弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

司法

2021年3月12日

私が原発を止めた理由


(霧山昴)
著者 樋口 英明 、 出版 旬報社

原発の運転が許されない理由が明快に説明されている本です。
その理由(根拠)は、とてもシンプルで、すっきりしています。原発事故のもたらす被害はきわめて甚大。なので、原発には高度の安全性が求められる。つまり地震大国日本にある原発には高度の耐震性が求められる。ところが、日本の原発の耐震性はきわめて低い。だから、原発の運転は許されない。このように三段論法そのもので、説明されています。そして図解もされています。
著者は福井地裁の裁判長として原発の運転を差止を命じた判決を書いたわけですが、退官後に判決文を論評するのは異例のことだと本人も認めています。それでも、原発の危険性があまりにも明らかなので、これだけはぜひ知ってほしいという切実な思いから、広く市民に訴えてきましたが、今回はそれを本にまとめたというわけです。私も福岡県弁護士会館での著者の講演を聞きましたが、この本と同じく口頭の話も明快でした。
福島原発事故によって、15万人をこえる人々が避難を余儀なくされ、震災関連死は2千人をこえている。しかし、実は、4千万人の人々が東日本に住めなくなり、日本壊滅寸前の状態になった。2号機は不幸中の幸いで欠陥機だったので大爆発しなかったし、4号機も仕切りがなぜかずれて水が入ってきたのでメルトダウンに至らなかった。偶然が重なって壊滅的事態にならなかっただけだった。
日本は、いつでもどこでも1000ガル以上の地震に襲われる可能性がある。M6クラスのありふれた地震によって、原発は危うくなる。
ところが、関西電力は、700ガルをこえる地震は大阪飯原発のところにはまず来ないので安心していいと言う。本当か...。この関西電力の主張は、地震予知ができると言っていることにほかならない。しかし、地震予知ができないことは科学的常識。つまり、理性と良識のレベルで関西電力の主張が成り立たないことは明らか。
原発訴訟を「複雑困難訴訟」とか「専門技術訴訟」と言う人がいるが、著者は法廷で、「この訴訟が専門技術訴訟と思ったことは一度もない」と宣言したとのこと。
多くの法律家は科学ではなく、科学者を信奉している。しかし、著者は、あくまで科学を信奉していると断言します。そのうえで良心的な弁護士でも、権威主義への誘惑は断ちがたいようだと批判しています。私も胸に手をあてて反省してみる必要があります。
学術論争や先例主義にとらわれると、当たり前の質問をする力がなくなり、正しい判断ができなくなる。
リアリティをもって考える必要があり、それは被災者の身になって考えるということ。
地震については、思わぬ震源から、思わぬ強い揺れがあるかもしれない。このような未知の自然現象については、確率論は使えない。
この指摘には、思わずハッとさせられました。なるほど、そうなんですよね...。
10年たらずのあいだに、全国20ヶ所ある原発のうち4ヶ所について、基準地震動をこえる地震が襲っている。ということは、基準地震動にまったく実績も信頼性もないことを意味している。
国と東電は、廃炉までに40年かかるとしているが、実はまったく根拠がない。こうやって、楽観的な見通しを述べることで、国民が原発事故の深刻さに目を向けないようにしている。
160頁ほどの本ですから、手軽に読めます。ぜひ、あなたも手にとって、ご一読ください。
地震列島ニッポンに原子力発電所なんてつくってはいけなかったのです。一刻も早く全部の原発を廃炉にしてしまいましょう。ドイツにできないことが、日本にできないはずはありません。
(2021年3月刊。1300円+税)

2021年3月 3日

日本を壊した霞が関の弱い人たち


(霧山昴)
著者 古賀 茂明 、 出版 集英社

中国で太子党がのさばっていて、国政の運営が私物化されていると私たち日本人の多くが批判(非難)してきました。でも、日本も同じだったんですね。
2世、3世の世襲議員が国会の議席の多くを占めて、国政を左右しているというだけではありません。国会議員でもなく、単に首相の長男というだけで、総務省のトップ官僚たちが膝を屈して接待を受けていた事実が明らかになりました。ところが、当の首相は、長男は「別人格」だといい、「結果として...」と他人事(ひとごと)のように語って、恥じるところがありません。これが一国の首相の姿かと思うと思わずヘドを吐きそうになります。そんな人をトップにいただいて、子どもたちに道徳教育をすすめているのですから、わが日本はおめでたすぎます。というか、将来が案じられます。
スガ首相は、アベ政治の継承を宣言し、反対する官僚する官僚は異動してもらうと高言しています。アベ首相のコロナ対策は失敗だらけだったことはあまりにも明らかですが、スガ首相も、それに輪をかけてひどい体たらくです。ワクチンだって、全国民がいつ接種できるのか、相変わらずまったくメドが立っていません。それなのにGO TOトラベルの予算3兆円は今もって確保してあるというのですから、開いた口がふさがりません。ひどすぎます。まずは医療機関にまわすべきでしょう。優先順位がまちがっています。ちなみにイスラエルは既に国民の4割がワクチン接種したようですが、政府が定価の5割増しでワクチンを製薬会社から買って確保したとのこと。それくらいのお金のつかい方が必要ではないでしょうか...。
日本のエリート官僚の1人だった著者は、官僚は賢くはないが、それほどの大バカでもない。ただし、間違いを認めることは大嫌いだ、としています。そうなんでしょうね。
アベノマスクをアベ首相に進言した官邸官僚は、灘一東大のエリート経産官僚だと言われていました。灘一東大ですから、大バカでないどころか、賢いはずですが、世間を見る目がないという意味では間抜けそのものでしたよね...。
著者は、議事録は改ざんされる心配があるので、会議のインターネット配信を提案しています。これだと改ざんされる心配はありません。なーるほど、ですね。いいアイデアです。
官僚だった著者は、官僚は極悪人でも聖人君子でもないと結論づけています。私もそうなんだろうな、と思います。公務員の多くは、そこそこ優秀で、まあまあ働く、真面目な人たちだというのです。私も異論ありません。
森友事件で自死してしまった赤木さんについての本を読むと、いかにも真面目な公務員だったことがよく分かります。そんな大勢の真面目に働く人々(公務員)の上に立つトップ官僚の多くが、今やアベ・スガ政治に毒され、堕落してしまったのでしょう。本当に残念です。
エリート官僚を輩出してきた東大法学部では、官僚を目ざす人が減ってしまったとのこと。優秀な学生は弁護士とか外資系コンサルタントを目ざすというのです。そして、官僚になっても、数年内にやめていく人が増えているとのこと。仕事のきつさと、面白みのなさが原因。そのうえ、国会で恥ずかしい答弁をさせられたら、もう、やってられませんよね...。
アベ内閣は、内閣人事局を創設した。各省の幹部人事を一元管理するところだ。それまでは、各省の事務次官が人事権を握っていた。アベ首相は、与えられた権限を最大限、なんのためらいもなく、自分のために行使し、それによって官僚に対する自らの優位性を誇示した。内閣人事局によって、非常にわかりやすい形で官僚に対する安倍支配の構図が示された。
今回のスガ首相の長男による総務省トップ官僚の接待事件は、まさしく日本の政治がいかにただれ切っているかを明らかにしたものです。ここに東京地検特捜部がメスを入れなかったら、特捜部も、やっぱり首相に忖度(そんたく)するだけの存在なのか...と、多くの心ある国民を幻滅させてしまうでしょう。嫌ですよね、どこかでこんな悪弊をきっぱり断ち切る必要があります。
(2020年10月刊。1600円+税)

2021年3月 2日

国際水準の人権保障システムを日本に


(霧山昴)
著者 日弁連人権擁護大会実行委員会 、 出版 明石書店

2019年10月に徳島で開かれた日弁連人権擁護大会のシンポジウムが本となりました。
このシンポジウムは、個人通報制度と国内人権機関という二つの人権保障システムの実現を目ざしていましたが、どちらも聞き慣れないものです。
個人通報制度とは、国際人権条約で保障された権利を侵害された人が、国内の裁判などの救済手続でも権利が回復しないときに、条約機関へ直接、救済申立ができる手続のこと。日本は、8つの国際人権条約を批准しているが、これらの条約に附帯されている個人通報制度を導入していない。8つの条約とは、自由権規約、社会権規約、人種差別撤廃条約、女性差別撤廃条約、拷問等禁止条約、子どもの権利条約、障害者権利条約、強制失踪条約。
また、国内人権機関とは、人権の保障と促進のために設置される国家機関で、世界では120をこえる国・地域に設置されているが、日本にはない。
日弁連は、このシンポジウムを受けて個人通報制度を直ちに導入し、国内人権機関もまたすぐに設置することを求める決議をしています。
日本は、国際人権条約を批准・加入しているけれど、個人通報制度を利用できるようにするためには、政府は選択議定書の批准が受諾宣言をしなければならないところ、何回も勧告されているのに日本政府は無視し続けている。
たとえば、弁護人の立会なしの取調べは、自由権規約に反するという個人通報ができるはずなのに、それができない。
日本の女性差別の深刻な実情は、森喜郎前会長(オリンピック委員会)の発言で、はしなくも露呈しましたが、女性の8割は収入が200万円以下で、非正規労働者の7割が女性というところにあらわれています。これも、国際機関に訴えることができるはずなのです。
韓国には、国家人権委員会があり、年に1万件の申立があるとのこと。そして、その事務総長をつとめた人権活動家がシンポジウムで報告しました。
韓国では、今では取調べを受けている被疑者に対して弁護人が立会してうしろでメモを取っているのがあたりまえになっているとのこと。日本は韓国よりずっと遅れています。
国家人権委員会の独立性を確保するためには、法務部(法務省)からの人的独立、そして予算の独立性を強化する必要があると強調されています。なるほど、ですね。
少し前まで、最高裁判事だった泉徳治弁護士もビデオレターで個人通報制度は絶対に必要だと強調しています。泉弁護士は、裁判所内でまさにエリートコースを歩いてきた元裁判官ですが、個人通報制度が導入されると、最高裁も国際人権条約違反の主張に正面から向きあい、真剣に取り組むことになり、それが憲法裁判の質を高めるからと言います。
日本では、国際人権条約をいくつも締結しているけれど、個人通報制度がなく、活用されていないため、神棚に祭られて状態になっている。これを日常生活のなかで活かしていくためには、個人通報制度・国内人権機関の2つがどうしても必要だと泉弁護士は繰り返し強調しています。まったく、そのとおりです。
300頁、3000円の本で少し難しい気分にもなりますが、日本も国際水準レベルで人権保障してほしい、そんな声を高らかにあげるため、あなたも、ぜひ読んでみてください。
シンポジウムのコーディネーターをつとめた小池振一郎弁護士(東京二弁)は、受験仲間で、同期(26期)同クラスでした。贈呈していただきました。ありがとうございます。
(2020年12月刊。3000円+税)

 すっかり春になりました。庭のチューリップが2本、咲いています。ほかは、まだまだです。雑草を抜いてやりました。種ジャガイモを植えていたところから芽が出ています。
 花粉症のため、目がかゆく、ティッシュを手放せません。
 近くの山寺(普光寺)の臥龍梅も満開。コロナと花粉症さえなければ、春らんまんで心も浮かれてくるのですが、さすがに今年はそうはなりません。残念ですが...。

2021年2月11日

元彼の遺言状


(霧山昴)
著者 新川 帆立 、 出版 宝島社

女性弁護士がミステリー大賞を受賞というので、早速よんでみました。
超大金持ちの遺産相続の話なので、田舎弁護士の私にはまったく無縁の世界ですし、「報酬150億円」なんて金額が出てくると鼻白むばかりなのですが、ともかく、日本一大きな法律事務所につとめているという女性弁護士の話が、あまりにも現実離れしている割には、ちょっと目が離せないストーリー展開なのです。つまり、発想力、キャラクター造形力のすごさに引き寄せられたのでした。
ミステリーなので、内容の紹介はしません。ぜひ、最後まで読んで、なるほど、そういうことだったのかという驚きの謎解きにつきあってほしいと思います。まあ、小説の世界としては、ギリギリありうる展開になっていると思いました。最後まで、ええっ、このあと、どうなるの...、という伏線がたくさん張られていて、飽きせず最後までひっぱっていく文章力には思わず脱帽しました。モノカキを自称する私には、とても出来ないことです。残念なことに...。
著者はプロのマージャン士(師?)の資格も有するというギャンブラーですが、だったら弁護士なんてバカバカしくてやってられんよね...、ということになるのでしょうか。
主人公の女性弁護士はボーナスを去年は400万円もらったのに、今年は250万円だと言い渡された。それを聞いた女性弁護士は怒って、「250万円ぽっち」と言いつつ、「お金がもらえないなら、働きたくありません。こんな事務所、辞めてやる」と言って、日本一の法律事務所から飛び出してしまうのです。いやはや...。250万円のボーナスを、「これっぽっち」と言ってのける弁護士なわけです。私も、そんなセリフ、一度くらい言ってみたいものです...。
ともかく、この28歳の独身女性弁護士は、年収2千万円近いというのです。それなのに、サラリーマンの彼が婚約指輪としてプレゼントしようとしたのは、なんと、「わずか40万円の小さなダイヤの指輪」。たちまち、「みじめな気持ち」になったという。なんという別世界...。
こんなとてつもない別世界の話なんですが、ついつい悪趣味のように話の続きが知りたくなって、ひき続き読んでいったのでした。
「私なら、10億円くらい、コツコツ働いていれば、手に入れられるのだ」
ええっ、東京の女性弁護士で、そんな人が実際にいるのでしょうか...。いえ、きっと、いるのでしょうね、東京には...。
弁護士って、そんなにいい仕事だろうか。弁護士になってみて分かったことは、忙しさのわりには儲からないということ。
著者がつとめている日本一の法律事務所は24時間勤務体制で、カップラーメンをすすりながらパソコンに向かう弁護士がいるのです。
日弁連の機関誌『自由と正義』も登場します。いつもは、つまらないと飛ばし読みしていた記事を読むしかないといって...。
最後の50頁ほどは、いつもの喫茶店に入り、ホットのカフェラテを飲みながら、ようやく読了しました。結末を知らなければ、次の会議に集中できませんからね。実は、この本を昼間のうちに読んでしまおうと思って、早めに事務所を抜け出して電車に乗ったのでしたが、まったく正解でした。よく出来たミステリー小説です。
(2021年1月刊。1400円+税)

2021年2月 3日

学校弁護士


(霧山昴)
著者 神内 聡 、 出版 角川新書

著者は教師であり、弁護士。東京都内の私立高校の社会科教師であり、いじめなどの子どもの権利が問題になる事件を専門に扱う弁護士。
著者によれば弁護士資格をもった社会科教師が教師の専門性を高められるかどうかを試してみたかったとのこと。教師としては、クラス担任も部活動顧問も担当して、今の日本の教育の実情を最前線で見てきた教師の一人。
スクールロイヤーには明確な定義が存在しない。うひゃあ、そうなんですか...。
スクールロイヤーは、保護者でも学校設置者のいずれの利益でもなく、「子どもの最善の利益」を実現する立場から教育紛争に関わらなければならない。
「いじめ」事件にかかわったとき、結果として、周囲の子どもたちが傷つくようなことがあれば、それはスクールロイヤーとしては、仕事を十分に果たしたとは言えない。
2013年に制定された「いじめ防止対策推進法」では、「いじめ」とは何かが定義されている。それは、端的に言えば、被害者が「心身の苦痛を感じる」行為であれば、すべて同法の「いじめ」に該当しうる。被害者の主観のみで、誰でもいじめの加害者になってしまうというのは、子どもにとっても、保護者にとっても大変なリスクになりうる。
いじめ防止対策推進法には、被害者と加害者という単純な二項対立的な構図しか用意されていない。しかし、一人として同じ人間はいない人格と個性を扱う教育という営みを、画一的かつ平等に扱う法律によって律することの不条理さを物語る法律になっている。
保護者が子どもへの虐待を隠蔽する目的で、長期欠席の原因をいじめであると学校に申し立て、学校が(虚偽の)「重大事態」として対応しなければならなくなったケースもある。
ネットいじめは、一時的には保護者の責任。ただ、当の保護者が子どもよりネットの利用法に詳しくないのが、ネットいじめの難しさになっている。
弁護士による「いじめ防止」授業は、効果があるのかないのか分からないというのが実情。著者は、現代日本社会でいじめを予防するのは不可能だとしています。それは、日本社会では、大人であっても、不合理な「同調圧力」によって個人の意見がないがしろにされるのは日常茶飯事であり、たとえ正しいと考えていても自分の主張を明確に示すことがはばかれるからだ。このような社会を築いている大人たちが、いじめが発生したとき、すべてを学校教育の責任に転嫁しようとするのは、きわめて不合理なこと...。
いじめを予防するには、まわりくどい話になるが、まず大人たち一人ひとりが、不合理な同調圧力を変えていく意識をもつことが真っ先に必要なこと。
いじめの被害者が転校するケースは、加害者が転校するよりもはるかに多いことが判明している。
いじめに関しては、加害者に対して多様な指導方法が教師に認められるべきだ。著者は、このように主張しています。なるほど、そうなんだろうと思います。
一口にモンスターペアレントといっても、保護者のクレームは多種多様。
体罰する教師は、厳格とか陰険ではなく、むしろ熱血漢・熱心というタイプが多い。同じ教師が繰り返し体罰をしている。
日本の実社会が体育会系を重宝する理由。上意下達の精神と同調圧力の強い人材は、日本のあらゆる組織において一定数は必要であり、実社会に出る前の学校教育でコストパフォーマンスよく養成するには、部活動が何より優れたシステムとして機能する。
ところが、日本の裁判所は、部活動であっても、通常の学校事故とまったく同じ法理で教師の法的責任を判断する。
教育改革...。教師ひとりあたりの労働を減らすには、①教師の人数を増やすこと、②業務量を減らすことという二つを実行すればよい。これまた、そのとおりでしょう。
40人クラスを1人の担任で面倒をみなければならない日本の教育制度は、過酷な労働の原因となっている。教員というのは、本当に大変な仕事だろうと改めて察せられました。
(2020年11月刊。900円+税)

2021年2月 2日

「労働法の基軸」


(霧山昴)
著者 菅野 和夫 、 出版 有斐閣

著者は日本における労働法の権威ともいうべき学者です。その著書『労働法』はこの分野のバイブル本です。
私は著者から教わったことはありませんが、労働審判制度が形づくられていった司法制度改革推進協議会の労働検討会の座長を著者がしていたとき、日弁連側の傍聴者として参加していました。この労働検討会は2年続いたとのことですが、私は前半1年間をずっと傍聴して様子を見守っていました。裁判所からは今は福岡で弁護士をしている山口幸雄判事、労働側弁護士として横浜の鵜飼良昭弁護士が委員として参加していました。
私は鵜飼弁護士の戦闘性に強く心を打たれました。労働検討会をなんとしても労働者に不利な方向にならないよう、終始一貫して積極的に議論をリードしていくのです。これに対して経営側弁護士である石㟢信憲弁護士が絶えずチャチを入れるのですが、それがあまり嫌味に聞こえなかったのは石㟢弁護士の人徳でした。
著者は、「鵜飼さんが理想高く、労働者の権利を市民社会に血肉化する(浸透させる)ための制度創設という持論を述べて、石㟢さんが一つひとつそれに反論して」と語っています。たしかに、そういう雰囲気でした。
「座長は一切我慢して意見は述べないということに徹しました」とありますが、まさしくそのとおりで、座長の声はほとんど聞いた覚えがありません。学者もほとんど発言せず、連合の高木剛・副会長はときどき発言していました。
この本を読むと、検討会とは別のところでの議論からアイデアが生まれ固まっていったというのです。そうなんだろうと思います。ともかく、司法制度改革の産物として労働審判制度はもっとも成功したものとみられていますが、私もそう考えています。なにしろ、3回の期日、80日以内に終了し、解決率8割というのですから、すごいです。
労働側弁護士の鵜飼弁護士について「真摯な情熱家」、経営側弁護士として石㟢弁護士について「開明的」とし、この二人を「絶妙のコンビ」と評価していますが、私もまったく異議ありません。
ところで、労働法の大家としてあまりにも高名な著者は東大法学部長もつとめていますし、東大法学部の成績は「全優」だったようです。ところが、そんな著者が大学3年生のときは、授業にまったく出ずに、合気道一色だったというのですから、驚きます。企業からカンパを集めてアメリカに遠征する、そのための活動と練習に1年間、明け暮れていたというわけです。それでも4年生になって勉強をはじめて司法試験も公務員試験もさっさと受かったというのですから、よほどの頭脳です。
私は労働法は石川吉右衛門教授の授業を受けたのですが、漫談調で、まったく面白くありませんでした。ところが、この本によると石川教授は「カミナリのように切れる」と書かれていて、びっくりしました。まるで印象が違います。
そして、民法の平井宜雄教授についても「イエール大学でもすごく勉強をしていた。本当の学者だ」と高く評価されています。星野栄一教授は自信満々の授業でしたが、平井助教授は少し頼りなさげな印象が残っています。
ということで、学者の世界を少し垣間見ることができたという本です。
(2020年5月刊。3800円+税)

2021年1月27日

安倍・菅政権VS検察庁


(霧山昴)
著者  村山 治 、 出版  文芸春秋

 検察庁法の改正はひどい話でした。アベ・スガ好みのクロカワ検事長を検事総長にするための、なりふりかまわない「定年延長」だというのが、あまりにもあからさまなので、全国の弁護士会がこぞって反対しました。
 どうしてクロカワ検事長は、それほどアベ・スガに好まれたのか...。
結局、クロカワは賭けマージャンがバレて退職し、検事総長になれないままでした。それでも、5900万円もの退職金はちゃっかりもらっています。賭けマージャンは罪にならないというのです。たしかにマージャンをしない私にはピンときませんが、クロカワのやっていたレベルのマージャンはあたりまえのレートの賭けマージャンなので、罪に問われなくて当然だそうです。でも、そんなこというのなら、コンビニで数万円の品物を万引きしたって罪に問われないことになりませんか...。
 クロカワは早稲田大学にいったん入学したあと東大に入りなおした。自殺した自民党の代議士・新井将敬の事件を担当していた。クロカワは陽気で開放的な性格なので、誰からも好かれた。クロカワは法務省勤務のとき、与野党の国会議員と絶妙の距離感で接していて「ファン」を増やした。
 歴代の検事総長は、法務事務次官から東京高検の検事長を経て、なっている。
 アベ・スガは、クロカワの危機管理、調整能力を高く評価していた。政権の安定的維持のため、クロカワを利用したかった。
 スガは、ことあるごとにいろんなテーマでクロカワに相談していた。スガにとって、クロカワは手放せない知恵袋であり、危機管理アドバイザーだった。スガは検事総長の稲田が言いなりにならなかったことから嫌っていた。これは官邸周辺では公知の事実だった。
 法務大臣だった森は法務省の不手際で恥をかかされたと思い込み、法務省の用意したペーパーを無視した。森も弁護士ですが、ひどかったですね。あの国会答弁は...。
そしてクロカワ問題で今回の弁護士会が反対して動いたとき、法務・検察幹部は、それに反発して、もう日弁連の行事には協力しないと息まいたとのこと。これが本当だとすると、あまりの了簡の狭さに驚いてしまいます。
 法務・検察と官邸との駆け引きのすさまじさに開いた口がふさがりません。よくもここまで取材できたものです。それとも、みんな白昼夢なのでしょうか...。
(2020年12月刊。1600円+税)

2021年1月13日

檻を壊すライオン


(霧山昴)
著者 楾 大樹 、 出版 かもがわ出版

最近の政治の大きな問題は、「A力士とB力士の、どちらかを応援するか」というより、その前に「土俵が壊れていないか」ということ。
いや、本当にそうだと思います。国会で平然と118回も嘘をつき通しておきながら、それが明らかになっても他人(秘書)のせいにして、首相は辞めても議員辞職しない。そのうえ、首相のときには、学校での道徳教育を強引に推しすすめていました。
 「ウソをつくな。正直であれ」というのが人間の道徳の基本だと思いますが、首相が平気で破っているのを見て、子どもたちがそれを見習ったら、いったい誰が責任をとるのでしょう...。
相撲でいうと、横綱が土俵を壊しているのに、観客は何が起きているか気づいてもいない。そんな横綱を無邪気に応援する人もいる。力士も観客も相撲のルールをよく知らない。こんな状況ではないか。憲法を守らないといけないのは政治家。守らせるのが私たち国民。このことを全国で訴えてまわった著者の講演会はすでに500回、全国46都道府県で開催されました。私も久留米の弁護士会館で2時間あまりの熱弁に聞きいりました。
著者の前著『檻の中のライオン』は中学校の社会科(公民)の資料集に大きく掲載されています。ぜひ、みんな一生懸命勉強してほしいものです。
本書は時事問題で学ぶ憲法というサブタイトルがついています。日本で社会問題となった事件について、的確かつ簡潔に憲法上の問題点を指摘しています。
憲法とは、「日本という国の形、そして理想と未来を語るもの」だと安倍前首相は国会で言い放ちましたが、まったくの間違いです。
選挙で選ばれたからといって、何をしてもよいわけではない。権力者が間違うことがあるので、憲法というルール(最高法規)が必要。だから、そんなルールを権力者が変えようと言いだすこと自体がルール違反。まさに、そのとおりなんです。
安倍前首相が「桜を見る会」に地元の有権者を多数招待し、前夜祭として高級ホテルで接待していたなんて、選挙人の買収行為そのものです。なのに、検察庁は腰が引けて強制捜査もせず、早々と不起訴にしてしまいました。情けないです。
東京高検の黒川弘務検事長の定年延長もひどかったし、検察庁法改正もひどい話でした。すべては、安倍前首相が司法を思うままに牛耳り、私物化しようとするものでした。日本全国の弁護士会が一致して反対声明をあげましたが、当然のことです。
安倍前首相は、国会で「私は立法府の長」と4回も発言した。これは恐るべき間違いです。恐らく本気で(本心で)そう思っているのでしょう。
国会で答弁に立つ大臣が「お答えを差し控える」と言って質問にこたえない。これが安倍政権のもとで6532回もあったとのこと。こんな国会無視は許せません。国会無視とは国民無視と同じなのです。
一部のマスコミは「野党もだらしない、追及が甘い」とよく言いますが、国会での野党の質問時間を制限しているのは与党・自民党です。野党にもっと質問時間を保証して、しっかり一問一答方式で質疑させたらいいのです。
ところが、菅首相は国会で一問一答方式での質疑に応じようとしません。また、記者会見の場でも、事務官の差し入れるペーパーを読むだけで、自分の言葉で話そうとはしません。コロナ禍の対策として、ドイツのメルケル首相とは大きな違いです。
今の日本国憲法には自衛隊のことが書かれていない。なので、自衛隊を書き込んだら規制できるのではないか...。ところが、自衛隊が書いていないというのは、「アクセル」のついていない車と同じで、ブレーキも必要ない。アクセルがないことで、進みすぎないようにしてきた。ところが、アクセルを書き込むとブレーキも必要になってくる。ところが、そのブレーキになるような実効策は何も考えられていない。そんなものでは困る。まったく、そのとおりです。
日本国憲法は「押し付け」だ。そのとき、「何を押しつけられたのか、それで何か不都合がありましたか?」と反問したらどうか。なーるほど、何も問題ないからこそ、75年間も続いてきたのですよね...。
ともかく、投票所に足を運びましょう。ブツブツ言っているだけでは世の中は悪くなる一方でし。コロナ対策で無策の政府にまかせておけません。政策転換は投票所に行くことで始まります。若い人、女性に大人気の著者にならって、私ももう少しがんばるつもりです。
(2020年11月刊。1600円+税)

2020年12月11日

裁判官だから書けるイマドキの裁判


(霧山昴)
著者 日本裁判官ネットワーク 、 出版 岩波ブックレット

日本裁判官ネットワークの前の本『裁判官が答える裁判のギモン』は裁判の入門書だったのに対して、本書はしっかり骨のある中級ないし応用編です。30の設問に回答していくのですが、その設問が実に「イマドキ」なのです。
うひゃあ、そ、そうなの...と、私の事務所でも話題になりました。
それは設問1です。「男同士」「女同士」でも不貞(不倫)になるのですか?
ええっ、いったい何のこと...。夫が妻の不倫相手を探しあてると、なんとそれは女性だったというのです。私ともう一人のベテラン弁護士は、そんな経験はありませんでしたが、2年目の弁護士は最近そんなケースの相談を受けたといいます。うへー、同じ事務所にいても聞いたことなかったよ、そんなこと...。
夫婦間では、「婚姻共同生活の平和の維持」を求める利益があるとされているので、同性間の性交渉でも、この利益が害されるとみる余地はあり、「不貞」にあたらないとしても、不法行為が成立する余地はあるとされています。なーるほど、ですね...。
非配偶者間人工授精で出産したときのことです。このとき、夫が同意していれば、夫の子とされるというのです。私は、まだ体験したことがありません。
「親の取り合い」という設問があります。ええっ、何のこと...。これは、老親を子どもたちが奪いあう現象です。実際、よくありますし、今も裁判しています。要するに、親の財産目当てで子どもたちが争うというものです。
この関連で、コラムにある駄洒落(ダジャレ)には笑ってしまいました。寄与分を争っている人たちには「キヨ褒貶(ほうへん)」といい、「ホウフク(報復)絶倒」を狙うけれど、うまくいかないという話です。裁判官には(いや弁護士もかな)、それだけの余裕をもって事件にのぞんでほしいものです。
交通事故が減っているのに、交通事故関係の裁判が増えているのはなぜかという問いに対しては、弁護士費用特約(LAC)があるからというのが回答です。まったく、そのとおりです。今では、7対3か8対2かという争点でだけでも裁判します。それが物損で、修理代20万円ほどであっても...。
そして、保険会社は被害者の通院が少し長いと思うと、すぐに打ち切りを宣言します。保険会社は、ともすると事故を自作自演だと疑い、善良な人を保険金詐欺師呼ばわりする。これを保険会社の不当な不払いという「モラルリスク」だとしています。まったく同感です。金もうけのためには少々の「被害」なんか切り捨ててもいいという昔も今も保険会社の傍若無人ぶりは目に余るものがあります。たまに誠実に対応してくれる保険会社の社員にあたると、ホッとします。
マイホーム代金を建築会社に振り込んだあと建築会社が倒産し、銀行が全額回収したという事案で、高裁が銀行の行為は商道徳・信義則に反して不法行為が成立したというケースがコラムで紹介されています。バランス感覚に富み、かつ勇気ある裁判官にあたるのは珍しいことなので、こんなコラムを読むと救われた思いです。
オレオレ詐欺事件で、末端の「架け子」、「出し子」、「受け子」が捕まって刑事裁判になることは多いけれど、首謀者はなかなか捕まってないことが紹介されています。日本の警察は、もっとしっかり捜査してくれ、と叱りつけたい気分です。
インターネットにからむ犯罪が多発して、裁判の刑が一変しているとのこと。コロナ禍が、それに拍車をかけています。
裁判員裁判について、とかく批判する人は少なくないのですが、実際におこなわれている裁判官と裁判員をまじえた評議(議論)は、きちんとなされているようです。私自身は一度も体験していませんが、基本的に良い制度だと私は考えています。
高裁の一回結審について、本書ではそれなりに合理性があるという回答ですが、それには異論があります。高裁では8割以上が1回結審というのですが、これは明らかに異常です。裁判は、勝ち負けの結論の前に、本人が自分の言い分を裁判官はきちんと聞いてくれたというのが絶対に必要です。
高裁での証人尋問は今や2%、以前は2割はしていた。明らかに人証のしぼりすぎです。
裁判の体験者の2割しか満足していないという調査結果がありますが、私は現状ではそんなものだと実感しています。でも、それは司法サービスとしてまずいと思うのです。
日本の裁判の現状と問題点を全面的にではないにせよ、鋭く追及し、分析し、発表した画期的なブックレットです。弁護士に限ることなくできるだけ多くの人に見てもらいたい120頁の冊子です。
(2020年12月刊。720円+税)

2020年12月 4日

芦部信喜、平和への憲法学


(霧山昴)
著者 渡辺 秀樹 、 出版 岩波書店

芦部(あしべ)信喜(のぶよし)は戦後日本の憲法学の大家です。ちょっとでも憲法をかじった人なら知らない人はいないほど高名な学者なのですが、憲法改正に執念を燃やした安倍前首相は国会で「知らない」と答弁しました。つまるところ、安倍さんは憲法をきちんと学んだことがないと自白したようなものです。
私は東大駒場にある九〇〇番教室という1000人収容の大教室で芦部教授の講義を聞いたことを覚えています。満員盛況の講義でした。思想・信条の自由がテーマだったと思います。
芦部信喜は長野県の伊那北高校から東大法学部に進みましたが、入学してまもなく(3ヶ月後)兵隊にとられてしまいました。陸軍金沢師団に入営して、危く特攻隊員になるところでした。幸い不合格になって芦部は生きのびることができたわけですが、人間性を無視する軍隊を生涯にわたって嫌いました。
『わだつみのこえ』(戦没学生の手記)に耳を傾けてほしいと芦部は学生に訴えた。
1962年に起きた恵庭事件で結局、裁判所は憲法判断を回避したが、芦部は事件の重大性や違憲状態の程度などを総合的に検討した結果、十分な理由がある場合には、裁判所は憲法判断に踏み切ることができると主張した。この考えが長沼事件のときの判決で自衛隊違憲を認定した福島重雄判決につながった。
芦部は、「必要最小限の自衛力」を認めながらも、九条を守ることにこだわった。
猿払事件(さるふつ。郵便局員が政治的行為で国公法違反の罪に問われた)で、芦部は鑑定意見書を裁判所に提出し、無罪判決を導いた。また、1965年の統計局事件のときには、1970年7月、芦部は東京高裁の法廷にたって証言した。芦部は教科書裁判のときも東京高裁で証人として証言している。1992年4月のこと。
芦部は「裁判所の使命は、国民の権利・自由を保障すること。憲法保障機能の活性化に寄せる国民の期待にこたえる裁判を望んでいる」と法廷で述べた。
堀木訴訟(全盲の堀木文子さんが児童扶養手当の支給を受けられないという行政の決定の取消を求めた)について、大阪高裁が立法府の裁量を広く認めて合憲としたことに芦部は憤った。「生存権規定を観念的に解釈し、重度障碍者の生活実態に眼をおおった立論」として判決を厳しく批判した。
靖国神社への首相や大臣が参拝するのは違憲の疑いがあるとした。このとき、保守の作家である曽根綾子も閣僚や公式参拝は日本国憲法に反すると明確に主張した。
理不尽さがまかり通る軍隊を経験したこと、身近な人たちが次々に戦死していくのを見た芦部は、あくまで平和と人権を守って大学の内外で大活躍したのです。
芦部の偉大さを改めて痛感させられる本でした。
(2020年10月刊。1900円+税)

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