弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年7月29日

約束の地(上)

アメリカ


(霧山昴)
著者 バラク・オバマ 、 出版 集英社

アメリカで170万部も売れたというオバマ元大統領の回顧録です。
正直いってオバマ大統領誕生のニュースを聞いたときには私も少しばかり胸が熱くなりました。これでアメリカも、もう少しまともな国になってくれるのではないか...という期待からです。でもまあ、その後のオバマ大統領の行動をみると、プラハでの演説は素晴らしかったのですが、その後の行動が演説を裏切りました。また、オサマ・ビン・ラディンの強引な暗殺も許せません。アメリカなら、司法を無視して、しかも他国の主権を無視して容疑者を一方的に殺してしまえる。そんなはずはありません。大いに失望させられました。
でもでも、そのあとのトランプ大統領よりは、ましです。というか、トランプのひどさは言葉に言い表せません。だけど、トランプには少なくとも言葉がありました。わがスガ首相には、その言葉すらありません。アベもスガも、知性と教養がないことを売りにしているようです(その点、トランプそっくりです)。でも、政治家がコトバの力を信じなかったら、世の中は闇です。
序文で、オバマがこう書いています。
「私は今でも手で書くことを好んでいる。パソコンを使うと、ひどく乱雑な下書きがあまりに体裁よく見えてしまい、生煮えの構想まで整然と仕上がったように錯覚するからだ」
これには、まったく同感です。モノカキを自称する私は、まったくの手書き派です。パソコンに入力するのは有能な秘書の仕事です。そして、私が赤ペンを2度、3度と入れて完成稿を目ざすのです。この赤ペン入れは私のひそかな楽しみです。
オバマが10歳のとき、父親がケニアからハワイのホノルルまでやってきて、1ヶ月をともに過ごした。それが父親に会った最初で、最後。
10代のころのオバマは、信じられないことに、やる気の感じられない学生だった。バスケットボールには情熱を燃やしていたし、パーティーにはしょっちゅう行っていたが、学生自治会とは縁がなく、議員のインターンとして働いたこともない。
ただ、高校生のオバマは自分の肌の色、そして階級をめぐって疑問を抱いてもいた。そのことを誰に話すこともなく、オバマは本に逃げ込んだ。
読書は、幼いころに母に植えつけられた習慣だった。本が好きだったから、オバマは高校を無事に卒業できた。そして、1979年にカリフォルニア州のオクシデンタル大学に入学した。3年目にコロンビア大学に移った。このコロンビア大学での3年間、オバマは修道士のような日々を送った。ひたすら読み、書き、日記をつけ、学生のパーティーにはほとんど顔を出さず、温かい食事をとることもまれだった。ひたむきで、強情で、ユーモアのない毎日を送った。
1983年に大学を卒業し、シカゴでコミュニティ・オーガナイジングの活動を始めた。地域の課題解決に向けて、ごく普通の人々を連帯させていく草の根活動。ここで、オバマは、頭でっかちな自分から脱却できた。地域に入って、何度も拒絶され、侮辱されたので、拒絶され侮辱されるのを恐れることがなくなった。そして、ユーモアのセンスも取り戻した。
私は、この節を読んで、私が大学1年生のときから3年間ほどかかわったセツルメント活動を思い出しました。川崎市幸区古市場という、大企業から中小企業まで、そこで働く労働者の暮らす下町での若者サークルの一員として活動していました。侮辱されたことはありませんが、拒絶され、また、会社からアカ攻撃を受けていました。少しでも会社の意向に反する言動をしようものなら、「アカ」として排斥される社会的な仕組みがあることを体験したのです。でも、同時に、そこは楽しい場でした。ユーモアのセンスを取り戻すというのではありませんでしたが、心の安まる場であったことは確かです。今、そんな学生セツルメント活動が存在しないのが、残念でなりません。ネットで替えられるものではないのです。
オバマは、この経験を経て、ハーバード大学のロースクールに進んだのです。日本のロースクールの理想もそういうものでした。社会人の経験ある人が弁護士になることを容易にしようというものです。実際に、そういう人たちも少なからずいるわけですが、今では日本のロースクールは失敗だと言いたてる人の声が大きいのが、私としては残念でなりません。
オバマがミシェルに出会ったのは、シカゴの法律事務所でのこと。すでにミシェルは弁護士として働いていて、オバマは、そこへインターンとして通った。ミシェルは、ユーモアがあって、社交的で度量が広く、とてつもなく頭がよかった。なので、オバマは会った瞬間、魅了された。
オバマは政治家になり、ついには上院議員、そして、大統領選挙に挑戦します。勝ちすすむための具体的な心得は、メディアをもっと効果的に活動すること。自分の主張を短く、強い言葉にまとめて広めること。政策文書の作成にばかり時間を費やさず、有権者一人ひとりと直接つながる活動を展開すること、そして活動資金を、それも多額の資金を調達すること。費用のかさむテレビ広告を打って、認知度を上げることが条件だった。
オバマにある人が、こう言った。
「キミが機会を選ぶのではない。機会のほうがキミを選ぶのだ。キミにとって唯一となるかもしれないこの機会をキミ自身の手でつかむか、そうでなければ機会を逃したという思いを一生かかえて過ごすか、そのどちらかだ」
オバマは、まったく同じ話を、まったく同じ話し方で、1日に5回も6回も7回も話さなくてはいけなかった。
私にとって、これは耐えられないことです。1回話したことを、もう1回、同じように話せと言われたら断ります。それを6回も、7回も、だなんて、とんでもありません。政治家なんて、私にはまったく向いていません。
質問の半分は揚げ足とり。その罠にはまってはいけない。どんな質問をされても、まず何かひと言返し、いかにも答えたかのように思わせ、そのうえで、主張したいことを話したらいい。人は事実よりも感情で動く。なので、否定的な感情ではなく、肯定的な感情をかきたてる、演技をしながらも、やはり真実を語る必要がある。
上巻はオバマが大統領になるまでが大半を占めています。一気に舞台を駆けあがっていく様子はアメリカの民主主義の強さを実感させられます。
(2021年2月刊。税込2200円)

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