弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2008年1月 7日

夢に迷う脳

著者:J・アラン・ホブソン、出版社:朝日出版社
 私は毎晩のように夢を見ています。でも、朝になって活動しはじめると、いつもすっかり忘れてしまいます。
 ネコの睡眠パターンは、人間ととても似ている。ネコの睡眠周期は人間と同じように規則的。ただし、周期は90分ではなく、30分でめぐっている。ネコは非常に寝つきが良く、そのうえよく眠る。
 レム睡眠のあいだに視覚野がアセチルコリン信号を処理することによって、幻覚が生じる。睡眠中も、脳内の機能は多くのことを処理し、高いレベルを維持している。
 夢のあいだ、人間は実際には目の前にないものを見たり、真実でないものを真実だと考えたりしてしまう。完全に見当識が失われると、その錯乱状態の中で、人間は脈絡のない物語を創り上げる。そして、結局、恐らく都合のよいことに、寝ているときの錯乱についてさえ、忘れてしまう。
 コリン系の破天荒な活動が、脳回路を夜通し働かせてしまう。要するに、夢とは、夜間に行われる脳の試運転で生じるもの。夢とは、思い出されることのない一連の記憶なのである。
 毎晩レム睡眠に入り、脳の調整機能をもつ化学物質が変化すると、はるか昔の記憶を思い出す傾向が高まる。
 レム睡眠のときこそ、脳内の運動プログラムは、もっとも活性化している。レム睡眠には、走る、運転する、飛ぶ、泳ぐなどといった行動の錯乱がともなう。日中、私たちを動かしている中枢プログラムがレム睡眠のあいだにぱったり休んでしまうということはない。それどころか、中枢プログラムには、ひときわ力が加わる。中枢プログラムが使わないうちに劣化してしまうことを防ぎ、覚醒時にプログラムを作動させるための予行演習をしているのだ。
 未熟児で生まれてくる赤ん坊ほど、レム睡眠ですごす時間が長い。このとき、脳の神経回路は配線され、テストされる。原始的な運動は、行為の基礎単位であり、脳と中枢神経系の配線作業と修理を担っている。
 情動の測定で、男女間に著しい違いはまったくない。おそらく、男も女も、深い部分においては、さして感情に違いはないのだろう。
 うつ病の人はうまく眠ることができず、しばしば疲労感を訴える。常に眠りたいのだが、眠っても気力が回復しない。覚醒時に脳の回転を高め、睡眠時にはアセチルコリンを激しく放出させるアミン作動系の効力が、うつ病では低下する。うつ病の患者は、脳と身体の化学能力の衰退を直ちに体験している。うつ病は、エネルギー疾患である。脳内の無数の情報の部分的な自覚こそが意識であり、心とは脳内の情報すべてである。
 レム睡眠はうつ状態を悪化させ、逆にレム睡眠を奪うと、うつ状態が改善される。
 抗うつ剤の薬剤のすべてが、アミン系の脳細胞を強化する好適な効能を備えている。抗うつ剤の多くは、アミン系を促進するだけでなく、抗アセチルコリン性をあわせもっている。
 睡眠は究極の治療薬である。十分に睡眠をとることで、時間のバランスを意識的に変えている。健康の実践としては、睡眠がもっとも基本的だ。
 心脳は自己治癒能力をもっている。心身の状態を変えることで治癒能力を操ることができる。元気でいる確率を高める最善の方法は、健康と結びついた行動を選択すること。つまり、あなたにとって最良の医師はあなた自身なのである。
 私は大学を卒業して以来、徹夜をしたことがありません。高校生のとき、一度だけしてみて、翌日まったく頭が働かなかったので、バカげていると思ってそれ以来しませんでした。大学生のときは、合宿で好きな彼女との会話に夢中になって徹夜してしまいましたが、もちろん幸福一杯でしたので、翌日はなんとかなりました。弁護士になってからは、夜中1時すぎまで起きていたことは全然ありません。頭がまったく働かなくなるからです。
 明けましておめでとうございます。今年も書評を書き続けます。どうぞご愛読ください。今年こそ平和でおだやかな世界と日本であることを願っています。
(2007年7月刊。2300円+税)

2007年8月30日

記憶力を強くする

著者:池谷裕二、出版社:講談社ブルーバックス新書
 脳は頭蓋骨という堅い容器に囲まれ、外の世界から堅固に隔てられている。身体のほかの場所には見られない独特の構造。脳の重さは、体重のほんの2%を占めるだけなのに、酸素やグルコース(ブドウ糖)などのエネルギー源は全身の20〜25%も消費する。
 脳は1000億個の神経細胞(ニューロン)によって複雑な働きを営んでいる。
 世界の総人口が今60億人をこえたところなので、それよりも1桁以上に大きい。
 1個の神経細胞の直径は10〜50ミクロン。これは髪の毛の太さの2分の1から10分の1の太さに相当する。それが1000億個もぎっしりと詰まっているわけである。
 ひとつの神経細胞が、1万個の神経細胞と神経回路をつくっている計算になる。しかも、個々の神経細胞は、1分間に数百個から数万個も連絡をやりとりしている。
 神経細胞は増殖しない。そして、死んだ神経細胞は二度と復活しない。一日に数万個も死んでしまう。自然に死んでいく神経細胞のほとんどは脳の中で必要とされていなかった神経細胞である。
 1000億個もある神経細胞のうち、人が意識的に活用できる細胞の数は10%にも満たない。
 人の海馬には、1000万個の神経細胞がある。目、鼻、手、耳、舌などのさまざまな感覚の情報が海馬に入力され、そこで統合されている。いつ、どこで、何を見て、何を聞き、何を感じたかといった材料を総合的に関連づけて「経験」という記憶をつくる。これがエピソード記憶になる。
 神経細胞は突起を伸ばす。それは自分の仲間を探すため、ついには、仲間と出会い、神経細胞は、互いに神経繊維で結びつく。1万個の神経回路が1000億個もある。
 神経回路に流れるのは電気。しかし、その実体は、イオンである。電子ではない。ナトリウムイオン(金属イオンである)が流れることで電気信号が伝えられる。
 電気回路では電子が電線にそって流れるので、光と同じ速さで流れる。しかし、神経細胞では、ナトリウムイオンの流れることによるので、1秒間に100メートル程度。それでも、これは新幹線の速度に匹敵する速さではある。
 シナプス伝達をみてみると、シナプス間隙の距離は20ナノメートル。髪の毛の   4000分の1ないし5000分の1ほどしかない。非常に狭いすき間である。
 電気信号は、シナプスにおいて、いったん神経伝達物質という科学信号に翻訳される。そして、この化学信号は、シナプスの受け手にある受容体チャンネルによって、再び電気信号に戻される。このように、シナプスでは、電気信号→化学信号→電気信号と変わる。これを1000分の1秒という恐ろしいほど速いスピードによる。
 ひとつの神経細胞に3万個ものスパインがある。樹状突起が他の神経細胞とシナプスをつくっている場所。1個のスパインは1万分の1ボルトのシナプス電位をつくり出す。だから100個以上のスパインが全開に活動して、ようやく活動電位をおこす判断がくだされる。つまり、神経細胞は、100個以上もの入力情報を受けとってようやく目を覚ます。
 それほど慎重である。この慎重さこそが神経細胞に備わった大切な性格である。
 生命という不可思議な現象を研究すればするほど、見えてくる答えは、生物とは物理化学の法則に素直にしたがう構造物であるという事実である。
 なーるほど、やっぱり唯物論が正しいのですね。
 神経回路の変化こそが記憶の正体なのである。記憶とは、神経回路のダイナミクスをアルゴリズムとして、シナプスの重みの空間に、外界の時空間情報を写しとることによって内部表現が獲得されることである。
 脳は記憶容量を確保するため、いろいろやりくりしながら神経細胞を使い回す。この神経細胞の使い回しという脳の「宿命」こそ、記憶のあいまいさの元凶なのである。
 不断では覚えられないようなことでも記憶できるように助けるのが扁桃体の役割。興味をことにもってのぞめばものごとをすんなりと覚えるられるようになる。つまり、自分が感動していれば、脳は自然にそれを覚えてくれるのだ。
 感動する心を失ってはいけない。感動する心を失ったら、何ごともなされない。
 作家のサン・シモンのこの言葉は真理なのである。ふむふむ、なーるほど、ですね。
 ひとつのことを記憶すれば、自然と、ほかのことの法則性を見いだす能力も身につく。記憶には相乗効果がある。したがって、多くのことを記憶して使いこなされた脳ほど、さらに使える脳になる。つかえばつかうほど消耗して故障するようなコンピューターとちがって、脳はつかえばつかうほど性能が向上する不思議な記憶装置である。
 努力と成果は比例関係にあるのではなく、累乗関数の関係にある。いまは差があっても、努力を続けていれば、いつか必ず天才たちの背中が見え、そして彼らを射程距離内にとらえることができる。こうした成長パターンを示すのが脳の性質である。たとえ効果が目に見えなくとも、つかえばつかった分だけ着実に、能力の基礎が蓄積されていく。私も、ときどき悲観しそうになります。いつになったらフランス語がペラペーラと話せるようになるかしらん・・・、と。でも、そのとき、いつかきっと効果が現れるから、もっとがんばろう、という著者のコトバを信じて毎日、毎朝、フランス語の聞きとり、書きとりを続けています。もう、30年になりますが・・・。
(2001年1月刊。980円+税)

2007年1月31日

老いて賢くなる脳

著者:エルコノン・ゴールドバーグ、出版社:NHK出版
 私と同じ団塊世代のソ連生まれで現在はアメリカで活躍している認知神経科学者です。名前から分かるとおりユダヤ人です。
 知恵は不思議に思うところから始まる。これはソクラテスの言葉だそうです。この本を読むと「定年」が間近に迫り、日頃、モノ忘れがひどくなったと嘆いている私ですが、年齢(トシ)をとっても脳は立派に活動できることを知って元気が出ました。
 著者は今、58歳。私と同じです。昔なら思いもしなかったような、面白い発想が出てくるようになった。年齢が上がるにつれて、頭をふりしぼるような作業はできなくなったが、洞察力は格段に伸びた。これでいいのかと思うくらい、楽々とものごとが見通せるようになった。
 神経の発生は大人になったらまったくなくなり、一路、減るばかりだと考えられてきた。しかし、これは間違いで、当初の勢いこそなくなるものの、神経の発生は生涯にわたって続くものである。
 ゲーテが「ファウスト」の第一部を刊行したのは59歳のとき、第二部はなんと83歳のときだった。
 ロナルド・レーガンは、二期目の大統領の途中から認知症を発症していた。レーガンの母も兄も認知症だった。
 ヒトラー、スターリン、毛沢東、そしてルーズベルトもチャーチルも晩年は認知症だった。しかし、死ぬまで政治力を発揮できた。それは、若いころに鍛えた認識能があったから。
 一度覚えてしまったことを忘れない人がいる。しかし、当の本人は不便きわまりないことに困惑している。どうでもいいこともすべて記憶しているので、重なりあう記憶やイメージがいつも洪水のように押し寄せて耐えがたくなるのです。だから、忘れるのは良いことなんです。
 脳のなかで揺るぎない長期記憶が形成されるまでには、かなりの時間がかかるし、多くの助けを必要とする。新皮質にある神経回路を繰り返し活性化させて、化学的・構造的な変化をうながさなければいけない。
 記憶とは、脳のなかで起きる電気的、化学的、構造的なプロセスによる相互作用である。
 記憶が保存されるのは、あくまで新皮質であって、脳幹や海馬ではない。ただし、海馬をはじめとする脳構造も、長期記憶の形成に必要不可欠な役目を果たしている。
 知恵とは、ほかの人が気づかない展開を予測できる能力のことである。
 パターン認識能力は、問題解決のための最強かつ最高のメカニズムである。
 優れた知恵をもつ人は、けたはずれに豊富なパターンを認識できる。これは脳のなかのアトラクタ数がちがうから。年齢とともに高くなるので、直感的にものごとを判断する能力だ。直感は、過去の膨大な分析経験が圧縮され、結晶化したもの。
 パターンの数が増えて一般性が高くなり、幅広い問題に対して瞬間的に解決策が導き出せるようになれば、それは知恵と呼ぶにふさわしいものになる。そして、精神活動のなかで、パターンを頻繁に活性化させていれば、脳の老化や痴呆の悪影響を受けにくくなる。パターンの種類は年齢とともに増えていく。知恵となるパターンを蓄積するには、どうしても年をとらないといけないのだ。
 そうなんです。年をとればとるほど人間は賢くなるというわけなんです。
 人生の早い段階では、右脳が中心的な役割を果たしているが、年齢を重ねるにつれて、右の右脳は少しずつ左脳に主導権を明けわたしていく。そして、左脳はアトラクタの形で、効率的なパターン認識の「在庫」をひたすら増やしていく。
 過去の膨大な経験をもとに新しいことを咀嚼する左脳は、成熟と知恵の年代にとって重要な存在だ。左脳には役に立つ情報、当人にとって良いことがぎっしり詰まっている。右脳は、新しいことに対処するための脳である。
 左脳は、認知活動によって強化されるため、老人の影響を受けにくい。団塊世代のみなさん、ホントに良かったですね。お互い、安心して老後を生き抜きましょうね。

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