弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年1月28日

人の値段

著者:西村 肇、出版社:講談社
 日亜化学の青色発光ダイオード裁判で発明した中村修二氏に対して会社は200億円支払えという東京地裁の判決が出て、世間に大きなショックを与えました。ところが、東京高裁は桁(ケタ)が2つもちがう8億円で無理矢理和解させてしまいました。
 日本の司法は腐っている。
 私は中村修二氏のこの叫びに同感です。東京高裁は、200億円も出させられたらつぶれてしまうという会社側の主張にやすやすと乗ってしまいました。でも、そんなの嘘でしょ。プロ野球の選手たちの給料を考えてみたら、200億円というのはそれほどのことではありません。また、世間を騒がすほどの巨額の横領事件が起きても、不思議なことに会社がつぶれたということはほとんどありません。
 この本で西村教授は中村修二氏は70億円は受けとれるという試算をしていますが、説得力があります。また、同業の研究者に「ねたみ」の心から来る反撥があることを著者は指摘していますが、私も同感です。
 話は変わりますが、オーケストラの指揮者について紹介されています。
 指揮者はオーケストラの総譜を完全に暗記している。それは、音符の数で10万個。これは、40字、16行の200ページの新書の字数とほぼ同じ。つまり、総譜を暗譜するということは、新書1冊を完全に覚えてしまうことを意味する。
 小澤征爾は、このように暗譜した曲が200曲以上もあるというのです。すごいものです。中村修二氏の話に戻ります。高裁の裁判官たちはかなり考え違いをしていると思います。会社万能だという古い考えにとらわれすぎです。もちろん、それは経済界の強い圧力に屈したということでもあります。ひどいものです。腐っていると言われても仕方がありません。

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黙って行かせて

著者:ヘルガ・シュナイダー、出版社:新潮社
 自分の親がナチスに心酔していて、アウシュヴィッツの看守をつとめていた。しかも、今もそのことを反省も後悔もしていないとしたら、子どもである自分は親に対して何と言うべきか。やはり、ママと呼びかけ、抱きしめるべきなのか。4歳と2歳の2人の子どもと夫を捨ててナチスへ走った母親に、その捨てられた娘が50年たって再会する。そのとき、母親にどう接したらよいのか・・・。実に重い問いかけです。
 最初のうちは、本当にちょっと気の毒だと思ったんだよ。でも、あたしは、すぐにそれを乗りこえた。自分のうけもつ囚人に対して同情やあわれみをもつことはあたしのやってはいけないことだったから・・・。
 不眠症にかかったことなんてない。自分を甘やかすわけにはいかなかったし・・・。焼却されたのは、ただの役立たずだけさ。ドイツをあのつまらぬ人種からとことん解放したやらねばねと思ってね・・・。
 イギリスのチャールズ皇太子の息子がナチスの服装をしたことが問題になっています。ナチスが実際に何をしたのか、真実をきちんと子どもそして孫へ伝えていくことの大切さを今さらながら感じます。

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私のサウンド・オブ・ミュージック

著者:アガーテ・フォン・トラップ、出版社:東洋書林
 映画「サウンド・オブ・ミュージック」の完全リメイク版を東京・銀座の映画館で見ることができました。大画面一杯にオーストリアの山並みと草原が広がり、ジュリー・アンドリュースがギターをもって歌い踊ります。昔みたなつかしい心象風景を思い出し、胸が熱くなりました。DVDを買って自宅でも見たのですが、やっぱり映画は映画館の大スクリーンで見るのが一番です。感動のスケールが断然違います。
 ところで、この本は映画のモデルとなったトラップ・ファミリー合唱団の長女が語る実際の話です。やっぱり、実際の話は映画とはかなり異なることが分かります。子どもたちがみな歌をうまくうたえたのは、死別した母親のもとで音楽にみちた暮らしをしていたからなのです。家庭教師(マリア)が来てはじめて歌をうたいだしたのではありません。
 マリアが修道院で品行方正とは言えず、階段の手すりをすべりおりたり、廊下でうたったり、口笛を吹いたり、お祈りに遅刻したのは事実のようです。そして、マリアは社会主義思想の持ち主だったそうです。父親が子どもたちを笛で呼ぶシーンがありますが、あれは事実でした。ただそれは、住んでいた邸宅が広いからでした。映画とちがって、父親はとても優しいパパだったと、長女である著者はしきりに強調しています。
 ナチスから脱出するときには、山登りなどせず、歩いて駅に向かい、列車に乗って北イタリアに行きました。脱出のラスト・チャンスのころでした。それからイギリス、そしてアメリカに渡り、生活費を稼ぐためにファミリー合唱団をはじめたということです。
 また、「サウンド・オブ・ミュージック」を見てみたくなりました。

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2005年1月27日

テレビの嘘を見破る

著者:今野勉、出版社:新潮新書
 私はテレビを見ません。高校生のとき、紅白歌合戦なんて日本人を一億総白痴化する番組でしかないという文章を読んで、なるほどと思って以来のことです。ただ、自然界に生きる動物をとらえた映像だけはビデオで見ます。私がテレビを見たくないのは、テレビの時間割に縛られたくないという心理も働いています。私は、あくまで自由でありたいのです。テレビなんかに縛りつけられるのはまっぴらご免です。
 ところで、この本は、ドキュメンタリーと称する番組が「やらせ」でできていて何が悪いのかとテレビ側の人間がいわば開き直って書かれたものです。読んで、なかなか説得力があると思いました。マイケル・ムーア監督の『華氏911』はドキュメンタリーとして良くできていると私は拍手を送りました。しかし、あれは、単なる反ブッシュのプロパガンダにすぎないのではないかと批判する人がいます。でも、本当にそうでしょうか?
 事実を真向からブッシュ大統領にぶつけて、イラク戦争の是非を視聴者に考えさせる材料を提供するものとして、『華氏911』はすぐれた作品だと私は思います。
 ベトナム戦争のとき、アメリカ軍のナパーム弾を浴びた村から少女が素裸で苦痛の悲鳴をあげながら走ってくる有名な写真があります。幸い、この少女は今も生きています。この写真がどのようにしてとられたのか、初めて事情を知りました。アメリカ軍はカメラマンたちにナパーム弾をゲリラの村に投下するところを撮影させようと待機させていました。村人たちは寺に避難させられました。なんと、その寺にアメリカ軍はナパーム弾を誤爆してしまったのです。だから、つくられた偶然によって撮影された写真だったのです。
 テレビの「やらせ」が一般の視聴者に見破られない理由は、放送までに何重ものチェックを受けているからだといいます。それでも「やらせ」はあります。それは「再現」ビデオと明記されていても同じような問題があるのです。
 昔の風俗を伝えるために過去の事実を再現することは許されるし、必要なことだと著者は協調しています。なるほどと私は思いました。
 見知らぬ地へはるばる出かけるときの行きの行程シーンが、実は帰りに、ところどころUターンして撮られたものだという「しかけ」には目を開かされました。同じ道を帰ってくる必要がありますが、行きはノンストップで行き、途中、絵になりそうなところをメモしておくのです。そして帰路にところどころでUターンして映像をとるというのです。なるほど、なるほど、いろいろ勉強になりました。

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2005年1月26日

芥川龍之介の歴史認識

著者:関口安義、出版社:新日本出版社
 芥川龍之介は私も好きな作家です。今年度から、高校生向けの国語の教科書に『羅生門』が一斉に載っているそうです。
 芥川龍之介が社会主義者の久板卯之助から社会主義の信条を教わっていたことを初めて知りました。そして、社会主義の文献もかなり読んだようです。ところが、関東大震災のときには、自警団の一員として街頭に立ったりもしています。しかし、そのとき朝鮮人への虐待を目撃したことが、芥川龍之介の社会を見る眼をさらに深めたようです。
 この本の大きなテーマとなっているのは、芥川龍之介が一高に入学してまもなく(1911年、明治44年、2月1日)、徳富蘆花が一高の講堂で行った演説を聞いたかどうかということです。ひとつの演説を芥川が聞いたかどうかがなぜテーマになるかというと、やはり、演説の内容がすごかったことにあります。このときの蘆花の演説は謀叛論と言われ、ときの一高校長であった新渡戸稲造が文部省から戒告処分を受けたほどです。幸徳秋水らの大逆事件の処理に関して、蘆花は政府をきびしく弾劾しています。
 パラドックスのようであるが、負けるが勝ちである。死ぬるが生きるのである。政府は12名を殺すことで多くの無政府主義者の種をまくことになった。当局者はよく記憶しなければならない。強制的な一致は自由を殺す。すなわち生命を殺すのである。幸徳君たちは時の政府に謀叛人とみなされて殺された。が、謀叛を恐れてはならない。自ら謀叛人となるを恐れてはならない。新しいものは常に謀叛なのであるから。我らは生きねばならない。生きるためには謀叛しなければならない。停滞すれば墓となる。人生は解脱の連続である。幸徳らは政治上に謀叛して死んだ。死んで、もはや復活したのだ・・・。
 たしかに、芥川龍之介は、この蘆花の演説を聞いて大いに発奮したのだと思います。ところで、芥川龍之介は夏目漱石に『鼻』をほめられ、文壇に順調に登場したものと私は思っていました。しかし、とんでもありません。若い学生の分際でわけのわからん文章を書いている、そのように酷評されていたのです。もちろん、若い才能へのやっかみです。
 芥川龍之介は、それにめげることなく見返そうと必死の努力を作品にそそぎこみ、いくつもの傑作をものにしたのです。芥川龍之介を一層身近に感じることのできる本でした。

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2005年1月25日

内側から見た富士通

著者:城 繁幸、出版社:光文社ペーパーバックス
 富士通はいち早くアメリカ型の成果主義をとりいれました。そして見事に「失敗」しました。なぜか。その実情をインサイド・レポートした本です。
 秋草社長(01年10月当時)の発言には驚かされます。業績不振の原因について記者から質問されたとき、次のように答えたというのです。
 くだらない質問だ。従業員が働かないからいけない。毎年、事業計画をたて、そのとおりにやりますといって、やらないからおかしなことになる。計画を達成できなければビジネスユニットを替えればよい。それが成果主義というものだ。
 秋草社長は、従業員に対して憎しみ、怒りを隠しません。しかし、こんな人がトップの会社で、人は気持ちよく働けるものなのでしょうか・・・。
 裁量労働制の目標を人件費のカット。しかし、現実は、2極化の進行。高い評価のもらえそうな社員はすすんで裁量労働制を選択し、実際にも高い評価と高い賞与を得る。しかし、高い評価なんて得られないと自覚している社員は自主的に裁量労働制をやめ、あきらめる代わりに残業時間をヤケクソになって延ばすことに専念する。すると、できる社員とできない社員の賃金はあまり差がつかないうえ、人件費は全体として2割もアップした。
 社員評価はインフレーションを起こした。これまでのSAはAに、AはBに実質的になってしまった。波風の立つのを嫌う上司は、危なげないA評価を選ぶからだ。
 降格制度がないため、中高年社員は無気力化し、仕事以外のことに生きがいを求めはじめた。成果主義の恩恵を受けるはずの若い層もやる気を失い、結果として、世代間の対立を深刻化させてしまった。
 転職率は高く、採用時の評価上位1割が、3年以内に全員退職してしまった・・・。
 富士通労組は従業員の味方ではなく、第2人事部、つまり完全な敵。
 従業員は、働いてよかったという充足感がほしいのだ。毎日毎日がむなしければ、働く気なんか起きない。未来に希望がありさえすれば、多少のことは我慢できる。辛い労働だって、ちゃんとこなす。成果主義への幻想を捨てるときだ・・・。
 著者は、きっと私と同じ団塊世代だと思い、共感しながら最後まで読み通しました。すると、なんと驚くべきことに、まだ31歳の東大法学部卒の人でした。うーん、今どきの若い人(失礼!)にも鋭い人はいるんだ、改めてそう感服してしまいました。

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2005年1月24日

働きながら書く人の文章教室

著者:小関智弘、出版社:岩波新書
 自宅の書斎とバーの止まり木を往復するだけのもの書きが、いくら技巧を凝らしてところで、人の心を打つものは書けない。
 グサリとくる言葉です。
 どんな仕事であれ、人は労働を通してさまざまな人生を学ぶことができる。そこで学んで深めた感性が、豊かな表現を生むのである。
 わたしも長く弁護士をしていて、いろんな人のさまざまな人生に触れあい、そこで少なくないものを学ぶことができました。あとは、深めたはずの感性で豊かに表現するだけなんです・・・。大田区内の町工場で旋盤工として51年間はたらいてきた著者の作品は、どれをとっても読み手の心にいつのまにか深くしみこんでいく語り口です。ああ、そんな情景を昔たしかに見た覚えがある。そう思わせます。
 『春は鉄までが匂った』というのは、題名から素敵です。本を手にとる前から旋盤して出てくる鉄の切れ端が目に浮かび、同時に、その湿ったような匂いが漂ってくる感じです。
 著者は、いまも2百字詰原稿用紙にB1の鉛筆で原稿を書いています。コンピュータープログラムを自分でつくってNC旋盤で鉄を削っていたのに、マス目に一字一字書いては消し、書いては消しで原稿を書くというのです。思考というのは書く手の速さと同じですすむといいますが本当だと思います。ちなみに私も手書き派です。ただしエンピツではありません。青色の水性ペン(0.7)が私のお気に入りです。エンピツよりなめらかな感触なのです。

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2005年1月21日

まぶた

小川洋子
幻想的なストーリー・・・ちょっと不思議な形の袋に入った想像もつかない贈り物・・・・そんな感じがしました。

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みるなの木

椎名誠
椎名的表現語録で摩訶不思議な話が詰まっている。シーナさんの文体はまさに「男」であり、隊長なのである。

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人形を捨てる

藤堂志津子
信じられない父親もいるもんだ。とんでもない環境のなかで生きてきた著者はすごい人だ。

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介護入門

モブ ノリオ
とうとう介護保険を支払うことになった心境とともに読んでみました。決して人ごとではないんだなぁ・・。でも、老人ばかりの近未来、介護ロボットは必需品となって、でもそのロボットの反逆が・・・・おっと、話が妄想モードにヒ入しそうです(笑)。

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北朝鮮の人権

著者:ミネソタ弁護士会、出版社:連合出版
 北朝鮮の人権状況を多面的な角度から、客観的にアプローチして厳しく批判しています。
 北朝鮮では、裁判所の役割は、裁判を通じて柔軟に正確に党の政策と綱領を認識させることだとされているのには、改めて驚きました。そして、党といっても、党大会が何十年も開かれていないわけですから、昔の金日成、今の金正日の独裁国家でしかありません。北朝鮮には公式には刑務所は存在しておらず、完全統制区域という強制収容所が12あって、15万人の囚人がいると推定されています。
 参考文献が網羅されていて、北朝鮮における恐怖政治の実情を全体的に知る大きな手がかりを与えてくれる本です。
 北朝鮮の重大な人権侵害に日本人はもっと目を向けるべきだと強調されています。なるほど、そのとおりだと思います。

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けさの鳥

著者:山岸哲、出版社:朝日新聞社
 毎朝、山鳩(キジバト)にエサをやります。麻の実が大好物です。もちろん、野生の鳩です。隣のおばさんには肩まで乗っておねだりしますが、私にはいつまでたっても警戒しきりで慣れてはくれません。
 モズがキーキーキーと高鳴きしています。でも、なんといっても可愛いのはジョウビタキです。胸から腹にかけて赤褐色で、ぷっくらした姿です。庭にいると、近くに寄ってきて、尻尾をチョンチョンと上下させて挨拶してくれます。ヒヨドリはピーヨピーヨと騒々しく飛びまわります。くすんだ灰色で声も悪いので、まさしく悪漢タイプの嫌われものです。
 たまにカワラヒワの大群がすぐ下の田んぼに舞いおりてきます。初めスズメと見間違えましたが、全体に黄緑色で、スズメとちがって少し派手な色をしています。
 カラスは来ませんが、カササギはときどきやってきます。庭の虫を探しています。春にはメジロが花の蜜を吸いにやってきます。目のまわりの白い輪がすごく目立ちます。

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テロ・マネー

著者:ダグラス・ファラー、出版社:日本経済新聞社
 オサマ・ビン・ラディンがニュースに登場することは少なくなってきました。でも、アルカイダは活発に活動しているようです。なぜ世界最強の軍隊(特殊部隊をふくむ)をもち、世界最大の情報網をもっているアメリカが捕まえられないのでしょうか?
 シエラレオネからコンゴ、アンゴラという西アフリカで採掘されるダイヤモンドはブラッド・ダイヤモンドとも呼ばれ、アルカイダの重要な資金源になっている。世界の取引量の4%にすぎないが、テロリストにとっては莫大な量だ。
 アルカイダの指導者はダイヤモンドのほか、タンザナイト、エメラルド、サファイヤなども購入する。アルカイダはダイヤモンドを武器・弾薬と交換して手に入れる。
 アルカイダが創設されたのは1988年8月。その後の13年間に、訓練キャンプを卒業した人が1万7千人いる。そのうち宣誓できたのは1000人ほど。
 アルカイダは、また、世界的な慈善事業とも結びついて、これを利用した。10年間に富裕層から3〜5億ドルの寄付を受けた。
 うーん、アルカイダをとり巻く世界の闇も深いようです。

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2005年1月20日

性転換する魚たち

著者:桑村哲生、岩波新書
 サンゴ礁でふつうに見られる魚たちの多くが性転換する。メスがオスに変わったりするし、またオスがメスに戻ったりもする。
 オスからメスへの性転換に最短24日、メスからオスへは最短27日かかる。性の変わりやすさは、どちらの方向でも違いはない。
 大メスがオスに、小オスがメスに、両方とも性転換してしまう魚がいる(ホンソメワケベラ)。社会的地位で性は決まる。
 哺乳類などが性転換しないのは、そのコストが大きすぎるから。魚類は水中で体外受精できるのに対し、陸上にすむ哺乳類は空気中に精子を放り出すわけにはいかず、交尾によって精子をメスの体内に送りこまなければならない(体内受精)。そうすると、交尾器(生殖器官)の構造がオスとメスとで大きく違ってくる。この体構造の性差が大きくなればなるほど、性転換するための時間とエネルギーのコストも大きくなる。利益よりもコストの方が大きいと性転換しないほうがよい。水中にすんでいる魚類でも、交尾器の性差が著しいサメやエイなどは性転換しない。
 うーん、オスとかメスとかいっても、決して固定的なものではないという。どうなってんだろうか・・・。

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2005年1月18日

がんと心

著者:岸本葉子、出版社:晶文社
 1年間にがんと診断される人は50万人いて、闘病中の人は300万人もいる。がんは不治の病から治る病気になった。
 発がんの寄与率は遺伝など体質が40%、残る60%は食生活などでコントロール可能。
 タバコは有害、そして暴飲暴食しないこと。特別の性格、特別のストレス、うつ状態ががんを引き起こすことはない。ただ、ライフスタイルの乱れは大きい。
 ネクラの人はネクラにやっていくのがいいし、明るい人は明るくした方がいい。ネクラの人を無理に明るくしようとすると、かえって逆効果。
 がんの告知は、知りたくない人には伝えない。少しだけ知りたい人には少しだけ伝える。たくさん知りたい人にはたくさん伝える。これがいい。
 検診は予防ではない。完全に分かるわけではない。検診で有効性が確立しているのは、胃、子宮頸部、乳房、肺、大腸と肝臓のみ。
 連れあいをなくしたとき、女性は死別後3〜4年で自立し、4年たつと普通人と同じ死亡率になる。ところが、男性は妻をなくすと、ずっと死亡率が高いまま。気がゆるむし、希望がなくなる。女性は、自立を獲得し、強くなる。
 死を通過点、別の命への結節点としてとらえると、「死」という人間にとって最大の問題が原理的に成立しなくなる。そうではなくて、そこから先はいっさいが途絶える断崖絶壁としての死を考えるからこそ、「生」という問題が人間にとって、このうえない集中度と緊張をもって成立する。
 うーん、そうなんだよなー・・・。

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脳の中身が見えてきた

著者:甘利俊一、出版社:岩波ライブラリー

 統合失調症は実は非常に頻度が高い。世界的には100人に1人が統合失調症の病的症状をしている。
 最近どうも物忘れがひどい。同じ年頃の人間が寄り集まると、誰となくそう言い出します。もちろん、私もそのひとりです。ところが、この本では次のように言われています。
 実は、新しいことを記憶する能力が落ちてくるのではなく、既にもっている記憶を思い出す能力がだんだん落ちてくるのだ。それは、ヒントがたくさんあれば思い出すことができるのだが、ヒントが限られている状態では、なかなか思い出せないのだ。
 記憶を思い出すときには、実際に起こった経験や現象に関係した、非常に限られた情報を提供することによって、記憶の全体像を思い出すことができる。これを記憶のパターン補完という。記憶のパターンを脳の中に貯えているが、そのうちの本の一部を外から刺激してやると記憶全体が想起されてくるのだ。
 人間は、情報を非常にたくさんの神経細胞の興奮のパターンとして表現する。これは、意識しない領分で起こり、相互作用して、その結果、考えや思考をどんどん発展させていく。これはプログラムのようなものとは違う。この過程は意識にのぼらない。最後の計算結果が意識にのぼって、我々はそれを論理で操作できる。人間の思考は、並列のダイナミックな相互作用でパターン化して考え、それが直感的な思考を生む。しかも、プログラムとして固定するのではなく、学習によって自己の能力を高めていく。
 脳の中身が次第に解き明かされていっています。私は、若いころから人の名前を覚えるのが苦手でした。もちろん、今もそうです。それで、人の名前を忘れていることを気づかれないように会話をすすめるのに長けてしまいました。要するに関連づけすればいいのですよね。記憶術も、要は、何か具体的な身近なものと関連づけておけばいいのです。といっても、それも簡単なことではありません・・・。

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2005年1月17日

アメリカ帝国の悲劇

著者:チャルマーズ・ジョンソン、出版社:文芸春秋
 著者は、現在の軍事偏重の一国主義敵傾向が今後も続くようであれば、アメリカは4つの悲劇に見舞われるだろうと警告している。たえまない戦争、民主主義の崩壊、真実の隠蔽、そして財政破綻である。
 アメリカ国民は、地球のほかの国々に住む人々とちがって、アメリカが軍事力で世界を支配していることに気づいていない。政府の秘密主義のせいで、アメリカ国民は多くの場合、自分たちの政府が全世界に軍事基地を置いていることを知らない。アメリカは、実際には50万人以上の兵士やスパイ、技術者、教師、家族、民間の請負業者を全世界の国や海に派遣している。
 18歳から24歳までのアメリカの若者数千人を、彼らがまったく知らない異質の文化のなかに駐留させれば、基地を受けいれた国を悩ます事件が次々に起きるのは当然の話だ。アメリカ兵は「給料をもらいすぎて、性欲過剰の、よそ者」とからかわれたことがある。
 アメリカ陸軍は48万人、海軍は37万人、空軍は36万人、海兵隊は18万人の兵員を有し、トータルで139万人の男女が兵役についている。支払われている給与総額は、陸軍271億ドル、海軍と空軍がそれぞれ220億ドル、海兵隊は86億ドル。
 世界をつねに軍事力で支配するのはお金がかかる。2003年度のアメリカの軍事予算は3548億ドル。2004年度は4000億ドル近い。ロシアの予算はアメリカの14%にすぎず、第3位以下の上位27国の軍事予算を合わせて、やっとアメリカの軍事予算と同じになる。
 最初の湾岸戦争に610億ドルかかったが、日本が130億ドルを負担したりしてくれたので、アメリカ自身は70億ドルですんだ。
 戦争で暴利をむさぼるのは、ドン欲な民間人だと思うかもしれない。しかし、それは外国人に武器を売ってまわるうえで制服の軍人が果たしている役割を軽視している。
 国防受注企業には税制上の優遇措置がとられている。武器セールスの有力な方法は戦争だ。戦争は在庫を減らし、世界中の潜在的な顧客に、新世代のアメリカの武器の性能をデモンストレーションするという特徴がある。
 アメリカの軍産複合体は、ユーゴやアフガニスタン、イラクに対する戦争を商売に役立つとして歓迎した。アメリカの精密兵器といっても、実は多くが目標をはずしており、「敵」の陣地の半分以上がアメリカの空飛ぶ目に探知されていない。
 1991年以来、アメリカは世界最大の軍需品輸出国として、2位以下を大きくひき離している。アメリカは450億ドルの武器を輸出し、第2位のロシアは半分以下の174億ドルである。アメリカは武器を訓練して売る。
 アメリカが世界中に保有している基地の価値は1180億ドル。うち日本が400億ドル、ドイツが380億ドル。日本には5万人近い制服組の軍人がいて、4万人ほどの家族がすんでいる。日本人を3万人ほど雇っている。ところが、日本は毎年40万ドルをアメリカに支払っている。日本は、ほかの国にお金を支払って、自分をアメリカにスパイさせている珍しい国だ。
 アメリカには大きな民間軍事会社がある。その大半が特殊部隊の退役高級将校と退役隊員であり、政府や同盟国に雇われて、兵士の訓練をふくむ多くの軍事任務に就く。社員数2万3000人(ダインコープ)、4500人(キュービック)など。1万人の退役軍人を必要に応じて確保できる会社もある。民間軍事会社と民間契約業者は世界中に700以上もある。アメリカの軍事基地を運営するうえで欠かせない存在になっている。
 アメリカがまたもやアルカイダの報復テロ攻撃を受けるのも間近だと言われています。もちろん、そんなことがあってはなりません。しかし、最近のイラクのファルージャでのアメリカの残虐な攻撃を見ていると、あってはならないことが起きてしまうのではないのか。そんな心配が胸中から離れません。

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2005年1月14日

スロー快楽主義宣言

著者:辻信一、出版社:集英社
 時間は静かで、平和を好み、安息を愛し、むしろの上にのびのびと横になるのが好きだ。文明人は時間がどういうものかを知らず、理解もしていない。だから、彼らの野蛮な風習によって、時間を虐待している。
 これは、20世紀はじめに、サモアの酋長がヨーロッパに行き、帰ってから島の同胞に語ってきかせた話だそうです。うーん、今の日本人にぴったりあてはまる気がしませんか・・・。
 人生は、面倒臭くて、回りくどいし、停滞も、繰り返しも、待たされることもたくさんある。しかしだからこそ、人生は生きるに値するのではないか。効率的に人を愛したり、愛されたりすることはない。効率的に生きるなんてもったいない。生きることは、スローなのだ。うん、うん、分かります・・・。
 同時に、著者は、時間をとるか、カネをとるかという二者択一の枠からも自由になろうと呼びかけています。そうですよね。ちょっぴりおカネも欲しいのは事実ですし、もちろん自由になる時間はもっと欲しいです。なかなか、どっちかひとつと割り切るわけにはいきませんよね。私も、本当はモノカキ三昧といきたいものの、現実には担当事件や司法改革その他の文献を読み、準備書面かきに日頃は追われ、モノカキの方はすっかり空の彼方のほうへ追いやられています。残念だけど、生活の糧を得るためには仕方のないことです。もっとも、その緊張感があるからこそ、モノカキで生きたいという気持ちも持続するのです。
 電気を消してスローな夜を、と著者は呼びかけています。でも、私は毎晩それを実行しているつもりです。いえ、電気を消しているわけではありません。誤解しないでください。テレビは見ないし、インターネットで泳ぐこともありません。音楽も聞きません。静かにして、ひたすら活字の世界に没入しています。
 えっ、何が楽しいのか、ですか・・・。うーん、何と言ったらいいんでしょうか。活字の世界は、はまりこんだらちょっとやそっとでは抜け出せないほどゾクゾクするものがあるんです。毎日、この書評を読んでもらったら分かると思うんですけど・・・。

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ベルリン陥落1945

著者:アントニー・ビーヴァー、出版社:白水社 
 1945年4月30日、ヒトラーは妻とともにベルリンの総統官邸でピストル自殺した。遺体はガソリンで焼却され、砲弾でくぼんだ地面に埋められた。やがて、ソ連軍が発見し、ヒトラーの遺体のあごを確保して歯科助手に確認させた。しかし、スターリンは最前線にいた赤軍の総司令官ジューコフ元帥にはそれを隠し続けた。
 600頁からなる大作です。ヒトラーのユダヤ人大虐殺をはじめとするファシズムの暴虐は絶対に許すことができませんが、この本は、スターリン指揮下のソ連赤軍の信じられないほど大がかりな蛮行をも明るみに出しています。ベルリンでソ連軍によってレイプされた犠牲者は13万人(うち1万人が自殺した)、全ドイツで少なくとも200万人のドイツ女性がレイプされたという。ただ、これも、ナチス・ドイツの捕虜となった赤軍兵士が英米軍人の捕虜とは差別され、まったくケダモノ同然で虐殺されていたことへの反動だった側面も否定できないと指摘されている。もちろん、だからといって報復レイプが許されるわけでは決してない。
 生きのびたドイツ共産党員がソ連軍を歓迎したところ、その妻や娘までもソ連軍にレイプされてしまった。その結果、多くのドイツ女性が性病にかかって治療を受けなければならなかった。これでは東ドイツでソ連の評判が悪かったのも当然だ。多くのソ連将校がドイツに占領地妻をかかえ、帰国のときソ連国内にいた妻の憤激を買った。もちろん、ドイツ人の男性も無事だったわけではない。捕虜としてソ連へ連行されて強制的に働かされた。生きて帰ったのは3分の2のみ。スターリンと赤軍の元帥たちは、ヒトラーと同じで兵士の生命にほとんど関心をはらわなかった。ベルリン作戦だけでソ連軍の戦死者7万人、負傷者27万人。これは、アメリカ軍がベルリンに到着する前に占領しようと無理したことが原因だ。また、ドイツに捕虜になった赤軍兵士150万人は解放されても、スターリンはスパイの恐れありとして、強制収容所やシベリアへ送った。この間、アメリカ司令部は、アメリカ兵士たちを殺したくないといって進撃をためらっていた。
 スターリンはベルリンを陥落させた赤軍とジューコフ元帥の評判が高まると自らの地位を脅かすと考え、そうならないように周到な手をうっていった。ヒトラーの遺体発見をジューコフ元帥に隠したのも、そのひとつだった。
 ベルリン陥落に至るまでの無惨な戦争の実相が暴かれています。頁をめくる手が重たく感じられましたが、なんとか、最後までたどり着きました。レイプ被害にあった女性は本当に哀れです。しかし、ドイツ女性の目からみて、生き残って帰ってきた男性はもっと深刻な精神的打撃を受けており、容易に立ち直れなかったとも書かれています。弱い性は女性とばかりは言えないというところに、人間の本質もあるようで、いろいろ考えさせられました。名実ともにズシリと重たい本です。               (霧山昴)

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鳥の起源と進化

著者:アラン・フェドゥーシア、出版社:平凡社
 鳥の祖先は恐竜である。恐竜は温血動物である。今や定説となっていると思っていましたが、実は間違いのようです。600頁をこす大部な本ですが、大変説得力があります。さすが、著者は鳥のことなら何でも知っている、それがよく分かります。なにしろ、たとえば鳥の耳の中骨の構造とその種による違いまで図解されているのですから・・・。
 ヨーロッパでダーウィンの生きていたころに発見された始祖鳥(シソチョウ)は1億5000万年前に生きていた。鳥によく似ている恐竜は8000万年後の今から7000万年前に登場した。つまり、恐竜を鳥類の祖先とするのには無理がある。
 鳥の祖先は、恐竜になる以前にいた樹上で生活する小型の四足動物だった。鳥類の飛行は樹上から始まった。恐竜が地上で走って空を飛べるようになったのではない。
 ハタオリドリは、らせん巻き、平織り、交互逆からげ、スリップ結びなど、さまざまの複雑な結び方をする能力がある。私なんかとてもできない能力をもっているわけだ・・・。
 ペルム紀の後期から三畳紀は、多様な爬虫類が樹上生活で様々な実験を行った時代だった。原鳥類が羽に支えられながら跳躍したり、落下傘降下したりするうちに、滑降する仲間が現われ、羽ばたき飛行を進化させた。鳥類は樹上性の小型祖竜から生まれた。
 鳥と恐竜の関係を真面目に議論するなら、必読の書物です。

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2005年1月13日

ギャンブル依存とたたかう

著者:帚木蓬生、出版社:新潮社
 朝夕の通勤時にパチンコ店の前を通ります。夕方は、いつも駐車場は満杯です。日曜日は朝のうちから満杯になっているように見えます。日本人って、どうしてこんなにパチンコが好きなのでしょう。昼間は飛行船のように大きいアドバルーンがあがっていますし、夜になるとサーチライトが探照灯のように夜空を怪しく動いています。
 いま日本にはアルコール依存症が400万人、自己破産者が年間24万人。これから考えると、ギャンブル依存症は少なくとも200万人はいる。そして、その周囲には、ギャンブル依存者によって苦しめられ、悩まされる家族・親類・友人・知人が何倍もいる。
 パチンコ人口は2000万人、パチンコ店は1万6000軒。パチンコ業界の年商は30兆円。
 プロのギャンブラーとギャンブル依存者は決定的に異なる。ギャンブル依存者は耐性がないので、丸裸になりがち。思考が硬直し、反省がなくなる。そして引き際を知らない。
 ギャンブル依存者の男女比率は7対3。ただし、依存症にまで至る期間は、女性の方が短い。男性は、刺激ほしさに、冒険心、スリルなど感覚的なものにつき動かされる傾向にある。女性は、寂しさ、退屈、現実からの逃避など、気分に左右されてギャンブルに走る。
 ギャンブル依存症の正式病名は「病的賭博」。ギャンブル依存症は、アルコール依存症と同じで、慢性で進行性の疾患であり、放置すれば後戻りすることなく、重篤になっていく。
 依存症の主治医は患者本人。誘惑にうちかつには、抽象的な意思に頼らず、誘惑にブレーキをかける行動を習慣化するしかない。入院治療は、あくまできっかけつくりであって、本当の治療は退院後から始まる。しかも、その先は長々と短く、気の抜けない道程である。今日一日ギャンブルをやめる。それだけを肝に銘じて生きていくしかない。どんなに長くやめ続けていても、崖っぷちに立っていることには変わりはない。
 一生治らない、しかし、一生回復への道をすすみ続けることはできる。
 解決できない病気ではない。そのことがよく分かる本でした。

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2005年1月12日

ニート

著者:玄田有史、出版社:幻冬舎
 ニートとは、働くことも学ぶことにも踏み出せない人のこと。2000年に17万人、2003年には40万人いると推定されている。私のまわりにも、いる、いる・・・。
NOT.in.Education、Emloyment、or Training
ニートはフリーターではないし、単なる失業者とも違う。仕事によって自分の未来を切り開いていくことに希望を持てない若者たちのことだ。25歳未満に限っても今の日本には40万人もいる。ということは、実は、もっともっと何十万人もいるということ・・・。どうして、日本人はそうなってしまったのか?
 16歳のときニートであった人々の4割以上は、18歳でもニートであり、21歳以上になったときも、教育や訓練を受ける機会は絶望的に少ない。ニートにあるのは、将来見通しについての限りない希望のなさと、状況を転換することの困難さだ。中卒後に進学しなかった10万人、高校を中途で退学した10万人、あわせて20万人の若者は、その後どうしているのか・・・。
 彼らに立ちはだかる壁は、人間関係にある。現場でうまくやっていけそうもないという、働く自分に対する自信の欠如だ。ニートには困ったことを相談する相手がいない。
 ひきこもりを抱える世帯が日本全国に41万世帯はいると推定されている。
 この本は、ニートについて実情を知らせてくれると同時に、中学生に対して実社会での労働経験に取り組んでいる兵庫県と富山県の中学校の様子を知らせているのが貴重なレポートになっている。わずか5日間だけど、現場で中学生が働くことによって大きなものをつかむ中学生が多いという。私の法律事務所にも2度ほど中学生が訪問してきた。もちろん、私は大歓迎した。でも半日では少なすぎると思った。5日間なら、まだましだ。福岡でも、ぜひ試みてほしいものだ。私は協力するつもりだ。
 次のような、いい言葉に出会った。ぜひ紹介したい。
 働くことのささやかな喜びとは、回転寿司のようなものだ。目の前に流れるネタは、必ずしも自分が一番食べたいものではないかもしれない。それでも、ときどき、「おっ!」という皿はまわってくる。ありつくには、まず席に坐っていなければならない。自分の前にまわってきたら、自分で手を伸ばさないといけないのだ・・・。

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2005年1月11日

ウーマンアローン

著者:廣川まさき、出版社:集英社
 31歳の独身女性。カナダのユーコン川を小さなカヌーに乗って、たった1人で漕いで下る旅に出た。出発前に、荷物を盗まれ、ひどい風邪をひき、車は故障する。すでに波瀾万丈。でも、彼女はガン(鉄砲)も持たず、グリズリー(熊)が出没するユーコン川をひとり漕ぎはじめる。生理が始まった。辛そう・・・。でも、彼女はめげず、くじけず、ユーコン川をギターを抱えて漕いでいく。めざすは新田次郎の『アラスカ物語』に出てくるフランク安田がエスキモーの人々とともに住んでいた村だ。途中、元気なおばさん5人組と合流したりもする。この本では、男はまったく影が薄い。地球を半分支えているのは女性だなんて、まったくの嘘っぱちだ。女性で全地球を支えているというのが、よく分かる。夜、まっ暗ななか、1人でカヌーやテントのなかで眠るなんて、軟弱な私にはとてもできない。彼女はこう書いている。
 私は、ピンと張った昆虫のように、常にアンテナを張った。眠っている時でさえ、テントの外の音に耳を傾けつつ眠っていた。荒野で本当に必要なのはテクノロジーではなく、第六感(シックスセンス)であるように思った。私は、天候や川の表情、野生動物、すべてのことに意識を配り、緊張感を忘れなかった。その緊張感が、なんともいえない快感だった。緊張の糸がピンと張りすぎて、気疲れすることもあったが、そのうち、緊張とリラックスのバランスというものも理解できるようになった。
 凄い。凄すぎて、とても私には真似する勇気はない。写真でみると、いかにもフツーの日本女性だ。芯の強さが表情からにじみ出ている。第2回、開高健ノンフィクション賞を受賞した本。

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2005年1月 7日

ハーバードからの贈り物

著者:デイジー・ウェイドマン、出版社:ランダムハウス講談社
 ハーバード大学のビジネススクールの最終日。授業を早々に切り上げると、教授が学生に向けて自らの体験をもとにアドバイスをする伝統がある。
 ハーバード大学というとアメリカでも名門中の名門の大学だから、その教授は名門大学出身の教授ばかりで占められているかというと、そうでもない。というのも、ハーバードビジネススクールでの成績とその後の会社に入ってからの業績との間には何らの相関関係もないことが証明されている。ジョン・F・ケネディはハーバード大学でいくつもCをとっているし、フランクリン・D・ルーズベルトはコロンビア大学を卒業できなかった。イギリスのウィンストン・チャーチルは大学入試に失敗もしている。
 ハーバード大学の卒業5年間の同窓会になんか行ってはいけないと断言する教授がいる。というのは、自分の実績と収入と、自分自身の目標や成功の基準ではなく、同級生の実績や収入と比較することになるから。その結果、多くの聡明で才能あふれる人間が、一見カッコよく高給は得られるけれども、その人には合わない、その人が本当にやりたいことをやるのに何の役にも立たないような仕事に就き、いたずらに時間を過ごしている。
 でも、25年目の同窓会に出席するのは、いいかもしれない。
 幸運が成功を生み、成功は義務を生む。他の人びとの幸運をつくり出すことで、あなた自身が最高の高みへと到着することができる。
 仕事以外の場にいる自分を持っていれば、それが厳しい仕事の世界を生き抜くための支えとなり、パワーを与えてくれる。どんなに仕事を愛しても、仕事はあなたを愛してくれないが、家族はあなたを愛してくれる。家庭と仕事のどちらにおいても物事が効率的にすすむというメリットがある。
 さすがに含蓄のあるメッセージにあふれている。

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からだと心を鍛える

著者:宇都宮英人、出版社:海鳥社
 著者は才人です。英語と中国語を自由自在に話す語学の達人のうえ、空手道教士6段として空手教室を主宰しています。さすが弁護士を本業とするだけに、本書では護身術としての空手について、さまざまな角度から理論的に考察しています。
 理論はともかく、護身術としての空手の実践的意義を強調し、それが青少年にとっても有益であることが分かりやすく語られ、読み手を魅惑します。水泳とハイキングくらいしか身体を動かしていない私ですが、つい空手もやってみたいなと思わせました。
 著者は、とくに中学生や高校生に空手をすすめています。それは、空手が自信を失った中学生や高校生を再生させる力があるという実践に裏づけられた確信があるからです。本書には、その実例が紹介されており説得力があります。
 さらに、著者は試合で勝つことをあまり優先しすぎることについての疑問を提起しています。空手は、身体をコントロールしていく過程において、自らが本来もつ生命の息吹を実感することによって生き生きとした力を蘇らせる効果があるというのです。
 20年来、空手教室を主宰してきたという重みをもった実践に裏づけられていますから、人の心を強く魅きつけものがあります。

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ペンギンの憂鬱

著者:アンドレイ・クルコフ、出版社:新潮社クレストブックス
 ペンギンと暮らしている売れない小説家の話。えっ、ペンギンを部屋のなかで飼っても平気なのかな・・・。人が死んだときに新聞にのせる追悼記事を、生きている人のリストを与えられて依頼される。依頼者には好評だ。ところが、その人物が次々に死んでいく。いや、殺されていく。追悼記事が次々に紙面に掲載されると、いつのまにか小説家の身近にも怪しげな人物がうごめくようになってきた・・・。
 不条理で不可欠な新しいロシア文学。うーん、なんだか寒々として物騒な国だなー・・・。舞台は、いま大騒動中のウクライナ共和国。

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へんないきもの

著者:早川いくを、出版社:バジリコ 
 なっ、なんなんだ、これは・・・。こんな格好して・・・。ヨツコブツノゼミの頭には、飛行艇とかグライダーの翼にあるような丸いぷっくりしたものが4つもついている。これで空が飛べるなんて・・・。
 コモリガエルは平面ガエル。母ガエルの背中は無数の育児室になっていて、子どもたちは100日間そこにいて、ときが来ると外界へ飛び出していく。
 クモの糸の強度は同じ太さの鋼鉄の5倍、伸縮率はナイロンの2倍。絶対に切れない。真夜中に投網漁をする・・・。うーん、生物界は奥が深い。人間なんて、彼らから見たら、いかにも珍妙な存在なんだろうな、きっと。

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2005年1月31日

山田洋次の世界

著者:切通理作、出版社:ちくま新書
 山田洋次監督は私の好きな映画監督です。その山田洋次監督が、ベテランの役者に対して、演じようとか思いを伝えようとかいっさいしないようにと指示するというのです。
 「君の芝居は嘘なのだ。君は嘘をついている。自分に対して正直でないと叱りつけて、彼、あるいは彼女の悪い自信を一度奪いとる必要があるのです。もっと正直になって、裸になってキャメラの前に立ってほしいわけです」
 山田監督は俳優が役柄について質問してくることを嫌う。現場では「無」でいてほしいと願う。役者に対しては、「もっと自然に」「あなたはあなたのままでいい」と繰り返す。だけど、役柄を解釈して型にはめて演じることが身についているプロの役者にとって、それは一番難しいこと。
 『男はつらいよ』の大半を私は見ました。飯塚の古びた旅館で弁護団合宿をしたとき、テレビだったか映画館でだったか、寅さんが同じような古びた旅館に泊まるシーンが出てきてみんなで大笑いした記憶があります。年に2回の新作を14年間つくり続けたというのですから驚異的です。そのうえ毎回200万人もの観客を動員したというのですから、すごいものです。ところが、その割には山田洋次監督の世間的評価は高くありません。朝日新聞をはじめとする大マスコミがワンパターンの話であり、庶民向けの低級の娯楽映画だとして無視してきたからです。
 この本は、山田洋次監督が映画をつくるときの脚本が第一稿から決定稿までそろっている松竹大谷図書館の一次資料を参照しているだけに、新書の軽さに反比例してずっしりと重い内容になっています。著者は、この本の最後に次のように書いています。
 山田洋次は、常に「いま、どうして作る必要があるのか」を自他に問いかけて映画をつくってきた。問いかけの中で、放浪への憧れと現実への桎梏を行きつ戻りつしながら、常に数ミリでも希望に向かって歩んできたのではないだろうか。
 常に「いまどうしてこの映画を作らなければいけないのか」を自他に問い続けてきたからこそ、メジャーシーンで2年以上のブランクを空けることが一度もなく、80本近い作品を作り続け、いまでも現役にいることができているのではないか。世界的にも稀有な存在といえる。
 一見多様な価値観が認められた社会に見えながら、実は生きづらいという意識を人々がもっている。観客は寅さん映画を見て笑いながら、それを感じているのではないか・・・。
 うーん、深くいろいろ考えさせられました。

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