弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

中近東

2024年12月 6日

ハマスの実像


(霧山昴)
著者 川上 泰徳 、 出版 集英社新書

 2023年10月7日、イスラム組織「ハマス」の武装メンバーがイスラエル南部で開かれていた音楽イベントを襲撃した。260人が殺害されたという。
 これに対するイスラエルの反撃がガザ侵攻です。すでにガザ地区では4万4千人が死亡、その半数は戦闘員ではない女性と子どもたちです。本当にむごいことです。
 私はハマスのこの襲撃を絶対に許すことはできません。と同時に、イスラエルの大々的な軍事作戦も許せません。イスラエル軍は直ちにガザ地区から撤退すべきです。
 この新書はハマスの実体に迫っています。
 ハマスには政治部門と軍事部門があり、政治部門にはガザや西岸のパレスチナにいる政治リーダーと、パレスチナの外にいる政治リーダーがいる。ハマスの政治部門と軍事部門は出自が異なる。
ハマスの創設は1987年12月。ハマスとは、「イスラム抵抗運動」の単語の頭文字の3文字であり、アラビア語で「熱情」を意味する。
 最高指導者だったヤシーンは2004年3月、イスラエル軍のミサイル攻撃で殺害された。パレスチナ自治政府を占めていたファタハ指導部は腐敗していて、住民の支持を喪っていた。それに比して、イスラムの理念を掲げるハマスの堅固さ、経済的な清廉さ、行動の純粋さに住民の信頼があつかった。
パレスチナのムスリム同胞団は、非政治的な社会活動をしていたが、インティファーダを境として「ハマス」として政治闘争に参加するようになった。
 ファタハもパレスチナのムスリム同胞団から出ているので、ハマスとは同根になる。
イスラム大学はハマスの人材供給の機関となった。
戦闘員は自分たちのメンバーしか知らず、組織については何も知らないし、知らされない。
ガザの中で日常的に目にするハマスは、イスラム的な社会慈善組織。ガザには、イスラム協会、イスラムセンター、サラーハ協会という3つの社会慈善組織がある。この3つとも公的に承認され、ガザ全域に支部をもつなど、組織化され、サービスも充実している。これら慈善組織はハマスの政治・軍事部門の統制下にあるわけではない。
ハマスは潤沢な資金をもつ闘争組織。
ハマスの最初の自爆テロは1994年4月に起きた。
コーランは殺人も自殺も禁じている。なので、自爆は殺人ではなく聖戦、自殺ではなく殉教という。コーランは、「この世の生活は偽りの快楽に過ぎない」という。また、「現世の生活の楽しみは、来世に比べれば微少なものに過ぎない」とする。
宗教心の強い若者が自分で「殉教」を選ぶ。自爆者は、次第に高学歴化する傾向にある。今や半分近くが大学生。殉教者は神に選ばれた存在だと親たちは語る。
ガザ地区に入ってくる物資の9割は、エジプトから密輸のトンネルで入ってくる。南部のトンネルは全長1キロに達する。トンネルから入ってくる物資には、ハマスが独自に税金をかけ、ガザ自治政府の収入になっている。
もちろん、ガザ地区には、軍事用地下トンネルもある。
ガザ地区の若者たちは、物心ついたときから封鎖があり、働こうと思っても失業率が高く、そのうえ戦争が続いていて千人単位で人が死に、万単位で建物が破壊される。そのなかで何ら希望のない生活を送ってきた。そんなガザの若者たちの絶望を吸収したのがハマス。
希望を失っている若者に「殉教」という希望を与えているのは、ハマス軍事部門のカッサーム軍団だ。
重ねて、イスラエル軍がガザ地区から即時撤退するのを求めます。なにより停戦です。とても考えさせられる新書でした。軍事に軍事で対抗してもダメなんです。日本が軍備を大拡張しても日本人の安全と生活は守ることが出来るはずはありません。
(2024年8月刊。1050円+税)

2024年2月 6日

平和に生きる権利は国境を超える


(霧山昴)
著者 猫塚 義夫 ・ 清本 愛砂 、 出版 あけび書房

 まずもって、ハマス(この本では「ハマース」)によるイスラエルの人々に対する急襲行為が許されないものであることは言うまでもありません。しかし、現在、私たちの目の前で進行しているのは、それに対するイスラエルの「反撃・報復」というにはあまりに大規模な軍事作戦です。それはまさしくジェノサイドレベルのもので、絶対に容認できません。直ちに停戦し、和平交渉に入るべきです。もちろんハマスの人質返還は当然です。
 イスラエルはガザ地区に対して事前警告なしに空爆していて、病院や国連の施設までも爆撃しています。ひどいです。ひどすぎます。
 これまでガザ地区へは中大規模の軍事攻撃が4回あり、今回が5回目。16歳以下の子どもたちは、生まれたときから戦争しか知らない。
 失業率は50%。15~28歳の若者については、失業率は60~70%もの高率。
 イスラエル軍はハマスの攻撃に加担した者の家族の家まで破壊している。連座制の適用。ハマスとイスラエルの軍事力の違いは、中学生の野球部とメジャーリーガーが試合をしているようなもの。格段すぎる格差が明らか。
 イスラエルのガザ地区への空爆で投下された爆弾は、8日間で6000トン。これは戦前の東京大空襲のときに投下爆弾が2200トンだったので、その3倍に近い。しかも、ガザ地区は東京23区の3分の1でしかない。
 ガザの人口の40%以上が18歳未満。ガザ地区は、縦50キロ、横5~8キロ、面積360キロ。ここに220万人が暮らしてきた。うち7割以上が難民。
ガザには小規模の大学が5校。医学部のある大規模の大学が2校ある。すでに死者2万5千人、1日に200人以上が死亡しているという悲惨な現実に、私の心は恐れ、おののいてしまいます。
 日本政府は憲法9条を有する国として、平和善隣外交を強力に展開すべきです。
 やってるポーズだけの岸田首相ですが、ともかく性根を入れてホンモノの平和外交をすすめてほしいものです。万一、それが出来ないというのなら、首相をやめてもらうしかありません。
(2023年11月刊。1760円)

2023年9月 7日

アフガニスタン


(霧山昴)
著者 レシャード・カレッド 、 出版 高文研

 日本在住の高名なアフガニスタン人医師による報告と熱い想い・願いが語られています。
 アフガニスタンと言えば、惜しくも理不尽に2019年12月4日、暗殺された中村哲医師の活躍を思い出します。中村哲医師亡きあともペシャワール会はアフガニスタンで活動を続けているようですが、常駐の日本人リーダーが不在というのは、もどかしい限りです。
 この本の著者も「カレーズの会」を主宰して、中村医師と同じようにアフガニスタンで医療等の支援活動を展開してきました。本年(2023年)2月、3年ぶりにアフガニスタン現地へ行き、視察と政府への要請行動をしました。
アフガニスタン政府は、もちろん今ではタリバン政権です。保健大臣は同じ医師として、著者の要請を快く応じたようです。
この本にもタリバンが政権を掌握する過程が紹介されていますが、いったいアメリカ軍の20年間の駐留には、どんな意味があったのでしょうか...。
 いま、アメリカのベトナム侵略戦争時の映像がFBの合い間に流されることがあり、私の大学生のころのことですから、ついのぞいてみます。世界一強大なアメリカ軍もベトナムで勝利できなかったのと同じく、アフガニスタンでもアメリカは勝利できずに、無責任にも一方的に撤退してしまいました。
今、アメリカには、アメリカ軍に協力したアフガニスタン人の通訳や兵士たちが故郷に戻れず(アフガニスタンでは裏切者、売国奴として直ちに処刑される恐れが十分あります)、アメリカ政府の援助を求めているというNHKの報道特集を見ました。
著者は中村哲医師が活動していたガンベリ地区にも足をのばしました。カカムラ記念庭園には、大きなモニュメントがあります。中村医師の穏やかな顔が大きく描かれたモニュメントです。その周囲は、緑豊かな農園になっています。緑と赤のキャベツ畑が広がっている写真がありますが、ここはかつては荒涼として砂漠地帯でした。
 ペシャワール会がつくったトレーニングセンターは中村医師が亡くなってからは使われていないそうです。もったいないですね。ここにも中村医師の存在の大きさを実感しました。
カレーズの会の診療所では、女子の診療部に女性職員が増えて、元気に活躍している様子が紹介されています。うれしいニュースです。
 タリバン政権は、女性が大学で勉強するのを禁止したというニュースが流れました。世の中の流れに逆行する、とんでもない動きです。いったい、タリバン政権の幹部には妻も娘もいないとでもいうのでしょうか...。
 アフガニスタンの識字率は男性62%、女性32%。初等教育の終了率は男子67%、女子40%。中学校レベルは男子49%、女子26%。高校レベルは男子32%、女子14%。
 これが国の発展を阻害することになるということをタリバン政権の幹部たちは自覚すべきですよね。とはいうものの、日本だって、依然として女性の賃金格差はひどいものがあります。出来るところから、声を上げ、ひとつひとつ改善していくしかありません。先日のデパートのストライキは久々のクリーンヒットでした。日本だって、もっとストライキをやって自己主張していいんだ、少しは他人に迷惑をかけてもいいんだという世の中に変わるべきなのです。
(2023年6月刊。2200円)

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