弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年8月29日

本の力

人間


(霧山昴)
著者 酒井 京子 、 出版 童心社

孫に絵本を読み聞かせています。両足を組んで孫を座らせ、絵本を声色たっぷりに読みあげるのは本当に楽しいです。川崎セツルメントの大先輩である、かこさとしの「ドロボー学校」やら「カラスのパン屋さん」なんて、読んでる私まで気分がぐぐっと若返ります。
絵本誕生の秘話として著者が語るのは、誰でも知っている「おしいれのぼうけん」、「ダンプえんちょうやっつけた」、「14ひきシリーズ」、そして「いないいないばあ」といわさきちひろの「花の童話集」などです。長く長く心に残る絵本ってこうやって出来あがっていくのですね。
120頁ほどの薄い本なので裁判所に持っていって、待ち時間に読みはじめ、裁判が終わってからは控室に行って読み終わりました。
すぐれた絵本は、これを子どもに話したい、伝えたい、子どもたちを喜ばせたいという真剣なものが込められていなければならない。そして、生きる力や考えることの大切さを伝えるものでなければならない。なるほど、そうですよね...。
著者が古田足田さんの家に原稿を取りに行くと、20枚ほどの原稿がテーブルの上に置いてある。それを必死に読む。古田さんは黙って、見ている。ときには、にらみつける(著者は、そう思った)。本当に怖かった。試されていると感じた。読んだなら、その場で何か言わなくてはいけない。考えて明日言います、なんて許されない。緊張する。しかも、古田さんが次に進める意欲が出るようなことを言わなければいけない。問題点だけを指摘したら、古田さんはやる気をなくしてしまう...。
著者が何か言うと、古田さんは20分くらい黙って、何か考えている。さすがに20分間は長い。冬なので、薄手のセーターを着ていったが、汗びっしょり。古田さんの家を出るときには、セーターの上から汗がふき出ていた。それほど真剣勝負だった。
「おしいれのぼうけん」を社長は、「10万部は売ってみせます」と断言した。実際には、1974年に発売されてから2021年3月までに、なんと240万部も売れている。もちろん私の家にもありますし、孫たちにも読んでやりました。ねずみばあさんを今でも怖がっています。
書店に行くと分かる。たくさんの本が並んでいるけれど、力の入った本とそうでない本は、そこから発散するものが違う。それはその中に込められたものによる。込められたものが光輝くのだ。
力のある本は、作家と画家、そして編集者も印刷屋さん、製本屋さんも含め、製作に関わったすべての人の気持ちが、ひとつになる瞬間がある。それは奇跡に近い瞬間だ。
「おしいれのぼうけん」では、ねずみばあさんの怖さと、保育園の子ども2入の勇気がたまらない魅力になっている。
「14ひき」のシリーズに関わったとき、編集者の著者にも作者(いわむらかずおさん)はラフスケッチを見せてくれなかった。本は、生まれる前は作者だけのもの。ひとたび誰かに見せたら、もう作者だけのものではなくなる。ラフの段階で、編集者がトンチンカンなことを言うのは許されない。
「14ひき」シリーズの絵本が初めて出版されて40年たった。今では「日本のいわむら」から「世界のいわむら」になっている。パリでいわむらさんのサイン会をしたら、行列ができた。22言語に翻訳されている。
著者は、いわさきちひろの絵を見た瞬間、この人はただものではないと直感したという。それから、ちひろの黒姫の山荘に行ったとき、尊敬できる人には、いくらでも献身的になれ、料理や掃除がまったく苦にならなかった。
いやあ、いい絵本誕生の秘話でした。編集者としてすごい幸運でしたね...。
(2021年6月刊。税込1650円)

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