弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年5月26日

沙林、偽りの王国

社会


(霧山昴)
著者 帚木 蓬生 、 出版 新潮社

オウム真理教の犯罪を医学者の立場から詳しく追跡していった労作です。もちろん著者も作家であると同時に著名な医師です。
残念であり、不思議なことにオウム真理教という、いわばインチキ宗教、人を救うのではなく、平気で何十人もの罪なき人々を殺害した集団に日本の最高学府を経た人々が多かったという事実です。東大理Ⅲ、医学部卒も2人いるそうですし、青山某は京大法学部出身の弁護士でした。
この本は、歴史的事実をもとに、小説として構成したフィクションだと著者が初めに断りを書いています。それにしても歴史的事実のほうは全部が実名ですので、オウム真理教とはいかなる集団だったのか、よくよく理解できる構成・ストーリー展開です。
私は、麻原以下の死刑執行に反対でしたし、今でも処刑すべきではなかったと考えています。処刑してしまえば、みんな過去の歴史になってしまいます。でも、オウム真理教は今も名を変えて存在しています(盲腸のように役立たない存在とみられてきた公安調査庁を起死回生させ、今やその存在意義となっています)し、問題を風化させて(忘却の彼方へ追いやって)はいけないと考えるからです。
オウム真理教は熊本でも大きな問題を引きおこしました。1990年から波野村で5万坪の土地を取得して教団の建物をつくり、信者が住みはじめたのです。そして、村民は追放運動をはじめ、裁判にまでなりました。1994年8月、オウム真理教は波野村から9億2000万円をもらって出ていきました(和解成立)。びっくりするほどの巨額です。
1995年1月17日、阪神・淡路大震災が起きた。そして、3月20日(月)朝、東京の地下鉄でサリン事件が起きた。さらに3月30日(木)朝、警察庁の国松長官が自宅を出たところを狙撃され、瀕死の重傷を負った。この犯人はプロの狙撃手としか考えられなかった。オウム真理教の信者にそんな人間がいるのか...。
警察はオウム真理教の信者であった警察官を取り調べていましたが、ついに起訴することができませんでした。犯人はオウム真理教の信者ではないという本があり、かなりの説得力があります。
林郁夫は慶応大学医学部を卒業し、その父も兄夫婦も医師。
教団ナンバー2の村井秀夫が教団総本部前で衆人環視の中で右翼・暴力団の男から牛刀で刺殺されたのも不可解な事件だった。
坂本堤弁護士一家を殺害したオウム真理教の犯人は6人(村井秀夫、早川紀代秀、新実智光、中川智正、岡崎一明、端本悟)。中川は、背広のポケットに塩化カリウム溶液の入った注射器3本を入れていた。岡崎が坂本弁護士の首を絞め、中川が本人の都子(さとこ)さんの首を絞めた。都子さんは、「子どもだけでも助けて」と叫んだのに、中川が子どもの鼻口を押さえ、新実がけいれんした子どもにとどめをさした。いやはや、本当にむごいことをする連中です。涙が出てきます。
都子さんは、1985年4月28日に大牟田であった全国クレサラ交流集会に参加して、受付を手伝ってくれました。10月20日、坂本一家の葬儀が横浜アリーナで行われ、弔問客は2万6千人に達した。私も行きたかったです。
麻原智津夫は金の亡者だった。修行の名目で在家信者から、数十万、数百万円単位でお金を吸い上げた。教祖の血を飲ませるとひとり百万円、教祖が入浴したあとの湯も高額で売りつけた。電極付きのヘッドギアは在家信者には1千万円で買わせた。
教祖・麻原の妻・松本和子に子どもがいるほか、石井久子は公然たる愛人であり、3人の子を産ませている。そのほか、少なくとも2人の愛人がいて、女性信者にはひとりずつ、2時間の「説法」に及んでいる。
化けの皮をはがされた麻原の反応は、まずは怒号。次は支離滅裂の弁明。そして最後は、何やら自分流の呪文らしいブツブツ。これら一連の反応は、すべて生きのびるためのあがきであり、窮余の一策としてのブツブツは、あわよくば精神異常の診断をかちとるための詐病だった。
2018年7月6日、7人に死刑執行された。新実54歳、井上嘉浩48歳、中川55歳、早川68歳、麻原63歳、遠藤誠一58歳、土谷正実53歳。20日後の7月26日、6人の死刑が執行された。林泰男60歳、岡崎一明57歳、横山真人54歳、広瀬健一54歳、端本51歳、豊田亨50歳。
麻原と遠藤は最期まで反省せず、林泰男は不明、あとの10人は罪を悔いた。
上川陽子法務大臣による死刑執行は政治的意向が働いた。この人の頭のなかは、残念ながら、それだけのようです。社会に責任を果たしているとは思えません。
大変な労作です。著者に敬意を表します。
(2021年3月刊。税込2310円)

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー