弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年6月14日

平和憲法をつくった男、鈴木義男

司法


(霧山昴)
著者 仁昌寺 正一 、 出版 筑摩書房

「ギダンさん」と呼ばれる、福島県出身の法学者、弁護士そして政治家がいて、戦後、日本国憲法の成立する過程で第9条に「平和」の文言を加え、また、25条の生存権の追加に大きな役割を果たしたというのです。恥ずかしながら、まったく知りませんでした。
 私はどちらも視ていませんが、NHKは2017年のNHKスペシャルで「憲法70年、『平和国家』はこうして生まれた」で鈴木義男の「平和」条項挿入への関与を取りあげ、また2020年のETV特集「義男(ギダン)さんと憲法誕生」でも、鈴木義男が憲法制定過程で大きな役割を果たしたことを紹介したとのこと。いやはや、知らないことは世の中に、こんなに多いのですね...。
 「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する(憲法25条1項)は、本当に大切な権利です。自民・公明そして維新は「憲法改正」に必死ですが、その前に政党がやるべきなのは、この憲法25条を現実のものにすることです。
 司法権の独立、三権分立の点で意味のある、天皇が最高裁長官を任命するという憲法6条2項の修正にも鈴木義男が提案し、結論をリードしたとのこと、すごいことです。
鈴木義男は戦前、学者を辞めたあと弁護士になったが、そのとき、鈴木自身は賛同しないマルクス主義の立場をとる学者・知識人が被告人となった治安維持法違反の弁護活動もしています。これまた、すばらしいことです。
鈴木義男の父・義一は、キリスト教的人道主義の立場から明治末の社会主義者であり、幸徳秋水とも親交があり、警察の尾行・監視つきの生活だった。
鈴木義男は東北帝大の法学部教授のとき、大学での軍事教育に反対する論陣を張って当局からにらまれた。文部省が1926年9月に作成した「左傾教授」のリストに名前があげられている。ひょっとして今の文科省も、こんなリストをつくっているのでは...、ちょっと心配になりますよね。
鈴木義男は、「すいかのように外観は青くても、中味は赤い」と河北新報で評された(1926年9月20日)。
鈴木義男は宮本百合子の弁護人もつとめ、その生活も支援したとのことです。
日本敗戦後のまもなく(1947年6月)誕生した社会党の片山内閣で、鈴木義男は法務総裁(法務大臣)になった。
日本国憲法について、単純にアメリカによる押しつけ憲法だとする人が、今も少なくありませんが、憲法制定国会では真剣な議論があり、それなりに修正されたことを改めて知ることのできる本でもありました。
(2023年1月刊。1800円+税)

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