弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

フランス

2018年10月16日

立ち上がる夜

(霧山昴)
著者 村上 良太 、 出版  社会評論社

ずっとフランス語を勉強していますので、フランスの動きについても注視しているつもりなのですが、こんな運動がある(あった)なんて、ちっとも知りませんでした。
いま、フランスの左翼も、かなり低迷していますよね。オランド大統領は、がんばっていると思っていると、労働者の権利を制限する法案を提案するなんて、とんでもありませんでした。ところが、その提案に今のマクロン大統領も関わっていたようなんです。でも、マクロンは無傷のまま、逃げ切りました。日本でいうと、さしづめ民主党政権でしょうか。たしかに、ひどい無責任な政党でした。でも、考えてみれば、今のアベ政治ほど悪いことはしていませんよ。何でも悪いのは民主党政権時代に始まった、このように言いたてるアベ流のごまかしに乗せられてはいけません。
この本は、フランス左翼が今どうなっているのか、どんなことをしているのか、日本のジャーナリストが現地に出かけて取材してきたものです。したがって、ルポタージュといったほうがいいかもしれません。
日本人の父とフランス人の母をもった山本百合というフランス人女性の存在を初めて知りました。左の肩に入れ墨(タトゥー)を入れているところなんて、まるでガイジンです。ところが、彼女はフランスの官僚の一人なんです。驚きました。
パリでは、わずか1部屋のアパートでも、家賃が9万円(700ユーロ)もするそうです。まあ、東京並みの高家賃でしょうか・・・。
いま、フランスには、14万人をこえるホームレスがいる。では、日本には・・・?
いま、パリ市長は、社会党のアンヌ・イダルゴ(女性)。広場を占拠するのではなく、午後4時から午前0時までとし、テントなどは毎晩必ず撤収することを条件として共和国広場の使用を「立ち上がる夜」に許した。
「立ち上がる夜」(Nuit Debout)に、毎晩、数千人の老若男女が集まって議論した。これは、2016年3月31日に始まった。人々が広場に酒を持ち込まないようにチェックしたといいます。暴力行為を防止するためです。何千人もの人々が議論している光景が写真で紹介されていますが、圧巻です。
いったい、なぜ、社会党政権が労働者の権利を制限しようとするのでしょうか、不思議です。いろいろ、それを合理化する口実はあるのでしょうが、目ざす方向がまったく間違っているとしか言いようがありません。それでも救いなのは、フランスでは、まだストライキが生きていることです。日本では、もう久しくストライキなるコトバを聞いたことがありませんよね。40年前に「大失敗」したスト権ストが最後の仇花(あだばな)でした。
しかし、日本でも、もう一度ストライキを復活させる必要がありますよね。だって、カローシとか自死が年に2万5千人なんて、おかしいでしょ・・・。
フランス左翼の活気あふれる動きに大いに刺激されました。
(2018年7月刊。2600円+税)

2018年10月13日

世紀の小説『レ・ミゼラブル』

(霧山昴)
著者 デイヴィッド・ベロス 、 出版  白水社

もちろん『レ・ミゼラブル』は読んだように思うのですが、実は原作(日本語翻訳もの)を読んだかどうか確信をもてません。子ども向けの要約版しか読んでいないのではないかという気がしてなりません。何回も映画になっていますが、これだって、ちゃんとみたかどうか怪しいものです。
フランス語を勉強していますので、一度、テキストで、パリの市街戦の状況が登場したことがあります。ABC友の会の影響を受けたマリウスがバリケードで重傷を負い、ジャンバルジャンが助ける場面です。
この本は、ビクトル・ユゴーが『レ・ミゼラブル』を書き上げ、出版する過程を実に詳しく追跡し、詳細に描いています。
ユゴーは、原稿を羽ペンで書いていました。それを清書する女性がいます。印刷するときには、パリの印刷所と、遠く離れた孤島に籠って書いているユゴーとのあいだを原稿と校正文が行きかうのです。そして、なんとユゴーの手書き原稿の束が残っているようです。
すでに作家として確固とした評価を得ていたユゴーなので、出版契約は破格の金額でした。問題は政府の発禁・押収処分をいかにして免れるか、また、海賊版とのたたかいです。うむむ、そんなところにも知恵をしぼらなければいけなかったのですね・・・。
ユゴーは1885年に83歳で亡くなりました。パンテオンへの葬列には200万人もの人々が参加したといいます。まさしく空前絶後でしょう。
『レ・ミゼラブル』は、1862年4月2日、一斉に売り出された。人々が殺到し、パリ初版の6000部は、翌日午後に完売した。5月15日、第2部と第3部の売り出しには、未明から人々が行列をつくって本を買い求めた。4万8000部が1日で完売。
このころ、原稿を書き上げ、校正も終了させていたユゴーは、自宅に町の子どもたちを招待し、食事会を開いていた。子どもたちに肉とワインがふるまわれた。ええっ、ワインですか・・・、さすがフランスです。
このユゴーの慈善事業が公立学校の食堂が付設され、無料の学校給食につながった。
青年時代のユゴーは王党派だった。ナポレオン3世を初めは賛美していたが、あとでは終生の敵対関係になった。
ユゴーは、正真正銘のブルジョアだった。ユゴーは成功した裕福なブルジョアだったが、寛容で、施しを欠かさなかった。
ソ連では、プーシキンと並んでユゴーはもっとも広く読まれたフランス人作家だった。『レ・ミゼラブル』は一行の削除もなくソ連で刊行された。
ユゴーは、39歳という若さでアカデミー・フランセーズの会員に選出された。
ユゴーは、10年間で、体制の支柱から亡命者に、立志伝の人物から孤高の抗議者に、中産階級の一員から進歩主義の代弁者へと変貌を遂げた。
ユゴーはラテン語は得意としたが、英語は不得手だった。
ユゴーは一貫して死刑廃止論者だった。死刑そのものが犯罪だと考えた。
ユゴー自身は有名人となって以降は名うての女たらしだったが、『レ・ミゼラブル』には、不倫はおろか性的な場面はひとつもない。重要な登場人物は、みな独身。
ユゴー自身は、バリケードで戦った男ではなく、バリケードをひとつ陥落させた部隊の臨時司令官だった。
ユゴーは信仰をもっている人には常に敬意を払ったものの、信仰の中身については、まったく興味がなかった。ユゴーはカトリック教徒ではないし、法礼も受けていない。ただし、神には祈った。これって、私と同じ「苦しいときの神頼み」なのでしょうか・・・。
この本を読んだら、やはりもう一度、ちゃんと『レ・ミゼラブル』を読まなくっちゃ・・・、という気になりました。
(2018年7月刊。3800円+税)

2018年6月19日

エマニュエル・マクロン

(霧山昴)
著者 アンヌ・フルダ 、 出版  プレジデント社

昨年(2017年)5月、フランス大統領にエマニュエル・マクロンが当選した。
人好きのする笑顔と、いかにもフランスの名だたるエリート校(グランゼコル)で学んだ高級官僚といった、つるりとスマートな外見をもつマクロンは、どうにもとらえどころがない。
実のところ、誰もマクロンのことをよく知らない。友人もほとんどいない。
マクロンは、グランゼコルを卒業したあとロスチャイルド(ロチルド)系の投資銀行につとめていた。そしてオランド大統領の下で大統領府(エリゼ宮)の副事務総長に抜擢(ばってき)された。
マクロンの妻ブリジッドは、マクロンが高校生16歳のときに知りあった(生徒と教師として)、24歳年上の人妻で3人の子をもつ教師だった。マクロンの両親は、ともに医師で、離婚している。マクロンに大きな影響を与えたのは妻の母、つまり、祖母だった。祖母(故人)は中学校の校長だった。
16歳のマクロンに教師として接したブリジットは39歳だった。夫と3人の子どもと、何ひとつ不自由のないブルジョアの暮らしを過ごしていた。アミアンのマカロンで有名な老舗の菓子店を営む名家の娘でもある。しかし、何かが物足りなかった。夫は銀行家だった。
二人は高校で演劇を通じて急速に親しくなった。エマニュエルにとって、ブリジットは唯一の女性であり、自分の子どもを持つことをあきらめても一緒になりたかった女性だった。
すごいですね。16歳のときに24歳も年上の教師に恋をして、結局、「ものにする」のですから・・・。
ブリジットにしても、マクロンとの愛を貫くために、銀行家の夫と3人の子どもを捨てたのですから、勇気がありました。「捨てた」といっても、マクロンの選挙戦で勝利したとき、妻ブリジットは子どもたちと孫と一緒に祝福したようですね・・・。
長男はエンジニアに、長女は心臓医に、次男は弁護士になったとのこと。
妻ブリジットは、家庭内で絶えずマクロンに自信をつけてくれる存在だ。一番の話し相手であり、マクロンが16歳のときから、その解放者であり、同伴者だった。マクロンに寄り添い、選挙や就職などのキャリアアップ、そして恋愛上の成熟を支えてきた。
フランスの若き大統領の素顔を少しのぞいてみることができました。
(2018年4月刊。2000円+税)

2018年5月 2日

バカロレア幸福論

(霧山昴)
著者 坂本 尚志 、 出版  星海社新書

50年もの長きにわたってフランス語を勉強してきて、すっかりフランスびいきの私ですが、日本人はフランスに学ぶべきところが本当に大きいと考えています。その一つがバカロレアです。
バカロレアとは、大学入学資格試験です。日本で言うと、高校卒業資格試験でしょうか。
バカロレアに合格すると、学生は基本的に自分の希望する大学の学部に入学できます。フランスの大学はすべて国立で学費は安く、年に2万5000円ほど。50年前の日本の国立大学の授業料はその半分、年に1万2000円でした(月1000円)。ただし、大学に入っても卒業するには、ちゃんと勉強しないとダメで、トコロテン方式のように卒業できる日本とは違います。そして超エリート層の入る「グランゼコル」と呼ばれる学校に入るのには、別の選抜試験があります。
このバカロレア試験では、初日に、哲学の試験を受けます。朝8時から昼12時までの4時間に、記述式の試験を受けるのです。本の持ち込みは許されません。
どんな問題なのか・・・。
①理性によって、すべてを説明することができるのか?
②芸術作品とは必ず美しいものだろうか?
③ルソーの『人間不平等起源論』からの抜粋について、説明せよ。
ええっ、こんな難しいテーマで4時間もかけて、何を書いたらいいのかしらん・・・。
日本の大学入試では、およそ考えられない設問です。
この本は、なぜフランスでこんな設問があるのか、その理由を説き明かし、さらに、その解法、つまり答案の書き方が説明されます。なるほど、論理的に考える力を養う試験だということがよく分かりました。フランスの高校では、3年生は文科系だと週8時間もの哲学の授業を受けるのです。これって、すごいことですよね・・・。
高校で哲学を教える目的は、哲学者を育てることではなく、哲学という知のモデルをつかって、自律的・批判的に思考する力を育てることにある。なので、哲学史の知識はあまり必要とされない。
バカロレア試験では、設問を分析する必要がある。これは、決断するという社会一般で役立つ能力を育てる目的もある。
小論文の議論は、必ずしも自分の考えを述べるものではない。哲学書を引用することが高得点をとるためには、必要不可欠。その意味で、哲学の勉強にも暗記することが求められる。
そして、自由に書けばいいのではなく、「型」を守って書く。持ち時間の半分は考える時間とする。書く前に、スタートからゴールまでの道筋を決めておく。哲学者の文章を引用し、使いこなす。
まるほど、たしかに、このような思考訓練を経ていると、あとの人生で議論したり考えるときに役立つと私も思います。
ちなみに、バカロレアの合格率は8割ほど(哲学分野では6割弱)。
幸福論をテーマとした関連で、いろいろ書かれていますが、日本人よりフランス人ははるかに幸せです。「世界幸福度調査」(2016年)によると、フランスは世界32位で、日本は53位でしかない。ちなみに、1位はデンマーク、2位はスイス、3位はアイスランド。
ところが、失業率はフランス9.4%、日本は2.9%。フランスの殺人発生率は日本の5倍。成人の肥満率は、日本は4.5%なのにフランスは15.6%。フランス人にとって、幸福は感じるものであると同時に考えるものなのです。
フランスの医療制度は日本よりすすんでいて、子育て支援は日本よりはるかに手厚い。フランスの出生率が向上するのも当然です。
フランスでは労働者のストライキが頻発していますが、市民は迷惑を受けながらも、明日は我が身だと考えて耐えています。フランスでは過労死は基本的に考えられません。バカンスをとるのも日本とは違って当然であり、それが美徳なのです。
頭の切り換えに役立つ本として、一読をおすすめします。
(2018年2月刊。900円+税)

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