弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

サル

2022年12月 5日

歌うサル


(霧山昴)
著者 井上 陽一 、 出版 共立出版

 日本で高校教師をつとめながら、マレーシアのボルネオ島に20年以上も通ってテナガザルを研究した成果がぎっしり詰まった、とても面白い本です。
 著者のテナガザル研究を家族あげて支えたことが「あとがき」に紹介されていることに、私は激しく心を打たれました。著者の妻はボルネオでの現地調査に同行し、日本でも動物園での実験を共同で実施。二男も現地調査に同行して写真を撮影。長男の妻はイラストを描き、長男と二男の妻は著者の原稿を読んでコメントした。いやはや、なんともすごファミリーです。うらやましい限り、としか言いようがありません。
 著者は京都大学農学部を卒業し、公立高校で地学を教えていました。春休みに1週間の休みがとれるので、『地球の歩き方』にマレーシアのボルネオ島の記事があるのを目にして、思い切ってボルネオ島に行ってみたのがテナガザルとの出会いでした。
 テナガザルは木の上で暮らす。地上付近から高度65メートルまで、縄張りをもつ。30年生きているのが確認されている。
 家族のつながりは深く、隣グループの他者に寛容。主食は果実で、副食は若葉。
 テナガザルは、数日かけて縄張り内の全域を移動する。テナガザルは泳げない。なので、川や池に降りて水を飲むことはしない。木の洞(うろ)に溜まった水を手ですくって飲む。トイレの場所もある程度決まっている。
 テナガザルの遊びは、追いかけっことレスリングが主。父と子、兄弟・姉妹のあいだで行われる。母と子の遊びがまれでしかないのは、母は3~4年おきに出産するため、妊娠しているか、子を抱いて授乳しているか、が多いから。
 森の一斉果実の時期には、テナガザルは1日の移動時間と行動時間をのばすが、同時に社会交渉の時間も増やした。生殖目的でない交尾行動もする。
 生活が保障されると、生きていくために必要な、食べる、移動する、休憩する、寝る、という行動に加えて、歌う、遊ぶ、グルーミングする、生殖目的でない交尾をするという、生きていくためには直接必要のない余分な行動がふえる。
 テナガザルは歌う。雄(オス)の歌はソロ、雄と雌(メス)が鳴きかわすのはデュエット。この二つがある。
 夜明け前の森に、まろやかで澄み切ったオスのソロが響く。周辺グループのオスが次々に呼応して、合唱になっていく。午前5時すぎから、夜が明けて7時ころまで。歌は数分間から、ときに3時間も続く(平均は31,5分)。夜明け前の静かな森で、隣りあうグループは、お互いのコミュニケーションをとっていると考えられる。
 デュエットは、夜明け後に始まり、午前中に歌われる。あるグループがデュエットを歌い終わると、それに続いて隣のグループが歌いはじめ、その歌が終わるとまた別の隣のグループが歌いはじめといったように、デュエットの連鎖が起きる。
 食べ物が保証され、捕食圧(食べられてしまう危険度)から解放されると、歌は複雑になる。
 著者は私たち団塊世代より少し下の世代ですが、ともかく熱帯雨林のなかでのテナガザルを20年にもわたって現地で毎朝4時に起床して、午前5時に調査助手とともに森に入り、あとは、午後4時ころまで森のなかにいるというのです。とても忙しいそうです。ともかく、脱帽というほかはありません。
 本文120頁足らずの、小冊子のような本です。ご一読をおすすめします。
(2022年9月刊。税込1980円)

2021年1月18日

サルと屋久島


(霧山昴)
著者 半谷 吾郎、松原 始 、 出版 旅するミシン店

屋久島のサルの生態を現地で30年間にわたって観察してきた学生主体の調査隊の苦闘が生々しく紹介された本です。私が大学生だったころの奥那須・三斗小屋での5泊6日の夏合宿を思い出しながら、楽しく最後まで読み通しました。
三斗小屋は温泉旅館(煙草屋)でしたが、ランプ生活で、自炊です。なので黒磯駅で男女学生30人分の食材を購入して分担して搬入しました。食事当番は、食当(本書では「しょくとう」、私たちは「しょくあたり」)と呼んでいました。
この本では乏しい予算のなかでのやりくりの大変さ、山の中、雨の中での食事づくりや避難のときの食材不足のハプニングをいかに切り抜けていったか、笑える話が満載です。
私たちも「闇ナベ」というのをしていましたが、本書でもお腹をこわさなかったのが不思議な食事内容がいくつも紹介されています。まさしく若さの特権です。
屋久島は、小さな島の中に、南日本から北日本までの気候を垂直方向に詰め込んでいる。とにかく雨が多い。屋久島登山では携帯トイレの利用が義務づけられている。
イラストは著者の一人である松原始博士の手になるものですが、これがまたホンワかした絵なので、親しみやすく、理解を助けます。
残念なことに、私は屋久島へ行ったことがありません。
屋久島にはサルが多い。「猿害」防止のため、1980年代後半には、年に400頭毎年捕獲されていた。捕っても捕っても、サルは湧いてくると思われていた。このころ、サルが屋久島に3000頭いると推測されていた。
定点観測では、学生が炎天下、一日中、ただただ座って、サルがあわられるのを待つ。ひたすら退屈と戦う。眠気との戦いだ。その結果、1平方キロメートルあたりサルが100頭もいるという驚異的な密度にあることが判明した。
屋久島のサル群は、出会ったら常にケンカが起きる。縄張り争いだ。サルは基本的に樹木の葉を食べている。キノコも食べる。毒キノコかどうか、慎重に選んでいる。
サルの顔は、一度覚えてしまうと、一頭一頭がまるで違って見える。もちろん、そうなるまでには、何か月もひたすら観察しなければいけない。著者は30頭のサルを識別できたとのこと。すごいですね...。
じっくり顔や指を見て、識別の手がかりとなるポイントを探す。
ニホンザルの寿命は、野生では20年ほど。生後6ヵ月までをアカンボウ、その後はコドモで、オス5歳、メス4歳ころにワカモノになり、10歳でオトナになる。メスは一生、群れにとどまり、オスはワカモノになったら群れを離れ、数年おきに群れを移籍していく。
屋久島のサルを実態調査した結果、2000頭から4000頭いることが判明した(1988年)。
一読する価値が大いにあるヤクシマザル調査の苦労話です。
(2018年12月刊。1600円+税)

2015年11月16日

「サル学」の系譜

(霧山昴)
著者  中村美知夫 、 出版  中公叢書

 アフリカでチンパンジー研究を日本人が初めて50年。1965年10月に始まり、今なお調査は継続されている。
 これって、とてもすごいことですよね。大変な苦労があったし、あると思いますが、関係者のご苦労に対して心から敬意を表します。
 そして、対象となるチンパンジーが今や絶滅するかもしれないというのです。アフリカの森がなくなり、自然が破壊され、また観光客が知らず知らずに人間の病気に感染させているそうです。本当に人間はもっと反省する必要がありますよね。
 チンパンジーは、ゴリラと違って、「政治をするサル」として、政治的駆け引きに長け、ときに殺し合いまでします。その点、本当に人間そっくりなのです。
 そのため、チンパンジーを観察していた長谷川眞理子先生は、チンパンジーが嫌いになってしまったとのこと。
 日本サル学には独自の方法論がある。餌づけ、個体識別、歴史的方法そして共感法である。個体識別は、たとえば100頭のチンパンジーがいたとして、そのすべてを見分けて、名前をつけ、親子関係も特定していくのです。
 ええっ、チンパンジーってどれも似たような顔をしているから、見分けられるはずがないでしょ。そう思うのは素人で、プロは微妙な顔の違いを素早く見分けて、ノートに記入していくのです。すごい名人芸です。
共感法こそ、もっとも日本的なユニークさをもつ。サルの生活にとけこみ、一体化し、相互に通じあう感情的チャンネルをもつことによって、かれらの生活を実感的に感知する。
 チンパンジーのすぐ身近にまで接近しても逃げられないという関係を確立するのです。これって、すごく根気のいる仕事もありますよね・・・。
 ゴリラは、より草食の傾向が強く、チンパンジーは果実食の傾向が強い。
 伊谷教授は、森の中を1日40キロ歩いた。食料を担いでのサファリでは1日10キロも歩けたらいいほうなのに・・・。1日40キロだなんて、まさしく超人的ですね。
 チンパンジーは、サルと違って雌が集団を抜け出て、他の集団へ移っていく。それも発情が可能な雌だけ。性的に受け入れ可能な状態であることが集団を動く際の条件となる。
 人間と同じく、チンパンジーでも年寄りは保守的だ。年配の雌ほど臆病な傾向が強い。
 チンパンジーは3歳までに母親が死ぬと生き残ることができない。そして、離乳後であっても、母親を失くすと、生存上不利になることが調査して判明した。
 チンパンジーは、50歳以上まで生きる。
 「サル学」とありますが、ニホンザルではなくて、アフリカにおける日本人によるチンパンジー研究の歴史をコンパクトにまとめた本です。
 その苦労をしのびつつ、一気に読了しました。

(2015年9月刊。1900円+税)

2015年6月 1日

森にすむ人々

                               (霧山昴)
著者  前川 貴行 、 出版  小学館

 森にすむ人々というので、ジャングルのなかに今も生活している集落を紹介するのかと思うと、まったく違います。サルやチンパンジー、ゴリラや、ボノボなどを紹介した大判の写真集です。
 「彼らと我々は、同じヒトの仲間である」
 このように表紙に書かれています。本当に私もそうだと思うのですが、現実には、「彼ら」は絶滅しかかっています。人間(ヒト)が彼らの安住できる環境を大々的に奪いつつあるからです。諸悪の根源は、まさしく人間なのです。
 ジャングルのなかの彼らの生態が、こんなによく撮れるものかと、思わず驚嘆してしまうほど、よく撮れています。
 オランウータンは、雨が降ると、濡れるのをいやがり、葉の茂った枝をかき集めて、頭に載せます。
 ゴリラの子どもたちが仲良く遊んでいる様子も可愛いですね。
オスの大人のゴリラは、シルバーバックと言われるように、でっかい体格をしていて、背中が白くなっています。ところが、平和主義者で、草食なのです。ヒレアザミが鉱物なので、大きな口を開けてかじります。
チンパンジーは、イチジクの実が大好物です。そして、アカンボウを背中に乗せて、母チンパンジーは森の中を自由に移動します。
 森の中の大型類人猿の迫力あるアップ写真を眺めると、彼らにも個性があり、「人格」というか威厳があることがよく分かります。
 たかがサルなんて言うことは絶対にできないド迫力の写真集です。せめて図書館で手にとって眺めてください。
(2015年3月刊。2700円+税)

2015年5月18日

新世界ザル(上)

                                (霧山昴)
著者  伊沢 紘生 、 出版  東京大学出版会

 学者って、本当に偉いと思います。南アメリカのジャングルの中に入って、毎日、サルをじっと観察し続けるのです。すごいです。その大変な苦労のおかげで、居ながらにしてサルのことを知り、人間とは何者なのかを少しずつ理解できるのです。
 アマゾンのジャングルでの調査を30年も続けてきたということに、まず感嘆します。私も、いつのまにか弁護士生活40年を過ぎてしまいました。私も現役ですので、判決も勝ったり負けたり悲喜こもごも毎日を過ごしています。人間相手の仕事ですので、アマゾンのジャングルではありませんが、人間ジャングルの中でもがいているという実感はあります。
 新世界ザルは、熱帯雨林の樹上をもっぱらの棲みかとして、ゆっくり進化していった。ないし、長い時間をかけて森林の樹上になじみきってしまったサルたちだ。
 熱帯雨林こそ、サル類を誕生させ、進化させた元々の環境なのである。
ホエザルは、新世界ザルのなかでは、とりわけ神経質なサルである。人への警戒心も強い。林床からは決して見えない樹々の茂みに逃げ込んだら、1時間でも2時間でも隠れ続け、出て来ない。
 そのホエザルを著者は追い続けるのです。
 水平に延びるツタの中ほどで止まる。ホエザル8頭全員が身体を寄せあって、来た順に横一列に並ぶ。そして、次の瞬間、一斉に大量の小便をし、続いて大量の糞を排泄する。
 ホエザルは、早寝遅起のサル。朝8時過ぎに起き、夕方は、まだ森の中が明るい午後4時ころには寝てしまう。
 まさか、一日のうち16時間も寝ているなんて・・・。おどろきです。
 ホエザルは、移動ルートを3日から5日で一周する。かなり規則正しい生活を送る。
 ホエザルは大声で吠える。しかし、それ以外は、めったに鳴かない。お互いの毛づくろいをほとんどしない。
 ホエザルに表情の変化はほとんど見られない。喜怒哀楽が、表情から伝わってこない。
 ホエザルは葉っぱ食いの道を選んだ。葉を食べて生きるには、直接消化できないセルロースをバクテリアによって発酵させなければならず、そのぶん休む時間が長くなる。それに発酵によって熱が発生するため、体温調節からいっても、できるだけ緩慢に動くほうがいい。
 ホエザルのオスの寿命は、20年ほど。オスにとっては、生きのびるのも大変、中心オスになるにも大変、子孫を残すのも大変な社会だ。
 フサオマキザルは、新世界のなかで、これほど表情豊かなサルはいない。
 フサオマキザルは、介護サルとしても活躍している。手足が不自由で、車いす生活を送る人の日常生活を手助けする。フサオマキザルは、動物園では、最長47年も生きる。
 すごいですね。ずっとずっとアマゾンのジャングルで寝泊まりしていたなんて・・・。
(2014年11月刊。3600円+税)

2012年6月25日

テングザル

著者   松田 一希 、 出版   東海大学出版会

 ボルネオのジャングルに分け入ってテングザルをじっと観察した成果が本になっています。大変な苦労があったことが生々しく伝わってくる本でもあります。
熱帯のジャングルのなかには、蚊、ヒル、ダニといった人間にとって疎ましい虫が多い。耳元で四六時中とびまわる大量の蚊にいらいらさせられ、身体中をダニにかまれて一晩中かゆみに苦しんだりする。 うひゃあ、ご、ごめん蒙りたいです。
テングザルの個体を識別する必要がある。そのうち尻尾の形にはいろいろのパターンがあることがわかってきた。どこを見たら個体識別ができるが、初めはとても骨の折れる作業だ。
 テングザルの産まれたばかりのアカンボウは、顔の肌の色が真っ黒だ。産まれてから1年半から2年くらいで、顔から黒色が消えて、子どもと分類される。区別の難しいのは、コドモとワカモノである。
テングザルは水かきの発達した四肢をもっている。それで体重20キログラムもある巨大なオスが高い木の上から勢いよく川に飛び込む。そして、川では犬かきのフォームで静かにスイスイと泳いで対岸へ渡る。テングザルは、対岸までの距離が6メートルにも満たない場所を選んで、川渡りする。テングザルは、水中の捕食者である。ワニによる攻撃を受けにくい場所を選んで川渡りしている。テングザルが止まり場所として好む場所も、対岸までの距離が短い地点だ。
 テングザルは、森の中で過ごす時間の大半を「休息」に費やしている。このときは、木の枝の上でじっとしている。24時間のうち21時間もの時間を休息に費やしていた。
 その理由は、「特殊な胃の構造」にある。コロブス科であるテングザルは、胃のなかでの分解・消化に多大の時間を要するため、その間じっと動かずに休息しておかなければならない。
 テングザルは、日中のわずか0.5%しか毛づくろい行動に時間を費やさない。テングザルは、188の植物種を採食した。テングザルは若葉のほか、果実そして花を採食した。ところが、テングザルが好んで食べた果実は、売れていない未熟なものだった。なぜか?
 もし糖度の高い、熟れた果実をテングザルが食べると、胃のなかのバクテリアの活動が急激に高まり、多量のガスを発生させて胃を膨張させる。そして、ついには、他の内臓器官もこの膨張した胃が圧迫して、テングザルを死に至らしめる。つまり、テングザルにとっては、熟れた果実はあまりありがたい食べ物ではない。うむむ、そういうことってあるんですね。美味しさが命とりになるなんて・・・。
 テングザルは平日の移動距離は最大1.7キロ、最短は220メートル。これも、テングザルが夕方までには必ず川岸に戻って眠らなくてはいけないからという理由だ。
 テングザルの胃の構造は草食に特化しており、全体として葉を多く食べる傾向にある。
 テングザルの生態をわかりやすく紹介した本として推薦します。それにしても学者って大変ですよね。
(2012年2月刊。2000円+税)

2008年12月 8日

チンパンジーの社会

著者:西田 利貞、 発行:東方出版

 アフリカで40年以上も野生チンパンジーの生態を見続けてきた学者が、平易な言葉で写真を示しながら語っていますので、とても分かりやすい本になっています。ヒトとチンパンジーの違いというか、よく似た存在だということがよく分かります。
 長期間ずっと観察する。多くの集団を見て比較する。個体識別する。これがニホンザルでもチンパンジーでも必要不可欠のものだったし、それで成果をあげることができた。
 チンパンジーの性行動は乱交的であり、特定のオスと特定のメスだけが頻繁(はんざつとは読みません。麻生さん)に交尾するのではなく、いろんなオスメスの組み合わせで交尾している。しかも、他のオスやメスがみている前で交尾することが多い。だから、子どもの父親が誰だかまったく分からない。父親も誰がこどもか分からない。
 チンパンジーの集団はニホンザルと違って、メスがよそから入ってくる。オスは動かない。動くのは、まだ子供を産んでいない若いメス。だいたい11歳になると、メスは集団から出ていく。そして出ていったきり、集団に戻ってくることはない。だから、チンパンジーは母系ではなく父系の社会である。ヒトとチンパンジーとボノボは基本的に父系社会である。
 チンパンジーは、ゴリラのように一夫多妻ではなく、ボノボと同じく複雄複雌群だ。
 チンパンジーのリーダーに必要な資質は、ディスプレーの持続力。ライバルと対峙したとき、逃げ出さないこと。恐怖心をおさえて、ハッタリであっても威嚇や攻撃を続けること。リーダーには、恐怖心の克服が何より求められる。
リーダー(第一位)の在位期間は平均して5年ほど。リーダーにとって、2位と3位のオスは自分の一番怖いライバルである。そこで、2位と3位が連合を組むのを絶えず阻止しようとする。トップの獲得は単独で、しかしトップを維持するには連合で、というのがチンパンジーの世界だ。この点をもっと詳しく解説した『政治をするサル』(フランス・ドゥ・ヴァール、平凡社)という、面白い本があります。
 リーダーになるとき、メスの支援はあまりあてにできない。メスは現リーダーを応援する傾向が強い。つまり、現状維持志向が強い。
 リーダーの大きな仕事として、メスの喧嘩を引き分けることがある。しかし、これも、何かをするというより、間に入って走り抜けるだけのこと。リーダーがどちらかのメスを応援することはまずない。
 リーダーが負けてしまうと、村八分のようになって、集団から出てしまう。グループにそのまま残ることは少ない。たまには、あとで返り咲くこともある。
 チンパンジーは、通常は平和に暮らしている。しかし、お互いの順位については非常に神経質だ。順位の低いオスは、高いオスにパント・グラントという挨拶をしなければならない。
 チンパンジーの母親は、子どもに教えるということはしない。子どもが自分で試したり、見て覚えていく。
 チンパンジーの離乳は、おっぱいを吸わなくなるだけではない。だいたい5歳になるまでには、自分で自分のベッドを作り、母親とは別々に寝るようになる。
 ヒト以外の霊長類には、児童期はない。
 大人のオスになる条件というのは、どの大人のメスよるも強くなること。要するに、どのメスにもパント・グラントという挨拶をさせることが、大人のオスの条件である。
 オスと違って、メスの順位はほとんど年齢順。年寄りほど順位が高い。40歳を超えたチンパンジーも出産した個体がいる。ヒトの女性の更年期というのは動物界の例外である。繁殖終了後のチンパンジーの生存率はほとんどゼロ。
 チンパンジーは、夜は必ず木の上で寝る。そのベッドは頑丈にできている。ベッドは寝るためだけで、子育てには使われない。だから、巣ではない。
 チンパンジーの交尾時間は、7〜8秒とすごく短い。それはオスがたくさんいて、競争で交尾するから。
 チンパンジーは詐欺ができる。また、ヒトが赤ん坊を腕と両足で支えて「ヒコーキだよ」と遊ぶように、同じことが出来る。
 チンパンジーは、人間らしい笑顔で笑う。母親は、子どもと遊ぶのが大好きだ。ただし、チンパンジーには人間のような集団対抗遊戯のようなものはない。綱引きはしない。
 ヒトとチンパンジーの違いと似たところがよく分る面白い本です。 
(2008年9月刊。1500円+税)

2008年6月 9日

暴力はどこからきたか

著者:山極寿一、出版社:NHKブックス
 ゴリラは弱いもの、小さいものを決していじめない。けんかがあれば第三者が割って入り、先に攻撃したほうをいさめ、攻撃されたほうをかばう。そして、相手を攻撃しても、徹底的に追い詰めたりはしない。ましてや、相手を抹殺しようとするほど激しい敵意を見せることはない。敵意を示すのは自分が不当に扱われたときであり、自己主張をした結果、それが相手に伝われば、それですむ。ここには明らかに人間とは違う敵意の表現がある。
 うひゃあ、これでは、ゴリラのほうが人間よりずっとずっと賢いということですね。
 古代の狩猟民は攻撃的だったという考えが間違いだということは証拠によって明らかとなっている。アウストラロピテクスは、仲間によって殺されたのではなく、ヒョウに捕食されていた。狩猟民たちは、戦いを好まない平和な暮らしを営んでいた。
 ゴリラのオスが立ち上がって胸を勇壮に叩くのは、自己主張のための行動であって、戦いの宣言というよりは、むしろ戦いをせずに引き分けることを意図したものだった。
 霊長類は食虫類から分化した。最初の霊長類は樹上で昆虫を食していたと思われる。つまり、霊長類は、被子植物に群がってくる昆虫を主食としていた。人間の体がサルたちより大きいのは、もともと弱い消化能力を補うという、類人猿と同じ理由による。
 樹上での生活は立体的に世界をながめる視覚を発達させた。三次元空間で食物、仲間、外敵の位置を正確につかむためには立体視が欠かせない。この能力を高めるため、目の位置が顔の側面から前方へと移動し、鼻づらが後退して両目の視野が大幅に重複するようになった。すなわち、樹上生活は人間の視覚のもっとも基本的な能力を築き上げた。
 ニホンザルもゴリラも、メスには単独で暮らす時期はない。ニホンザルのメスは生まれ育った群れを離れることはないし、ゴリラのメスは元の群れを離脱すると、すぐに他の群れに移籍する。他の真猿類の社会でも、メスは単独では暮らさない。それは、メスが他の個体と群がろうという強い傾向をもつためだ。真猿類は昼行性であり、果実などの植物の部位を食物としたことに関係がある。メスは、長い妊娠と授乳の期間中、自分だけでなく、子どもの栄養条件も上げる実用があるから。
 ニホンザルでは、年齢の若い妹のほうが姉よりも順位が高いなる。それは、年の若い娘を母親が庇護するから。ところが、チンパンジーやゴリラでは、メスが生まれ育った群れを出て、他の群れに移ってしまうので、メス間に血縁にもとづく強い結束は生まれない。
 ヒトの男の睾丸はゴリラより大きく、チンパンジーより小さい。精子の密度もちょうど中間である。
 ヒヒもチンパンジーも、メスは毎周期に2週間ほど性皮を腫脹させる。これは、メスが一頭のオスと独占的な交尾関係を結ばず、多くのオスと交尾することによって子どもの父性をあいまいにしようという戦略だと考えられる。オス同士がはりあってメスと交尾する権利を独占しようとするのに対し、メスは性皮を腫脹させて多くのオスを誘い、長期間にわたって交尾することで、どのオスにも繁殖成功の可能性を示している。
 ゴリラのメス同士の関係は実にあっさりしていて、互いにあまり深く関わらないようにしているようだ。メスたちが血縁関係にこだわらずに付きあっているからこそ、ゴリラのメスは親元を離れて見知らぬ仲間のもとへ移籍してもうまくやっていくことができる。
 ゴリラの若いメスの移籍は、恋人選びの旅の始まりである。ゴリラのオスは離乳期から思春期に至るまで熱心に子育てする。
 ゴリラのメスは、発情を迎えたとき、父親以外に成熟したオスがいなければ、群れの外に交尾の相手を求めて群れを離れていく。つまり、オスの子育てによる娘との交尾回避は、娘の分散を促進する効果をもっている。
 ニホンザルのオスにとって、群れとは生涯、身を預けるほど魅力のあるものではない。居心地が悪くなれば群れを出ればよいし、群れ生活が苦手なら、単独で暮らせばよい。
 チンパンジーは、仲直りにとても積極的である。攻撃を仕掛けたほうも、攻撃されたほうも、どちらからともなく近寄ってキスをし、手を握り、抱きあい、毛づくろいする。生涯にわたって自分の生まれた群れで暮らすオスたちは、他のオスの協力をいかに得て、自分の地位をつくるかが最優先の課題となる。
 ゴリラの仲直りは、対面して、じっと顔をつき合わせる行動である。ゴリラは体の接触が起こらない。ただじっと顔を寄せてのぞき込むだけ。接して触れあわずというのがゴリラの付きあい方なのだ。また、ゴリラに特徴的なのは、けんかを第三者が仲裁すること。
 ヒトもチンパンジーもゴリラも、和解するとき、相手とじっと見つめあう。まるで相手の意図を推し量るように相手の顔を見つめ、それから親和的な行動を示す。ボノボも同じような見つめあいをする。
 ゴリラたちは、顔を向けあい、視線を交わしながら、食事する。
 ヒトもサルもチンパンジーもゴリラも、みんな同じで、少しずつ違っているということがよく分かります。ヒトって、やっぱりサルの一種なんですね。
(2007年12月刊。970円+税)

2007年2月26日

サルの子どもは立派に育つ

著者:松井 猛、出版社:西日本新聞社
 高崎山のサルを30年間観察してきた人の本です。大変勉強になりました。なにしろ2500人のサル(最近は、匹などとは言わず、人間と同じく、人と呼んでいると思います)を全部、見分けることができるというのです。たいしたものです。どう見ても同じような顔をしていると思うのですが・・・。でも、日本人もアメリカ人からすると、みんな同じような顔に見え、まったく見分けがつかないという話を聞いたことがあります。
 母サルは母乳だけで育てる時期は、赤ん坊がお乳を欲しがると、いつでも飲ませる。生後3ヶ月すると、赤ん坊たちは遊びに飽きると母ザルの元に戻って、お乳を飲もうとする。
 赤ん坊のしつけに一番効果があるのは、授乳拒否。赤ん坊は泣きつかれると、母ザルはつい赤ん坊の背中に手をかけてしまう。これが授乳許可を出したサインとなる。
 母ザルは授乳拒否に時間をかける。これによって、それまで赤ん坊のペースにあわせてきた子育てが、次第に母ザルのペースに変わる。赤ん坊は、授乳拒否を経験して、お乳を飲みたくなっても、そーっと乳房に手を伸ばし、母ザルの反応を気にするようになる。
 母ザルは授乳拒否するとき、赤ん坊の目をのぞきこんで叱る。赤ん坊は母ザルから目をそらそうとするが、母ザルは赤ん坊の後頭部を握って正面を向かせ、お母さんの目を見なさいとばかり、荒々しくふるまう。このとき、母ザルは自分の気持ちを赤ん坊に伝えようと真剣、一生懸命だ。
 母ザルは赤ん坊にお乳は与えるが、それは、餌を与えることは絶対にない。餌のある場所に連れていって、見守るだけ。野生の世界で生きていくには、食べ物を与えないことこそが愛情なのだ。
 赤ん坊が手に入れたイモを母ザルが奪う。それは母ザルが奪わなくても、必ずほかの大人ザルから奪われる。そのとき、かみつかれて、大ケガしてしまうかもしれない。こうやって子ザルはイモを奪われないようにしてから食べることを学ぶ。
 ニホンザルの妊娠期間は人間の半分、5ヶ月半。6月が出産のピーク。母ザルは、2〜3年に1回、出産する。赤ん坊は出産当日から1ヶ月内が一番危険。赤ん坊が母ザルとはぐれると、ほとんど死んでしまう。
 双子が生まれる確率は低い。1万回の出産で9組のみ。そのうち2人とも1歳まで育ったのは3組だけ。
 サルの母と娘の上下関係は、死ぬまで母親の立場が強い。サルは母子家庭。メスザルの出世は血筋で決まる。母ザルは、子どもたちが兄弟ゲンカしたときは、必ず年下の側を応援する。だから、弟や妹の方が威張っている。
 メスザルは、一生のうちに10〜12人の赤ん坊を出産する。オスは4〜5歳のとき、故郷を離れる。
 ボスザルはもてない。メスザルと関係して生まれた娘たちを交尾する危険があるから。だから、群れに入ったばかりの血縁のない若いオスザルがもてもてになる。
 写真がたくさんあって、楽しい本です。中学生のとき、修学旅行で高崎山に行きました。餌場で右手をサルにがぶりとかまれて痛い思いをしました。私は、すぐ近くのサルにまず餌をやったのですが、次に今度は遠くのサルに餌をやろうとしたのです。それを見て、近くにいたサルがどうしてそんなことをするのかと怒ったのです。私としては、サルに公平に餌をやりたいという善意の気持ちからしたことでした。その痛みで、サルと人間の常識の違いが身をもって分かりました。

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