弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年7月26日

1966年、早大、学費闘争の記録

社会


(霧山昴)
著者 編纂委員会 、 出版 花伝社

本格的な学園闘争のはしり、とも言うべきワセダの学費値上げ反対闘争について、当時、闘争をになった人たちが振り返ってまとめた総括本です。
ときは私が大学に入る前年、1966年1月から6月までのこと。150日間もの早大学生ストライキが敢行されました。当局の決めた学費値上げは、入学金3万円を5万円に、授業料5万円(理・教育は8万円)を8万円(同12万円)にするというもの。このころ、国立大学は授業料(文系)1万2千円(月1千円)、大卒初任給2万4900円、自給70円、日給560円、公営住宅(2DK)の賃料7600円でした。学生が怒るのも当然です。ただ、今は、国立大学だって何十万円(正確には、いくらでしょうか...)、私立大学は3桁になっていますよね...。
ヨーロッパのように、学費は無料化すべきです。アメリカから不要不急の超高額の戦闘機や武器を何兆円も買っているのをやめたら、すぐに実現できるのです。人間への「投資」こそ、日本という国が生きのびる最大の保証だと私は思います。この本に、学費の現状と本質的な問題点の指摘がないのが、私には残念でした。せっかくの総括本なので、現時点の学費問題も一言くらい掘り下げてほしいところでした。
それはともかくとして、当時の早大生が、学費闘争の経験を今も自分のなかの「宝」として持ち続けているのを知ることができたのは、大いなる喜びでした。学費値上げを阻止できなかった、残念だったという「総括」は、どこにもありません。
当時のワセダの学生のなかには、靴が壊れても買い換えられず、「新聞紙を靴のように形作り黒マジックを塗って履いていた」人もいたとのこと。私も、革靴の底に穴があいていたのをしばらく履いていたことを思い出しました。それを知った姉が靴代を送金してくれました。
あの早大闘争のなかで学んだのは、民衆の力で、社会や歴史は変えられるという積極的な確信。私も1968年に始まった東大闘争の渦中に身を置いて、同じような思いを抱いています。その点、最近の若者が、同じような体験をしていないことが気の毒だと考えています。
何百人もの早大生が真冬のさなか、大学、つまり教室に泊まりこんだこと、そのとき、朝まで暖房がきいていて、それは職員が風邪をひかないように徹夜でボイラーを焚いてくれたからだったというのには心が打たれました。単なるバリケード封鎖のための泊まり込みではなかったからです。
坂下セツルメントで活動していた学生もいます。一番の収穫は、活動の節目に集団で総括し、成果と問題点を明らかにして、今後の教訓とすることが身についたこと、そして、活動を通じて自己変革したこと。これは、川崎セツルメントに3年あまり所属していた私とまったく同じです。
「民主主義」とは、大変難しく、根気のいることだと思った。まじめに「暴力的なこと」を批判すると、恫喝されてクラス討論にも出席しなくなる学生がいた。すると、暴力的な人たちの思うとおりになってしまった。
このころは、まだゲバルト、むきだしの暴力は少なかったようです。2年後の東大闘争では、途中から、ヘルメット・ゲバ棒が白昼に公然と横行するようになりました。その暴力を賛美する外野もいて、それを克服するのに、大変な苦労をさせられました。
私は、全共闘の暴力賛美だけは、ぜひぜひやめてほしいと今も心から願っています。暴力の賛美は人間性を破壊するものでしかありません。
いま、ほとんどの大学に学生自治会なるものがなく、あってもその存在は希薄であり、形骸化しているようです。本当に残念です。民主主義の実践を体験する貴重な機会だと思うのですが...。
私も知る広田次男弁護士(福島で活躍中)や矢野ゆたか・元狛江市長(4期16年)も当事者として一文を寄せています。
(2022年3月刊。税込1980円)

 日曜日、庭のブルーベリーを収穫しました。それほどでもないかと思っていましたが、皿に一杯ありました。食後のデザートになりました。アスパラガスが今年は細いのばかりでしたので、掘りあげて整地して新しいアスパラガスを植えつけられるように準備しました。
 アサギマダラ(チョウチョ)の大好物のフジバカマ(植物)がぐんぐん大きくなっています。秋の来訪を楽しみにしています。
 先々週の庭仕事で腰を痛めましたが、なんとかフツーになりました。
 久留米は連日700人もの感染者が出ていて、コロナ禍は一向に収束しません。2年ぶりの東京では、行き帰りとも、飛行機は満席でしたが、居酒屋も満員盛況でした。本当に心配ですよね。まあ、ロシアの戦争のほうが、もっと心配ではありますが...。

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー