弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2025年9月 9日
荒野に果実が実るまで
アフリカ
(霧山昴)
著者 田畑 勇樹 、 出版 集英社新書
いやあ、見直しました。日本人の若い男性が、新卒23歳でアフリカに渡り、ウガンダの荒れ果てた原野に池をつくってトマトやトウモロコシなどの野菜畑につくりかえるという大きな成果をあげた体験記です。まるで、アフガニスタンの砂漠を導水路をつくることによって肥沃(ひよく)な農地につくりかえた、あの中村哲医師のような壮挙です。
中村医師も、この新書の著者(以下、ユーキ氏)も、決してモノやカネを援助して貧困を救済するというのではなく、自らの力で農業で生きていけるように注力したという共通項があります。著者は、大学生のころ(19歳)アフリカを一人旅したこともあるようです。そこから違いますね。冒険心の乏しい私なんか発想も出来ないことです。
ロシアのウクライナ侵略戦争がアフリカ諸国に深刻な影響を与えていることを初めて知りました。小麦やトウモロコシなどの食料価格が大幅に値上がりして、もとから貧困に苦しんでいるアフリカの民衆の生活を直撃しているのです。
ユーキ氏たちのNGOは、荒野に巨大な貯水池を掘り、すぐ横の荒地を開墾して住民の共同農場をつくる計画の実現に取り組みました。深さ5メートル、サッカーコート1面ほどの貯水池です。
初めは地元の行政に協力してもらうつもりでしたが、全然動こうとしません。そこで、民間企業に貯水池建設を依頼します。ところが、工事はなかなか進捗(しんちょく)しません。
工事現場では、無断欠勤、不正、横領があたり前のように繰り返されるのです。
治安の関係で、仕事は朝早くから始めて、昼過ぎには撤収しなければいけない。そうしないと、窃盗団から襲撃される心配がある。警察や軍隊に警備を依頼すれば、タカりの対象となってしまう恐れがある。
スタッフを雇うにしても大変な苦労を伴う。地元有力者が「困っているように見えて、困っていない人々」を押しつけてくる。そんな人を排除して、スタッフの人選を進める。
ユーキ氏たちが飢えをなくすために取り組んでいるカラモジャ地区について、ウガンダ政府の本心は、ここが混乱しているほうが、兵力増強の絶好の口実として利用できるというもの。援助は怪物。人々に依存心を植えつけ、かえって自立心を喪わせるもの。
ウガンダ現地の人々は、長いあいだNGOの援助を受けているので、NGOを「金のなる木」としか思っていない人々も多い。ウガンダの人々は、一般的に、「与えてもらえる」というシステムに慣れ親しんできたので、すっかり依存文化が形成され、定着した。
ところが、ウガンダの人々は怠け者で働かないとして定評があったのに、自前の野菜畑をつくることになると、実に生き生きと、よく働いた。日当がなければ成功しないのではない。日当があるからうまくいかないのだ。まったく、そのとおりなんですね...。
信頼していた現地スタッフに二面性があって、現地の人々に対しては威嚇的だということも判明し、ユーキ氏は、「追放」処分を決断するのです。大変な状況でした。
住民の声に耳を傾けない、ひとりよがりの開発プロジェクトは絶対に成功しない。住民のなかには、援助してくれるNPOなどの団体に従っておいたらいいという考えが、現場では支配的。住民は援助団体から指示されたとおりに動こうとする。それはユーキ氏たちの本意ではない。
そして、ついにゴマを大量収穫し、続いてトマトやトウモロコシがとれた。現地の人々、とくに女性たちは弾けるような笑顔がまぶしい。写真でも紹介されています。本当にうれしそうです。
命令せず、強制せず、対価を提供もしていないのに、なぜ現地の農民たちが自主的に参加しているのが不思議でならないと言われたそうです。
なお、タネは在来種のものにユーキ氏たちNPOはこだわりました。アメリカの企業が開発したタネを使えば、初めは良くても、結局は、アメリカの企業に隷属する関係になってしまうからです。ユーキ氏は東大農学部の出身です。さすがです。
250頁の新書で、たくさんの写真があって、実にすばらしいことだと思わず涙がこぼれそうになりました。一読を強くおすすめします。
(2025年6月刊。1130円+税)