弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年10月25日

江戸の夢びらき

江戸


(霧山昴)
著者 松井 今朝子 、 出版 文芸春秋

歌舞伎役者として高名な初代の市川團(だん)十郎の一生を描いた小説です。
ときは元禄のころ。将軍綱吉の生類(しょうるい)憐(あわ)れみの令が出されて、江戸市中がてんやわんやになります。
また、大きな地震があり、火災が起き、また富士山が噴火するのでした。
そんな世相のなかで、人々は新しい歌舞伎役者の登場を熱狂に迎えるのです。
芸に魅せられるのは、ハッと息を呑む一瞬があるから。人が平気であんな危ない真似をできるのか、人にはあんなきれいな声が出るのか、あんな美しい動きができるのか...。
この世に、これほどの哀しみがあるのかと、まず驚くことが芸の醍醐味ではないか...。
同じ筋立て、同じセリフ、同じ動きのなかに、そのつど何かしら新たな工夫を取り入れ、ハッとさせられる。同じセリフでも、いい方ひとつで解釈はがらっと変わる。自らの心がおもむくままに変えられた芸は毎日でも見飽きることがない。芸とは、本来、そうした新鮮な驚きに支えられたものではないか...。
江戸時代の歌舞伎役者の世界にどっぷり浸ることのできる本格小説でした。
(2020年4月刊。1900円+税)

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