弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年4月22日

近江商人と出世払い

江戸


(霧山昴)
著者 宇佐美 英機 、 出版 吉川弘文館

出世払いという慣行は近世期に成立したもの。出世証文を書き、出世払いをするということは、現在でも法律で認められている行為。これは確かにそう言えます。私も、出世払いの証文があるので、時効を気にせず、債務者に請求者を送ったところ、病気で落ちぶれていることが分かって(本人の弁明書)、それ以上の追求をやめたことが最近でもあります。
近江国には、日本でもっとも多くの出世証文が伝来している。
近江商人は、往路では近江国内の特産物や上方で購入した商品を他国に持ち下り販売し、復路では地方の特産物を購入して登(のぼ)せ落として、上方・近江国などで販売をするという、「のこぎり商い」を実践した商人だった。
「持ち下り商い」と称し、他国稼ぎをすることを商いの特徴とした近江商人たちは、近世期の既存の商業・流通構造を変化させた局面で、重要な位置を占めている。
近江商人について、「三方(さんぽう)よし」と言われる。これは、近世にはなく、後世に造語されたもの。1988(昭和63)年の小倉榮一郎の本に初めて書かれたもので、「売手によし、買手によし、世間によし」とされていた。ここでは、「に」が入っている。
滋賀県(近江国)には、175点もの出世証文が確認されている。出世証文とは、「将来の不定時において、債務を弁済することを約束した証文」。この証文によって債務額が確定し、このあとの利足(利子)は加算されない、また、このあと催促もされない。出世証文を書いた債務者は家屋敷にそれまでと同じく居住・利用しながら、多額の債務を弁済すべく出世の努力することになる。
著者は、出世証文には担保があると考えるべきだとしています。それは債務者本人であり、連署している家族の「栄誉」だというのです。
通説は、出世証文は「仕合(しあわせ)証文」とも称されたとしている。出世のほか、出精、出情、仕合、出身と同じ意味で書いた証文もある。
出世したというのは、普請(ふしん)できるほどの資産の回復を意味する。通常は、とりあえず、商売を続けることによって、家名を相続させていくことができるようになった状態と認識された。
出世証文は、ほとんど個人と個人とのあいだでとりかわされている。しかし、村の共有文書になっているものも存在する。
出世証文は、上方地域を中心とする西日本に伝来しているものがほとんどで、東日本にはごく一部のみ。しかも、それは受取人のほとんどが、また一部の差出人も上方の商人というもの。
大審院は明治43(1910)年10月31日、「出世払い証文」を法律上有効と判示した。また、大正4(1915)年2月19日、「出世払いの約定は停止条件ではなく、不確定期限である」とした。
伊藤忠商事・丸紅の創業者である初代伊藤忠兵衛も近江商人だったのですね...。
近江商人を輩出した地域を歩くと、そこには、ヒナにはマレな舟板塀で囲まれた大きな屋敷が今でも存在するのを見ることができる。その居宅には高級な部材が使用され、土蔵には、高価な書画、秦什器が収蔵されている。
立身し、出世できた奉公人は、商家に奉公した者の1割程度だった。
近江商人の番付表は、資産の多寡(たか)ではなく、何代にもわたって家が継承されてきた老舗であることが評価の中心に置かれていた。つまり、老舗とは、何代にもわたって世間に貢献してきた商家だとみなされたのだ。
出世証文について、初めて深く知ることができました。
(2021年12月刊。税込1980円)

 遠く神奈川に知人から、タラの芽を送ってもらいました。さっそく天プラにして、天ツユと塩の両方でいただきました。ほんの少し苦味もあって、まさしく春の味でした。いやあ、いいものです。
 ロシアの戦争のせいで、身近なところに影響が出ています。スケボーが入荷しない、トイレの便座が入らない、家具が入ってこないなどです。一刻も早く、戦争やめてほしいです。

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー