弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

司法

2019年12月26日

裁判官失格


(霧山昴)
著者 高橋 隆一 、 出版  SB新書

元裁判官が31年間の裁判官生活を振り返って書いた本なので、タイトルにあるように失敗談のオンパレードかと思うと、決してそうではありません。むしろ、裁判官だって人の子、いろんな裁判官がいるし、事件もさまざまという、裁判を取り巻く実情を率直に語っています。
ですから、まったくタイトルどおりの本ではありません。
人間として立派な先輩裁判官が著者の身近にいて、そのためかえって煙たがられていて、残念だった。犯罪をおこした人の気持ちを理解して、その更生のための手助けをしようとする熱心な裁判官たちが裁判所のなかで意外に冷遇されているのを見た。
この尊敬すべき先輩裁判官は青法協(青年法律家協会)に入っていたため、上から目をつけられて、どの裁判所に行っても合議裁判に入れてもえないという差別を受け続けた。
信念を貫き、人間の更生そして人権擁護に熱心な裁判官が冷遇されるのを身近に見ると、多くの裁判官は委縮してしまい、モノを言わなくなってしまいます。今の裁判所は、まさに、そんなモノ言わない裁判官ばかりが多数で大手を振っています。ところが、彼らは権力への忖度を無意識のうちにしているので、権力に迎合しているという自覚すらないことがほとんどです。
このことは、原発差止を認めた樋口英明・元裁判官の講演を聞いて、ますます確信しています。もちろん、それって残念なことです。青法協会員裁判官の「退治」(ブルーパージ)は、もう30年以上も前に起きたことですが、今に尾を引いているのです。
裁判官のなかには、パチンコ好きの夫婦で、月に10万円以上もつぎこむ人がいるし、酒好きで、朝からコップ酒をあおり、酔ったまま法廷に出る裁判官もいた。妻子ある身で行きつけのスナックのママと無理心中した裁判官がいるという話もある。
昔、熊本地裁玉名支部に大石さんという裁判官(故人)がいました。私は個人的には大好きでしたが、朝の法廷で酒の臭いをプンプンさせているというので、新聞沙汰になったことがあります。
女性の裁判官が増えていて、判事補のなかの女性の比率は2005年には24.4%だったが、2015年には35.6%にまで伸びている。
国の重大な決定に裁判官が逆らうことができるのか、これは実に悩ましい問題だ。つまり、権力(首相官邸)との癒着があり、忖度があるというのが現実です。
著者は、国の重大な決定に背く判決を書けるのか、そんな勇気を裁判官は果たしてもてるのか、司法権の独立が試されている、そう書いていますが、権力をもつ人間(そして金持ちも)に対して逆らう判決・決定を書くのは大変な勇気があると刺激的な文章でしめています。
ぜひ、あなたもお読みください。
(2019年12月刊。830円+税)

2019年12月22日

昨日の世界


(霧山昴)
著者 島崎 康 、 出版  毎日新聞出版

元検事長の回想小説というタイトルに惹かれて手にしました。実は、まったく期待することなく読みはじめたのですが、どうしてどうして、とても中身の濃いサスペンスタッチの小説でした。
「ある殺人事件の捜査担当検事が最後に行きついた人間の真実とは・・・時代に翻弄される人々の生き様を描く意欲作」というのが本のオビにありますが、このオビの文章を決して裏切ることのない大変な力作です。東京から帰る飛行機のなかで読みはじめ、家に帰りつくまでに読了しました。あっという間でした。
実は、私は目下、「弁護士会殺人事件」なるものに挑戦中なのです。犯行の手口はそれなりにイメージできて書けるのですが、犯行動機の点でハタと行き詰まっています。人を殺すほどの動機が利権の乏しい弁護士会にあるとは思えず、考えつかなくて困っているのです。
そこを、暴力団がらみの殺人事件が起きた本書で、どのように工夫をし構成しているのか、知りたくて読みすすめましたが、最後まで、ぐいぐいと惹きつけられました。
最後に参考資料として、 侠客・ヤクザはともかくとして、満蒙開拓団・学生運動・浦上四番崩れがあげられています。それがうまく(解説がくどいという部分もありますが・・・)、動機部分と人物描写に組み込まれていて、ストーリーに深みをもたせています。ここも類書にない特長です。
警察の検察への事前相談は、法律上の根拠はない。いわば、官庁間の根回しに類するもの。警察は、その事件の帰趨が社会的に注目されている場合には、事件の送致前に検察に「事前相談」し、事実や法律問題を詰め、勾留の可否、起訴の可能性などを探る慣行がある。
警察が「もうちょっとがんばります」というのは、検察に無理難題を押しつけるときの常套文句だ。
検察は、何事をするにも上司の決裁を必要とする。検事の日常は、この上司への報告・決裁に向けて毎日を過ごしているようなもの。検事のなかには、「上司の意向を忖度(そんたく)し、それにあわせて捜査し、処理しようとする者、捜査や後半より報告書づくりに精力を傾ける者がいる。
嘘をつくというのは、普通の人間にとって、並大抵でない緊張を強いる。それが取調べであれば、なおさらだ。
人は、いったん嘘をつくと、これを合理化するために、さらに嘘をつかねばならない。そのうえ、取調官が、どこまでの材料をもっているのかを推測する。身柄拘束されていたら、これに密室妄想的要素が加わり、さまざまな想像をめぐらせる。そして、四六時中、そのような想念にとりつかれているうちに、自らの嘘で自縄自縛になり、あらぬ話を捏造し、ついには墓穴を掘る羽目に追い込まれる。取調べの早い段階で、相手方に好きなだけ嘘をつかせることも尋問技術のひとつだ。
著者は検察官を長くつとめ、検事長にまでなったというだけあって、検察庁内部の人間模様と警察との関係などは、さすがに真に迫っていて、想像とはとても思えない迫力があります。
今年最後に読む一冊として、一読をおすすめします。
(2019年1月刊。2300円+税)

2019年12月15日

刑務所しか居場所がない人たち


(霧山昴)
著者 山本 譲司 、 出版  大月書店

日本の刑務所が福祉施設と化しているという点は、私も事件を通して大いに推測できるところです。ところが、逆に今日の日本では福祉施設が刑務所化しているとの指摘があり、ドキッとしてしまいました。
著者は元国会議員で実刑判決を受けて刑務所生活をしたことがあります。そのとき、刑務所内の福祉施設化を自ら体験したのでした。
2016年に新しく刑務所に入った受刑者2万500人のうち、4200人は、知能指数が69以下だった。つまり、受刑者10人のうち、2人は知的障害をもっている可能性がある。
同じく、2016年の「新人」2万500人のうち、殺人犯は218人。少年犯罪は激減していて、10年前の4分の1。全国の少年鑑別所はガラガラの状態。
殺人事件で被害にあった人は、1955年(昭和30年)に年2119人だったのが、1985年に年1017人、そして2016年には289人にまで減った。
犯罪の認知件数は、2002年に日本に285万件だったが、2017年には91万件となり、この15年間で、3分の1以下に減った。
2016年に刑法犯として検挙された人のうち65歳以上の人は4万7000人。これは全体の2割をこえている。20年前の5倍以上。
高齢受刑者は何度も犯罪を繰り返すことが多く、70%が累犯者。高齢者の犯罪は、窃盗が7割(女性だけだと9割)。
刑務所が1年間に使う医療費は7万人の受刑者で32億円(2006年)だったのが、今では5万人いないのに2倍近い60億円となっている。・
日本の障害者福祉予算は年1兆円。これはスウェーデンの9分の1、ドイツの5分の1、フランスやイギリスの4分の1。アメリカと比べても2分の1以下。
福祉の刑務所化とは、お金が目当ての福祉施設では、効率よく入所者を管理すべく、刑務所並みの厳しいルールで利用者の勝手な行動を止めさせているということ。
府中刑務所への1800人の収容者の内訳をみると、日本人受刑者の700人以上が精神か知的障害のある人で、600人が身体に障害をもっていた。
著者の本は、いま日本の刑務所がどんな実情にあるのかを知ることができて、その役割の尊さをふくめて頭が下がります。
(2018年5月刊。1500円+税)

2019年12月 6日

無実の死刑囚、三鷹事件・竹内景助


(霧山昴)
著者 高見澤 昭治 、 出版  日本評論社

三鷹事件が起きたのは1949年(昭和24年)7月15日の夜8時24分。三鷹駅構内の無人の7両連結の電車が暴走し、時速60キロをこすスピードで600メートルを走り、駅構内を突き抜け、駅前の派出所や運送店を破壊したあと、ようやく停止した。その結果、改札口に向かって歩いていた乗降客6人が亡くなり、十数人が重軽傷を負った。
この年は、直前の7月5日に下山事件(国鉄の下山総裁が列車に轢断され、死亡した事件)、1ヶ月後の8月17日には松川事件(列車転覆脱線事故のため運転士ら3人が死亡)が発生している。そして、この三鷹事件については、発生した直後から、マスコミ(新聞)は共産党員による犯行だと報道した。
ところが、暴走電車によって完全に破壊された駅前派出所には警察官は誰もおらず、1人として被害にあっていない。また、事故直後にアメリカ軍のMP(憲兵)が現場に来て暴走電車内に立ち入っているのが目撃されている(その状況写真もある)。事故発生前にアメリカ軍のジープが現場に停まっていた。
当時、日本を占領していたアメリカ軍は、三鷹事件について、いち早く「共産党による破壊工作」と決めつけ、吉田内閣に働きかけて、捜査当局の目を共産党員による犯行へ向けさせた。このことは間違いない。
下山事件は自殺ではなく、他殺。そして、松川事件はアメリカ軍の謀略部隊によるデッチ上げ事件、これが間違いないところでしょう。この三鷹事件も、アメリカ軍による謀略事件の疑いがきわめて濃厚です。
ところが、ひとり竹内景助ばかりは「単独犯」なのか「共同犯」なのか「自白」が変転したこともあり、有罪のまま獄死(病死)してしまったのでした。
事件発生の翌2日である7月17日に、朝日新聞の社説は、名ざしこそしていませんが、共産党員による犯行と言わんばかりですし、毎日新聞にいたっては、「思想的関係のあることが明らかになった」として「極刑にせよ」という見出しをつけています。驚くべき内容の社説です。
では、なぜ竹内景助のみは有罪となって確定したのか・・・。
竹内以外の被告人たちは、無罪をあくまで主張して、がんばった。しかし、竹内はいったん「自白」しているうえ、単独犯だとしたり共同関係にあるといったり、フラフラしていた。そして、弁護士に「だまされた」というのでした・・・。
竹内は、几帳面で真面目な性格の人間だった。
逮捕されたのは8月10日だったから、事件が発生して2週間以上たっていた。
警察からは、松川事件での赤間被告と同じように、叩いたらすぐ壊れる「弱い環」とみられていたのかもしれません。
検察官が竹内に言った言葉を、竹内は詳しく再現しています。
「この野郎、まだ言わんのか。証拠が山ほどあるんだぞ。いくら無罪と言ったって、そんなこと通用するもんか、バカめ・・・。救い難い奴だな、こいつは。このまま死刑にしてやるから覚悟していろ。共産党は、こういうバカばかり集めて、ああいう事件しか起こせないんだなあ、呆れたもんだ・・・。おい、何をボンヤリしてるんだ。その手をようく見ろ、人殺しめ、人の顔なんか見なくてもいい。自分の手をようく見ろ。きさまが殺した手を見ろ・・・。人殺し。おい人殺し。電車がひいたんでも、結局、人殺しだ。それでもまだ白ばっくれているというのか、このやろう。意地でも死刑にしてやるぞ。それだけ頑張るんだから覚悟しているだろうな」
いやはや、とんでもない検察官です。
三鷹事件の「真相」を初めて知ることができました。再審の厚い壁を、ぜひとも乗りこえていってほしいと思います。
(2019年10月刊。2000円+税)

2019年12月 5日

挑戦する法


(霧山昴)
著者 島川 勝 、 出版  日本評論社

著者は20年間の弁護士生活のあと、1992年に裁判官となり、10年間を裁判所で過ごしたあと、法科大学院で実務の教員になりました。今は、また弁護士に戻っています。私は著者が裁判官になる前の弁護士のとき、クレサラ問題に取り組むなかで交流がありました。
著者は裁判官になってから、破産部でサラ金破産を担当しました。破産件数が日本最多のころのことです。そのため効率化が図られ、免責審尋は個別面接する余裕がなく、集団面接という方式となっていました。要するに、個別事情は無視して、裁判官が一方的に「説教」して終わらせるものです。
著者は、それだと破産者に破産原因をきちんと認識することがないため、再度の破産も目立ってきたので、「島川教室」を開設した。単に形式的に不許可事由を尋ねるのではなく、利息の計算方法や破産の原因について、きちんと説明するように心がけたのでした。
このころ大阪弁護士会のクレサラ問題を扱う弁護士の多くは、なんでも一律、簡単に免責を得るのが当然で、倫理性は不要だと声高に主張するばかりでした(私は、当時も今も異論を唱えました)ので、それへのささやかな抵抗を試みていたことになります。
著者は裁判を迅速にする試みのなかで、証拠(証人)調べをするのが2割になっていることを問題だと指摘していますが、これにもまったく同感です。争点を明確にしたうえで、証人を法廷で調べるのは原則として必要なことです。
著者が1992年に裁判官に任官したとき、大阪から他に4人(合計5人)だったそうです。このころは弁護士任官に勢いがあり、裁判所も積極的に受け入れようとしていました。今では弁護士任官は年間5人にもみたない状況です。裁判所が消極的なのです。厳しいハードルを勝手にもうけて、せっかくの任官希望者をふるい落とすものですから、希望者自体が激減しています。大変悲しむべき事態です。裁判所改革は、本当にすすんでいません。
著者は大阪の西淀川大気汚染訴訟の原告弁護団事務局長としても活躍していましたし、青法協(青年法律家協会)の会員でもありました。そんな経歴の弁護士が裁判官に就任したというので大変注目されました。期待にたがえず10年間の裁判官生活をまっとうし、このような立派な本を刊行したわけです。そのご苦労に心より敬意を表します。
(2019年11月刊。3800円+税)

2019年10月31日

当番弁護士は刑事手続を変えた


(霧山昴)
著者 福岡県弁護士会 、 出版  現代人文社

福岡県弁護士会は1990年に全国に先駆けて待機制の当番弁護士を始めた。それから30年がたとうとしている。今では、被疑者の国選弁護制度まで実現している。
私も被疑者の国選弁護人を今年(2019年)は1月から10月まで6件担当し、被告人国選弁護へ移行したのは2件のみです。
この本は2016年に開かれた当番弁護士制度発足25周年記念シンポジウムをもとにしていますが、当番弁護士制度の発足経緯、スタートしたころの状況が紹介されていて、私もその当時の大変さをまざまざと思い出しました。福岡部会では重い携帯電話の受け渡しから大変だったと聞いています。今のように各人がケータイを持ってはいなかったのです。
私は、福岡県弁護士会が当番弁護士制度を発足させたあと、「委員会派遣制度」をつくって運用しはじめたこともまた高く評価されるべきだと考えています。これは、世間的にみて重大事件が発生したら、被疑者からの要請を待たずに、弁護士会側の判断で当番弁護士を派遣するというものです。この制度が始まったことにより、「弁護人となろうとする者」(刑訴法39条1項)の解釈が見直されることになりました。
そして、日弁連がつくった「被疑者ノート」もグッドアイデアでした。これが書けそうな人には、私もなるべく差し入れるようにしています。すると、被疑者との会話が深まるのです。
当番弁護士がスタートした1990年度の出動件数は108件、翌年217件、3年目に415件だった。それが11年目の2001年には2312件となり、16年目の2006年には4千件近い3991件になった。今では、すっかり定着しました。もっとも刑事事件そのものは、幸いなことに激減しています。
福岡県弁護士会はリーガルサービス基金をつくって、財政的にも制度を支えた。この財政的な裏付けは、天神センターが発展していき、弁護士会の財政が潤沢になったことによります。
まさしく当番弁護士制度は日本の刑事手続を大きく変えたと言えます。このことを歴史的にふり返った画期的な本として、一読をおすすめします。
(2019年10月刊。2500円+税)

2019年9月 4日

弁護士研修ノート


(霧山昴)
著者 原 和良 、 出版  第一法規

初版が出てから、もう6年にもなるそうです。改訂版が出たので早速注文したところ、本屋から届いた翌日に著者からも贈呈本が届きました。
とても実践的な本ですので、若手弁護士に役に立つことは間違いありませんが、私のような「ベテラン」弁護士にとっても知らないこともあり、大変役に立つ内容でした。
著者は佐賀県出身で、今は東京で大活躍中の弁護士(47期)です。
弁護士が相談を受けるとき、「お地蔵さん」になってはいけない。極度に緊張した相談者とは、ときに子どもや孫のこと、仕事の話など、事件に関係のない、自慢話を聴くのは距離感を縮めるうえで役に立つ。また、弁護士自身のことも少し話したらいいことも多い。
相談者の話に共感はしても同化してはいけない。「私も同じ気持ちです」となっては、弁護士ではない。こちらは解決のためのプロフェッショナルだから。弁護士が相談者と一緒になって、浮いたり沈んだりしていたら、相談者は不安を覚えて相談など出来ない。
相談を受けるときは、要件事実を意識しながら言葉のキャッチボールをする。
頭ごなしに、「それは間違い」「あんたが悪い」と叱りつけてしまうのが一番悪い相談態度だ。
相談を受けたとき、分からないことは分からない、調査をしますと答えたほうが良い。誠実な態度をとって依頼を断られたら、これはどうせ先々で依頼者と大きなトラブルになる可能性があった相談だと考え直して、むしろラッキーだと思ったほうが良い。
これには、私も、まったく同感です。
解決策を選ぶのは依頼者であり、弁護士は、本人の選択した人生をお手伝いする、そのガイドしかできない。
私は、これに賛成しつつ、弁護士は、いくつかのプランを示しつつ、私はこのうちこのプラン(方針)を勧めると、までは言うべきだと考えています。もちろん、押しつけにならないような注意(配慮)は必要です。いくつかのプランを併列的にならべて、「はい、このなかから勝手に選んでください」というのでは、あまりに不親切だと考えています。
そして、受任率が低い若手弁護士には、笑顔を見せて相談者を安心させる、大きな声で自信たっぷりに言うといった役者を演じることも弁護士には必要なんだと、そうアドバイスしています。
弁護士にとって、準備書面とは、裁判官に向けたラブレターだ。読んでもらわないといけない。そして、読んでこちらに好意をもってもらわないといけない。そのためには、魅力的かつ説得的な法律論を分かりやすく展開しなければいけない。大切なこと、注目してほしいことは繰り返し述べて裁判官の印象に残るようにする。
論理的緻密さと日本語としての分かりやすさは、不可欠の要素だ。
最終準備書面は、尋問の終わった当日に、少なくとも要点のメモくらいは残しておく。証言調書ができあがってからでは遅すぎるし、忘れてしまって時間の浪費だ。
著者は依頼者の期待を裏切ることをすすめています。ええっ、なんという、とんでもないことを著者は言っている・・・、と思ったら、まっとうなことを著者は言っているのでした。つまり、依頼者(お客)の固定観念を裏切ることをすすめているのです。たとえば、依頼者の自宅を訪問するとか、事件が終了して3ヶ月後に電話を入れて、様子を聞いてみるとか、気楽に出張相談をしてみるとか・・・。なーるほど、ですね。
著者は大学生と交流会をしたとき、今まで一番つらかった事件は何ですかと問われて、「忘れました」と答えたそうです。素晴らしい答えです。そういえば、私も、いやなことは「忘れました」という感じで70歳になるまで生きてきましたし、生きています。
引き受けたくない人は、どんな人ですかという問いに対しては、「できるだけ安く依頼しようと考えている人」と著者は回答しました。まったく同感です。弁護士は典型的な頭脳労働ですから、あまりに値切ってほしくないと従前より考えてきましたし、実行しています。
二つのアンバランスに陥らないようにする。自分のやりたいこと、社会貢献活動にばかり時間と労力をとられて、日常業務に支障をきたしてはまずい。逆に、日常業務に迫られて、人権活動などがおろそかになってもいけない。
私にとっても、永遠の課題です。
実務・雑務を一人でかかえこまない。ストレスフルな弁護士生活を乗り切るには、仕事のことをまったく忘れることのできる自分の時間と趣味をもち、自分自身が煮詰まらないように自己管理することが大切。
いやはや、とてもとても実践的な本なので、一気に読了しました。弁護士としてのスキルアップを考えている人に超おすすめの本です。小型本なので、カバンのなかに入れてスキ間時間に読んでみてください。
(2019年8月刊。1800円+税)

2019年7月11日

刑事弁護人

(霧山昴)
著者 亀石 倫子・新田 匡央 、 出版  講談社現代新書

GPSは憲法の保障する重要な法益を侵害するものであるから強制捜査である。
任意捜査ではないので、裁判所の令状がなければ許されない。そのため、GPS捜査をしたいのなら、憲法や刑事訴訟法に適合する立法措置が講じられることが望ましい。
画期的な最高裁判決でした。2017年3月15日のことです。その主任弁護人だった亀石倫子(みちこ)弁護士とライターの共作の本です。私は亀石弁護士の講演も聞いたことがありますし、そのレポートも読んでいましたので、この本に書かれていることの多くは知っていましたが、何度よんでも、すばらしい取り組みです。心から拍手を送ります。
著者以外の弁護団のメンバーのキャラクターと能力描写もまた、見事なものです。若手弁護士の英知を結集すると、こんなにも素晴らしいことができるのかと驚嘆します。
この本を読んで初めて知ったのは、先輩弁護士にアドバイスを求め、それを生かしていることです。その一人が刑事弁護であまりにも有名な後藤貞人弁護士です。後藤弁護士も、最高裁で5回ほど弁論したことがあるとはいうものの、大法廷で弁論したことはないといいます。
私も、もちろんありません。一般民事裁判に関して、小法廷で2回だけ口頭弁論しました。それなのに、著者たちは、大法廷で弁論したのですから、それだけでも大変な偉業です。後藤弁護士は「一生に一度の大舞台なんだから、楽しんで」と励ましました。しかし、それだけではありません。
後藤弁護士は「ピチョッとつけたらアカンやろ」と一言いったのでした。この言葉を受けて、弁護団は考えました。GPSを車につけるというのは、警察官が車に張りついているのと同じではないか。GPS捜査とは、警察官による私生活への監視を意味する・・・。
すごいですね。先輩弁護士の一言を見事に理論化したのです。
もう一人は、私もよく知っている園尾隆司弁護士(最高裁元総務局長)です。園尾弁護士のほうが興味をもって大阪の著者たちと面談することになったそうです。
園尾弁護士は、次のようにアドバイスしました。これまた大切なことです。
「結論はもう決まっている。弁論はセレモニーでしかない。だから、開き直って、楽しく、自由にやること」
「言いたいことは三つにしぼる」
「大阪の若手弁護士たちが、何を言うのか、最高裁の裁判官たちはワクワクして待っているので、ぜひ楽しませてやってほしい。そのためには、自分たちの言葉で語ること」
「大切なのは、どう感情を共有するか、だ。ワクワクしながら、楽しんでやれば、裁判官も何かが伝わるはず・・・」
さすがのアドバイスですね。
弁護団は発言の原稿をつくり、猛練習したのですが、これまた、すごいのです。
15人の最高裁の裁判官の顔写真を拡大して部屋の壁に貼り、写真に向かって話す練習を繰り返しました。そして、晴れ舞台のためにスーツを新調し、着慣れするように1週間前から着ました。鏡の前に立って、話すときの姿勢まで入念にチェック。当日弁論しない残る弁護団のメンバーが弁論の口調が速すぎる、声が低い、など、批判して是正していきます。
園尾弁護士は、裁判官の表情について、「スフィンクスのように無表情である訓練をしているので、どんなことにも動揺しないように」とアドバイスしました。まさしく的確なアドバイスです。
弁護団の組み方、弁護団内部の仕事の分担、議論のすすめ方、相互点検など、本当に工夫されています。見習いたいものです。
そして、GPS捜査の実際を実地に体験しているのもすごいです。
刑事弁護のすすめ方について大いに学べる教科書だと思いました。
ご一読を強くおすすめします。
(2019年6月刊。920円+税)

2019年7月 9日

人間に光あれ

(霧山昴)
著者 中山 武敏 、 出版  花伝社

著者と面識はありませんが、その名前は前から知っていました。狭山事件再審申立の弁護団長として高名ですし、東京大空襲訴訟原告弁護団の代表でもあります。この事件は作家の早乙女勝元さんとの出会いによるところが大きいようで、この本によると、どうやら隣あわせに住んでいるようです。そして、重慶大爆撃訴訟にかかわり、また植村記者の裁判にも弁護団長としてがんばっています。
著者は司法修習23期ですので、宇都宮健児弁護士と同期で、宇都宮弁護士が東京都知事選挙に3回立候補したとき、その選対本部長として支えました。
著者は1944年に福岡県直方市で生まれました。いわゆる部落出身です。父親は久留米の草野出身で、部落解放運動の闘士でした。お金がなくて、中学校の修学旅行に参加できず、高校は定時制高校です。そして、上京し、住み込みの新聞配達して中央大学法学部の夜間部に入学しました。
司法試験受験のための研究室の事務員として働きながら勉強して、卒業の年に司法試験に合格したのです。司法修習23期でした。そこで、宇都宮健児、木村達也、澤藤統一郎、梓澤和幸、久保利英明、仙谷由人と知り合ったのでした。修了式を混乱させたとして阪口徳雄クラス委員長が最高裁から罷免されたのに抗議し、著者は1年間は弁護士活動を始めませんでした。
著者の母親は、38年間、廃品回収の仕事を続けたとのこと。すごいです。そして、母親のことは、『ばあちゃんのリヤカー』という本になっているそうです。
著者は弱者の人権を守って、国家権力と果敢にたたかう弁護士として生きてきました。
いま、弁護士を志願する学生が減少したようで、私も大変寂しい思いをしています。大企業や大金持ちに奉仕して金もうけに走る弁護士ばかりではなく、人権と社会正義を守って、そこに生き甲斐を見出す若い人をもっともっと育てたいものです。
280頁、2000円の価値ある本です。一人でも多くの法学部生やロースクール生に読んでほしいものです。
(2019年3月刊。2000円+税)

2019年6月19日

本物の再建弁護士の道を求めて

(霧山昴)
著者 村松 謙一 、 出版  商事法務

今度、またテレビ番組になるそうですね。倒産しかかった企業をたて直す仕事を一生の仕事として誠心誠意とり組んでいる著者の姿勢はすばらしいものです。
企業が倒産して救いがないと思うと、自死を選んでしまう経営者が昔も今も少なくありません。そこへ光明を持ち込み、自死を阻止するのです。
そんな社長に「がんばれ」と声はかけない。「あなたは、これまでさんざん苦しんだし、がんばってきた。もうがんばらなくていいよ。少し休みなさい。あとは、専門家である私たち弁護士があなたの重石を背負うから・・・」
経営者の心の重石を軽くしてあげられるように経営者に寄りそい、ただ、黙って共感する。それだけでも暗い闇のなかににる経営者はどんなにか救われることか・・・。
再建弁護士は、債権者をふくむ利害関係人側の視点に立たないと成り立たない。
会社再建は、駆け引きや条件闘争の場ではなく、各債権者の主張する権利が正当であると認めたうえで、そのうえで債権弁護士自らが極めた「正義」としての企業再建に導く指導者である必要がある。
企業再建において闘うべき相手は金融機関ではなく、「倒産という悪魔」なのである。
企業再建に「債権カット」が必要不可欠なのは、倒産の危機を招来している主要な原因の一つに過剰債務問題があるから。単なる先送り的な「リ・スケジュール」では失敗してしまう。
売上をあえて減少させる勇気をもつ。返済は売上げするものでは。利益至上主義への精神的変革が必要だ。嘘をついてまで資金調達をしてはいけない。
さすがに豊富な再建弁護士の体験が分かりやすく教訓化されていて、後進にも大いに役立つ内容となっています。まさしく企業再建は人生救済のドラマだと実感させられます。
たくさんの生きた格言も紹介されていて、ハッとさせられます。
(2019年1月刊。2800円+税)

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