弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

司法・アメリカ

2021年9月26日

アメリカのシャーロック・ホームズ


(霧山昴)
著者 ケイト・ウィンクラー・ドーソン 、 出版 東京創元社

20世紀初めのアメリカで科学的捜査班(CSI)の基礎を開いたエドワード・オスカー・ハインリッヒの一生を描いた本です。
それまでの警察の捜査が犯人を拷問するみたいにして自白を強要していたのを、科学的裏付を主とした捜査にすることに大きく貢献した人物です。カリフォルニア大学バークレー校で30年近くも犯罪学を教えていました。
オスカーが始めた比較顕微鏡で弾丸を撮影する手法は革新的で、法弾道学を前進させた。今日も、この手法は生かされている。
遺体が死後どれだけたっているかについて、法昆虫学もオスカーが始めた。今なお強力な武器として用いられている。
ただ、筆跡鑑定や血痕パターンなどの「がらくた科学」もふくまれている。
オスカー自身は、シャーロック・ホームズと自分は違うと言った。
「ホームズは勘に頼って行動した。わたしの犯罪研究所では、勘はまったく無用だ」
筆跡分析と筆跡学は、ひとまとめにされることが多い。しかし、実は、まったく別々のものだ。筆跡分析は、実は、あてにならない。筆跡は、環境、筆記具、年齢や気分によって大きく変化することがある。筆跡は気まぐれで、法科学の技術としては信用できない。文書に名前をサインするのは、指紋を残すのと同じことではない。筆跡分析は、捜査の助けになることもあるが、それで終わりにすることはできない。
私も、これはまったく同感です。筆跡鑑定にはDNA鑑定ほどの科学的たしかさを期待することはできません。
目撃者の誤認は、不当と有罪判決を招く主たる要因である。人間の記憶はそれほどあてになるものではないのです。
ウソ発見機は、ドーハート基準をみたせば、法廷で認められるが、その基準のハードルはきわめて高い。
心拍数や発汗をコントロールする要因には、精神病や薬物などの不確定要素が多すぎる。
今でもウソ発見機にかける(かけられた)という被疑者に接することがあります。でも、法廷に証拠として出てきたのは、30年以上も前だったと思います。
「マッシャーとは、女性に声をかけ、口笛で誘うプレーボーイのこと」
オスカーは、血液の存在を暴くために紫外線を初めてつかった。
オスカーは、二つのたたかいに挑んだ。まず、技術開発。そして、その新しい科学的な進歩を講習や執行者に理解させ、信じさせること。陪審員に対して、もし言葉で説明できないときには、できるかぎり実演してみせること。陪審員は、わけのわからない科学にもとづいた証拠では、納得したがらない。オスカーは、このことを理解した。
陪審員はマスコミや外部の人間との接触を禁じられているものの、それを破る人もいた。
オスカーは仕事に打ち込み、アメリカで有名人になったけれど、経済的にはそれほど余裕はなかった...。
アメリカの科学的捜査を裏から強力に支えた一人の男性の奮闘記と、その真実を掘り起こした本です。当時の犯罪事件との関わりが丹念に紹介されていて、興味深い本でした。
(2021年5月刊。税込2860円)

2021年4月 2日

囚われし者たちの国


(霧山昴)
著者 バズ・ドライシンガー 、 出版 紀伊國屋書店

アメリカの白人女性学者(英語教授)が世界の刑務所を訪問し、また刑務所内で収容者教育を試行していきます。大変勇気ある試みです。実は、今の刑務所システムの基本はアメリカが世界に輸出したものだったんですね...。
アメリカは、世界でもっとも大勢の人々を投獄している国。230万人が鉄格子の中に暮らす。成人100人につき1人の割合。これはアメリカは世界人口のなかの比率として5%にすぎないのに、囚人の人口では実に世界の25%を占めている。現在、全世界で1030万人が鉄格子の向こうで暮らしている。しかも、なんらかの矯正プログラムの監督下にあるアメリカ人は700万人にのぼる。これは成人の31人にひとり。また、成人の囚人の25%が精神疾患をかかえている。
薬物犯罪による囚人が連邦刑務所の51%を占め、強盗犯は4%、殺人犯は1%にすぎない。
25年以上の服役者のうち、終身刑に服しているアメリカ人がカルフォルニア州だけで、3700人いる。アメリカで終身刑に服しているのは16万人。そのうち、未成年のときの犯罪で終身刑になった人が2000人以上いる。
少年受刑者の10人にひとりが刑務所内で性的暴行を受けている。
刑法にもとづき監視対象となっているアメリカ系アメリカ人(黒人)は、1850年当時の奴隷より人数が多い。黒人のほうが白人よりも6倍も刑務所に入れられやすい。黒人男性の6人にひとりに服役の経験があった(2001年)。
黒人の子どもの4人にひとりは、18歳になるまでに親の投獄を経験する。
アメリカの家庭裁判所で扱われる少年事件のうち、94%が黒人がラテン系アメリカ系。
黒人男性150万人が行方不明になっている(2015年)。これは、24~54歳の黒人男性の6人にひとりは、若くして死亡したか刑務所に入れられたということ。
著者は、刑務所内で教育してみると、素晴らしい聡明な市民、人的資源が牢獄に閉じ込められていることを実感する。
アメリカは、大量投獄システムを産み出し、1990年から2005年までのあいだ、10日に1ヶ所のペースで新しい刑務所が開設された。それは1970年代に始まった麻薬戦争のおかげだ。
アメリカ政府が犯罪者の矯正に支出するのは500億ドル超。過去20年のあいだに刑務所につぎ込まれた費用は、高等教育費の6倍。若者ひとりを投獄すると、年に8万8千ドルかかる。同じ人物を教育するのには、年に1万653ドルが必要なので、その8倍もかかる。アメリカは、刑務所のために540億ドルも支出している。これを人材育成とインフラ再建にふり向けようとしている。
アメリカでは囚人の数が増加の一途をたどっているが、それを犯罪発生率とのあいだに相関関係はまったくない。つまり、刑務所のもつ抑止効果など幻想にすぎない。刑務所行きを恐れて犯罪を思いとどまる者など、ほとんどいない。
アメリカで投獄される人の数が減るにつれて(増えるにつれてではない)、犯罪率も低下していった。これが現実。
刑務所は、家庭を破壊し、社会規範を教えるうえでの親の役割を弱め、経済力を削ぎ、社会に反感を抱かせ、政治を歪めてきた。
囚人の子どもは、自らも刑務所に入る確率が高いことが判明している。
服役している期間は、社会における、その人の信頼関係や人間関係を著しく損なう。投獄を通じて、このような市民を生み出しておいて、地域社会がより安全になるなど期待できるはずがない。
著者はルワンダに行きました。あの大量虐殺があった国です。今では、犯人は死刑になりません。人民裁判にはかけられていますが...。ルワンダの裁判は、「許し」を目ざす。許しとは、被害を受けた者が、もはや加害者を避けたり加害者に復讐したりといった負の感情につき動かされることなく、反社会的でない建設的な動機を反動力に行動できるようになる状態のこと。被害者意識は、受け身の姿勢につながり、日々の仕事がうまくできなくなったり、諦めが早くなったりという結果を招く。
アメリカでは、女性囚人の75%に子どもがいる。親が投獄されている子どもが270万人もいる。
アメリカの刑務所では、8万人が独房監禁の状態にある。他の拘禁施設を含めると10万人にもなる。
ブラジルなど中南米の刑務所は、ギャングに牛耳られている。
アメリカの拘留センターで6万人もの移民が働かされていた(2013年)。これは報酬が時給13セントと、きわめて低く、一種の奴隷労働だ。
アメリカの民間刑務所は、経費節減のため、訓練を十分にせず、サービスの水準を下げ、人件費を低く抑えている。
アメリカの刑務所の囚人の8割は、健康保険に入るのは無理なので、出所してからの生活の保障がない(投票権がないので政治から、あてにされていない)。アメリカで、投票権を奪われた585万人のうち、200万人あまりはアフリカ系アフリカ人(黒人)だ。
ノルウェーの刑務所は、小規模で定員50人未満というのが大半を占めている。そして、それが全土に散らばっているので、家族面会は、その気になれば簡単だ。
アメリカでは囚人の刑期の平均は3年。ノルウェーでは、8ヶ月。そのうえ、ノルウェーでは刑期の3分の1を過ぎると、一時帰宅を申請できるし、刑期の半分をつとめたら、刑務所外での生活が認められる。その結果、成果として、再犯率は20%でしかない。ノルウェーでは、出所されたあと、刑務所にいたことが大きな汚点になることはない。誰も気にしない。
著者はニューヨークで暮らす不可知論者のユダヤ人。身内には、ナチスドイツによって殺害された人がたくさんいるため、ウガンダなどへ行ったとき、なんとなく分かりあえるようです。
世界の刑務所の実情と問題点が430頁もの本に要領よく紹介されています。これからも身の安全には、くれぐれも気を配って、元気にご活躍ください。
(2021年1月刊。税込2310円)

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