弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年12月28日

あの夏のソウル

韓国

(霧山昴)
著者 イ ヒョン 、 出版 影書房

 1950年6月25日、朝鮮戦争が始まった。
 私も大学生のころは、なんとなくアメリカが先に北朝鮮に仕掛けた、あるいは故意に隙(スキ)を見せて北朝鮮軍を引き寄せて始まった戦争ではないかと疑っていました。でも、今では金日成が毛沢東の反対を押し切り、スターリンから同意を取り付け、その援助を受けて「赤化統一」の名のもとに南侵して始めた戦争だというのが歴史的事実として動かない事実となっています。だから、当初、北朝鮮軍はたちまち南下して、釜山あたりだけを残して韓国の大半を占拠した(できた)のです。
 朝鮮戦争で残念なのは、双方とも民間人を相当に虐殺しているということです。刑務所に収容されている人を虐殺したり、避難中の人々を殺害したり、どちらの陣営もしているということです。この本(小説)にも、その事実が反映されています。悲しい現実です。武器を持った内戦というのは、なかなか歯止めがきかないものなのでしょうね...。
 北の人民共和国は、地主と親日派の人々を厳しく断罪した。
 南のほうも、アカは裁判なしで処刑し、道にさらして当然...。
 北朝鮮軍が侵攻してくるとまもなく、首都ソウルは陥落寸前となった。李承晩大統領は、ラジオでは首都ソウルを死守すると言いながらも、いち早くソウルを抜け出した。いつの世も、いつの支配者も、国民を置きざりにして、我が身の安全が最優先なのですよね...。
 ソウルには、「われらの偉大なる指導者、金日成将軍万歳。朝鮮民族の親愛なる友、スターリン大元帥万歳」というスローガンが大書された。
 ところが、まもなくアメリカ軍に制空権を奪われ、ソウルもいたるところにアメリカ軍の爆撃機が爆弾を落としてまわっている。
 そしてアメリカ軍が仁川に上陸したあと、戦局は急転回し、北朝鮮軍は、ほうほうの体で後退していった。
 去年の夏に避難しないでソウルに残っていた人たちは、国家反逆罪の嫌疑がかけられた。「日常生活を送ってください」という韓国政府のことばを信じてソウルにとどまったというのに、それ自体で疑われる理由になった。
 生きるために人民軍に協力したのであれ、信念をもって参加したのであれ、人民共和国の世で明るい太陽を見て息をしていたという理由だけで、アカという疑いをかけられた。アカだと目をつけられたら、それだけで、その場で命を失った。裁判を経て処刑される人たちは、それでも死を準備する時間くらいは持てるのだから、まだましと思えるほどだった。
 朝鮮半島に生きる人々にとって、戦争は歴史ではなく、日常である。この言葉は重たいです。朝鮮戦争のなかで翻弄される学生たちの悲惨な状況がよく描かれていて、他人事(ひとごと)とは思えませんでした。
(2019年3月刊。税込2420円)

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