弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年7月28日

ノマド

アメリカ


(霧山昴)
著者 ジェシカ・ブルーダー 、 出版 春秋社

映画「ノマドランド」は見ていませんが、その原作本です。
ノマドとは、流浪の民のこと。まさか自分が放浪生活をすることになるとは思いもしなかった人々が、続々と路上に出ている。
彼らをホームレスと呼ぶ人もいるが、現代のノマドは、そう呼ばれるのを嫌う。避難所と移動手段との両方をもつ彼らは、ホームレスではなく、ハウスレスを自称している。
彼らの多くは、遠目には、キャンピングカーを愛好する気楽なリタイヤ組に見える。
しかし、ガソリンタンクとお腹を満たすために、骨の折れる肉体労働に長時間労働している。賃金が上がらず、住宅費が高騰する今の時代に、家賃や住宅ローンのくびきから自由になることで食いつないでいる。彼らは、日々、やっとのことでアメリカを生きのびている。
賃金の上昇率と住居費の上昇率があまりに乖離(かいり)した結果、中流クラスの生活をしたいという夢をかなえるなんて逆立ちしても無理になってしまった人が、続々と増えている。
収入の半分以上を住居費に費やしているアメリカ人家庭の6世帯に1世帯は、待ったなしの状況にある。住居費を支払うと、食料品、医薬品、その他の生活必需品を買うお金がほとんど、あるいはまったく残らない定収入の家庭が少なくない。
キャンピングカーにないのはシャワーとトイレ。トイレはバケツで代用する。そのふたの上に食料品を置く。
アマゾンは、従来型の派遣社員を何千人も採用しているが、配送量が劇的に増える繁忙期、つまり3ヶ月から4か月間続くクリスマスセールの時期には、ノマドを追加投入する。
アリゾナ州では、2000人ほどのノマドを採用した。そして、繁忙期が終わると、用済みとなり、契約は切られる。
かつて年100万ドル以上の暮らしをしていた人が、今や週に75ドル(7500円ほど)で暮らす。中流層の労働者の半数近くは、定年退職のあとは、1日わずか5ドルの食費でやりくりすることになる。公的年金だけでは、あまりにぎりぎりで、やっと食いつなげるかどうかというレベル。これを「定年の消滅」と呼ぶ。
ところが強欲老人というイメージがつくりあげられた。現役世代の血税を飲み干しつつ、ゆたかなレジャーを楽しみながら老後を過ごす、老人病の吸血鬼。これは、ロナルド・レーガンの言った「福祉の女王」と同じもの。
車上生活を安全に過ごすには工夫と注意が必要。日中と夜間で、車の停泊場所は変える。日中は日常の行動がすべて問題なくできる場所を選ぶ。夜間の停泊場所には、暗くなってから移動する。そこは眠るだけの場所なので、朝になったら、すぐにまた移動する。
もう一つ大事なのはカモフラージュ。車は、いつもきれいにしておく。座席に洗濯物などを散らかしておかない。人の興味をひきそうな装飾はしない。ステッカーなんて貼らない。
そして、警官は、避けるに限る。
車上生活者の圧倒的多数は白人。白人であってさえ、アメリカでノマドでいるのは並大抵のことではない。黒人が車上生活するのは、危険すぎる。
アメリカでは、社内泊を禁止する都市が増えている。2011年から2014年まで37から81都市へ43%増えた。ニューヨーク、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ワシントン、ホノルルなどで、警察が検挙している。
だけど、ノマド同士の連帯も生まれている。
立派な建物もお風呂もないセンターステージだってありゃしない。だけど、キャンプファイヤーで友情が生まれる。だれもかれも安っぽいつくりだけど同じ人は一人もいない。
現代アメリカの知られざる現実が紹介されています。著者は大学で教えてもいる女性ジャーナリストです。
(2021年5月刊。税込2640円)

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