて、5年も続いたあと打ち切りになったのでした。
このころビデオ録画ができなかったというのが、本当に残念です。それが出来ていたら「寅さん」シリーズのように何度も繰り返し再放送されていることでしょう。
井上ひさしは、本を速く読むコツがあるかと著者がたずねたとき、「あるよ。速く読もうとすればいいんだ」と答えたそうです。私も同じです。井上ひさしほど速くはありませんが、年間500冊の単行本を30年来、読んでいるのは速く読もうとつとめているからです。でも、これ以上は、速く読むつもりはありません。頭に何も残らなければ意味ありませんからね...。
井上ひさしは、高いところは大の苦手で、飛行機も大嫌い。
井上ひさしは、旅行するときには、記録用の新しいノートを必ずもっていく。私も海外旅行するときには、毎回、小さなノートブックを購入し、肌身離さず日時とともに記録していました。そして、帰国してから写真と一緒に冊子をいくつもつくりました。こうすると、行く前、行ったとき、帰ってから、3回も楽しみがあるのです。
すばらしい本でした。おかげで井上ひさしという偉大な作家の雰囲気をたっぷり味わうことができました。ありがとうございます。
(2020年7月刊。2200円+税)

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2020年10月 4日

殿、それでは戦国武将のお話をいたしましょう

日本史(戦国)


(霧山昴)
著者 山崎 光夫 、 出版 中央公論新社

戦国時代の武将について貝原益軒が福岡藩第三代藩主の黒田光之に語ってきかせたという体裁で、いろんな武将が紹介されています。
貝原益軒って『養生訓』で有名ですよね。85歳まで長生きした体験にもとづく健康法ですから、現代でも重宝されています。この貝原益軒には、98部247巻に及ぶ膨大な著作集があるといいます。恐れいりますね。江戸時代随一の博識家と評価されているとのこと。
貝原益軒は、和漢の古典を読破し、儒学者として黒田藩に地位を確保して、『黒田家譜』を書き上げるのでした。1年で草稿を書きあげ、7年かけて12巻にまとめ、17年目に17巻本として完成させた。そして、全15巻の『朝野雑載』として、戦国時代の逸話をまとめた。
この本は、この『朝野雑載』をもとに短い読みものとしています。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康そのほか戦国時代の名だたる武将が次々登場してきて、読ませます。
そうか、戦国武将を主人公とした小説を書くのなら、この『朝野雑載』は有力な手がかりになるんだな、と思ったことでした。私も知っているような有名なエピソードが大半ではありますが、なかには、えっと驚くものもありました。
福島正則は、関ヶ原の戦いの前に、いち早く家康に味方することを高言して、家康を勝利に導いた。ただし、家康は本当に福島正則が自分のために戦ってくれるのか疑うところがあって、じっと様子をみていた。
関ヶ原の戦いのあと、大坂冬の陣のときには、福島正則は江戸城に留め置かれた。正則の変心を家康が恐れたから。
信長の家臣のうち、とくに優れた四将が俗謡に歌われた。
「木綿・藤吉(とうきち)、米・五郎左、かかれ柴田に、のき佐久間」
木綿は、普段着としてなくてはならないもの。木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)は、信長になくてはならない側近だった。五郎左は丹羽長秀。柴田勝家は、戦闘時に先陣を切ってかかっていく強者(つわもの)。「のき佐久間」は、佐久間信盛。退却戦が上手だった。柴田勝家が秀吉に敗れたのは、本能寺の変を天下取りの好機ととらえる発想がなかったし、軍師もいなかった。
「井伊の赤備(あかぞな)え」というのは有名ですが、それは、武田二十四将の一人である山県昌景の部隊を引き継いだというのを知りました。武田の「赤備え」が「井伊の赤備え」になったのです。
そして、家康の家臣だった石川数正が秀吉の家臣になったのは、実は、家康を裏切ったのではなく、それは表向きのことで、本当は間者(かんじゃ。スパイ)となって大坂方に潜入したという説がある、とのこと。
ええっ、これって本当でしょうか...。私がこれまで読んだ本には、間者説はまったくありませんでした。まあ、世の中には、いろんなことがありますので、その説もあながち間違いだと決められません。
戦国時代の武将をとりまくエピソード満載の本でした。
(2020年5月刊。1700円+税)

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2020年10月 5日

植物はなぜ毒があるのか

植物


(霧山昴)
著者 田中 修 ・ 丹治 邦和 、 出版 幻冬舎新書

ジャガイモによる食中毒が毎年、学校で起きている。それは秋ジャガではなく、春ジャガに限られる。ジャガイモの表皮の内側に有毒物質がある。そこは虫にかじられることが多い部位。食べられるのを防ぐため、緑色の部分には有毒な物質がふくまれている。そして、このジャガイモの有毒物質は、お湯で茹でたり、油で揚げたりして調理しても、毒性は消えない。
この有毒な物質は、ジャガイモが芽を出すには必要なもの。つまり、有毒な物質がつくられなければ、芽を出さない。それだけジャガイモは慎重で、用心深い。
私はジャガイモを毎年つくっていますが、幸い、食中毒になったことはありません。もちろん、掘りあげたあとに日光にあてて緑色に変色しないよう、用心はしています。
江戸時代後期の外科医、華岡(はなおか)青洲(せいしゅう)が世界で最初の全身麻酔で、乳がんの手術に成功した。この手術で用いられた麻酔薬の原料は、チョウセンアサガオだった。このチョウセンアサガオは英語でエンゼルス・トランペットというとされています。ダチュラという名前もあります。
でも、わが家には、チョウセンアサガオもエンゼルス・トランペットもあります。花の形は、まったく違います。どこかで混同・混乱が起きているようです。誰か教えてください。
アジサイの葉っぱを食べると食中毒を起こすそうです。気をつけましょう。
ビワは、果実も葉っぱも健康を保つ効果のある成分がふくまれている。しかし、ビワのタネの中味には、有害物質がふくまれている。
広島で原爆のあと何十年間にわたって、花も木も育たないと言われたのを裏切って真っ先に咲いたのがキョウチクトウだと聞いています。排気ガスに強い木として、街路樹としても良く見かけます。うちの庭にも紅白の花を咲かせてくれます。このキョウチクトウは、葉っぱや枝におそろしく有毒な物質をもっている。そのため、虫に食べられることがほとんどない。フランスでは、この枝をバーベキューの串として使ったため、死者が出たそうです。怖いですね...。
蚊取り線香は除虫菊の成分であるピレトリンが蚊の神経を麻痺させてしまう。人間には、ピレトリンが神経細胞に届く前に、人間の身体のなかで分解されて、毒性がなくなってしまうので、蚊にとって危険であっても人間には安全だ。なーるほど、ですね...。
コーヒーは、1日に3~4杯が適切で、それ以上は飲み過ぎになる。緑茶のほうは1日5杯以上のんでいてもいいどころか、もっとも死亡率が低い。
黒にんにくはアルツハイマー病を防ぐ可能性があると紹介されています。依頼者の一人の手づくりの黒ニンニクを以前から食べていますが、これは良かったと思いました。
世の中は、本当に知らないことだらけですよね...。
(2020年3月刊。800円+税)

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2020年10月 6日

まんがでわかる日米地位協定

社会


(霧山昴)
著者 平良 隆久、藤澤 勇希 、 出版 小学館

この本を読みすすめるほどに腹が立ち、怒りに燃え、今風にいうと、チョームカついてきます。いえ、作者もマンガも決して悪いのではありません。書かれていることが、あまりにひどくて、涙が出てくるのです。それも怒りの涙です。日本って、ホント、アメリカの従属国でしかなくて、本当に自立していない、まだ独立していないんだな、つくづくそう思わせます。
ドイツやイタリアで出来ていることが、お隣の韓国でやられていることが、日本では出来ていませんし、いつだってペコペコと卑屈にアメリカのご機嫌うかがいばかりしているのですから、ホント嫌になってしまいます。
しかも、マンガ仕立てで、高校生だって分かるレベルで書いてあります。おっと、これは今どきの高校生に対して失礼な言辞でしたね。スミマセン。よほど日本人の大人のほうが分かっていない、分かろうとしていない、盲目のままでいいなんて馬鹿な思考にしがみついているんですよね。
日本の政治家やマスコミは、北朝鮮と中国との緊張感を煽って、勝手にアメリカ軍の力を信じ頼りにしているが、アメリカ軍のほうは、そんなつもりはまったくない。
アメリカ兵は日本国内の高速道路の通行料をほとんど支払っていない。レンタカーを利用して日本国内の観光旅行に出かけているのに、アメリカ軍の通行証が発行されているかぎり、それは軍用車両として免除されることになっている。そして、その車で交通事故を起こしても、「公務中」となって日本の警察は手が出せない。それが日米地位協定だ。
首都東京の上には巨大なアメリカ管制下の空域あるため、JALもANAも、日本の航空会社の飛ばす民間飛行機は富士山の上空は飛行できないので、ぐるっと大まわりをさせられる。無駄なことだし、使用するジェット燃料を浪費するし、危険性も増す。これがアメリカ軍のラプコンだ。
アメリカ兵が刑事事件を起こしたとき、日本の警察はすぐには逮捕できない。そして、たとえ逮捕できたとしても、実際に刑事裁判で有罪になるとは限らない。というか、その多くが無罪・放免になっている。
アメリカ軍の飛行機が墜落したとき、沖縄県警は動けなかったし、動かなかった。というか、アメリカ軍によって構外にはじき出されて、その様子をみるだけにした。人体にきわめて有害な泡消火剤が基地の外に出たとき、日本政府はアメリカ軍の基地に立入調査することすら出来なかった。
ドイツでもイタリアでも、そんなことはない。イタリアではアメリカ軍の基地にイタリア人将校が常駐している。
韓国は1994年に、ついに平時の作戦統制権を取り戻すことに成功した。そして、平時のデフコン4からデフコン3への引き上げるには、現場の士官が建議したあと、陸海軍の三軍のトップが承認し、さらにアメリカと韓国の大統領の承認も必要となる。
要するにデフコンが3から4に代わることにはとてつもないエネルギーを要し、ほとんどありえない状況になっていて、平常時であるかぎり、韓国軍の指揮権は韓国軍が有する。
今どき、なんで日本全国にアメリカが我がもの顔でたくさんの基地をもち、首都の上空を占有しているのが、不思議でなりません。沖縄の辺野古新基地づくりだって、アメリカの押しつけであり、日本のゼネコンを喜ばせるだけなのに、菅新首相をマスコミがもてはやし、コロナ禍のなかでも基地建設を強引にすすめるなんて、許せません。
この本はひらがなにすべきところを旧来の漢字を多用するという読みにくさはありますが、著者の熱意と分かりやすい政治マンガによって、日米地位協定の問題点が浮きぼりにされています。この改定は日本政府の当面する主要課題の一つだと、つくづく思ったことでした。
(2020年8月刊。1700円+税)

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2020年10月 7日

ルポ・つながりの経済を創る

スペイン


(霧山昴)
著者 工藤 律子 、 出版 岩波書店

いま日経新聞は「太陽の門」というスペイン内乱を扱った小説を連載中です。あとで政権を握ったフランコ軍は初めのうちは反乱軍でした。作者の赤神諒はペンネームで、弁護士です(もう弁護士の仕事はしていないのかも...)。
スペイン政府派のほうは国際義勇軍が支援していましたし、そのなかにヘミングウェーもいたのでした。フランコ独裁政権が樹立すると、知識人をはじめとする多くの反ファシズムの人々があるいは銃殺され、あるいはフランスなど国外に逃亡していきます。
そんな知識しかないスペインでは、いま市民運動が大きく盛り上がっているようです。
「もういい加減、真の民主主義を!」
今の日本にも必要なスローガンです。モリ・カケ、桜...。すべてをあいまい、うやむやにして「アベ政治」を継承する。とんでもないことです。もう、いい加減にしてよ。そう絶叫したい気分です。
スペインでは2011年5月15日の市民デモは空前の盛り上がりを見せた。そして、これが市民運動「M15」(5月15日運動)の始まりだった。
15Mの精神を受け継ぐ市民政党「ポデモス(私たちはできる)」は、2015年12月の総選挙で第三党(69議席)になり、同年5月の地方議会選挙でマドリード、バルセロナ、サラゴサ、バレンシアなどの市政を担当することになった。そして、2018年6月のPSOE新政権では、閣僚20人のうち女性が11人を占めた。
すごいですね。日本にも女性大臣はいますが、森雅子って人は弁護士とは思えませんし、稲田朋美とか片山さつき、高市早苗って、女性そして弱い者の権利を守るという視点がまったく欠落していますので、何も期待することができませんよね...。
ポデモスが市政を担当して、何が、どう変わったのか...。
マドリード市は、市民による社会活動に助成金を出している。すごいですね。
「時間銀行」とは、人々が銀行、つまりグループをつくり、そこに自分がメンバーに提供できるサービスを登録し、お金ではなく「時間」を単位に、必要なサービスをメンバー間で提供しあう仕組みだ。スペインには280あまりの時間銀行があり、そのうちの100行ほどがとりわけ積極的に活動している。日本にも時間銀行の支店がある。日本では、「世代間のつながり」が時間銀行を利用する目的の一つとなっている。
最近ふえている中東やアフリカからの難民を積極的かつ具体的な形で巻き込んでいる時間銀行もある。たとえば、難民にとって必要なスペイン語の習得を時間銀行によるボランティアが活躍している。
マドリードには「モラ」という地域通貨がある。生ゴミや使用ずみの食用油のリサイクルを推進している。生ゴミや使用ずみ食用油をもっていくと、いくらかの「モラ」をもらえる。これは、「モラ」利用者が開くバザーで使える。
スペインでは、いま労働者協同組合が活発に活動を展開していて、拡大中だ。全国に2万の組合が存在し、組合員数は25万人をこえる。
たとえば、ある協同組合には50人の労働者がいて、そのうち20人が障がい者だ。そして、ワインとオイルをつくっている。保育園から、小・中・高そして大学まで擁する労働者協同組合もある。ここでは、教科書をつかわず、教員が自由に教えている。そして、協同組合を支える法律事務所まである。
スペインではすでに市民相互の連帯で変えていく新しい試みがいろいろと進行中のようです。日本だって負けてはおれませんよね。
自助、自立、そして共助。なんでも自己責任だというのなら政治は必要ありませんし、税金だって納めるのがバカバカしい限りです。自助できない状況になったら、とりあえず共助、公的援助を当然のように受けられる。そんな世の中の仕組みにしなければ、あまりに息苦しく、辛い社会(世の中)になってしまいます。
7年も続いたアベ政治の致命的欠陥は、友だち優先の露骨な政治をすすめたため、真に相互援助して助けあうという温かい関係がすっかり台なしにされてしまったことだと思います。なんでも自己責任と片付けられ、すぐに自粛警察が登場してくるようでは、この世の中、息が詰まるばかりです。
(2020年4月刊。2000円+税)

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2020年10月 8日

彼女たちの部屋

フランス


(霧山昴)
著者 レティシア・コロンバニ 、 出版 早川書房

主人公は40歳の女性弁護士、ソレーヌ。富裕層の住むパリ郊外で生まれた。両親は、ともに法学者で、子どものころから頭が良くて感受性豊かで、真面目。学業では挫折を知らず、22歳で弁護士資格を取得し、パリの有名法律事務所に就職した。すべてが順調。
母になることを夢見ることもなく、山積みの仕事のため、週末もバカンスも放り出し、睡眠不足で、走り出したらとまらない特急列車のような日々を送っている。
ある日、依頼者(クライアント)が脱税の罪で裁判となり、判決の日、検察側の求刑どおり懲役(実刑)と数百万ユーロの賠償を命じられた。依頼者は、判決を聞いた直後、裁判所の建物の巨大な吹き抜けに身を投じて自殺してしまった。
ソレーヌのショックは大きく、路上でガス欠したように立ち往生した。入院先の病室で、カーテンを閉めきったまま何日も起きあがれない。光に耐えられない。そのうえ、交際していた彼との予期しない破局がやってきた。その墜落の衝撃はすさまじかった。もう元の法律事務所には戻れない。裁判所に入ることを考えただけで吐き気がする。
よい弁護士とは、心理カウンセラーであり、信頼できる相談相手である。ソレーヌは、身を引いて相手に意中を吐露させる術を身につけていた。ソレーヌはパリにある「女性会館」で代書の仕事をすることにした。ボランティアの仕事で、あくまでリハビリのつもりだ。
スーパーで買ったヨーグルトが2ユーロだけ高く払わされた。手紙を出して取り戻したいという依頼を受ける。冗談かと思うと真剣な顔つき。手紙を代書した。翌週、2ユーロが戻ってきたと、お礼を言われた。胸が熱くなった。法律事務所では莫大な金額の争いを担当し、もらった弁護料も途方もない金額だった。しかし、どれも心底からの喜びは感じていなかった。しかし、この2ユーロを取り戻したことを聞いて、ソレーヌはなすべきことをした実感、いるべきときに、いるべき場所にいるという実感をおぼえた。これまで飲んだ高価なシャンパンにまさるとも劣らない、おいしいお茶を味わった。
ソレーヌは、パソコンを使うのをやめて、紙とエンピツで書くようにした。そして、手紙を代書する。そのなかで言葉を取り戻した。人の役に立っているという実感は何ものにも代えがたいものがある。
ヴァージニア・ウルフは、書くためには、すこしの空間とお金がいる。それと時間だという。ソレーヌには、三つともある。では、なぜ、書かないのか...。
「女性会館」に来て、代書のボランティアをするうちに、言葉たちが戻ってきてくれた。もしかして、これがセラピーの意義なのかもしれない。人生の流れに、抜け出した地点から入りなおす。勇気がいる。だが、いまのセレーヌには勇気がある。
「女性会館」に入る前、その女性は15年間も路上生活を送った。外では何もかも盗られる。金も身分証も電話も下着も。歯のかぶせ者すら盗まれた。レイプもされた。54回。その女性は数えていた。襲われないため、髪を切って女に見えないようにした。女と分かれば、路上では生き残れにない。
言葉だけでは足りないときもある。言葉が無力なときは、行動に出なければ...。
パリに実在する「女性会館」が創立するまでの苦労話をはさんで、現代に悩みながら生きる女性弁護士ソレーヌの自分らしさを取り戻す話が進行していくのですが、ともかく読ませます。すばらしいです。
フランスの小説は、えてして抽象的で難解なストーリーが多いように思いますが、これはもちろん深みはありますが、言わんとすることはきわめて明快です。ぐいぐいと1920年代のパリと現代のパリの両方の話に思わずひきずり込まれてしまいました。
(2020年6月刊。1600円+税)

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2020年10月 9日

生きている裁判官

司法


(霧山昴)
著者 佐木 隆三 、 出版 中央公論社

東大法学部卒で成績抜群だった裁判官が、東京地裁で違憲判決を主導したので、和歌山地裁へ転勤。そこで戸別訪問禁止は憲法違反なので無罪とするという画期的な判決を出した。すると、岐阜地裁そして福井地裁に転勤。そこで福井県の青少年保護条例は憲法違反の判決を出した。その後、横浜家裁へ異動し、次は浦和地裁川越支部に配属。さらに静岡地裁浜松支部へ飛ばされ、再び浦和地裁川越支部に配属された。
いやはや、意見判決を書いたりして、「上」からにらまれると、「シブからシブへ」ドサまわりさせられる見本のような歩みをした裁判官がいたのですね。この本では氏名が書かれていませんが、14期だというので調べてみると安倍晴彦判事のことでした。
最高裁判所というのは、このように露骨な人事差別をしたのです。それは俸給にも格差をつけるという、えげつなさでした。同期より5年半も昇給が遅れたというのですから、ひどいものです。
3人の裁判官が話し合うのを「合議(ごうぎ)する」と呼んでいて、かつては、それぞれ独自の立場で、事故の見解をはっきり主張して、議論していた。そして、ときどき「合議不適の裁判官がいる」と言われるほど、裁判官のなかに、他人の意見に耳を傾けない人がいた。
ところが、今では、若い判事補はあまりモノを言わなくなり、困っているとのこと。
なるほど、なんでも正解志向の世界で育ってきたエリートたちは、てっとり早く、「正解」を知りたがる。効率よく「正解」を知って、判決文を起案したいので、この事件の論点を早くつかみたいのだ...。
日本の司法は閉鎖的な体質をもっているので、その体質を改善する唯一の方法は市民が裁判に関心をもつことなのだ...。
そうなんです。なので、弁護士会による裁判官評価アンケートは大きな意義があると思います。
27年も前の本ですが、今にも生きる話ばかりなので、一気に読了しました。
(1993年6月刊。980円+税)

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2020年10月10日

日本史、自由自在

日本史(江戸)


(霧山昴)
著者 本郷 和人 、 出版 河出新書

東大の史料編纂所の教授である著者は、小学生のころから日本史が大好きだったとのこと。
私も、そう言えば日本史というか歴史物は大好きでした。小学生のころは偉人伝をよく読んでいましたし、中学生のときは山岡壮八の「徳川家康」を読みふけりました。高校に入ると、日本史の教師が、いかにも歴史を愛しているという風情で熱心に教えてくれましたので、その感化を受け、私も歴史が大好きになり、いつも満点に近い成績をとり、これだけは自慢でした(数学がパッとしませんので、理系志望を3年にあがる寸前に文系に切り替えました。理系クラスにはとどまりましたが...)。
著者は友人から「日本史がよく出来るって、どういうことなわけ?」と尋ねられたといいます。はてさて、どういうことなんでしょうか...。
史料をもとにして「考える」からこそ、日本史という学問は楽しい。
そうなんですよね。日本史を深く知ると、考える材料がたくさん手にすることができるというわけなんです。
著者は、「令和」という年号について、「これは良くない」と批判して、大炎上したとのこと。その理由は何だったのでしょうか...。
645年の「大化」が一番初めの年号。ところが、その後、年号のない空白の期間もある。うひゃあ、知りませんでした。701年の大宝からはさすがに継ぎ目なく定められている。つまり701年ころが日本という国の大きな画期になっている。
奈良・平安の貴族は、修めるべき教養として、4つの道があった。律令のことを勉強する明法道(みょうほうどう)、算数を勉強する算道。文章道と明経(みょうきょう)道の二つは、中国の文献を学ぶもの。貴族にとって、歴史とは、日本史ではなく、中国史を指していた。
戦国大名の師匠は中国史を学んでいるお坊さん。織田信長もそうだった。
岐阜城という「阜」とは小高い山、丘という意味なので、岐阜は岐山と言える。この岐山は、周王朝の始祖、武王の父親(文王)の本拠地。つまり、信長はこれから新しい王朝を起こすぞという姿勢を示すため、岐阜城と名づけた。信長は、中国の歴史をこのようによく勉強していた。
水戸光圀は、南朝、後醍醐天皇の皇統こそが正統だ、北朝系に正統性はないと考えていた。勤王家といっても、現在の朝廷は偽であり、まさに将軍が治める世の中なのだ。これが水戸学の本当の姿だった。ええっ、これって本当なんですか...。
水戸光圀だけでなく、新井白石も同じように考えていた。すると、水戸は勤王派というより、徳川将軍中心派ということになります。ところが、後期水戸学は、光圀とはちがい、将軍より近い存在が天皇だと考える国体論です。明治維新を実現した「志士」たちは、みな、この国体論で動いていた。
そして、幸徳秋水は、「明治天皇を殺して何が悪い。あれは偽物ではないか」と主張した。これを聞いて山県有朋たち明治政府の首脳部はあわてた。それで、南朝と北朝の矛盾をなんとか解消するよう命じられたのは、東大の史料編纂所だった。なーるほど、そんな経緯があったのですか...。
日本人が昔、肉を食べなかった理由は、調味料が塩しかなかったから。肉を食べるにしても、焼くか炒めるかだけど、食用油がなく、醤油がなく、味噌もないと大変。茹でても塩だけだと、物足りない。
昔の中国では、魚の王様は鯉(こい)。今は、海の魚のほうが人気があるとのこと。そして、江戸時代の日本人にとっての一番は鯛(たい)、次に鯉(こい)。
平安時代の「芋粥(いもがゆ)」は、サツマイモではなく、自生するつるみたいなものから甘味をとっていた。つまり、柿で甘味をとっていた。なので、虫歯は少なかった。女性のお歯黒も虫歯予防のため。
豚を食べないので、ビタミンB1をとれないから脚気になってしまう。昔の貴族は酒をがぶがぶ飲むので、糖尿病になる。肺病、糖尿病そして脚気が多かった。日本人が肉が美味いというのを知ったのは明治になってからのこと。なーるほど、やはり調味料は大切なのですね...。
朝鮮では一貫して「文」が上だったのに対して、日本では「武」が優先されてきた。そして、日本に軍師はいない。文官にして軍事にあたる軍師なるものは、日本には大江広元のほか、いない。
黒田官兵衛も竹中半兵衛も、みな本質的に武士なので、軍師ではない。
石田三成は「ミツナリ」ではなく、「カズシゲ」と読むべきだというのを初めて聞きました。一も二も三も、みな「カズ」と読むのだそうです。
知らないことだらけの日本史の話、オンパレードでした。
(2019年12月刊。810円+税)

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2020年10月11日

ドイツ人の村、シラー兄弟の日記

フランス


(霧山昴)
著者 ブアレム・サンサール 、 出版 水声社

ドイツ人の村というから、ドイツの話かと思うと、フランス人作家によるフランス、アルジェリア、ドイツなどを舞台にした小説です。
アルジェリアの半砂漠地帯には、元ナチス将校たちが生活する「ドイツ人の村」が現実に存在しているとのこと。
この本では、父親がアルジェリアの小さな村で生活しているところを、イスラム過激派が襲いかかって、残虐な皆殺しを遂げたという展開から始まります。
ですから、両親を殺されたシラー兄弟は被害者なのですが、実は父はナチス親衛隊の将校として、アウシュヴィッツなどの絶滅収容所と関わりをもっていたのです。そのことを証明するような資料を入れたカバンを兄が発見したことから話は展開します。
兄は、その内容に衝撃を受け、父の生前の挙動を探りにドイツなどを歴訪し、次第にナチス将校としての亡父の犯した行為を自らの責任であるかのようにとらえ、苦しみはじめた。そして、ついに兄は自死を選択し、決意して実行する。
父は人間一人を殺したのではない。二人殺し、それから百人、次に数千人、さらに数万人を殺した。父は憎しみと隷属に浸り切っていて、父の頭に穿たれた穴は底なしだった。そして、終局を迎えたとき、父は自分の犠牲者たちに背を向けて逃げることを選んだ。それは、犠牲者たちを、もう一度殺すことに等しかった。これから、父と父の犠牲者たちの分の支払いを、私が間違いなく履行することにする。しごく当然のことにすぎない。父の犠牲者たちが、どうか私たちを赦してくださいますようにと願う。これこそ、私にとって一番大事なことなのだ。とはいえ、私の死は、何かの取り返しをつけるものではない。ささやかな愛のしぐさだ。
兄は日記にこのように書き、自死を実行した。
兄は銃を撃ちこむとか、橋から飛び降りるとか、電車に飛び込むといったスピーディーな方法を選ばずに、じわじわと死んでいった。自殺自体が目的ではなかった。兄が望んでいたのは罪を償うことで、だから、父の犠牲者たちと同じようにガスで死にたいと願った。自分が死んでいく過程をじっくり見つめた。それが父に代わって支払いたいと望んだ代価だった。絶滅収容所で亡くなった犠牲者たちに償いをし、父の子どもとして背負っている負債の重荷から弟を解放するために...。だから、自殺という言葉は、ふさわしくない。
アルジェリアに生まれた、日本の団塊世代と同じ世代の著者は、フランスでは著名の作家だそうです。この本を読んでいる最中に、NHKの特集番組でアウシュヴィッツ収容所の地中から発見されたゾンダーコマンドたちの通信文が紹介されていました。3人の氏名が判明し、その顔写真が紹介されていたのですが、なんとその一人は戦後まで生きのび、54歳でギリシャで亡くなったとのこと。その娘さんに対しては何も語らなかったそうです。いやはや、大変な経験をした(させられた)ゾンダーコマンドの人が生きのびていたとは驚きました。
(2020年4月刊。3000円+税)

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2020年10月12日

言葉を使う動物たち

生物


(霧山昴)
著者 エヴァ・メイヤー 、 出版 柏書房

驚くべき事実のオンパレードです。
オウムのアレックスは、100をこえる単語を知っていた。そして、アレックスはジョークも言えた。
ボーダーコリーのチェイサーは、1000以上の玩具の名前を覚えていて、文法も理解した。
野生のイルカは互いに名前で呼ぶ。
プレーリードッグは侵入者を表現する言葉を豊富にもっていて、人間の体格や衣服の色、あらゆる持ち物、髪の色を表現する。
飼育されているゾウは、人間の言葉で話せる。野生のゾウには、「人間」を指す言葉があり、それは危険を意味する。
最近の研究によると、以前に考えられていたよりもはるかに複雑な方法で、動物同士がコミュニケーションをとっていることが示されている。
オウムは体のつくりから、人間が声に出した言葉をそのまま繰り返して言うことのできる数少ない動物の一つだ。
カンジというボノボは、ゴリラのココの映像をみて、手話を覚えた。カンジは、ボノボが人間やボノボからだけでなく、ほかの霊長類を見ることでも、言葉を学べることを示した。
ゾウは複雑な社会的関係のなかで暮らしているため、音がコミュニケーションで重要な役割を担っている。
ゾウが死にかけているとき、グループ内のほかのゾウ(多くは、家族)が、死んでいくゾウの周囲に集まってきて、それぞれが鼻で優しく慰める。ゾウが亡くなると、ゾウたちは亡骸を抱きかかえたり、抱き上げたり、あるいは背中を押し上げようとすることもある。そして、土と葉で覆うと、それから何年ものあいだ、亡くなった場所を訪れる。ゾウの墓参だ。
カラスには、人物、ネコ、イヌのそれぞれを意味する違う音があり、2匹のネコも区別できる。カラスは決して顔を忘れない。カラスは群れの仲が亡くなると、葬式を行う。群れのメンバーが集まってきて、ときには、もっと大きな集団となり、亡くなった仲間や親類を囲んで騒ぎ立てる。
コウモリは、お互いを呼ぶ名前があるので、暗闇でも一緒に過ごすことができる。吸血コウモリは、哺乳類の血液をエサとし、夜のあいだにそれを探し出す。エサを70時間も食べられないと死んでしまうので、その間にエサをとれなかった不運な仲間には飲んだ血液を吐き出して与える。
イルカたちは病気の仲間のそばを離れず、できる限り助けるため、たとえば弱っているイルカを囲んで救命ボートのような形になる。
イヌだけが遊ぶ動物というわけではない。ほとんどの哺乳類は遊ぶし、鳥類、爬虫類、魚類も遊ぶ。遊びに似た行動は、頭足類、ロブスター、そしてアリやハチ、ゴキブリなどの昆虫でもみられる。
人間と棒物の違いは、いったいどこにあるというのか、よくよく考えさせられる本でした。
(2020年5月刊。2200円+税)

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2020年10月13日

日本の屋根に人権の旗を

司法


(霧山昴)
著者 岩崎 功 、 出版 信毎書籍出版センター

長野県上田市の弁護士(17期)が、50年あまりの弁護士生活を振り返った本です。著者が折々に書いていたものが集大成されています。なんといっても圧巻は辰野(たつの)事件を回想した一章です。
辰野事件とは1952年4月30日に辰野駅前派出所など5ヶ所が時限発火式ダイナマイトなどで襲撃されたというもの。警察官が爆破状況を目撃していて、「導火線がシューシューと音を立てて燃えていた」と証言したのが有罪の有力な証拠の一つとなった。
しかし、発破工事にあたっている労働者は、導火線は「シューシュー」なんて音は立てないし、本当だったら、その燃えカスが現場に残っているはずだ、という。しかし、現場に燃えカスは残っていなかったから、警察官の証言はウソだった。
もう一つ、読売新聞の記者が事件直後に派出所内の写真を撮って新聞記事にのせたが、その写真では派出所には何も散乱していなかった。ところが、あとで撮った現場の検証写真にはマキが散乱している。
著者は東京高裁で、その記事を書いた読売新聞の記者を尋問した。記者は写真のとおりの状況だったと当然のことながら証言する。ということは、読売新聞の記者が写真を撮ったあと、現場検証があった時間までに、捜査本部側の誰かが室内にマキを散乱させたということになる。これは明らかに、犯罪のデッチ上げの常套手段だ。それでも裁判所はこのインチキを見逃してやった。
ひどいものです。著者は次のようにコメントしています。
弁護士は、科学者の意見や体験者の見聞などに謙虚に耳を傾け、現実の認識力を高める不断の努力が求められる。まったく、そのとおりです。
そして、控訴審でのたたかいをすすめるため、8日間の弁護団合宿が敢行されました。
いやはや、平日に弁護士が8日間も事務所を留守にして一つの事件のために合宿するなんて、とんでもないですよね...。ちょっと考えられません。今でもそんな弁護団合宿って、やられているのでしょうか...。
1972年12月1日、東京高裁で無罪判決が出ました。中野次雄裁判長は自白の信用性を細かく否定したが、警察による証拠のデッチ上げまでは踏み込まなかった。恐らく裁判官に勇気がなかったのです。いやあ、それにしてもぶっ通し8日間の弁護団合宿なんて、私には想像すらできません。
次の千曲バスの無期限ストの話にも刮目(かつもく)しました。
1988年1月のことです。35日間も労組によるストライキは続き、雇用確保とバス路線維持の二つの要求がみたされて解決したというのですから、すごいです。
このとき、株主総会で新株全部を第三者に譲渡しようとしたのを裁判所の仮処分決定で止めたというのですが、なんと裁判所は当日の朝8時半に手書きの仮処分決定書を渡したとのこと。いやはや、このころは、そんなことが出来ていたのですね...。
さらに税金裁判。1970年前後は、全国的にも、長野県でも、いくつもの税金裁判がたたかわれました。私も、いくつか福岡地裁で担当しました。
税務署は、とかく問答無用式に、具体的な理由を明らかにすることなく一方的に課税してきます。ちょうど、学術会議の推薦した学者6人の任命を拒否したのに、その理由を何も明らかにしようとしなかったのと同じです。申告納税制度の根幹を日本の税務署は守ろうとしていません。とはいえ、税金裁判は激減しているのではないでしょうか...。
長野県には、長野、松本、上田、諏訪、飯田、伊那と、いくつもの地域に分かれ、独自の生活文化圏を形成している。なので、「信州合衆国」と呼ばれている。
福岡県でも筑後・筑豊と北収集は文化圏が完全に異なります。それでも「信州合衆国」ほどではありませんよね...。
山の入会(いりあい)権をめぐる裁判も面白い展開でした。
戒能通孝教授は、未解放部落の人たちは生活共同体が違うので、入会権利集団は入らないと、本に書いている。それでは具合いが悪い。そこで、渡辺洋三教授と一緒になって研究をすすめ、生活共同体にもいろいろあることをつかみ、未解放部落にも入会権は及ぶと主張した。これを裁判所は採用してくれた。
著者は17期司法修習生。青法協会員を中心として同期の3分の1ほどが加入する「いしずえ」会を結成し、機関誌「いしずえ」を発行している。2016年4月に53号を発行しています。その活動の息の長さには圧倒されます。
著者が「いしずえ」に投稿した味わい深い随想も収録されていて、読ませます。
50年あまりの弁護士生活が380頁の本にまとまっていて、著者が弁護士としてとても豊かな人生を送ってこられたことに心より敬意を表します。実は、この本はパートⅡでして、パートⅠは1983年に発行されていて、私は翌84年に読んでいます。
著者より贈呈していただき、休日に車中と喫茶店でじっくり一気に読ませていただきました。ありがとうございます。今後ますますのご健筆、ご健勝を祈念します。
(2020年8月刊。2000円+税)

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2020年10月14日

楽園の島と忘れられたジェノサイド

インドネシア


(霧山昴)
著者 倉沢 愛子 、 出版 千倉書房

インドネシアのバリ島は、かつて血塗られた大虐殺の島であり、今も観光道近くに無数の遺体が埋もれたままになっているのに、平和な楽園の島というイメージを損なわないよう、現地の人々が沈黙しているというのです。
有名な観光スポットに行くために観光客が必ず通る道筋にも、海岸の椰子の林の合間にも、数えきれないほどの集団墓地があり、多くの人の魂が今もって成仏できないままに眠っていることを地元の人々はみな知っている。しかし、誰もが観光客に対して無言を保っている。島民の大部分が大なり小なり観光に依存するバリで、かつて大虐殺があったという秘密が明るみに出て、イメージが破壊されるのは致命的だから...。いやあ、私は、知った以上、とてもそんなバリ島に行きたくはありません...。
しかも、虐殺した人々は、今でも良いことをした英雄としてまかり通っていて、むしろ虐殺された被害者の遺族・関係者のほうが肩身が狭い思いを今もしているというのです。まるでアベコベの世界です。
罪なき人々を虐殺したときに使った長刀を手に笑っている男性の写真があります。背筋がゾクゾクしてきます。まったく反省していません。もちろん、殺害して気がおかしくなった人もいました。それはそうでしょうね。昨日までの隣人を問答無用で大量殺戮(りく)していったのですから、フツーの人が平常心を保てるはずがありません。
インドネシアでは、9.30事件後の殺戮を実行した人たちを「アルゴジョ」と呼ぶ。死刑執行人のこと。そして、それは、公的な後押しを得て殺害を請け負う「闇の仕置き人」というニュアンスで、自称としても、ためらいなく使われている。アルゴジョは、「人殺し」ではなく、むしろ国家を共産主義の脅威から救った「英雄」だとみなされている。なので、アルゴジョの多くは、自分たちのやった殺害行為を隠そうとしない。
私は加害者たちを撮った映画(そのタイトルは忘れました...)を数年前にみたように思います。そして、これらの虐殺の実行犯はフツーの市民だったが、それを背後からあおりたてていたのはインドネシア国軍だったと著者は推察しています。
殺害ターゲットの明確で完全な名簿をタイプ打ちする能力をもっていたのは軍だけだった。国軍は、名簿を用意することで、自らの手を汚すことなく、政敵を排除していった。つまり、名簿を渡せば、あとは彼らが殺害を実行してくれた。
インドネシア国軍は、PKI(インドネシア共産党)の側が攻撃を企画しているので、それを防がないと自分たちが危ないという、いわば正当防衛の理論がもち出され、PKIへの恐怖が煽られた。実際には、殺害場所まで連行される途中で抵抗する者はほとんどいなかった。連行される人々は両手をうしろに回し、左右の親指を細い綱で縛られた。
被害者は、何の警告もなく、田んぼや自宅から、ときに深夜に連れ出され、処刑場まで運ばれ、儀式なしに撃たれ、刺し殺され、斬首され、ときには遺体をバラバラにされ、井戸や海に投げ捨てられた。
バリ島では人口160万人のうちの5%、8万人が1965年12月から数ヶ月のうちに虐殺され、今も島内各所に埋められたままになっている。最近になって少しずつ遺骨が掘りあげられ、死者としての儀礼がとりおこなわれている。
先の中公新書『インドネシア大虐殺』は大変よく分かる本でしたが、この本はバリ島に焦点をあてて書かれた大変貴重な労作です。
私は、虐殺された人々の魂の安からんこと、遺族の心に平安を願い、虐殺の実行犯のうしろにいた黒幕たちには相応の法的制裁が今からでも加えられることを願ってやみません。ここには目を背けられない重たい現実があります。
(2020年7月刊。3200円+税)

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2020年10月15日

ナリ検

司法


(霧山昴)
著者 市川 寛 、 出版 日本評論社

オビに木谷明・元東京高裁判事が「ともかく面白い」と推薦の辞を書いていますが、ウソではありません。面白く読ませます。私は車中と喫茶店で一気読みしました。ええーっ、こんな次席検事なんて、いるはずないだろ...と、内心つぶやきながらも、青臭い次席検事の「挑戦」は、ずっと続いて、どうにも目が離せないのです。
事件は警察の無理な(杜撰)捜査を検察官が他の事件で多忙なことから、うのみにした冤罪もの。ところが、検察は起訴した以上は有罪に持ち込まなければならない。下手に無罪判決でも出ようものなら、世論から厳しく叩かれてしまう。
主人公は検事長の息子として育ち、いったんは父親のような検察官になるのに抵抗があって弁護士になるものの、10年たって検察官に転身。検察庁を内部から変えようという意気込みです。でも、組織として動く検察庁の内部で日々あつれきが生じます。当然です...。
弁護士にとって無罪判決は大きなお手柄の一つ。それに対して、検察官は毒づく。
「犯罪者を野に放って、そんなにうれしいのか。あなたに真の正義感はあるのか...」
無罪判決は、検察を揺るがす一大事。でも、それだけで起訴したり公判に立会した検事が処分されたり、出世が止まるわけではない。ただ、愚かな起訴をしたり、法廷で馬鹿げた立証をした検事の悪評は、ただちに全国の検事に知れわたる。そうならないように、つまり保身のために検事は無罪判決を避けようとする。
無罪判決が出たら、地検は控訴審議をし、検事正までの了解を得て、高検の了解を得る必要がある。このとき、警察は、常に暴走する機関であるが、その暴走のすべてに目くじらを立てて叩いてはいけない。警察が動かなくなるし、動けない。犯罪とたたかうためには、警察にある程度の行き過ぎは必要悪だ。検察庁は、こんな理屈で警察の蛮行をかばい続けている。
舞台となったS検察庁とは、どうやら佐賀のことらしいです。そして、福岡もチラッとだけ登場してきます。検察官だった著者の実体験をもとにして、体験者でなければ書けない描写がいくつもあり、勉強になりました。一読に値する本です。
ナリ検とは聞いたことがない言葉ですが、ヤメ検の反対で、弁護士から検察官になった人を指す言葉のようです。
(2020年8月刊。1700円+税)

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2020年10月16日

日本の古墳はなぜ巨大なのか

日本史(古代)


(霧山昴)
著者 松木 武彦、福永 伸哉ほか 、 出版 吉川弘文館

3世紀中ころすぎ、大和盆地東南部に全長280メートルの箸墓(はしはか)古墳が誕生した。古墳時代のはじまりだ。弥生時代には各地でそれぞれ独立した勢力が存在しつつ地域ごとにまとまりをみせていたが、古墳時代にいたって、少なくとも西日本一帯の勢力をまとめる政体が成立したと理解されている。
箸墓古墳については、「日(ひる)は人作り、夜は神作る」という神秘的な仏承が『日本書紀』に記されている。
6世紀に入ると、継体大王陵とされる今城塚(いましろづか)古墳を経て、墳丘長が300メートルをこえるような巨大な古墳がつくられる。大規模な墳丘を築造するためには、大きな権力が必要なことは自明のこと。
王墓が3回も巨大化したが、これは、いずれも複数の王統間における争いが激しくなるときに進行した。逆に言うと、世襲的王権が確立されたら、自らの正統性を巨大な墳墓で表示する必要度は下がることになる。
なーるほど、ですね...。
日本列島では、3世紀の半ばから7世紀の前半にかけて、16万基もの墳丘墓がつくられた。この400年間につくられた墳丘墓を日本考古学では「古墳」と呼び、この時代を「古墳時代」と名づけている。
弥生時代の墳丘墓(ホケノ山)は、体積1万立方メートルで、労働量は4.5万人。これに対して箸墓古墳は30万立方メートルで、135万人を必要とする。桁違いの差異がある。
箸墓古墳が巨大化したのは、倭人社会で初めての統一王の葬送にふさわしいとみることができる。
墳丘長280メートルの箸墓古墳で出発した倭国王陵は、5世紀初頭のミサンザイ古墳で365メートルに達した。そして、さらに5世紀初・中期には400から500メートルという超巨大な規模の古墳となった。倭国王陵の巨大化は、ヤマト政権の国内向け戦略の産物であった。
既存の大和盆地の王陵をはるかに凌(しの)ぐ規模の前方後円墳の築造によって、新勢力の「実力」を列島内に広くアピールする狙いがある。
日本の古墳には、古墳時代を通じて、基本的に4種がある。前方後円墳、前円後方墳、円墳、方墳の種類がある。この4種もの併存は、エジプトなどには認められず、きわめて珍しい。規模も500メートルから10メートルのものまで、大小の変化にとんでいる。
古墳時代は、中央政権たるヤマト政権を中心に、推定で300万人をこえる人々が、緩やかながらも政治的統合を果たした初期国家の社会である。
文字は、ほとんど普及していない段階ではあるが、エリート層の葬送儀礼の場である古墳が墳丘の巨大性に比べて、エリート層の居館や砦集落の発達が不十分であることも、古墳時代の大きな特徴だ。
人類史上の大型墳丘墓築造には、エリートたちが互いに勢力の大きさを誇るために築いた「競いあいの墳丘墓」と、圧倒的な大きさと顕著な多様によって、王を頂点とした社会の秩序を示した「統治のための墳丘墓」という二者があり、日本の古墳はもちろん後者だ。
日本の巨大古墳と比較するため、エジプト、ユーラシア草原の国家、アンデス、南米そしてアメリカと全世界のそれが詳しく紹介されていて、それらと対比して理解することのできる貴重な本です。
(2020年3月刊。3800円+税)

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2020年10月17日

大名倒産(上)

江戸


(霧山昴)
著者 浅田 次郎 、 出版 文芸春秋

ときは文久2年(1862年)8月のこと。
越後丹生山(にぶやま)三万石の松平和泉守(いずみのかみ)信房(のぶふさ)21歳は、老中に呼び出された。
献上品の目録はあるが、現物が届いていない。いったい、いかなることか...。
「目録不渡」であった。これは一大事...。どうしてこんなことが起きたのか。
借金総額25万両。年間の支払利息1割2分は3万両。ところが、歳入はわずかに1万両。いったい、どうやって支払うのか...。
藩主は前藩主の父に問うた。
「父上にお訊ねいたします。当家には金がないのですか」
隠居の身である父は気魂を込めて返した。
「金はない。だからどうだというのだ」
質素倹約、武芸振興、年貢増徴。これしかない。
次に考えついたのが、計画倒産と隠し金。いったい、どうやって...。
25万両の借金に対して1万両の歳入しかない藩財政。この財政を再建する手立てなど、あろうはずもない。
ところが、ひょっとして...。
さすがに手だれの著者です。ぐいぐいと窮乏一途の藩政のただなかに引きずり込まれてしまいます。さあ、下巻はどんな展開になるのでしょうか...。
(2019年12月刊。1600円+税)

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2020年10月18日

産んじゃダメだと思ってた、産んでみたら幸せだった。

人間


(霧山昴)
著者 たんたん、カネシゲタカシ 、 出版 幻冬舎

愛する男性と結婚してやりたいことをやっている女性なのに、子どもをつくったらダメだと思い込んでいた...。なぜ、どうして??それは、自分が生きづらい人間だったから。
見捨てられた感、愛が足りないかん、子ども時代をやり残した感があるので、子どもを産まないことは正義だと考えていた。
小さいころの母親は、いつも不機嫌、口答えすると無視。見捨てられ不安がつのる...。
父親は自己愛の強い人。そのパパにバカにされないかな、嫌われないかな...。
母親は子どものために我慢しているという。だったら、母親なんかになりたくない。子どもなんて、つくらないほうがいい...。
父にはほめられず、母には叱られる。そんな家庭に育ったので、自己肯定感の低い人間になってしまった。
高校に入ってすぐに中退。でも定時制高校に入り、音楽に出会った。そして短大にすすむ。実家も出て一人暮らしをはじめた。
交際をはじめた彼に病院に行くように誘われ、医師から境界性パーソナリティ障害だと診断される。そして薬を飲みながら、生きづらい日々を穏やかな日々に少しずつ変えていったのでした。すべては自己肯定感をとり戻すために...。
子どもを産んだらダメな三つの理由。その一、不幸の連鎖を止めたい。その二、女性を卑下する女性は子育てしてはいけない。その三、子どもにヤキモチを焼く母親に子育ては無理だから。
だけど、愛とは無限のもの。ありのままの自分でいいんだ。
よく描けたマンガ(絵)が、このストーリーがよくよく伝わってきます。すごい絵です。
著者は2度の流産を経て、3度目は、ついに出産へ。苦しい苦しい出産だったようです。これまた、すごくよく分かる絵です。そして、ついに赤ちゃん(娘)が誕生し、かつて著者を追い詰めていた両親とも和解が成立するのでした。
タイトルの意味が本当によく分かる、すばらしいマンガ本です。
(2020年3月刊。1100円+税)

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2020年10月19日

博士の愛したジミな昆虫

昆虫


(霧山昴)
著者 金子 修治、鈴木 紀之、安田 弘法 、 出版 岩波ジュニア新書

このジュニア新書は、本来は子ども向けなのでしょうが、私の愛読する新書です。今回は10人の昆虫博士が登場する、楽しい昆虫の話です。
モンシロチョウの話も面白いです。モンシロ属の幼虫の食草は、すべてアブラナ科の植物。アブラナ科の植物にカラシ油配糖体という毒性のある防衛化学物質をもっている。このため、アブラナ科植物は多くの昆虫に食べられないですんでいる。ところが、モンシロ属の幼虫は、この防衛化学物質に対処する能力をもっている。しかも、それだけでなく、モンシロ属のチョウは、この防衛化学物質を手がかりとして、アブラナ科の植物を探し出し、そこに産卵する。
モンシロ属の幼虫に寄生しようとするヤドカリバエは、幼虫の食草の上を飛びまわり、葉にある幼虫の食痕(食べたあと)を目で見て探す。そして、それらしいと思うと、触角で点検する。そのときの決め手は、幼虫のだ液と植物の汁液が光合成してつくり出した化学物質。これでモンシロ属の幼虫だと分かれば、4~5分間に及ぶ丹念な探索をする。幼虫のほうも、寄生者を避けるべく、10分ほど食べてはその場を去り、50分間はなれたら戻ってくる。
モンシロのオスは、移動せず、平均2週間あまりの一生を羽化した畑で過ごす。モンシロが羽化するキャベツ畑は、寄生者も羽化する生息場所。キャベツ畑は、モンシロや寄生者が2世代から3世代くり返すと、キャベツの収穫期を迎えて消滅する。
モンシロがキャベツを好むのは、キャベツの栄養分が高くて卵をたくさん産めるからではない。キャベツは日向に植えられ、短期間で収穫される作物で、このことがモンシロに天敵から逃れる術(すべ)を与えている。
なるほど、ですね。私も前に庭でキャベツを栽培したことがありましたが、毎日毎朝の青虫とりに見事に敗退してしまいました。割りバシでとってもとっても、青虫が毎朝いくつも湧き出てくるのは、本当に不思議でした。
怖いヒアリにも強力なライバルがいるとのこと。タウニーアメイロアリ。このアリは、ヒアリに毒をかけれると、お尻から出した自らの毒液で、身体を洗浄している。この毒液の主成分は蟻酸で、ヒアリのアルカリ性の毒を中和する。なので、このタウニーアメリロアリもヒアリに代わる侵略種と化している。これまた怖い話です。
テントウムシが発育するには、エサになるアブラムシが必要。ナミテントウムシは最上位の捕食者。この強者と、それ以外の弱者が一緒に生活するヒケツは、強者のナミテントウムシのエサのアブラムシが減少して多種を捕食しはじめる前に、弱者は発育を完了するが、ナミテントウムシがいる寄生植物をさけて産卵すること。
昆虫は、4億年も前から地球上で生活し、100万種以上の種類に分かれ、地球上のあらゆるところで生活している。
自然界の共存する仕組が、とても巧妙であることを教えてくれる新書です。
(2020年4月刊。880円+税)

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2020年10月20日

弁護士になった「その先」のこと

司法


(霧山昴)
著者 中村 直人、山田 和彦 、 出版 商事法務

ビジネス(企業法務)弁護士として名高い著者が、所内研修で若手弁護士に話した内容がそのまま本になっていますので、すらすら読めて、しかも大変面白く、実践的に約に立つ内容のオンパレードです。
「企業法務の弁護士は、大半がつまらない弁護士である」、なんてことも書かれています。問われたことしか答えない、「それは経営マタ―だから、これ以上は、そっちで考えて」と知らん顔をして逃げる弁護士を指しているようです。
企業のほうからみると、大半の企業法務の弁護士は物足りない。上場会社の大半は、今の弁護士に満足していない。彼らは、常に優れた弁護士を探している。なーるほど、ですね。
昔は法務部に30年もつとめているという猛者(もさ)がいたが、今では法務担当も4年から5年でどんどん変わっていく。なので、新しい弁護士も喰い込む余地があるというわけです。
評価の低い弁護士は、結論を言わない、ムダにタイムチャージをつけて請求してくる。自己保身ばかり気にする、お金くれとうるさい...。
高い評価の弁護士は、仕事は速く、答えを明快に言い、その理由を説明してくれる。目からウロコの言葉をもっている。これまた、なーるほど、ですね。
法律論点は、事実関係の調査のあとに考えること。先に理屈を考えて、それに事実をあわせてはいけない。それでは説得力のない机上の空論になる。企業法務は、しばしばそれをやってしまう。頭のいい人の弱点。
血の通っていない主張は裁判官の心を打たない。先に法律ありきっていうのは、絶対にダメ。
楽しく仕事ができる弁護士が、一番良い弁護士。
弁護士、誰もが1件や2件くらい、気の重い事件をかかえている。いやだなあと思って逃げていると、犬と一緒で、追いかけられる。なので、気の重い事件は後まわしにしない。依頼者には正直に、そして正義に反する仕事はしない。
勝ったときには、しっかり喜ぶ。
毎日にスケジュールも中長期的なスケジュールも、自分で管理する。自己決定権をもつことが幸せの源泉。
会議は2時間以内。
書面を書き出したら一気に書く。途中で別の仕事をしない。文章が途切れてしまう。
起案するのは若手。それに先輩が深削する。そうやって学ぶ、
大部屋だと電話の受けこたえまで自然と身につく。
私よりひとまわり年下のベテラン弁護士ですが、さすがビジネス弁護士のトップに立つだけのことはある話の内容で、大変共感もし、勉強にもなりました。
(2020年7月刊。2000円+税)

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2020年10月21日

撰銭とビタ一文の戦国史

日本史(戦国)


(霧山昴)
著者 高木 久史 、 出版 平凡社

日本史に登場する銭(ぜに)の素材は、金・銀・銅・鉛と、さまざまなものがあった。
朝廷は鉛でできた銭を発行し、中世の民間は純銅の銭をつくり、秀吉政権は金または銀で銭をつくり、江戸幕府は鉄または黄銅(銅と亜鉛の合金)でも銭をつくった。
15世紀の日本では文字やデザインのない無文銭がつくられた。これは、錫が少なく、銅の多い銭は文字がはっきり出にくいことによる。無文銭をつくっていた地域の代表が堺。
足利義満は、20~30万貫文の銭を輸入した。義満が明との勘合貿易に積極的だったのは、内裏(だいり)や義満の邸宅である北山殿(今の金閣)を建設するための財源を調達するためだった。
室町時代を全体としてみると、輸入した銭の量は貨幣に対する人々の需要をみたすほどのものではなかった。
銭が不足したことへの人々の対応策の一つが省陌(せいはく)。これは100枚未満しかない銭を100文の価値があるとみなすこと。このために銭をひもで通してまとめたものを緡銭(さしぜに)という。ただし、これは、中国やベトナムにもあって、日本独自の慣行ではない。
撰銭(えりぜに)とは、人々が特定の銭を受けとることを拒んだり、排除してしまうこと。たとえば、明銭のなかの永楽通宝は品質もそこそこ良いのに人々から嫌われた。
人々は旧銭を好み、新銭は「悪」とみなした。つまり、使い古された貨幣のほうが安心して使えるので、好まれた。
九州の人々は明銭のうち、洪武通宝を好んだが、本州の人々はこれを嫌った。
16世紀には銭そのものを売買する市場が成立し、これを悪銭売買と呼んだ。
銀は、15世紀以前の日本では対馬国を除いてはとれず、中国や朝鮮半島からの輸入に頼った。16世紀に入ると、石見(いわみ)銀山など全国各地に銀山が開発された。信長政権の時代には、銭が不足気味だった。
「ビタ一文も負けない」というときの「ビタ」は、銭のカテゴリーの一つ。やがて、人々はビタを基準銭に使うようになった。「ビタ一文」と言うとき、貨幣の額面が小さいうえ、少額なことを人々がややさげすむ意味をふくんでいる。
秀吉は関東の北条一門を屈服させると、永楽通宝1をビタ3、金1両をビタ2000文とする比価を定めた。秀吉政権は高額貨幣の発行を優先させ、銭政策に消極的だった。秀吉は全国の金山を直轄すると宣言し、国内の銀山で採れた銀で銀貨をつくって大陸出兵の軍費にあてたり、そのことで再びもめた。
碓氷(うすい)峠あたりを境として、西側はビタを、東側は永楽通宝を基準銭とする地域に分かれていた。
寛永通宝はビタのなれの果てだった。
日本中の銭のさまざまなつかい方の一端を知ることができる本です。
(2018年12月刊。1800円+税)

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2020年10月22日

判事がメガネをはずすとき

司法


(霧山昴)
著者 千葉 勝美 、 出版 日本評論社

典型的なエリート裁判官である著者の趣味の一つが野鳥の写真撮影なんですが、その出来映えは、たいしたもので、日本野鳥の会のカレンダーに何度も採用されているとのこと。たしかにすごいショットのカラー写真がカットで入っています。
しかし、厳冬期の野外での野鳥撮影だなんて、読んでいるだけでブルブル、身も凍えてしまいます。
冬の夜明け前の河原にブラインド(床のない簡易テント)を張り、重い三脚にすえつけた大砲のような600ミリ超望遠レンズだけを外に出し、夜明け前からじっと野鳥を待つ。ブラインドのなかにいても、寒さが足元からしんしんと全身に伝わってくる。ダウンを身にまとい、カイロを下着に貼りつけていても、吐く息の白さが、外気温が氷点下を下回っていることを視覚的に自覚させる。南極越冬隊が着るために開発された化学繊維で空気を取り込んで寒さを遮断する「魔法の下着」を着て、痛いほど冷たくなる足の指先を暖めるため、雪靴の中に使い捨てカイロを敷くが効き目はない。
身体に悪い趣味だ。ひどい寒さにじっと耐え続けるだけでなく、シャッターを押す瞬間は、胸の鼓動が早くなり、緊張感は高まり、精神的にも好ましくない状態になる。さまざまな苦しみ、悩みの連続。ただ、それでも、それが少しもストレスにはならない。
まあ、それは、そうなんでしょうね。強制的にやらされているのではなく、あくまで、自分が好きでやっていることなんですから...。
趣味は、このほか、バラの栽培もありますし、中島みゆきもあるそうです。
裁判官は、鳥類にたとえればフクロウに匹敵する希少種。一般の人々は、実像を身近に知ることもなく、裁判官とは何者か、あまり知られていない。
まさしく、そのとおりです。著者より数年は後輩になる私にしても、裁判官の私生活なるものはほとんど知りませんし、聞いたこともありません。
かなり前に、裁判官は日本野鳥の会に入ることだってためらっているんだって...と聞いたことがあり、ええっ、そ、そんな...と驚きました。どうやら、著者もその一人だったようですが、著者くらいエリートだと、その点は心配しないですむのかもしれません。なにしろ最高裁の局長を経て、最高裁判官を6年8ヶ月もつとめたほどですから。
大学生のころ、著者は平澤勝栄大臣と一緒にセツルメント法相に所属していました。
裁判官としては、紛争当事者、犯罪の加害者と被害者、それぞれの悩みや人間の弱さを分かろうとする姿勢が大切だ。これは、当事者の気持ちに同調する、あるいは同感するというのではなく、心から理解するということ。
この点はまったく異論がありませんが、ややもすると、理屈を先に立てて、その要件(型)にあてはめ、あてはまらないものはどんどん切り捨てていくというは発想が強い裁判官が多いという気がしてなりません。
私は、少し前に福岡地裁の若いエリート裁判官に対して、一般民事裁判で、よほど忌避しようかと思ったこともあります。ぺらぺらと要件事実は話すのですが、事案の本質とか解決の筋道を真剣に考え探ろうとする姿勢がまったくなく、涙が出てくるほど悲しく、腹立たしい思いをしたことを今もはっきり覚えています。
これでは裁判と裁判官に対して信頼できません。裁判の経験者のうち18%しか、裁判をやってよかったと回答しなかったというのもよく分かります。裁判の利用件数が増えないのは、決して弁護士だけの責任ではありません。
(2020年8月刊。2100円+税)

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2020年10月23日

官僚の本分

社会


(霧山昴)
著者 前川 喜平、柳澤 協二 、 出版 かもがわ出版

かたや文科省の事務次官、かたや防衛省から官邸官僚の中枢へ。そんな官僚の世界の頂点にいた二人がいまの官僚の実態を暴き、後輩たちを叱咤激励しています。
安倍政権が特異だったのは、官邸による官僚に対する締めつけがものすごく強いこと。
身内か使用人か、それとも敵か。味方と敵をはっきり分けてしまい、官僚が全部、官邸の使用人になってしまっている。
ちょっとでも官邸と距離を保とう、距離を置こうとする人間は外されていって、幹部ポストは、官邸の言うことを何でも聞く人間しかいなくなっている。
文科省でも官邸にきわめて近い人物を官房長で定年延長させて事務次官に昇任させ、事務次官のときもう一回定年延長した。こうやって官邸は完全に文科省を制圧した。定年延長制度は、すでに官邸による官僚支配として使われている。
ええっ、そ、そんな...、ちっとも知りませんでした。
なので、いまや各官庁は、その独立性を失い、官邸の下部機関と化している。官邸官僚が考案し、安倍首相が承認した方針が各省に降りる仕組みになっている。
検察庁法改正問題での人事院答弁は、ひどかったですね。松尾給与局長は「言い間違えた」と恥ずかしげもなく安倍政権をかばい、一宮なほみ人事院総裁も同じだった。いやはや、恥ずかしい限りです。プライドも何もあったものではありません。残念です。
これまでの官僚にはプライドというものがあったわけですが、今や、ガタガタですね。安倍政治を継承するという菅政権ですが、人事による官僚統制はますます強化されそうです。嫌なニッポンですね...。ちっとも美しくなんか、ありません。
前川さんが官僚だったころ、後輩の官僚に言っていたのは、自分の魂は売り渡すな、貸すのは仕方ないけれど、それは後で取り返せ、ということ。
いやあ、辛いいけれど、仕方ないのでしょうね...。
お二人とも東大法学部を卒業してキャリア官僚の頂点にのぼりつめている身なわけですが、現在の官僚システムを嘆き、なんとか変えていきたいと声を上げておられるわけです。この声にこたえてくれる官僚が続出することを心から願っています。
恥ずかしながら、私もチラッと官僚を目ざしていました。国を良い方向に動かせるかなと甘く考えていた、大学1年生のころです。官僚にならなくて、弁護士になれて本当に良かったと思います。
(2020年8月刊。1300円+税)

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2020年10月24日

モーツァルトは「アマデウス」ではない

ヨーロッパ


(霧山昴)
著者 石井 宏 、 出版 集英社新書

生前のモーツァルトの名前はアマデウスであったことはないし、アマデウスと呼ばれたこともない。モーツァルトが自らをアマデウスと名乗ったことは一度もない。
アマデウスとは神の愛を意味する。
晩年のモーツァルトは、故郷もなく(ザルツブルグを嫌い、また嫌われていた)、ウィーンを脱出することもかなわず、父には敵対視され、最愛だった姉にも嫌われ、妻にも背かれて、帰るねぐらがなかった。
モーツァルトの栄光は、アマデーオという名前と共にあった。モーツァルトは、「ぼくは、もうあまり長く生きられない感じがしている。まちがいなく、ぼくは毒を盛られたのだ」と手紙に書いた。
そして、例のサリエリは、その32年後、精神病院に入っていて自殺を図り、自分がモーツァルトを毒殺したと「告白」した。しかし、モーツァルトの死のとき、サリエリはすでに宮廷楽長に昇進しており、この地位は終身職だったから、その身は安泰であり、今さらモーツァルトに焼きもちを焼いたり、狙ったりする必要はなかった。
モーツァルトは、まだ字も読めないうちに音譜を読み、単音はもとより和音も正確に聴き分ける絶対的音感をいつのまにか身につけ、さらにどんな音楽も簡単に覚えてしまう超絶的な記憶力を生まれもっていた。また、すらすらと自在に作曲する天賦の才能まで備えていることを父親は発見した。
モーツァルトは文字どおり生まれつきの天才音楽家だったのですね...。
モーツァルトの短い一生でどんなことが起きていたのかを知ることのできる新書です。
(2020年2月刊。880円+税)

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2020年10月25日

江戸の夢びらき

江戸


(霧山昴)
著者 松井 今朝子 、 出版 文芸春秋

歌舞伎役者として高名な初代の市川團(だん)十郎の一生を描いた小説です。
ときは元禄のころ。将軍綱吉の生類(しょうるい)憐(あわ)れみの令が出されて、江戸市中がてんやわんやになります。
また、大きな地震があり、火災が起き、また富士山が噴火するのでした。
そんな世相のなかで、人々は新しい歌舞伎役者の登場を熱狂に迎えるのです。
芸に魅せられるのは、ハッと息を呑む一瞬があるから。人が平気であんな危ない真似をできるのか、人にはあんなきれいな声が出るのか、あんな美しい動きができるのか...。
この世に、これほどの哀しみがあるのかと、まず驚くことが芸の醍醐味ではないか...。
同じ筋立て、同じセリフ、同じ動きのなかに、そのつど何かしら新たな工夫を取り入れ、ハッとさせられる。同じセリフでも、いい方ひとつで解釈はがらっと変わる。自らの心がおもむくままに変えられた芸は毎日でも見飽きることがない。芸とは、本来、そうした新鮮な驚きに支えられたものではないか...。
江戸時代の歌舞伎役者の世界にどっぷり浸ることのできる本格小説でした。
(2020年4月刊。1900円+税)

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2020年10月26日

えげつない!寄生生物

生物


(霧山昴)
著者 成田 聡子 、 出版 新潮社

カマキリの寄生虫・ハリガネムシの幼生(赤ちゃん)は、川底で、自分が昆虫に食べられるのをじっと待っている。食べられると、昆虫の腸管のなかで「ミスト」に変身し、休眠する。この「ミスト」はマイナス30℃でも凍らずに生きていける。そして、コオロギが昆虫を食べて、コオロギの消化管に入って大きく長く成長する。大人になると、宿主のコオロギをマインドコントロールして川に向かわせ水に飛び込み自殺する。するとハリガネムシがおぼれたコオロギの尻からゆっくり、にゅるにゅるとはい出してくる。
いやはや、とんだストーリーです。誰がいったい、こんなことを思いついたのでしょうか。すべてが偶然にたよった「一生」なんです。
ハリガネムシは寄生したコオロギの神経発達を混乱させ、光への反応を異常にして、キラキラとした水辺に近づいたら飛び込むように操っている...。うひゃあ、す、すごい謀略です。
そして、なんと、自ら入水した昆虫によって川魚のエサが確保されているというのです。自然の連環・連鎖は恐ろしいほど、よく出来ています。
ゴキブリは、全世界に4000種、1兆4853億匹もいる。日本だけでも236億匹。ゴキブリは3億年前の古生代、石炭紀に地球に登場した。ゴキブリは好き嫌いがなく、何でも食べられる。ゴキブリは、とても繁殖力が旺盛。1匹のメスが子どもを500匹も生む。家にメスのゴキブリを1匹みたら、500匹はいると思わないといけない。
そして、ゴキブリは素早い。1秒間に1.5メートル走る。これは、人間の大きさだと1秒間に85メートルのスピードなので、東海道新幹線より速い。
ところが、エメラルドゴキブリバチは、ゴキブリに覆いかぶさって、針を刺す。すると、ゴキブリは逃げる気を失い、まるでハチの言いなりの奴隷になってしまう。ハチは、このあとゴキブリの触覚を2本とも半分だけかみ切る。そしてじっとしていると、ハチの幼虫がゴキブリの体に亢を開けて体内に侵入していく。ゴキブリが生き続けたまま、ハチの子どもに自分の内臓を食べさせる。ゴキブリの内臓をすっかり食べ尽くして、空っぽになってからもハチの幼虫はしばらく殻の内側にひそんでいて、やがて、成虫になって飛び出す。
いやはや、ゴキブリを食い物にするハチがいただなんて...。ところが、このハチは縄張り意識が強く、またゴキブリの強い繁殖力のほうが優っているため、このハチがいくらがんばってもゴキブリが絶滅することはないのです。これまた、自然の妙ですね...。
同じようにゴミグモを思うように操って、巣を張らせて、最後は体液を吸い尽くすクモヒメバチの残虐さも紹介されています。
まことに「えげつない」としか言いようのない寄生生物が、面白おかしく紹介されている本です。世の中は、まさしく不思議な話にみちみちているのですね...。
(2020年7月刊。1300円+税)

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2020年10月27日

閉ざされた扉をこじ開ける

社会


(霧山昴)
著者 稲葉 剛 、 出版 朝日新書

小田原市は、「生活保護受給者」ではなく、「生活保護利用者」と呼びかたを変えた。権利として生活保護制度を利用しているという意識の変化を促すためだ。
いやあ、これはいいことですね。
実は、小田原市には「SHAT」つまり「生活保護悪撲滅チーム」などと書いたそろいのジャンパーを生活保護担当職員が10年前から着ていたことが発覚して問題となったのでした。そのあとの対策の一つが、呼称の変更なのです。
先日(10月9日)の西日本新聞に星野圭弁護士(福岡第一法律事務所)が生活保護について解説した記事がのっていました。生活が苦しくなったら、権利として生活保護を利用するのをためらうことはありません。自己所有の自宅があっても、車をもっていても、家賃が高くても生活保護を受けられることは多いのです。あきらめずに誰かに相談しながら申請することです。このように星野弁護士は呼びかけています。なにも遠慮することなんかありません。
単身高齢者が新しく借家(部屋)を探すとき、大変な苦労させられる。というのは、貸主(大家さん)が借主の孤独死を恐れるから。緊急連絡先を告げ、定期的な安否確認するといっても、80代の単身者のアパート探しは難しい。そこに貧困ビジネスがつけ入る余地が生まれている。
アメリカでは若年ホームレスの4割がLGBTだという調査結果があるとのこと。日本では、そんな調査はやられていないので、不明だそうです。著者が過去25年間で3000人以上のホームレスにあたって、LGBTの人は数十人はいたとのことです。日本でも、当然いるはずですよね。
私は、この本を読むまで知りませんでしたが、日弁連は生活保護法の「保護」という名称は恩恵だと誤解されやすいので、権利性を明確にした「生活保障法」に名称変更を提言している(2019年2月)とのこと。うむむ、これはいいことですね。
あの安倍首相(当時)だって、国会で、「生活保護は国民の権利」だと明言したわけです。国民が権利行使を遠慮してはいけません。
軍事予算が5兆円を超えて、歯止めなく増大している一方で、福祉予算だけは「お金がない」という口実で削減されているのが今の日本の現実です。黙っていたら健康も生活も守れません。ぜひ、声かけあって、みんなで叫んでいきたいものです。
(2020年3月刊。790円+税)

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2020年10月28日

日ソ戦争 1945年8月

日本史(戦前)


(霧山昴)
著者 富田 武 、 出版 みすず書房

1945年8月9日、ソ連軍が突如として満州に攻め入ってきました。たちまち日本軍は総崩れで、開拓団をはじめとする多くの在満日本人が殺害されるなど多大の犠牲者を出しました。このときのソ連軍の蛮行を非難する人が多いのですが、では日本の軍部(関東軍)は、そのとき、いったい何をしていたのか、それを本書は明らかにしています。
まず関東軍はソ連軍の侵入経路の最前線基地をその前に撤収していました。そして、関東軍の精鋭を南方戦線に抽出して転戦させ、その穴埋めとして開拓団の男子を8割、10割ひっぱってきて員数あわせをしました。しかも、武器・弾薬も十分でない状態でした。さらに、ソ連軍の侵攻直前に関東軍の上層部は自分たちの家族を内地にいち早く帰国させておきながら、在満日本人に対しては関東軍がいるから安心せよとなどという大嘘をついていたのでした。
なので、在満日本人の多くが犠牲にあったのは関東軍の意図したところ、見捨てた結果でもあったのです。現地の開拓団はいざとなれば日本軍(関東軍)が守ってくれると固く信じ込んでいたため、脱出が遅れてしまったのです。それは、関東軍が住民に本当のことを知らせたらパニックになるから言えない(言わない)という論理の帰結でもありました。むごいものです。
敗戦を予期した関東軍高級将校たちは、8月4日ころから家財一切を軍団列車に乗せ、家族を連れて満州を逃げ出した。政府関係者も同じ。指導者を失った関東軍はまったく混乱し、兵隊は銃を捨ててひたすら南に走った。
8月2日、関東軍報道部長はラジオで、「関東軍は盤石。日本人、とくに国境開拓団は安心して仕事を続けて」と安心させた。そのうえで、関東軍の前線部隊は開拓団員や居留民を「玉砕」の道連れにした。
さらに、要塞建設にあたらせた中国人捕虜を、「機密の保護」の名目で殺害した。
満州の前線数百キロにあった堅固な陣地は、昭和20年の春から夏にかけて、日本軍の手によって見るも無残に破壊され、無防備地帯と化していった。
満蒙開拓団員や居留民を根こそぎ動員して関東軍は人員不足を埋めたものの、それでも定員の7割には達していなかった。そのうえ、新兵には三八式歩兵銃(明治38年の日露戦争時の銃)を支給したものの、その弾丸は十分ではなかった。新兵は訓練もろくに受けず、第二線陣地構築の労務を従事させられた。
ソ連軍は大きなT34戦車が何十台も一隊をなしてやって来るが、日本軍には戦車が1台もなかった。ソ連軍は各種の大砲を何十門も砲口を備えて打ち出すのに、日本軍は、加農砲3門、迫撃砲5門ほどしかない。ソ連軍は飛行機で絶えず偵察し、爆撃してくるが、日本軍には1機もなかった。日本軍の戦車は構造が時代遅れで、出力は弱く、ソ連軍の軽戦車とも比較にならないほどの弱さだった。
満州に来たソ連軍は独ソ戦に従事していたので、疲労困憊していた囚人部隊だというのは誤った俗説。独ソ戦のあとリフレッシュもできていて、新兵も補充されていた。そして政治教育は徹底していた。さらに、囚人だけの部隊はなく、囚人といっても経済犯が主であり、イレズミの囚人兵たちがソ連軍の主力というのは間違い。
いやあ、いろんな真実が語られています。さすがは学者です。1945年8月に日ソ戦争の状況を正しく知ることのできる貴重な本です。
(2020年7月刊。2700円+税)

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2020年10月29日

「あたりまえ」からズレても

人間・社会


(霧山昴)
著者 藤本 文明、 森下 博 、 出版 日本機関誌出版センター

ひきこもりの体験者が書きつづった本ですので、実感が伝わってきます。
ひきこもり人口は、日本で少なくとも100万人。これは人口の1%。その家族などの関係者は300万人。
「ひきこもり」というと、外からは何もしていないように見えるかもしれない。しかし、そのなかでの本人の精神活動は、ひきこもる必要がなく生活している人以上に活発になり、そこで人間性が研(みが)かれている。なので、真面目に人生を考え、優しく細やかな気づかいのできる青年たちとなる。なーるほど、そうことなんですね。
学校は行かなければならないもの...。学校を卒業したら、会社に就職して働くもの、収入を得るもの、いずれ自立して生活していくもの...。でも、それが出来なかったら...。
中学2年生の夏に優等生を維持できなくなって、それから7年半のあいだ引きこもった。現在は、ひきこもり支援の資格を得て、自助グループを運営している。
大学を卒業して、就職を失敗して3年間ひきこもった。27歳のとき、個別指導の塾をはじめ、今は、「どんな子でも楽しく学べる塾」を営んでいる。
ひきこもりの体験者にも、いろんな人がいるのですね...。
ひきこもりの人は、自分のせいで家族に迷惑をかけてしまったという罪悪感がある。
ひきこもりから脱出するため、まず一番に、毎日、家を出る習慣を身につけるようにした。小さい挑戦をし、その成功体験を積み重ねた。
引きこもりを克服する三つのステップ。初めのゼロ・ステップは、親の心を休めるステップ。第一のステップは、子どもに興味をもつステップ。第二ステップは、社会的常識を捨てて、子どもの求めているものに目を向ける。第三ステップは、子どもに何か書いてもらって、子のニーズを引き出す。
ひきこもっている人は、自分自身に対する価値を信じていない。自己肯定感が欠如している。自分のことですら、自分で決定できなくなり、基準のすべてが想像上の他者か社会になっている。
ひきこもり対策に、マニュアルは存在しない。親といえども、子育てについては、みんな初心者なのだ...。
母親が酔って泣きわめいているのを見て、「しんどい」って吐き出せる余地が、自分の周りになかった。泣きわめく母親に、「助けて」と頼めるわけには行かない...。自分のせいで、母親が、こんなに泣いて苦しんでいるのが分かって辛かった。
不登校経験者で、教員になった人が周囲にいた。それで、やってもいいかなと思ってはじめた。
私の依頼者の家族にひきこもりの男性が数人いて、毎月、法律事務所に来ていただいています。外に出れること自体がいいことなので、私は何か変わったことはないかとたずねます。法律事務をしているというより、カウンセリングしている感じです。
それにしても、体験者の手記には重みがありますね...。
(2020年3月刊。1300円+税)

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2020年10月30日

塀の中の事情

司法


(霧山昴)
著者 清田 浩司 、 出版 平凡社新書

日本全国の刑務所の実情をつぶさに歩いて調査した結果を知らせてくれる本です。
現在(2019年4月)、全国に61人の刑務所、6の少年刑務所がある。入所者は男性4万156人、女性3564人。ここ数年は4万人台で推移している。8万人台になるのでは...と心配されたこともあったが、半減した。ただ、男性は減ったものの、女性はそれほど減ってはいないため、男性用が女性用に切り替えられたところもある。
窃盗(万引きなど...)と薬物事犯(覚せい剤など...)は、再犯率が高い。また、60歳以上の受刑者がすでに2割をこえている。
外国人受刑者は増えたが、現在は増加傾向はストップした。
収容者の高齢化がすすみ、いまや刑務所は介護施設状態にある。
収容者2600人という日本最大の府中刑務所の受刑者の平均年齢は49歳、4人に1人が60歳以上。刑務所のなかでも「老老介護」がすすんでいる。70代の認知症受刑者を同室の受刑者が介護している。
高齢の受刑者の「癒し」のためにカメが飼われている刑務所(尾道)もある。
LB級と呼ばれる受刑者は、長期刑(L)であり、再犯の可能性が高い(B)ということ。
いま、無期懲役は、事実上、終身刑に近い。無期懲役囚のなかに「マル特無期」というのは、死刑が求刑され、判決で無期懲役が宣告されたというケース。たとえば、オウム真理教の林郁夫元被告。
日本にも塀のない先進的な刑務所があるのですね...。四国・今治市にある大井造船作業場がその一つです。ここには30人ほどの受刑者が一般社会人である行員とともに働いている。カギも縄も何もないので、逃亡者が出てしまう(2018年4月)のは、仕方がないのです。そして、責任まかされて働いているうちに実社会でもフツーに生きていけるようになりました。しかも、再犯率は12%ほどに低下した。
網走刑務所には、「二見ヶ岡農場」という解放的な農場があります。その広さは、東京ドームの76個分というのです。すごいですね...。
刑務所内の処遇改善は法の求めるところでもあります。刑務所の職員も大変でしょうが、再犯をなるべく減らすためにも人間らしい処遇が保障されるべきだと、読みながら、つくづく思いました。
(2020年5月刊。1200円+税)

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2020年10月31日

分子レベルで見た薬の働き

人間


(霧山昴)
著者 平山 令明 、 出版 講談社ブルーバックス新書

私は、なるべく薬を飲まないように心がけています。いえ、かゆいと皮膚科でもらった軟膏はすぐ塗りますし、花粉症で目がかゆいと目薬はさします。
幸い、高血圧でも糖尿病でもないため、毎日、薬を飲まないといけないということはありません。なので、椎間板ヘルニアになったとき、痛み止めの薬をのんだら、すぐに効果がありました。ありがたいことです。
この本は、カラー図版で、人間の細胞がどうなっているのか、薬が分子レベルでどのように作用しているのか図解していますので、門外漢の私も分かった気にさせてくれます。
ペニシリンは、バクテリアの生産する毒性物質であり、ペニシリンを生産するバクテリアが他のバクテリアに打ち勝って生存していくための、自己防衛手段の一つである。
徳川家康は、秀吉と戦って勝った小牧・長久手の戦いのとき、背中に大きな腫れ物ができて、非常に危険な状態になった。このとき、摂津の国の笠森稲荷の土団子に生えた青カビをその腫れ物に塗ったところ、腫れ物は完治し、九死に一生を得た。この話が本当だとすると、家康もペニシリンによって命を救われたことになる。そんなことがあったなんて知りませんでした。いったい、どんな本にこんなことが書いてあるのでしょうか...。
院内感染で話題のMRSAは、バクテリア自体は弱く、健康な人はまったく問題ない。ところが、高齢者や病気の人、外科手術をした直後で免疫力が低くなっている人が感染すると、抗菌薬が動きにくいため、深刻な結果を招くことになる。
耐性菌による死亡者は世界で年に70万人であり、これからますます増えると予測されている。
オプジーボは、薬価3800万円だったのが、今では年に1090万円まで低下した。
ウィルスは、バクテリアよりさらに簡単な構造なので、生物なのか無生物なのか難しい問題だ。ウィルスは、自身が分裂して増殖することはできない。
ウィルスが、その遺伝情報を宿主の染色体の中にまぎれこませる。ウィルス本体は、情報そのものと言える。情報処理中枢に入り込んだ情報の削除はきわめて難しい。
いったんウィルスが染色体に感染すると、それを取り除くのは困難だ。
人間の身体の免疫反応はすばらしい。本来、このように臨機応変で、確実に問題を解決する方法が身についているはずなのだ。
人類は、インフルエンザ・ウィルスに決して勝利したのではなく、むしろインフルエンザ・ウィルスとの本格的な闘いは、やっと始まったところなのだ。
一般に、科学者とは、実験して、その結果を論理的にまとめている人のように思われているが、実際には、実験で分かるのは、たいてい求めるべきもののごく一部でしかない。あとは、想像力、空想力の世界なのだ。
ということは、何ものにもしばられない自由な飛翔する豊かな発想が大切だということなんですよね...。日本の押しつけ教育は、根本的に改められる必要があります。国定教科書なんて、おさらばですよ...。
自己免疫力をパワーアップする薬も紹介されていますが、免疫力をアップさせるためには、規則正しい生活、ほどほどのストレスのある生活、よく食べよく出し、ぐっすり眠って、やりたいことがある毎日を過ごすことではないでしょうか...。
私と同世代の著者によるカラー図版満載の、分かった気にさせてくれる薬と人体の相互作用を解説してくれる新書でした。
(2020年2月刊。1700円+税)

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