弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年2月21日

北アイルランド総合教育学校紀行

イギリス


(霧山昴)
著者 姜 淳媛 、 出版 明石書店

 同じキリスト教を信仰しているはずなのに、しかも同じ民族なのにカトリックとプロテスタントで殺し合うという状況が生まれるのは、とても私には理解できないところです。ともかく、北アイルランドでは1970年代まで暴力とテロが横行していました。私もいくつか映画をみて、その悲惨な状況を少しだけ察していました。この本は、そんな殺し合いの状況を抜本的に変えるため、子どものころに両派を混ぜこぜにして教育し、交流体験によって争う必要なんて何もないことを実感させようという取り組みがすすめられていることを、韓国人の学者が現地に出向いて視察してきたのをレポートしたものです。
北アイランドでは1970年代から2000年ころまで、武力的対立があり、それは軍人や民兵団だけでなく、年寄りも子どもも区別なく攻撃の対象となった。そして暴力的テロは、公共の場所、街路、民家を問わず、いつでもどこでも起きた。
アイルランドの人口350万人のうち96%がカトリックで、北アイルランドでは120万人のうち40%未満がカトリック。暴力的テロの犯人たちを逮捕して刑務所に送っても、そこがさらに暴力の温床になる。
北アイルランドは、内戦に近い激しい試練の時期が続き、死傷者は15万人を超える。人口150万人のうち1割が紛争の犠牲になった。
北アイルランドでは40%がイギリスの市民権を、25%がアイルランド市民権、そして21%が北アイルランド市民権を取得している。その他の市民権は15%に近い。
ベルファストの西側は、住民の9割がカトリックで、南側は8割がプロテスタントというように、住居地も分割されている。
カトリックとプロテスタントを対話への道に導いたのは「コリミーラ」という市民団体だった。このような北アイルランドの平和を志向して活動する団体に対して、2回もノーベル平和賞が授与された。
北アイルランドでは、名前を聴くだけで、「あの人はアイルランド人だな」、「この人はブリトン人だ」ということが分かる。スポーツ、歌、食べ物が、すべて宗派分離主義文化の色に染まっている。だから、互いに共存できる統合教育が切実であり、これは早ければ早いほど、いい。それは、そうでしょうね。
統合学校が原則をきちんと守って成功し、それを拡散し、全社会に適用して初めて北アイルランドが健やかに生き返る。常に子どもたちを尊重する。それによって、学力伸長の問題は事前に解決する。自身が欲する方向へ成功する可能性を高めるためのロードマップを一緒に創るので、生徒たちは一人でなく、教員たちも生徒たちの成功を通じて自分の成就感を味わう。
統合学校のひとつ、シムナ校では、生徒指導のひとつは体罰禁止、放課後の居残り禁止、罰として宿題を与えることの禁止、休み時間や昼食時間の取り上げの禁止というものも定められた。いやぁ、いいことですよね。
テロで息子や娘を喪った親が平和と和解運動に立ち上がったのでした。そして、その取り組みのひとつが、統合教育をすすめる学校づくりだったのです。たとえば、エニスキレン校では、子どもの宗派構成は、カトリック44%、プロテスタント42%、その他16%となっている。一つの宗派が50%を超えないように配慮している。子どもたちが、自らコントロールすることができる能力をもつようになると、学力が事前に向上した。学校の成績が上がると、多くの待機者が入学順番を待つようになり、定員も次第に増えていった。
アイルランドでは11歳のとき選抜試験を受けさせるシステムがあるようです。これに落ちた子は11歳で早々に社会的落伍感を味わされることになります。11歳というと、小学5、6年生ですから、その時点で進路を選択させるというのは、少し酷すぎますよね。
そして、北アイルランドでは、学校に教科書がなく、自分の授業は教師が自分で開発し実践するもののようです。これまた、たいしたものです。日本のように文科省検定の教科書がないというのにも驚きました。
かつて暴力と混乱の社会だった北アイルランドは、今ではEU内でも安定的な社会として認められているとのこと。そして、カトリックとプロテスタントだけでなく、10%を超える移民集団も国内には存在する多文化社会になっているとのこと。
統合教育は、単一の教育の場で多様な教授法を通じて子供たちが自身の社会的アイデンティティを形成していけるようにすることであり、究極的に現在の社会の争いのある状況を克服し、態度の変化と、許し、そして和解をすることができるように教育しようとするもの。
統合学校出身の人は、ほかの文化的な背景を持った人たちに対する接し方をうまく習得すると同時に、カトリックとプロテスタントのあいだの否定的固定観念もほとんどなく、対立する集団との意思疎通に対する認識も肯定的になる。
このように、統合教育は、ユネスコをはじめとする国際社会が追及している民主的包容性を志向する教育を実現している。統合教育は、北アイルランドに京の平和と和解をつなげてくれる橋になっている。
大阪の渡辺和恵弁護士の実姉である米沢清恵さんが翻訳した本です。2月半ば、事務所にいて待ち時間ができたので、420頁あまりの大部な本ですが、論文集ではなく、ルポルタージュ中心なので、一気に読了することができました。ありがとうございました。
暴力によって分断された社会を統合するには、子どもたちの力を借りる、そのために統合教育が有効だということを実感することのできる本でした。大変勉強になりました。
(2023年2月刊。3700円+税)

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