弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年4月12日

「生涯弁護人」(2)

司法


(霧山昴)
著者 弘中 惇一郎 、 出版 講談社

事件ファイル(1)に引き続く第2弾です。こちらのほうが弁護士にとってより適切な教訓がまとめられていると私は思いました。
薬害エイズ事件について、著者は、被害者と捜査権力(警察・検察)とマスメディアという三者が一本の線で結ばれるようになったとき、人権にとってきわめて危険な状態になると主張しています。この本を読むと、なるほど、そうなのかと実感させられます。
捜査当局、それも特捜部がターゲットにするのは、権力を有する政治家や高級官僚、財界人、権威ある学者など、大衆が憧れとともに嫉妬(しっと)を覚える人々だ。そんな人たちをやり玉にあげるストーリーを大衆は喜ぶ。そして、捜査当局は、標的にした人物についての悪いイメージをマスメディアが連続的に報じるよう、手持ちの材料を少しずつリークする(検察リーク)。報道によって「極悪人」のイメージが出来あがってしまうと、それを払拭(ふっしょく)するのは、並大抵のことではない。捜査当局は、こうやって世論を味方について、世論全体が厳罰を望んでいるかのような空気をつくり、それを追い風にして、強引に捜査を進めていく。
事実よりも世間の空気を優先し、「受け」を狙うのがマスコミの悪弊だ。
ウルトラ右翼として名高い桜井よし子は、その最たるものでした。
著者は、刑事事件だけでなく、みずから交通事故も扱ったことがあるようです。小さな一般民事事件は受任しないのかと思っていましたので、意外でした。
交通事故による損害賠償請求事件で、一律に「相場」で判断すべきではないとの著者の主張は、まったく同感です。ただ、悩ましいのは、「一律」、「相場」で考えるべきではないというとき、「特別な事情」とは、どんな事情を指すのか、一般論として、かなりの難しさがあります。
遺族の気持ちに寄り添い、その意見なり要望なりを、弁護士として形にしていくことが、被害者サイドにとって多少なりとも救いになるはずだと考えた。この点については、まったく異論がありません。
これに対して、名誉棄損の損害賠償請求事件について、著者が扱ったミッチー・サッチー事件の関連で、一審で1000万円が認められ、二審で600万円に減額されたことを紹介したうえ、現在は「相場」が下がって、今や300万円でも難しいとしています。
なお、表現の自由とのバランスがあるので、名誉棄損のときには、賠償額が高ければいいというものではないと釘を差してもいます。
裁判官は、控訴されることを意識して判決書を書いている。これは私の体験と実感からしても、そう言えます。裁判官は、民事でも刑事でも、判決を書くときには、「どうしたら高裁(控訴審)で破られないか、という発想をしている。つまり、双方から控訴されないよう、バランスをとるのだ。まったく同感です。
著者は痴漢冤罪事件も担当しています。その体験のもとづき、何も痴漢行為はしていないのに、「この人、痴漢です」と言われたら、「逃げるが勝ち」で、駅員におとなしくついていったらダメだとしています。まったくそのとおりです。「逃げるが勝ち」と言っても、「走って逃げる」のではなく、静かに立ち去るのです。早目に電車から降りる、駅の事務室にノコノコ尾いていかない。大事なことです。もちろん、線路におりたり、危険行為なんかしてはいけません。
著者は、弁護士とは、法律的な知識、考え方がいくらか身についている者として、依頼者がかかえている問題の解決のためにサポートする仕事だ。依頼者とは、一緒に問題解決のためにたたかう対等な関係にある。なので、著者は「リーガルサービス」という言葉が嫌いだと言います。なーるほど、そういう考えもあるのですね。
「ヤメ検」は検察官の捜査に協力的な姿勢になりがち。といっても、すべての「ヤメ検」ではない。これも同感です。決してすべてはありませんが、そんな人が少なくないのは実感します。
2巻のほうは、462頁と、やや薄いのですが、今なお決着していない、日産・カルロス・ゴーン事件も扱っていて、私にとっては2巻のほうが、ぐぐっとひきつけられる内容でした。それはともかく、司法界に興味と関心のある若者に呼んでもらいたい本です。
(2021年11月刊。税込2750円)

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