弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年10月 8日

ドレフュス事件

フランス


(霧山昴)
著者 アラン・パジェス 、 出版 法制大学出版局

1894年10月、ドレフュス大尉が逮捕された。これがドレフュス事件の始まり。ドレフュスは、ユダヤ人の軍人。ドイツにフランスの軍事機密を売り渡していたという容疑。ドレフュスは3回、軍事裁判で有罪を宣告された。ドレフュスを弁護して、「私は告発する」を新聞紙上で大々的に書いたエミール・ゾラも有罪となった。ところが、真犯人の士官エステラジーのほうは、あとで逮捕されたが、軍法会議で無罪となり、イギリスへ逃げた。
ドレフュスは有罪となり、陸軍士官学校の校庭で公に軍籍を剥奪され、仏領ギアナの悪魔島に送られた。
真犯人を突きとめたピカール少佐(やがて中佐)は、解任されてチュニジアへ左遷された。その後任のアンリ少佐(これまた中佐に昇任)は、ドレフュス有罪の証拠をねつ造。それがバレて、独房で自殺した。
このころ、パリ市内には、「気送速達」というシステムがあったそうです。市内の地下にある下水道を利用して、気送管の中に薄い便せんか葉書を瞬時に送ることができました。こんなことがあったなんて、知りませんでした。
ドレフュスを有罪とした「証拠」である書面について、筆跡鑑定がなされました。私は今でも筆跡鑑定は科学的な根拠に乏しいと考えていますが、この当時は、まかり通っていたようです。
ある鑑定士はドレフュスの筆跡ではないが、それはドレフュスが故意に自分が書いているのに、自分が書いたものではないと思わせるようにしたからだ、なんて、とんでもない鑑定書を書いて、それが採用されたというのです。これでは、まるで神がかりのようなマンガです。
ドレフュスは悪魔島で快適に過ごしている、食事も専用の献立が準備されているという、見てきたかのようなキャンペーンがはられた。真実は、地面にアリやクモがはいまわるような小屋に閉じ込められ、散歩なし、足には鉄の輪をはめてベッドにしばりつけられていた。
真犯人のエステラジー少佐は、その日暮らし、たくさんの借金をかかえて追い詰められ、ドイツ大使館にいくらかの軍事情報を売って苦境を脱しようと考えた。亡命先のイギリスでは「伯爵」と名乗っていたが、貧窮の末に亡くなった。
ドレフュス有罪を叫び続けた側は、「ユダヤ組合」説を考え出した。お金持ちのユダヤ人たちは、彼らと同じユダヤ人裏切り者ドレフュスの無罪放免を得るため、莫大な資金をつかって国際的な組合をつくっているというもの。
昔も今も、ユダヤ人の陰謀、国際的謀議が展開されるのですね。
反ユダヤ主義は、今でも根深いものがありますが、これって、やはり日頃の生活のうっぷん晴らし、またユダヤ人の財産をとりあげて毎日の苦しい生活を少しでも楽にしようという発想から、間違った(事実誤認の)考えに毒されて、自己の行為を正当化するものです。
ドレフュス事件は、10年以上もフランスの世論を二分して激しく議論が展開されたのでした。この本は昔の本の復刻版ではありません。
(2021年6月刊。税込3740円)

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