弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

マレーシア

2020年12月 9日

慈悲の心のかけらもない


(霧山昴)
著者 シビル・カティガス 、 出版 高文研

私はマレーシアには一度だけ行ったことがあります。イポーとランカウィ島です。環境問題の視察に行ったように思うのですが、お恥ずかしいことによく覚えていません。
第二次世界大戦のなかで、日本軍はシンガポールに侵攻し、野蛮なやり方で支配しました。主人公のシビル・メダン・デイリーはアイルランド人の父とユーラシア人の母とのあいだに生まれ、ペナンで育った。看護学生として勉強中にセイロン出身の医師と出会って結婚します。そして、夫婦そろってイポーで診療所を開業したのでした。
1941年12月、日本軍が突然、シンガポールに侵攻してきた。イギリス軍が撤退したあと、日本軍がマレーシアを軍事支配した。そのため、シビルたちはイポーからパパンへ避難し、そこで診療所を再開した。
日本軍は、はじめ地元住民に礼儀正しく、思いやりをもって接するという方針だった。ただし、下級兵士のレベルでは必ずしも守られなかった。たちの悪いことに、日本兵のやり方は周到、かつ計算尽く。そのため、不運な犠牲者は何の前触れもなく捕えられ、連れ去られ、その多くはその後、行方はようとして知れなかった。
女性がレイプされるだけでなく、少しでも抵抗のそぶりを見せる男がいたら、端から銃剣で突かれるか、情け容赦なく虐殺された。
日本軍による犯罪捜査の手法は拷問が基本。まずは拷問、次に捜査だった。常に捜査以上に拷問だった。水責めなどで死ななければ、戸外に放置され、燃えるような日ざしにさらされた。また、手や足を焼いた。直腸への沸騰水の注入、手足の指の爪を引きはがす。
そうですね、特高が小林多喜二に加えた拷問を、ここマレーシアでも日本軍はやっていたのです。
民政といっても、実は日本軍による軍政と何ら変わらなかった。日本軍はイギリス軍の統治を再現しようと、マレー人文官を再利用しようとした。
日本人は、中国人(華僑)を弾圧する一方で、マレー人は批判的厚遇するという民族分断政策をとった。この二つの民族間の敵がい心をあおり立てて軍政の安定化を図ろうとした。
しかし、現地の人々はひそかにゲリラを組織して日本軍と戦った。シビルの診療所は、そのゲリラたちの連絡所となり、また救援施設となった。
シビルたちは、日本軍の禁止をくぐって、ラジオでイギリスの放送を聴いていました。もちろん、見つかったら、ただちに日本軍から死刑執行されるような重大犯罪でした。
傷ついたゲリラの将兵を救護するのもシビルたちのつとめでした。
やがて、シビルと夫が逮捕されてしまいます。ところが、警察にも刑務所にも味方、同情する人々がいて、日本軍のトッコー、ケンペイタイによる拷問を耐え忍ぶシビルたちを支えてくれるのでした。
死を覚悟したシビルに日本人のトッコーやケンペイたちはたじたじになってしまい、ついにシビルは死刑判決ではなく、無期懲役で終わりました。でも、そのときには、シビルは拷問のために歩けなくなっていたのです。本当にひどい日本人がいたものです。戦争は人間を変えてしまうのですよね。
シビルはケンペイタイの吉村役雄軍曹に対して、こう答えた。
「日本の政府は大嫌い。日本人は権力を笠に着て、どこであろうと暴君のように振る舞う権利があると考えている。日本軍はマラヤの人々をブーツとむだけに尻尾を振る、育ちの悪い犬のように扱う。でもマラヤは今日まで何世代にもわたってイギリスから統治されてきたことから、日本よりもずっと文明化されてきた生活を送ってきた...」
うむむ、これは鋭い反論ですよね。とても日本人の多くが言えるセリフではありません。
大いに考えさせられる内容の本でした。これは決して自虐史観なのではありません。
日本人のやったことは、日本人は忘れても、現地の人々は覚えているのです。
(2020年9月刊。1800円+税)

1

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー