弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年3月 2日

人類学者がのぞいた北朝鮮

朝鮮


(霧山昴)
著者 鄭 炳浩 、 出版 青木社

 とても興味深い、刺激的な本でした。韓国の人類学者が北朝鮮に何度も出向いて、現地の人々との対話をふくめて、北朝鮮の人々をじっくり観察した成果がまとめられていて、よく理解できました。そして、北朝鮮の「金王朝」が簡単には崩壊しない理由もよく分かりました。
 北朝鮮の社会では、個人は体制と首領から自由になることができない。現在のような生半可な外からの圧力は、危機意識を土台とする信念体系に適度な現実味を与え、裏付けるだけ。下手な物理的攻撃は、部分的に社会体系を破壊して狂乱を呼び起こすことはあっても、外部侵略に対する抵抗を基盤にした象徴的な信念体系の正当性を強化させるだけになるだろう。
北朝鮮が本気で破滅を覚悟すれば、長射程砲と短距離ミサイルだけで韓国の情報通信網は破壊できるだろうし、各地の原子力発電所も狙われたら、原発事故以上の大惨事を招いてしまうことは容易に想像できるだろう。
 韓国社会は細かく有機的に繋がっているので、部分的に破壊されただけでも深刻な打撃を受けるが、北朝鮮のような比較的独立した単位で動く社会は、外部からの攻撃だけでは崩壊しづらい。
 大飢饉の時代に全国的に出現した「ヤミ市場」は、以前からあった「農民市場」が危機によって飛躍的に広まったもの。ヤミ市場と市場は女性の空間。そこの80%以上が女性から成る。
週1回ある「生活総和(総括)」は、みなが絶えず自己検閲し、お互いの日常を相互監視する効率的な統制方式。生活総和は、北朝鮮の人々の心と行動パターンに強い影響を及ぼしている。カトリック教の「懺悔」にも似た一種の「告白の文化」と言える。
 北朝鮮では、中国文化大革命もなく、カンボジアのクメール・ルージュの無理な社会実験もなかった。金日成と金正日は、文化伝統と歴史的伝統を強調した。過去の儒教的な特性を改めて強化している。
 北朝鮮の権力世襲は、儒教国家の「道徳的模範」を示し、王位継承に似た徳目を強調することによって成し遂げられた。北朝鮮の建国初期には、金日成というカリスマ指導者を父とみなす個人崇拝から始まった。しかし、長男である金正日に権力が世襲される過程で朝鮮の儒教的家族概念が融合し、嫡子相続の論理が強調されることになった。金正日の三男である金正恩に権力を承継する段階では、「白頭血統」という「革命の宗家」を強調することで、家内(一族)への忠誠を主張した。朝鮮王朝時代の両班(ヤンバン)の家の門中(家門)概念を国家体制のなかで制度化したもの。首領は、革命の最高「脳首」とも表現される。国家と人民に「政治的生命」を与える存在だから。首領なしの革命はありえず、国家も人民もない。
現地の実情をふまえた、大変深い分析がなされていて、とても勉強になりました。
(2022年10月刊。3200円+税)

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