弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年8月30日

七三一部隊と大学

日本史(戦前)


(霧山昴)
著者 吉中 丈志 、 出版 京都大学学術出版会

 七三一部隊を支えていたのは京大そして東大医学部の教授たち。彼らのほとんどは戦争犯罪人となることもなく、アウシュヴィッツの医師メンゲレのように身を隠すこともなく、それどころか戦後日本の医学界や製薬会社のトップを占めています。そして、彼らは、「戦争だったから仕方がないこと」だとウソぶいて反省することもなく、真実を明らかにしようともしなかったのです。それは医学界の大きなタブーとなっていました。それを打破したのは『悪魔の飽食』(森村誠一)でした。
この本は、中国・ハルビン市にある「七三一罪障陳列館」の副館長(楊彦君)の著書の翻訳を前編とし、後編は日本の研究者の論文集から成っている、550頁もの大著。お盆休みに早朝から読みはじめ、午後になんとか読了しました。
 七三一部隊とはどういう組織だったのか、総合的にとらえることができます。
 それにしても3000人もの犠牲者を生体実験して、堂々と医学文献に発表するなんて、並みの神経ではありません。犠牲者たちが面前で死んでいき、その遺体が焼却されていくのを知っていたのですから...。
 犠牲者は15歳から74歳までで、女性もいます。中国人、朝鮮人そして白系ロシア人。なぜか病気になった七三一部隊員まで被験者になっています。
 白系ロシア人が看守をだまして反乱を起こしたものの、すぐに鎮圧されたこともありました。なにしろ七三一部隊の実験棟は、外に3メートルもの深い溝があるうえ、その内側に2、5メートルの高い塀があるから、脱出なんて不可能なのです。
 そして、「マルタ」と呼ばれた被験者は憲兵隊がどんどん連れてきます。それは抗日分子だったり、ソ連のスパイだったりします。日本軍に友抗的な人はいくらでもいたでしょう。そして、そんな「反日」の人間は匪賊として、即決射殺してよいという法律が満州国にはありました。面倒な裁判を経ることなく、憲兵隊は即決処刑できたのです。そして、殺すより「人体実験」で役に立たせようと考え、七三一部隊に送り込んだのでした。
 七三一部隊の悪業が世間に知られなかったのは、アメリカ軍が七三一部隊のトップに君臨していた石井四郎軍医中将たちから医学的データの提供を受けるのと交換に免責したからです。取引が成立したのです。石井四郎は、部下たちには墓場まで秘密を持って行けと命じておきながら、自らはアメリカ軍の尋問にペラペラとしゃべり、データを提供したのでした。
 本格的な学術研究書です。大変勉強になりました。
(2022年4月刊。税込3960円)

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