弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

司法

2020年12月 2日

弁護士の夢のカタチ


(霧山昴)
著者 日弁連若手法曹サポートセンター 、 出版 安曇出版

弁護士になることがゴールではない。どんな弁護士になるか、夢が大切。
まことにそのとおりです。今は、どんな弁護士になるのか、夢を語るときではない。それよりも少しでも条文を覚え、法解釈を身につけるのか先決だとして、社会に目をふさいで受験にいそしみ、弁護士になったら前に抱いていたはずの夢なんか、まるで忘れてしまって金もうけにいそしむようになってしまった人を身近に何人も見聞しました。
夢ばかりみていて、夢想の世界に浸っていたら、もちろん合格は遠ざかってしまうわけですが、たまには夢をみながら、緊張関係をもちつつ勉強に励んだほうが、弁護士になってからも視野が広がる。このことを私の体験を通して実感します。
この本は2012年11月発刊ですから、8年前の本なので、少し古くなっているところがありますが、大切なところは変わりません。
それにしてもブラジルの弁護士の話には驚きました。
ブラジルは人口1億9千万人で、67万人もの弁護士がいる。これは、アメリカとインドに次いで多い。以前は、大学を出たら弁護士になれたり、州ごとに弁護士試験があったりしていた。今では全国統一試験が年に3回ある。日本と同じように受験予備校がある。ブラジルの大学法学部では、4年生と5年生のとき、実務研修が義務づけられていて、大学に設置されている法律事務所で市民から相談を受け、訴状などを起案する。
ところで、ブラジルの裁判は解決まで5年かかる。弁護士志望は公務員より少ない。公務員のほうが弁護士より給料もよいし、社会的信用も高い。
ええっ、日本とかなり違いますね...。
国会議員になった人、吉本興業やユニクロ、そして病院でインハウスローヤーとして活動している人...。そして人材紹介業にいそしんでいる人、国際人権活動に邁進している人など、さまざまな分野で活動している弁護士たちの一口コメントには興味深いものがあります。
この本の前半100頁ほどは、イソ弁が独立しようとするとき、何を考え、どうしたらよいのかのガイダンスとなっています。私自身も3年あまりで、6人目の弁護士だった集団事務所を独立して開業しました。とても不安な出発でしたが、まったく大正解でした。やはり、ニーズあるところで、地道に実績づくりを心がけたのが良かったと思います。
何事も焦ってはいけません。初心忘るべからずを思い出させてくれる本でした。
(2012年11月刊。2000円+税)

2020年11月25日

安保法制違憲訴訟


(霧山昴)
著者 寺井 和弘、伊藤 真 、 出版 日本評論社

安倍前首相は健康問題を理由として、ある日突然、辞職を表明しましたが、なんとなんと、入院することもなくピンピンしていて、今では再々登板を狙っていると伝えられています。病気は政権を無責任に投げ出す口実でしかなかったわけです。それほど元気なら、モリ・カケそしてアベノマスクの500億円ムダづかいをきちんと説明してもらわなければなりません。決してあいまいにしていいものではないと思います。前政権の官房長官をつとめていた菅首相は安倍政権を継承するというのですから、ましてやモリ・カケ問題の解明を責任もってやってほしいものです。
この本は、安倍政権の最大の間違いである安保法制が日本国憲法に反していることを裁判で明らかにしようとしている弁護士たちの労作です。
福岡をふくめて全国22の裁判所で25件の裁判(原告は総数8000人)が進行中ですが、すでに札幌地裁や東京地裁など7つの一審判決が出ています。ところが、すべて原告の請求を棄却してしまいました。
この7つの判決は、原告らの被害にまともに向きあうことなく、軍事や平和についての専門的知見に対して謙虚に耳を傾けようともせず、そして、裁判所に課せられている憲法価値を擁護する者としての自覚がまったく欠けていると言わざるをえません。残念です。
安倍政権の下では、公文書を改ざんしてまで上司を通じて安倍首相夫妻を守ろうとした官僚の忖度(そんたく)が横行しましたが、それが裁判官まで感染したようです。裁判官としての誇り、プロ意識、職業倫理を疑わざるをえない判決のオンパレードでした。
福岡地裁にも、原告3人の話を聞いただけで証人申請の全部を却下してしまうなど、信じられない裁判官たちがいます。原告の忌避申立は当然ですが、仲間意識からそれを却下してしまう裁判官ばかりなのに、思わず涙が出そうになります。
裁判官は、人権と憲法を保障するという崇高な目的のために権力を行使できるという希有な職業です。なので、強い独立性と身分保障がされていますし、高額の給与が支給されているのです。そのことを自覚していない裁判官に出会うと、正直いってガッカリとしか言いようがありません。
安保法制法が実行されたときに国民が受ける侵害は、「漠然とした不安にすぎない」。
本気なのかと目を疑う判決文です。
「わが国が戦争とテロ行為に直面する危険性が現実化しているとまでは認められない」とも判断していますが、現実に起きていないから、これからも起きないといっているのと同じです。私も、もちろん、そうあってほしいと念じてはいますが、現実はその「思い」を踏みにじる危険が客観的に、かつ具体的に迫っていると考えるべきだと思うのです。
「福島第一原発」だって、メルトダウンが大事故にならなかったのは、本当に偶然の幸運だったわけです。なのに、偶然おきなかったのをおきるはずがないと決めつけているのと同じこと。それではいけません。
「いま」の裁判所は「昔」と明らかに変わってしまった。これは本書での指摘ですが、「いま」は現在だとしても、ここでいう「昔」とは、いったい、いつのことなのでしょうか...。
裁判所の判決が政治部門への配慮がすぎるうえ、司法権の独立を疑わせるような判決や決定がためらいもなく出されている。それは、あたかも「憲法の番人」としての司法の役割を放棄し、「政権の番人」になり下がってしまったかのよう...。
でもでも、今でも少ないながらも、憲法価値をなんとかまもろうと努力している裁判官がいるのも事実です。そんな裁判官を励まし、きちんと憲法にかなった判決を書いてもらう、そんな努力を怠るわけにはいきません。
この本には、かの我妻栄の講演(1971年10月)が紹介されています。裁判所は政治に安易に迎合してはいけないと強調したのでした。まさしく、そのとおりです。
(2020年11月刊。1200円+税)

2020年10月30日

塀の中の事情


(霧山昴)
著者 清田 浩司 、 出版 平凡社新書

日本全国の刑務所の実情をつぶさに歩いて調査した結果を知らせてくれる本です。
現在(2019年4月)、全国に61人の刑務所、6の少年刑務所がある。入所者は男性4万156人、女性3564人。ここ数年は4万人台で推移している。8万人台になるのでは...と心配されたこともあったが、半減した。ただ、男性は減ったものの、女性はそれほど減ってはいないため、男性用が女性用に切り替えられたところもある。
窃盗(万引きなど...)と薬物事犯(覚せい剤など...)は、再犯率が高い。また、60歳以上の受刑者がすでに2割をこえている。
外国人受刑者は増えたが、現在は増加傾向はストップした。
収容者の高齢化がすすみ、いまや刑務所は介護施設状態にある。
収容者2600人という日本最大の府中刑務所の受刑者の平均年齢は49歳、4人に1人が60歳以上。刑務所のなかでも「老老介護」がすすんでいる。70代の認知症受刑者を同室の受刑者が介護している。
高齢の受刑者の「癒し」のためにカメが飼われている刑務所(尾道)もある。
LB級と呼ばれる受刑者は、長期刑(L)であり、再犯の可能性が高い(B)ということ。
いま、無期懲役は、事実上、終身刑に近い。無期懲役囚のなかに「マル特無期」というのは、死刑が求刑され、判決で無期懲役が宣告されたというケース。たとえば、オウム真理教の林郁夫元被告。
日本にも塀のない先進的な刑務所があるのですね...。四国・今治市にある大井造船作業場がその一つです。ここには30人ほどの受刑者が一般社会人である行員とともに働いている。カギも縄も何もないので、逃亡者が出てしまう(2018年4月)のは、仕方がないのです。そして、責任まかされて働いているうちに実社会でもフツーに生きていけるようになりました。しかも、再犯率は12%ほどに低下した。
網走刑務所には、「二見ヶ岡農場」という解放的な農場があります。その広さは、東京ドームの76個分というのです。すごいですね...。
刑務所内の処遇改善は法の求めるところでもあります。刑務所の職員も大変でしょうが、再犯をなるべく減らすためにも人間らしい処遇が保障されるべきだと、読みながら、つくづく思いました。
(2020年5月刊。1200円+税)

2020年10月22日

判事がメガネをはずすとき


(霧山昴)
著者 千葉 勝美 、 出版 日本評論社

典型的なエリート裁判官である著者の趣味の一つが野鳥の写真撮影なんですが、その出来映えは、たいしたもので、日本野鳥の会のカレンダーに何度も採用されているとのこと。たしかにすごいショットのカラー写真がカットで入っています。
しかし、厳冬期の野外での野鳥撮影だなんて、読んでいるだけでブルブル、身も凍えてしまいます。
冬の夜明け前の河原にブラインド(床のない簡易テント)を張り、重い三脚にすえつけた大砲のような600ミリ超望遠レンズだけを外に出し、夜明け前からじっと野鳥を待つ。ブラインドのなかにいても、寒さが足元からしんしんと全身に伝わってくる。ダウンを身にまとい、カイロを下着に貼りつけていても、吐く息の白さが、外気温が氷点下を下回っていることを視覚的に自覚させる。南極越冬隊が着るために開発された化学繊維で空気を取り込んで寒さを遮断する「魔法の下着」を着て、痛いほど冷たくなる足の指先を暖めるため、雪靴の中に使い捨てカイロを敷くが効き目はない。
身体に悪い趣味だ。ひどい寒さにじっと耐え続けるだけでなく、シャッターを押す瞬間は、胸の鼓動が早くなり、緊張感は高まり、精神的にも好ましくない状態になる。さまざまな苦しみ、悩みの連続。ただ、それでも、それが少しもストレスにはならない。
まあ、それは、そうなんでしょうね。強制的にやらされているのではなく、あくまで、自分が好きでやっていることなんですから...。
趣味は、このほか、バラの栽培もありますし、中島みゆきもあるそうです。
裁判官は、鳥類にたとえればフクロウに匹敵する希少種。一般の人々は、実像を身近に知ることもなく、裁判官とは何者か、あまり知られていない。
まさしく、そのとおりです。著者より数年は後輩になる私にしても、裁判官の私生活なるものはほとんど知りませんし、聞いたこともありません。
かなり前に、裁判官は日本野鳥の会に入ることだってためらっているんだって...と聞いたことがあり、ええっ、そ、そんな...と驚きました。どうやら、著者もその一人だったようですが、著者くらいエリートだと、その点は心配しないですむのかもしれません。なにしろ最高裁の局長を経て、最高裁判官を6年8ヶ月もつとめたほどですから。
大学生のころ、著者は平澤勝栄大臣と一緒にセツルメント法相に所属していました。
裁判官としては、紛争当事者、犯罪の加害者と被害者、それぞれの悩みや人間の弱さを分かろうとする姿勢が大切だ。これは、当事者の気持ちに同調する、あるいは同感するというのではなく、心から理解するということ。
この点はまったく異論がありませんが、ややもすると、理屈を先に立てて、その要件(型)にあてはめ、あてはまらないものはどんどん切り捨てていくというは発想が強い裁判官が多いという気がしてなりません。
私は、少し前に福岡地裁の若いエリート裁判官に対して、一般民事裁判で、よほど忌避しようかと思ったこともあります。ぺらぺらと要件事実は話すのですが、事案の本質とか解決の筋道を真剣に考え探ろうとする姿勢がまったくなく、涙が出てくるほど悲しく、腹立たしい思いをしたことを今もはっきり覚えています。
これでは裁判と裁判官に対して信頼できません。裁判の経験者のうち18%しか、裁判をやってよかったと回答しなかったというのもよく分かります。裁判の利用件数が増えないのは、決して弁護士だけの責任ではありません。
(2020年8月刊。2100円+税)

2020年10月20日

弁護士になった「その先」のこと


(霧山昴)
著者 中村 直人、山田 和彦 、 出版 商事法務

ビジネス(企業法務)弁護士として名高い著者が、所内研修で若手弁護士に話した内容がそのまま本になっていますので、すらすら読めて、しかも大変面白く、実践的に約に立つ内容のオンパレードです。
「企業法務の弁護士は、大半がつまらない弁護士である」、なんてことも書かれています。問われたことしか答えない、「それは経営マタ―だから、これ以上は、そっちで考えて」と知らん顔をして逃げる弁護士を指しているようです。
企業のほうからみると、大半の企業法務の弁護士は物足りない。上場会社の大半は、今の弁護士に満足していない。彼らは、常に優れた弁護士を探している。なーるほど、ですね。
昔は法務部に30年もつとめているという猛者(もさ)がいたが、今では法務担当も4年から5年でどんどん変わっていく。なので、新しい弁護士も喰い込む余地があるというわけです。
評価の低い弁護士は、結論を言わない、ムダにタイムチャージをつけて請求してくる。自己保身ばかり気にする、お金くれとうるさい...。
高い評価の弁護士は、仕事は速く、答えを明快に言い、その理由を説明してくれる。目からウロコの言葉をもっている。これまた、なーるほど、ですね。
法律論点は、事実関係の調査のあとに考えること。先に理屈を考えて、それに事実をあわせてはいけない。それでは説得力のない机上の空論になる。企業法務は、しばしばそれをやってしまう。頭のいい人の弱点。
血の通っていない主張は裁判官の心を打たない。先に法律ありきっていうのは、絶対にダメ。
楽しく仕事ができる弁護士が、一番良い弁護士。
弁護士、誰もが1件や2件くらい、気の重い事件をかかえている。いやだなあと思って逃げていると、犬と一緒で、追いかけられる。なので、気の重い事件は後まわしにしない。依頼者には正直に、そして正義に反する仕事はしない。
勝ったときには、しっかり喜ぶ。
毎日にスケジュールも中長期的なスケジュールも、自分で管理する。自己決定権をもつことが幸せの源泉。
会議は2時間以内。
書面を書き出したら一気に書く。途中で別の仕事をしない。文章が途切れてしまう。
起案するのは若手。それに先輩が深削する。そうやって学ぶ、
大部屋だと電話の受けこたえまで自然と身につく。
私よりひとまわり年下のベテラン弁護士ですが、さすがビジネス弁護士のトップに立つだけのことはある話の内容で、大変共感もし、勉強にもなりました。
(2020年7月刊。2000円+税)

2020年10月15日

ナリ検


(霧山昴)
著者 市川 寛 、 出版 日本評論社

オビに木谷明・元東京高裁判事が「ともかく面白い」と推薦の辞を書いていますが、ウソではありません。面白く読ませます。私は車中と喫茶店で一気読みしました。ええーっ、こんな次席検事なんて、いるはずないだろ...と、内心つぶやきながらも、青臭い次席検事の「挑戦」は、ずっと続いて、どうにも目が離せないのです。
事件は警察の無理な(杜撰)捜査を検察官が他の事件で多忙なことから、うのみにした冤罪もの。ところが、検察は起訴した以上は有罪に持ち込まなければならない。下手に無罪判決でも出ようものなら、世論から厳しく叩かれてしまう。
主人公は検事長の息子として育ち、いったんは父親のような検察官になるのに抵抗があって弁護士になるものの、10年たって検察官に転身。検察庁を内部から変えようという意気込みです。でも、組織として動く検察庁の内部で日々あつれきが生じます。当然です...。
弁護士にとって無罪判決は大きなお手柄の一つ。それに対して、検察官は毒づく。
「犯罪者を野に放って、そんなにうれしいのか。あなたに真の正義感はあるのか...」
無罪判決は、検察を揺るがす一大事。でも、それだけで起訴したり公判に立会した検事が処分されたり、出世が止まるわけではない。ただ、愚かな起訴をしたり、法廷で馬鹿げた立証をした検事の悪評は、ただちに全国の検事に知れわたる。そうならないように、つまり保身のために検事は無罪判決を避けようとする。
無罪判決が出たら、地検は控訴審議をし、検事正までの了解を得て、高検の了解を得る必要がある。このとき、警察は、常に暴走する機関であるが、その暴走のすべてに目くじらを立てて叩いてはいけない。警察が動かなくなるし、動けない。犯罪とたたかうためには、警察にある程度の行き過ぎは必要悪だ。検察庁は、こんな理屈で警察の蛮行をかばい続けている。
舞台となったS検察庁とは、どうやら佐賀のことらしいです。そして、福岡もチラッとだけ登場してきます。検察官だった著者の実体験をもとにして、体験者でなければ書けない描写がいくつもあり、勉強になりました。一読に値する本です。
ナリ検とは聞いたことがない言葉ですが、ヤメ検の反対で、弁護士から検察官になった人を指す言葉のようです。
(2020年8月刊。1700円+税)

2020年10月13日

日本の屋根に人権の旗を


(霧山昴)
著者 岩崎 功 、 出版 信毎書籍出版センター

長野県上田市の弁護士(17期)が、50年あまりの弁護士生活を振り返った本です。著者が折々に書いていたものが集大成されています。なんといっても圧巻は辰野(たつの)事件を回想した一章です。
辰野事件とは1952年4月30日に辰野駅前派出所など5ヶ所が時限発火式ダイナマイトなどで襲撃されたというもの。警察官が爆破状況を目撃していて、「導火線がシューシューと音を立てて燃えていた」と証言したのが有罪の有力な証拠の一つとなった。
しかし、発破工事にあたっている労働者は、導火線は「シューシュー」なんて音は立てないし、本当だったら、その燃えカスが現場に残っているはずだ、という。しかし、現場に燃えカスは残っていなかったから、警察官の証言はウソだった。
もう一つ、読売新聞の記者が事件直後に派出所内の写真を撮って新聞記事にのせたが、その写真では派出所には何も散乱していなかった。ところが、あとで撮った現場の検証写真にはマキが散乱している。
著者は東京高裁で、その記事を書いた読売新聞の記者を尋問した。記者は写真のとおりの状況だったと当然のことながら証言する。ということは、読売新聞の記者が写真を撮ったあと、現場検証があった時間までに、捜査本部側の誰かが室内にマキを散乱させたということになる。これは明らかに、犯罪のデッチ上げの常套手段だ。それでも裁判所はこのインチキを見逃してやった。
ひどいものです。著者は次のようにコメントしています。
弁護士は、科学者の意見や体験者の見聞などに謙虚に耳を傾け、現実の認識力を高める不断の努力が求められる。まったく、そのとおりです。
そして、控訴審でのたたかいをすすめるため、8日間の弁護団合宿が敢行されました。
いやはや、平日に弁護士が8日間も事務所を留守にして一つの事件のために合宿するなんて、とんでもないですよね...。ちょっと考えられません。今でもそんな弁護団合宿って、やられているのでしょうか...。
1972年12月1日、東京高裁で無罪判決が出ました。中野次雄裁判長は自白の信用性を細かく否定したが、警察による証拠のデッチ上げまでは踏み込まなかった。恐らく裁判官に勇気がなかったのです。いやあ、それにしてもぶっ通し8日間の弁護団合宿なんて、私には想像すらできません。
次の千曲バスの無期限ストの話にも刮目(かつもく)しました。
1988年1月のことです。35日間も労組によるストライキは続き、雇用確保とバス路線維持の二つの要求がみたされて解決したというのですから、すごいです。
このとき、株主総会で新株全部を第三者に譲渡しようとしたのを裁判所の仮処分決定で止めたというのですが、なんと裁判所は当日の朝8時半に手書きの仮処分決定書を渡したとのこと。いやはや、このころは、そんなことが出来ていたのですね...。
さらに税金裁判。1970年前後は、全国的にも、長野県でも、いくつもの税金裁判がたたかわれました。私も、いくつか福岡地裁で担当しました。
税務署は、とかく問答無用式に、具体的な理由を明らかにすることなく一方的に課税してきます。ちょうど、学術会議の推薦した学者6人の任命を拒否したのに、その理由を何も明らかにしようとしなかったのと同じです。申告納税制度の根幹を日本の税務署は守ろうとしていません。とはいえ、税金裁判は激減しているのではないでしょうか...。
長野県には、長野、松本、上田、諏訪、飯田、伊那と、いくつもの地域に分かれ、独自の生活文化圏を形成している。なので、「信州合衆国」と呼ばれている。
福岡県でも筑後・筑豊と北収集は文化圏が完全に異なります。それでも「信州合衆国」ほどではありませんよね...。
山の入会(いりあい)権をめぐる裁判も面白い展開でした。
戒能通孝教授は、未解放部落の人たちは生活共同体が違うので、入会権利集団は入らないと、本に書いている。それでは具合いが悪い。そこで、渡辺洋三教授と一緒になって研究をすすめ、生活共同体にもいろいろあることをつかみ、未解放部落にも入会権は及ぶと主張した。これを裁判所は採用してくれた。
著者は17期司法修習生。青法協会員を中心として同期の3分の1ほどが加入する「いしずえ」会を結成し、機関誌「いしずえ」を発行している。2016年4月に53号を発行しています。その活動の息の長さには圧倒されます。
著者が「いしずえ」に投稿した味わい深い随想も収録されていて、読ませます。
50年あまりの弁護士生活が380頁の本にまとまっていて、著者が弁護士としてとても豊かな人生を送ってこられたことに心より敬意を表します。実は、この本はパートⅡでして、パートⅠは1983年に発行されていて、私は翌84年に読んでいます。
著者より贈呈していただき、休日に車中と喫茶店でじっくり一気に読ませていただきました。ありがとうございます。今後ますますのご健筆、ご健勝を祈念します。
(2020年8月刊。2000円+税)

2020年10月 9日

生きている裁判官


(霧山昴)
著者 佐木 隆三 、 出版 中央公論社

東大法学部卒で成績抜群だった裁判官が、東京地裁で違憲判決を主導したので、和歌山地裁へ転勤。そこで戸別訪問禁止は憲法違反なので無罪とするという画期的な判決を出した。すると、岐阜地裁そして福井地裁に転勤。そこで福井県の青少年保護条例は憲法違反の判決を出した。その後、横浜家裁へ異動し、次は浦和地裁川越支部に配属。さらに静岡地裁浜松支部へ飛ばされ、再び浦和地裁川越支部に配属された。
いやはや、意見判決を書いたりして、「上」からにらまれると、「シブからシブへ」ドサまわりさせられる見本のような歩みをした裁判官がいたのですね。この本では氏名が書かれていませんが、14期だというので調べてみると安倍晴彦判事のことでした。
最高裁判所というのは、このように露骨な人事差別をしたのです。それは俸給にも格差をつけるという、えげつなさでした。同期より5年半も昇給が遅れたというのですから、ひどいものです。
3人の裁判官が話し合うのを「合議(ごうぎ)する」と呼んでいて、かつては、それぞれ独自の立場で、事故の見解をはっきり主張して、議論していた。そして、ときどき「合議不適の裁判官がいる」と言われるほど、裁判官のなかに、他人の意見に耳を傾けない人がいた。
ところが、今では、若い判事補はあまりモノを言わなくなり、困っているとのこと。
なるほど、なんでも正解志向の世界で育ってきたエリートたちは、てっとり早く、「正解」を知りたがる。効率よく「正解」を知って、判決文を起案したいので、この事件の論点を早くつかみたいのだ...。
日本の司法は閉鎖的な体質をもっているので、その体質を改善する唯一の方法は市民が裁判に関心をもつことなのだ...。
そうなんです。なので、弁護士会による裁判官評価アンケートは大きな意義があると思います。
27年も前の本ですが、今にも生きる話ばかりなので、一気に読了しました。
(1993年6月刊。980円+税)

2020年9月13日

憧憬の眼差


(霧山昴)
著者 庭山 正一郎 、 出版 デジプロ

敬愛する先輩弁護士による、目をみはるばかりの、公演のための稽古中の俳優たちの写真です。
その出来ばえは、アマチュア写真家の域をはるかに超えていて、もうアマだとかプロだとか区別する意味がありません。ともかく、役者の表情が生き生きしているのに、ひたすら圧倒されてしまいます。しかも、そのキャプション(説明)がまたすばらしい。一緒に観劇しているような臨場感があります。
おいおい、こんな迫力ある写真をどうやって撮ったんだよ。「しっしっ」うるさいぞと注意されたんじゃないの...、思わず先輩に失礼な声をかけたくなるほど、役者の表情を真正面から、そして、ときに横顔をとらえています。
いやはや、これは最後方の観客席にいたら絶対に拝めないレベルです。山田洋次監督の撮った歌舞伎の映画をみている感がありました。ぐぐっと、カメラがせり出して撮るものですから、なまじの観客席にいるより、よほど迫真の舞台観劇ができるのです。
もちろん、実際に観客席にいたほうが、実のところ感動は何倍も深いとは思いますが...。
著者は5年ほど前に浅利慶太と知りあいになり、舞台稽古の見学を許され、さらには、自由に写真撮影することを認められたのでした。したがって、この写真はすべて公演稽古であって、本番そのものではありません。
劇は「思い出を売る男」、「オンディーヌ」、「アンチゴーヌ」、「アンドロマック」、「この生命、誰のもの」、「ミュージカル李香蘭」、「ミュージカル、ユタと不思議な仲間たち」、「夢から醒めた夢」です。
キャプションのついでに、著者が法廷で警視庁公安部の捜査官を尋問した話が紹介されています。鬼も黙ると言われた猛者(もさ)に自白を迫られたら、身に覚えがなくても自白してしまうだろうとされつつ、最後まで否認しとおした女性は警察署長の娘だったというのも腑に落ちました。「怖そうなおっさんも他愛のない一人の人間でしかないことを、彼女は自宅に遊びに来る警官をとおして子どものころからよく知っていたから」と書かれています。まことに、そのとおりなんですよね...。
大変すばらしい写真集、ありがとうございました。ますますのご活躍を祈念します。
(2020年9月刊。自費出版)

2020年9月12日

平湯真人詩文集(第四集)


(霧山昴)
著者 平湯 真人 、 出版 自費出版

久しくお会いしていませんが、私の敬愛する大先輩の法曹です。
一番はじめに出会ったのは、著者が福岡地裁柳川支部の支部長裁判官、36歳でした。ちなみに私は、このとき30歳。二人とも若かったのです...。
演説会の呼びかけのビラ配りが公選法違反として起訴された事件では、そんなことを禁止する公選法のほうが憲法違反なので無罪という画期的な判決をもらいました。そして、当時、大牟田・柳川で盛んであり、行き詰まって大きな社会問題となっていた頼母子講でも判決をもらったことを覚えています。市民サークルに入って合唱もされていました。裁判官にも市民的自由があるんだよね、と思いました。
この詩文集にも柳川が「柳川をうたう」というタイトルで登場しています。その一部を紹介します。
「秋の月は 筑後平野を照らす どろつくどんの賑わう街の辻々を それも静まった街の家々を 楠の梢を 穂を垂れた田甫を、クリークの柳を 月はやさしく照らし続ける
今朝もまた船を出す 柳川の海へ 有明の海へ」
違憲無罪判決を出したのも最高裁にとっては不都合だったのでしょう。青法協会員の裁判官として支部まわりをさせられたあと、早くに退官して東京で弁護士になってからは、少年問題を扱う弁護士として活躍してこられました。
「施設出身の友人たち」という詩の一部を紹介します。
「Cさん、あなたは施設を出て早く結婚されました 後輩の面倒もよくみて兄のように慕われ、やがて子どもが生まれ、奥さんに協力して育児に熱心だった
そのあなたが、『子どもに嫉妬してしまう。自分はこんなにしてもらわなかったと思ってしまう』と言うのを聞きました
私は黙っているばかりでした」
持病のパーキンソン病が、今おとなしくしてくれているので、読書が出来ているとのこと。この詩文集は、20代の第一詩集、50代の第二、第三詩集に次いで、70代も後半になって出した第四詩集なのです。
子どもの代弁支援のためには詩が武器として有効であることも実感して、第四詩集を刊行したと書かれています。
病気と共存共「栄」しながらの、著者のご健闘、ご健筆を心より祈念します。
(2020年8月刊。非売品)

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