弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
司法(アメリカ)
2023年1月 8日
刑期なき殺人犯
(霧山昴)
著者 ミキータ・ブロットマン 、 出版 亜紀書房
司法精神病院の「塀の中」で、というサブタイトルがついている本です。
両親を射殺した殺人犯は、責任能力がないとして刑務所ではなく、精神病院に収容される。すると、そこは、刑務所のような明確な刑期というものがない。精神科医の判断と刑務所当局の都合によって、刑期のない、いつ終わるか分からない生活を余儀なくされる。
両親を殺害したブライアンはショットガンと銃弾を購入した。ブライアンは妄想に浸り、眠れないなか、父親の背中をショットガンで撃ち、また、母親の身体を撃った。その瞬間、ブライアンは、これが現実だと分かり、その場から逃げた。やがて、警察署に自首した。
アメリカでは、年300件以上の親殺しの殺人事件が起きている。統計によると、両親を殺した子どもが再び殺人を犯すことは、ほとんどない。彼らの恐怖や怒りの対象はもう死んだから。親殺しは、子どもが追いつめられ、押しつぶされ、絶望したり、どうしていいか分からなくなったりして限界を超えたときに起こることが多い。とても耐えきれないような状況に対する絶望の末の反応なのだ。
ブライアンは司法精神病院に収容された。ここでは、患者の平均入院期間は6年以上。犯罪に関して「責任能力がない」とみなされるのは、「無罪」になるのと同じではない。「無罪」は、無実の罪が晴らされたことを意味している。しかし、「責任能力がない」というのは、ほかの意味では犯罪に責任があるとしている。
女性患者は男性患者よりもトラブルが多い。
武器や自殺の道具に使われる可能性があるものはすべて禁止。ベルト、バスタオルなど・・・。そしてケータイ、パソコン、ハンドバッグ、財布も禁止。カフェインの入ったコーヒーや紅茶も禁止。
精神病の人の診断は、担当した臨床医の判断による。精神科医には、強大な力がある。違う医師に診察を受けると、診断名がどんどん増えていくことがある。
ブライアンにとって、病院スタッフの大半が自分のことを思ってくれているのではないことは分かっていた。事なかれ主義だ。
病院の食事にも頼れない。スタミナを取り戻すためには、週に一度のテイクアウトの食事を利用し、エクササイズを再開するしかない。ブライアンはそう考えて、実行した。
大半の患者にとって、一番の助けになったのは、他人と接する環境にいること。
ブライアンは、「チーク」もした。薬を飲んだふりをしてほほの内側に隠し、あとでトイレに吐き出す。コツがあり、一度覚えてしまえば簡単だ。チークすることで、自尊心は少し回復した。
精神科医の一人が、妄想型統合失調症だということが、かなりたってから判明した。うひゃあ、そういうこともあるんですね・・・。
この病院の患者は、インターネットにアクセスすることができず、法律書もなく、タイプライターもコピー機も使えないので、申立書は全部手書きするしかない。しかも、副本は8本も必要なことがある。
パーキンスは病院だと思われているが、刑務所よりたちが悪い。精神病院には、刑務所と同じくらい、法律に関して玄人はだしの収容者がいる。精神疾患は必ずしも見えて分かるものではない。外見に騙されないよう、弁護人として注意する必要がある。
ブライアンは、犯行の時点では重度の精神病だった。これは本人も認めている。27年後、自分の病気は20年前より寛解していて、もはや妄想型統合失調症ではないと信じている。そして、まだ慢性の精神障害ではなく、決して危険でもない。
加害者を措置入院させるのは、本人を治療するためなのか、社会から隔離するためなのか、親族の都合なのか・・・。そもそも精神病院とはどういうものなのか。医師にとっては目に見えるように確かなものなのか。投薬を主としている現在の治療の傾向は正しいのか。身体の病気のように全快することはありうるのか・・・。ブライアンは事件から30年たった今もなお精神病院に入っている。
いろいろ深く考えさせられる本でした。
(2022年8月刊。税込2640円)
2017年11月22日
汚染訴訟(上)(下)
(霧山昴)
著者 ジョン・グリシャム 、 出版 新潮文庫
アメリカの若い女性弁護士が進路選択に苦悩していく姿を描いた司法小説でもあります。いま、日本では、地方に根ざして弁護士活動をしてみようという若手弁護士が急減しています。いまや雪崩をうってビジネス界へ一目散という雰囲気のようで、怖い気がします。
この本に描かれているように、ビジネス弁護士は、下手すると、へとへとになるまで超こきつかわれて、しかも、実は悪(わる)の手伝いをさせられていたということになりかねません(もちろん、すべてだなんて決して言いません。超高給取りの一部に、そんな弁護士がいるようです、と言っているのです)。
なんのために弁護士になったのか、弁護士として何を生き甲斐にするのか、主人公の女性弁護士は真剣に悩んでいます。ぜひ、日本の若手弁護士も同じように悩み、そのうち何人かは、ビジネス弁護士から華麗なる転身をとげてほしいものです。
この本の主人公は、ついに、ニューヨークではなく、超高級取り(年俸16万ドル、1600万円を提示されます)ではなく、アメリカのド田舎で年3万9000ドル(390万円)の給与で働くことを選択したのでした。
「お願いですから、助けてください。私たちを助けてくれる弁護士さんは、あなた以外にはいません。石炭会社を相手にして戦おうとした勇敢な弁護士さんは、あなただけなんですから・・・」
石炭会社、つまり○○鉱山ですね、は森林を大規模に破壊して地域の環境を破壊するうえ、働く労働者をじん肺にし、その補償をしないで切り捨てる。医学的立証ができない状況に追いやり、証拠隠滅を図るのです。そのため、強力な法律事務所をかかえています。
労働者たちは会社に反抗しようという気力を失っているし、孤立している。労働組合はとっくの昔になくなってしまった。わずかな労働者を原告として裁判をしていた弁護士には尾行がつき、盗聴され、ついには不可解な事故で死んでしまう。
さあ、そんな大変な現場に、まだ弁護士としての力量もない、都会育ちの女性が弁護士としてやっていけるのか・・・。
さすがジョン・グリシャムです。ぐいぐい引っぱって読ませます。
ケンタッキー州に本拠を置く地方住民法律センターに取材したり、NPO法人に取材して出来あがった本のようですから、大変な迫力があります。旅行の友の文庫本として、一読をおすすめします。
(2017年10月刊。1600円+税)
天神で韓国映画「密偵」をみてきました。日本の統治下にあった朝鮮が舞台です。日本警察の下で働く朝鮮人が二重スパイのようになって活躍するのですが、日本警察が朝鮮独立運動の志士たちを拷問するシーンはとても残虐です。小林多喜二を拷問死に追いやった特高警察を思い出しました。
朝鮮半島を植民地として支配する日本の醜い姿が描かれています。史実をベースにしたフィクションですが、爆弾で世の中を変えようとしたこと自体は本当にありました。今の自爆テロと共通したところがあります。でも、結局のところ暴力ではうまくいくはずがありません。日本人として大いに考えさせられる、いい映画でした。
2017年10月 3日
なんで「あんな奴ら」の弁護ができるのか?
(霧山昴)
著者 アビー・スミス、モンロー・H・フリードマン 、 出版 現代人文社
「あんな奴は、さっさと死刑にしてしまえばいいんだ」
「悪いことした人間の弁護人って、むなしいでしょ・・・」
日本でも多くの人が口にする言葉です。それはアメリカでも同じ状況です。そして、アメリカには、これに露骨な人種差別、階級差別が加わります。
全人口の1%近い200万人以上のアメリカ人が現在、刑務所または留置場に収容されている。このほか、少年収容施設に10万人の少年が入っている。
執行猶予または保護観察になっている人も含めると、700万人を優にこえる。
アフリカ系アメリカ人は人口の12%でしかないのに、薬物犯罪で逮捕される者のうち34%を占め、薬物犯罪のために州刑務所に収容されている人の45%を占めている。
今日うまれたアフリカ系アメリカ人男性の3人に1人が生涯のどこかの時期で刑務所に入る運命にあり、ラテン系アメリカ人男性は6人に1人が刑務所に入る運命にある。これに対して、白人男性ではわずかに17人に1人である。若い黒人の半数以上が、刑務所にいるか執行猶予中か保護観察中である。
アメリカの連邦の学生ローンは、少年時代の薬物犯罪という軽罪であっても、一定の有罪判決を受けた者には認められない。
両親不在のときにエクスタシーの錠剤をのみ、コカインを鼻から吸収していた裕福な家族の子どもは逮捕されない。路上で大麻を吸っていた貧しい家庭の子どもは逮捕される。
貧しい家庭の非白人の子どもは白人の子どもとは別の不利益が課される。彼らは犯罪者としてのレッテルを貼られ、番号をつけられ、法制度のなかで一緒くたにされる。家族から引き離され、生活は破壊される。
恥ずべきは、金持ちが熱心な弁護を受けることではなく、貧困者や中間層が熱心な弁護を受けられないことである。
今日では、共産主義は脅威ではなくなったので、共産主義者を弁護することは普通になった。しかし、テロで訴追されたイスラム教原理主義者を弁護することは評判が悪い。
自由社会では、政府の圧倒的な権力に対するカウンターの存在が不可欠である。なぜなら、権力は、それを行使する人によって容易に濫用されるからである。
死刑囚に実際に面会してみると、決して怪物ではないことが分かる。会う前は荒くれ者で、攻撃的で、恐ろしい人たちだと考えていたが、実際には、礼儀正しく、親切ですらあった。
ミシシッピー州の死刑囚の多くが黒人で全員が貧困層の出身であった。
殴って虐待する母親についていくよりも、レイプする父親と暮らすことを選択した娘、罰として子どもたちに水を与えない養親、憎しみのあまり小さな子どもをムチ打つ親、ティーンエイジャーにもならないのに、食べ物を得るために売春する子どもたち。学校にあがる6歳の子どものための服が断然必要なのに、なけなしのお金でコカインを買ってしまう親・・・。
刑事弁護人は依頼者を信じなければならない。依頼者の人間性、尊厳、経験、奮闘を信じるのだ。依頼者を嫌ってはいけない。弁護人は、やる気とあわせて深い技術を身につけておかなければならない。
私たちが弁護を担う特権を有している依頼者たちが、変わった人であるとか恐ろしい人であると示唆するような行動をとることは、弁護人の援助を受ける権利とアメリカの民主的理想とを損なうものだ。
「あんな奴ら」を弁護するのは、「あんな奴ら」とは我々のことだから・・・。
アメリカの高名な刑事弁護人が、なぜ「悪い人間」の弁護をするのか、自らの体験を通して語っていて、とても説得的です。法制度の違いは多少ありますが、日本の弁護士(人)にも大いに役立つ内容になっています。司法試験に合格したら、早速、読んでほしい本の一つです。
(2017年8月刊。3200円+税)