弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2025年9月11日

えん罪原因を調査せよ

司法


(霧山昴)
著者 日弁連人権擁護委員会・指宿 信 、 出版 勁草書房

 えん罪事件は残念ながら、今なお後を絶ちません。近いところでは、警視庁公安部が「犯罪」をでっち上げた大川原化工機事件があります。この事件では、裁判所の責任も極めて大きいと思います。なにしろ、ガンのため重病だということが分かっていながら、最後まで保釈を認めなかったため、被告人とされた無実の人は病死してしまったのです。許せない裁判官たちです。
本来、有罪の立証は検察官の役目です。ところが、日本の司法の現実は弁護側が無罪の立証をしなくてはいけません。
 電車内で起きた痴漢えん罪事件を扱った映画『それでもボクはやっていない』で、弁護側が苦労してつくった「犯行状況再現ビデオ」を上映すると、ヨーロッパの人々は爆笑するというのです。そりゃあ、おかしいですよね。でも、無罪にするためには、それくらいの努力が必要なのです。映画監督の周防正行氏が冒頭のインタビューで明らかにしています。
被疑者の取調に弁護人が立会するのは日本では認められていません。ところが、お隣の韓国では、2007年に刑事訴訟法を改正し、翌2008年1月から弁護人立会権を認めて今日に至っています。先日も日本の弁護士たちが視察に行っていますが、韓国では弁護士立会はすっかりあたり前のこととして定着しているそうです。日本はまだまだです。せいぜい、廊下で待機しているくらいです。
 韓国だけでなく、台湾でも認められているそうです。もちろん、アメリカでもイギリスでも認められています。そもそも、日本と違って諸外国では被疑者の取り調べ自体が短いのです。
 それでは、どうするのか、しているのかというと、自白ではなく客観的な物証に頼るということです。とても、真っ当な考え方です。
 DNA鑑定によってえん罪が明らかになった261件のうち、104件で真犯人が判明したそうです。アメリカの話です。アメリカには「イノセンス・プロジェクト」というグループがあり、DNA鑑定によって、無実を明らかにする取り組みを進めている。すでに292人が、その結果、無実が明らかになって釈放されたそうです。
 つい最近、佐賀県警で、DNA鑑定を担当者がごまかしていたという記事が大きく報道されました。DNA鑑定の信頼性を揺るがしますよね。
 アメリカのイリノイ州では、死刑囚について、DNA鑑定の結果、救われた人が13人もいるそうです。問題は、なぜ真犯人でない人が捕まり、ときに死刑判決に至ったりすることです。怖い話です。
 さてそこで、えん罪をなくすためにはどうしたらよいのか...、です。この本ではえん罪事件の原因究明と、どうしたら防止できるか、について、えん罪原因調査究明委員会を設置する法律をつくることが提言されています。
 これは、3.11原発大災害についての事故調査委員会が設立されていることに自信をもって提言されています。この委員会は国会の下に、独自性をもって権限を行使することが不可欠です。そのためには、法律で権限を明記しておき、予算措置も確保しておくことが必要です。資料を提出させ、証人喚問できるし、立入調査権も付与される必要があります。財政が十分であるからこそ、調査は十分に出来るのです。ぜひ実現したいものです。
 この本には愛媛県警の「被疑者取調べ要領」というマニュアルが紹介されています。
粘りと執念をもって「絶対に落とす」という気迫が必要。
 「否認被疑者は朝から晩まで調べ出して調べよ」。これには被疑者を「弱らせる」目的もある。ともかく、相手(被疑者)を自白させるまで粘り強く、がんばれというのです。
 これによって被疑者が一刻も早く解放されたい一心から警察の描いたストーリーを我が物にして、それが「自白」調書になって、裁判官も騙されることにつながるわけです。やっていない人が嘘の「自白」をしてしまうのです。
 えん罪を究明するのは、本来、法務省、検察庁の責任のはずですが、まったくやろうとしません。そこで、弁護士会はあきらめることなく、えん罪の原因究明のための第三者機関を国会の下に設置せよと要求しているわけです。
 2012年9月の初版を、今回増補して刊行されています。この関係の日弁連の部会長として活躍している小池振一郎弁護士より送られてきましたので、ここにご紹介します。いつもありがとうございます。
(2025年8月刊。3520円)

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