弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年3月21日

邂逅の森

人間


(霧山昴)
著者 熊谷 達也 、 出版 文春文庫

圧倒的なド迫力、ストーリー運び、場面展開、クマ狩りの迫真の描写に思わず溜め息をもらしてしまいました。
東北の山間部で生きるマタギの暮らす村は貧しい。そして、人々は貧しいなりに知恵もしぼりながら生活している。ときに騙しあいもしながら...。クマだって、ただ狩られるばかりではない。ときには逆襲してみせる。包囲陣から逃げ切ることだってある。
主人公は山形県の月山(がっさん)の麓(ふもと)の肘折(ひじおり)温泉近くの山中で狩りをするマタギの一員。
狩りの獲物の一つは、アオシン、つまりニホンカモシカだ。アオシンは下へ下へと逃げていくので、上から谷底に向かって追い落として仕留める。ところが、クマは、アオシンとは逆に、人に迫られたら斜面の上に逃げていく。
4月中旬から5月上旬にかけて、冬ごもりから出てきたばかりのクマは、毛皮も上質で、何より熊の胆(い)が太っている。そんなクマを巻き狩りで仕留める。
「熊の胆」は高く売れる。クマの胆嚢(たんのう)を乾燥させてつくる「熊の胆」は、腹病みをはじめとした胃腸病、産後の婦人病まで、ほとんどあらゆる病気の万能薬として、昔から珍重されてきた。「熊の胆1匁(もんめ)、金1匁」という言葉があるほど高価なもの。米と交換するなら、熊の胆1匁は米2俵になる。
アオシンの肉と毛皮はクマ以上に需要があった。アオシンの肉ほど美味いものはない。毛皮も素晴らしい。防寒具としてすぐれていて、マタギもアオシンの毛皮を愛用している。
人は歩いた数だけ山を知る。山のことは山に教われ、獣のことは獣に学べ。これがマタギの鉄則。じっと待つのがマタギの仕事の一部でもある。ひとところで息を潜め、身じろぎひとつせず、気配を消して、ひたすら待ち続ける。1時間や2時間はザラで、3時間以上じっとしていることもある。少しでも物音を立てると、それを敏感に察知したクマは、人の裏をかいて姿をくらます。
穴グマ猟。クマは毎年同じ穴を使うことはほとんどない。寝込みを襲われないための知恵だろう。それだけクマ穴を探し出すのは容易なことではない。
クマは自分で越冬穴を掘ることはない。必ず自然に出来た穴を利用する。
主人公はマタギの里にいられなくなって、鉱山の里にもぐり込んだ。ここには、友子同盟と呼ばれる採鉱夫だけが所属する組織があった。鉱山は危険が一杯。そして長く働いていると病気になって早死してしまう。それでも目先のお金を求めて鉱夫たちは働いている。
文庫本で530頁もある大作です。2004(平成16)の直木賞、そして山本周五郎賞を同時受賞したというのは、読んで、なるほどと納得しました。冬山の危険にみちたマタギたちの狩りが手にとるように想像できるのです。巻末に参考文献が紹介されていますが、マタギの生活、鉱夫たちの友子制度、富山の薬売り、「性の日本史」などを踏まえ、一本の骨太ストーリーを組み立てあげた著者の想像力の卓越したすごさに完全脱帽しました。一読を強くおすすめします。
(2020年7月刊。税込902円)

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