弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年1月19日

真夜中のコール

社会


(霧山昴)
著者 最上 裕 、 出版 民主文学館

この本を読んで、会社づとめの大変さ、SEの苦労、労働組合の意義とか、いろんなことを学ばされ、考えさせられました。
著者は、40年の会社員生活の大半を社内SEとして過ごし、最後の10年間は生産管理システムの運用保守チームのとりまとめ役をやっていたとのこと。
夜間処理が停止すると、コンピューター室のオペレーターから、会社支給の携帯電話に電話がかかってくる。真夜中に電話して、相手がなかなか出てくれないと心細く、腹の底が冷えるような不安を感じる。
運用保守チームには、本体の会社からの出向社員、子会社のプロパー社員、協力会社の常駐請負社員、派遣社員など、さまざまな労働者がいる。
著者のそんな体験が生かされた小説なので、実に状況描写が詳細で身に迫ってきます。過酷な労働環境のなかで苦闘するSEは、不安定な雇用で、明日の保障がなく、パワハラにさらされ、うつ病にかかる。それが、みんな「自己責任」の思考の枠内で「解決」されようとする。そんな労働者を救うはずの労働組合は労使協調、会社の言いなりの企業内労働組合。
連合は新春旗びらきに自民党の首相を招いて挨拶させる一方、連合の会長は共産党と野党共闘を口汚くののしる政治的発言を繰り返して、恥じることがありません。
著者は、唯一の希望は、一人でも加盟できる労働組合(ユニオン)だとしています。だけど、一人で加盟するのは勇気がいりますし、周囲の無理解、妨害とたたかい、乗りこえる必要があります。
偽装請負。請負だったら、請負会社の責任者にしか作業指示はできないはず。ところが、実態は、請負会社の社員に対して、直接、作業を依頼している。これは法律違反。
黒い携帯電話が水曜日の夜中に突然けたたましく鳴りだした。目をこすりながら電話に出ると、「オペからJOBエラー停止の連絡がありました。対処お願いします」という。
翌朝のオンライン開始までに必ず処理を終了させなければならない。パソコンを立ち上げて時刻を見ると午前1時15分。午前2時までにJOBを再実行しなければ、夜間処理をオンライン開始時刻の午前7時半までに完了させることができない。こんな時刻に電話するなんて、家族の危篤のときくらいのはずだ...。
夜間障害対応の残業代は請求できるのか...。
「年俸制だから、個別の残業手当はない。見なし残業代にふくまれている」
ええっ、本当だろうか。ユニオンの回答は、夜間働いたら、会社は深夜割増の賃金を払わないといけない。これは管理職も同じ。では、どうやって、それを立証するか...。パソコンの起動・停止時刻。イコール、業務開始と終了時刻。だからパソコンの履歴を見たら、一目瞭然。しかし、そのパソコンは会社貸与なので、期間満了で「解雇」されたとき返還した。だったら、まだ社内に残っている元同僚に提供してもらったらどうか。
元同僚は業務上に知り得た情報を勝手に外部に渡すのは禁止されていると冷たい拒否反応だった。さあ、どうする...。
小さな職場で同じような仕事をしているわけですが、立場がそれぞれ違い、個性も異なり、ねたみや足のひっぱりあいもあったりして、まったく一枚岩ではありません。
取引先の会社からは厳しい要求をつきつけられるし、本体の会社は、業務悪化のため外部委託を減らそうとするのです。そんな状況で主人公はついに悩みが深刻・長期化して精神科にかかり、うつ病と診断され、休職するのです。
ITエンジニアなら、プロフェッショナルで、いろんな職場を渡り歩いてスキルを磨き、ステップアップできる。上と合わなければ会社を変わればいい。自由でいいと思ってこのキャリアを始めた。でも、時がたつと、それが夢物語でしかないことが分かる。
システムエンジニアの実態は、昔なら飯場(はんば)を渡り歩いた建設労働者の現代版のようなものだ。使っている道具がつるはしとスコップから、パソコンに替わり、使う身体の部分が筋肉から頭脳に替わったくらいのもの。会社が本来、労働者に支払われるお金をピンハネしているのも変わらないし、長時間働いて心身を壊したらぼろきれのように捨てられるのも同じだ。ひどすぎる。
主人公の夫婦は、妻はガンにかかり声を失い、夫はうつ病にかかってしまうのですが、妻のほうは、障害者年金を申請し、リハビリで少しずつ声を取り戻しつつあり、夫のほうもユニオンとともに会社と団体交渉したり、労働災害認定を申請し、また労災に強い弁護士とめぐりあったりして、先の見通しがあるのも読後感に救いがあります。
現代社会の断面を切り取った小説として、人間ドッグに入った一晩、ホテルで一心不乱に読みふけりました。一読を強くおすすめします。
(2020年2月刊。税込1100円)

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