弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

シリア

2019年11月 7日

バタフライ


(霧山昴)
著者 ユスラ・マルディニ 、 出版  朝日新聞出版

17歳のシリア難民少女が、ブラジル・リオのオリンピックに出場して泳ぐまでの実話が語られています。
難民が生命がけでドイツにたどり着くまでの様子が刻明に語られていて、その悲惨さに思わず涙ぐんでくるのをおさえられません。水泳選手という自負心から、船が沈没して全員おぼれそうになったとき、海の中で船(ボート)を支えたという信じられないエピソードもあります。
シリアで水泳のコーチをしていた父親の下で、姉と妹は幼いころから水泳を始めて、やがてオリンピック出場を目ざすのです。ところが、シリア内戦が始まり、シリア国内では水泳の練習どころではなくなります。
シリアのアサド政権って、すぐにも倒れるかと思っていましたが、意外にしぶとく生き残っているようです。反政府派との激しい内戦は今どうなっているのでしょうか...。日本では、何が問題となっているのかを含めて、シリアの状況はまったく伝わってきませんので、この本を読んでも、基礎的知識がありませんので、もどかしい限りです。
敬虔(けいけん)なイスラム教徒だったら、女性はヒジャーブを着て肌の露出を避ける。しかし、水泳選手にそんなことを求めるわけにはいかない。水着の上に何かを着て泳ぐなんてありえない・・・。
市街戦が日常化するなかで著者たちはシリアを脱出し、ドイツに向かったのでした。
2015年9月の週末だけで、2万人の難民がバスや列車に乗って、ハンガリーからオーストリア経由でドイツに到着した。このときドイツは難民を受け入れていた。そして、難民として登録されると、ドイツ政府は毎月130ユーロの手当を支給してくれる。
シリアを脱出して、ヨーロッパまでたどり着けた人々は、故国ではそれなりに裕福に暮らしていた。シリアからドイツに来るまでに3000ドル以上のお金を使っている。家を売り、本を売り、何もかも売り払って旅費を工面した。
ドイツまで来れた人間は運が良かったといえる。それだけの金があったのだから。貯金がない人や売り払う家財のない人は、ヨルダンやレバノンやトルコの難民キャンプにまでしかたどり着かない。
ドイツ政府とドイツの人々が救いの手を差しのべてくれているのはありがたいこと。しかし、他人からの施しを受けなければ暮らせない境遇はつらい。故国では、他人から恵んでもらおうなんて考えたこともない人々なのだから・・・。
2016年のブラジル・リオのオリンピックのとき、IOCは「難民五輪選手団」を結成することを思いつき、それを実行した。そのなかの水泳選手として著者が選ばれた。
いやはや、こんな「サクセス・ストーリー」もあるのですね。難民という存在を改めて実感させてくれる本でした。
(2019年7月刊。1900円+税)

2019年2月 8日

わたしの町は戦場になった


(霧山昴)
著者 ミリアム・ラウィック 、 出版  東京創元社

シリア内戦下を生きた少女の4年間。これがサブタイトルです。オビには、「一人の少女が内戦下の日々を曇りなき目でつづった21世紀版『アンネの日記』」とあります。
少女はシリアのアレッポに生まれ育ち、今もアレッポで両親と妹とともに暮らしているアルメニア系のクリスチャンです。今は15歳になっていますが、この日記では7歳から13歳までの6年間の生活が紹介されています。
戦争が身近にあり、死と隣あわせの生活を過ごしたため、ものすごいスピードで成長した。
銃や大砲の音を聞き分けられるし、爆弾の種類も知っている。避難するタイミングと方法も身についている。なにより、死がどんなものであるかを知っている。大切な人を失った悲しみ、死ぬかもしれないという恐怖、そういったものを経験した。
戦争という泥沼にはまっていた。子どもからすると、チンプンカンプンの、ろくでもない戦争。なんでそんなことになってしまうのか、まるで理解できない。
戦争とは、恐怖、悲しみ、不安以外の何ものでもない。もう二度と戻ることない以前の生活に思いをめぐらせること。それが戦争だ。
ミリアムの日記は、2011年6月、7歳のときから始まる。そして最後は2017年3月。13歳だ。
戦争になる前のアレッポで豊かな色やにおいや味があふれている、天国みたいなところで暮らしていた。アレッポの太陽を浴びて日焼けしていた。夏には、街歩きの最後に、広場のユーカリの木の下で、ピスタチオをトッピングしたアイスクリームを食べるのがおきまりだった。
自宅を出て、避難することになった。みんなにまじって、私たちの家族も歩きだした。まわりの人を見ていると、思わず『ひつじのショーン』に登場するヒツジたちが頭に浮かんだ。だれもが無口になっていた。話をしている人は一人もいなかった。
4歳のときから、ずっとフランス語を習っている。でも、フランスがシリアに戦争をしかけようとしているなんて聞いたら、もうフランス語の授業を受ける気にはならない。
戦争のさなかにも学校があり、少女は皆勤賞をもらうのです。
2014年9月1日。きょうから学校が始まる。5年生になった。私たち姉妹は、一度も授業を欠席したことがない。それがパパとママの自慢だ。
学校の中庭で小さな女の子が一人で遊んでいる。5歳のイバちゃんだ。イバちゃんは、ときどき、ふと遊ぶのをやめ、声をはりあげて「アスマ、おいで、アスマ。一緒に遊ぼう」と言う。アスマはイバちゃんの妹。イバちゃんの目の前で殺された。イバちゃんは、妹が死んでいることが分からなくて、ずっとそばにいて話しかけていた。そのときから、イバちゃんの目には、いつも妹が見えているらしい。
シリアの内戦は、日本では報道されなくなってしまいました。アサド政権がひどいという話もありましたが、反政府軍との武力衝突が早くおさまって、平和のうちに話し合いで解決してほしいと思います。戦争が小さな子どもたちの夢を無惨におしつぶしているのを知ると、耐えられない思いです。
(2018年10月刊。1800円+税)

2018年5月30日

シリアの秘密図書館


(霧山昴)
著者 デルフィーヌ・ミヌーイ 、 出版  東京創元社

本が人間にとっていかに大切かを思い知らされる本です。シリアの反政府軍の人々がひそかに本を集めて地下に図書館を開設したのでした。
図書館は包囲された町の支柱の一つとなった。礼拝の日である金曜土曜を除いて、午前9時から夕方5時まで開館し、1日に平均25人の来館者がある。基本的に男だけ。
図書館を開設した若者は、実は、戦争がはじまる前は読書が好きではなかった。
戦争のなかで、本に書かれた文章は新たな感動を生みだす。すべてが消え失せる運命にあっても、時の中に残る印を刻む。知恵の、希望の、科学の、哲学の、すべての言葉、爆薬にも耐え抜くすべての言葉全体が息づいている。
棚の上に完璧に分類され、整理された言葉は確固として、勝ち誇り、勇敢で、耐久性と活現性があり、心理に刻み込んでいる。考察の手がかりやあふれるような思想と物語を、そして手の届くところに世界全体を差し出してくれる。
ダラヤの人口は、かつては25万人。それが今では1万2千人。ほとんどの住人に見捨てられた亡霊の町である。ダラヤはシリアの首都ダマスカス近郊にある。
戦争は悪であり、人間を変えてしまう。感情を殺し、苦悩と恐怖を与える。戦争をしていると、世界を違ったように見てしまう。ところが、読書はそれを終らかしてくれる。人々を生命につなぎとめてくれる。
本を読むのは、何よりもまず人間であり続けるため。読書は先在本能だ。生きるために欠くことのできない欲求なのだ。
隣の家に本が1冊あれば、それは弾をこめた鉄砲があるのと同じこと。
本、それは教育の大きな武器、圧制を揺るがす武器だ。
そもそも、ダラヤには図書館はなかった。なのに、内戦がはじまってから、地下に秘密の図書館が出来て、ひそかに運営されていた。
ダラヤの人々はフランス映画の「アメリ」を、そして「レ・ミゼラブル」を何回も何十回もみました。同じように本を読んだのです。一瞬たりとも活字なしでは生きていけない私にとっても切実なテーマでした。
シリアから、そして、朝鮮半島から内戦、戦争をなくしてほしいと切に願います。
(2018年2月刊。1600円+税)

2017年7月25日

シリアからの叫び

(霧山昴)
著者 ジャニーン・ディ・ジョヴァンニ 、 出版  亜紀書房

シリアで内戦が始まって、もう何年にもなります。
「戦争は、いつ終わるの?」 この子どもの素朴な質問に対して、「もうじき終わるのよ」と答えるとき、胸が痛むと書かれていますが、まったくそのとおりです。シリア内戦が始まってからの5年間で、シリア国民の平均寿命が79.5歳から55.7歳にまで20年以上も縮まったとのこと。哀れです。
推定死者は47万人。負傷者は190万人。殺害されたジャーナリストは94人。
イスラム教徒は、死者を死んだ当日の日没前に埋葬しようとする。死者の名誉を称えるた
めに。湯灌(ゆかん)させ、白い死装束を着せる。葬儀の祈りを唱える。頭がメッカの方向を向くように埋葬する。
普通の人々にとって、戦争は何の前触れもなく始まる。娘たちのために歯医者の予約を
し、バレエのレッスンを手配していたのに、突然、カーテンが下りる。ATMは機能し、携帯電話もつながり、日々の習慣は続いていたのに、突然、何もかもが停止する。
バリケードが築かれる。徴兵がおこなわれ、近隣では自衛団ができる。政府高官が暗殺
され、国は混沌に向かっていく。父親が消える。銀行は閉鎖され、富も文化も生活も一気に消滅する。
戦争とは、破壊。骸骨、そして人の生命の抜け殻。
昔の世界は、すっかり消えている。煙草の煙のように・・・。
戦争とは、延々と待つこと。
 終わりのない退屈。ここには電気もテレビもない。
本は読めず、友だちにも会えない。絶望が深まるが、それを燃やす方法はない。
ここには、ほとんど何も残ってない。パンを焼くための動力がなかった。料理をするガスがな
かった。ここでの生活は欠乏だらけだった。
ここで生きていくために重要な二つのルールがある。一つは、政府軍の摘発を受けずに身
を守ること。もう一つは、食料を見つけること。
戦時下の人々の生活はすさんだものだった。だれも停戦など気にかけない。戦時下では、
もっともなことだけど、犯罪と不信と悲嘆しかない。
シリアの人々の苦難な状況がなんとなく分かった気になりました。
著者は、シリアの現状を現地まで出かけて取材したのというのですから、その迫力は並み
たいていではありません。いったい全体、誰がこんな戦争するのか当たり前の状況になったのでしょうか・・・。シリアの近況を写真とともに見ることの出来る本です。
(2017年3月刊。2300円+税)

2017年7月13日

オリーブの丘へ続くシリアの小道で

(霧山昴)
著者 小松 由佳 、 出版 河出書房新社

内戦まっただなかの2012年春、シリアの首都ダマスカスに3ヶ月いて、シリアの人々を写真に撮った日本人女性カメラマンによる写真集です。
いったい、なぜこんなひどい内戦が、こんなに長く続いているのか、日本にいて本をいろいろ読んでも、よく分かりません。一刻も早く内戦が終息し、人々が平和に生きられるようになることを願います。
暴力に対して暴力ではいけない。平和的手段でなければダメ。そう叫んでいた若者が、やはり暴力には暴力しかないと言って戦闘員に加わったという話も出てきます。たしかに、悲しい現実があるのですよね、でも、・・・。
2011年に内戦が始まって、すでに5年たち、シリアの難民・死者は相変わらず増え続けている。2200万人の人口のうち、25万人が死亡、470万人が国外で難民で暮らしている(2016年2月)。
そして、シリア国内にも760万人もの人々が避難生活を送っている。国民の半数以上が家を失った(2015年7月)。
シリア難民の子どもたちの通う学校の授業光景を撮った写真もあります。
シリアは日本と同じく、六・三・六制で、小学校の6年間が義務教育。男女共学は小学校だけで、中学校からはイスラム教の道徳によって男女別となる。
小学校の教室で、若い女の先生が男の子3人と女の子5人に歌を教えている様子がうつっています。この学校では、子供たちがシリアの文化を失わないよう、トルコ語のほか、アラビア語やシリアの歴史・文化を教えている。ということは、この学校はトルコにあるのですね。
この学校では、不発弾の取り扱い方法を子どもたちに教えている。近づいたり触ってはいけない。誰かを叫びなさい、と。
「教師として、希望をもちなさい、希望があるから私たちは生きていける、と子どもたちに話さなければいけない。しかし、現実には、自分でさえこの生活に希望をもてずにいる。子にとっても教師にとっても、希望をもつとか本当に難しい」
いやあ、本当に内戦が続くというのは大変なことですよね。難民の子どもたちは、いつかシリアの故郷に帰ることを夢見ている。
可愛らしく聡明そうなシリアの子どもたちの願いを一刻も早く実現させてやりたいと思わせる貴重な写真集です。
(2016年3月刊。1900円+税)

2016年12月14日

イスラーム国の黒旗のもとに


(霧山昴)
著者 サーミー・ムバイヤド 、 出版  青土社

2014年夏、ISISがシリアとイラクの広大な領土を制圧したとき、大半の人はこれが短期的な現象で、そのうち消え去ると考えた。しかし、このテロリスト集団は支配を強化し、2014年9月以来のアメリカ主導の大規模な空爆作戦下で生きのびている。
ISISは、裁判制度や機能的な警察部隊、強い軍隊、洗練された諜報機関、国歌そしてアルカイダの黒い幕を基にした国旗といった、国家としての象徴をもうけることで政府を完成させた。石油収入により国庫を満たし、一国家にふさわしい機能を完成させている。
ワッハーブ主義の存在なしにサウジアラビアは誕生しなかったし、ISISが今日、シリアの町ラッカを支配することもなかった。
「サウジアラビアは、依然として、アルカイダや他のテロリスト集団にとって決定的な財政援助の拠点である」(2009年12月、アメリカのヒラリー・クリントン国務長官)
2014年半ばにアブー・バクル・バグダーディーが一躍有名になった背景には、そもそもアラブ世界のスンニー派共同体に傑出した指導者がいないことによる。スンニー派の世界には、自分たちが弱体化し、リーダーもおらず、犠牲となり、見放されたのだという雰囲気がある。
今日、シリアで活動しているジハード主義のグループは、決して新興の勢力などではない。彼らの思想的なルーツは、1940年代半ばに設立されたムスリム同胞国シリア支部にさかのぼることができる。
2011年に戦争が始まったとき、反体制運動を起こした若者の多くは、1982年に犠牲となった人々の子どもや孫たちである。
シリア政府としては、アメリカ軍を標的とする限りにおいて、ジハード主義者がイラクに渡航することにやぶさかではなく、むしろこれを奨励した。このとき、シリア政府は、フセイン政権の崩壊10年後に、ジハード戦士たちが自国を戦場にして戻ってくるとは想像していなかった。
ヌスラ戦線が兵士に支払っていた給料は最大で月400米ドル。これに対してISISは800ドルを支給した。2013年半ばまでに、ヌスラ戦線の兵士の7割がISISに移った。
ISISは、2015年半ば、シリアとイラクに3万5千人から5万人の兵士をかかえ、9万平方キロの領土と600万人を支配している。これはイギリスと同等の領土の所有、フィンランドやデンマークの人口よりも多い。
2010年5月、バグダーディーは、39歳にしてイスラーム国の新しい元首となった。
2011年初めまでに、旧バース党出身者は、バグダーディーの勢力の上位25人の司令官のうち3分の1を占めた。旧バース党の将校は、戦争、コミュニケーション、規律の点で経験を積んだ兵士であった。
ISISが支配する領土では、ヌスラ戦線以上に苛酷だった。
ISISの戦略は、テロリストの戦略と正規軍の歩兵作戦とを結合させた、高度に多角化したものだった。
キリスト教の文化と違って、ISISにとって黒は死や喪服ではない。黒は日常の色である。
ISISの警察の重要な職務は、パン屋が十分に営業し、日々の小麦を供給されているか、ということを確かめることにある。そして、DVDはISISにより厳しく禁止されている。公共の場での刑罰と斬首はISISの領土では一般的である。
ISISの旗の下に、シリアの戦場へ来た外国人は2万5千人前後。外国人戦闘員の平均年齢は25歳。60%が到着時には独身だった。生活基盤ができてから、地元社会の者と結婚する。ヨーロッパ人戦闘員は、シリアのジハードに多数参加している。1万6千人と見積もられている。ISISに参加する若者が週平均5人はいる。
ISISには女性もやって来る。全員がジハードを経験するために、戦うために来たのではない。その多くは、だまされて、やって来ている。多くは、結婚して子どもをうむために来た。
これらの人々がISISに参加した理由は、単にお金のためや、アブー・バクル・バグダーディーの長い剣の脅しのためではなかった。以前の社会がバラバラになって、彼らを振るい落し、腐敗した貧困と無知になかに放置しておいたために参加した。
ISIS(イスラーム国)の実態に迫った本です。とても参考になりました。著者はシリア人です。
(2016年10月刊。2600円+税)

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