弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年2月 4日

ヒトラー(その2)

ドイツ


(霧山昴)
著者 芝 健介 、 出版 岩波新書

1933年のヒトラー首相の誕生は、棚ぼた式に舞い込んだ僥倖(ぎょうこう)だった。1933年は権力安定には不安定な局面が続いた。ナチ大衆(ナチ党を支持する民衆)は、全国のユダヤ系商店や百貨店への攻撃を開始した。ナチ大衆の暴力が激化したが、それは、ナチ党機関紙や集会で煽動されたものだった。
1933年5月、左翼の抑圧、国会の屈服、ユダヤ人排除の次は諸政党の解体だった。7月にはナチ党以外の全政党が消滅した。また、ドイツにおけるカトリック教会の存続は認められたが、聖職者が政治に関わることは禁止された。
ヒトラーは内閣の閣議を1938年2月に開かれたのを最後とし、開かなかった。法の制定は合議によらず、回覧方式となった。そして、ヒトラー自身は命令をサインして文書に残すのを避けた。
ヒトラーは、政権を握ると、国防費をみるみる増大させた。ドイツの国防軍の支出は財務省の予算統制から除外され、国民の眼から見えなくされた。国家支出総額に占める国防軍支出の割合は、1933年の41%。34年の18%、36年の39%、そして38年には50%へと急伸した。いやあ、これはたまったものではありませんよね。いま、日本の軍事予算は5兆円を軽く突破して6兆円へと近づいています。自民党タカ派は、これを10兆円にしろと要求しています。もちろん、福祉・教育予算を削るのとだきあわせです。「人材」育成はお金をかけずに管理・統制でやって、戦争のための武器・装備には湯水のようにお金をつぎこんでいる日本の現状と同じです。軍事予算の急増させていったため、1938年8月ころ、ドイツの国家財政は危機に瀕していた。ついに財務大臣がたまりかねてヒトラーあてに警告した。こんな国家破産を国民に見すかされないよう、ヒトラー政府は躍起となった。
そのとき、1938年11月、「水晶の夜」が発生した。ヒトラーは崩壊寸前の国家財政状態を、ユダヤ人と非占領地住民に背負わせて隠蔽することにした。つまり、ヒトラーによるユダヤ人絶滅策の推進と、オーストリアやポーランド侵攻は、軍字予算の野放図な増大による国家財政危機を乗りこえる方策でもあった。
ヒトラー・ドイツの戦争方式は「電撃戦」として有名です。機械化された機動部隊による、敵軍の抵抗を即刻粉砕するもの。空軍と陸軍(わけても装甲部隊)の一挙投入による速攻で、最短期間に勝利を得ようとする奇襲作戦というイメージが強烈です。しかし、近年では、実は、そのイメージほどのことはなかったとする研究成果が次々に発表されています。長期総力戦の準備がされないままヒトラーの指導により戦争に突入したのが、ヒトラー・ドイツ軍の実際だったというのです。ここでも、言葉のイメージにひきずられてはいけないようです。
ヒトラー52歳のときに始めた対ソ連攻撃のバルバロッサ作戦は、ボリシェヴィズムは殲滅すべきものと宣言したものだった。人種とイデオロギーにもとづく忌まわしくも犯罪的な絶滅戦争にドイツ国防軍は関わらされた。道義性をかなぐり捨てた無法の戦争だった。
ヒトラーは、戦前は神格化され、カリスマ的指導者像、総統神話だったが、敗戦後は、180度逆転して悪魔視されるようになった。そんなヒトラーが精神病にかかっていたというのは否定されている。
ヒトラーは、慢性の胃腸の不調、けいれんによる痛みをかかえ、また、足には、ひどい湿疹に苦しんでいた。ヒトラーにはお抱え医師がいた。ヒトラーが自殺する直前までの8年半のあいだヒトラーに投薬していた内科医のモレル医師だ。頭痛、不眠、耳鳴り、めまい、視力障害等をさまざまな病気と結びつけて思い悩む心気症的傾向の強かったヒトラーに、モレル医師は、ブドウ糖やホルモン、ビタミン等をふくんだ注射ですぐに効果を感じさせる治療法で好印象を与えた。
モレルは、麻酔剤、刺激剤、睡眠薬、催眠剤等を多用し、ヒトラーを薬漬けにしていった。ヒトラーの演説時には、メタンフェタミンなど、中枢神経を刺激する興奮剤も用いた。
ドイツ軍は、自軍兵士にメタンフェタミンの戦時覚醒錠剤を配布・服用させていたことも明らかになっています。ただ、この本では、モレル医師の薬調合は不適切であったことを指摘すると同時に、ヒトラーにはパーキンソン病の進行があったとしています。
ヒトラーには、私的(個人的)生活がないに等しく、ヒトラーから政治を差し引いたら、ほとんど、いや何も残らない。このようにヒトラー研究者たちは見ているようです。いわゆる家族生活がなかったのです。それに代わるものとして、ヒトラーを取り巻く「内部集団」があり、それが重要な「代替家族」機能を果たしていたと推測しています。まあ、人間的には、とても寂しい生活だったというわけです。
ヒトラーは日記をつける習慣がなかったし、私的な文書を残さないよう意識していた。
ヒトラーは56歳で死亡していますが、スターリンと並んで大量の罪なき人々の明日を奪い、奪い尽くしたという点では、悪魔の所業をした「奴」(あえて人間とは言いません)として歴史の記憶の残すべき人物、忘れてはいけない人物だとつくづく思います。
(2021年10月刊。税込1276円)

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