弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年4月 7日

地域弁護士を生きる

司法


(霧山昴)
著者 稲村 晴夫 、 出版 ちくし法律事務所

二日市で長く活動してきた稲村晴夫弁護士は、この4月から小郡市で、妻の鈴代弁護士、娘の蓉子弁護士と一家3人で法律事務所を構えています。この本はそれを記念して晴夫弁護士の二日市での38年間の活動を振り返っています。
なにより表紙の晴夫弁護士の慈愛あふれる笑顔がいいんです。法廷では「敵」の大企業を厳しく追及する晴夫弁護士は、カラオケをこよなく愛する、心優しい多趣味の人です。
著者は、弁護士になったことを後悔したことは一度もない、弁護士の仕事が嫌になったことも一度もないと語っています。私も同じです。弁護士こそ天職です。
自由で、自分の信念に従って生きることができて、それなりの収入も得ている。人権・正義・公平を武器にしてたたかえる職業は、他にはそんなにないのではないか。弁護士になって本当に良かった。じん肺の患者や中国人労工たちのため、長く汗水流し、涙を流した。それは少しも苦労ではなかったし、むしろ生きがい、やりがい、そして喜びでもあった。このように真情を吐露しています。
私は、このことを若い人たちにぜひぜひ伝えたいと思います。企業法務だけが弁護士の仕事ではありません。地域弁護士を生きることは、大きな生き甲斐、そして大きな喜びとともにあるのです。そのことを本書は実感させてくれます。
著者は馬奈木昭雄弁護士の下で5年間イソ弁をつとめたあと、二日市駅前に独立・開業しました。二日市というところは、裁判所があるわけでもない。弁護士が、みな裁判所の周辺に法律事務所を構えているというのに、福岡市のベットタウンにすぎない二日市駅前に事務所を構えて、果たして喰っていけるのかと心配する人がいました(私自身は心配無用と思っていましたが...)。ところが、たちまち稲村事務所は繁盛し、弁護士を次々に迎え入れて大きくなっていったのです。
稲村弁護士の地域での活動の多彩さには、目を見張ります。
ちくし法律事務所は、ロータリークラブ、ライオンズクラブ、中小企業家同友会、青年会議所、商工会、社会福祉協議会、後見サポートセンターといった団体とつながっています。
稲村弁護士は、筑紫平和懇、九条の会、アンダンテの会(いい映画をみる会)、民主商工会(税金裁判をともにたたかった)、「士業学習会」(二次会のあとカラオケへ)。
そして、著者の弁護士としての活動として特筆すべきことは、じん肺訴訟などの集団訴訟で大いに学び、またおおいに活躍したことにあります。
2002(平成14)年12月の『週刊朝日』は、「勝てる弁護士180人」を特集したが、そのなかに著者が選ばれている。選抜基準は「画期的な判決」を勝ちとったかどうか。著者については、「2001年7月の福岡高裁において、じん肺にかかった炭鉱労働者に対する国の責任が問われた筑豊じん肺訴訟で国と三井鉱山ら三社に勝訴。総額19億円の賠償金を獲得した」と紹介された。
著者は、自分にとっての集団訴訟は、正義・人権のために志を同じくする原告団・弁護団・支援者とともにたたかうことのやり甲斐と喜びを感じることのできる場だった。そこは筋書きのないたたかいのなかで、怒り・悲しみ・失望・不安・喜び・達成感など、さまざまなドラマを体験させてくれた場でもあった、としています。
この本を読んで驚いたエピソードを二つ、紹介します。
その一は、久留米の暴力団・道仁会の事務所に一人で乗り込んだこと。私はこれはまずいと思いました。結果としては、「よく出てきた」と言われて、うまく解決したようですが、危険な賭けですから、後輩がマネしたらケガすると思います。複数で行くべきです。私も馬奈木弁護士に誘われて、暴力団組長宅に行ったことがあります。玄関から入ると、正面に虎のはく製がドーンとあり、さすがにびっくりしました。
「電話の先で偉そうに色々言いやがって、出てこい」
「今から行くから待っていろ」
こんなやりとりのすえに事務所に出かけていったとのこと。どうやら平日、昼間の話ではあるようですが、「良い子は決してマネしてはいけません」。
もう一つ。スナックで著者たちが楽しく飲んでいると、客の男が店の包丁を手にして仁王立ち。包丁を持っていない男も刺すなら刺せよと居直って、一触即発の状況。そこへ著者が「やめなさいよ」と言いながら近づいていって、包丁をさっと取りあげた。そして、もう一人の男を店から追い出した。いやあ、これは危ないシーンです。こうなると正義の味方も命がけです。
38年間つとめた「ちくし法律事務所」が、感謝の気持ちこめて一冊の立派な本に仕立てました。海鳥社の制作による本づくりは、体裁も内容もすばらしい出来上がりになっています。ぜひ、みなさん、ご一読ください。
(2022年3月刊。税込2200円)

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー