弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年8月28日

横井久美子、歌手グランドフィナーレ

人間


(霧山昴)
著者 横井 久美子 、 出版 一葉社

本年(2021年)1月14日、歌手の横井久美子は腎盂癌(じんうがん)によって76歳で帰らぬ人となった。この本は、横井久美子が生前に書いたエッセーなどを集めたもので、タイトルは本人が決めた。
横井久美子は、名古屋の左官屋の娘として生まれ育ったが、小さいころから声がよくて、近所でも評判の子どもだった。さすがですね。高校でも音楽過程声楽科に入り、大学は東京芸大の入試に失敗し、国立(くにたち)音大の声楽科に入学した。周囲は、みな金持ちの、良家の子女ばかり。左官職人の父親がアップライトのピアノを寮に運んできてくれたのを恥ずかしく思うばかりの女の子だった。
これって、私にもよく分かります。大学生のこと、小売酒屋の父と母を、私も心底から馬鹿にしていました。思い出すたびに顔から火が噴き出すほど恥ずかしさを覚えます。セツルメント活動をするなかで、社会と人生について少しずつ理解するようになり、自分のあまりの愚かさを少しずつ自覚するようになっていきました。
歌をうたうって、人間にとって何を意味するのか?
そもそも歌って、何なのか?
こんな根源的な疑問を胸に抱きながら音楽大学を卒業した。
横井久美子の夫は友寄英隆は経済学者です。「世俗チョウエツ学者夫」と書かれています。私も話を聞いたことがありますが、なるほど、真面目一徹の経済学者だという印象を受けました。この本によると、離婚の危機を迎えたこともあったようです。娘は、アメリカのワシントンDCで知的財産権の弁護士として働いているとのこと(その夫はアメリカ人)。長男は、「一般人」としての優しさを備えているとのこと。要するに、横井久美子の子育ては手抜きしたけれど、立派に成功したのです。うらやましいですね...。
横井久美子が「燃え尽きた」状態になったこと、それでアイルランドに旅立ったことは知っていましたが、この本を読んで、その事情を知ることができました。
1989年、横井久美子は歌手生活20周年のコンサートを日本青年館で開き成功させた。ところが、本人は出だしの声が十分に出なかった、満席にできなかったと思いこんでしまい、このまま枯れ木のように朽ち果てていくのではないかと大きく落ち込んだ。初めて味わった挫折感だった。唯我独尊になりやすい傾向にあったのです。「私が期待した私らしい私」になれないというのが不安感の主たる原因...。むむむ、なんだかよく分かりませんが、歌手一筋で生きてきたことから、いちど立ち停まって考えてみたらどうか、という天啓がおりてきたのでしょうね。
アイルランドでは、自転車を借りて219キロを横断したというのです。たいしたものですね。
1996年、南アフリカを「じん肺弁護団」のメンバーと一緒に訪問しています。福岡からは岩城邦治・稲村晴夫・角銅立身弁護士が一緒でした。角銅弁護士は横井久美子と大の仲良しで、自宅に泊めて歓待したこともあると聞いていました。角銅弁護士はベトナムにも一緒に行ったことが本書にも紹介されています。
横井久美子のガン闘病日記が紹介されています。そのなかで、本人は、いつも、「私はなんて運のいい女だ!と思って生きている」と書いています。本当にそのとおりですよね。そして、私も同じように思って生きています。
この本を読んで一つだけ不思議に思ったのは、「絶対音感のない私」という表現があるところです。あれだけたくさんの作詞・作曲をした歌手でも、絶対音感がないと思い込んでいるというのがひどい音痴の私には信じられませんでした。
横井久美子の歌は、なにより声がいいのです。私の全身にすっと音が入ってきます。そのうえ歌詞も曲も心地が良くて、うっとりさせられます。たくさんの、すべてとは言いませんが、CDをもっていました。過去形で書いたのは、今では「終活」の一環として、CDの大半を処分したからです。横井久美子の声を聞いている気分になって読了し、ほんわかいい気分に浸っています。いい本をありがとうございました。死んだら拍手してくださいということなので、精一杯の盛大な拍手を送りたいと思います。
(2021年6月刊。税込2420円)

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