弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年5月 5日

僕に方程式を教えてください

人間


(霧山昴)
著者 髙橋 一雄 、 瀬山 士郎 、 村尾 博司  、 出版 集英社新書

少年院で数学教室をやったらどうなるか...。なんとなんと、目の覚めるような、あっと驚く成果をあげたのでした。
著者の一人である高橋一雄の『語りかける中学数学』(ペレ出版)は、私も読みました。初心者に語りかける口調ですすんでいく数学のテキストの傑作です。部厚い本なのですが、内容は平易で、なにより分かりやすい。このシリーズは微分・積分もありますが、私は中途で止めてしまいました。高校では理系クラスにいて、数Ⅲまでやったのですが、微分・積分なんて、今や何のことやら...という感じです。残念ですが...。
著者は少年たちと3つの約束をしました。その一は、分からないことは恥ずかしがらずに質問する。その二は、間違った答案は消さず、必ずノートに残しておく。その三は、自信をもって間違える。いやあ、こんな約束でいいのでしょうか...。
少年院に入っている少年の数学の学力は、7割強が小学4年生以下、9割強が6年生以下。ふむふむ、きっとそうなんでしょうね。
数学の授業は、他人(ひと)の意見の素直に耳を傾ける機会として、もっとも適している。それは、数学の解法は、いく通りかあるが、解答は一つしかないから。これは、納得です。
数学の授業は、少年たちの抽象的表現能力を伸ばすのに、大きな意義がある。
中学1年生の数学レベルを超えられたら、高認(高校認定)試験の数学Ⅰの最低合格ライン40点を高率で突破できる。今は、「大検」はありません。
昔の非行の主な原因は、貧困だった。今は、学業の失敗によって、居場所を失っていくパターンが多い。
少年院に収容されている少年の多くは自分自身を語る言語資源を十分もちあわせておらず、言葉にならない自己を抱えている。
学校教育において、子どもの文章力、読解力の欠如は著しく、そのため、論理的思考、論理力を育(はぐく)むための、国語教育の重要性が指摘されている。そうでしょうね。
中学数学は、数学だけでなく、他のさまざまな分野、自然科学に限らず、社会科学までの視野を入れて、これからの学びの基礎を形づくるうえで、とても大切な分野だ。同感です。
分数の理解は抽象的にものを考える初めの一歩。間違いを間違いだと本人が理解できること。これは数学の大切な性格の一つ。同感、同感です。
少年院や刑務所は、更生施設であり、本来は懲罰のための施設ではない。とくに少年院は、犯した罪を少年が反省し、社会に復帰するための準備する施設のはず。
今や、非行少年同士が面と向かってしのぎを削った時代は去り、非接触型の、顔の見えにくい現代型非行が到来している。非行の周辺には、陰湿ないじめや不登校・引きこもりといった、青少年のホンネを見えにくい状況がある。手のかかる少年が増え、その多くは発達障害をかかえている。非行少年たちは、家庭での虐待や貧困などのさまざまな事業により、安全で安心な居場所をもてずに孤立感を深めている。なので、少年たちの生きる力を育(はぐく)むためには、自分をきちんと肯定できる自尊感情と、やればできるという自己効力感が不可欠。まったく、そのとおりだと思います。
髙橋一雄による集団授業によって、入院時に小学校の算数レベルだった6割の少年が、中学数学レベルにまで到達でき、7割以上が高認試験に合格した。いやあ、実にすばらしい。
数学の意味を理解しながら得られる達成感は、学ぶ喜びとともに、自身の可能性を認識しながら、未来に向かって挑戦しようとする力を養うことにつながる。
「先生、オレたちに能力はある。学力がないだけなんだよ。だから教えてくれよ」
少年の悲痛な叫びにこたえた素晴らしい実践記録です。ぜひ、あなたも、この新書をご一読ください。おすすめの本ですよ。
(2022年3月刊。税込990円)

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