弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2025年8月 5日
検証・安保法制10年目の真相
司法
(霧山昴)
著者 長谷部 恭男 ・棚橋 桂介 ・豊 秀一 、 出版 朝日新書
安保法制は憲法違反だ。このことを司法の場ではっきりさせようという裁判が全国各地で提起されました。私も福岡訴訟に少しばかり関わりました。
全国で25件の裁判が起こされ、原告は7700人、弁護士も1700人が代理人となった大型訴訟です。その中心的役割を担ったのは長崎出身の寺井一弘弁護士(故人)でした。日弁連事務総長、法テラス理事長もつとめています。
安保法制が憲法違反だということは、憲法学者、元法制局長官そして、元最高裁長官まで声をそろえて一致しています。山口繁、元最高裁長官は、朝日新聞のインタビューにこたえて、「少なくとも、集団的自衛権の行使を認める立法は違憲と言わねばならない」と明快に語りました。「違憲の疑いがある」という、あいまいな表現ではなかったのです。
国会審議のなかで、呼ばれた3人の憲法学者が、全員、安保法制は憲法違反だと断言しました。早稲田大学の長谷部恭男・笹田栄司、慶応大学の小林節名誉教授の3人です。内閣法制局の元長官として、宮崎礼壹(れいいち)、ほかに阪田雅裕氏なども違憲だと明確でした。
ほとんどの裁判所が憲法判断を示さなかったなかで、唯一、憲法判断したのが仙台高裁の小林久起(ひさき)裁判長でした。2023年12月5日の判決です。残念なことに、小林判事は定年も間近でしたが、翌2024年4月20日、突然に病死(致死性不整脈)されました。
集団的自衛権の行使を「部分的」に許容したとされる安保法制の合憲性について、中身に踏み込んで判断したのです。ところが、判決が原告の請求(控訴)を棄却するものであったことから、メディアは、安保法制の合憲性を認めたものとして報道されました。
しかし、長谷部教授は、単純にそう読んではいけないと指摘し、その理由を詳しく展開しているのが、この新書です。長谷部教授の詳しい解説の結論は、集団的自衛権を行使するのは、実のところほとんど不可能だということです。
他国が武力攻撃されたとき、それが日本国民の生命・自由・幸福追求に対する権利が根底から覆される場合、この場合だけが、集団的自衛権の行使が認められるものであるとし、その条件が厳格に守られる限り、明白に違憲とまでは言えない、ということ。しかし、実際問題として、この条件は、まず考えられないから、実質的には、集団的自衛権の行使は認められないと判決は言っているということ。そこで、集団的自衛権の行使を可能にする自衛隊法76条1項2号は、法令として意味をなさない、死んでいる、死文だ、使おうと思っても使えない条文だと小林判決は言っている。
したがって、長谷部教授は、小林判決は、原告団が求めたものは得られていると評価します。なので、この仙台高裁判決について、原告団が上告しないと決断したことも長谷部教授は是認し、同調しています。
小林判決の前、長谷部教授が法廷で証言するについては、裁判所のほうから訊きたいという声が上がったというのも異例のことでした。そのうえ、仙台高裁では小林裁判長は長谷部教授に対して、なんと30分間も延々と補充尋問したというのです。それは、先行する棚橋弁護士の尋問が下手で、ポイントを外していたからというものではありません。
長谷部教授を証人として採用する前、小林裁判長は、「この裁判では、司法の領域なのか政治の領域なのかについても争点となっているし...、裁判は原則的に口頭主義であって広く傍聴人も聞いてもらうという意義もあるから」と言明したとのことです。これはすごいですね。
小林裁判長は、我が国の国民が存立の危機に陥って、国民の生命・自由・幸福追求の権利が根底から覆されるという恐れが、他国への攻撃によって起こるということは、どうも考えられないと思ったのではないか...。
棚橋弁護士は、法廷にいて小林裁判長が判決文の要旨を読み上げるのを聞いていた。すると、小林裁判長は、傍聴人に語りかけるような感じで読み上げていったが、なかでも肝心なところは、特にゆっくり声を張り上げていたことを紹介しています。なるほど、小林裁判長は、傍聴人(記者も来ています)を通して、世間にアピールしようとしたんですね...。
そこで、長谷部教授は、この小林判決の全文に目を通したうえで、「裁判官として精一杯の判断をしたという印象だ」と朝日新聞のインタビューに答え、さらに、「政府にクギを刺した判決だ」ともコメントしています。政府に対して、厳格な条件を守りなさいよと言っている判決だというのです。
日本に対して本気で武力攻撃するつもりなら、弾道ミサイルを撃つような効率の悪い真似をするよりも、日本海岸の原発(原子力発電所)を二つ三つ壊してしまえば、それでもう日本はおしまい。これは長谷部教授の指摘ですが、まったく、そのとおりです。
小林判決をまさしく深堀しています。少しばかり難しい展開もありますが、今の司法を取り巻く状況のなかで、小林裁判長はギリギリの線まで考え、考え抜いたのではないか。この悩み事をふっ切って書いた判決だということのようで、私としては、もっと世間に分かりやすく、ズバッと、違憲だと断じてほしかったのですが...。
(2025年7月刊。990円)