弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年8月30日

海獣学者、クジラを解剖する

生物(クジラ)


(霧山昴)
著者 田島 木綿子 、 出版 山と渓谷社

著者は茨城県つくば市にある国立科学博物館の筑波研究施設につとめる海獣学者。これまでの20年間に調査解剖したクジラは2000頭をこえる。日本一は間違いないとして、恐らく世界一、クジラを解剖している女性(いったい、男性で同じようなことをしている人はいるのでしょうか...)。
解剖の対象は、死んで海岸に打ち上げられたクジラたち。これをストランディング(漂着、座礁)と呼ぶ。日本国内の海岸に年間300件のストランディングが報告され、可能な限り著者たちは班を組んで現場に駆けつける。科学的に測定し、博物館の標本とするため。放っておくと腐敗し悪臭を漂わせるため、地方自治体は粗大ゴミ扱いしてよいことになっている。そんな処理をされる前に現場に行って、関係者によくよく趣旨を説明して、調査・保存に協力してもらうのが著者たちの第一の任務。
いつストランディングがあるのかは予測がまったくつかないので、対応するのは大変なこと...。さすが根性の入った海獣学者ですので、ともかくストランディング対応が最優先。
しかも、相手は巨体、そして腐敗が進行中...。一刻の猶予もなく解剖に取りかからなければなりません。悪臭なんか気にしているヒマはないのです。いやはや...。
一種につき一体やればいいというのは素人考え。プロは、最低30体はないと、その種を特徴づける肋骨、歯の数、頭骨の形を数値化した平均値、子どもを産む年齢、寿命、大人の平均的な体長といった基本情報、そして、その種がどのような生き方をし、暮らしているのか、他の生物との共通性や違いはどこにあるのか...、情報が多ければ多いほど正確性を増す。
私も、一つのテーマについて少し深く知りたいときには、最低30冊の本を読むようにしています。そのテーマについて30冊を読むと、だいたい共通認識が得られるからです。
マッコウクジラ(16メートル級)の心臓から血液を体内に送る大動脈は、消防車が消火に使うホースくらいの太さがある。うひゃあ、す、すごーい。さすがにデッカイですね。
2018年8月、鎌倉市由比ガ浜にシロナガスクジラの死体が漂着した。このシロナガスクジラは海の哺乳類の中でも特別な存在で、一生に一度あるかどうかの希少なチャンス。大人は全身25メートルにもなるが、このときは11メートルほどの、生後数ヶ月の幼体だった。母クジラと生き別れて死んでしまった赤ちゃんクジラ。
このクジラヒゲを分析すると、岩手県沖を親クジラと一緒に回遊していたことも判明した。すごいですね、そんなことも分かるのですね。そして、もっと恐ろしいことは、この赤ちゃんクジラの胃の中に、直径7センチのビニール片が見つかったということ。「ナイロン6」という材質のフィルムだった。いやはや、プラスチックゴミがこうやって自然環境を汚染しているのですね...。
私は読んでいませんが、本屋大賞をとった『52ヘルツのクジラたち』(町田そのこ、中央公論社)のタイトルにある「52ヘルツのクジラ」は実際に存在した(今も生きているかも...)というのです。52ヘルツというのは、通常なら20ヘルツ前後なのに、特殊な周波数の声で鳴いているのが観測されたのでした。あまりにも特殊な周波数なので、他の種のクジラと関わっている様子がないため、「世界でもっとも孤独なクジラ」と呼ばれるようになった。
ふむふむ、そういうこともあるのですね。1989年に発見されたクジラですが、ぜひ今でも生きていてほしいですね。
沖縄の海で、ジュゴンが異常な鳴き声を出しているのが観測された。そして、そのジュゴンの死体が見つかった。著者たちが出動して、オグロオトメエイというエイの棘(トゲ)がジュゴンの腹に刺さり、その痛みに耐えかねてジュゴンは夜間ずっと鳴いていて、ついに死に至ったことが判明した。
ええっ、そんなことまで分かるのですね、やっぱり学者って、すごいです。
人間関係に疲れて、人間との関わりの少ない専門分野として著者は自然に生きる野生動物を対象に選んだそうです。でも、やっぱり人間との関わりあってこそ研究が深められたといいます。ひき続き、元気にがんばってほしいですね。元気の出る面白い本でした。
(2021年8月刊。税込1870円)

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