弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年10月 7日

たのしい知識

社会


(霧山昴)
著者 髙橋 源一郎 、 出版 朝日新書

著者は19歳のころ、東京拘置所にいました。その7ヶ月間、ひたすら1日12時間、本を読むのに没頭したそうです。
なんで、19歳で拘置所にいたのか...。全共闘の過激派として暴れまわっていたからです。ですから、私とは対立する関係になります(もっとも、世代が少し違います。私のほうが3歳だけ年長です)。そして、20代の著者はずっと肉体労働に従事していました。これも私とは違います。私は家具運びのアルバイト以外に肉体労働をしたことはありません。
そして、著者は30歳になって、突然、本を読みたいという気持ちになり、それ以来、ずっとずっと一日も欠かさず本を読んでいます。この点は同じですが、私のほうは、大学に入って駒場寮で読書会に参加し、さらにセツルメント・サークルに入ってから、猛烈に本を読みはじめ、今に至っています。ですから、読みの深さはともかくとして、読書習慣のほうは、いささか私のほうが早く、そして長いのです。
次に、著者は大学の教員となり、学生に14年間教え、学生たちに教えられたとのこと。ここが、私とは決定的に違います。教えることは、教えられること。それは真理だと私も考えています。この人生経験の違いは、実は大きいのではないか...、と考えています。私にも50年近い弁護士生活はあるのですが...。
コロナ禍の下、毎日毎日、大変です。でも、毎日、すさまじい量の情報を前に、実は、その大半を私たちは忘れている。必要のないものを捨て、必要だと判断したものだけを記憶して、私たちは生きている。いつも、人間は、そうだった。本当、そのとおりだと思います。でも、忘れることができるからこそ、ストレスをほどほどに抑えて、長生きすることも可能になるのです。
コロナ禍の下、多くの人たちと同じように、暮し方を変えざるをえなくなった。
コロナ禍が終わって、早く元に戻ればいいっていうけど、本当に元に戻ったとして、かつては本当に充実していたのか...。いやあ、そ、それは難しい問いかけですよね。
知識が必要だ。誰でも、そう思う。けれど、本当に、心の内側からあふれるようなものなのか、そう思わなければ、どんな知識も、ただ紙に印刷された文字の連なりにすぎない。
23歳で刑務所の中で自殺した金子文子。その父親は刑事。父は文子を戸籍にも入れなかった。そして、娘を捨てた。いやあ、ひどい親が昔も今もいるものですね...。
「たのしい知識」というタイトルは、本当なんでしょうか...と、問い返したくはなります。私は、昔は私と正反対の全共闘の活動家だった著者を今では心から尊敬しているのです。著者の人生相談の深みのある回答には、いつもいつも感動し、しびれています。
この本も、大変勉強になりました。ありがとうございました。
(2020年11月刊。税込979円)

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