弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年12月17日

アウトロー・オーシャン(上)

アメリカ


(霧山昴)
著者 イアン・アービナ 、 出版 白水社

タイの遠洋漁業の漁船の乗組員は、まさしく奴隷。ひんぱんに暴行され、ときには殺害されてしまう。この本は、こんな記述から始まります。驚きました。洋上でのんびり釣りをしている光景とはほど遠い悲惨な状況があるのです。
違法操業船「サンダー」の乗組員40人の大半はインドネシア人。幹部船員はスペイン人が多く、船長はチリ人。スペインの犯罪組織は、魚の密漁にも手を染めている。
水産物の違法取引は年間取引額が1600億ドルと推定され、今やビジネスとしてグローバル化している。それにはテクノロジーの向上が背景にある。高性能のレーダー、漁網の大型化、漁船の高速化により、水産資源を驚くほど効率的に略奪できるようになった。
1970年代初頭にグリーンピースが結成され、海の環境保護活動を始めた。そして、そのなかからシーシェパードという過激で攻撃的な組織が生まれた。
公海を定期的に巡礼して違法行為を取り締まる組織は、グリーンピースとシーシェパード以外にはいない。彼らは、目的は手段を正当化すると考えている。
シーシェパードは、5隻の大型船と数艘の高速硬式ゴムボート、ドローン2機、24ヶ国から集まった最大120人の即時対応可能な乗組員をかかえている。その活動資金は著名人たちの寄付に頼っている。年間予算は400万ドル。
シーシェパードは、世界中の海洋生物を守るためなら、法律のあやなど気にせず、「直接行動」する。日本の捕鯨船などへの体当たり攻撃も繰り返している。
シーシェパードの船上生活は厳格に管理されている。午前7時にミーティング、そのあと、各自が割り当てられた雑用(トイレ掃除など)をこなす。水の節約のため、シャワーは1日3分以内。すべてのメールは、船のメインサーバーを介して行われる。海賊の襲撃を招きかねないからだ。酒とタバコは禁止。トレーニングルームがある。夜には読書会。
乗組員の半数は女性で、ほぼ全員が大卒以上の学歴をもつ20歳から35歳までの若者。洋上での労働時間は、人並み以上。
海洋資源は無尽蔵だという思い込みのもとに、水産物の乱獲がすすんでいる。
海では、法の力は及ばない。海事法では、その船舶が船籍登録している国の法律のみが適用される。海の上では、法律は船舶の乗組員ではなく、その積み荷の保護に重きを置いている。積み荷を重視し、乗組員を軽視する傾向は、会場で共通している。
保険金詐欺も横行している。悪徳運搬会社が船を沖合に出させ、そこで故障して航行不能になったので、自沈させたという「事故」を起こす。もちろん、実際には沈めない。そして得た保険金を運搬会社と整備しで折半する。そして沈めたはずの船は船名を変え、掲げる国旗も変えて、別の船に生まれ変わる。
海の世界では、ギリシアは超大国だ。ギリシアの著名な海運王一族のほぼ半数が、幅7キロの海峡を挟んでトルコと向かいあうヒオス島の出身だ。
フィリピンほど多くの船員を世界の海に送り出している国はない。フィリピンの人口が世界人口に占める割合は1.2%ほどなのに、商用船舶の乗組員でみると25%になる。2016年の時点で、40万人のフィリピン人が幹部船員や甲板員、漁船乗組員、クルーズ船の船員などとして働いている。
世界の海が今どうなっているのか、知らないことだけで、大変勉強になりました。
(2021年7月刊。税込2640円)

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